2月8日投票の総選挙で考えられる3つのシナリオ

高市早苗首相は2026年1月23日に衆議院を解散し、総選挙は同月27日公示、2月8日投票で争われることになった。自民党と日本維新の会の与党が勝利し、積極財政などの政策を進めるのか、立憲民主党と公明党が結成した「中道改革連合」が勝って政権交代を実現するのか。それとも両者が拮抗して与野党の合従連衡となるのか――。
日本政治の転換点となる総選挙
日本政治の転換点となりうる選挙である。465議席(選挙区289、比例区176)の攻防で予想される3つのシナリオを考えてみよう。
シナリオ①自民党勝利で高市政権継続
25年10月に発足した高市内閣は異例の高支持率を維持している。NHKの調査(1月10~12日)によると、「支持する」が62%、「支持しない」が21%だった。
1月23日召集の通常国会では、物価高対策や高市氏の台湾有事をめぐる発言に加えて、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党国会議員との関係を示す内部文書が韓国で報じられた問題などが論議される予定だった。
とくに立憲民主党の枝野幸男元代表が委員長を務める衆院予算委員会では、野党による厳しい追及が予想された。そうした事態を回避するために、「支持率の高いうちの解散に打って出た」(現職閣僚)というのが、高市首相と自民党執行部の本音だろう。
その狙いが当たって自民党が大勝、選挙前議席(199)を大幅に上回り、維新と合わせて過半数(233)を確保するケースだ。都市部では中道の候補らの追撃を振り切り、地方でも着実に票を伸ばす。自民党派閥の裏金に関与した候補らの多くも当選し、「みそぎを果たした」との受け止め方も広がる。保守票を奪うとみられた参政党の伸びも限定的だった。
高市首相は1月19日の記者会見で、「この総選挙は総理大臣を選ぶ選挙」であり、「進退をかける」と明言。勝利すれば当然、首相を続投する。選挙後の特別国会で首相に指名された後に組閣し、第2次高市内閣が発足することになる。
自民党の公約でもある「責任ある積極財政」を進めるため、当初予算の成立後も新たな景気対策などを検討する。高市首相は第2次安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」を評価しており、安倍政権を支えた官邸スタッフなどを要職に再起用している。金融緩和を含めアベノミクスに近い政策が打ち出されるだろう。
自民勝利でアベノミクスが継続?
衆院では自民、維新の与党が多数でも参院ではなお少数与党であるため、高市首相は国民民主党などに協力を求める。国民民主党は「手取りを増やす政策の実現」などを条件に協力に応じるだろう。高市首相は27年9月の自民党総裁選で再選を果たし、「長期政権」もうかがうことになる。

福井に「顕著な大雪情報」 強い冬型、25日にかけ警戒

日本列島は25日にかけて、強い冬型の気圧配置が続き、北日本から西日本への日本海側を中心に大雪に警戒が必要だ。気象庁は24日、大雪や路面の凍結による交通障害、電線や樹木への着雪、なだれが発生する恐れがあるとして、備えるよう呼びかけた。短時間に降雪が強まる場合や、太平洋側での大雪にも注意を求めた。
気象庁によると、日本付近は25日にかけて強い冬型になるとともに、強い寒気が入る。気圧の谷が、北陸から西日本の日本海側へ移動。山沿いや山地に加え、平地でも大雪の可能性がある。
気象庁は24日午後、大雪により福井県大野市、勝山市で大規模な交通障害が発生する恐れが高まったとして「顕著な大雪に関する気象情報」を発表した。大野市九頭竜では24日正午までの6時間に37センチの降雪を観測した。
25日午前6時までの24時間予想降雪量は多い所で、北海道40センチ、東北70センチ、関東甲信60センチ、北陸80センチ、東海80センチ、近畿50センチ、四国20センチ、九州北部20センチ。

事件前に現場付近をうろつく人物 逮捕の男が下見か 姫路・男性刺殺事件

兵庫県姫路市のマンションで、男性が殺害された事件で、逮捕された男とみられる人物が事件前、下見するようにマンション付近をうろついていたことがわかりました。
自称・解体業の小出慶二容疑者(49)は20日朝、姫路市にあるマンションの地下駐車場で、住人の会社員・木田大助さん(33)の腰の部分を刃物で刺し、殺害した疑いが持たれています。
警察によりますと事件前、マンション付近をうろつく不審な人物の姿が防犯カメラに映っていました。
小出容疑者と外見の特徴が一致していて、警察は小出容疑者が木田さんを狙って、現場を下見していたとみています。
警察は23日、石川県七尾市内で小出容疑者を発見し、逮捕しました。
小出容疑者は警察に対し、「今は、しゃべるつもりはありません」と供述しているということです。

埼玉・八潮道路陥没、4月に県道の通行再開見通し 下水道管復旧進み

埼玉県八潮市の県道交差点で下水道管破損による道路陥没事故が発生して28日で1年。20日に記者会見した大野元裕知事は「大規模な事故が発生した県として、多くの技術的課題など国と連携し、教訓を生かせる体制とすることが我々の責任。日本で最後の事故になるように努力していきたい」と述べた。
現場付近を流れる下水は現在、バイパス(仮排水管)を設置し、迂回(うかい)させている。新管敷設は2025年12月末までに終わっており、腐食対策など新管内部の補強工事完了後、汚水を仮排水管から新管に切り替えて3月末までに下水道管が復旧する見込みだ。これにより4月には、暫定2車線(片側1車線)で県道の通行を再開できる見通しという。【鷲頭彰子】

無免許…酒気帯び…信号柱なぎ倒し通勤通学時間帯に渋滞発生 33歳大工の男を逮捕 福島

23日朝に郡山市で、車が衝突し信号機が倒れた事故について、無免許の上に、酒気を帯びた状態だったとして、運転していた男が逮捕されました。
無免許運転と酒気帯び運転の疑いで逮捕されたのは、郡山市富久山町の大工、石井貴也容疑者33歳です。石井容疑者は23日午前7時40分頃、郡山市内で無免許の上に、酒気を帯びた状態で普通乗用車を運転し、信号機の柱に車を衝突させた疑いが持たれています。石井容疑者と、同乗していた20代の男性が軽いけがをしたほか、信号機が倒れた影響で朝の通勤通学時間帯に渋滞が発生しました。石井容疑者は容疑を認めているということです。

警察官シマ「あなたに逮捕状が出ている」ウソ電話詐欺で岩国市の70代男性が現金2210万円被害

警察官や検察官を名乗るウソの電話を信じ山口県岩国市の70代の男性が現金2210万円をだましとられる詐欺事件が発生しました。
岩国警察署の発表によりますと去年11月5日から24日にかけ、岩国市に住む70代の無職の男性の携帯電話に「+」ではじまる国際電話の着信がありました。
電話先の警視庁の警察官シマを名乗る男は「あなたが口座を売買していることで逮捕状が出ている」、また東京地方検察庁の検察官イシハラを名乗る男は「口座の残高を金融庁の口座に移して不正なお金がないか調査する」「金融庁のコンドウがお金を受け取りに行く」などと話したということです。
話を信じた男性は、指定された銀行口座に現金を振り込んだり、市内の路上で金融庁のコンドウを名乗る男に現金を手渡すなどし、あわせて2210万円をだましとられました。
警察では、警察などかの捜査機関から現金を用意させることはないなどと注意を呼び掛けています。

代金を支払うつもりなく宿泊し飲食…外出したまま戻らず、別のホテルに向かい通報され逮捕 詐欺容疑の50歳男「ホテルで寝たいと思った」北海道函館市

今月20日から21日にかけて、北海道函館市内のホテルで代金を支払う意思がないのに宿泊したとして、自称50歳の男が逮捕されました。
詐欺の疑いで逮捕されたのは、住所や名前、年齢がいずれも自称の函館市赤川1丁目の無職、鈴木聡容疑者(50)です。
鈴木容疑者は、今月20日から21日にかけて函館市内のホテルに代金を支払うつもりがないのに滞在し、宿泊代や飲食代など2万7811円相当の提供を受けた疑いが持たれています。
鈴木容疑者は、ホテルから出たままチェックアウトの時間になってもフロントに現われなかったことから、ホテル関係者が通報しました。
逮捕のきっかけはホテル間の被害情報共有
鈴木容疑者はその後、別のホテルにも泊まろうとしましたが、被害の情報を共有されていたホテル側が警察に通報し、駆けつけた警察が鈴木容疑者を取り押さえ、容疑が固まったとして、24日に逮捕しました。
取り調べに対し鈴木容疑者は「ホテルで寝たいと思った。お金がなかったからお金を払わずに泊まった」と話し、容疑を認めているということです。
警察は、鈴木容疑者の当時の所持金など詳しい経緯などを調べています。

批判されても、嫌われても、前首相・石破茂が「黙らない」理由 24歳、「闇将軍」と呼ばれた政治の師の教えが原点 再登板への意欲は…

「物申す石破茂」が帰ってきた。昨年10月に約1年の首相在任を終えた直後から各種メディアに出演。縦横無尽に持論をぶつ姿は首相就任前と変わらない。共同通信のインタビューでも、高市政権の政策に「間違っている」「あっていいと思わない」と注文を付けた。自民党内には「おとなしくしていればいいのに」と眉をひそめる人もいる。退任直後の元最高権力者は、後継政権に不満があっても「黙して語らず」が永田町の見識とされているからだ。 なぜ石破は批判されても、嫌われても「黙らない」のか。「あの戦争を二度と繰り返さない」。政治家人生を貫く、このぶれない信念が背景にありそうだ。(敬称略、共同通信=渡辺学)

▽小泉元首相の言葉 石破は1月13日、高市早苗首相が1月23日召集の通常国会冒頭に衆院を解散する意向を固めたことを受け、記者団に言い切った。「解散権を持つ首相の判断だが、3年連続の国政選挙だ。何を国民に問うのか、首相は明確に述べなければならない」 首相退任以降に目立つのは、高市政権に対する厳しい発信だ。前首相の「物言い」に反響は大きく、党内外には波紋が広がった。2024年10月の石破内閣発足に当たり法相に起用された牧原秀樹元衆院議員は、X(旧ツイッター)に「昔、小泉純一郎元首相が『自分が辞めた後は何を言っても現職総理に迷惑がかかる。(略)沈黙こそ使命だ』とおっしゃっていた。石破前首相にはその言葉を送りたい」と投稿。昨年7月の参院選で落選した佐藤正久元参院議員は「コメントするだけ無駄。『丁寧な無視』で十分」と切り捨てた。
田中角栄氏(右)と石破茂氏=1983年撮影(石破茂事務所提供)
▽あの戦争に行ったやつが… 石破が発言を続ける理由を探ると、政治家としての「原点」が浮かび上がる。1981年、三井銀行(当時)の一行員だった石破は参院議員の父・二朗を亡くした。東京の葬儀で葬儀委員長を引き受けたのは「闇将軍」と呼ばれ権勢を誇っていた元首相・田中角栄。後日、お礼のため東京・目白の田中邸に足を運んだ24歳の石破に、田中はこう言い放った。 「今すぐ会葬お礼の名刺を作って、鳥取の葬儀に来てくれた3500人を1軒1軒、全部回れ。君がお父さんの遺志を継ぐんだ」 虚を突かれ「参院議員の被選挙権は30歳」「政治家にはなるな、が父の遺言だった」と精いっぱい反論する石破に、田中は目の前の机をばーんとたたき、たたみかけた。 「君は衆院選に出るんだ。いいか覚えておけ。日本の全てのことは、この目白で決まるんだ!」 田中の迫力に気おされ、政治の道に飛び込んだ石破。そんな「政治の師」の最大の教えが「あの戦争に行ったやつがこの国の中心からいなくなった時が怖い。だから、よくよく勉強してもらわねばならない」だった。 「あの戦争」とは1937年に始まった日中戦争と、1941年開戦の太平洋戦争だ。田中にも旧満州への出征経験があった。「あの戦争に行ったやつがこの国の中心からいなくなった時が怖い」。この言葉は「今も耳にこびりついている」(石破)。
1989年(平成元年)12月の衆院本会議場
▽平成とは何だったか 昨夏の参院選後、日中戦争や太平洋戦争の期間中に生まれた「戦中生まれ」の国会議員は6人のみとなった。衆院では、元首相・麻生太郎(1940年生まれ)を筆頭に、立憲民主党の小沢一郎(1942年)、議長の額賀福志郎(1944年)、自民前幹事長の森山裕(1945年4月)。参院では、いずれも自民で元議長の山崎正昭(1942年)と元農相の野村哲郎(1943年)。衆参計713人の国会議員の99%は「戦争を知らない」世代だ。 だが平成元年(1989年)の「政官要覧 平成元年前期号」(政策時報社)を繰ると、当時は戦前生まれが国会議員の大半を占めていたことが分かる。1986年衆院選で初当選を果たした1957年生まれの石破は、衆院最年少の1回生だった。 時代が平成から令和に流れる中で容赦なく世代交代は進み、田中の言う「あの戦争に行ったやつ」は政治の中枢から遠ざかった。石破は「平成という時代は何だったのか」というテーマで講演すると「世の中心から多くの戦前生まれの方がリタイアした。戦後が終わった」と総括する。戦争の記憶と体験の継承は、永田町の課題でもある。
斎藤隆夫氏
▽「反軍演説」の教訓 議会、メディアが軍部に物申さず、戦争に突入した過ちを繰り返してはならない。石破のその思いの強さは、戦後80年に当たり、首相退任直前に発表した「内閣総理大臣所感」の、いわゆる「反軍演説」の引用に色濃くにじんだ。1940年2月の帝国議会で斎藤隆夫衆院議員が日中戦争を「聖戦の美名に隠れて国民的犠牲を閑却(なおざりに)し…」と糾弾した演説だ。 当時の軍部は「聖戦の目的を冒涜するものだ」と激しく反発。小山松寿衆院議長が職権で議事録の大部分を削除した。結局、斎藤は賛成296票、反対7票で衆院を除名される。太平洋戦争前夜、当時の議会は軍部への統制を失っていた。削除された議事録は今も復元されていない。 長年、演説の議事録復活を求めている立民の長妻昭は「斎藤は決してリベラル派だったわけではない。リアリストだった」と指摘する。問題は地に足着けた批判さえ許さないという、当時の空気だろう。 石破は80年所感で「冷静で合理的な判断よりも精神的・情緒的な判断が重視されてしまうことにより、国の進むべき針路を誤った歴史を繰り返してはならない」と訴えた。言うべきことを言わない世の中だと国は道を誤る―。石破の根底には、その危機感が強くある。
政治改革を実現する若手議員の会代表世話人の石破茂氏(右)。政治改革実現を求める署名簿を当時の宮沢首相に手渡した後、記者会見した=1993年5月
▽小選挙区制導入への警告 ところで、政権批判は野党だけの役割なのだろうか。かつての自民は、党内で権力闘争と重なる形での激論がたびたび交わされた。党の体質変化のきっかけを、1996年の衆院小選挙区制導入に求める声は根強い。 当時、強く反対していた元首相・小泉純一郎は「こんな選挙制度にしてみろ。党本部と首相官邸の言うことしか聞かない国会議員ばかりになるぞ」と小選挙区推進派の若手議員に予言していた。一つの小選挙区からの当選者が1人になれば、政党の公認を得られるかどうかが死活的に重要な問題となる。必然、公認権を持つ党執行部の力が強まり、政権の意向に意見する国会議員がいなくなるという論法だった。 石破は、自民の変容を「キジも鳴かずば打たれまい、で物を言う人が減った」と証言する。小泉の警告を直接受けていた張本人が、小選挙区導入を声高に訴えていた石破だったのは、歴史の皮肉かもしれない。
戦後80年に合わせ「内閣総理大臣所感」を発表する石破首相(当時)=2025年10月10日、首相官邸
▽普遍と不変 太平洋戦争の端緒を開いた米ハワイの真珠湾攻撃から84年目に当たる昨年12月8日。共同通信は首相退任後の石破にインタビューした。自身の政権運営や今の政治課題をひとしきり語った後に口にしたのは、やはり「あの戦争」だった。 「もし1941年12月8日に世論調査があったら、日米開戦を支持する世論は95%には届いただろう。米国との戦争はやめろ、と言うのは非国民だった」。独り言のようにつぶやくと、そのまま虚空を見つめた。 自民にいながら野党のように振る舞い、時の政権に物申してきた。高市政権への直言もこの流れに沿うものだ。一時は離党をも経験した石破は「永田町のはぐれ者」と言っていいかもしれない。よく耳にする人物評は「後ろから鉄砲を撃つ」「裏切り者」だ。 昨年12月のCS番組でこの点を問われた石破は「そういうのが嫌だからみんな黙っちゃう。そうすると、何も意見を言わない政党っていうのは一体何なのかね。『これ、おかしいよね』ということをおかしいと言わないままだと、本当に恐ろしい世の中になる」と返した。自身の内に根付く普遍的な考えが垣間見えた瞬間だった。 インタビューの最後、石破に首相再登板への意欲を問うた。「もういい。ただ『やれ』と言われた時『できません』と返すようなら、国会議員を続ける意味はない」。笑みをたたえながら答えた言い回しは、就任前と一言一句変わらなかった。

ラジオ番組の無断転載、賠償命令 ベトナムの3人に計8700万円

ラジオ番組の内容を無断で動画投稿サイト「ユーチューブ」に転載されたとして、番組を制作したニッポン放送(東京)がベトナム在住の投稿者3人に損害賠償などを求めた訴訟で、東京地裁(中島基至裁判長)が投稿を違法と認め、請求通り動画削除と計約8700万円の支払いを命じる判決を言い渡したことが24日、分かった。昨年12月4日付で、ユーチューブは既に動画を削除した。
判決などによると、3人は2023年ごろまでに、複数のアカウントでラジオ番組「テレフォン人生相談」を無断で転載した。番組はリスナーの相談に出演者が回答する形式で、プライバシー保護などのため過去の放送の配信はしていない。
地裁は、投稿がニッポン放送の番組複製・配信の権利を侵害したと指摘。同社が得られるはずのライセンス料分の支払いを、投稿数などに応じて命じた。
訴訟では、3人のベトナムでの所在が分からず、関係書面を地裁の掲示板に張り出して訴状が届いたとみなす「公示送達」が認められた。3人は答弁書などを提出せず、主張もしなかった。

舛添要一氏、衆院選に「自民党楽勝ではない」とぴしゃり「高市首相の自分勝手な決定だ」

前東京都知事で参院議員時代に厚労相などを要職を歴任した国際政治学者の舛添要一氏が23日、自身のX(旧ツイッター)を更新。衆院選(27日公示、2月8日投開票)をめぐり、自身の見立てや見解をつづった。
高市早苗首相は19日に行った官邸での会見で、23日の通常国会冒頭で衆議院を解散すると表明。「高市早苗が総理でいいのか、主権者たる国民のみなさんに決めて頂くしかないと考えた」などと述べ、「与党で過半数」の勝敗ラインに、総理としての進退をかける意向も示した。そして衆院は23日午後、本会議で解散された。
舛添氏は23日の更新で「衆議院が解散された。大義名分はない。スケジュール的にも無理に無理を重ねた高市首相の自分勝手な決定だ」と書き出した。そして「高支持率を背景にした決断だが、中道改革連合の発足など誤算が続く。世論調査を見ても、自民党楽勝ではない。財政規律の弛緩も経済危機を招きかねない」と指摘した。
その上で「有権者がどう判断するか。短期決戦だ」と述べた。
また舛添氏は、1つ前のポストで「外交安全保障にも経済にも無知な指導者を戴く国民は不幸である。しかし、その人を選んだのも同じ国民だ。政治の世界の人材枯渇は悲劇である。『究極の選択』を迫られれば、欠点の少ないほうを選ばざるをえない。ポピュリズムの代価である」と持論を展開した。