【独自】コロナ禍に「なぜ県外ナンバーが」…急ブレーキや幅寄せ2キロ超、男を摘発へ

別の車への妨害運転を繰り返したとして、神奈川県警は8日にも、横浜市都筑区のアルバイトの男(28)を道路交通法違反(あおり運転)容疑で横浜地検に書類送検する。昨年6月にあおり運転罪の規定が施行されて以降、県内での摘発は3例目となる。
捜査関係者によると、男は昨年12月27日深夜、横浜市港北区や都筑区の県道などを乗用車で走行中、福島県郡山市の会社員男性(28)の車に対し、約3分間、約2・7キロにわたって、前方で急ブレーキをかけたり、幅寄せをしたりする妨害運転を続けた疑いがある。男性の車のドライブレコーダーに映像が残っていた。
男は事情聴取で容疑を認め、「相手が先に車間距離を詰めてきた。コロナ禍なのになぜ、県外ナンバーが走っているのかと思った」と話しているという。

雅子さま、世界を驚嘆させた外交力 期待される「訪韓」の実現

「上皇陛下が天皇に即位した直後、『韓国訪問』が検討されていた」。4月1日、密かに、しかし大きな事実が報じられた。時は平成元年(1989年)4月。当時の宇野宗佑外相は、“即位後の最初の海外訪問先を韓国にしたい”と、韓国側に調整を打診したという。だが、日韓の歴史問題などにより実現は見送られた。 戦後、昭和天皇も上皇陛下もなしえなかった韓国訪問。ウィズコロナの時代では、さらに各国間の壁は高くなり、国家の孤立化、分断化が進んでいる。もし令和の皇室がそこに風穴をあけられたら──その歴史的瞬間を大きく後押しする動きがすでに始まっている。 世界を驚嘆させた雅子さまの外交力 いま、宮内庁では“雅子さまシフト”が敷かれているとみる向きがある。4月1日付で、天皇皇后両陛下を支える側近トップの侍従長に、別所浩郎氏(68才)が着任。別所氏は東大卒業後、1975年に外務省に入省。雅子さまにとっては、東大と外務省の先輩に当たる。 2012年に駐韓大使、2016年には国連大使を歴任。外務省で40年以上勤めた後、2020年1月に宮内庁の侍従次長として、天皇ご一家を支える仕事に就いた。それから約1年半で侍従長への昇進となった。 「皇室へと嫁がれた際、雅子さま自身が『外務省出身』というキャリアを生かせることを期待されていたでしょう。ですが、実際はお世継ぎばかりを期待され、外国訪問もできない。そうして体調を崩された経緯があります。 もちろん、両陛下に人事権はありませんが、両陛下に対する周囲の配慮はあるのでしょう。外務省出身の侍従長ということは、コロナ禍が終息した後、雅子さまが国際親善に積極的に取り組んでいけるよう、サポート体制を充実させる狙いもあると思います」(皇室ジャーナリスト) 今後、雅子さまが安定して活躍できるようになれば、期待されるのは「国際親善におけるご活躍」だ。2019年5月、御代がわりに伴い、雅子さまがその手腕を発揮される機会があった。 「令和初の国賓として来日したドナルド・トランプ前米大統領夫妻の歓迎行事のときのこと。初対面にもかかわらず雅子さまは短時間で打ち解けられ、メラニア夫人には出身国の文化に合わせてチークキスを交わされました。そうした高いレベルでの“外交技術”は海外でも反響を呼び、『ニューヨーク・タイムズ』では“雅子妃はスターだった”と大きく報じられました。 そうした様子を目の当たりにし、特に外務省は雅子さまを『日本の外交の宝』だと実感したといわれています」(日米外交関係者)
「上皇陛下が天皇に即位した直後、『韓国訪問』が検討されていた」。4月1日、密かに、しかし大きな事実が報じられた。時は平成元年(1989年)4月。当時の宇野宗佑外相は、“即位後の最初の海外訪問先を韓国にしたい”と、韓国側に調整を打診したという。だが、日韓の歴史問題などにより実現は見送られた。
戦後、昭和天皇も上皇陛下もなしえなかった韓国訪問。ウィズコロナの時代では、さらに各国間の壁は高くなり、国家の孤立化、分断化が進んでいる。もし令和の皇室がそこに風穴をあけられたら──その歴史的瞬間を大きく後押しする動きがすでに始まっている。
世界を驚嘆させた雅子さまの外交力
いま、宮内庁では“雅子さまシフト”が敷かれているとみる向きがある。4月1日付で、天皇皇后両陛下を支える側近トップの侍従長に、別所浩郎氏(68才)が着任。別所氏は東大卒業後、1975年に外務省に入省。雅子さまにとっては、東大と外務省の先輩に当たる。
2012年に駐韓大使、2016年には国連大使を歴任。外務省で40年以上勤めた後、2020年1月に宮内庁の侍従次長として、天皇ご一家を支える仕事に就いた。それから約1年半で侍従長への昇進となった。
「皇室へと嫁がれた際、雅子さま自身が『外務省出身』というキャリアを生かせることを期待されていたでしょう。ですが、実際はお世継ぎばかりを期待され、外国訪問もできない。そうして体調を崩された経緯があります。
もちろん、両陛下に人事権はありませんが、両陛下に対する周囲の配慮はあるのでしょう。外務省出身の侍従長ということは、コロナ禍が終息した後、雅子さまが国際親善に積極的に取り組んでいけるよう、サポート体制を充実させる狙いもあると思います」(皇室ジャーナリスト)
今後、雅子さまが安定して活躍できるようになれば、期待されるのは「国際親善におけるご活躍」だ。2019年5月、御代がわりに伴い、雅子さまがその手腕を発揮される機会があった。
「令和初の国賓として来日したドナルド・トランプ前米大統領夫妻の歓迎行事のときのこと。初対面にもかかわらず雅子さまは短時間で打ち解けられ、メラニア夫人には出身国の文化に合わせてチークキスを交わされました。そうした高いレベルでの“外交技術”は海外でも反響を呼び、『ニューヨーク・タイムズ』では“雅子妃はスターだった”と大きく報じられました。
そうした様子を目の当たりにし、特に外務省は雅子さまを『日本の外交の宝』だと実感したといわれています」(日米外交関係者)

「第4波」は深刻、英国型「50代以下の重症者増える傾向」…油断での受診遅れも目立つ

大阪府が再び「医療非常事態」の宣言に追い込まれた。府では2度目の緊急事態宣言が先行解除された後、経済活動の制限を段階的に緩和、新型コロナウイルスの感染拡大をコントロールして4月以降のワクチンの普及を待つ考えだった。だが変異したウイルスの猛威で重症者が急増。医療体制が急速に悪化し戦略は破綻しつつある。(太田晶久)

医療非常事態を示す「赤信号」の点灯を決めた7日、府の対策本部会議後の記者会見では、先行解除の判断を巡る質問が飛んだ。
「宣言解除が早かったのではないのか」「変異ウイルスを過小評価したのでは」
問われた吉村洋文知事は「専門家の意見も聞いて判断した。間違っていたとは思わない」と反論し、「感染者が増えれば、それに適切に対応することが重要だ」と繰り返した。
しかし2月末での先行解除時に描いていた「青写真」の崩壊は否めない。
府では「ワクチンが来るまでは『増えては抑え』を繰り返すしかない」として、3月以降、大阪市内の飲食店に午後9時までの営業時間の短縮要請を継続。感染対策と経済活動とのバランスを図ろうとした。
庁内には「感染者数を一定水準に抑え続けられるのでは」との期待もあったが、3月下旬から状況が一変。4月1日から時短のエリアを府内全域に広げ、5日には「まん延防止等重点措置」の適用を受けたが、感染拡大の速度はそれを上回り、打つ手がなくなりつつある。
7日現在の大阪府の重症病床(224床)の使用率は70・5%。重症患者は158人で、2週間前の2・6倍になった。府の想定では、重症者が160人台になるのは4月半ばと見込んでいたが、これを超える展開となっている。

目算の狂いの要因とみられるのが、変異ウイルスだ。
府が実施する抽出検査で、検体に対する変異ウイルスの割合は1月中旬は数%で、府は「ある程度、感染経路は追えている」としていた。しかし2月下旬には30%台、4月3日までの1週間では73・7%と、従来のウイルスから置き換わりつつある。
確認されているのはいずれも「英国型」で、若年層でも拡大しやすく、重症化リスクが高いとされ、データでも裏付けられてきた。
府の分析では「第3波」(10月10日~2月28日)の感染者(3万6065人)のうち30歳代以下が占める割合は45・6%だったが、変異ウイルス感染者(897人)では58・2%に上る。10歳未満も2・7%から7・6%に増えた。
一方、重症化率は40歳代以上が10・7%で、60歳代以上が22・7%。「第3波」の感染者に比べ、それぞれほぼ倍か、それ以上だ。発症から重症化までの期間も1・5~2日ほど速い。
府内では、3月以降の重症者のうち50歳代以下が25%を占め、「第3波」より7・5ポイント高くなるなど重症者の若年化の傾向もみられており、府幹部は「これまでデータがなく、実際に広がるまでわからない事も多かった」と漏らす。

重症患者は感染者数の増加後、少し遅れて増える傾向があり、当面の病床改善は期待できない。4月12日から始まる高齢者向けワクチン接種が本格化すれば、医療従事者の負担は増す。対策本部会議では医療現場から「朝令暮改となる批判を恐れず、速やかに緊急事態宣言を」との意見も示された。
府内の繁華街の人出は、緊急事態宣言期間中より高い水準だ。8日からは府民への不要不急の外出自粛など新たな呼びかけを始めるが、どこまで浸透するかは見通せない。
吉村知事は7日の記者会見で「コロナ流行から1年以上となり、危機意識の共有が非常に難しくなってきている」と苦悩をにじませ、「府民全員に協力をお願いしたい」と改めて訴えた。
「第4波」はるかに深刻

大阪府の専門家会議委員を務めるりんくう総合医療センターの


( やまと ) 正也・感染症センター長の話「『第4波』の今回は変異ウイルスの影響もあって拡大のスピードが速く、事態は『第3波』よりもはるかに深刻だ。英国型変異ウイルスは、大阪府内の状況を見る限り、50歳代以下の重症者が増えるなどの傾向がある。コロナへの油断からか、受診が遅れて重症化する患者も目立つ。このままでは府内の病床が一気に埋まり、再び多くの死者が出るのではないか。府民は強い危機感を持ち、不要不急の外出を控えるなど適切に行動してほしい」

介護現場の怒り「厚労省“宴会課長”はセミナー開催を断ったのに」

「介護報酬が改定されるので、A課長に地元に来ていただいてセミナーを開いてもらおうとしたんです。でも、コロナを理由に、断られてしまって……。そしたら今回の報道でしょ。われわれのためにセミナーはできないけど、飲み会はできるんだと驚きましたよ」

そう語るのは、西日本の地方都市で老人ホームなどを経営する社会福祉法人の理事長だ。厚生労働省の職員23人が宴会を開いていた問題が全国の介護事業者に大きな衝撃を与えている。じつは宴会を行った職員が所属する老健局は高齢者医療や福祉などを担当する介護事業の所管部署だ。

宴会を主催したA課長は、介護報酬に関するセミナーへの出席を介護事業者から求められたが、新型コロナウイルスが感染拡大していることを理由に断っていた。にもかかわらず、宴会には興じていたのだから、呆れるほかない。

訪問介護業を行っている「でぃぐにてぃ」(東京都)代表の吉田真一さんはこう話す。

「この前、5年間働いてくれた職員が退職したんですが、送別会もしていません。昨年9月、経営陣のひとりがコロナに感染したこともあって、慎重にならざるを得ません。利用者は高齢で、持病をお持ちの方も多い。命にかかわる問題なので、現場では、日々、我慢の連続です」

ウイルスへの抵抗力が弱い高齢者が集う介護施設は、しばしばクラスター(集団感染)の舞台となってきた。4月1日、職員と入居者47名のクラスターが起きた神奈川県川崎市の老人ホームで、80代男性が亡くなったことが発表された。また、2日には埼玉県川口市の老人ホームでスタッフ3名と入所者18名のクラスターが起きたことが明らかに。前出の理事長はこう語る。

「結局、現場には我慢しろとか対策しろとかいうだけで、感染対策はほとんど丸投げ。いざとなっても入院先が見つからず、施設内での隔離を求められることも多い。宴会していた職員たちには現場の窮状をぜひ見に来てほしいですね。飲み会をする時間があるなら、できるはずじゃないですか」

「女性自身」2021年4月20日号 掲載

眞子さま“結婚猛進”で悠仁さまのお受験に影響 早稲田が候補に急浮上も学習院進学が濃厚

「3月の『歌会始の儀』で披露された眞子さまの和歌には、小室圭さんとの結婚が意識されていると感じられます。
東京五輪が終了し、小室さんの弁護士試験の合否が判明する時期で、おふたりが30歳になる秋に、結婚問題の大きな動きがあるでしょう。
しかし、眞子さまがこのように結婚へ向けて突き進まれたことで、悠仁さまの高校選びにも影響が及んでいるというのです」(秋篠宮家関係者)
今春で中学3年生に進級された秋篠宮家の長男・悠仁さま。現在通われている『お茶の水女子大学附属中学校』は高校から女子校となるため、必ず他校を受験されることになる。なので、いずれ即位される“未来の天皇陛下”の進学先には注目が集まっている。
「進学時期に少人数の生徒を『お茶の水』と入れ替える制度のある『筑波大学附属高校』や、悠仁さまの関心が強い生物や自然環境を深く学べる『東京農業大学第一高校』などが候補として挙がっています」(皇室担当記者)
幼いころから昆虫や山や気象がお好きだったと、宮内庁関係者のひとりが明かす。
「コロナ禍になる前まで悠仁さまは毎年夏になるとご両親と一緒に、皇居の吹上御苑で昆虫採集をよく楽しまれていました。なんでも、皇居の庭に生えている木の名前や飛んでいるトンボは、ほぼすべてご存じなんだとか。
山歩きや天気予報もお好きで、単に昆虫好きというよりは取り巻く環境も含めて興味がおありのようです」
悠仁さまといえば3月20日、福岡県北九州市が主催する『子どもノンフィクション文学賞』の中学生の部で佳作に入選し、表彰式にオンラインでご出席。
作文には、’17年の夏休みに紀子さまとご一緒にお忍びで訪れた小笠原諸島での体験を綴られているのだが、ご興味のある現地の生き物や自然環境に関するエピソードが多く盛り込まれていた。
「400字詰め原稿用紙19枚の大作で、97の応募作品から2位にあたる佳作に選ばれました。戦没者の慰霊碑に献花して歴史を学んだり、野生のイルカと海を泳いだり、6時間半のトレッキングツアーを完歩されるなど、現地の文化や自然に触れた思い出を文章にしています。島で暮らす人々とのあたたかい交流ぶりも、心打たれるものがありました」(前出・皇室担当記者)
宮内庁OBで皇室ジャーナリストの山下晋司さんも悠仁さまの筆致に舌を巻く。
「文章を書く力が相当おありなのは間違いありません。成年皇族になれば、おことばがあったり、文書で回答されたりする機会も多くあります。おことばや文書回答は基本的にご自身でお考えになるものですから、文章力があるほど、お気持ちも表現しやすくなるでしょう。さまざまな経験を通して視野を広げ、かつ文章力もお持ちであれば、国民を唸らせるようなおことばもおっしゃるのではないかと楽しみにしています」
殿下の知人は「本人の意思を尊重し、自分が関心のあることを深めていくことが秋篠宮家の教育方針」だと語る。
そのような背景もあり、悠仁さまの進学先については『筑波』や『東農大』以外で“私学トップ”の学校も候補に挙がっているという。
「悠仁さまの関心が強い分野から『東農大』が有力視されていましたが、『早稲田大学』の系列高校も候補の1つとして検討されていると聞きました。というのも、実は佳子さまが大学進学の際、『国際基督教大学(ICU)』以外に『早稲田』も視野に入れていらっしゃったそうなのです。
学習院に不満があったわけではなく、まったく別の環境に身を置きたいというお気持ちが強かったといいます。
当時は『早稲田』の資料なども取り寄せていたでしょうし、ご両親とも相談されていたはず。その過程で秋篠宮ご夫妻もご興味を持ち、悠仁さまの進学先候補の1つとして浮上したことは十分考えられます」(宮内庁関係者)
悠仁さまも佳子さまから『早稲田』についての話を聞き、関心を持たれたかもしれない。なぜなら、眞子さまも含めて、お子さま方はみなとても仲がよいからだ。
「お姉さまたちから“ゆうちゃん”や“ゆうゆう”と呼ばれており、幼稚園時代は、紀子さまが多忙の際に眞子さまと佳子さまが悠仁さまを園まで送り届けておられました。
ご自分からお姉さまたちを誘って御用地内でサイクリングやローラースケートを楽しまれることもありましたね。
特に眞子さまとは、赤坂御用地内にある水田で田植えや稲刈りを体験したり、鬼ごっこで遊んでいました。図鑑に登場する植物や動物について、おふたりで楽しそうに話していらっしゃることも。眞子さまが海外への公式訪問や留学をされた際、悠仁さまは非常に寂しがられていましたし、とても慕われているのです」(皇嗣職関係者)
そんなほほえましいエピソードの一方で、眞子さまが抱える結婚問題が、悠仁さまの進学先に大きく影響しているとは、どういうことか─。
「悠仁さまのお受験先は『早稲田』も検討されてはいるのですが、最終的に『学習院』の系列高校に落ち着く線が濃厚です。これは秋篠宮さまのご意向が強く反映されていると聞いています。
殿下は紀子さまと大学で出会われたように、結婚相手は学生時代に見つけるべきとのお考えです。ただ小室さんのように、婚約が内定した後に問題が起こりうる女性が悠仁さまに近づくことは十分に考えられます。
『学習院』であれば、警備体制が万全なのはもちろん、学校職員にも殿下の知り合いや同級生などがいらっしゃるそうで、ある意味“監視”できるという安心感があります。
小室さんと違って悠仁さまの結婚相手は、皇室に入っていずれは皇后になられる方です。秋篠宮さまは、眞子さまの結婚問題のような事態をできるかぎり避けるため、今回ばかりは教育方針を曲げざるをえなかったのでしょう」(前出・秋篠宮家関係者)
前出した殿下の知人は「皇室の一員という立場を認識することも、重視しながら教育されてきた」と話す。
だからこそ、悠仁さまのお受験先にも変化が生じたのかもしれない。しかし、お姉さまのお気持ちは複雑だろう。
「眞子さまは、国民から多くの反対の声が上がっていることをご存じですが、小室さんとの結婚は絶対にあきらめない姿勢でいらっしゃいます。
ただ、ご自分の行動が日ごろから可愛がっている悠仁さまの将来に影響してしまうのは本意ではないでしょう。
もはや眞子さまだけの問題ではないことに、改めて気づかれて苦悩されているのではないでしょうか」(別の皇室ジャーナリスト)
来年の春、悠仁さまはどちらの学舎に通われていらっしゃるだろうか─。

《実父死体遺棄》ひきこもり息子(61)が語った父の亡骸との二人暮らし「何日かして、虫がわいてきました」

40年にわたる父との二人暮らしは、父の死によって終わりを迎えるはずだった。しかし、息子(61)は誰にも死を伝えず、父の亡骸と暮らし続けていく道を選んだ。警察に発見されるまで、共に過ごした期間は24日。はたしてどんな思いで日々を過ごしていたのだろうか。
朝日新聞社会部記者が見つめた“法廷の人間ドラマ”をまとめた書籍『 ひとりぼっちが怖かった 今日も傍聴席にいます 』(幻冬舎)の一部を抜粋。父の死後も遺体との二人暮らしを続けた男性の悲痛に満ちた供述を紹介する。
◆◆◆
「ひとりぼっちが怖かった」
暑さが続いていた2019年7月末の夜、東京都足立区の団地の一室。息子(61)は91歳になる父の荒い息づかいで目が覚めた。「フー」「フー」と胸を上下させた後、呼吸は徐々に弱くなり、消えた。40年にわたる2人暮らしが終わった。だが、息子は誰にも死を伝えず、そのまま一緒にいることを決めた。逮捕されるまでの3週間あまり、息子は2人で暮らした部屋で何を思い、何をしていたのか――。
息子は父の遺体を24日間にわたって放置したとして、死体遺棄罪に問われた。11月5日、東京地裁で開かれた初公判。息子は灰色のトレーナーにズボン姿で細身の体を固くして直立し、検察官が読み上げた起訴内容について「(間違っているところは)ございません」とはっきり答えた。
検察官と弁護人の説明や、息子が朝日新聞の取材に答えた内容によると、事件に至る経過はこうだ。
両親と息子の一家3人は、息子が小学校に上がるころから足立区の団地に住み始めた。息子は定時制の高校を卒業後に衣料品の販売店員として働いたが、20歳のころに母親が乳がんで死亡。父と子2人きりの生活になった。
着物の友禅染の仕事で家計を支えていた父は、母の死を機に、より安定的な仕事を求めて高校の用務員に転職。一方で息子は28歳のころに仕事を辞めた。トラブルがあったわけでも体調が悪かったわけでもない。特に理由はなく、自宅に引きこもるようになった。父に促されて2~3年は就職活動を続けたが、うまくいかずにあきらめた。
買い物に食事の用意、洗濯、掃除。家事に精を出すようになると、父は何も言わなくなった。生活費は父の給料や年金でまかないながら、30年ほど過ぎた。
ほとんど病気のなかった父に異変が生じたのは、19年7月26日のことだ。好きなえびの天ぷらも食べなくなり、口にしたのはサラダの上にのせたミニトマトだけ。「病院に行く?」と尋ねても答えず、布団で寝ている状態が続いた。
31日の午前3時半、潮が引くように息をひきとった。体を揺すり、胸に手を当てて鼓動を確認し、鼻に耳を近づけて死を悟った。
それからどうしたのか。息子は被告人質問で、こう説明した。
弁護人「亡くなったのに気づいて、真っ先に何をしましたか」
息子「(タオルで)体を拭いて、下着とパジャマの着替えをしました」
弁護人「それから3週間以上、どうしていた」
息子「毎日、そうやって体を拭いていました」
弁護人「遺体はどうなった」
息子「何日かして、虫がわいてきました。だから、それも一緒に拭くようになりました」
検察官が法廷で明らかにした供述調書によると、息子は病院に通報しなかった理由をこう答えたという。
「通報しておやじを連れて行かれたら、本当にひとりぼっちになると思って、救急車を呼べなかった。ひとりになるのが怖かった。近くにいてほしかった」
父の死を伝えられず、毎日遺体の身体を拭いて過ごした24日間
友禅染の仕事をしていたころは感情をあまりあらわにせず、黙々と染め物に打ち込んでいた。手を上げるようなことは絶対にしない温和な父だった。母の葬式のとき、涙で目を腫らした父から「2人で頑張っていこうな」と言われたのを覚えている。
父が外で働き、自分は家事をする。それでなんとか生きてきた。数十年前に一度だけ、親子で九州を旅行したことがある。電車で各県をまわり、熊本で阿蘇山の大自然を感じた。鹿児島で桜島の迫力に圧倒され、大分で別府温泉につかった。一家3人で暮らしたころの幸せには及ばないけれども、前を向いて歩いていると実感できた。
父は75歳まで用務員として働きながら、いつも息子の体調や仕事のことを気遣ってくれた。そうやって追い詰められることなく、これまで生きてこられた。遺体をきれいにしてあげたいという気持ちは、自然にわいた。顔や脇をタオルで拭きながら、感謝の念を届けているつもりだった。
だが何日か経つと、遺体には変化が現れ始めた。全身から透明な体液がたれ始め、布団に染みていく。夏の暑い時期、においも強くなってきた。周りの住人に迷惑をかけないよう、布団と床の間にビニールを敷き、消臭スプレーでごまかした。
傷みが激しくなるにつれて、「かわいそうなことをしている」という気持ちになった。そんなとき、警察官が異臭騒ぎを聞いてやってきた。最初は「部屋のなかは見せたくない」と抵抗したが、心のなかではほっとしていたという。
「……迷惑をかけたくなかった。ですが、どうしても言い出せませんでした」
被告人質問では、検察官が放置の理由を突っ込んで問いただした。
検察官「8月24日に警察官が来なければ、どうするつもりだったんですか」
息子「特にどうという考えはありませんでした。誰にも言えなかったし、そのままにしていたと思う」
検察官「何が怖かった」
息子「見つかることが。見つかったら自分がひとりになる怖さがあった」
検察官「ご遺体が変わっていく様子を見て、何も思わなかったんですか」
息子「やはり、かわいそうだと思いました」
検察官「周囲に迷惑がかかるとは」
息子「もちろん思いました」
検察官「それでも孤独になりたくないという気持ちを優先させたということか」
息子「……迷惑をかけたくなかった。ですが、どうしても言い出せませんでした」
検察官「そのままにしたら、(父の)年金が払い続けられていたのでは」
息子「取り調べでそう言われて、気づきました」
銀行の口座には、父の死亡後も1カ月分の年金が振り込まれていた。息子は手をつけていないが、検察官は論告で「不正受給にもつながる悪質な事案だ」と主張し、懲役1年を求めた。
一方で弁護人は、息子の心情に理解を求めた。「親戚付き合いもほとんどなく、会話ができるのは父ばかり。知人や友人もおらず、極めて孤独だった。強く非難できない」
最終陳述で、息子は「大変な親不孝をしたと深く反省しております。外に出させていただいたときには、すぐに(遺骨を保管している)区役所に行って引き取って、一日も早く供養してやりたい」と話した。
判決は懲役1年、執行猶予2年「お父さんをしっかり供養してください」
11月8日の判決。裁判官は、懲役1年としたうえで2年の執行猶予をつけた。「お父さんが亡くなったことを届けることでひとりになるのが怖かったというのは、心情としては理解できる」としつつ、「供養もしないで1カ月近く放置したことは見過ごすことができない」とも指摘した。
息子は直立不動で、指先までまっすぐ伸ばして判決を聞いた。最後に裁判官が「お父さんをしっかり供養してください」と告げると、小さな声で「はい」と応じた。
思い出の詰まった団地には引き続き住むことで話はついている。息子は取材に対し、「父の遺骨を八王子にある母の墓に入れたら、仕事を探したい」と話した。
*追記 検察、被告側とも控訴せず、判決が確定した。
(朝日新聞社会部)

70歳雇用 就労継続に知恵を絞りたい

65歳を超えても働き続けたいという人が増えている。企業は、様々に知恵を絞り、その希望をかなえてもらいたい。
改正高年齢者雇用安定法が今月から施行された。すでに義務化されている65歳までの就業機会の確保に加え、さらに70歳まで働けるよう、企業に努力義務を課す内容である。
企業には、定年の廃止や延長、継続雇用制度の導入に加え、フリーランスとなった退職者と業務委託契約を結ぶ方法も認めている。企業が関わる社会貢献事業に有償ボランティアとして従事する制度を導入する選択肢もある。
どのような対応が可能か、各企業は積極的に検討してほしい。
少子化が進み、労働力人口が減少するなかで、就労意欲の高い高齢者が長く働き、社会の支え手となる意義は大きい。
60歳以上を対象とした内閣府の調査では、「いつまでも」という人を含め、65歳を超えて働きたいという人が過半数に上ったという。就労の継続は、高齢者にとって、経済的な基盤を強くするだけでなく、生きがいともなろう。
高齢者の就業によって成果を上げている企業は少なくない。
大和証券は、営業職の一部を対象に、定年後の継続雇用制度で働ける年齢の上限を撤廃した。
60代後半や70代の社員が経験を生かし、資産運用や相続の相談業務などで活躍している。同世代の顧客は多く、営業力強化につながっているという。
高齢になると、体力などの個人差が広がる。企業は、働き手の希望をよく聞き、職場の実情に即した制度をつくることが不可欠だ。労災事故が起きないよう、安全な職場づくりにも目配りしたい。
従業員全体の人事や賃金制度について、労使で十分に協議していかなければならない。
従業員自身が早くから人生設計を考え、能力を高める必要もあろう。社内研修や公的な職業訓練の機会を増やすことが大切だ。
高齢者は、何歳から年金を受け取るかという判断も迫られる。
受給開始時期は原則として65歳だが、希望すれば70歳まで遅らせられる。来年度からは、75歳までの繰り下げが可能となる。時期を遅らせるほど毎月の受給額は増え、75歳で開始すれば、65歳から始めた場合の1・84倍になる。
働けるうちはできるだけ年金に頼らず、受給開始を遅らせて引退後の収入を増やすという選択を促す仕組みである。国は、丁寧な説明で周知を図るべきだ。

川に流され小2重体 救助で飛び込んだ大人も行方不明 東京・板橋

7日午後4時半ごろ、東京都板橋区蓮根の新河岸川で、「男の子が溺れている」と110番があった。警視庁志村署によると、近くに住む小学2年の男児(7)が流され、下流に約100メートルの水中から救助されたが、意識不明の重体。男児を助けるために大人2人が川に飛び込み、1人は自力で岸に上がったが、もう1人が行方不明になっている。
志村署によると、男児は兄や友人と川岸で遊んでいたが、友人の履いていたサンダルが川に落ち、拾おうとして誤って転落したとみられる。現場は都営三田線西台駅の北約500メートルのマンションなどが建ち並ぶ一角。【木原真希】

菅首相、処分方針「近日中判断」=13日にも原発処理水で閣僚会議

菅義偉首相は7日夕、首相官邸で全国漁業協同組合連合会の岸宏会長と会談し、東京電力福島第1原発から出る放射性物質トリチウムを含む処理水の処分方針について意見交換した。首相は会談後、記者団の取材に応じ、処分方針を「近日中に判断したい」と表明。一方、岸会長は政府が目指す海洋放出に「絶対反対との考えはいささかも変わらない」と強調した。政府は13日にも加藤勝信官房長官をトップとする関係閣僚会議を開く。
政府は処理水を人体に影響が出ないレベルまで薄めて海に流す方法を検討しており、関係閣僚会議で正式決定したい考え。首相は岸会長と直接話し理解につなげる狙いだったが、両者の深い溝が改めて浮き彫りとなった。
[時事通信社]

変異株疑い2039人 ワクチン効果低下懸念の株、関東や東北で

厚生労働省は7日、感染力が強いとされる新型コロナウイルスの変異株について、自治体が実施するスクリーニング(ふるい分け)検査で疑い例が43都道府県で計2039人(6日時点)確認されたと発表した。大阪府、兵庫県で4割弱を占めた。一方、免疫やワクチンの効果を低下させる可能性のある変異株が関東や東北を中心に増加しており、6日までに1553人(検疫5人を含む)の感染が確認された。
国が感染拡大を懸念する主な変異株は英国、南アフリカ、ブラジル由来。変異株のうちゲノム(全遺伝情報)の解析によって、遺伝子配列が確定したのは1038人(検疫152人を含む)で、英国由来が36都道府県で計815人に上る。スクリーニング検査による疑い例は前週比で839人増加。大阪497人(前週比185人増)、兵庫272人(同39人増)、東京99人(同80人増)、北海道94人(同28人増)となった。
一方、感染力が強いとされる変異はないが、免疫やワクチンの効果の低下が懸念される変異株が関東や東北で増加しており、1カ月余りで1159人増えた。仙台市によると、2月下旬~3月25日、一定のウイルス量がある208検体のうち8割がこの変異株だった。
また、国立感染症研究所は7日、国内で報告された変異株の疫学分析結果を初めて公表。英国由来は海外での報告と同様に、従来株よりも感染力が高く1人が平均何人に感染させるかを表す「実効再生産数」が、従来株の1・32倍だとした。小児への感染は、従来株が比較的低いのとは異なり、他の世代と大きく変わらなかった。
感染研は今年1月からの緊急事態宣言に触れ「従来株の実効再生産数が1未満だったのに対し、英国由来が1を上回っていたことは、従来の感染対策だけでは十分に制御することが困難である可能性を示唆する」と指摘。「医療需要が急増した際の対応策の構築を急ぐとともに、速やかに社会的な感染機会の抑制を図る強力な対策を行うこと」を推奨した。【金秀蓮】