女子大生の人生は壊されかけた! 誤認逮捕で分かった「警察・検察」の呆れた劣化

ある日突然、身に覚えのない容疑で逮捕・勾留され、あたかも罪を犯したかのように報道される――。日常のすべてが根底から覆されるほどの悪夢である。愛媛県警に人生を壊されかけた22歳の女子大生が公表した手記に綴られた悲劇は、誰の身にも起こり得る。
「罪と向き合え」
「就職も決まってるなら大ごとにしたくないよね」
「今の状況は自分が認めないからこうなってるんだ」
「また取り調べか、とか思ってるんだろう。認めないと終わらないよ」――
これらは昭和の刑事ドラマのセリフではない。愛媛県警松山東署の現職の刑事が、無実の女子大生に言い放った“脅し”の数々だ。
もっとも、全国には約29万人もの警察官がいるから、一定の確率で能力の劣る者が紛れ込み、時折、ミスが起こるのは避けようがないのかもしれない。しかし、無論、警察組織にはそうしたミスを事前にチェックする機能がある。そして、万が一そこをすり抜けたとしても、検察がミスを発見できる仕組みになっているはずなのだが、今回、そのフィルターは全く機能しなかった。それどころか、
「松山地検(区検)は、7月9日夕方に松山地裁(簡裁)が勾留請求を却下したのに対し、準抗告。検察のこの対応により9日中に行われる可能性が高かった女子大生の釈放は10日朝にずれこんでしまった」(捜査関係者)
こういう経緯があったからこそ、誤認逮捕が明らかになった後、警察だけではなく、検察幹部も女子大生に面会することになったのである。なお、女子大生の逮捕状を発付した裁判官の所属する松山地裁(簡裁)は今のところ何のコメントも発表していない。
問題の事件が起こったのは今年1月9日午前2時過ぎのこと。松山市の路上でタクシーから若い男女4人が降りた際、助手席にあった、売上金など約5万5千円が入ったセカンドバッグが盗まれた。タクシーのドライブレコーダーには、助手席に乗った女がセカンドバッグを盗む様子が写っていたというから、「通常」の捜査が行われていれば、すぐに犯人逮捕に至ったはずだ。しかし、その捜査は何もかもが「通常」のものとはかけはなれていた。
「1月に起こった事件にもかかわらず、松山東署はしばらくそのまま放ったらかしにしていた。ようやく捜査に着手したのは5月だった」(先の捜査関係者)
警察は、男女4人がタクシーを降りた周辺の防犯カメラの映像も調べ、彼らが近くのアパートに入って行くのを確認した。誤認逮捕された女子大生と、彼女の釈放後に犯行を認めた真犯人の女は2人ともそのアパートに住んでおり、警察が「ドライブレコーダーの映像に似ている」として容疑者に絞り込んだのは、女子大生のほうだった。つまり、悪い偶然が重なったわけだが、それは誤認逮捕の言い訳にはならない。
「容疑者が浮かんだ場合、被害者にその人相などを確認してもらうのは捜査の基本中の基本。今回、警察はそれを怠った上、同乗者の3人の身元を調べる作業もしていなかった。映像に似ている、というだけで女子大生を犯人と決めつけていたのでしょう」(同)
警察は彼女の承諾を得た上で指紋も採取。が、タクシーの車内から彼女の指紋は見つからなかった。また、うそ発見器も使用し、5月27日と6月4日の任意の事情聴取を経て、7月8日に逮捕したのだ。
前述した通り、彼女は2日後の10日朝に釈放された。その後も警察は捜査を続け、彼女と同じアパートに住む女に事情聴取したところ、「ドライブレコーダーに写っているのは自分」と供述。セカンドバッグを持ち去ったことも認め、7月18日に誤認逮捕が確定したのだった。
8月1日に弁護士を通じて公表した手記の中で、女子大生はこう吐露している。
〈5月27日から(誤認逮捕確定の連絡を受けた)7月19日という期間は私にとってはとても長く、不安、恐怖、怒り、屈辱といった感情が常に襲い、ぴったりと当てはまる言葉が見つからないほど耐え難いものでした。手錠をかけられたときのショックは忘れたいのに忘れることができず、今でもつらいです〉
さらに、
〈自白を強要するかのような言葉を執拗に言われました〉
彼女の取り調べを担当した30代の巡査部長が言い放ったセリフの数々は、冒頭で紹介した。
「最初の任意聴取の2日後、彼女は一人で私のところに相談に来て、困惑した様子で“身に覚えがない”と繰り返していました」
女子大生の担当弁護士はそう語る。
「2回目の任意聴取の後、1カ月ほど警察から連絡はありませんでした。ですから、彼女は容疑が晴れたと思っていたはずですし、僕もそう思っていました。そんな矢先の、7月8日の逮捕だったのです。逮捕直後に接見した際には、さすがにショックを受けていることが伝わってきました」
怒りの感情が湧いてきたのは誤認逮捕が判明した後のことだったといい、
「彼女は“こちらの言い分を一切聞いてもらえないことが苦痛だった”と憤っています。また、警察が発表している内容は十分ではない、との思いがあり、手記を公表したのです」(同)
女子大生が手記を公表した5日後の8月6日、
「全く無関係な方を逮捕し、心よりおわび申し上げる」
と、県議会の場で謝罪した愛媛県警の松下整(ひとし)本部長。
その後のある朝、松山市内の公舎から出てきた松下本部長に話を聞くべく声をかけたところ、こちらを見ることなく、速足で“逃亡”。質問を無視して歩き続けること1分半、ようやく立ち止まってこちらの存在を認めてくれた。そして、
「私はこれまで何度も言っているように、誠に申し訳ない事態で深く反省している、と。私の心情としてはそれを書いてもらえれば大丈夫です」
と、話す一方、
「十分答えたろ。これぐらいでいいんじゃない?」
との捨て台詞も。休日にもかかわらず、よほど先を急いでいたようだ。
「今回の件は誤認逮捕というより“でっち上げ”と表現したほうがいいほどひどい。8月9日には香川県警の警部補が刑事事件で容疑者になった息子に不利になる証拠を隠した、という不祥事が報じられましたが、最近、悪質な警察官が増えている気がします」
とは、ジャーナリストの大谷昭宏氏。
「また、司法試験の合格者数の増加と共に検事の質も劣化している。合格者のうち優秀な人材は外資企業の顧問弁護士などを目指す。転勤があって仕事がきつい検事を選ぶ人が何人いるのでしょうか」
7月29日、東京・千代田区の最高裁で「法曹という仕事」と題するイベントが開催された。現役の弁護士、検察官、裁判官が一堂に会して仕事の魅力などを紹介するもので、検察官は「被害者の“ありがとう”が聞ける」、裁判官は「前例のない問題を自らの考えで判断出来る」と語っていた。しかし、判断を誤れば、人一人の人生を一瞬にして台無しにしてしまいかねない。これから法曹界の門をくぐる人が知っておくべきは、そうした「怖さ」のほうではあるまいか。
「週刊新潮」2019年8月29日号 掲載