警察官になりすまし男性から金塊詐取か…約1億4000万円相当 受け子の39歳女を逮捕

警察官になりすまし、60代の男性からおよそ1億4000万円相当の金塊をだまし取ったとして、受け子の39歳の女が逮捕されました。
警察によりますと、逮捕された横浜市に住む下中一未容疑者は去年3月、京都府の60代の男性に「犯罪収益がないか資産捜査をするので、長野県警本部査察官に金を渡してもらいたい」などと電話でウソを言い、金塊9キロ、時価およそ1億4000万円相当をだまし取った疑いがもたれています。
下中容疑者は受け子を担当していて、調べに対し「指示役から脅されてやってしまいました」などと容疑を認めているということです。
携帯電話には指示役とみられる人物からの指示の記録も残っていて、警察は特殊詐欺グループの犯行とみて実態を詳しく調べています。

【速報】ロープで首絞めたか 殺人容疑で男を再逮捕…自宅などから複数本押収 バーの壁に女性の遺体 北海道日高町

【画像】首を圧迫し殺害か 殺人容疑で男を再逮捕 バーの壁の中に女性の遺体
北海道警察は2026年1月30日、北海道日高町に住むバー経営者の松倉俊彦容疑者(49)を殺人の疑いで再逮捕しました。
松倉容疑者は2025年12月31日ごろ、日高町の看護師・工藤日菜野さん(28)の自宅で、工藤さんの首を圧迫し、殺害した疑いがもたれています。
警察によりますと、工藤さんはロープのようなもので首を絞められたとみられ、松倉容疑者の自宅などから複数本のロープが押収されているということです。
松倉容疑者は、逮捕前の任意聴取で工藤さんの殺害をほのめかしていましたが、現在は黙秘しています。
松倉容疑者は同年12月31日ごろ、経営するバーの物置スペースの壁の中にある一畳ほどの空間に工藤さんの遺体を遺棄したとして逮捕・送検され、逮捕当時は「遺体を店内の壁の中に入れて隠したことに間違いありません」と容疑を認めていました。
これまでの取材で、工藤さんは12月30日、祖母に「あすは彼氏とゆっくり過ごす。1日は仕事に行く」と伝えていたことや、12月31日午後4時ごろに自宅近くの防犯カメラに映っていたことがわかっています。
しかし1月1日になっても勤務先に姿を現さず、警察が行方を捜査。知人の松倉容疑者から任意で事情を聴いていたところ、1月10日未明、バーの店内から工藤さんの遺体が発見されました。
◇壁の中に遺体が
工藤さんの遺体が遺棄されたのは、バー店内の物置スペースの壁の中でした。壁には木製の板が貼り付けられていて、外すと40センチ四方の四角い穴があったといいます。
穴は壁の内側にある1畳ほどの空間につながっていて、ここに工藤さんの遺体が置かれていました。
◇遺体の遺棄後もバー営業
松倉容疑者は遺体を遺棄したとされる後の1月2日もバーを営業していました。
当時店内にいた客によりますと、松倉容疑者はいつもより暗く冷たい雰囲気で、空気清浄機や換気扇を回す様子が見られたといいます。
さらに客に対し「臭くない?」などと質問する様子も確認されています。
警察は松倉容疑者と工藤さんの関係や、事件の経緯について捜査を続けています。

【速報】架線断線で運転見合わせの常磐線 およそ7時間ぶりに運転再開 断線原因調べる

けさ、JR上野駅で架線が断線した影響で常磐線などが運転見合わせを続けていましたが、先ほど午後2時前に運転を再開しました。
JR東日本によりますと、きょう午前7時前、運行司令所のモニターに上野駅で停電を知らせる表示が出て、電車が走行できなくなりました。
係員が確認したところ、架線が断線して停電したということで、常磐線や宇都宮線、高崎線で運転を見合わせました。
午前8時すぎには宇都宮線と高崎線が運転再開しましたが、常磐線快速電車と常磐線は一部区間で運転見合わせを続けていました。
JR東日本は復旧作業を続け、先ほど午後2時前に安全の確認がとれたとして運転を再開しました。
JR東日本は断線の原因を調べています。

小泉進次郎防衛相「なりすましにご注意」AI生成の「偽物」とのビデオ通話の事例も「チグハグな受け答え」

小泉進次郎防衛相が2026年1月29日、Xで自身の「なりすまし」をめぐる注意喚起を行った。
「秘書の名前を騙る人物が私の”偽物”にビデオ通話を繋ぎ…」
小泉氏は(なりすましにご注意ください)として、不審な電話の事例に触れた。
「ここ数日、私の秘書の名前を騙る人物から不審な電話を受けた、との連絡を複数の方から頂いています」という。
具体的な電話の内容について、「中には、秘書の名前を騙る人物が私の”偽物”にビデオ通話を繋ぎ(WeChatというアプリを使用)、おそらくAIなどで生成されたであろう私の映像と音声によってチグハグな受け答えをする、といった事例もありました」と説明。
小泉氏は「こうした連絡は、私とは一切関係ありませんので、ご注意ください」と注意喚起した。
「手口も巧妙かつ悪質であり、電話を受けても決して対応しないようにお願いします」とした上で、「また、そのような電話を受けたときには、念のため事務所までご一報いただければ幸いです」と呼びかけている。
今後の対応については、「このような悪意ある行為に対しては、警察への相談も含め、厳正に対処してまいります」と明かした。
「テロにつながる可能性もあるし…」
今回小泉氏の「なりすまし」に使われたという「WeChat(微信)」は、中国のテンセント社が提供するインスタントメッセンジャーだ。世界展開しており、日本でも利用可能だ。
関連については定かではないものの、「公人、しかも防衛大臣を騙るとかテロにつながる可能性もあるし公安とかいろんなところが慎重かつ迅速に捜査していろいろ食い止めて欲しいです 」など、不安をつづるユーザーも少なくない。

(なりすましにご注意ください)…

歌舞伎町のホストに売掛金を抱えた女性に…高金利で金を貸し付けた疑い、暴力団関係者の男を逮捕

「パパ活」の投稿きっかけに
ホストクラブにツケ払いの「売掛金」を抱えた女性に法外な金利で金を貸し付けたとして、警視庁が東京都豊島区西池袋、派遣社員の男(36)を出資法違反(高金利)容疑で逮捕したことがわかった。男が女性の実家に金を取り立てに来たことがきっかけで事件が発覚した。
捜査関係者によると、男は2022年7~9月、25万円を貸し付けた東京都内に住む20歳代の女性から、法定の上限を超える89万1000円の利息を受け取った疑い。調べに「記憶がない」と容疑を否認している。逮捕は26日。
女性は新宿区歌舞伎町のホストクラブに約80万円の売掛金を抱えており、返済などに充てるため、デートの見返りに金銭を支払う「パパ活」の相手をSNSで募集していた。女性は、投稿を見て連絡してきた男に借金を依頼したという。
男は暴力団関係者で、警視庁は28日、港区の山口組系暴力団事務所を同容疑で捜索し、事件への関与を調べている。

【速報】手押しの除雪機で作業の男性 バックしてきた大型除雪車にひかれ死亡《新潟・上越市》

30日午前8時ごろ、上越市板倉区の市道上で除雪機を押していた男性が大型の除雪車にひかれて死亡する事故がありました。
警察と消防によりますと、30日午前8時頃運転手とみられる人から「大型除雪車に人が接触した」と消防に通報がありました。
中島和昭さん(74)が手押しの除雪機を押して道路を横断していたところ、バックしてきた大型の除雪車にひかれたということです。
中島さんは上越市内の病院に搬送されましたが、午前10時すぎに死亡が確認されました。死因は外傷性胸部大動脈損傷でした。
中島さんと接触した除雪車には、67歳の男性運転手と同乗者が乗っていて、市から業務委託を受け除雪作業をしていたということです。
警察は事故の原因を調べています。

「一部行き過ぎた行為を深く反省」立命館大アメフト部の高橋監督 不適切な指導による活動停止処分 甲子園ボウル2連覇の強豪

アメリカンフットボールで大学日本一に輝いた立命館大学を指導する監督が、部員に不適切な指導を行ったとして、「2月末までの活動停止処分」を受けました。

立命館大学によりますと、アメリカンフットボール部の高橋健太郎監督(44)は去年8月から12月にかけて、部員2人に計3回、指導中にアゴをつかんだり、胸元を押したりするなどの不適切な指導をしたということです。

去年12月に大学側に通報があり、大学は部員らに対する聞き取り調査を経て、12月20日から今年2月末まで、高橋氏の監督としての活動停止処分を決定しました。

3月以降、コンプライアンス研修や面談を実施したうえで、大学側が復帰可否について検討するということです。

高橋監督は聞き取りに対し、「一部行き過ぎた行為があったことを深く反省しています。改めて学生との関係を築いていきたい」などと話したということです。

また学生側は聞き取りに対し、「指導中の出来事で、暴力との認識はなかった」と話したということです。

立命館大アメフト部は、昨年12月、大学日本一を決める「甲子園ボウル」で関学を破り、連覇した強豪です。

立命館大学は、「学生が安全・安心して課外活動に取り組める環境を整えることは、大学として最も重要な責務です。その責務に反する教育上の重大な問題が発生したことを厳粛に受け止め、部員、在学生、保護者などに対し、重ねてお詫び申し上げます」とコメントしています。

学生の遅刻に立腹、暴言浴びせ授業も切り上げ全出席者を欠席扱い…教材も削除し学習できない状況に

長野大学(長野県上田市)は28日、学生にアカデミック・ハラスメント(立場を利用した嫌がらせ)をしたとして、40歳代の男性非常勤講師を停職の懲戒処分としたと発表した。処分は16日付。処分期間は非公開としている。
講師は昨年11月25日のオンライン授業で一部の学生が遅刻したことに腹を立て、学生に暴言を浴びせた。授業を途中で終わらせた後、約100人いた全学生を欠席扱いとした。さらに、オンライン上にあげていた学習教材を削除し、事後学習が出来ない状況にした。
学生が大学事務局に報告して発覚し、講師を自宅待機とした。授業は他の教員が代わりに行っている。

「私は羆に用心するから、遭遇することは滅多にない」それでもうっかり近づきすぎて見た羆の姿は…

〈 盛岡市郊外に住んで一カ月「近所の防災無線から三日に一度、ときには日に数回、クマの出没情報が」 〉から続く
昨年の「今年の漢字」にもなった「熊」について、近くから、遠くから、考える。「 文學界 」2026年2月号の特集「熊を考える」より、作家・久栖博季さんのエッセイ「一頭の動物として」を特別に公開します。
◆ ◆ ◆
かすかに獣の匂いが残っていた。乾いた風の吹き下ろしてくる斜面を、長靴の足で踏ん張ってゆっくり進む。秋の深まった北海道の山だ。整備された遊歩道を外れ、熊笹を掻き分けてここまで来た。落ち葉が足元に厚く積もっていて、長靴が沈む。視線を少しだけ上げて、斜面の中腹の土が剥き出しになった所に蹄の足跡を見つけた。足跡の主もここで踏ん張って斜面を登って行ったのだろうか。細い脚で、私なんかよりもずっと軽やかに進んだのだろう。ここは鹿の道だった。
立ち止まり青い空を見上げたら、鳶が一羽、薄い雲を引こうとするかのように弧を描いていた。しばらく目で追ったが、やがて私の視力は鳶を見失い、空の高みからただ孤独が降ってくるような寂寥を感じた。冷たい空気を吸って、そっと吐いた。あの鳥みたいになりたかった。孤高でありながらも、ちゃんと生命の輪の一部となってこの土地に結ばれている。さっき感じた寂寥はこの輪から外れそうになっている人間への警告なんじゃないかと思った。私は鳶の航跡を羨む。
山道を歩く時、私は一頭の動物になる。もともとあまり目は良くないから、音と匂いと地を踏む足裏の感触に集中する。辺りに人間の気配はない。どうにも人間の社会は居心地が悪くて、こうして山にいるほうが息をするのがらくだ。もしかしたら私は、羆より人間のほうが怖いかもしれない。自分も人間のくせに。
そうは言っても、実際に羆に遭遇するのはやはり恐ろしいことで、積極的に出会いたくはないから熊よけの鈴は持っている。ラジオはつけない。それより周囲の物音に耳を澄ますほうがいい。この時期の獣の足音は乾いた植物を踏むガサガサという音で、夏の足音はもう少しやわらかい。よいしょ、ともう一踏ん張りして斜面を登りきると、開けた場所に出た。りーん、と熊よけの鈴を鳴らすと澄んだ音が波となって広がっていく。遠くから水の音が聞こえる。その方向へ蹄の足跡が続いていた。
最も恐ろしいのは、至近距離でのふいの遭遇
羆をめぐって最も恐ろしいのは、至近距離でのふいの遭遇だ。用心しないで歩いて、気がつくと目の前に羆がいた、なんて状況は絶対に避けたい。羆だってそう思っているに違いない。異質なものに遭遇した時、驚きと恐怖で攻撃が出る。それは自然なことだ。あの巨体、長く強靭な爪から繰り出される一撃は、間違いなく私を殺す。顔面の皮膚を切り裂き口腔内まで貫通した爪が肉を抉り顎を砕く。かなり痛いにちがいない。原型を留めない自分の死に顔を想像して慄く。そうやって死んだ自分に猛禽やカラスが群がり、肉を啄んでいくのだろう。関節をつなぐ腱が切れ骨が離散し私がバラバラになる。他の動物の生きる糧になることは生命の輪の一部として、確かに世界に結ばれているということなのだから、その光景のあとに残る、あるかなきかの静寂に安らぎを覚える。でも、心のどこかではそんな死にざまは嫌だと、人間らしく思っている自分もいる。私はそんな弱い一頭の動物だ。
蹄の足跡を辿っていくと、水の音が近くなっていく。秋の陽射しがさらさら降りて立ち枯れた植物が金色に光る。風が通ると、光は跳ねるように輝く。あれは自らの季節を終えた植物のたましいなのではないか。植物が不自然に揺れたと思ったら、一匹のキツネが姿を見せて私の目の前を木枯らしのように駆け抜けていった。毛並みの煌めきはたちまち原野を覆う植物の光にまぎれて見えなくなる。あるいは、この大地そのものがキツネの背中なんじゃないかと想像することもある。小さな私が、長靴の頼りない足取りでせっせと金色の背によじ登っている。風に吹かれて金色にくすぐられながら、風上から羆の匂いが流れてこないことを確かめる。強く匂うまで近づいてしまっていたら、もう逃げられないに違いない。
私はどうして山に入るのだろう?
それにしても、これほど警戒し、羆の強さ恐ろしさを知っているというのに、私はどうして山に入るのだろう? 私だけではない、父も含め自分の身近にいるこの土地の人々は春にはタランボの芽やワラビ、初夏まではフキ、秋にはキノコを採りに平然と山に入っていく。熊出没のニュースを見たってお構い無しだ。どうして行けるのか、恐ろしくはないのか? そう問いかけた自分の胸に「信頼」という言葉が浮かぶ。信頼。言葉の重みを背負って一歩一歩水辺に近づいていく。
この大地は羆とある時は共生し、ある時は戦ってきた深い歴史がある。その感覚は今も息づいて歩く度に足の裏から伝わってくるような気がする。北海道に和人が多く移住してきた開拓期には三毛別羆事件をはじめ、人間が羆に襲われた話がいろいろと残っている。その度に人間は武器をとって知恵を絞り、なんとか〈人食い熊〉を倒そうと挑んできた。それから、家畜をいかにして守るか頭を悩ませたこともあっただろう。それより前の、アイヌの伝統的な生活に想いを馳せれば、羆は肉と毛皮を携えて人間のもとにやってくるカムイだった。子熊を大切に育てあげ、たくさんのお土産を持たせてカムイの国へ送り返すイオマンテという儀式はあまりにも有名だ。北海道の観光土産である木彫りの熊のことも思い出す。冬眠して羆の姿が見えない時期に、人間の手が木から羆の姿を彫り出していく。これほどまでに、この大地に生きる人々にとって羆という存在は生活と固く結ばれている。山の幸を享受する私も、出会いたくないから、という消極的な理由ではあるが羆を意識しないで過ごす年はない。山菜でもキノコでも絶対に採り過ぎてはいけないのは、羆を始めとした野生動物のためだ。羆のことを「山親父」と呼ぶこともあるが、それは畏怖とともに親しみがこもった呼称だと思う。親父という言葉で人間と羆を重ねている。怖いものであっても、身内の存在でもあって、避けてばかりはいられない。生活に密接している以上、知らんぷりはできない。自分の身を守るために羆について知識をつけねばならず、恐れると同時に挑むこともやめられない。山菜やキノコを採る者にとってはこれが生活そのものだ。そんな土地の記憶を継承していくこととは、山と信頼を結ぶことなのだと思う。信頼は長い時間をかけ、この土地と人間のあいだに醸成されてきた知恵である。熊をよく知る人ほど過剰に恐れない。とあるキャンプ場の管理者はけろりとして「熊出っから」と言い「山に羆がいるのは当たり前」なのだと語った。
羆に遭遇しないルートを選ぶ
当たり前のこととして、私は羆に用心するから、遭遇することは滅多にない。私が羆を避けようとするのと同じように、羆もまた私を避けようとしてくれる。風上の匂いに注意を向けつつ羆に遭遇しないルートを選ぶ。私なんかよりもずっと鋭い嗅覚を持つ羆は、たぶんより用心深く避けてくれる。羆も人間も、お互いに出会いたくないと思っている、このくらいの距離感がちょうどいいのだし、そこに信頼がある。
蹄の足跡を辿ってきた長靴の足が水辺に辿り着く。立派な角を持った牡鹿が一頭死んでいた。あるいは足跡の主だったのかもしれない。病気だったのだろうか。この水辺で最期に喉を潤したのだろうか。はっきりしたことは何もわからない。別の可能性として、足跡の主はもうずっと遠くまで軽々と駆けてしまった後なのかもしれなかった。なんであれここに残された死は、私に自分が今、生きているという実感を喚起する。ぞくぞくっと生の感触が肌を走る。目を凝らせば、浅い水のそこ、ここに、金色に光る草の根元に、白い骨片が散らばっている。もうすぐこの死を食らう者たちが集うだろう。そしてきれいな骨片になるまで食い尽くされるのだ。大きな魚が水面に浮かんできたのを見れば、ボロボロの尾びれでゆっくりと進む産卵を終えた鮭〈ホッチャレ〉だった。ああ命だ、と思う。生命の輪がここにある。
風はやんでいた。百メートル以上は離れた高い場所に黒っぽい塊が見えて、羆だとすぐにわかった。冬眠の季節が迫っているからせっせと食べ物を探しているのだろう。昨年は人里への熊の出没が相次いだ。ニュースを見るたびに思うのは、人間は熊という動物に対して実にさまざまなイメージを与えているなということだ。たくさんの愛らしい熊のキャラクターたち、それとは正反対の獰猛な人食い熊の恐るべきイメージ。人間たちはそれぞれに様々な熊の姿を語る。そのイメージをもとにある者は熊を守れと言うし、別の者は絶滅させてしまえと言う。でも本当のところ、熊は熊という一頭の獣でしかない。私の頭に浮かぶ熊の姿は、キャラクターでも人食い熊でもなくて山に当たり前のようにいる一頭の獣であり、それは私がこうやって山を歩きながら時間をかけて知っていった熊の姿だ。ニュースを見た人間が熊に対して持つイメージが、ネットを中心に人々の話題に立ち現れる熊の姿なのだとしたら、そこには現代の私たちが懸念する問題が投影されているのではないか。例えば排外主義のような。人間は知らないものを極度に恐れ、排除しようとする習性がある。
たぶん人間ほど狩りやすい動物はいない。それなのに人間は、自分たちは狩りの対象にはならないと素朴に信じているところがある。だから熊に襲われた人のニュースはあれほどセンセーショナルに映るのだと思う。都市に守られて生きる人間は獣の匂いさえすっかり忘れている。私は人里に下りてきてしまった熊を殺すなとは言えず、ただ信頼が崩れてしまったと考える。熊が人間の領域を侵してくるのなら、人間は毅然として戦わなければならない。けれど「じゃあお前は殺せるのか?」と問われたら躊躇してしまう。私は弱い動物だとやっぱり思う。反対に、人間が熊の領域を侵すなら、攻撃されたとしてもそれは仕方ないのだし、熊の領域に食べ物を含めて熊の興味を引くような人間の痕跡を残すべきではない。それが動物としての礼儀であると思う。そういうことを長い間守り続けることで生まれた信頼があった。コロナ禍でアウトドアブームが起こって人間たちがこぞって山へ入っていった時、そこに住む他の動物は何を思っただろうか。今、人間の領域に熊が入り込んでくるのはその裏返しのように見えてくる。ドングリやブナの実が大凶作だと言うのだから、自然を楽しもうとする人間よりずっと必死だ。熊はただ生きたいだけなのだ。
うっかり近づきすぎて見た羆の姿
動物の写真を撮るカメラマンはどのくらいの距離から羆を撮影するのだろう。このくらいの距離で望遠レンズを使えば堂々たる羆の姿が撮れるかもしれない。怯えるほどの距離ではないが、できればすみやかにこの場を離れたほうがいい。私はiPhoneのカメラを構えようという気にはならなかった。野生動物の写真を撮りたいとは思わない。代わりにずっと覚えている羆の姿がある。自分が今より若くて未熟だった頃にうっかり近づきすぎて見た羆の姿だ。背中に秋の陽を浴びて金色に輝いていた。あれをカムイと表現した人々の気持ちがわかったような気になった。その羆は私には目もくれないで、光が躍動する草の波間を悠然と歩いて行った。こうやって、私も羆に美しく気高いイメージを与えて憧れる。そんなことを思い出しつつ、一頭の動物の私は長靴の足跡だけを残して、背中を丸めて跳ねるように、その場を去った。
〈 「さっき、木村さんの家のまえを、熊が走っていきましたよ」確実に近くにいるのに、なんだか遠い 〉へ続く
(久栖 博季/文學界 2026年2月号)

「このままだとガンに…」除霊と称し10代女性にわいせつ行為か 自称霊媒師の男逮捕

「このままだとガンになる」と10代の女性に言って、除霊と称してわいせつな行為をしたとして自称霊媒師の男が逮捕されました。
警視庁によりますと山田啓介容疑者は去年5月、都内のマンションの一室で10代の女性の体を触るなどのわいせつな行為をした疑いがもたれています。
山田容疑者は霊媒師を自称し、体調が悪いと相談してきた女性に、「このままだとガンになる」「わたしは手で触って除霊するタイプ」などと言ってわいせつな行為をしたとみられています。
体調がよくならないことを不審に思った女性が、110番通報をしたことで事件が発覚したもので、調べに対し山田容疑者は「除霊のために必要だった」「許可を得てから体に触れた」と容疑を否認しているということです。