2019年10月26日深夜、大阪府堺市の中学2年生だったトモコさん(仮名、享年13)がマンションから転落し、救急搬送された。一命はとりとめたものの1週間後に病院で死亡が確認された。
トモコさんは小学校時代からいじめを受けており、中学生になってからは部活動内での人間関係に悩んでいた。母親に相談することも度たびあり、「死ね」「うざい」と言われて傷つく気持ちを吐露していたという。女手ひとつでトモコさんを育ててきた母親は、やるせない思いをこう語る。
「トモコは小学校時代からいじめにずっと苦しんでいました。洗脳されるように『死ね』と言われ続けて、言葉にできない辛さを抱え込んでいました。うちは父親がいないので私がどうにかしないといけないと思っていたんですが……。トモコをいじめた加害者たちには、『あなたの言葉で人を殺せるんだよ』と気づいてほしいです」(母親、以下同)
小学生の頃から始まったトモコさんに対するいじめは対面での暴言に加えて、LINEの中でも続いていた。
「同級生が公園で遊んでいる時に、トモコに『はよ、来い』『はよ来んとコロス』というLINEメッセージが何通も届いていました。怒りマークの絵文字なども合わせて20件連続で並んでいて、見た時はぎょっとしました。『ママが行って話しよか?』と言ったんですが、『ママが話しても無駄やで、ママの前ではいい人ぶるもん』と言っていました。家に呼びに来る時も外から大声で『トモコ! 早く出てこい!』と叫んでいました」
「ママの子が、友達に舐められるような子でごめんね」
当時、トモコさんはよく家族に「ごめんね」と謝っていたという。
「トモコをいじめていたメンバーについて、教師にも『付き合わなくていい』と言われたことがあるのですが、トモコはその子たちを拒絶しきれずにいました。さらに相手を恨むよりも『家族や近所に迷惑をかけている』、『私は迷惑をかける人間なんだ』と自分を責めて苦しんでいたと思います。『ママの子が、友達に舐められるような子でごめんね』と言ったこともありました。そんな相手と仲良くしなくていい、とは伝えたのですが……」
小学校卒業後、トモコさんは公立中学に進学したので同級生の多くは小学校時代と同じで、いじめは終わらなかった。
中学校に進学する頃、トモコさんは母親に「自分は見下されている。バカにされている、と理解している」と話したこともあったという。トモコさんからの断続的な相談を受ける中で、母親は学校に電話で相談し、教頭を通じて担任や部活顧問にいじめについて伝えてもらっていた。
トモコさんが最も苦しんでいたのは、女子バレー部の人間関係だった。 母親が違和感を覚えたのは、7月2日の部活動中にトモコさんは引き付けを起こして体育館で倒れた時だった。
知らせを受けた母親が学校へ向かうと、トモコさんは保健室のベッドに寝かされ、リンパ部を冷やすための水袋を当てられていた。教師がうちわであおいでいたが、口の端には泡を吹いた跡があったという。
「練習中に体育館で倒れて、先輩に保健室まで運んでもらったようでした。トモコは過呼吸のようにぜぇぜぇと息をしていて、小刻みに震えてもいました。しかし近くにいた先生は『熱中症かな?』とそれほど深刻に捉える様子もなく、『救急車呼びます?』とこちらに聞いてきました。救急車を呼ぶより自分の車で病院に連れていった方が早いと思ったので、部活顧問に車椅子を持ってきてもらい自分の車まで連れていき病院へ行きました」
翌日には登校できたが、数日後に部活で再び倒れてしまった。母親が学校へ向かうと、今度はトモコさんがなぜかカーペットの上で正座していたという。
「保健室のカーペットに正座して、上体を丸めてダンゴムシのようになりながら『頭が痛い』と唸っていました。どうして床にいるのかとびっくりして聞いたら、先生は『本人がそこがいいっていうので』と。せめてベッドに連れてってあげてくれてもよかったと思うのですが……。この2回のことで、学校は子どもを守る意識が低すぎると感じました。トモコも先生に見捨てられている感覚があったと思います」
「お母さんが休めと言ったからって、なんで休むん?」
夏に3年生が引退して新チームになると、バレー部内でのトモコさんの立ち位置はますます悪化し、9月頃からいじめが深刻化したという。
「秋頃に一度、家族の用事があったので部活を休むようにトモコにお願いしたことがありました。しかし休みの希望を顧問に伝えた数日後、同級生に呼び出されて『お母さんが休めと言ったからって、なんで休むん?』と詰問されて泣いてしまったと話していました。日頃からトモコは学校で起きたことを話していたので知ることができました」
この件はほどなく収束したが、その日からトモコさんに対する部員の態度が厳しくなり、練習試合の集合場所や集合時間、お弁当がいるかどうかなどの連絡が届かないことが頻発するようになったという。試合の前日の夜に母親が教頭に問い合わせてトモコさんに伝えて練習試合への参加はできたが、試合中にも嫌がらせを受けた。
「点数係をしていたトモコを同級生が『休んだのにわかるん?』とからかったり、荷物を多く持たせたりしたんです。顧問に相談しても『仲良くやっているように見えます』と言われただけでした。しかしトモコは『先生、部活に来ないのによく言うわ。見てないくせに』と不満げでした」
この時期、トモコさんは買ったばかりだった筆箱を「見たくない」「もう使わない」と言って使わなくなったことがあった。後に母親はその筆箱の中から「なんで? 休むん? 休むん? どうなん? 足いたいから休むとか言ったらほんまうざいねんけど」などと書かれたメモが小さく折りたたまれていたのを発見した。
そんな状況が続き、トモコさんは11月についにバレー部から退部することを決めた。すると、退部届を出した日の放課後に、同級生に「帰るの待ってくれる?」と呼び出され、「なんで急に辞めた?」と問い詰められた。
2年生の先輩にも呼び出され、「言わなあかんことあるんちゃうん?」と詰問された。トモコさんは「『やめる』とか『しんどい』とか先輩に相談できることいっぱいあったのに、できなかった。本当にすみません」と謝った。すると、先輩から「別に、謝ってほしいわけじゃない」と突き放されたという。
その後、トモコさんは学校から家に帰るまでの間、涙が止まらなかった。そして母親にその日あったことを報告する中で感情を爆発させ、「先輩に相談して何とかなるなら相談するけど、なんとかできるの? みんなは自分のことばかり。(同級生6人に謝罪したのは)結局お礼参りの強要でしょ」と涙ながらに訴えた。
「学校には、体調面を含めて部活をやめるという手紙を出しています。しかし、退部の挨拶の機会を与えられませんでした。与えられたら、呼び出されることはなく、トモコが傷つくことはなかったと思う」
「学校の大人も同級生も先輩もみんな怖い、こんなところ1秒も居たくない」
バレー部は退部したが、トモコさんは11月14日から学校へ行けなくなってしまった。
「しんどいとこぼすことが増え、体も心配だったので病院に行ったりもしました。『行きたくないなら行かんでいいし、しんどいなら休めばいい。しっかり休みや、そんで元気になりや』と言いました。人間関係に関しても、『付き合わんでいい人っておるねんで、関わらんでいいと思う』と、話したこともありました」
中2になっても不登校は続き、トモコさんと母親は5月に教科書を受け取りに学校へ行くことになったが、震えながら号泣し、暴れながら叫び声をあげた。
「学校の大人も同級生も先輩もみんな怖い、誰にも会いたくない、こんなところ1秒も居たくない」
状況が改善する兆しはまったく見えなかった。
〈 「まさかトモコじゃないよね?」部活でのいじめを苦にした女子中学生(13)の母親が忘れられない“嫌な予感”が走った瞬間 〉へ続く
(渋井 哲也)