「私は人を殺して、心底よかった」「なりたいな、ならなくちゃ、絶対になってやる」…新幹線3人殺傷事件・小島一朗(当時23)が手紙で明かした“夢”とは

2018年6月、東海道新幹線の車内で乗客3人がナタで殺傷された事件。犯人の小島一朗は、逮捕直後から「刑務所に入りたい」と供述し、世間を震撼させた。彼があまりに独りよがりな犯行に及んだのはなぜなのか。
ここでは、犯人に接触した写真家、文筆家のインベカヲリ★氏の著書『 家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像 』(角川新書)の一部を抜粋。小島との往復書簡から見えてきた、その不可解な思考回路と歪んだ願望について紹介する。
◆◆◆
権利のための闘争
拘置所は、裁判で判決が下される前の「未決囚」が勾留される場所だ。刑務所とは違い、制限はあるものの差し入れは自由にできる。そのため取材の過程で、被告人から差し入れを求められることは珍しくない。
報道によると、小島は逮捕直後に会いに来た親族に対しても、面会を拒否している。外部からの接触を絶っているということは、生活必需品にも乏しいはずだ。必要最低限の服は拘置所でも支給されるが、たいていは古着で、サイズが合わないこともざらにある。こうした被告人には、衣類やタオル、甘いお菓子などを差し入れすると大変に喜ばれるものだ。
そう思っていたが、小島が求めてきたものは、そのどれでもなく岩波文庫だった。『枕草子』、『今昔物語集』全四冊、『徒然草』、『方丈記』。暇を持て余して本や雑誌が欲しくなる心理はわかるが、古典を読むとはどういう神経なのか。仮に一般社会であっても、ヌード写真に激高し、古典を嗜む若者はそういない。しかも無差別殺傷犯だ。小島の人物像はあまりにもみにくい。
指定された本を購入して送ると、少しは気を許したのか、またすぐに返事が届いた。
小島は私を警戒しつつも、やはり何か伝えたいことがあるのだろう。全体像は見えないものの、妙に情報を小出しにしてくる。
〈「私はこの事件を『むしゃくしゃしてやった』のですが、何にむしゃくしゃしたのかは調書にしていないのです。私はその件について黙秘し続けましたが、この件をどうにかするために動きすぎているので、警察は知っているし取り調べにおいては何にむしゃくしゃしたかは認めています。が、調書にはしていないのです」(2019年1月21日)〉
まさか、犯人の供述によく出てくる「むしゃくしゃしてやった」の「むしゃくしゃ」に犯行動機としての中身があるということなのか。しかも、それは調書にしていないという。ということは、もちろんニュースにもなっていない。一体どういうことなのか。
〈「日本全国一万余りのホームレス同胞のためにも、余は如何にして人殺しとなりし乎、を世間に公表することが私の遺し得る最大遺産となるだろうが、あぁ、それでもやっぱり私は無期刑にならなければなりません。先人のホームレスの方々の尊い血と涙によって、今日のホームレスを取り巻く社会は築き上げられましたが、私はその礎になることは、私欲によってなることができないのです。公か私か、どちらかを選ぶべきか。この公表して、有期刑になっても、私はもうホームレスに戻ることなくすぐさまの犯罪を為すほかないのだから、もう何人か殺すよりはここで公表せずに無期刑になったほうが、目先では私だが、遠目には公ではないか。刑務所に入らないという選択肢はないのです。ようするに、裁判が終わってからなら公表できるのですが」(2019年1月21日)〉
つまり「何にむしゃくしゃしたか」を公表することは、全国のホームレスのためになるという意味だろう。しかし小島は、公表して減刑になることを危惧している。有期刑になれば、また罪を犯すことになるから、それは回避したい。だから裁判後に公表したい。要約するとそういうことか。
〈「権利のために闘うことは自身のみならず、国家・社会に対する義務であり、ひいては法の生成・発展に貢献することになりますから、無期刑になりさえすれば、権利のための闘争をしたいのです」(2019年1月21日)〉
なにやら熱い想いがあるようだが、私にはさっぱり見当がつかない。
それは、本当に減刑の可能性があるようなことなのか。ホームレスの権利について闘える切り札になるようなものなのか。
小島は一方的に、その出来事について語りたがっているようだが、そもそもなぜ刑務所に入りたいのかについては謎のままだ。
拘置所から届く手紙
私はリアクションに困ってしまい、しばらく頭が回らなかった。小島の心理がまったく読めない以上、このまま流れに身を任せるしかない。
私は、素直に状況が理解できないことを伝え、いくつかの質問と、裁判前に記事を公表することは控える旨を書いて送った。
「私は人を殺して、心底よかったと思う」
手紙はその後、間を置かず次々と届いた。
拘置所では、封筒1通につき便箋7枚までと入る分量が決まっているが、小島は7枚きっちり使って書いてくる。7枚目の最後の1行でピッタリ終えることも多く、書ききれないときは2通連続で届いた。
封筒をよく見ると、切手は左端に沿って貼られ、郵便番号は四角いマスの中でなぜか上寄せ、住所は右端に綺麗に揃えられている。裏面を見ると、今度は差出人の住所と名前が下揃えだ。独自のルールを徹底しているところに、強迫観念的なものを感じた。
また手紙の内容は、古典や哲学書や宗教書など、様々な書物からの引用でぎ合わせた文章が多く、知識をひけらかしているのか、あるいはふざけているようにしか思えない。
しかし時折、意味深な言葉が入り込む。
〈「真面目な話、実際、私は人を殺して初めて基本的な人権を認めてもらったのです。これが救済といわずして何を救済と? 私はいままでの人生で、拘置所が一番『幸福な生活』をしていることは間違いないのです」(2019年2月21日)〉
このように何か本質的なことを書き始めたかと思えば、刑務所生活における夢を語りだす。
〈「私は人を殺して、心底よかったと思う。無期刑囚として模範囚になりたい。優遇区分においては、第一類に、制限区分においては、第一種に、労務作業においては、第一等工に、『なりたいな、ならなくちゃ、絶対になってやる』人間、誰でも望めば、罪を犯さなくても、刑務所に入れるようにするべきだ。『すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』『国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない』のだから、『働ける能力を有しながら、特定の住居を持たず、浮浪する者』には、略式に応じない、と言い張り、罰金を納めないということで、労役として、刑務所に入る権利があります」(2019年2月21日)〉
文中の引用は、『めざせポケモンマスター』の歌詞、『日本国憲法 第二十五条』と、軽犯罪法第一条四号「生計の途がないのに、働く能力がありながら職業に就く意思を有せず、且つ、一定の住居を持たない者で諸方をうろついたもの」、が元だろう。
まるで、一般社会よりも刑務所のほうが基本的人権が認められていると言わんばかりだ。そして明らかに、刑務所を福祉施設のつもりで捉えている。
一向に見えてこない動機
しかし、小島は金銭的に困っていたわけではないようだ。事件の約1年半前である2016年11月頃、母方の祖母から、家督を継げば祖父の遺産である3000万円を相続させると言われたらしい。
〈「この三千万円は、祖父が死んだときの母の相続分であるけれども、その三千万円をすべて私の精神を治療するために使用して、診療報酬の関係で三カ月ごとに退院させられたとしても、また別の病院を探して、入院できるようにすることが、本当に実行されていたとしたら、確かに三千万円で私は今でも入院しているはずです」(2019年2月21日)〉
この三千万円相続の話は、のちのちややこしい話へとがっていくのだが、私はこのときさして意味を感じていなかった。それよりもっと根本的な問題、刑務所に入りたいのはなぜなのかを知りたい。
〈「優先順位は、刑務所、精神病院、餓死であって、刑務所なら一〇〇%私の要求通りなのです。精神病院は刑務所の代償行為に過ぎません。だから、あとは『生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ』なのです。ですが、このような問題はどうしても、引き延ばして、後に後に、となってしまうもの。刑事も、検察も、弁護士も、『でも死ぬという選択肢もあったでしょう』といいますが、あとは死ぬという選択肢しかないなら、刑務所に入ったってよろしいではありませんか」(2019年2月21日)〉
今度は、ウィリアム・シェイクスピアの『ハムレット』に出てくる台詞を引用している。驚いたことに小島は、確実に無期刑を勝ち取るために余罪まで作っていた。小田原警察署にいたとき、警察官に馬乗りになって顔面を殴りつけたというのだ。
〈「単純殺人で未遂が二件、銃刀法では、無期刑になるためにはこのくらいやらなければなりません」(2019年2月21日)〉
刑務所で暮らすためなら、どんな努力も惜しまないということなのか。
〈「私は検事の取り調べにおいて、『キリスト教徒が修道院に入るように、仏教徒が山門に入るように、私は刑務所に入るのです』と供述した。すると、検事がこう問うた。『修道院には神の加護が、山門には仏の加護があるけれど刑務所にはないでしょう』。それに答えて私は『国家の加護がある』と供述しました。私は、刑務所では基本的人権が守られることを信じます。そうあれかし、アーメン。『人を罰するのも仏、人を許すのも仏なら、この日本に今ある仏とは日本の国家です』。私は上申書にこのように書きました。『私は刑務所に入らなければ幸福になれない凡夫であるから、たとえ刑務所に入って、幸福になれなくても構わない』と。その心は法然聖人を思う親鸞と同じ」(2019年2月21日)〉
本当に取り調べでこんな落語のようなやりとりをしたのか甚だ疑問だが、検事も彼の本音を知るために一生懸命向き合ったのかもしれない。
「私は『全人類に対する憎悪の刑』に処されているのです」
小島は相手が誰であっても、単刀直入に答えるつもりはないのだろう。ふざけた文章で、人を試しているかのようだ。けれど、ここまで長々と書くということは、聞いてくれる人を求めているようにも見える。
それにしても、刑務所に求める幸福とは何なのか。切羽詰まった感情なのだろうが、一体、何にそこまで追い詰められていたのかは見えてこない。
この「国家の加護」の意味するところは、のちに具体的になっていくのだが、このときはまだ意味不明なだけである。
〈「この殺人をしてからは、責任能力が認められて本当によかった。これで認められなかったとしたら、刑務所に入れませんでしたから。無期刑に処されることは恐ろしくない。私はもっと恐ろしい刑に処されているからです。自由の刑に、ではありません。『自由からの逃走』はもうしたのです。私は『全人類に対する憎悪の刑』に処されているのです。これほど、恐ろしい刑にすでに処されているのに、地上的な刑がなんだろう。無限に恐ろしいことがあるなら、それ以外は相対的に恐ろしいことはないのです。かっ、限界だ。こんなくだらないことはいつまでも書いてはいられません。それでは、お手紙、お待ちしております」(2019年2月21日)〉
『自由からの逃走』は、エーリヒ・フロムの著書。「全人類に対する憎悪の刑」という言葉は、小島曰く、コルネリウス・タキトゥスの『年代記』15巻44章が原典らしい。小難しい引用を使って自らを語っているが、意味はまったくわからない。
〈 面会室に現れた男はなぜかニコニコしていた…「僕は模範囚になりたい」無差別殺傷事件・小島一朗(当時23)が嬉々として語った“驚愕の人生設計” 〉へ続く
(インベカヲリ★/Webオリジナル(外部転載))