社説:北朝鮮ミサイル 効果ある対策急がねば

危険な挑発が、再開されてしまった。
北朝鮮が一昨日の早朝、弾道ミサイル2発を、日本海に向けて発射した。
東アジア地域の平和と安全を脅かす行為だ。国連安全保障理事会の決議に違反するのは明らかで、自制を求めたい。
弾道ミサイルの発射は昨年の3月29日以来、約1年ぶり。米国がバイデン新政権に代わって、初めてである。
トランプ前大統領は、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記とのトップ会談に臨み、米国に届かない短距離ミサイルの発射を、あまり問題視しなかった。
新政権の出方は、どうなのか。挑発することで、様子をうかがったようである。
弾道ミサイルは、北朝鮮東部から約450キロ飛行して、日本海に落下した。日本の排他的経済水域(EEZ)の外だった。
心配なのは、日米などが、発射に向けた明確な予兆を察知できなかった点である。
北朝鮮は、偵察衛星や電波の傍受による監視を逃れるために、発射台を備えた車両を、機動的に運用したようだ。
朝鮮中央通信は、開発を進めていた「新型戦術誘導弾」の発射実験に成功した、と伝えた。
これは、変則的な軌道を描いて飛行するミサイルなので、既存の防衛システムでは、対応が難しいともされている。
金正恩氏は、今年1月の党大会で、固体燃料の大陸間弾道ミサイル(ICBM)や多弾頭技術、原子力潜水艦などの核戦力を増強する方針を表明した。
核の脅威が、さらに高まりそうである。
今回の発射に、国連は強い懸念を示し、安保理の北朝鮮制裁委員会の非公開会合を開く。
しかし北朝鮮は、米国と韓国の軍事演習を非難しながら、後ろ盾となる中国と連携し、核開発を続けようとするだろう。
一刻も早く、歯止めをかけねばならない。
バイデン米大統領は、北朝鮮と対話するなら、朝鮮半島の非核化を最終目標とする、と強い姿勢を示す。
バイデン政権の対北朝鮮政策の策定作業は、最終段階を迎えており、近く発表する見通しになっているという。
挑発をやめさせるため、日米韓3カ国の高官は来週、米ワシントンで協議する。
国際社会が協力し、効果のある対策を見いだしてもらいたい。

18歳少年刺され死亡 口論の男3人、車で逃走 鎌倉

27日午前4時10分ごろ、神奈川県鎌倉市笛田の路上で、「叫び声が聞こえる。窓の外を見たら人が倒れている」と近くの住人から119番通報があった。県警鎌倉署によると、横浜市瀬谷区阿久和南の職業不詳、高峰常(じょう)さん(18)が背中付近を刃物で複数回刺されて倒れており、病院に搬送されたが約1時間半後に死亡が確認された。現場から男3人が乗用車で逃走したといい、同署が殺人容疑で調べるとともに、3人の行方を追っている。
同署によると、高峰さんは友人の少年(18)と2人で現場近くの歩道を歩いていた際、大音量の音楽をかけながら走ってくる車を発見。高峰さんが「うるさい」と言ったところ、車内から男3人が降りてきて口論になり、刺されたとみられる。直後に男らは車をUターンさせて西方向へ逃走したという。現場からは凶器とみられる刃物1本が見つかった。友人にけがはなかった。
友人が男3人のうち1人に対応していたところ、2人を相手にしていた高峰さんが倒れ込むのが見えたという。友人は3人と面識がないと話しているといい、同署は付近の防犯カメラ映像を解析するなどして捜査を進めている。
現場は、湘南モノレール湘南深沢駅の南西約500メートルの県道で、周辺には住宅や店舗が混在している。

【独自】空き教室でわいせつ行為多発、全国8万室「学校の死角」に…私物化する教員も

教員が「指導」などと称して児童生徒を呼び出し、わいせつな行為をする事例が目立つ。現場となるのは、空き教室や倉庫など、目が届きにくい「学校の死角」だ。文部科学省によると、全国の公立小中学校の空き教室は計約8万室に上り、自治体の中には新年度を前に対策に乗り出すところも出ている。

今年度、教員のわいせつ・セクハラによる懲戒処分は14件(監督責任除く)で、前年度から倍増している千葉県教育委員会。「指導の徹底や研修強化などの手は打っている。なぜ、こんなに多いのか……」と担当者は苦悩する。
2月には県立高校の教員が空き教室を部活動の顧問室として私物化し、そこで女子生徒にわいせつな行為をしていたことが判明。県教委では教員を懲戒免職にし、県内の公立学校の校長に校舎の緊急点検を指示した。
空き教室などが私物化されていないかの調査とともに、施錠などの対策を講じ、新入生を迎える4月を目前にして本腰を入れる。
また、関東のある自治体では、小学校教員の男が児童7人に空き教室などでわいせつな行為をしたとして、裁判所は2019年12月、男に懲役14年の判決を言い渡した。教委担当者は「校内のどこに死角ができるのかを確認し、施錠や見回りの徹底を図る」と語る。

空き教室の悪用は全国で見られる問題だが、有効な手立ては講じられていない。
北九州市では19年7月、中学校講師の男が、空き教室で女子生徒にわいせつな行為を繰り返したとして懲戒免職になった。栃木県でも20年11月、小学校教員の男が、女子児童が体操着に着替える際に使う空き教室にスマートフォンを設置。複数の児童の着替えを盗撮したとして、県教委は今年1月、懲戒免職にした。
大阪地裁は今年1月、約2年半にわたって女児12人に空き教室などでわいせつな行為をしたとして、大阪府門真市立小学校の元講師の男に懲役5年6月の実刑判決を言い渡した。
同市教委の担当者は「空き教室を児童の指導にも使用していたが、そこを悪用されてしまった」とし、指導については廊下で行ったり、ドアを閉めないで実施したりすることなどを各校に指示した。

続々と桜満開のたより 松江と福井では統計開始以来、最も早い満開に

きょう27日、松江や福井、横浜、高松で桜(ソメイヨシノ)満開の発表がありました。松江と福井では、統計開始以来、最も早い満開となりました。
松江と福井は統計開始以来、最も早い満開
気象庁は、きょう27日、松江や福井、横浜、高松で桜が満開になったと発表しました。 松江と福井では、どちらも統計開始以来、最も早い満開となりました。 横浜では平年より7日早く、昨年より1日早い満開でした。また、高松は、平年より9日早く、昨年より8日早い満開で、過去10年では最も早くなりました。 *追記:午後、松山と和歌山、熊本、岐阜でも桜が満開になったとの発表がありました。
桜前線は早いスピードで北上

最新の1か月予報によると、4月上旬ごろにかけて、全国的に平年より気温が高くなりそうです。 来週には九州から関東にかけて広い範囲で桜が満開となり、東北でも開花が進むでしょう。 いつもの年のように、お花見の宴会ができなくても、桜の花は見ているだけで春を実感できます。桜を眺める時は万全な新型コロナウイルス感染防止対策を心がけ、周りの人との距離を取って楽しんでください。

都のコロナ助成、交付決定後に「0円に変更」続発、企業に多額の損害「詐欺じゃないか!」

都内の中小企業を対象とした、最大200万円のコロナ対策の助成金事業でトラブルがあいついでいる。 助成金の対象になるという決定(交付決定)を受け、100万円以上する高額機器などを購入したのに、3月になって、助成金は出せないと「手のひら返し」を食らうケースがネットで次々に報告されているのだ。ツイッターには「被害者の会」なるアカウントも登場した。 助成金事業の主体は、東京都と東京都中小企業振興公社。「被害」にあった中小企業からは、「公の機関から『詐欺』のようなことをされるとは思わなかった」と怒りの声があがっている。(編集部・園田昌也) ●「100万円」の予定が、設備投資後「ゼロ円」に 就職活動の支援や海外研修などのサービスを提供する森山たつをさんは、2020年夏に募集された「非対面型サービス導入事業」の助成金を申請した。 200万円を上限として、オンライン配信やネットショップなど、非対面型サービスの導入費用のうち、3分の2を助成するというものだ。 森山さんの場合、コロナで対面での研修・講演が困難になったことから、配信機材などを買いそろえる必要があった。 見積もりの審査が通り、約110万円を交付するという決定が出たので、機材などに約160万円を投じたが、今年3月に「ゼロ円」の決定通知が届いた。50万円で済むと思っていたところ、160万円丸々を負担することになったわけだ。 「問い合わせても理由を答えてくれない。問題があるのなら、交付決定のところで却下すべきでしょう。 確かに決定通知書には、交付決定が出ても助成金を受け取れないことがあるとは書いてあった。でも、不正をしていなければ大丈夫だと思っていました。そのくらい信頼できないと、百万円単位の投資をさせちゃいけないでしょう」 ●審査待つ間の「機会ロス」も 森山さんが怒る理由は、ほかにもある。交付決定の審査が遅延したことだ。 「当初は8月から出るとアナウンスされていました。でも、うちに決定が届いたのは10月28日。それなのに11月中に設置などをしないと助成金が出ないという。 うちは何とかなりましたが、業者にお金を払って、緊急対応してもらった企業があるかもしれない。それでゼロ円だったら、たまったもんじゃないですよね」 「機材は元々買うつもりでした。その意味では金銭的な損失は大きくありませんが、時間のロスは大きい。どうせゼロ円なら、もっと早く発注して事業を進められた。中小企業の足を引っ張っているとしか思えません」
都内の中小企業を対象とした、最大200万円のコロナ対策の助成金事業でトラブルがあいついでいる。
助成金の対象になるという決定(交付決定)を受け、100万円以上する高額機器などを購入したのに、3月になって、助成金は出せないと「手のひら返し」を食らうケースがネットで次々に報告されているのだ。ツイッターには「被害者の会」なるアカウントも登場した。
助成金事業の主体は、東京都と東京都中小企業振興公社。「被害」にあった中小企業からは、「公の機関から『詐欺』のようなことをされるとは思わなかった」と怒りの声があがっている。(編集部・園田昌也)
就職活動の支援や海外研修などのサービスを提供する森山たつをさんは、2020年夏に募集された「非対面型サービス導入事業」の助成金を申請した。
200万円を上限として、オンライン配信やネットショップなど、非対面型サービスの導入費用のうち、3分の2を助成するというものだ。
森山さんの場合、コロナで対面での研修・講演が困難になったことから、配信機材などを買いそろえる必要があった。

見積もりの審査が通り、約110万円を交付するという決定が出たので、機材などに約160万円を投じたが、今年3月に「ゼロ円」の決定通知が届いた。50万円で済むと思っていたところ、160万円丸々を負担することになったわけだ。
「問い合わせても理由を答えてくれない。問題があるのなら、交付決定のところで却下すべきでしょう。
確かに決定通知書には、交付決定が出ても助成金を受け取れないことがあるとは書いてあった。でも、不正をしていなければ大丈夫だと思っていました。そのくらい信頼できないと、百万円単位の投資をさせちゃいけないでしょう」

森山さんが怒る理由は、ほかにもある。交付決定の審査が遅延したことだ。
「当初は8月から出るとアナウンスされていました。でも、うちに決定が届いたのは10月28日。それなのに11月中に設置などをしないと助成金が出ないという。
うちは何とかなりましたが、業者にお金を払って、緊急対応してもらった企業があるかもしれない。それでゼロ円だったら、たまったもんじゃないですよね」
「機材は元々買うつもりでした。その意味では金銭的な損失は大きくありませんが、時間のロスは大きい。どうせゼロ円なら、もっと早く発注して事業を進められた。中小企業の足を引っ張っているとしか思えません」

給食にカメムシや金属混入10年で10件 京都・南丹「公表する発想なかった」

京都府南丹市の学校給食で、カメムシや金属片などが混入する事案が過去10年で10件あったことが分かった。保護者に説明はしたが、報道機関に対する資料提供やホームページへの掲載はしていなかった。過去の対応について市教委は「公表する発想がなかった」としており、今後は「事案ごとに公表の必要性を考える」と話す。
今月17日に園部小の児童がチャーハンを食べてはき出したところ、直径1センチの金属片が見つかった。保護者の情報で京都新聞社が市教委に取材し、事実が判明した。
過去について市教委は、資料が残る2011年以降、園部小の事案を含めて10件起きていたと明らかにした。白い固まりが見つかって食事をやめたが、調査でアミノ酸と分かった事案も別に1件あった。混入物はプラスチック片や約1センチのステンレス片などだった。うち20年は4件で、カメムシやバッタの一部が見つかるなどした。10件の事案いずれもけがや体調不良はなかった。児童、生徒に出す前に見つけて提供をやめたケースもあった。
保護者に伝えて謝罪する一方、対外的な発表はしなかった。理由について市教委は「保護者対応や再発防止に意識が向かい、公表する発想がなかった」と説明する。
給食の問題に詳しい元文部科学省学校給食調査官の田中延子淑徳大客員教授は、一律の発表は不安をあおりかねないとした上で「ずさんな管理が原因で起きた場合などは公表し、注意を促すべき」との見解を示す。農産物には虫が付く可能性があることなどをホームページ上で説明している兵庫県西宮市の対応が参考になるとも指摘。「市の考えをきちんと示すことで、混入があった場合でも納得が得られやすくなる」と述べた。

旭川医科大内紛 学長解任審査めぐり新たな混乱

旭川医科大(北海道旭川市)の吉田晃敏学長の解任適否を審査している会議が、退任に同意していないメンバー2人を「意向どおり退任について了承された」とする議事要旨を作成していたことが分かった。2人は吉田学長に近いとされ、退任扱いの背景には新型コロナウイルスの急激な感染拡大に端を発した学内紛争があるとみられる。(寺田理恵)
■2委員が退任否定
今月8日に公開された吉田晃敏学長の解任審査会議の議事要旨は、学長に近いとされる委員4人が2月19日に退任したと記載されていた。ところが、関係者によると4人のうち2人が退任を否定しているという。
この議事の議長役を務めた松野丈夫理事は「この日の会議には2人の出席を求めておらず、事前に意思統一も図っていなかった。2人は退任していない」と誤りを認めている。
退任を否定している2人はその後の審査会議に招集されておらず、審査会議が規約上成立するか疑義があるとして、学内が混乱することになった。
大学側と病院の内紛が明るみに出たのは12月17日の週刊誌報道。新型コロナに感染した軽症患者の受け入れを求める当時の古川博之病院長に対し、吉田学長が「入院させるなら、病院長をやめてください」と拒否する場面が描写されていた。クラスターが発生した市内の病院を「なくなるしかない」とした吉田学長の音声も公開され、14年間トップに君臨してきた学長の権威は一気に失墜した。
■権威失墜、形勢逆転
審査会議の初会合は1月18日に招集され、当初は古川氏の病院長解職問題を明らかにするのが目的だった。大学役員会は古川氏が音声を外部に漏らしたなどとして、同25日付で解任。古川氏は2月1日、大学側にパワーハラスメントの調査を求めて記者会見を行った。
古川氏を含む教授らの有志団体が学長解任を求め署名活動を始めると、審査会議の議題は吉田学長の適格性の審査に変わり、形勢が逆転した。
吉田学長は大学経営の黒字化など手腕に定評がある一方、長期政権への批判もあり、「学内対立をきっかけに学長の後任争いが起きた」との見方がある。こうした中で起きたのが解任審査をめぐるトラブルだ。
■使えないコロナ病床
同大の医局から医師派遣を受ける各地の病院関係者が固唾をのんで注視する中、ことの発端となった新設の新型コロナ軽症者用病床について「あのコロナ病床は使えない」と学内外で噂されている。
そのコロナ病床は区画が施錠されたままで、一部職員しか内部を知らされていないという。昨年11月、吉田学長と古川氏が、コロナ感染者を受け入れるかどうかをめぐって対立。同月1日時点での受け入れ態勢について、「整っていなかった」とする大学側と、「完成していた」と主張する古川氏で見解が異なり、結局ほとんど使われないままになっているからだ。
使用を許可した市保健所は「床面積や廊下幅は検査基準に適合したが、(検査対象でない)感染防止策は病院が行う」として中立の立場をとっており、決着の見通しは立っていない。

警察があんこ押収して鑑定、中国産小豆使った「十勝産」偽装を裏付け

中国産の小豆を「十勝産」と偽ってあんこを製造販売したとして、北海道警は29日にも大手あんこ製造販売会社「福居製


( あん ) 所」(旭川市)の元社長(73)を不正競争防止法違反(誤認

惹起
( じゃっき ) )容疑で旭川地検に書類送検する方針を固めた。
捜査関係者によると、元社長は昨年5月下旬~6月下旬に複数回、中国産小豆を使った業務用あんこ約60キロを「十勝産小豆使用」と偽装表示し、大手食品メーカーなどに2万数千円で販売した疑い。道警はあんこを押収して鑑定し、中国産と裏付けた。

「NHKも誤解している」本当の半グレは”ケンカの強いアウトロー”なんかではない

※本稿は、廣末登『だからヤクザを辞められない 裏社会メルトダウン』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
(前編から続く)
暴排政策が浸透し、反社の代表格である暴力団は弱体化、離脱者・離脱希望者が増えてきたことを見てきました。構成員数の減少に反比例するように台頭し、事件報道やマスコミ情報を通じて一般人もよく目にするようになったのが「半グレ」です。
暴力団員とは、組長と盃を交わし、組織に籍を置くことで「登録」された存在です。しかし半グレは、イカした名前の付いたグループはあったとしても個人の匿名性が強く、警察当局もどこまでが半グレかを特定することは困難だと嘆きます。
警察によると、このような「暴力団と同程度の明確な組織性は有しないものの、これに属する者が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行っている、暴力団に準ずる集団」を「準暴力団」と定め、それに準ずる集団と合わせて、実態解明の徹底及び違法行為の取締りの強化に努めているといいます(警察庁「平成30年における組織犯罪の情勢」)。
一方、暴力団離脱後に社会復帰に挫折し、再び非合法活動に手を染めてしまった元暴アウトローも存在します。彼らも半グレと呼ぶべきなのか、別と考えるべきなのか。筆者なりに、一般人以上暴力団未満のあいまいな存在について考察してみました。また、周辺情報と筋からの紹介を集めて、自他ともに半グレと認める人たちの調査を2019年に行いました。
暴力団の勢力が衰退するとともに、半グレによるとされる事件が目に見えて増えてきました。暴力団というオオカミが暴排条例で身動きが取れなくなり、半グレという野良犬の活動領域が拡がった観があります。とりわけ、オレオレ詐欺の火付け役は半グレでした。まずはこの名称がどう扱われてきたかを見てみましょう。
溝口敦氏の著書『ヤクザ崩壊半グレ勃興(新装版)』(講談社+α文庫2015年)をみると、2000年から2010年頃まで、当時は半グレという言葉はありませんでしたが、昔やんちゃしていた人、イベサー(大学のイベントサークル)加入者などが、暴力団と組んだり、単独で行ったりと、様々な詐欺(出会い系サイトやアダルトサイトの未納金があるといった架空請求詐欺、息子を装い、痴漢などわいせつ事件を起こしたので示談金を払わなければならないといったオレオレ詐欺など)に関与していた様子がうかがえます。
ヤンキーやチーマー、暴走族などの「昔やんちゃしていた元不良」が詐欺集団を形成し、どこかで挫折した普通の若者たち(就職氷河期の被害者であるワーキングプア、ネットカフェ難民、若年ホームレスであり、その中の肉食系が、少なくとも半グレ系と思考や気質を共有)がそれに加わり、やがて「半グレ」とカテゴライズされていった、ということが書いてあります。
2013年3月、警察庁は、この種の集団は、暴力団と同程度の明確な組織性は有しないものの、これに属する者が集団的に、または常習的に暴力的不法行為等を敢行しており、中には暴力団等との密接な関係がうかがわれるものも存在しているとして、「準暴力団」と位置付け、実態解明の徹底、違法行為の取締りの強化及び情報共有の推進という三つの柱からなる対策を推進するよう都道府県警察に対して指示しています(「準暴力団に関する実態解明及び取締りの強化について(通達)」平成25年3月7日付け警察庁丁企分発第26号)。
同年、警察政策学会資料第71号平成25年7月「『これからの安全・安心』のための犯罪対策に関する提言」にも、「半グレ」という用語が登場し、その中で、「注」として「『半グレ』を、暴力団とは距離を置き、堅気とヤクザの中間的な存在である暴走族OBであるとしている」、と溝口敦氏の『暴力団』(新潮新書2011年)における記述が紹介されています。溝口氏の筆による『暴力団』の該当箇所は、後述します。
朝日新聞は、2013年3月20日の朝刊で、半グレとは、「暴走族の元メンバーやその知人らが離合集散しながら、緩やかなネットワークで行動を共にするグループ。『半分グレている』の略などが由来で、暴力団と結びついて犯罪組織化している実態もある」と定義しています。
さらに、半グレは準暴力団である、と当局が位置付けたことを紹介しています。
「警察庁は『治安を脅かす新たな反社会勢力』として『準暴力団』に位置づけ、全国の警察に活動実態を把握するよう指示した。首都圏を拠点とする暴走族『関東連合』や『怒羅権(ドラゴン)』の元メンバーらのグループが該当する。昨年9月に東京・六本木のクラブで、客の男性が目出し帽の集団に襲われて死亡した事件では、関東連合の元リーダーの男らが警視庁に逮捕された」
溝口氏が想定している当時の半グレは、関東連合OBやドラゴンOB等でした。しかし、暴排条例で暴力団の締め付けが続く現在まで、大小さまざまなグループの半グレが、雨後のタケノコのように、あちこちで勃興しているのです。筆者は、半グレ当事者たちへの取材を通して、2013年頃に「半グレ」と呼ばれた集団と、今日の半グレとでは、その性質や活動において異なってきていると考えるに至りました。
関東連合OBやドラゴンOBという半グレはOBというだけあって、20代後半以上の年齢でした。たとえば前述した朝日新聞の解説にもある、2012年9月の関東連合OBによる六本木クラブ襲撃事件当時、主犯格の石元太一は30歳くらいの年齢です。しかし、筆者の見るところ、以降、低年齢化が進んでおり、半グレのハードルも低くなっているように思えます。
筆者が聴取した半グレも、3人は20代前半ですし、就労支援で関わった少年は2人とも10代です。今では、悪い事を集団で行う者を一括して「半グレ」と括る傾向があるようです。東京の民暴の専門家である、東京弁護士会民事介入暴力対策特別委員会委員長の齋藤理英弁護士は、東京商工リサーチのセミナーにおいて、半グレに言及し、警鐘を鳴らしています(2019年12月19日開催「特別情報セミナー反社リスクに備える・与信担当者が知っておきたい反社対策」)。
「半グレは定義が曖昧だが、新たな反社会的勢力と評価して差し支えなく、準暴力団や(暴力団)偽装離脱者などを含む概念だ。半グレの実態は半分どころか全部グレている」
齋藤弁護士の指摘にあるように、半グレは半分どころか全部グレており、暴力団の偽装離脱者までをも含みます。この、安直かつ幅広く犯罪者を網羅した十把一絡げ的な「半グレ」というネーミングが、半グレについて何だかわかりにくい不穏感を作り出しているようです。
2019年7月27日に放送された、半グレを追ったNHKスペシャル『半グレ 反社会勢力の実像』もまた、一般の「半グレ観」に大きな影響を与えました。番組には大阪の半グレ2人が、顔も名前も出して登場します。堂々とインタビューにも答え、ルックスも良い。いかにも女性にモテそうな感じです。実際に番組では彼らの「ファン」という女性が地方からわざわざ会いに来る様も紹介されていました。
「高級ブランド品で固めた自身のコーデや毎晩飲み歩く派手な姿を(インスタグラムに)投稿し続ける……『今風』で、不良漫画から飛び出してきたようなアウトローといった印象を視聴者はもったはずだ」(NEWSポストセブン2019年8月17日)
2人が取り仕切る半グレ集団はアマチュア格闘技集団から派生したグループでした。そのアマチュア格闘技集団の名は「強者」といい、2013年2月に解散しています。
暴力団とは異なり、半グレの最大の武器は匿名性のはずでした。公共の放送で顔を知られたらシノギが出来なくなります。そもそも警察がこのような形での露出を座して眺めているはずはない──そう考えていたら、案の定、2人はその後、大阪府警にそれぞれ恐喝未遂などで逮捕されました。
NHKスペシャルは半グレを「不良漫画から飛び出してきたアウトロー」のように伝えたきらいがあります。制作者にはそのような意図はなかったかもしれませんが、番組を見たかなりの人にそういう印象を与えたのは事実です。
しかし、筆者から見てもやはり「半グレ」は、明らかに犯罪・非行集団です。半分カタギで半分犯罪者などはいない。社会的弱者の命金を狙うオレオレ詐欺に代表される特殊詐欺がハーフクライムなら、フルクライムとは余程凶悪な「強の付く」犯罪しか残らなくなってしまいます。路上で殴打した、女性にわいせつなことをしたなどは犯罪の内に入らなくなってしまうかもしれません。
しかし、犯罪に半分も全部もありません。故意または過失によって他人に何らかの損害を与える行為は、不法行為であり全て歴とした犯罪なのです。暴力団の取材を重ねるうち、昨今の裏社会に言及する上では、ますます半グレのことも避けて通れなくなってきました。
「半グレ」という用語を最初に提唱した溝口氏がリアルに描き出したガチな半グレとは異なり、筆者が接したのは現代風ともいえる半グレがほとんどでした(本書は学術的な研究書ではないので、知見などの一般化は意図していません。筆者がインタビューした限定的な範囲で、半グレの実態を紹介し、筆者なりの見解を述べたいと思います)。
種類を整理する半グレという用語が定着したのは、前述の溝口敦氏が、新書『暴力団』を著し、半グレについて言及した2011年頃からではないかと考えます。溝口氏は、同書の「第六章代替勢力『半グレ集団』とは?」において、次のように解説しています。
「(半グレが暴力団から距離を置く)一番の理由は暴力団に入るメリットがなくなったからです。若い暴力団組員が貧しくなり、格好よくなくなりました。暴走族を惹きつける吸引力をなくしています。暴走族としても、今さら暴力団の組員になっても、先輩の組員がああいう状態では、と二の足を踏みます……暴力団に入ると不利なことばかりですから、わざわざ組員になって、苦労する気になれません。それより暴走族時代のまま、『先輩─後輩』関係を続けていた方が気楽だし、楽しいと考えます。
彼らがやっているシノギは何かというと、たいていのメンバーが振り込め詐欺やヤミ金、貧困ビジネスを手掛け、また解体工事や産廃の運搬業などに従っています。才覚のある者はクラブの雇われ社長をやったり、芸能プロダクションや出会い系サイトを営んだりもしています。こういうシノギに暴力団の後ろ盾がある場合もあるし、ない場合もあります。ですが、ほとんどのメンバーはない方を選びます。下手に暴力団を近づけると、お金を毟られるだけですから、できるだけ近づけたくないのです」
この本を溝口氏が執筆していたと思われる時期、すなわち、2010年11月には、市川海老蔵暴行事件が西麻布で発生しました。実行犯は関東連合と呼ばれる半グレ集団です。彼らは、東京の六本木に活動拠点を置く、暴走族・関東連合のOBで、そのまま「関東連合」を名乗っていました。この事件以降、半グレも暴力団なの? というような感じで、世間の注目が集まりました。その世間の疑問に答えたのが、溝口敦氏の『暴力団』だったのです。
この半グレ、以降、勢力を伸長させ、様々な問題を起こしています。筆者が2014年に助成金をもらって、暴力団離脱者の研究を行った時も、関西で様々な半グレと袖振り合いました。そして、2018年から19年にかけて、福岡県更生保護就労支援事業所の所長として老若男女の刑余者と接した経験から、時代の流れの中で、半グレが、溝口氏が紹介した当時の姿とは微妙に異なってきているのではないかという疑問を有するに至りました。以下、筆者が感じた現在の半グレにつき、少し稿を割きたいと思います。
先述したように、東京弁護士会民事介入暴力対策特別委員会委員長の齋藤弁護士が言及していますが、現在の「半グレ」の定義は曖昧です。10代の不良も、20代の青年も、40代の元暴アウトロー(社会復帰に失敗した暴力団真正離脱者や計画的な偽装離脱者)も一緒くたにして、半グレと括るのは、ちょっと大雑把すぎるのではないかと考えます。
しかし、カオス化した裏社会を語るに際して、それ以外に何か適切な呼び名があるのか──と言われると、確かに困惑します。ですから、現在、報道などで用いられている半グレという呼称に異議を唱えるつもりはありません。いつの日か、半グレ研究が深耕され、適切な定義、分類がなされることを願っています。
本稿においては、現場の聞き込みで得た一次情報に基づく、筆者なりの見解を述べるに止めます。筆者が様々なフィールドにおいて、反社といわれる人たちと面談し、見聞きした範囲から、半グレとは(世間で半グレと呼ばれている対象は)少なくとも以下の4パターン存在するのではないかと考えました。
(1)関東連合やドラゴンに代表される草創期の半グレの流れ、(2)オレオレ詐欺の実行犯(これは、昨今ではそのまま暴力団の手先となっているケースが多いと聞き及びます)、(3)ウラのシノギをしつつ正業を持つグループ、(4)元暴アウトロー(暴力団を離脱したものの正業に就けず、違法なシノギで食いつなぐ者などです)。
(1)~(4)について以下詳述します。
(1)関東連合OBやドラゴンOBに代表される草創期の半グレは、暴力団になるのはちょっと面倒くさいが、10代の頃の暴走族やグレン隊の非行集団の仲間関係を引きずり、どちらかというと、暴力団に近い「準暴力団」的な活動(みかじめ料徴収や薬物関係、債権回収など)をシノギとしている集団。先述の溝口敦氏のいう「半グレ」がこれにあたります。なお、このカテゴリーでは、AV業界に進出する者もいました。
人気女優を多数在籍させるプロダクションを立ち上げることで、AV業界で成功を収めています(AV業界のスカウトは、プロダクションよりも上位に位置し、暴力団の縄張り内での活動となるため、暴力団のシノギに直結する)。最近では、性的行為なしに特化した「チャット女優」を使ったエロチャットなどのビジネスも、こうしたプロダクションの収入源となっています。
さらに、チャット利用上、NGとされる行為を客からされた女優の相談を受けた場合、女優を管理するプロダクションの立場を利用して「NG行為」を犯した者(被害者となる)に対して、金員を要求するなどのシノギを行っています(『OCC2019summerNo.6』立花書房)。
(2)オレオレ詐欺などの特殊詐欺に従事する不良がかった若い一般人。カネが欲しく、真っ当に働きたくはないが、暴力団や本格的な半グレにもなりきれない(なりたくない)層。2018年に大量検挙された大阪の「アビス」グループのように年齢的にも若い層です。彼らが暴力団の走狗となってオレオレ詐欺に加担する傾向があります。現在、筆者が支援にあたる保護観察中の青少年の多くが、このパターンです。
ただし、カテゴリー(1)の下で実行部隊として使い捨てにされるケースもあるようで、カテゴリー(1)から「誰かこのシノギやる奴いないか」と言われ、「おれらがやります」と手を挙げるといった具合でシノギの実行を請け負い、犯罪で得たカネの一部を上納します。
もし、そのシノギでしくじったら、トカゲの尻尾切りで、逮捕、即退場となる使い捨てグループです。2019年11月10日の静岡新聞に、「詐欺『受け子』枯渇か外国人や女性、少年に移行警察の包囲網強化で人材、資金不足」という見出しの記事が掲載されました。
この記事によると、静岡県内で発生した特殊詐欺事件で「受け子」と呼ばれる現金やキャッシュカードの受け取り役が最近、首都圏の若者から、被害者の近隣などに住む少年や女性、外国人に移行する傾向が強まっているとのこと。そのような背景には、県警などの包囲網の強化で詐欺グループが人材と資金の不足に陥り、コストの削減を図りながら末端の「受け子」を賄う窮状が透けて見えます。
他県警が逮捕した「受け子」らに行った調査では、半数以上が約束された報酬を受け取っていないと回答しているといい、詐欺グループが末端の「受け子」を軽視している実情が浮き彫りになったという報告がなされています。
(3)(1)、(2)に比較すると、一見マトモな(?)半グレといえます。正業を持っている集団です。多くが喧嘩上等で腕っぷしの強さを競う観のある地下格闘技のような団体に所属し(あるいは過去に属していた)、ウラとのコネクションを築きやすい位置にいます。
ITベンチャーの若い社長などのボディーガード的な役割から、徐々にITビジネス関係に詳しくなりビットコインなど金融系取引で食っている、あるいはオーナーとして、高額請求傾向のある風俗・飲食店などを経営する小集団を指します。ただし表向きの正業の裏で、カテゴリー(1)の半グレなどと通じ、ビジネスのようにシノギをする集団です。NHKスペシャル『半グレ反社会勢力の実像』に登場した2人は本来これにあたります。
(4)最後の元暴アウトローは、極悪の暴力団並みに、かなり厄介です。近年、暴排条例の影響により、暴力団離脱者は増加傾向にあることを見てきました。しかし、職業社会に復帰して更生する人数は僅少です。前編で述べたように、暴排条例の元暴5年条項で暴力団員等、いわゆる暴力団関係者とみなされ、社会復帰できなかった人が元暴アウトローとなります。行き場のない彼らは、結局、覚せい剤の売買やヤミ金、オレオレ詐欺、下手をするとカテゴリー(1)の半グレの配下となったりして、悪事を重ねることになります。
また、このパターンには偽装離脱により「掟」の外に出された元暴も含まれます。このカテゴリー(4)の半グレ=元暴アウトローがなぜ厄介かというと、それは犯罪のプロ集団である暴力団に所属していたからです。そこで蓄積された人脈や知識を有するがゆえに個人のプロの犯罪者といえます。
現状、こうした性質が異なるグループが、十把一絡げに「半グレ」とカテゴライズされていることで、実態が見えづらくなっているように思います。オレオレ詐欺やみかじめ料徴収、グループでの薬物販売に関係する者たちが「半グレ」だ、「準暴力団」だというのであれば、正しくは(1)(2)(3)のカテゴリーに属する反社の人たちではないでしょうか。
カテゴリー(4)の人たちは、警察では「暴力団員等」という範疇に分類しています。筆者は、このカテゴリー(4)の人たちは反社には該当しますが、若い半グレとは性質が少し異なる存在であると考えています。
繰り返しますが、暴力団現役時代に、犯罪の手練手管を磨き、裏社会にネットワークを築いているので、犯罪のプロ経験者といえる存在だからです。余談ですが、カテゴリー(1)と(3)((2)は未成年で消耗要員の場合が多く、裏社会では有象無象の者たちであり、警察もマークしていません)、およびカテゴリー(4)の人たちは、1990年頃までなら「暴常(暴力常習者)」として、警察にマークされていたような人たちです。
当時の警察には、「マル暴」(暴力団案件を示す)同様に「暴常」のハンコがあったそうですが、1992年の暴力団対策法施行以降は、この「暴常」扱いが姿を消したと、当時を知る警察官の方から聞きました。
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(龍谷大学嘱託研究員、久留米大学非常勤講師(社会病理学) 廣末 登)

「あんたを産んだのは私じゃない」母親に薄笑いされた妊娠8カ月の娘にあふれる涙

「あんた、もういい歳なんだから、いいかげん帰ってきなさい!」
1993年の秋、当時26歳の蜂谷歩美さん(現在54歳)が働く東京・六本木の美容室に、母親(当時59歳)から電話がかかってきた。
「ちょうど仕事が楽しくなってきていた頃で、実家になんか帰りたくありませんでしたが、タイムリミットだと諦めました。優しい職場の方たちは、みんなで私を胴上げして見送ってくれました」
翌年、蜂谷さんは実家へ帰り、すぐに地元の美容室で働き始める。帰宅は毎晩夜の9時ごろだったが、必ず両親の近くまでいって「ただいま」と挨拶をしなければならず、残業で遅くなるときは、蜂谷さん自身ではなく、経営者から電話を入れないといけない。
両親はとにかく束縛がきつく、娘を自分の思い通りにしようとした。特に、当時66歳の父親は、蜂谷さんが忘年会などで帰りが午前様になっても居間で待っているような人だった。
1995年、蜂谷さんは29歳で自分の店をオープンする。母親も美容師だったが、開店休業状態の自宅兼店舗を改装し、店名も変えた。
開店すると、両親は店に関わりたいのか、勝手に来て客に話しかけたり、客に軽食を出したり、客の自転車を磨き始めたり。「迷惑だからやめて」と説得してもやめない。
ある日、母親がアシスタントの女性にシャンプーをさせていたので蜂谷さんが注意すると、母親はビンタを2発食らわせた。それでも我慢するしかなかった。
1998年、蜂谷さんは30歳で結婚。夫は婿に入った。同じ年に男の子を妊娠し、8カ月を迎えた夏、事件は起こった。それはあまりにも唐突な出来事だった。
「いいことを教えてあげようか? あんたは、私から産まれた子どもじゃないんだよ」
母親は身重の蜂谷さんにニヤニヤしながら、そう言った。冗談ではなかった。これでもかというほど涙が後から後から溢れた。時間は止まり、何も考えられなくなった。
そういえば……。蜂谷さんは、ふと子供の頃のことを思い出した。
1977年の秋のある夜、小学校4年生だった蜂谷さんは、仕事から帰ってきた父親が「ただいまー、開けてくれ」と玄関の戸を叩く音を聞いた。鍵を開けようとすると母親が止める。
「あれは狐だから、開けるんじゃないよ」
何を言っているんだ、母は。意味がわからなかった。しばらくすると父親は家の中へ入ることが許され、母方の祖母(母親の母親)と叔父(母親の弟)がやってきた。父親が電話で呼んだらしい。別室で祖母たちは、母親をなだめているようだったが、母親は大きな声でこう言い放った。
「私は、○○ちゃんみたいな子がほしかったのよ!」
それは蜂谷さんと同じクラスの優等生の名前だった。一体母は何を言いたいのか。当時は理解できなかったが、「私から産まれた子どもじゃない」発言ですべてがつながった。
翌日、蜂谷さんが学校から帰ると、父親からやぶから棒に「母さんが入院したのはお前のせいだ!」と責められた。その後、母親との面会に連れて行かれたが、どんな会話をしたのか、会話をしたのかどうかも定かではない。その病院は、高い塀に囲まれ、門が施錠され、面会室も入口に鍵がかかっていた。それだけは覚えている。
その日、父親からは「母さんが入院してることは、誰にも言うんじゃないぞ」と言われ、寂しくつらい気持ちを誰にも吐露できなかった。
「(当時)母はノイローゼと言われました。激しい波と穏やかな波を繰り返し、特にイベントごとがあると症状が悪化します。私は、『自分のせいで母が病気になったのなら、とにかく良い子でいるしかない』とだけ思って過ごしました」
母親は約5カ月後に退院したが、喜ぶことはできなかった。強権的な父と、情緒が不安定な母に囲まれた生活が楽しいはずがなかった。ただ小6の頃、母親の妹である叔母の夫が病死したため、一時的に叔母一家が同居すると、蜂谷さんの張り詰めた生活は少し楽になった。
母親の精神状態は徐々に悪化したが、蜂谷さんは高校卒業後、両親が勧めるままに都内の美容専門学校へ入学し、寮生活を開始。卒業とともに六本木の美容室に就職した。
帰郷して7年たった2001年8月。蜂谷さん(当時35歳)が経営する美容室は軌道に乗っていた。ところがある日、悪い知らせが届く。74歳の父親が胃がんになり入院したのだ。幸いステージ1だったが、開腹手術を行うことに。
蜂谷さんが暮らす土地には、近隣に両親の親戚一同が住んでおり、父親が手術すると聞くと、当日、病院に10人以上の親族が詰めかけた。
しかし、9月に退院できるはずだった父親は、嘔吐が続き、再手術となるが、再手術後も嘔吐は止まらず、再々手術に。医師にも焦りがにじんでいた。父親は20キロ以上も痩せ、認知力も低下。その間、2歳になっていた蜂谷さんの息子が気管支喘息で入院し、病院に泊まり、病院から美容室に出勤した。
そして11月のある日、父親の病院から美容室に、「お父さん帰ってきていませんか?」と電話がかかってきた。蜂谷さんは一瞬「?」と思ったが、「いませんよ」と返事をする。だがその直後、点滴を2つもぶら下げたままの父親がタクシーから降りてくるのが見えた。
蜂谷さんはすぐに病院へ連絡。父親は4カ月に及ぶ入院で「家が恋しくなった」と言った。認知症が進んでいることは誰の目にも明らかだった。
悪いことは重なる。2歳になった息子が気管支喘息に続き、マイコプラズマ肺炎で入院することに。認知症の父親と息子の入院付添と、仕事の切り盛りとで疲れ果てた蜂谷さんを見かねた夫が、仕事を休んで息子に付き添ってくれた。
一方、母親は、「お父さんが死ぬのに、こんな古い家では葬式ができない。家を建て替える」と言い出し、父親の保険を解約してしまったかと思えば、今度は伯父(父の兄)に大金を渡してしまい、母親自身はそのことを忘れて蜂谷さんを泥棒呼ばわりする。
11月末。父親は退院となったものの、嘔吐の症状は変わらず。マメに動く人だったが、毎日横になり、寝ていることが増える。そしてヘビースモーカーの両親は、何度か寝タバコをして畳を焦がした。
2004年。叔母(母親の妹)と出かけていた母親(当時70歳)が、帰宅するなり喋り方がおかしい。蜂谷さん(当時33歳)が病院へ連れて行くと、母親が受けた診断は脳梗塞。2週間ほど入院することになった。
この頃、蜂谷さん一家は、実家を2世帯住宅に改築しようとしていた。夫と共に家の打ち合わせに行くが、夫は通信ゲームに夢中。打ち合わせがゲームのために中断されることもしばしばだった。
2005年2月。新しい家が完成。母親は、脳梗塞の後遺症はほとんどなかったが、仮住まいに移る日も新しい家に移る日も、韓国ドラマに夢中で何ひとつ手伝わなかった。
同年4月には息子が小学校へ入学した。
翌月、父親が心筋梗塞を起こし、内視鏡手術となったが、母親はやはり我関せずを決め込む。母親は昔から、近所の葬儀の手伝いなど、自分がやりたくないことは全部父親に押し付けていたが、父親に押し付けられなくなると、蜂谷さんに押し付けるようになった。
父親は無事手術を終えたが、再び病院を抜け出す。
蜂谷さんはケアマネジャーに相談し、父親の介護認定を打診。介護認定検査に連れて行くが、「待ち時間が長い!」と言って父親はつえを振り回す。ようやく検査を終えて帰路に就いたが、父親は車の中でも暴れた。
結果、父親は要介護3。すぐにデイサービスへの段取りをつけてもらう。
ある晩、母親が目を離した隙に父親が徘徊。転んで額に大けがを負う。気付いた誰かが救急車を呼んでくれたため、蜂谷さんは父親と共に病院へ。父親は傷を縫合してもらい、入院した。
その退院の日にも、母親は動かなかった。蜂谷さんの夫は子育てには協力的だったが、介護に関しては何ひとつ手伝ってはくれない。だが、足腰の弱った父親を、女性の蜂谷さん一人で連れ帰るのは難しい。仕方がないので店の男性スタッフを連れて父親を迎えに行った。
2007年5月。父親はデイサービスで再び脳梗塞を起こし、半身まひに。ケアマネジャーが入居できる施設を複数提案してくれたが、蜂谷さんは入所を迷った。すると店の女性スタッフが、「入所できるところがあるうちに入っておいたほうがいいですよ」と背中を押してくれた。
父親はグループホームに入所。すると、それまで父親の症状がどんなに悪くなっても関わらなかった母親が急に「父親に面会したいから連れて行け!」と言うようになる。
蜂谷さんは39歳。昼間は美容室で働き、休みの日は父親の面会。息子の帰宅前には家にいるようにした。
6月。日差しが強くなってきたので、蜂谷さんは夫と息子とで帽子を買い、父親にプレゼント。しかし父親はもう、孫の名前さえわからなくなっていた。
その数日後、グループホームから「お父さんが肺炎を起こして発熱しました」と電話が入るが、母親はまた動かない。蜂谷さんが一人で行くと、「延命措置は希望しますか?」と訊ねられ、蜂谷さんは「結構です」と即答した。
「冷たく思われるかもしれませんが、好きな食べ物も食べられず、何の楽しみもない父。自分だったらと思うと、これが最善だ、もう十分だと思いました」
7月。グループホームからの電話で、「お父さん、息をしていません」と聞いた蜂谷さんは、そのまますでに亡くなった父親のもとへ向かった。母親は叔母と買物。夫と息子はゲームセンターへ行っていた。
父親の葬儀の日、久しぶりに会った従姉妹が、「誕生日おめでとう!」と、言ってくれた。偶然にも父親の葬儀の日が、蜂谷さん40歳の誕生日だったのだ。
蜂谷さんは葬儀後、不整脈を起こした。脈拍は180。時間外で病院を受診し、注射で数値を下げてもらい、念のため2時間点滴を受けた。
以下、後編に続く。
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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)