高市早苗首相率いる自民党が衆議院で3分の2の議席を獲得したことで、通常国会では重要法案が次々に成立していく可能性が高い。
そのうちの「国家情報局」設立法案は地味ではあるが、わが国の行く末を決めることになる最重要法案だ。
日本ではここ数年、「情報(インテリジェンス)」という言葉が急に生活の近くに降りてきたように感じる。以前なら、情報機関といえば映画の中のスパイや、どこか遠い国の話だった。
しかし今では、サイバー攻撃や経済安全保障、中国やロシアなど外国勢力による政治工作、SNSを通じた世論操作など、日常のニュースの中に当たり前のように登場する。もはや「情報(インテリジェンス)」は専門家だけのものではなく、社会全体の安全に直結するテーマになっている。
こうした状況を受けて、政府が「国家情報局」創設法案を提出するという話題が注目を集めている。同法案は、現状の内閣情報調査室を強化し、政府内部のインテリジェンス情報を一元化するための法案である。
ただし、いずれ創設が想定される「対外情報機関」を念頭に置いた組織となることは明らかであり、国家情報局がいかなる内容になるかによって、日本の外交安全保障能力は大きく飛躍する、または制約されることになるだろう。
そして、どの省庁が主導して国家情報局を作り上げるかによって、その組織の性格はまったく別物になる。情報機関というのは、単に情報を集めるだけではなく、集めた情報をどう扱い、どう判断し、どう行動につなげるかが本質だからだ。
国家情報局設立にあたって、各省庁が縄張り争いをしているというメディア情報も散見されるが、やはりベストな体制を作り上げることが国益にかなうものと思う。
本稿では、国家情報局は警察主導で構築されるべきだという立場から、その理由をできるだけ平易に、肩肘張らずに述べていきたい。外務省、公安調査庁、防衛省が過度な影響力を持つべきではない理由についても、具体例を交えながら説明していく。
まず、警察が主導すべき最大の理由は、国内情報の扱いにおいて圧倒的な実働能力を持っている点に尽きる。国家情報局が扱うべき情報の多くは、外国勢力の政治工作、サイバー攻撃、テロの兆候、経済安全保障上の脅威など、国内の人物や団体、企業、インフラに直接関わる。つまり、情報を集めるだけではなく、必要に応じて捜査し、監視し、場合によっては強制力を伴う措置を取らなければならない。
たとえば、外国企業を装った投資ファンドが日本の大学研究者に接触し、最先端技術を流出させようとするケースを想定しよう。こうした事案では、資金の流れを追い、関係者の通信記録を分析し、必要に応じて事情聴取を行う必要がある。これを実行できるのは警察だけだ。外務省には捜査権限がなく、防衛省は国内の民間研究者を監視する立場にない。公安調査庁は情報収集はできても、強制捜査ができない。
また、外国勢力による政治工作の問題も深刻だ。海外では、政治家への資金提供や、シンクタンク・大学への寄付を通じた影響力獲得が問題になっている。特定国の関係者が政治家に資金提供していた事例や、外国政府系団体が学術界に資金を提供し、研究テーマに影響を与えようとした事例が報じられている。産業スパイも同様だ。
こうした問題に対処するには、資金の流れを追跡し、関係者の接触状況を把握し、必要に応じて強制捜査を行う能力が不可欠だ。金融庁との連携も警察には一日の長がある。
さらに、サイバー攻撃の分野でも警察の役割は大きい。令和7年上半期の警察庁サイバー警察局の報告によると、全国で116件のランサムウェア被害が報告されており、同局が捜査と被害拡大防止にあたった。攻撃元は海外の犯罪組織と見られたものの、国家情報局がサイバー情報を扱うなら、こうした現場の実働部隊と密接に連携できる警察が中心になるのは自然だ。具体的な対処能力と経験を持つ組織が対応することで、インシデント発生時に適切な判断を行うことができる。
では、外務省、防衛省、公安調査庁が主導する場合はどうか。ここにはそれぞれ固有の問題がある。
外務省は外交交渉を担う組織である以上、外国政府との関係維持が最優先になる。たとえば、ある国の外交官が日本国内でスパイ活動を行っている疑いがあったとしても、外務省はその国との関係悪化を恐れて強く出られない可能性がある。外交的配慮が必要な組織に、国内の政治工作やスパイ活動への対処を任せるのは難しい。
さらに、将来的に対外諜報活動を行う機関を創設する場合、外務省には違法になり得るギリギリの活動を担わせるわけにはいかない。あくまでも外務省は国の外交の顔であり、泥臭い情報の世界に全面的に関わることは望ましくない。米国で国務省とCIAが別組織になっている理由でもある。
防衛省・自衛隊は軍事情報の収集に優れているが、国内情報の扱いには慎重であるべきだ。軍事組織が国内の市民社会を監視することへの懸念は根強く、文民統制の観点からも制約が大きい。たとえば、米国のNSA(国家安全保障局)が国内通信を監視していた問題が発覚した際、強い批判が起きた。日本で同じことが起きれば、社会的な反発は避けられないだろう。また、やはり将来的な対外情報活動の観点から考えても、防衛省は駐在武官を通じた軍人としての情報収集を行う立場上、外務省と同様の観点から一定の距離があることが望ましい。
公安調査庁は、戦後の制約の中で「捜査権限を持たない情報機関」として設計されたため、強制力を伴う行動ができない。たとえば、オウム真理教の動向を追っていた時期、公安調査庁は情報を集めることはできても、強制捜査は警察に頼らざるを得なかった。国家情報局が実効性を持つためには、捜査権限と全国的な組織網が不可欠であり、公安調査庁を中核に据えるのは現実的ではない。
また、公安調査庁は関与を否定しているものの、中国が公安調査庁との接触を理由に同国内で逮捕事案に踏み切った事例もあり、過去の実績ベースで国家情報局の中核を担うには時期尚早と言えるかもしれない。
こうした事情を踏まえると、国家情報局をどこが主導すべきかという問いに対して、警察を中心に据えるという答えは、決して突飛なものではない。むしろ、最も現実的で、最も実効性が高い選択肢だと言える。そして実際、現在の内閣情報調査室の人事も警察主導となっている。
警察主導の国家情報局が実現すれば、国内情報の一元化が進み、情報の断片化という日本の長年の弱点を克服できる。たとえば、都道府県警察が持つ情報を国家レベルで統合し、サイバー攻撃への即応体制を強化し、外国勢力の政治工作に対する捜査と分析を連携させることで、情報から対処までの流れが格段にスムーズになる。
制度設計としては、国家情報局が担うものとして国内情報、対外情報、サイバー情報の三本柱を設置し、独自の情報を交えた分析と調整に特化する。省庁間の情報独占を禁止し、国家情報局が最終的な分析を担うことで、情報の断片化を防ぐ。国会による監視機能を強化し、民主的統制を確保することも重要だ。国家情報局の局長は能力本位で選ばれるべきだが、現状では情報の取り扱いや情報活動に知悉した警察庁出身者を充てるのが妥当であろう。
国家情報局の創設は、日本の安全保障体制を大きく変える歴史的な改革になる。その成否は、どの省庁が主導権を握るかにかかっている。国内情報の蓄積と実働能力、外国勢力の政治工作への対抗、組織文化の適合性、そして外務省・公安調査庁・防衛省の構造的限界を総合すれば、国家情報局は警察主導で構築されるべきだという結論は揺るがない。
外務省、公安調査庁、防衛省は重要な協力者であるが、主導権を持つべきではない。国家の安全を守るためには、国内情報と実働能力を兼ね備えた警察を中心に据え、真に統合された情報機関を構築することが不可欠である。これは最も自然で、最も現実的な選択肢だと言えるだろう。
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(早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員 渡瀬 裕哉)