「日本の安心安全」が崩壊するリスクも…「防衛費GDP2%」に反対する人たちの盲点

政府はなぜ「防衛費GDP2%」を目指すのか? 日本の国防事情を、防衛省のシンクタンクである防衛研究所防衛政策研究室長・高橋杉雄氏が解説。
新刊 『日本人が知っておくべき 自衛隊と国防のこと』 より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/ 後編 を読む)
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20年で半減した「日本の防衛支出シェア」
下記のグラフは、2000年と2020年の東アジア圏における国防予算比率をまとめたものです。
2000年では日本のシェアは38%、約4割あります。当時中国のシェアが36%で、中国より日本のほうがまだ多かった。さらに、その後ろ盾として当時の世界最強米軍がつくわけで、このときはまだ北朝鮮も核実験には着手していませんし、安全安心を享受できた時代でした。
それが2020年になってみると、日本のシェアは実に17%に落ちています。20年前の38%と比べて半分以下です。他方、中国のシェアは65%に急伸。この間、韓国は健闘していて11%だったものが13%に増えていますが、台湾にいたっては15%から5%に落ちています。
ここからわかるのは、安全安心を支える物理的な要素が、この20年で半分になっているということです。その中で日本の国防費としてGDP2%という話が出てきたのは、ある意味必然と言えるでしょう。予算を倍にしたからといって東アジアの国防費シェアが単純に17%から34%になるわけではありませんが、少なくとも2000年の38%に近づけていくには、ほんのちょっとではなく、大幅に増やしていく必要があるのです。
そもそも、GDP1%枠という言い方がされていましたが、枠として決まったものではありませんでした。単純に日本の財政事情が厳しいという理由で伸ばしてこなかっただけなのです。そうこうしているうちに中国がぐんと予算を伸ばしてきて、気づいたら中国とほぼ同等だったものが4分の1の比率になっていたのです。
これに対して、とにかくまずは「能力」を向上させて押し返さなければならない、バランスを取り戻さなければいけない、という趣旨で、2022年12月に戦略3文書が策定され、併せて今後5年間で43兆円を防衛費に充てることとし、できるだけGDP2%に近づけていくとしたわけです。
ここで、予算を増額したことで世界の上位に食い込むという議論を見かけますが、正しくありません。それは今2%になったらそうだというだけで、その間にほかの国も伸ばしていきますから、5年後にはインドのほうが上にいるでしょう。NATO諸国も伸ばしていきますから、5年後に日本が3位、4位となる可能性すら非常に低いでしょう。
それから、国防費1位のアメリカ、2位の中国と日本の差はかなり大きいことも忘れてはいけません。オリンピックのマラソンで金メダルが2時間00分、銀メダルの記録が2時間1分だとしたら、2時間15分の成績で銅メダルを取っているようなものなので、根本的に話にならないのです。
もう1つ、東アジアの国防費のほかの国の平均値を見てみましょう。実は東アジア各国で、国防費がGDP2%に近い国はいくつもあるのです。韓国は2.48%ですし、シンガポールは2.81%、オーストラリアも2%弱です
むしろ日本がこれまで際立って低かったということで、北朝鮮や中国、尖閣諸島や朝鮮半島という非常に危険なエリアを抱えていながら1%を維持していたこと自体が、世界的に見れば特異な事例だったということです。
日中関係と米中関係
近年のニュース番組を賑わせている話題のひとつに、米中の対立があります。
この中で、米中の対立に日本が巻き込まれる、日本が米中の仲介をしてはどうかという問い立てがあるのですが、これは的外れです。その理由ははっきりしています。
それは、尖閣諸島をめぐる日中の対立が、米中対立の原因の1つになっているからです。その理由を説明します。
第一次尖閣危機(漁船事案)が起こった2010年の段階で、アメリカはまだ中国に対する宥和的政策、中国を協調的なアプローチで取り込もうという政策を捨てていませんでした。実際に尖閣諸島の漁船事案が起こったときに、尖閣のために米中関係を危険にすべきではないという議論が、アメリカでは交わされていました。
それを変えさせてきたのが、ほかならない日本です。「ここで尖閣を失ったら南シナ海を失いますよ、尖閣と南シナを失ったら台湾を失いますよ、それでもいいんですか?」とアメリカに問いかけて引き込むかたちで、アメリカの対中政策を変えさせてきたわけです。よって、今になって日本が中立的立場だというのは、そもそも認識がおかしい。米中が対立していく道筋の中に尖閣諸島の問題があるのです。
ですから、日本が米中対立と関係ないというのであれば、まずは尖閣諸島を捨てる覚悟が必要です。「尖閣諸島は中国のものでいいですから、我々は米中の間に立ちます」と意思表示しなければならないのです。いいところ取りはできませんよ、ということですね。
尖閣問題については外交的解決をすべきだという論調もありますが、 2010年の漁船事案のときと、2012年の尖閣諸島国有化のときに、当時の民主党政権が外交的解決を試みています。自衛隊を前面に出さずに外交的な解決を図ったのです。
しかし、中国は政府公船を継続的に派遣し、領海や接続水域にも侵入してきます。なぜこうなったのかという検証なしに、今後の外交解決の議論はできないのではないでしょうか。( #2 に続く)
〈 「もう非核化の意思はない」北朝鮮が「核開発」を決してやめない納得理由 〉へ続く
(高橋 杉雄/Webオリジナル(外部転載))