写真を頼りに容疑者の容姿を記憶し、大勢の人が行き交う雑踏から容疑者を見つけ出す埼玉県警の「見当たり捜査員」。昨年9月から捜査班で任務に就き、今年7月末までに殺人事件を含む9人の容疑者を発見した男性警部補(40)が毎日新聞の取材に応じた。既に班全体の年間平均検挙件数を上回る実績を上げている男性警部補は「『逃げ得』は許さない」と話し、きょうもどこかの街の雑踏で目を光らせている。
東松山市で6月13日、介護士の女性が自宅アパートで死亡しているのが見つかった。刃物による刺し傷があったことなどから、県警は殺人事件と断定して捜査本部を設置。元同僚の男が事情を知っているとみて行方を追っていた。男性警部補は、男の関係先がある東京都内での見当たり捜査を任された。
その日は雨が降っていた。男が無職だという情報から「お金もないはず。本屋で立ち読みして雨宿りしているのでは」と考え、駅周辺の書店で捜査を開始。ある店で、壁際で立ち読みする男を見た。
横顔しか見えなかったが、耳やもみあげの形が行方を追う男とよく似ている。他の捜査員も意見が一致。凶器を所持している可能性もあるため、捜査本部に応援を要請し、男が店から出たところで声をかけることにした。
店を出た男の顔を正面から見ると、写真と同じだった。「警察ですが、○○さんですよね」。男性警部補が声をかけると、男は目を丸くして驚き、声も出せない様子。男が落ち着いてからもう一度尋ねると、うなずくような仕草を見せた。県警は男に捜査本部への任意同行を求め、殺人容疑で逮捕した。
県警は2011年、殺人罪などの公訴時効廃止に伴い、長期間逃亡している容疑者を検挙するために見当たり捜査班を新設した。現在は男性警部補を含む3人の警察官が所属している。例年、見当たり捜査によって発見する容疑者は班全体で年間5~6人という。
捜査員は、指名手配犯や県内の警察署で容疑者として浮上している人物の写真を見て容姿を記憶し、1日数時間、最長で7時間ほど駅前や歓楽街、パチンコ店など人が集まる場所で捜す。
男性警部補は指名手配犯など300~350人の顔写真や全身写真をとじた「写真帳」を携帯。毎朝、出勤前後に20分ほどかけて写真を見つめる。
顔を覚えるコツは、年を重ねても変化しない目や耳の特徴を記憶すること。目の部分だけ見ることができるようくりぬいた紙を写真帳に当て、ルーペで拡大する。「髪形など余計な情報が入らないようにするんです」。こうして容姿の特徴を記憶しておくと、実際に容疑者に遭遇した際、「久しぶりに友達に会ったかのように反応できる」と明かす。
猛暑の夏も、冷え込みの厳しい冬も街頭に立つ見当たり捜査。来るか分からない容疑者を捜し続ける。「必死にやるしかない。被害者に安心してもらい、次の被害者を出さないためにも、絶対捕まえてやると思っている」。男性警部補は静かにそう話した。【中川友希】