格安旅行会社「てるみくらぶ」倒産の裏側に“キックバック依存経営”――多額の粉飾決算、社長らの詐欺

1900年に創業した国内最大級の企業情報データを持つ帝国データバンク――。最大手の信用調査会社である同社は、これまで数えきれないほどの企業の破綻劇を、第一線で目撃してきた。

金融機関やゼネコン、大手企業の破綻劇は、マスコミで大々的に報じられる。実際、2018年に発覚した、スルガ銀行によるシェアハウスの販売、サブリース事業者・スマートデイズへの不正融資問題などは、記憶にとどめている読者も多いだろう。それに反して、どこにでもある「普通の会社」がいかに潰れていったかについて、知る機会はほとんどない。8月6日に発売された『倒産の前兆 (SB新書)』では、こうした普通の会社の栄光と凋落(ちょうらく)のストーリー、そして読者が自身に引き付けて学べる「企業存続のための教訓」を紹介している。

帝国データバンクは同書でこう述べた。「企業倒産の現場を分析し続けて、分かったことがある。それは、成功には決まったパターンが存在しないが、失敗には『公式』がある」。

もちろん、成功事例を知ることは重要だ。しかし、その方法は「ヒント」になりこそすれ、実践したとしても、他社と同様にうまくいくとは限らない。なぜなら、成功とは、決まった「一つの答え」は存在せず、いろいろな条件が複合的に組み合わさったものだからだ。一方で、他社の失敗は再現性の高いものである。なぜなら、経営とは一言で言い表すなら「人・モノ・カネ」の三要素のバランスを保つことであり、このうち一要素でも、何かしらの「綻(ほころ)び」が生じれば、倒産への道をたどることになる。

そしてそれは、業種・職種を問わずあらゆる会社に普遍的に存在するような、些細(ささい)な出来事から生まれるものなのだ。実際、倒産劇の内幕を見ていくと、「なぜあの時、気付けなかったのか」と思うような、存続と倒産の分岐点になる「些細な出来事」が必ず存在する。同書ではそうした「些細な出来事=前兆」にスポットを当てて、法則性を明らかにしている。

本連載「あなたの会社は大丈夫? 『倒産の前兆』を探る」では、『倒産の前兆』未収録の12のケースを取り上げ、「企業存続のための教訓」をお届けする。旅行シーズンが到来した第1回は、格安旅行会社として名を馳せたものの、粉飾決算と詐欺行為に手を染めて倒産した「てるみくらぶ」を取り上げたい。

――格安海外旅行業 てるみくらぶ

航空会社からのキックバックを軸とした収益構造で、一般消費者向けに格安ツアーをネットで販売。対面販売が主流だった旅行業界で急伸するが、為替変動、他社のネット参入などの影響で業績が悪化していく。リーマン・ショック後の旅行業者の倒産として最大となり、大きな社会問題にも発展した同社の倒産は、いかにして起こったのか。

なぜ「格安ツアー」で利益が出るのか? カギは「キックバック」
てるみくらぶは、1998年12月に設立。73年に設立された旅行会社、アイ・トランスポート社の「てるみくらぶ事業部」を前身とする。アイ・トランスポート社は、国内ではまだ珍しかった無店舗型旅行会社として、自社サイト「てるみくらぶ」を通じて一般消費者にツアー商品を直販し、急成長を遂げた。その後、アイ・トランスポート社から、てるみ社ほかへと事業が引き継がれ、グループ会社となって旅行事業を拡大していった。

てるみくらぶは、一都市滞在型の海外パッケージツアーを主体に、ハワイやグアム、サイパン、韓国、台湾、タイなどのツアー商品を扱い、11年9月期の年売上高は約134億円を計上する。その利益構造の主軸となっていたのは、パッケージツアーを売り、飛行機の乗客を確保することで航空会社から支払われるキックバックだ。空席が多いままでの運行を避けたい航空会社は、座席数を埋めるために、旅行業者に集客をしてもらう契約を結んでいる。

てるみくらぶも、一定期間に決められた座席数を一般消費者へ販売する(送客)契約を結んでいた。契約の内容では、月単位での送客数と送客を達成した場合の1人あたりの報奨金の額が決められ、航空会社から旅行会社にキックバックが支払われていた。

例えば、1カ月に1000席の販売を航空会社と約束し、100%達成すると1人当たり数千円~1万円ほどのキックバックが航空会社から支払われるといった具合だ。このとき、航空券の卸値は状況に応じて安くなるため、旅行業者は通常価格より安いチケットを一般消費者に提供できる。さらにキックバックを得ることで、1泊2万3000円といったツアーが赤字でも、採算がとれるような仕組みになっていた。

12年までは円高が続き、宿泊代などの仕入れコストを圧縮することで収益を得ていた。しかし13年以降、円安基調の傾向が強まったことなどの影響で、13年9月期の年売上高は約61億5800万円、前年比47.3%減にまで落ち込む。ネット予約の旅行業者が次々と現れ、航空会社も自社で航空券をネット販売するようになったほか、飛行機の小型化などで座席数が余りづらい状況も追い打ちをかけた。

こうした状況を打破するため、てるみくらぶは、これまでの「安い・近い・短い」プランから、新たに付加価値の高いヨーロッパ周遊クルーズのプランを企画。富裕・シニア層をターゲットに、これまでWeb主体だった広告宣伝をテレビや新聞広告にも広げた。

さらに、リピーターを増やすため、対面販売にも力を入れようと大阪、札幌に支店を開設。差別化された周遊プランと広告の効果もあって、15年9月期の年売上高は約140億円と増収。ただし出店費用や添乗員採用に伴う人件費などで、収益は悪化していた。

そうしたなか、15年にグループ企業の「自由自在」社を先導していた取締役が退職。自由自在が運営していた旅行ツアー通販サイト「さわやかプラス」事業は、同年4月にてるみくらぶへ統合され、新たに自社サイト「自由自在」を開設する。こうしたグループ内部での度重なるブランド転換も、収益性悪化の要因となった。

破産の前兆は、あちこちに見えていた
てるみくらぶの破産騒動は、おそらく多くの人が記憶していることだろう。予約数約3万6000件、約9万人の旅行者が、旅行代金を支払ったにもかかわらず、航空券の発券やホテルへの宿泊ができないなどの被害に巻き込まれた。そんな旅行者たちのクレームによって問題が一気に表面化、世間の耳目を大いに集めた。

当時、さかんに報道された通り、てるみ社は大規模な粉飾決算を行っていた。

てるみくらぶが作成した16年9月期の決算書において、純資産は約4億5900万円と報告されていた。しかし、実際は「16年9月末時点で約74億円、直近では約125億円の債務超過となる疑いがある」と破産申立書のなかで指摘されている。また、少なくとも14年以降、営業段階から赤字だった可能性が高いことも、財務アドバイザーの調査によって明らかになっている。

決算書のなかで未払金や前受金を少なく見積もったことは明らかだが、もっとも目立つのは、主にキックバックを計上していたと思われる未収収益を、過大に計上していた可能性が指摘されていることだ。16年9月末時点で計上されている未収収益は約22億円だが、実際は約2億円であり、複数の決算書を持ち合わせることで実態を偽っていた可能性も指摘されている。

また、不適切な会計処理のほかに関係者内で囁かれていたのは、12年にグループから外れて以降、休眠状態だったとみられるアイ・トランスポート社への約4億円もの貸付金だ。

黒字化が困難となるなか、てるみくらぶは、キックバックや旅行者からの前払金を運転資金に充てるという自転車操業に陥っていた。赤字が表面化すると金融機関からの借り入れができず、第一種旅行業の認可審査にも支障が出る。そのため、虚偽の決算を続けなければならなかったのかもしれない。もちろん、兆候はあった。業界内では15年9月ごろより支払遅延情報が散見され、相場よりもかなり安く設定されていたツアー料金に、取引先が警戒するようになっていた。

さらに昨年秋には、現金による前払い(振り込み)を条件としたツアーを開始し、広告やメルマガの量が目に見えて増加したことから、金融機関もてるみくらぶの資金繰りを不安視していたようだ。

ついに破産、そして明らかになった詐欺行為
てるみくらぶは、航空チケットを一般消費者に代理販売し、手数料などを差し引いた代金を、国際航空運送協会(以下:IATA)を経由して航空会社に支払っていた。航空券は、旅行業者のIATAへの支払いが完了後、全日本空輸が運営するシステムで発券されるが、支払いが1度でも滞ると発券されない仕組みになっている。

てるみくらぶのIATAへの支払いは1回につき約2億円~4億円で、1週間に1度行われていた。しかし17年2月、旅行先のホテルなどの予約手配を行う業者への支払い約5億円が遅延した。

てるみくらぶは金融機関に緊急融資を要請し、3月15日のIATAへの支払いは決済できたものの、その翌週の支払いの資金調達は間に合わず、ついに臨時休業となった。スポンサーを探し、関係各所からの追加の支援を受けられるよう交渉していたが奏効せず、自己破産の申し立てに至った。

てるみくらぶの負債額は、関連企業「自由自在」社を含めたグループ全体で約214億円、そのうち、てるみくらぶの一般消費者に対する負債額は約100億円となった。

旅行客への弁済については、一般社団法人日本旅行業協会(以下:JATA)の弁済業務保証分担金2400万円の5倍にあたる約1億2000万円が保証されている。しかし、負債額約100億円では弁済率約1%で、返金の見込みはほぼないに等しかった。

弁済の申請を受け付けているJATAによれば、破産から1カ月が経過した時点で、てるみくらぶは約3万2000件、約85億円分の申請がなされている。

後日、事態はさらに動いた。てるみくらぶY元社長が逮捕されたのだ。

Y元社長と元役員らは、粉飾した決算書や偽造した請求書を複数の銀行に提示し、5億円もの融資を不当に引き出した疑いをもたれた。またY元社長個人としては、社内に保管してあった1000万円以上の現金を自宅に持ち出したうえ、破産管財人には「57万円しかない」との虚偽説明をしていた。これらの疑いで、Y元社長は逮捕、起訴され、懲役6年の実刑判決を受けた。

大きな騒動となったてるみ社の破産だったが、これを機に、消費者が想定以上に保護されていないことが表面化。事態を深刻に見た観光庁は、消費者保護や弁済保証、経営ガバナンスなどの在り方を話し合う有識者会議を立ち上げた。

破産直前に行われていた現金による前払いでの集客などが詐欺にあたるなどして、一部の債権者で「てるみくらぶ被害者の会」も結成されている。

旅行客の夢や思い出を食い物に……
金銭的な被害はもちろん、旅行客にとって旅は夢や楽しみ、思い出と同義であり、その機会が失われたことで精神的ダメージが大きいのも旅行業者の破産の特徴だろう。

実際、TwitterなどSNS上には、てるみくらぶで購入したツアーが叶わなかった人たちから、「高校生のころから貯金していたお金が消えた」「老いた両親のパート代と年金をつぎ込んだのに」「両親へのサプライズだった」といった悲痛な声が多数寄せられた。

見方を変えれば、てるみ社の破産は、普段、「倒産」を意識しない一般消費者が、倒産の被害を認識するきっかけとなったともいえる。消費者自身の与信の目利きも大事だが、てるみくらぶ破産で消費者が旅行に及び腰とならないよう、今後、安心してツアーの申込みができるような消費者保護の制度拡充を期待したい。

パッケージツアーをネットで販売し、航空会社からキックバックを得るという、てるみくらぶのビジネスモデルは当初こそ新しく、少しの間はブルーオーシャンを謳歌できた。しかし日本におけるネットの普及度合いに鑑みれば、同業他社も似たような営業スタイルを始めるのは時間の問題と見えたはずだ。

そこで同社が第一に優先させなくてはならなかったのは、競争が激化するなかで、いかに選ばれつづけるかを創意工夫によって模索することだった。コストが利益を圧迫していたのなら、別の手法を考えるべきであり、粉飾決算と詐欺行為に手を染めることは決して許されないのである。

(帝国データバンク 情報部)