「ジャニーさんが合鍵を?」元Jr.二本樹顕理さんを襲った卑劣な“フェイクニュース”

ジャニーズ事務所が設置した専門家による特別チーム。座長は元検事総長の林真琴弁護士だ。6月12日、林氏は記者会見を開き、こう語った。「非常に深刻な問題だと感じている。被害を申告している方々に寄り添い、厳正に検証して、事務所に再発防止策の実行を求めていきたい」。13歳のジャニーズJr.時代に被害を受けた二本樹顕理さん(39)は、5月より繰り返し、「文藝春秋 電子版」などで被害を訴えてきた。だが、いまだジャニーズ事務所からは何の音沙汰もない。一方、永田町ではこの問題が取り沙汰され始めた――。性暴力の実情を長年取材するジャーナリストの秋山千佳氏の徹底取材第4弾。その一部を公開します。(「文藝春秋 電子版」連載第4回・ 後編 、 前編はこちら )
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ジュリー社長からの連絡はなかった
二本樹顕理の元には、現在に至るまでジャニーズ事務所からの接触はない。
彼は今年3月にBBCがジャニー喜多川の性加害を報じて以降、3人目の実名告発者だ。
先に実名告発した歌手のカウアン・オカモトと、ダンサー・俳優の橋田康には、藤島ジュリー景子社長からアプローチがあり、対面での謝罪を受けたと報じられている。
二本樹は苦笑する。
「私が大阪在住だからというのもあるかもしれないですけど……。私は一般人であり、まったくSNSやYouTubeなどで発信していません。だから事務所からするとあまり影響力がないというか、脅威とみなしていないのかもしれないですね」
二本樹の実名告発記事が出た翌日の5月14日、ジュリー社長が、謝罪する動画と文書を発表した。二本樹は16日にはそれに対してコメントする記事( 「ジャニーズは第三者委員会の設置を」 )を出し、そのなかで「連絡していただけるなら応じたいとは思っています」と表明しているが、連絡はなかった。
結果、この1か月のジャニーズ事務所の動向を、二本樹はテレビやインターネットなどを介して目にすることとなった。
所属タレントの姿を見るたび複雑な心境に
ジュリーに続いて口を開いたのは、所属タレントとして最年長の東山紀之だった。
同月21日、自身がキャスターを務めるニュース情報番組「サンデーLIVE」(テレビ朝日)で、「心を痛めたすべての方々、本当に申し訳ありませんでした」などと語った。事務所は放送前、関係先へ東山がコメントする可能性を予告していた。篠塚浩・テレビ朝日社長は同月末の定例会見で、「東山さんにコメントしていただくのが自然だと考え、我々の方から持ちかけた。基本的にはあうんの呼吸ですけどね」と説明したと報じられている。
二本樹はこの経緯に違和感を覚えた。
「私がJr.のオーディションを受ける時に呼ばれたのは、テレビ朝日の六本木の会議室でした。レッスン会場もありました。率直に言うと、ジャニーズ事務所とテレビ局の間で癒着があり、報道まで影響が及んでいるのではないかと疑ってしまいました」
東山に続き、他の情報番組に出演している所属タレントたちもテレビでコメントした。それらを見るたび、二本樹は複雑な心境になった。
「彼らにはすごく同情しています。コメントしなくても叩かれるし、しても叩かれるので。ただ事務所の姿勢としては、間違っていると感じます。社長であるジュリー氏が責務を負うことであり、現役の所属タレントを使うんじゃなく、自分で対応するべきだと思います。まして彼らは、被害者である可能性も含んでいる人たちです。事務所に代わってコメントをさせるというのは酷ですよね」
二本樹は自身の記事だけでなく、ジャニーズ事務所の動向についても、世間の反応を意識してきた。過去には、ジャニー喜多川の性加害に関する数々の告発本が出版されながら、大手メディアが報じなかったことで、いつのまにか忘れられていった。だがこの1か月、インターネットニュースやそのコメント欄を日々チェックするうち、今や多くの人が重大な社会問題として捉えていることを実感したという。
「インターネットの力が大きくなって、テレビが力を失ってきたという側面を感じます。テレビでは放送されなくても、YouTubeなどで広く見られているようなことも起きています。アメリカの#MeToo運動もそうでしたけど、これからの時代、社会的なイシューになるかどうかは、インターネットが一つの鍵になるんじゃないかという気がしています」
二本樹の発言も、インターネットで広がった。その反応に対して「真っ当な意見を述べている方が多くて、私自身も勉強になります」と感謝する。
ジャニーズファンによる悪質なフェイクニュース
もっとも、インターネットの力が悪しき方向へ働くこともあった。
「文藝春秋 電子版」(および部分転載された文春オンライン)での二本樹の実名告発記事は、5月13日に配信されて以降、一度も編集されていない。しかし一部のジャニーズファンが、性加害現場となったホテルについて「最初はジャニーさんが合鍵を使って部屋に入ってきたと書かれていたのに、それがありえないことだと指摘されると記事を編集した」などと主張。その誤った情報がSNSで拡散され、二本樹の発言に信憑性がないという根拠にされた。
いわゆるフェイクニュースだ。
「合鍵なんて発言は一切していないのに、恐ろしいですね。そもそも私がホテルで性被害に遭った時、ジャニー氏は同じ部屋に宿泊していましたから。全然違うストーリーにするのはやめてほしいです」
二本樹がフェイクニュースを懸念するのは理由がある。
「事態を沈静化させようという動きかもしれないので。私を含め元Jr.たちの証言は嘘だったんだという方向に誘導して、この問題をなかったことにしようとされるのは、今一番憂慮していることです」
フェイクニュースだけではなく、そうした一部ファンから怒りの矛先を向けられることも起きている。誹謗中傷はできるだけ真に受けないようにしているというが、「性加害を認めるような風潮はあってはならないと思うんですけどね」と釘を刺す。
「そういうファンの方は、ジャニーズという看板の下で応援するタレントが活動を存続してくれることを願っているのでしょう。ジャニー氏の功績の方に注目して、彼を神格化しているとも感じます。でもジャニー氏が行ったのは、人類史上に残るレベルの性犯罪じゃないですか。この問題に対して日本人がどういうリアクションを取るのかは、日本人全員の倫理観に関わる問題として、世界から注目されていると思います」
また、ジャニーの性加害の事実から目を逸らそうとする動きが、本当の意味でタレントを守ることにつながるのかという点にも、二本樹は疑問を呈する。現役タレントの中にも性被害に遭った人がいる可能性を考えてのことだ。
二本樹は退所後、性被害のトラウマによる様々な症状に苦しめられた。抑うつ状態、反社会的行動、自殺願望、男性恐怖、性依存、フラッシュバックなどだ。
「私自身、20代でカウンセリングを受けたり30代で心療内科に通ったりして、徐々に回復していった経緯があります。回復のプロセスでは、性被害の事実があったと認めていくのも大事なことなんです。一見元気にタレント活動をしてきた方が、いざ事実と向き合おうとするとショックが大きいかもしれません。でも、専門家の力を借りながら本当の回復の道を歩めるようにと願っています」
児童虐待防止法の改正を求める署名活動も
他の実名告発者とともに声を上げる機会も出てきた。
5月26日には、カウアン・オカモトや橋田康らとともに、児童虐待防止法の改正を求める署名活動を始めた。
同法では、児童虐待の主体が“保護者”に限定されている。一方、アメリカやイギリスなどでは、児童虐待を保護者に限らず、“他者”からの人権侵害行為と広く定義している。
二本樹らが署名活動で求めた改正点は、以下の2点だ。
①虐待の主体を、保護者から、経済的あるいは社会的影響力のある第三者(教師やコーチ、芸能事務所幹部など)に拡大する
②地位を利用した第三者による虐待を見聞きした人に対し、警察への通報を義務化する
また二本樹は同月31日、国会内で開かれた立憲民主党の「性被害・児童虐待」国対ヒアリングに出席。自身の受けたような子どもの性被害について次のように言及した。
「これは芸能界の問題だけでなく、たとえば教育の分野や、スポーツ界、もしかしたら宗教界といった幅広い分野で行われている可能性もあるので、本当に社会全体の問題としての意識で取り組んでいく必要があると思っています」
メディアや国会に対しては、次のように訴えた。
「本当にこの問題はこれまでずっと長年放置されてきました。こうしたジャニーズの性被害であったり、子どもたちの性被害であったりを、見て見ぬふりをしないで取り組んでいただきたいというのが切実な願いでございます」
二本樹自身は立憲支持者というわけではなく、自身に政治色がつくことには不安もあった。それでも、法改正によって虐待の発見と抑止を推し進められるなら、という一心で発言に立った。

二本樹さんはジャニー氏からの性被害者に対し、次のように呼びかけています。「私自身は、最終的には司法の場で判断してもらって解決するのがベストなのではないかと思い始めています。同じ思いを持つ被害者が集まれるようなら、集団訴訟を起こすことも選択肢の一つです」。連絡先は [email protected]

ジャーナリストの秋山千佳氏による本記事の全文は「文藝春秋 電子版」で公開されています( 前編 、 後編 )。
(秋山 千佳/文藝春秋 電子版オリジナル)