「日本は『世界最悪の財政赤字国』ではない」アベノミクスの提唱者・浜田宏一が“矢野論文”に反論

「霞が関全体に、ことなかれ主義の風潮がある中で、行政官のトップが自らの立場を踏まえながら、官僚や国民にどう持論を発すべきか、を示したことは、議論のよい出発点になりえます。ただし、論じられた内容についていえば、ほぼ100%、私は賛成できません」
新聞、テレビ、ネットと各方面で話題を呼んだ「 財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』 」(「文藝春秋」11月号掲載)。
アベノミクスの提唱者として知られる浜田宏一氏(イェール大学名誉教授)は、「現役の財務事務次官である矢野さんが論文を発表したことは、立派だったと思います」と評価しながらも、論文の内容に関する評価は厳しい。
日本は「借金大国」なのか?
「第一に、『日本は世界最悪の財政赤字国である』という認識は事実ではありません。
矢野論文は、財政赤字の指標として、一般政府債務残高をGDPで割った数字が256.2%と先進各国の中でも突出して悪い、と強調しています。そして、この借金まみれの状況では、支出を切り詰めるか、増税を行う必要がある、と財務省の伝統的な主張を繰り返します。
財務省は『年収(経済規模)に比べて借金がどれだけあるか』という数字をよく用います。しかし、年収との比較だけで借金の重さを捉えるのは適切ではない。なぜならば、金融資産や実物資産があるならば、借金があっても、そのぶん実質的な借金は減るからです。
国際通貨基金(IMF)が公表した2018年の財政モニター・レポートは、実物資産を考慮して各国政府がどれだけ金持ちなのか、を試算しています。これによれば日本政府は十分な資産を持っているため、わずかに純債務国ではあるが、大債務国のポルトガル、英国、オーストラリア、米国よりも相対的に債務は少ない。試算に誤差はありえますが、『どの先進国よりも劣悪』という矢野氏の主張とは印象がだいぶ違います」
「『日本は瀕死の借金国』という宣伝には熱心な財務省ですが、主張と矛盾する分析には冷淡で、翻訳すらしない。IMFには、財務省の出向者もいるはずなのに、不都合な真実については目立たせない工夫をしているのでは、と勘ぐってしまいます」
MMTを支持する立場から批判
さらに浜田氏は、「自国通貨を発行している政府は破産しない。政府は必要に応じて貨幣発行すれば、債務超過は解消できる」という学説(MMT=現代貨幣理論)の根幹部分を支持する立場からこう論じる。
「コロナ対策を名目とする財政出動策について、矢野氏は『実際に最終消費や投資に回されなければ(略)GDPギャップは一向に埋まらない』と記しています。昨年春に10万円の特別定額給付金を配ったのに、データの上では、低所得者層を含めた全階層の家計で貯蓄が増えてしまった。つまり、使われず貯め込まれただけだというわけです。
旅行や飲食に制限があり、お金を使おうにも使えなかった面を考慮する必要はありますが、お金が回るようにするには、昨年のやり方では中途半端で、もっと大胆にお金を配るべきだったのだと、私は考えています。
この先、無制限に債務残高を増やせばどうなるか、ご心配な方もいるでしょう。例えば、国の借金のGDP比256%が1000%になったらどうなるか。
私は大丈夫だと思います。まだ国債を買ってくれる人はいるでしょう。ただし、もう1桁上げて10000%が大丈夫かと言われれば、それは難しい。それは国債を買ってくれる人がもういないからです」
浜田宏一氏、増田寛也氏、斎藤幸平氏――各界の3賢人が国家財政を論じた「 『矢野論文』大論争! 」全文は、「文藝春秋」12月号(11月10日発売)に掲載される。
現役財務次官による“バラマキ批判”…増田寛也「国民的な議論を巻き起こしたのはプラス」 へ続く
(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2021年12月号)