鉄などの再生資源を屋外保管する「スクラップヤード」を巡るトラブルが後を絶たない。鉄スクラップを不適切な状態で保管するケースが目立つ他、騒音や火災も発生し、近隣住民から苦情が上がっている。千葉市や袖ケ浦市は屋外保管のルールを決めた条例を独自に制定したが、対策には難しさもあるようだ。【林帆南】
のどかな田園地帯に突然…
「昔は静かで良い場所でしたが、変わってしまった」
千葉市若葉区の男性(74)は、表情を曇らせる。自宅があるのは、田畑や森が広がるのどかな田園地帯。だが、約5年前に自宅から約30メートルのところにあった自動車の保管施設がスクラップヤードに変わってから、環境が一変し、日常的に騒音に悩まされるようになったという。
早朝から夕方までヤード内からは金属や機械を動かす音が発せられ、しばしば「ガシャーン」「ドーン」といった大きな音が響きわたる。男性は毎日のように騒音レベルを測定しているが、鉄道の線路脇や飛行機の機内の水準とされる80デシベルを超えることもある。3月23日の深夜にはヤード内で火災が発生。近隣住民らは一連の問題について、行政を通じて業者に改善を促してきた。
条例で規制、既存のヤードは対象外
千葉市もヤードを巡る問題には手を打ってきた。2021年11月にヤードの設置を許可制とし、無許可で開設した場合には刑事罰を科す条例を全国で初めて制定した。これにより、市内のヤードの保管方法は改善が進んできたという。
ただ、問題が完全に解決されたわけではない。条例はヤードを新設する場合、住宅などの敷地から100メートル以上離れた場所とするよう義務づけたが、条例施行前から開設されていたヤードは規制が及んでいない。
このため、近隣住民が騒音被害を訴えている若葉区のヤードも以前と変わらずに営業を続けている。市は18年8月以降、このヤードを運営する業者に対し、市環境保全条例に基づき、騒音対策を講じるよう46回にわたって指導を行ってきた。業者側からは改善の意向は示されているものの、前出の男性は「騒音は変わっていない」と困った様子で話す。
毎日新聞は業者に電話したり、直接訪問したりして取材を試みたが、「社長はいつ来るか分からない。担当者も出張中。連絡できない」とのことだった。
全国のヤード、4割が千葉に集中
国内では近年、スクラップヤードが増えている。脱炭素社会に向けた機運の高まりを受け、製鋼法を高炉から電炉に切り替える動きが広がり、原材料となる鉄スクラップが高値で取引されているようになったことが背景にある。また、鉄スクラップの大きな輸出先だった中国が禁輸に踏み切り、日本国内での保管・加工が必要になったことも影響している。
輸出港から近く、地価も安い千葉県は特にヤードが多い地域だ。県が21年8月に実施した調査では、全国の約800カ所のヤードのうち約4割にあたる345カ所が県内に開設されていた。
ただ、その中にはトラブルの火種を抱えたものが少なくない。県によると、県内のヤードの約3分の1で騒音や振動、火災、油の漏出、崩落の危険性などが確認されている。鉄スクラップは廃棄物処理法上の廃棄物には当たらないため、保管を直接規制する法律がない上、ヤードの運営会社の経営者や従業員には外国人が多く、トラブルが起きた場合の解決は容易ではないという。
住民との信頼関係構築を
こうした事態を受け、県も千葉市の後を追うようにヤード対策の条例を制定することを決め、有識者会議で論点を整理した。ただ、強い規制をかけてしまった場合、鉄をリサイクルする動きにブレーキを掛けてしまう恐れがあるため、千葉市条例のような住宅地からの距離制限などは設けない方針だ。
有識者会議で委員を務めた国立環境研究所の寺園淳・上級主席研究員は「規制とリサイクル推進の両立が必要だ。県で一律の距離制限は適当でなく、個別の対策が必要であれば市町村で考えてほしい」と説明する。その上で、ヤードと住民の間にトラブルが起きた場合の市町村の対応について、「住民から話を聞くなど信頼関係の構築が大切だ。市町村だけで対応が難しい場合、県も支援を考えるべきだ」と指摘した。