高市政権「責任ある積極財政」あまりに危険な正体

高市政権は「財政健全化の目標」に関して、従来の「プライマリーバランス(PB)黒字化」から転換し、「政府債務残高の対国内総生産(GDP)比の引き下げ」を新たな目標に据えた。そして、「責任ある積極財政」というキャッチフレーズを掲げ、成長と財政の持続性を両立させるとしている。これは一見すると、成長を重視する柔軟な財政運営のように思える。しかし、この方針転換には重大な問題が潜んでいる――。野口悠紀雄氏による連載第164回。
財政健全化の目標変更は何を意味するか
PBとは「税収などの歳入」から「利払いを除く歳出」を引いたものであり、「利払いを除けば、新たな借金に依存せずに財政を回しているかどうか」を示す指標だ。したがってPB黒字とは、新規の国債発行が利払い分に限定されることを意味する。
この指標は、政策当局の裁量によって直接コントロールすることが可能だ。そして、毎年度の歳出・歳入構造に即時的な制約をかける。つまり、PBは「今この瞬間の財政規律」を問う、極めて厳格な基準なのである。
一方、「政府債務残高対GDP比」は、分母(GDP)がインフレや名目成長で拡大すれば、債務が増えても比率は下がりうる。このため、単年度の財政運営を直接拘束することはない。したがって、財政赤字を続けながらでも「目標が達成された」と説明できる余地がある。
さらに、将来のGDPの推計には多大な誤差が発生しうる。過大に推計しても、チェックは容易でない(PBの推計にも同じ問題があるが、GDPの推計のほうがはるかに難しい)。
債務残高対GDP比は、分母である名目GDPの伸びに大きく左右される。したがって、この指標は、財政運営の「結果」を示すにすぎず、政策当局の意思決定や歳出構造の健全性を直接的に律するものではない。
一方、PBは利払いを除いた歳入と歳出の差であり、「借金に依存しない財政運営ができているか」を測る規律指標だ。したがって、PB目標そのものを事実上撤回し、「数年単位で確認する」と曖昧化することは、財政運営の責任を不明確にする。
そして現実には、財政再建を先送りするための装置として機能することになる。だから、これは財政健全化のための手段ではなく、説明責任を弱める効果を持つ。
「成長すれば問題はクリアできる」という妄想
高市政権の財政思想の根底には「成長率が高まれば、債務問題は自然に解消される」という楽観的な前提がある。しかし、この前提は日本経済の現状では非現実的だ。日本の潜在成長率がすでに1%を下回る水準にまで低下しているからである。