沈黙する「日本ミャンマー協会」が抗議浴びる訳 「最大の経済援助国」日本の姿勢が問われている

2月1日のミャンマー軍事クーデターから80日。ヤンゴンの人権団体「政治犯支援協会」の調査によると国軍が主導する部隊が殺害した市民は738人(4月20日現在)。幼い子供たちもが凶弾の犠牲になるなか、欧米各国は経済制裁に打って出た。
しかし、日本政府は明確な態度を示していない。3月30日に茂木敏充外相が、新たな政府開発援助を凍結していると説明するにとどまり、制裁措置の発動は見送っている。
「ミャンマーに対する最大の経済援助国」(茂木外相)を名乗る日本が動けば事態は変わるはず。そう考えた在日ミャンマー人と支援者80人ほどが、小雨が降る4月14日、千代田区平河町に集まった。通りの向こうには母国と縁の深い団体が入るビルがある。
その団体の名は、日本ミャンマー協会。2012年に設立された一般社団法人で、商社、金融、ゼネコンなど日本を代表する企業137社が会員になっている。

■日本ミャンマー協会が批判される理由
「日本ミャンマー協会はミャンマー軍事(国軍)への支援をやめろ!」
日本に来て9年になる会社員の女性が流暢な日本語でコールすると、周りの仲間も声を合わせた。
国軍への支援、とはどういうことか。ミャンマー国軍と協会との間にどんな関係があるのか。
協会が開発の目玉としているティラワ経済特区。軍幹部出身のテインセイン大統領からその地を紹介されたのが、政界を引退したばかりの元郵政大臣、渡邉秀央氏(86)だった。現在、協会の会長を務める人物だ。
渡邉氏は協会の設立以来、今回のクーデターを首謀したミンアウンフライン総司令官と24回も面会している。クーデターの2週間前の1月19日にも首都ネピドーで会談し、「ミャンマーと日本(自衛隊)両軍の協力を促進するための日本ミャンマー協会の取り組みについて真摯に話し合った」(総司令官のブログ)。
協会の正会員キリンホールディングスは、軍系企業のミャンマー・エコノミック・ホールディングスとのつながりが発覚した。同じく正会員であるゼネコンのフジタが担当しているヤンゴンの開発事業では、事業用地の賃料が国防省に支払われているという。
雨が強くなってきた。協会の事務所に向かって抗議のスピーチが続く。留学のため8年前に来日した女性は、ヤンゴンにいる母のことを案じながらこう話す。
「私は日本と母国をつなぐビジネスの仕事を希望していました。だから、クーデターが発生したあと日本ミャンマー協会がどういう対応をするか期待していた。でも、ずっと黙っている。絶望しています」
■日本財団への抗議行動へ
きょう4月22日の午後、彼らはミャンマーと太いパイプを持つもうひとつの団体、日本財団への要請行動を予定している。会長は、ミャンマー総選挙監視団長として現地で視察した笹川陽平氏。クーデター後、在日ミャンマー大使と面会したものの、表立った発言をしていない。
在日ミャンマー市民協会らが主催した集会で、外務省アジア大洋州局の首席事務官はこう答えた。「事態の推移と関係国の動向を注視しつつ、なにが効果的か検討する」。その政府に対して2つの団体は、いまどんな役割を果たしているのか。
日本人記者が逮捕され、まさに当事者となった日本。内戦が危惧されるミャンマーに有効な手を打てるのか。鋭く問われている。
尾崎 孝史:映像制作者、写真家