石丸伸二を支持した女性(71)は「初恋」に落ちていた…政治に無関心だった人たちが「バズる政治家」にハマるワケ

(前編から続く)
――昨今、選挙ではヘイトスピーチや陰謀論、デマが横行しています。現状をどうご覧になっていますか?
本来、選挙は自分の考えや主張を自由に発言できる場です。ぼくは、その自由な場に惹かれて、25年も選挙取材を続けてきました。そうした場を悪用して、差別発言やヘイトスピーチを繰り返す候補者が増えたことはとても憂慮すべき事態です。
選挙は楽しい。ぼくは、ずっとそう言い続けてきましたが、選挙の現場で差別発言やヘイトスピーチに遭遇すると取材後も気分が落ち込みます。当事者でないぼくですらそうなのですから、ヘイトスピーチのターゲットになった人や、マイノリティの当事者たちは、外を歩くのを躊躇するほどの恐怖を感じているはずです。
選挙演説で、頻繁に耳にするデマの1つに「外国人に生活保護費が1200億円も支払われている」という言説があります。これは自民党の片山さつきさんの発言が基になっていますが、根拠はありません。統計も取っていない。
公職を目指す者として、候補者は社会の分断を煽るような発言は慎むべきですし、取材する側も当然、指摘し、批判すべきです。しかし外からその議論を見ている人は、選挙を争いの場として受け止めてしまう。その結果、有権者を選挙活動の場や、投票所から遠ざけてしまっているのではないかと感じます。
――選挙から足が遠退く人もいる反面、昨年の都知事選に立候補した石丸伸二さんには、2000人以上のボランティアが集まったと言われています。
石丸さんやNHK党、参政党のような新しい勢力を支えるのが、既存の政党に満足できず、自分たちの思いや考えを報じないオールドメディアに対して、憤りを覚える人たちです。社会に疎外感を覚えている支持者も少なくありません。
選挙の現場に行くとオールドメディアを批判する人たちにたくさん出会います。兵庫県知事選では、「立花孝志さんの主張を支持する人がこんなにいるんだから、真実に違いない。だって、あんなに自信満々話している立花さんに対して、オールドメディアは反論もできずに、ぐうの音も出ないじゃないか」と話す人もいました。
昨年の都知事選では、石丸さんのボランティアをした71歳の上品なマダムという雰囲気の女性は「まさか私が選挙ボランティアをするなんて思わなかった」と話していました。
「政治に興味はなかったけれど、YouTubeで石丸さんの動画を見て驚いたんです。石丸さんは古い政治家に対して、私たちが思ったことを忖度せずに言ってくれています。これは応援しなければと思いました」
ぼくが「政治的初恋ですね」と言うと「そうなのよ」と笑っていました。
石丸さんは広島県安芸高田市の市長時代に議会で居眠りする議員をSNSで批判したり、記者会見で記者と対立したりする様子がYouTubeの「切り抜き動画」で拡散されたことで有名になりました。石丸さんのやり方には功罪がありますが、YouTubeやインターネットを駆使して、選挙に関心を持てなかった層を掘り起こし、選挙の場に呼び込んだことは大きな意味があったと思います。
ただし、先月の都議選で石丸さんが結党した「再生の道」は共通の政策をつくらずに42人の候補者を立てましたが、みんな落選してしまいました。「再生の道」がやろうとしたことは、NHK党が打ち出した、小規模な政党や政治団体がNHK党のもとに結集し、国政選挙で協力する「諸派党構想」と重なります。
それなのに、政治的な初恋に落ちた人の目には、新しい政治家がいままでにない手法で既存の政党や政治家と戦っているように映ってしまう。その意味で、これから政治や選挙を知り、初恋に破れて、大人になっていく必要があります。
――失恋から立ち直り、大人になるためにも畠山さんがおっしゃる選挙漫遊が大切になるわけですね。
自分にとってベターな選択をするには、比較検討が不可欠です。だからこそ、選挙を漫遊して、複数の政党や候補者の政策や主張を聞いて、比較検討してほしい。
しかし基本的に各政党や政治団体が行うのは有権者の囲い込みです。自分の主張とほかの政党の政策を比較検討して投票しましょうという政治家はほとんどいません。これまで候補者や政党は、支持者という一途で周りが見えなくなる恋人をつくるような選挙活動ばかりをして、政策や主張を冷静に比較して判断する有権者を育ててこなかった。それが、日本で投票率が上がらなかった原因の1つです。
取材の現場で危機感を覚えるのは、候補者を実際に見て投票する人がとても少ないこと。
みんなSNSやネットの情報、既存メディアが報じたニュースで、その候補者の主張や政策をわかった気になってしまう。または、有権者から政治が遠くなって、政治家を手の届かないショーケースに陳列されたような特別な存在と感じる人が少なくありません。
改めて考えてみてください。候補者自身が発信する情報は、その候補者が見せたい一面に過ぎません。カタログのような選挙公報や、候補者のSNS、編集された報道だけで、自分の権利である一票を投じていいのか……。ぼくは常々、選挙は政策の見本市だと伝えてきました。選挙とは勝ち負けを決める場ではなく、社会課題を解決するアイディアを持ち寄る場だ、と。
選挙では自分の代わりに政治を任せられる人を選ぶわけですが、自分の代わりに、と一票を託せる候補が見つからないという人もいるでしょう。しかし複数の候補者の話を聞けば、一部に共感できる政策や主張に出合えます。
メディアが取り上げない“泡沫”と呼ばれるような候補者もみんなに知ってほしい主張があり、実現したい政策があるから、安くはない供託金を支払って立候補しています。なかには主要な政党の候補者とは比較にならないほどの熱量を持つ候補者もいます。彼ら、彼女らの主張や政策は社会に必要とされるアイディアの宝庫です。
主張や政策のすべてに賛同できなくても、共感できる内容は少なくありません。当選した議員が落選した候補者の主張を取り入れた政策に取り組むケースもあります。
当然ですが、政治家も人間です。その人間に政治を託していいのか、自分の目で見て判断していくしかありません。
何よりも、候補者たちは、有権者と触れ合うことで成長し、変わっていきます。街頭演説に足を運べば、あんなに嫌っていた政党の候補者があなたに寄ってきて「何かお困りごとはありませんか?」と聞いてくれるかもしれません。あなたの一言が、その政治家によって政策に反映される可能性だってあります。
当選後も、事務所に行って「ちゃんとやれよ」と声をかけることもできます。そうした有権者とのコミュニケーションが緊張感を与えて、政治家を鍛えていく。
あるいは、裏金疑惑で逃げ回っている議員がどんな顔で演説しているのか。その姿を見れば、その人間性を感じられるでしょう。実際に会えば、絶対に投票してはいけない人を発見できるかもしれません。YouTubeや報道だけを参考に投票して、「こんなはずじゃなかった」という後悔が減るはずです。
政治家はぼくら市民のために働く公僕です。もっといい働きをしてもらうためにも、有権者の側が、候補者に近づく必要があるのです。
———-
———-
———-
———-
(フリーランスライター 畠山 理仁、ノンフィクションライター 山川 徹)