埼玉・蕨立てこもり、懲役25年求刑 88歳被告「生きていられない」

埼玉県蕨市の蕨郵便局で2023年10月に起きた人質立てこもり事件で、殺人未遂などの罪に問われた住所不定、無職、鈴木常雄被告(88)の裁判員裁判の論告求刑公判が29日、さいたま地裁(佐伯恒治裁判長)であり、検察側は懲役25年を求刑した。判決は6月4日。
起訴状などによると、被告は23年10月31日、蕨郵便局で女性職員2人を人質に立てこもり、屋内外に向けて拳銃を1発ずつ発砲し、駆け付けた警察官を殺害しようとしたとされる。被告は立てこもり事件の約1時間前、戸田市の戸田中央総合病院に向けて拳銃1発を発砲し、飛び散った窓ガラスや弾丸の破片で医師ら2人を負傷させた罪でも起訴された。
争点となったのは、拳銃を発砲した際の殺意の有無だ。検察側は論告で、被告が旧ソ連の軍用拳銃「トカレフ」を事件に使用したことを挙げ、「過去に何度も試し撃ちをした経験があることから銃の性能や威力を分かっていた」と指摘。警察官との距離や弾道などから「人を殺傷する恐れがあると分かって発砲した」と非難した。
弁護側は、相手を驚かせたり、威嚇したりするための発砲だったと説明。「被告に人を殺したいという考えは一切なかった。殺人未遂罪は成立しない」と述べ、懲役9年が相当と主張した。
被告は最終陳述で「この年で(求刑・懲役)25年はびっくりした。(刑期を終えるまで)生きていられるわけがない」と強い不満を示した後、「いろんな人に迷惑をかけ、非常に反省している」と述べた。【加藤佑輔】

山口組系幹部ら4人を詐欺容疑で逮捕 全国で計3億円の被害か

高齢者から現金をだまし取ったとして、警視庁暴力団対策課は29日、指定暴力団山口組の2次団体「国粋会」幹部、小根沢拓也容疑者(41)=長野県諏訪市末広=ら男女4人を詐欺容疑で逮捕したと発表した。
逮捕容疑は2024年10月23~25日、都内の男性(91)に息子や医者を装って電話をかけ、「喉に腫瘍ができた」「検査をしたら、会社の取引先から入金があるカードを忘れ、現金が必要」などとうそを言い、現金300万円をだまし取ったとしている。警視庁は認否を明らかにしていない。
警視庁によると、小根沢容疑者はメンバーのリクルート役のほか、詐取金の回収役などを束ねる受け子グループの統括役とみられる。こうした文言による手口で、24年1月~25年1月に全国で約80人、約3億円の被害があったという。

「動くな」「電話するな」ある日突然、会社に大勢の捜査員が押しかけ…“冤罪事件”に巻き込まれた大川原化工機は、なぜ警察に狙われてしまったのか

〈 警察が証拠を捏造し、“無実の罪”で中小企業の社長らを逮捕…「捜査の過程で人が亡くなった」冤罪事件・大川原化工機事件の発端 〉から続く
不正輸出の濡れ衣で社長ら3人が逮捕されるも、初公判直前に起訴取り消し、その後の国賠訴訟では捜査員からの「捏造」発言も飛び出した「大川原化工機冤罪事件」。なぜ警視庁公安部によるストーリーありきの捜査は止まらなかったのだろうか?
ここでは、同事件を取材した毎日新聞記者・遠藤浩二氏の著書『 追跡 公安捜査 』(毎日新聞出版)より一部を抜粋して紹介する。(全3回の2回目/ 3回目 に続く)
◆◆◆
「なぜ、大川原だったんでしょうか」
東海道新幹線、JR横浜線、横浜市営地下鉄が乗り入れ、高層ホテルやオフィスビルが林立する新横浜駅から2駅。JR横浜線の鴨居駅で電車を降りると、同じ横浜市内でも雰囲気はがらりと変わる。
線路に沿うように流れる鶴見川に架かる橋を渡ってしばらく歩くと、背の低い町工場が建ち並ぶ一角に4階建ての社屋が見えてきた。
2024年1月、私は大川原化工機の本社に向かっていた。私はこの頃、すでに、警視庁公安部が立件に不利な証拠を隠蔽した疑惑をつかんでいた。噴霧乾燥器の温度実験をした際、見立て通りに温度が上がらなかった測定箇所のデータを除外し、経産省に報告した疑いだ。
しかし、この話を記事にするには、噴霧乾燥器の構造を詳しく知る必要がある。会社側に相談し、紹介されたのが、入社30年を超えるベテラン技術者の武村さん(仮名)だった。
武村さんは、カタログや図面を広げながら、サイクロン、製品回収容器、排風口といった装置の各部位の特徴や寸法について説明してくれた。そうして、一通り話し終えた武村さんが、ふと口にした。
「なぜ、大川原だったんでしょうか」
私はこの質問に虚を突かれたような思いがした。
当時、私は捜査当局の内部資料を入手し、捜査の問題点を指摘する記事を出すことに力を注いでいた。目が向いていたのは公安部側を追及することだが、その対極にいる、大川原化工機側の逮捕された社長ら3人のことも忘れたことはない。
一方で、その陰にいた、大川原化工機の社員たちに今ひとつ考えが及んでいなかった。彼らもまた、「当事者」だった。そんな武村さんら社員の立場からは、今回の公安部の捜査はどのように映ったか。
「動くな」「電話するな」いきなり大勢の捜査員が会社に押しかけ…
18年10月3日、午前9時の朝礼前に、いきなり大勢の捜査員が会社に押しかけてきた。「動くな」「電話するな」と大声で怒鳴り、パソコンや書類を根こそぎ持っていった。その日から間もなく、社員らは何度も任意の事情聴取を受けた。警察の任意の捜査に協力的に対応していたが、20年3月には社長ら3人が逮捕、起訴された。
そして、21年7月30日に起訴が取り消された。この約2年10カ月の間、社員とその家族がどれだけ不安な日々を過ごしたのかは、想像に難くない。武村さんは部下から「退職したい」と言われた場合、どう答えるかを考えていたという。社員も、当事者、関係者である以上に、社長ら3人と同じように、冤罪事件に巻き込まれた被害者なのだ。
起訴が取り消されても、捜査当局から説明はない。知らないうちに事件に巻き込まれ、知らないうちに事件が終わったのだ。何が起きていたのか知りたいと思うのは当然だろう。
内部資料とともに捜査の問題点を突く記事とは違い、捜査の端緒を説明する記事は紙面上大きな扱いにはならないかもしれない。しかし、この冤罪事件を追う記者として、武村さんの「なぜ、狙われたのか」という根本的な疑問に答えなければならないと思った。
「大企業だと警察OBがいる」大川原化工機が公安に狙われた理由
なぜ、大川原化工機だったのか――。
この頃、すでに話をできる関係を築いていた複数の捜査関係者にこの疑問をぶつけてみた。すると、数々の信じ難い答えが返ってきた。
「大企業だと警察OBがいる。会社が小さすぎると輸出自体をあまりやっていない。100人ぐらいの中小企業を狙うんだ」
これは捜査を指揮した警視庁公安部外事1課5係の係長だった宮園勇人警部が日頃から言っていた言葉だという。
大川原化工機は社員約90人の中小企業。警察OBも雇っていない。国内では噴霧乾燥器のリーディングカンパニーで、ヨーロッパを中心に機械を輸出していた。宮園警部がターゲットに挙げる会社の条件と完全に一致していた。捜査のきっかけは次のような経緯だったという。
大川原化工機の捜査が始まったきっかけ
17年春、輸出管理に関する調査研究をしている一般財団法人「安全保障貿易情報センター(CISTEC システック)」が、民間企業の輸出管理担当者を対象に開いた講習会があった。この講習会に外事1課の巡査長が1人で参加した。そこで、噴霧乾燥器が生物兵器の製造に使われる恐れがあるとして、13年10月から国内で輸出規制の対象になったことを知った。
まだ手を付けていない分野には、まだ見ぬ“宝”が眠っているとでもいうのだろうか。
「5係は新しいものが好き。新しくできた規制での立件第1号は注目されるから、調べることにした。捜査で端緒をつかんだわけではなく、毎年参加している講習会に出ただけだ」(捜査関係者)
しかし、端緒の話は、外事1課が当初、大川原化工機側に伝えていた話とは異なっている。大川原化工機の複数の社員は、外事1課から任意の取り調べを受けた際、「中国のあってはいけない場所に大川原化工機の噴霧乾燥器があった」と言われていた。
私は最初にこの話を聞いた時、大川原化工機の装置が輸出規制品に当たるかどうかという問題は別にして、少なくとも、外事1課が大川原化工機の装置が危険な国や組織に流れたことをつかんで、捜査を始めたと思っていた。
「大川原には火も煙も立っていなかった」
ところが、端緒は単なる講習会だったのだ。ある捜査関係者は私にこう言った。
「『火のないところに煙は立たぬ』ということわざがあるが、大川原には火も煙も立っていなかった。我々が火を付けに行っただけだ」
巡査長の報告を受けた外事1課は、噴霧乾燥器について詳しく調べることにした。一定の条件を満たした装置は輸出規制の対象になり、輸出する際には経済産業相の許可を取る必要がある。外事1課が経産省に問い合わせたところ、輸出許可申請を出していたのは、西日本にあるX社だけで、しかも申請は1件のみだった。
これまでに輸出許可申請が1件しか出ていなかったのはなぜか。それは、大川原化工機をはじめ、業界では「輸出規制品に当たるのは自動洗浄装置付きの噴霧乾燥器」という認識だったからだ。業界全体の認識として、自動洗浄装置が付いていなければ、輸出の際に許可申請を出す必要はないと考えていたのだ。
捜査関係者によると、許可申請を出していたX社ですら、「規制品に該当するかよく分からないので、とりあえず申請した」という程度の認識だったという。
外事1課はX社を取り込もうと考えた
業界全体が輸出許可申請は不要と考えていたとなると、たとえ不正輸出があったとしても、規制品と分かっていて輸出したという「故意」を問うのは難しい。本来、ここで捜査は立ち止まらなければならない。捜査はまだ序盤で、容易に引き返せたはずだ。
しかし、ここで外事1課に思いもよらぬ追い風が吹く。
X社が大川原化工機に対し、液体を霧状に噴霧する噴霧乾燥器のノズル部分の特許を巡って、訴訟を起こしていたのだ。しかも、当時はまだ1審判決が出ておらず、X社と大川原化工機が係争の火花を散らしていた時期だ。外事1課は訴訟記録を取り寄せ、X社を取り込もうと考えた。
実際、この作戦は奏功した。ある捜査関係者は「X社は次第に公安部の見立てに沿うことは何でも言うようになっていった」と明かす。後に「X社の証言は本当に信用性があるのか」と、内部で問題になるほどだったという。
〈 「逮捕すれば認めるに決まってる」警察が“無実の社長ら”を犯罪者にでっち上げ→捜査中に死亡した人も…「大川原化工機冤罪事件」の“ありえない捜査” 〉へ続く
(遠藤 浩二/Webオリジナル(外部転載))

警察が証拠を捏造し、“無実の罪”で中小企業の社長らを逮捕…「捜査の過程で人が亡くなった」冤罪事件・大川原化工機事件の発端

不正輸出の濡れ衣で社長ら3人が逮捕されるも、初公判直前に起訴取り消し、その後の国賠訴訟では捜査員からの「捏造」発言も飛び出した「大川原化工機冤罪事件」。なぜ警視庁公安部によるストーリーありきの捜査は止まらなかったのだろうか?
ここでは、同事件を取材した毎日新聞記者・遠藤浩二氏の著書『 追跡 公安捜査 』(毎日新聞出版)より一部を抜粋して紹介する。(全3回の1回目/ 2回目 に続く)
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「確かに捏造と言いました」
2023年6月30日。前日から続く梅雨空の東京・霞が関――。新聞・テレビ各社のブースがL字型の通路沿いに並ぶ司法記者クラブの中でも、窓がない毎日新聞のブースはひときわ狭く圧迫感がある。
背丈より高い棚には、埃をかぶった過去の事件ファイルや新聞のスクラップが並ぶ。各社のブースを仕切る薄い壁の天井近くだけは防災上の理由で空間が設けられているが、おかげで、小声で話さないと話は筒抜けだ。
約2カ月前に最高裁の担当になった私は、この決して良好とは言えない記者クラブの一角で、インスタントコーヒーを飲みながら翌月に判決のある訴訟資料に目を通していた。
ところが、のんびりとした雰囲気は、突如ブースの外から聞こえた騒々しい足音と、後輩記者の慌てた報告で一気に破られた。
「捏造って言ったんですけど」
この日は、午前10時から、大川原化工機株式会社(横浜市)の社長らを原告とする国家賠償請求訴訟が行われていた。その捜査に携わった警視庁公安部の現職警察官人の証人尋問で、思いもよらない発言が飛び出したという。
「本当にそんなこと言ったの? マジで?」
驚きながら確認するキャップに、「確かに捏造と言いました」と断言する後輩記者。
捏造――?
傍らで二人のやりとりを聞いていた私は、その言葉の重みに底知れない衝撃は受けたものの、それが意味する本当のところはまだつかめていなかった。ただ、漠然と、何かが動く、そして自らも動かなければならないと感じていた。
大川原化工機事件とはどのようなものだったのか
カップラーメンの粉末スープや、インスタントコーヒー、抗生物質。身近な製品が今回、事件の核となった噴霧乾燥器と呼ばれる機械で製造されていることはあまり知られていない。
噴霧乾燥器は、液体を霧状に撒いたところに付属のヒーターで熱風を送り、水分を蒸発させて粉末にする機械だ。別名スプレードライヤとも呼ばれる。食品、医薬品、洗剤に始まり、顔料、染料、電子部品に用いられるセラミックスまで、あらゆる製品の製造過程に使われる。
一方で、悪用すれば生物・化学兵器の製造に転用される恐れがあり、国際的には2012年、国内では13年10月から輸出規制の対象になった。ただし、全ての噴霧乾燥器の輸出が禁じられているわけではなく、特定の要件を満たす機械が規制対象となる。
従業員は約90人と中小企業の規模ながら、国内ではこの機械のリーディングカンパニーとして知られる大川原化工機が、警視庁公安部の家宅捜索を受けたのは18年10月。
そして、その約1年半後の20年3月。任意の捜査に協力してきた大川原化工機にとって青天の霹靂とも言える事態が起きる。
大川原化工機の社長ら3人を逮捕・起訴→突然の起訴取り消し
大川原化工機の社長ら3人は、経済産業相の許可を得ず噴霧乾燥器を中国に不正輸出したとして、外国為替及び外国貿易法(以下、外為法)違反で逮捕・起訴された。5月には、別の型の機械を韓国に不正輸出したとして再逮捕され、翌6月に追起訴された。
驚くのはこの先だ。東京地検が、初公判のわずか4日前の21年7月30日、突然起訴を取り消した。起訴取り消しとは、そもそも法律に違反する犯罪事実がなく、無実だったということを意味する。裁判所が有罪、無罪の判決を下す前に起訴したはずの東京地検が白旗を上げたのだ。
起訴取り消しは極めて異例で、地検だけでなく、東京高検、最高検を含め、検察組織全体としての判断になる。
唐突に下された決定に対し、大川原化工機の大川原正明社長(76)、元取締役の島田順司さん(72)、そして、長期にわたる勾留の中で体調を悪化させ、保釈請求も認められず、被告の立場のままこの世を去った元顧問の相嶋静夫さん(享年72)の遺族らが、真実を明らかにするために起こしたのが、今回の国と東京都を相手取った裁判だった(※年齢は2025年5月末現在)。
その裁判のさなかで飛び出したのが、現職警察官による「捏造」発言である。
罪を犯したと疑われた人が捜査機関に逮捕、起訴され、裁判にかけられる「国家権力VS.個人」という構図の刑事事件とは違い、民事事件は主に「個人VS.個人」の争いだ。賠償請求額は1円から、弁護士を付けなくても誰でも裁判を起こせるため、判決が出るまでどちらか一方に肩入れした報道をすることはほとんどない。
しかし、現職警察官2人が捜査を批判し、うち1人は捏造とまで言い切った。この証言は重い。「捏造」とだけ聞いても、どれだけ深掘りできるかはとっさには量りかねたものの、ただ判決を待つのではいけないと感じた。公安部内で捜査当時何が起きていたのかを独自に検証する必要がある。明らかに局面が変わったと思った。
まだ一度も世に出ていない事実を表に出すことがやりがい
メディアの報道は大きく「発表報道」と「調査報道」の2つに分けることができる。「発表報道」とは、警察や検察、役所といった当局の発表を受けて報道するタイプ。ストレートニュースともいう。日々のニュースの大半は発表報道で、「東京都内の民家で住人が襲われた事件で、警視庁捜査1課は強盗致傷容疑で男を逮捕した」「厚生労働省が公表した人口動態統計によると、2024年の出生数が初めて70万人を割る公算が大きくなった」などは、その典型だ。
一方、当局に頼らず、独自取材でつかんだ事実を報じることを「調査報道」という。調査報道では、「毎日新聞の取材で判明した」などと、自社のクレジットを付けて報じるため、確固たる証言や客観的な資料が不可欠だ。そのためには、取材対象の組織内部にネタ元がいなければ成立しない。取材のハードルは高い上、長期間取材しても記事になるか分からない。相手から訴えられるリスクなどもあることから、敬遠されがちである。
そもそも事件記者の仕事の大半は、発表報道、調査報道にかかわらず、時間も体力も気力も使うことが多い。取材対象者が仕事を終えて帰宅するのを待ち構えたり、朝の出勤時に自宅から出てきたところで声をかけたりして情報を聞き出す、いわゆる「夜討ち朝駆け」は基本の「き」。
最初から、気持ちよく喋ってくれる人などいるはずもなく、半年間「おつかれさまです」「バカヤロー。来るなって言ってるだろうが」の応酬を繰り返したこともある。肉体的にも精神的にもきつく、担当を避けたり、担当になっても辞めてしまったりする記者も多い。
当時、入社して15年。記者を続けるうちに、まだ一度も世に出ていない事実を表に出すことにやりがいを感じるようになっていた。また、理不尽な事件に巻き込まれた人の死や、事件解決に向けて捜査に励む捜査員に心が揺さぶられることが何度もあった。これまで夜討ち朝駆けに何千時間費やしてきたのか分からない。
取材を開始すると社内からストップが…
今回、捏造とまで言われた捜査の過程で人が亡くなっている。そして、自身の組織内での立場を顧みず捜査を批判した警察官がいる。関係者から話を聞き、隠された捜査の問題点を明らかにするのに、自分以上にうってつけの記者はいないと思った。
公安部の内情を探るべくさっそく取り組んだのは、捜査員のフルネームを調べ、自宅の住所を割り出す「ヤサ割り」と呼ばれる作業だ。今回の不正輸出の捜査を担当したのは、警視庁公安部外事1課5係。約20人の部署だが、人員が毎年少しずつ入れ替わるため、捜査に関わった捜査員は50人に上る。
今回「まあ、(事件は)捏造ですね」や「捜査幹部がマイナス証拠を全て取り上げなかった」と指摘した2人の警部補以外にも批判的な捜査員は間違いなくいるだろう。これまでの経験から、ヤサが割れた捜査員を片っ端から当たり、感触のいい人に夜討ち朝駆けを繰り返せば、捜査の内情を聞けるという自信があった。
ところが、これからという時に、社内で取材にストップがかかった――。
そして、その後、捜査員から初めて話を聞くことができたのは、冒頭の捏造発言から4カ月も経った10月。序盤の取材はすっかり他社に先行されていた。
またか――。
すぐそこに取材対象者はいるはずなのに、取材が進められない。組織のふがいなさ、それに対する怒りを感じるよりも、真実に迫れないことが記者として許せなかった。
この感覚は初めてではなかった。以前から取材を続けている、ある事件のことが浮かんだ。
〈 「動くな」「電話するな」ある日突然、会社に大勢の捜査員が押しかけ…“冤罪事件”に巻き込まれた大川原化工機は、なぜ警察に狙われてしまったのか 〉へ続く
(遠藤 浩二/Webオリジナル(外部転載))

「逮捕すれば認めるに決まってる」警察が“無実の社長ら”を犯罪者にでっち上げ→捜査中に死亡した人も…「大川原化工機冤罪事件」の“ありえない捜査”

〈 「動くな」「電話するな」ある日突然、会社に大勢の捜査員が押しかけ…“冤罪事件”に巻き込まれた大川原化工機は、なぜ警察に狙われてしまったのか 〉から続く
不正輸出の濡れ衣で社長ら3人が逮捕されるも、初公判直前に起訴取り消し、その後の国賠訴訟では捜査員からの「捏造」発言も飛び出した「大川原化工機冤罪事件」。なぜ警視庁公安部によるストーリーありきの捜査は止まらなかったのだろうか?
ここでは、同事件を取材した毎日新聞記者・遠藤浩二氏の著書『 追跡 公安捜査 』(毎日新聞出版)より一部を抜粋して紹介する。(全3回の3回目/ 1回目 から読む)
◆◆◆
不正輸出事件は、被害者側の証言や被害現場の状況と照らし合わせる必要がない
私は捜査関係者を取材する中で、「不正輸出事件には被害者がいない」という言葉を何度も聞いた。どういうことなのか。殺人や強盗、窃盗といった一般の刑事事件には必ず被害者がいる。殺害された場合、被害者は言葉を発することはできないが、遺体から死因や死亡推定時刻などは特定できる場合が多い。
現場に指紋や毛髪などが残されていれば、犯人特定の大きな手がかりとなるだろう。強盗や窃盗の場合は、防犯カメラに犯人が映ったり、目撃者がいたりする場合もある。少なくとも被害品は必ず存在する。
一方、外為法違反に問われる不正輸出事件はどうか。ルールを守っている企業の立場からすれば、不正輸出をした企業によって自社の利益を損ねられ、広い意味での被害者と言えるかもしれない。
しかし、殺された、奪われた、盗まれたというような、直接の被害者は見当たらない。つまり、不正輸出事件は、被害者側の証言や被害現場の状況と照らし合わせる必要がないのだ。
「おかしいと思う捜査員はたくさんいたが、捜査は止まらなかった」
ある捜査関係者は言った。「被害者から話を聞く必要がないので、ある意味では『当事者不在』の捜査になる。法令解釈や業界の認識を押さえてしまえば、捜査機関側が事件をいくらでも組み立てられる。ストーリーありきの捜査になるリスクがある」
大川原化工機の捜査はどうだったか。宮園警部が「外為法はザル法」と周囲に語っていたように、公安部は、CISTECの生物・化学兵器製造装置分科会の主査だった男性に話を聞きに行き、経産省の輸出規制省令が曖昧で、欠陥があることを序盤でつかんだ。
そして、独自の乾熱殺菌という解釈を打ち立てた。噴霧乾燥器メーカー、そして装置を実際に使うユーザーからも話を聞いたが、公安部の乾熱殺菌を支持する会社はいなかった。そこで、何でも言いなりになる同業他社のX社の証言を業界の認識と位置付けた。公安部はまず見立てを決め、それに沿う証拠や証言を集めていったのである。
ある捜査関係者は諦めと怒りを込めて言った。
「おかしいと思う捜査員はたくさんいたが、捜査は止まらなかった。幹部に表立って異を唱えれば、翌日に捜査から外されるだけだ」
捜査方針に沿う証言を集められない捜査員は宮園警部から個別に呼び出され、叱責を受けることもあった。また、大川原社長の取調官は当初、「捏造」発言をした濵﨑警部補だったが、不正輸出を認める調書を取ってこないので、途中で交代させられたという。
そもそも大川原化工機側は不正輸出をしたという認識はないため、社長や社員から不正輸出を認める調書は、本来取れるはずがないのだ。
過去に起きた不正輸出事件との共通点
ストーリーありきの捜査は別の事件でも起きていた。外事1課5係は大川原化工機の捜査を始める直前まで、金属加工メーカー「Y社」の不正輸出事件を捜査していた。
Y社は外為法で規制されている核兵器の開発に転用可能な「誘導炉」をイランなどに輸出したとする疑いがかけられていた。社長ら2人は外為法違反容疑で書類送検されたが、17年3月、いずれも不起訴(起訴猶予)処分になった。ある捜査関係者は自嘲を交えて言った。
「貴金属を溶かす鋳造機でウランを溶かして固めるような馬鹿はいない。業界では、この装置の輸出が法律で規制されていることをみんな知らなかった。このため検察は不正輸出の『故意』を問えないと判断した。公安部は『故意』があると考えたが、検事はそう考えなかった」
捜査関係者によると、この時は、Y社を退職した社員の話を軸にして事件を組み立てたという。Y社の事件では「退職した社員」、大川原化工機の事件では「同業他社のX社」が重要な役割を果たした。公安部の捜査には見立てを演じてくれる「役者」が必要なのだ。
Y社と大川原化工機の明暗を分けたものとは?
2つの事件は、社長らには不正輸出の認識がないにもかかわらず、公安部の言いなりになる人物や企業を抱き込み、ストーリーに合う証言を集めたという点が共通している。
ただ、Y社の時は東京地検がまともに機能し、不起訴にした。Y社の事件の捜査指揮を執ったのは、大川原化工機事件の時と同じ宮園警部だったが、地検側の担当検事は大川原化工機を起訴した塚部検事とは違った。検事の違いが、Y社と大川原化工機の明暗を分けたのだ。
Y社の捜査がストーリーありきだったことは、A4用紙1枚の文書にも残されている。ある捜査員が書いた備忘録だ。この捜査員は、宮園警部の指示に忠実に従い、大川原化工機の立件を目指す安積警部補に強い不信感を持っており、会話をメモとして記録していた。2019年1月、原宿署の9階第一会議室で、安積警部補は次のように語ったとされる。
係長(筆者注:宮園警部のこと)が前の事件でもストーリーを無理やり作るってのはいろんな人から聞いてますよ。Y社の事件の時はCさんがやったんですよね。Dさんは曲がったこと嫌いだし、Eさんもそういうタイプじゃないだろうし。今の5係で係長の方針に乗るタイプの人っていないですよね。やっちゃうとしたら私なんだろうな(笑いながら)――。
備忘録には、C、D、Eに捜査員の名字が書かれている。この備忘録の内容を、かみ砕いて説明すると次のようになる。「前の事件」とはY社の事件を指す。Y社の事件でも捜査を指揮した係長の宮園警部は、Y社を立件するためのストーリーをつくり上げた。
そのストーリーに忠実に従って動いたのは、捜査員Cだった。安積警部補は、現在捜査をしている大川原化工機の事件で、この役割を果たすのは、自分だろうと語っていたのだ。
「逮捕すれば認めるに決まってる」宮園警部の信じられない言葉の数々
外事1課は18年10月に大川原化工機の本社などに家宅捜索に入った。この会話がなされた19年1月は、社員らの聴取を本格化させていた時期だ。安積警部補は元取締役の島田順司さんの取調官だった。
安積警部補の取り調べは、国家賠償請求訴訟の1審・東京地裁判決(23年12月)で、偽計、欺罔を用いたとして、違法と認定されている。実際に「やっていた」のだ。
宮園警部は部下の捜査員らにこう語っていたという。
「うちに目を付けられたら終わりだよ。こえーよ警察」
「認めなければ会社潰れるんだから、逮捕すれば認めるに決まってる」
「不正輸出するヤツは手続きが面倒なんだ。手続きに時間をかけていると、競合他社に負ける。だからあえて許可を取らないんだ。そういう供述を取ってこい」
信じられないような言葉の数々だが、捜査は宮園警部1人だけで進めることはできない。それを容認する上司の存在なしに、捜査は進むことはなかったはずだ。それがよく表れたエピソードがある。
「女はつきだから落とせ」厳しい取り調べを受けた女性社員はうつ病に…
大川原化工機の海外輸出担当の女性社員が厳しい取り調べを受け、うつ病になったことがあった。その際、女性社員の取り調べを担当していたT警部補が捜査会議で「落とせません(自白させられない、の意)でした」と報告すると、宮園警部と上司の渡辺誠管理官(警視)は「女はつきだから落とせ」「女の話は聞く必要がない」と言っていたという。
このやりとりを聞いていたある捜査員は、「この発言自体がアウトなので、よく覚えている」と呆れ返っていた。
捜査関係者によると、最初に乾熱殺菌の解釈を生み出したのはK警部補だった。K警部補は経産省に出向経験があり、法令解釈を熟知していた。当初、経産省との打ち合わせに部下の女性と参加していた。
ただ、途中でこの部下にセクハラをして、外事1課から異動することになった。このK警部補の家には後輩記者が行った。毎日新聞の記者であることを名乗ると、「いい、いい」と言ってすぐに玄関の扉を閉めた。
セクハラをするような警部補が乾熱殺菌という独自理論をつくり、人権意識に欠けた発言をしていた渡辺管理官、宮園係長が事件のストーリーを練り上げ、忠実な部下の安積警部補が関係者から見立てに沿う証言を集める。
そして、多くの捜査員が捜査方針に盲目的に追従する。これが、私が複数の捜査関係者から聞いた大川原化工機事件の捜査の実体だ。この無茶苦茶な捜査の過程で、元顧問の相嶋静夫さんが亡くなっているのだ。もはや国家権力の暴走としか言いようがない。
(遠藤 浩二/Webオリジナル(外部転載))

107人死亡の“凄惨な電車事故”を起こしたJR西日本は「人が死んでるのに、問題をなかったことにしようと…」遺族が対応に“不満”を覚えたワケ

〈 電車が時速120kmの猛スピードで“暴走”→脱線→マンションに激突して107人死亡…「凄惨な電車事故」で息子を亡くした父親が、JR西日本に抱いた“怒り” 〉から続く
乗員乗客107人の死者を出した、JR史上最悪の惨事・福知山線脱線事故から20年。脱線・転覆の10秒間に、いったい何が起きていたのか。生死を分けたものは何だったのか。重傷を負った生存者にふりかかった様々な苦悩と、再生への歩みとは――。
ここでは、遺族、重傷を負った被害者たち、医療従事者、企業の対応など、多角的な取材を重ねてきたノンフィクション作家・柳田邦男氏の著書 『それでも人生にYesと言うために JR福知山線事故の真因と被害者の20年』 (文藝春秋)より一部を抜粋。JR西日本と遺族が行った「福知山線列車脱線事故の課題検討会」の内容を紹介する。(全3回の3回目/ 1回目から読む )
◆◆◆
「開通時分」「停車時分」についての課題
課題検討会でダイヤ担当課長による説明が一通り済むと、淺野が質問した。
「事故を起こした電車の運行状況に関することだが、配布資料によると、始発の宝塚駅における発車までの停車時分、いわゆる『開通時分』ですね、それと他の駅での『停車時分』について、『課題があるものでした』と書かれているけれど、これは具体的にどういうことなのか」
課長「1つには、宝塚駅での発車までの停車時分を1分30秒としていたのですが、先に発車する福知山方面から来る急行列車が遅れがちなので、快速はどうしても1分30秒では発車できないことが多かった。そこで1分35秒なり1分40秒なり、停車時分をもう少し長くしたダイヤにすべきではないかということ。
もう1つは、途中の停車駅の『停車時分』についてですが、中山寺駅での15秒、川西池田駅での20秒、伊丹駅での15秒という設定になっていましたが、いずれの駅でも、乗車しようとする客の多さや駆け込み乗車などでダイヤ通りの『停車時分』では足りないことが多かったということです」
淺野「なぜ『停車時分』を変えなかったのか」
課長「例えば伊丹駅については、事故の2年前の暮れのダイヤ改正に当たって、現地調査をしたところ、『停車時分』は設定の15秒より長くかかり、平均で17秒から18秒かかっていることがわかったのですが、その程度なら駅員が整列乗車をさせたり『基準運転時分』に含まれる『ゆとり』の時分で補ったりすれば、ダイヤの遅れを生じさせないで済むと判断して、15秒の設定のままにしました」
宝塚駅~尼崎駅間で「余裕時分」が設定されていなかった
こうした説明は、木下には辻褄を合わせているに過ぎないとしか思えなかったので、発言の口調は厳しくなった。
「『停車時分』が実際には17秒から18秒かかっているのに、ダイヤに設定されている15秒という短い秒数を変えようとしないで、整列乗車や『ゆとり』の時分でやりくりしようというのは、いかにも姑息なやり方じゃないですか。
事故を起こした電車が宝塚駅から伊丹駅に向かってどう走っていたかについては、説明でわかった。しかし、わからないことがある。
ダイヤを作るに当たっては、無理なものにならないように、『基準運転時分』の中に『ゆとり』の時分を何秒か含ませるだけでなく、停車駅での乗客の乗り降りに予想以上の時間がかかるとか、線路工事などの影響で徐行を余儀なくされるといった場合に備えて、別枠で『余裕時分』というものを設定することになっていると、はじめに説明しましたよね。
だけど、宝塚駅~尼崎駅間の快速電車のダイヤについて、配布された資料を見ると、その区間には、『余裕時分』が設定されてないじゃないですか。一体、『余裕時分』を設定してある区間とない区間とは、どういう理由で分けてるんですか」
課長「『余裕時分』というのは、一定の区間で遅れが生じた場合でも、終着駅にはダイヤの時刻通りに着くようにするために、終着駅の1つ手前の停車駅の発車時刻やその後の走行時分の中に含ませる形で設定するようにしているのですが、宝塚駅~尼崎駅間の上り快速電車については、尼崎駅の手前の駅からの『余裕時分』を設けていませんでした」
JRの説明資料と事故調の「報告書」の違い
木下「その理由を知りたいんです」
課長「私共も今回調べてみたらなかったということを知ったのでして、なぜないのかまではまだ明らかにすることができていないのです。ともあれこの区間を特別扱いしていたわけではないと思います」
木下は、怒りが込み上げてくるのを懸命に抑えながら、質問を続けた。
「説明資料によると、宝塚駅発の上り快速電車は、尼崎駅到着が定常的に分単位で遅れるという状態にはなっていなかったと記されている。しかし、事故調の『報告書』には、『事故前65日間の半数以上の日に1分以上遅延して尼崎駅に到着するという、定刻どおり運転されることが少ないものであったと考えられる』と書かれている。
JRが説明資料に記している快速電車の運転時分の数字と事故調が『報告書』に記している運転時分には違いがある。おかしいじゃないですか。この違いは、どういうことなのか」
課長「事故調がどういうデータを根拠にしているのかはわかりません。独自の方法で計算したのだと思われます。私共は私共なりに分析したものを示しました」
木下「宝塚駅~尼崎駅間のダイヤには無理はなかった。運転士がストレスを感じるほどのものではなかったというために、都合よく計算してるのではないかと思えてならない」
課長「そんなことはないです。事故調がどういうデータで計算しているのかは、私共にはわかりませんので、事故調の指摘について評価することはできません」
JR側は理論と机上の計算で数字をはじき出すばかり
木下は、自分の感情の防波堤が決壊寸前になっているのを感じた。自分は息子のいのちを奪ったものは何か、その真相を何としても捉えたくて、自分のいのちを賭けるほどの思いで、ダイヤの実態を明らかにしようとしているのに、JR側は理論と机上の計算で数字をはじき出し、問題はなかったとしようとしている。
机上の計算結果がどんなものであろうと、自分が毎朝快速電車に乗って、走行と停車の時分を計測し記録してきた現実は、きれいごとで済ませることなどできないものだった。途中の停車駅での停車時分が10秒や20秒では、足りない状況だということは、議論の余地のないものだった。
利用者の利便は、乗客のいのちを賭けて成り立っていた
当然、発車が遅れ、電車の遅延は恒常的になってくる。整列乗車の呼びかけや「ゆとり」の時分でやりくりできる問題ではない。それでもなお、尼崎駅にダイヤ通りに着いていると言うなら、途中の「回復運転」のために、運転士が相当に電車のスピードを上げているはずだ。ダイヤの速達化と本数増加で利用者の利便をはかるという営業施策は、乗客のいのちを賭けて成り立っていたに過ぎない。
事故調の『報告書』は、福知山線の直線区間やカーブ区間における電車の暴走を防ぐATS‐Pの設置遅れという状態の中でのダイヤの問題点を、次のように厳しく論じているのを、木下はいつも頭に浮かべていた。
〈定刻どおりに運転されることが少ない列車運行計画とするべきでないことは言うまでもないことであるが、曲線速照機能(筆者注・ATS-P車上装置のこと)等の運転操作の誤りによる事故を防止する機能がない列車を時速120キロという速度で運転させるのであれば、その運行計画は相応の時間的余裕を含んだものとすべきである。〉
「逃げ口上ばかり並べる説明なんか聞いていられない」
木下は、このまま議論を続けると、自分が怒鳴り声を上げるだろうと直感した。だが、わずかながら残っていた冷静さが、その感情を抑えた。
《ここで自分が爆発して、会議の進行を行き詰まらせたら、せっかく淺野さんが我慢に我慢を重ねて、責任追及を棚上げしてでも、事故の真相を解明し、JR西日本を安全性の高い鉄道事業者にしようとして対話の場である検証会議を発足させたのに、その対話の場を決裂させ破壊させかねない。だが、自分はこの席に座っていたら、感情を抑え切れないだろう。》
そんな思いが頭の中で渦巻くのを自覚した木下は、
「人が死んでいるのに、そんな逃げ口上ばかり並べる説明なんか聞いていられない」
と投げ棄てるように言うと、机の上の資料をまとめて鞄に入れるや、席を立って会議室から出て行った。一瞬、沈黙が支配し、会議のテーブルが凍りついた。
(柳田 邦男/ノンフィクション出版)

<小池都知事の“妹分”都ファ特別顧問が収支報告書不記載770万円超〉パーティー券キックバック疑惑も、本人は直撃に「亡くなった母が担当した」でも日付を確認すると…

東京都議会の会派「都民ファーストの会」の荒木ちはる都議(43)が、2022年に政治団体などから受け取った寄付金計772万円を一定期間、政治資金収支報告書に記載していなかったことがわかった。報告書は提出された約6カ月後に、2回にわたり修正されている。荒木都議は取材に対して、「亡くなった母が会計を担当しており、わからない」と述べている。ところが、その母は最後に修正した2 日後に、膵臓がんのため亡くなっていた。識者は「説明に無理がある」と批判する。
〈証拠画像〉772万円の不記載、2回にわたって修正された収支報告書
裏金疑惑が追及されていた23年11月に2回にわたり修正
不記載があったのは荒木氏が代表を務める後援会の政治資金収支報告書(2022年度)。
①2022年の参院選挙の際に、国民民主党から参院選挙推薦料として受け取った500万円と、②同年1月に都民ファーストの会から寄付として受け取った272万円、計2点を記載していなかった。
23年11月に2回にわたり修正をしているが、修正された当時は、自民党による派閥のパーティー券による裏金疑惑が追及されていた。派閥の議員らはパーティー券のキックバック分を政治資金収支報告書に記載していなかったことが違法にあたるとされていた。
総務省によると、政治資金規正法では、政治資金収支報告書に記載すべき情報を記入しないことは「不記載」として扱われる。その場合、政治家や政治団体は、刑事罰や公民権の停止などの罰則を受けることがある。
不記載が明らかになった荒木氏は小池百合子都知事の「愛弟子」「妹分」として知られている。
都民ファーストの会のホームページなどによれば、荒木氏は熊本県出身で、物心ついたときから、小池氏に憧れていたという。29歳のときに履歴書一枚を持ち議員会館へ飛び込み、そこから6年間小池氏の秘書として活動。その後、17年に都議会議員に初当選し、現在は2期目になる。また、17~22年にかけて荒木氏は都民ファーストの会の代表を務めていた。
小池都知事の「愛弟子」「妹分」として知られる元秘書の荒木氏(荒木事務所)
今年1月に発覚した都議会自民党での1000万円を超える裏金問題をめぐって、都民ファーストの会は2月、政治倫理条例の制定をめざす委員会の設置案を自公とともに提出し、可決されている。裏金を批判する姿勢の都民ファーストだが、特別顧問を務める荒木氏の不記載だった金額は772万円と高額で、説明責任が問われる。
知事与党として活動する自公都民ファが合同で設置した「政治倫理条例検討委員会」では5月21日、立民の関口健太郎都議が「都民ファーストの会からの272万円の収入は政治資金パーティーのキックバック分なのではないか」と指摘した。
関口氏は集英社オンラインの取材に対して、「都民ファーストの会の支出を見ると同日に多数の都民ファーストの都議にキックバック分とされる支出があることからキックバックであることが推測される。政治資金収支報告書の修正をしたとはいえ、政治資金パーティーのキックバック不記載は自民党によるパーティーの不記載問題と全く同じ構図だ」と問題点を説明した。
また修正日が2023年11月で、当時は自民党のパーティー券をめぐる裏金問題が話題になっていた。関口氏は修正の時期について、「国会での自民党による派閥パーティーの裏金問題が明らかになったあと、荒木都議が政治資金収支報告書の訂正をした。時期を見れば悪質である」と主張する。
そのうえで、荒木氏が修正したことについて、「そもそも参院選候補としての政治資金収支報告書であることから監査人報告書が添付されている。にもかかわらず、772万円の不記載が放置されていたのは、より故意的な修正であると考える」と指摘した。
政治倫理条例検討委員会は今週の委員会で、荒木氏に対する文書質問を求める方針だ。
都民ファでは「政治資金収支報告書は厳しく」と指導されていた
都民ファーストの内情をよく知る関係者は、荒木氏が不記載だった272万円について、「パーティー券のキックバックによるお金と言って間違いない」と証言する。
関係者によると、都民ファーストは少なくとも2024年まで、政治資金パーティーを行なう際にパーティー券のノルマを超えた分についてはその売上を各々に還元できるキックバックの制度があったという。
パーティー券は1枚2万円で売られており、役職によってノルマの枚数は異なるという。「多くの党員が50枚をノルマとして課せられていた」と明かした。
以前、都民ファーストの会に所属し、現在は小池都知事追及の急先鋒として知られる「自由を守る会」の代表の上田令子都議もキックバック制度に疑問を投げかけている。
「私が都民ファにいたときから、パーティー券のノルマとそれに伴うキックバックもあったと認識してました。党内出世のためや政治資金確保のために売るなど様々な都議がいました。もちろんパーティー券を売っても記載すれば違法性はないので、お金で尻尾をつかまれたくない都民ファでは政治資金収支報告書は厳正に記載する方針でした。
ですが、私はそもそもパーティー券のシステム自体に懐疑的です。当時、私にも50枚まとめて買い取ると言ってくれた企業の方もいましたが、買い取ってもらうことで便宜を図らなきゃいけない空気になるでしょうし、やりたい政治ができなくなるのは明らかでした。なので結局私はパーティー券を売りませんでしたし、それも党を離党した理由のひとつですね」
前出の関係者は「政調会から、法律に基づいて(政治資金収支報告書に)載せるよう口酸っぱく言われていた。でないと自民党と同じになるからと指導があった」と話す。
上田氏によると、荒木氏は「政治活動は熱心にしていて、いろいろな会合に顔を出していたから、政治活動の資金はかかっていたと思う」と話す。ただ、荒木氏の不記載額について、「そもそもこの金額を書き忘れることなんてないし、ありえない。都民ファも自民党の不記載問題について指摘していたのだからきちんと説明すべきだ」と厳しく言及した。
かつて荒木氏は都議会自民党の運営側について、自身のXで以下のように投稿している。
〈政治不信を招いている事に対し説明責任と然るべき対応を求めています(25年2月10日)〉
〈都民の政治不信を払拭するべく議会としても取り組んでいく(25年2月13日)〉
荒木氏を直撃すると…
問題の渦中にいる荒木氏に見解を問うため、5月27日の朝、西武新宿線野方駅前で街頭演説後の荒木氏を直撃した。
――23年11月に前年度分の政治資金収支報告書を2回にわたり修正したのはなぜか?
母がパソコンと会計が得意だったんで、母に任せていた。母が一昨年死去している。で、たぶん気づいてすぐ修正している。
はっきり言って、(修正した部分は)裏金として、最後までちゃんと突き通しているわけじゃない。気づいた時点でちゃんと修正している。
――間違いに気づかれたキッカケは?
たぶん、事務手続き。母も亡くなっているので、今はわからない。ただ、急ぎで気づいたから修正するというのは(母から)聞きました。事務的ミスだからすぐに修正している。そうでなかったらたぶん、修正もしない。
――なぜ2回にわたって?
ごめんなさい。ちょっと。
――政治資金収支報告書に荒木都議は目を通さなかった?
あの時は、母と一緒に見たか…。ちょっとごめんなさい。記憶があんまりないんだけれども。
――監査報告書が提出されていて、税理士がチェックしているはず。なぜ修正が起きてしまったのか?
母も亡くなっているから確認のしようがないですし。税理士と母とのやりとりは知らない。
――税理士さんとのやりとりは荒木さんもされているはずでは?
ごめんなさい。これっていつまで続くんですかね。そろそろいいですか。
――不記載の部分で都民ファから寄付された272万円は、パーティー券のキックバックではない?
党としてはそういうふう(キックバックではない)に答えていますよね。
――荒木都議自身としては?
そうです。はい、キックバックではありません。違います。違います。違います。ありがとうございました。
「母親が訂正願いを出したとは考えにくいですね」
「修正はすでに亡くなっている母がやったからわからない」と主張する荒木氏だが、荒木氏の出身地の地元紙によると母親は23年11月29日の午後、膵臓がんのため亡くなったことが報じられている。2回目の修正が受領された27日のわずか二日後だ。
荒木氏の主張について、政治家の裏金問題に詳しい神戸学院大の上脇博之教授は、「十分な説明になっていない。説明責任から逃げている」と批判する。
「単純なミスだったということを説得力のある形で証明できるのであれば、罪に問うことは難しいです。ただ、一連のやりとりで、説得力がある説明とは言えない。
772万円は一般感覚では非常に高額で、ひとり分の年収でもある。こんな金額の不記載がなぜ起きてしまったのか。そしてなぜ、2回にわたって修正したのか。本人は忙しい姿勢を見せてますが、30分でも1時間でも時間をとって、客観的資料を示してきちんと説明すべきです」
また、母が修正をしたという答弁についても疑義を投げかけた。
「がんで亡くなるということは、闘病中だったのでは。常識で考えれば、2日前に修正などできないのではないでしょうか。急に容態が急変したならわかりますが、普通は、母親が訂正願いを出したとは考えにくいです。
また、母はパソコンと会計が得意と話していましたね。荒木都議の収入は国会議員と比べて収入の数が少なく、なぜ漏れが生じたのでしょうか。もっと金額が多い政治家はわんさかといます。会計帳簿の付け方に問題があるのでは」
荒木都議が出した政治資金収支報告書には、税理士などの監査人が収支報告書をチェックした証明である“政治資金監査報告書”がセットで提出されている。
荒木都議の政治資金収支報告書で監査を担当した税理士は、集英社オンラインの取材に対してしばらく沈黙したあと、「まあ、このことは本人に聞いてください。政治の手前はいろいろと守秘義務があるので私からは答えられない」と述べた。
※「集英社オンライン」では、今回の記事についての情報を募集しています。下記のメールアドレスかX(旧Twitter)まで情報をお寄せください。 メールアドレス: [email protected] X(旧Twitter) @shuon_news
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

年金修正合意で「部分連合」3野党と成果…首相、参院選後を見据え連携相手の選択肢確保

年金改革関連法案を巡り、自民、公明両党は立憲民主党と修正で合意し、これで石破首相(自民総裁)は日本維新の会、国民民主党を含めた主要3野党とそれぞれ政策協議で成果を上げる形となった。少数与党下で国会運営に苦慮する首相は参院選後も見据え、連携相手の選択肢を最大限、確保しておきたい考えだ。(佐藤竜一、太田晶久)

「3党で合意に至ったことは非常に意義深いことでうれしい」
首相は27日、立民の野田代表、公明の斉藤代表と国会内で会談を行った後、首相官邸で記者団にこう語った。会談中、署名文書を掲げた際には笑顔も見せた。
首相は昨秋の衆院選大敗後、政策ごとに野党と協力する「部分連合」を模索してきた。同い年の野田氏に対しては「保守の立場で、共感する部分も多い」と周囲に漏らすなど親近感を抱いており、最大野党との連携実現に感慨を深めたとみられる。
自公が党首間で野党と合意書を交わしたのは、維新と高校授業料の無償化拡充などで合意し、今年度予算案への賛成を取り付けた2月以来だ。昨年12月には、補正予算案で維新、国民民主から賛同を得た。

首相にとっては7月にも行われる参院選でたとえ与党過半数を確保したとしても、衆院で与党が過半数に満たない苦境は変わらない。
維新、国民民主が協力の見返りに求める政策を実現し続けるのは難しく、自民幹部は「互いにけん制し合う立維国の中でうまく協力先を組み替えつつ、難局を打開していくしかない」と指摘した。
斉藤氏はこの日の会談後、「将来の安心安全につながることについて、与野党で結論を得るいい例ができた」と記者団に語った。斉藤氏は連立政権の枠組み拡大を検討する必要性に言及してきた。

立民の受け止めは複雑だ。野田氏は今回の党首会談中、表情を崩さなかった。会談後には、修正合意について、「大連立のテーマとかじゃなく、やらなければいけないことをやった。それ以上の何ものでもない」と記者団に強調した。
立民内には、与党との対決姿勢を強めなければ、6月の東京都議選や参院選で政権批判票の受け皿になれないとの懸念がある。小沢一郎衆院議員は国会内で内閣不信任決議案について、「通りそうになったら出さないというのはどういうことだ。これほど国民をバカにした話はない」と記者団に語り、党内の一部にある見送り論を批判した。
野田氏は今後、与党に政策実現を求めつつ、内閣不信任案提出についても判断する難しい対応を迫られそうだ。

「子どもを殺した」住宅玄関で意識不明の赤ちゃんを抱く“母親”発見 母親とみられる女性から事情聴く 千葉・松戸市

きょう(28日)未明、千葉県松戸市の住宅で生後およそ4か月の男の赤ちゃんが心肺停止の状態で見つかり、その後死亡しました。母親とみられる女性が「子どもを殺した」などと話していて、警察が詳しいいきさつを調べています。
午前1時ごろ、松戸市河原塚の住宅で「子どもを殺した。浴槽に沈めた」と母親を名乗る女性から110番通報がありました。
警察官が駆けつけたところ、この住宅の玄関で母親とみられる女性が意識のない男の赤ちゃんを抱きかかえているのが見つかったということです。
この赤ちゃんは生後およそ4か月の福井暁人ちゃんで、心肺停止の状態で病院に運ばれましたが、その後死亡が確認されました。
警察は、母親とみられる女性から話を聞くなどして、詳しいいきさつを調べています。

「ドナルド」「シゲル」と呼び合う日は来ない…「外交オンチ」石破首相が気付いていない、日米関係の冷酷な現実

※本稿は、山上信吾『国家衰退を招いた日本外交の闇』(徳間書店)の一部を再編集したものです。
岸田文雄前総理と石破茂総理。共通項は何か?
総理の座へのあくなき執着心と鈍感力ではないだろうか。
石破政権発足以来の外交・安全保障政策の展開を興味深く観察してきた。自民党総裁選での目玉は、アジア版NATO創設と日米地位協定の見直し・改定だった。世論の強い反発を受け、政権が発足し責任ある地位に就いてからは、意図的に封印してきたようだ。
昨年秋の国会での所信表明演説でも、これらの目玉政策については何ら言及がなされなかった。本年2月の日米首脳共同声明にも何ら言及がない。冷静に考えれば当然だろう。
アジア版NATOなど、国際関係論を学びつつある大学1年生でも無理筋と分かる話だ。参加国の間に(1)共通の目的、(2)共通の脅威認識、(3)共通の行動をとる覚悟がない限り、このような集団的自衛の枠組みは絵に描いた餅に終わるからだ。
子細に見てみよう。
欧米と違い、アジアには民主主義、人権尊重、法の支配といった基本的価値さえ完全に共有されていない現状がある。すなわち、自由民主主義を旧ソ連の共産主義やロシアの権威主義体制から守ろうとしてきた欧州・北米版NATOとは実情が全く異なるのだ。
脅威認識についていえば、旧ソ連、ロシアを共通の脅威と認識してきた欧州諸国、アメリカ、カナダとはアジアは異なる。中国を脅威とみなすことには、東南アジア諸国はもちろん、豪州のような国でも異論を提起する向きが絶えない。その中国自体のアジア版NATO参加を排除していないことに照らせば、石破総理自らが脅威認識において揺らいでいるのかもしれない。
ましてや、憲法第9条の制約からフルスペックの集団的自衛権を行使できない日本が集団的自衛権発動の枠組みを提案するなど、他国から見れば噴飯物だ。日本自身が共通の行動をとれないからだ。
「中国に侵略されるフィリピン、北朝鮮に侵略される韓国を日本は助けるんですね?」と念押しされた場合、石破総理は何と答えるのだろうか? まずは憲法を改正しないと日本自身が参加できない話なのだ。
日米地位協定こそが日米間の不平等な関係の象徴として改正を声高に唱える点で、日本の左翼と右翼の間には共通項がある。だが、公務外で重大犯罪を犯した米兵の身柄を起訴前であっても米軍から日本警察当局へ引き渡しするなど、運用の改善を重ねてきた実態がある。それらを一顧だにせず見直し・改定にひたすら拘るのは、木を見て森を見ずではないか?
もっと言おう。日米地位協定の不平等に拘るのであれば、真の片務性は、東京が攻撃されたら米軍が救援に駆け付けることを当然視している日本が、ニューヨークがミサイルで撃たれたところで憲法上の制約により救援に行けません、と言い放ってきたことにある。何故そこを手当てしないのか?
現行安保条約では、アメリカは日本の防衛義務を負うが、日本が負っている義務はアメリカへの基地提供に限られる。だからこそ、基地提供に当たっての細目を定め、米軍が日本においてどのような待遇(特権、免除)を受けるかを規定する地位協定が必要になるのだ。すなわち、安保条約が上位にあって、地位協定は下位にある。下位の地位協定の「不平等性」だけを云々しても問題の解決にはならない。
頭の体操だが、仮に日本が対米防衛義務を負い、自衛隊が米国に駐留する機会が想定されるのであれば、米国における自衛隊の地位・待遇を定める日米地位協定が必要になる。
実際、日本がオーストラリアや英国と締結してきた円滑化協定では、共同訓練や演習のために互いが行き来するための法的枠組みを定めており、豪州軍や英国軍の日本での取り扱いに加え、自衛隊の豪州や英国での取り扱いが規定されているのだ。
さらに、アメリカの立場から見れば、日米地位協定の改定は、パンドラの箱を開けることとなり腰が引けがちなことも指摘しておかなければなるまい。言い換えれば、アメリカにとって米兵を駐留している同盟国は日本だけに限られず、ドイツをはじめ多くの国と地位協定を締結している。日本とだけ見直して改定すれば済む話ではないのだ。
このように見てくれば、アジア版NATOにせよ、日米地位協定の改定にせよ、急いでやらなければならない話ではない。しかも、両者とも解決しなければならない課題が山積しており、実現までに5~10年どころか、場合によってはそれ以上の歳月とエネルギーを要する話なのだ。到底石破政権だけで対応しきれない。
むしろ、日本の外交・安全保障にとって最大の課題は、中国に如何に向き合って、尖閣有事や台湾有事が発生しないよう抑止力・対処力を高めていくかという話である。それこそが一丁目一番地の課題だ。なのに、アジア版NATOとか日米地位協定改定などという明後日の課題を持ち出した石破政権。優先順位を間違っているのは明白だが、喫緊の課題への取り組みを回避しているように見えてしまうのだ。
トランプ2.0は、初めての大統領稼業に緊張し、ワシントンでの立ち居振る舞いにも慣れていなかった一期目のトランプ氏ではもはやない。ぎこちない笑みを浮かべても、白目を剥いても、やりおおせる相手ではない。安倍晋三総理の見解を聞きたがった一期目のトランプ氏とは違い、経験値を積み、自信を増幅させてスピード感を持って政策課題に取り組むバージョン2なのだ。
保守のトランプ氏とリベラル気質丸出しの石破氏では、政治的立ち位置が根本的に異なる。加えて、絢爛豪華を好むエピキュリアンのトランプに対して知的ウィットや愛嬌とは無縁の石破。どんなにあがいたところでトランプ氏と心と心が通い合う信頼関係を構築するのは無理だろう。
であれば、その下の閣僚、次官、局長レベルでアメリカとの意思疎通、連携を重層的に確保していく他あるまい。
トランプ・石破時代。日米関係の真価が問われる時だ。
首脳外交の時代にあって如何にトップ同士の信頼関係構築が重要となろうとも、石破総理にトランプ大統領との関係構築は期待できない。
理由は簡単だ。
まず、昨年10月の衆議院選挙で惨敗したからだ。民主主義国家では選挙に勝てるかどうかが政権基盤の強弱を決める。自公で過半数を取れなかった事実を国際社会は目の当たりにした。民主主義の日本にあって、石破政権は日本国民の信任はもちろん、実施すべき政策についてのマンデート(権限)も得られなかったと見るのが至当だ。
もっと言えば、アメリカの目から見ると、国民に支持されておらずいつ辞めてもおかしくない総理ということになる。そうなると、誰が時間やエネルギーを投資して関係構築に努めようとするだろうか? トランプ大統領としては、政権基盤がしっかりした次の総理大臣と関係を構築したいと考えて不思議はないのだ。
第二は、自民党総裁選で打ち出した外交・安全保障政策の目玉の内容だ。繰り返すが、アジア版NATOにせよ、日米地位協定の見直し・改定にせよ、トランプ政権として取り組まなければならない課題とは到底言い難い。
中国の戦狼外交、台湾海峡危機といった「今そこにある危機」とは緊急度も重要性も比較にならないほど低いと思われていることは間違いない。NATO嫌いのトランプに対して、「アジアでも」というのはKY(空気を読めない)の極致だろう。
あれだけ世論や専門家の批判を浴びながらも「アジア版NATO否定は思考停止」などと弁じる石破総理の頭の中身はどうなっているのか?
日米の安保関係を平等なものにしたいというなら、下位の地位協定をいじるだけでは足りない。上位にある安保条約においては、アメリカは対日防衛義務を負うのに対して、日本は基地提供義務にとどまっている。この根本を手当てしない限り、日本に在日米軍が駐留し続け、その地位、特権・免除を定める地位協定の必要性は変わらない。
加えて、石破政権発足以来の言動、とりわけ岩屋毅外相の訪中などに如実にうかがえた「対中傾斜」が米政府の不信感を招いているとしても不思議はない。
第三には、トランプ大統領とは異なるセンターレフトの石破総理が、トランプ氏の盟友であった安倍晋三元総理を刺し続けたこと、後ろから弾を撃ち続けたことを米側が気付いていないはずがない。国務省や情報機関からトランプ氏に話が上がっているだろう。そんな石破総理にトランプ氏が好感を持つわけはない。
このように見てくると、何故最初の電話会談が僅か5分で終わり、南米訪問に際して北米に立ち寄り、トランプ氏との面談が謝絶された理由が理解できるだろう。また、石破総理との面談を謝絶する一方で、安倍昭恵夫人をフロリダのマール・ア・ラーゴの私邸に招き、親しく夕食を共にした背景も理解できるだろう。
漸(ようや)く2月に首脳会談が行われたが、共同記者会見で露わにされたのは、「シンゾー」に何度か言及したトランプ大統領が「シゲル」と呼びかけることは一度もなかった姿であった。
のみならず、石破総理に対して「ハンサム」「偉大な人々(日本人)の首相になるだろう」などと皮肉交じりの社交辞令を浴びせかけたと思いきや、石破氏と握手さえ交わすことなく記者会見場を立ち去ってしまった。
オールドメディアの多くが「成功」と誉めそやした日米首脳会談であったが、冷静に観察する限り、トランプ大統領に石破総理と信頼関係を作ろうという意欲と時間がどれほどあるかは疑問だ。これが国際政治の厳しい現実であり、今の日本が直視しなければならない事態だ。
だとすれば、日本としては石破政権が続く限りは、トップ同士はさることながら、その下のレベルでアメリカとの連携・協働のチャンネルを作っていく他はない。具体的には、外務大臣と国務長官、防衛大臣と国防長官、安全保障担当の補佐官同士、次官、局長レベルといった重層的な関係構築だ。
見逃すことができない僥倖は、国務長官のマルコ・ルビオにせよ、国家安全保障担当の大統領補佐官のマイク・ウォルツにせよ、中国の問題を糊塗せずに直視するリアリストである点だ。特にルビオ氏は、尖閣諸島が日本の領土であるとの正しい理解を広言するアメリカでは珍しい政治家だ。また、日本の総理大臣による靖国神社参拝に対してアメリカが口を挟むことの愚を最もよく理解している人間でもある。
まさに、日本が働きかけて不都合な政治的現実を好転させていく状況は整っているのだ。
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(前駐オーストラリア特命全権大使 山上 信吾)