合成麻薬MDMAを所持していた疑いで女優の沢尻エリカ容疑者(33)が逮捕されたことで、当日朝まで入り浸っていた深夜のクラブに注目が集まっている。長年、「麻薬の温床」という不名誉な称号がついて回りながらも、数年前の風営法の改正でついに“合法な存在”となったクラブ。その“負の側面”が露わになり始めた。
風営法改正に携わった警察幹部たちはいまごろ苦虫をかみつぶしたような顔をしているに違いない。沢尻容疑者が薬物に手を出していることは10年近く前から周囲の口に上り、2012年、「週刊文春」が前夫のインタビューなどでも暴露していたが、所詮、一個人の麻薬乱用に過ぎないとも言える。
問題なのは、沢尻容疑者がクラブで薬物を入手していたとの情報を警視庁が得ていることだ。今回のMDMAはイベント会場で入手したとされるが、10年以上前から使用していたという麻薬の継続的な入手先の捜査は始まったばかりだ。
沢尻容疑者だけではない。11月10日に同じくMDMAを使用した疑いで警視庁に逮捕された“カズマックス”こと、投資家の吉沢和真容疑者(30)も、クラブを出たところで尿検査を受けている。
クラブと麻薬の関係を明らかにするには、まずはクラブの歴史から紐解かなければならない。クラブは、DJ(ディスクジョッキー)がかける音楽を客が酒を飲みながら踊ったりして楽しむ業態だ。ディスコとほとんど変わらないが、クラブは深夜から明け方にかけての営業が前提となっているのが違う。
バブル崩壊前後、ディスコの衰退と前後して現れ始めたクラブはあくまで表向きは飲食店。音楽を大音量でかけているただの飲食店、という体裁での営業が始まった。なぜなら、ディスコの業態では午前1時以降の深夜営業が許されず、深夜営業をするためには、深夜営業が許される単なる飲食店として、実質的に脱法状態で営業するしか道がなかったからだ。
警察当局も当初はこうした事態を知ってか知らずか、本格的な摘発は控えたままだった。だが、そのうちクラブはディスコを凌ぐ一大業態となり、繁華街の中心と化していった。先に海外でクラブが隆盛となっていたことも繁栄を後押しした。
海外のクラブはもともと麻薬と深い縁があった。クラブで主流の4つ打ち音楽が特徴のハウスミュージック、テクノミュージックは70~80年代の米国で始まった。気分を高揚させる音楽と白煙にゆらめく様々な色の照明は、興奮系の麻薬であるMDMAとも相性が良く、音楽とともに麻薬も米国や欧州に広がっていった。
そもそもマイルス・デイヴィスをはじめ、モダン・ジャズの時代から麻薬に溺れたミュージシャンは数知れず。欧米の音楽は麻薬と切っても切れない縁がある。日本と比べ、欧米では麻薬に対する社会的許容範囲が格段に緩く、大麻などに手を出すのは日本で言えば未成年による飲酒が少しひどくなった程度として扱われることも少なくないことも影響している。
つまり、麻薬とクラブの親密な関係はすでに海外で定着していた。そのクラブ文化が日本に輸入されるとなれば、麻薬だけを抜きに、というのは逆に難しかったともいえる。
警察当局もその事態に次第に気づき始めた気づき始めた。そもそもが脱法状態の深夜営業のため、風営法上はいつでも摘発が可能という一般の経営者なら参入に躊躇する条件のクラブビジネス。経営に介入する反社会的勢力も少なくなかった。そこで、平成の半ばごろから、六本木や大阪などでの「クラブ狩り」が始まった。
表向きは違法な深夜営業という風営法違反の摘発だが、裏には、麻薬、反社会的勢力とのつながりが濃厚な場所を摘発するという真の狙いがあった。
だが、それは時宜を失したものだったといまは認めざるを得ない。すでにその頃、クラブ文化は若年層を中心に確実に浸透し、コンビニエンスストアなど24時間営業が一般化するなか、クラブの深夜営業を一律に禁止する時代遅れの風営法に頼った摘発は文化狩りとされた。2016年、ついに風営法は改正。クラブ合法化への道が開いた。
この改正に不満をもらす警察関係者もいる。だが、ここまで文化が浸透した以上、時代遅れの法律の条文に頼る「脱法」捜査は限界に来ていたといえる。
ただ、それがクラブでの麻薬文化を調子づかせた可能性も否定できない。2017年にはクラブを中心に麻薬を売りさばいていた英国籍の売人を警視庁が逮捕。売人が借りていた東京都内の一室からはMDMAだけでなく、コカイン、覚醒剤、大麻が見つかった。毎晩のように複数のクラブで薬物を売り歩いていたといい、いかにクラブで麻薬がはびこっているかを物語る。
クラブで遊ぶ大半の客が麻薬とは縁のない健全な客であることも事実だ。いまさらクラブを違法化するわけにもいかない。だが、麻薬とクラブの関係は切れるどころかむしろ深まっている可能性を一連の事件は示している。「脱法」捜査を封じられた今、警察当局は麻薬と反社会的勢力という一部のクラブが抱える負の側面に正面から向き合わざるをえなくなってきたともいえる。
沢尻容疑者の事件も吉沢容疑者の事件も、たれ込みが発端だったというのはある意味、希望でもある。クラブでの浄化作用が働いたと総括できないこともないからだ。海外ではクラブでの麻薬検査を実施する場所もある。不名誉な称号を返上するためにも、クラブ側に更なる対策が求められる時代が始まっている。
(末家 覚三/週刊文春デジタル)