システム管理を請け負っていた松井証券の顧客の証券口座から勝手に現金を引き出したとして、警視庁は24日、電子計算機使用詐欺などの疑いで、システム開発会社「SCSK」(東京都)のシステムエンジニアの男(42)を逮捕した。顧客15人ほどの証券口座から計約2億円を引き出したとみられる。
SCSKの広報担当者は取材に「詳細が分からずコメントできない」としている。
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古賀稔彦さん鍛えた神社「さびしい」 出身の佐賀、急逝に悲しみ
鮮やかな背負い投げを得意技に国民的人気を誇った1992年バルセロナ五輪柔道男子71キロ級の金メダリスト、古賀稔彦さんが53歳で亡くなった。「平成の三四郎」の突然の訃報に、出身地の佐賀からは驚きと悲しみの声が上がった。
佐賀県みやき町出身の古賀さんは、小学生から柔道を始め、中学からは多くの名選手を輩出した東京の柔道私塾「講道学舎」で鍛錬を積んだ。
古賀さんは5月10日に東京オリンピックの聖火リレーのランナーとして古里の町内を走る予定で、2019年からは県のスポーツ振興策に助言するアンバサダー(大使)も務めていた。それだけに、県スポーツ課は「53歳という若さでの死去で大変悔やまれる」とのコメントを発表した。
古賀さんが小さい頃から146段の石段の上り下りを繰り返し、足腰を鍛えて強靱(きょうじん)な体をつくったみやき町の千栗(ちりく)八幡宮。99年に神社を継いで以来、交流を続けてきた宮司の東正弘さん(81)は「帰省の際には必ずと言っていいほど家族などを連れてお参りにきていた。やはり自分の原点が千栗八幡宮の石段にあると思っていたのだろう」と振り返る。
最後に会ったのは、1~2年前にテレビ番組の収録で八幡宮を訪れた時といい、東さんは「人柄、人間性の全てが素晴らしい人だった。さびしくてならない」と惜しんだ。【江刺正嘉、竹林静】
リンさんの父「極刑目指し闘う」 千葉、無期の控訴審判決に
千葉県松戸市立小3年だったベトナム国籍のレェ・ティ・ニャット・リンさん=当時(9)=が2017年3月に殺害された事件から4年となり、父親のレェ・アイン・ハオさん(38)が24日、同県我孫子市の遺棄現場を訪れ、手を合わせた。ハオさんは、控訴審の判決が無期懲役だったことに触れ「被告が本当に許せない。極刑にできるようにこれからも闘っていく」と語った。
スーツ姿で現場を訪れたハオさんは、リンさんが好きだったというマンゴーを供え、線香をあげた。「4年前のこの時間はリンちゃんが拷問を受けていた。悪夢のような4年だった」と振り返った。
河井克行元法相が「3月15日」を超えて容疑を認めた理由
ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(3月24日放送)に数量政策学者で内閣官房参与の高橋洋一が出演。元法務大臣の河井克行被告が起訴内容の大半を認めるとともに議員辞職することを表明したニュースについて解説した。
東京地裁に入る河井克行被告=2021年3月23日午前9時21分、東京都千代田区(代表撮影) 写真提供:産経新聞社
公職選挙法違反の罪に問われている元法務大臣の河井克行被告が3月23日、東京地裁の公判に出廷した。これまでの無罪の主張を一転させ、起訴内容の大半を認めるとともに議員辞職することを表明した。
飯田)2019年の参院広島選挙区をめぐる買収事件について、買収を一部認めるという形になりました。
高橋)このタイミングで議員辞職をして、終わりにしたいということでしょう。このまま同じ主張をやっていても、結論は変わらないということを見切ったようです。政治家らしい話です。
飯田)公判のなかで辞任を表明するのは珍しいパターンですね。
高橋)公判のなかで、辞任を前にするか後でするかで印象は変わります。予定していたとも言えますし、思いの外のことであったのかも知れません。政治家としてのけじめは果たされたことにはなります。
安倍晋三首相へ辞表を提出し、記者団の質問に答える河井克行法務相=2019年10月31日午前、首相官邸 写真提供:産経新聞社
飯田)3月15日までに辞めると、4月25日の補選に河井さんのところの広島参加が被って来ます。そこを超えると、10月までにあるとされている衆院選に一本化されるという思惑もあったのではないかという指摘もあります。
高橋)いまのタイミングで判断するということになると、そういうことを考えないはずがありません。政治家ですから、いろいろなスケジュールを考えながら、ダメージコントロールも含めてやったのでしょう。
政治 河井議員夫妻を立件へ 衆院本会議を終え、議場を後にする河井克行前法相=2020年6月17日午後、国会内 写真提供:産経新聞社
飯田)「買収を認めたということは、もらった人たちは収賄になるのではないか」というリスナーの方からの質問が来ています。
高橋)その可能性はあるかも知れません。
飯田)100人に配ったとして、そのうち94人がもらったと認めていますよね。それも証人尋問等々でそういうことが出ているようです。
高橋)最終的に起訴するかしないかは、検察の話です。やる気になったらできるかも知れません。しかし、「これで一件落着」と思えば終わりです。
飯田)これとはまた「別の事件として」ということになりますよね。
高橋)別の事件としてやるかやらないかがポイントです。
橋下徹「同性婚『違憲判決』は画期的なのか」
(略)
【塾生A】パートナー制を間に入れることには賛成ですが、さらにパートナー制を発展させて、同性婚を法律化するには、憲法24条の改正までは必要ないと思います。僕には、わざわざハードルが高い改憲にこだわる理屈が全く理解できませんでした。
【橋下徹】Aさんの法論理は、完全に玄人です。まさに木村草太ロジック(笑)。別の国会議員Dさんの選択的夫婦別姓に関する通常使用法的効果付与案も同じロジックです。
繰り返しますが、憲法24条は同性婚を禁止していないというのがほぼ多数説。もちろん同性婚の法律化を命じているわけでもありません。
憲法24条を持ち出して同性婚を否定するロジックは止めた方がいいでしょう。それを言い出したら、憲法を変えて明確化した方がいいことは無限に出てきます。
なんで同性婚だけ憲法改正して明確化するの? と総ツッコミを受けるでしょう。ここはやはり同性婚を真正面から認めるか否かの価値判断です。
僕は戸籍から認める派(同性婚の法律化)。
次に戸籍の同性婚は認めないが、法的利益は認める派(パートナーシップ制)。日本維新の会の夫婦別姓通称使用法案はココ。
そして戸籍も法的利益も認めない完全反対派。
これらを決めるのに憲法24条は関係ありません。
【国会議員D】塾長、ありがとうございます。憲法24条を理由に同性婚を認めないというより、憲法で保障した方が明確でより良いのではないか? と考えましたが、確かにご指摘の通り
「なんでそのテーマだけ特別で、憲法改正が必要なんだ?」
という新たな火種が生まれてしまいますね。
その価値判断で言うと、私は戸籍から認めても良い派。でも合意形成の難易度を考えると戸籍には触れずに法的利益を確保した方が現実的に思えます。党内でも議論してみます!
選択的夫婦別姓をしたい人(異性間)も、同性婚を望む人も使える、戸籍は現状を維持したままで、戸籍制度には触れない新しいパートナーシップ法案をまとめて提示するのが維新案としては筋が良さそうですね。
【塾生A】塾長、有難うございます。
たしか木村草太ロジックで言えば「NewsBAR橋下」で、憲法24条の「両性の合意のみに基づいて成立」の「両性」の解釈は、「結婚は男女でなければならない」という意味ではなくて、「いくら親や親戚が反対しようが、2人が合意しさえすれば婚姻は成立する」という意味だと仰っていたと記憶していますが、僕はその解釈に大いに同意でした。
憲法制定当時の時代背景によって「両性のみ」という表現になっていますが、その時代の人が同性の結婚はけしからんことだから、憲法で禁止にしようとして明記したという解釈は、やはり無理があるという感覚です。
当時は、結婚は親が決めるものだ、家が決めるものだという固定観念、価値観があった時代で、そこを「2人の合意のみで成立する」という憲法は、当時で考えれば、多様性を認める画期的な憲法だったんだなと思っています。
【橋下徹】Aさん、まさにそうなんです。同性婚断固反対派は完全に憲法24条の解釈を間違っています。
憲法制定当時において、憲法24条は本人たちの意思を尊重する画期的なものでした。結婚は本人たちの意思だけでよい。そうであれば当事者の意思による同性婚を排除しているわけではない、むしろ認めていると解釈すべきなんでしょう。両性=男女という文言に引っ張られるのはおかしいというのが法律界での多数説です。
当時はたまたま同性婚が想定されていなかっただけ。憲法24条は「男女」に意味があるのではなく、当事者の「合意」に意味がある規定なのです。
さらに最近、同性婚の間で不倫の慰謝料請求を認める最高裁判決が出ました。同性婚の受理を否定したことを違憲とした札幌地裁判決に関して、ますます塾生Aさんの論が説得性を持ちます。僕が主張した立法裁量論は否定されるかもしれません(笑)。良いことです!
(略)
(リード文を除き約1600字、メールマガジン全文は約1万2100字です)
※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》Vol.241(3月23日配信)の「本論」から一部を抜粋したものです。気になった方はメールマガジン購読をご検討ください。今号は《【議論沸騰「同性婚」】なぜ札幌地裁は司法試験レベルで「ルール違反」の違憲判決を出したか》特集です。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹)
「刑事事件だけはやりたくない」裁判官が現役時代には絶対言わない4つの本音
※本稿は、瀬木比呂志『檻の中の裁判官 なぜ正義を全うできないのか』(角川新書)の一部を再編集したものです。
ここで一つ、日本の裁判官の性格がよくわかる質問をしてみたい。
「裁判官は、大きな事件について、やりがいを感じる、ぜひやりたいと思うものでしょうか?」
答えは、一般的にいえば「否」である。
東京地裁では、特別に大きな事件は通常の事件とは別に各部に順番にまわしていたが、裁判官たちは、それが今どの部まできているのかをいつも気にしていた。できれば自分の転勤までにそうした事件にあたらないですませたい、たとえあたるとしても判決を書くような事態は避けたい、それが、ほとんどの裁判官のいつわらざる思いだったと思う。
なぜそうなるかといえば、大事件は準備が大変で訴訟指揮も難しいし、記録が膨大なものになる(ロッカー1つ2つがいっぱいになるのはよくあること)のでことに判決を書くのは大変になるからだ。
また、大事件を担当してもそれが必ずしも評価に結び付かず、場合によってはむしろ「失点」になることもあるからだ(価値関係訴訟の場合の果敢な判断など)。実際、事務総局勤務の長い裁判官たちは、東京で裁判長をやる場合でも、判決時期の近い大事件の係属するような裁判部にはまず配属されていない。
弁護士は、当事者に支えられ、勝訴すれば当事者とともに喜ぶことができる。しかし、裁判官にはそのような支援も機会もないので、果敢な判断を行っても、社会が支えてくれないと、狭い裁判官集団の中で孤立してしまいやすい。また、先のような事件が必ずしも社会的注目を集めるとは限らないし、たとえ集めても一瞬のことで、原発訴訟の場合のような特殊な例外を除いては、誰も裁判官の名前すら記憶していないのが普通だ。
こうした事情を考えるなら、官僚的傾向の強い日本の裁判官たちが大事件を避けたがるのは当然ともいえる。そうした事件の判決を2回書いたことのある私には、そのことがよくわかる(クロロキン薬害訴訟事件、東京地裁1982年2月1日判決。嘉手納(かでな)基地騒音公害訴訟事件、那覇地裁沖縄支部1994年2月24日判決)。
また、特別な大事件に限らず、価値関係訴訟、ことに行政訴訟では、裁判官たちの姿勢は及び腰になりやすく、何とか棄却や却下、また勝訴の可能性がある場合には和解(民事訴訟の場合)の方向で事件を終わらせようとするインセンティヴが強くはたらくのが通例である。
さらに、こうした事件については、最高裁で開かれる裁判官の協議会や司法研修所で開かれる裁判官の研究会で最高裁の方針が示される(近年の原発訴訟については、批判を避けるために司法研修所の研究会というかたちがとられている。名誉毀損(きそん)損害賠償請求訴訟についても同様だ)ことが多く、この方針から外れた判決を書くには相当の勇気が必要だ。
おわかりだろうか? 隔離された閉鎖社会の中では、たとえ良心的な裁判官でも、みずからのこころざしを貫くのがいかに難しいかということが。
私は、ある優秀な若手弁護士から、「みずからの良心を貫く判決のできる人〔これぞという重大事件についてそれがたとえ一度であってもできる人という趣旨〕の割合はどのくらいだと思いますか?」と尋ねられて、「5から15パーセントの間ぐらいかな。厳しめにみて5パーセント、甘めにみて15パーセント。でも、15パーセントは期待がこもっていてやはり甘すぎるね……。結論としては5ないし10パーセント」と答え、「私もそう思います」という感想を得た経験がある。
そして、本稿に記してきたような事柄を考えるなら、この数字はそれほど悪いものとはいえないのである。日本のような司法・裁判官制度の中にあっても、少なくとも20人から10人に1人の裁判長は統治と支配の根幹にかかわる事件でもその良心を貫いた判決をなしうる場合がある、ということなのだから。
もっとも、そのような事件でたとえ一度でも思い切った判決をするには、自分の将来をある程度犠牲にする、少なくとも危険にさらす覚悟が必要である。実際、そうした判決後比較的早い時期に弁護士に転身して活躍しているような人もいるがそれは例外であって、定年前に退官してしまった人、判決後に自殺した人までいる。最後まで勤めても、そのころにはもう精神的に打ちのめされてしまって、あるいは厭世的になってしまって、退官と同時にそれまでの交際を絶ってしまうような例もある。
よく、退官直前にそうした判決を出した裁判長を揶揄(やゆ)する言葉(「退官直前だからああいう判決ができたのだ」)を聞くことがある。しかし、そんなことはいうべきではないと私は思う。たとえ退官直前の判決であっても、陪席たちの将来のことは考えなければならない(陪席が比較的若い地裁であればともかく、高裁の場合、陪席たちも中堅以上だから、果敢な判決についてはリスクを負いやすい)し、退官後の付き合いのこともある。相当の勇気が必要な決断であることに変わりはないのだ。
また、私は、価値関係訴訟についてコメントや説明をする際には、その判決にいくらかでもよい部分があればそこにふれるようにもしている。現地の記者のなぜそうするのかという疑問に対しては、「だって、よい部分については評価しなければ、次の裁判官がよりよい判決をくれる可能性もなくなってしまうでしょう?」と答えている。
最後に付け加えれば、高裁以上の裁判官の場合に目立つのが、広い意味での社会的価値にかかわる訴訟一般について地裁の認容判決をつぶしたがる傾向である。そうした訴訟について地裁が苦心して考えた判決、法律論(たとえば、憲法訴訟、行政訴訟、国家賠償請求訴訟等についての果敢な判断。刑事難件についての無罪判決。あるいは、社会的な事件について原告救済のために新しい法理を示した判決等)を、高裁がいい加減な理由で破り、それが確定してしまうという事態もよくある。
地裁の示した新しいヴィジョンの芽がこともなげに摘み取られてしまうわけであり、中堅以下の裁判官たちがやる気をなくしてゆく大きな原因になっている。これも、年功序列制になっている日本のキャリアシステムに目立った大きな問題だ。
次に、刑事訴訟の問題点に移る。
刑事裁判官は、私が裁判官をやっていた時代には、仕事の忙しさからいえば多くの場合民事よりも余裕がある(特に忙しいときを除けばおおむね定時までに仕事が終えられる、という話は何度か聞いた)にもかかわらず、希望が少なく、優秀な人材も集めにくかった。実際、民事系には、「刑事だけはやりたくない」という若手がかなりいた。
その理由としては、(1)そもそも日本では刑事事件が少なく、小規模の裁判所ではあえて刑事専門のセクション、刑事部を設ける必要性があるかは疑問といった状況であること、(2)刑事は、特に裁判官単独体事件(1人の裁判官が担当する事件)では同じような事件の法廷が一日中続くといったこともあって、仕事が単調であること、(3)日本では検察官が事実上刑事司法を押さえてしまっており、刑事裁判官は検察官の出してきたものを一応審査する程度の役割に甘んじている場合が多いこと、などが考えられる。
(4)さらに踏み込めば、刑事訴訟・裁判の感覚の古さということもある。普通の市民にとっては刑事訴訟のほうが民事訴訟よりもわかりやすい。しかし、刑事訴訟には、そのように「世間」に近い分、そして、国家権力の発動という側面が強い分、日本社会の古い体質を引きずっている部分もまた大きいのだ。
刑事系の裁判官には、刑事に詳しいという長所もある。しかし、多数の事件を担当するとその中にはありえないような弁解をする者も一定程度出てくることから、「被疑者、被告人の言うことは信用できない」という予断を植え付けられてしまう場合も多い。
私の知る範囲でも、被疑者、被告人について「奴ら、あいつら」などという呼び方でふれる人がいた。ここには、被疑者、被告人に対する憎しみやさげすみの感情が露骨に表れており、その性質は、インターネットの書き込みにみられるようなそれとさほど変わらない。
また、かつての刑事裁判長には、「被告人は平気で嘘をつく」、「検事がそんな変なことをするはずがないだろう」、さらには、「国民が皆有罪と信じている被告人をなぜ裁判所だけが無罪とすることができるんだ」などといった信じられない発言を合議等で堂々とする人も多かったという話を、私は、信頼できる元刑事系裁判官から聴いたことがある(その裁判官は、「今でもそういう考えをもっている人は決して少なくないと思うが、少なくとも、裁判員裁判では、そうした発言を合議の場ですることだけはできなくなった」と語っていた)。
私自身の経験でも、かつての刑事裁判長には「被告人の争い方が悪かった場合には有罪判決なら量刑を重くする」という考え方をもつ人が結構いた。しかし、被告人は争う自由があるのであり、また、「争い方が悪い」かどうかの判断は裁判官の主観に左右されやすいことを考えると、裁判官の客観性、中立性という観点から問題ではないかと思ったものだ。
検察官との関係についていえば、行政訴訟の場合と同様、心情的に検察官側に片寄りやすい。秤が最初からそちらに振れてしまっているということだ。弁護士は事件ごとに変わるが検察官はおおむね固定しているし、多くの裁判官には、検察に対する忖度(そんたく)の習慣、また無罪判決に対する一種の恐怖が、無意識のうちに刷り込まれてしまっている。これには、無罪判決が検察官の大きな失点になるという事情も関係している。
以上のような背景もあって、東京等の大都市を中心に存在する刑事専門の裁判官集団、ことに東京のそれには、裁判官という閉鎖社会の中に刑事裁判官集団という「より内側の閉鎖社会、より一枚岩の閉鎖社会」を形作っているような側面があった。これは、日本の刑事裁判の問題点を考える際に重要な事情として理解しておくべき事柄の一つである。
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(明治大学法科大学院専任教授 瀬木 比呂志)
“電波のドン”菅首相の東北新社認定取り消しは「形だけの処分」
コロナ対策では優柔不断な菅義偉首相だが、こと総務省の接待問題では人が変わったように素早い“火消し”に動いた。
「接待を受けた側」の谷脇康彦・総務審議官ら官僚を国家公務員倫理規程違反で早々に処分し、「接待した側」の首相の長男・正剛氏が勤務する東北新社の一部の放送事業認定を取り消す方針を決めた。
しかし、処分だけが先行し、肝心な真相解明は何も進んでいない。国会に参考人招致された東北新社とNTTの社長も、高額接待の意図を明らかにしようとはしなかった。
なぜ、東北新社やNTTは総務官僚や歴代総務大臣らと頻繁に会食する必要があったのか。菅政権が幕引きを急ぐのは、接待問題の本当の構図を知られたくないからだ。
総務省は放送と通信の巨大な「電波利権」を牛耳る官庁である。
内閣官房参与にして、本誌・週刊ポストでNHKの「Eテレ売却」を提言した高橋洋一・嘉悦大学教授が利権の実態を語る。
「放送や通信に利用される電波(周波数帯)は大きなビジネスを生むため、先進国ではどの事業者に電波の利用権を与えるかを入札で決めるが、日本は総務省が割り当てる。
だから新たに電波が欲しい事業者や、あるいはすでに電波を持っていて既得権を守りたい事業者は総務省の役人や大臣を接待するわけです。公平な入札ではなく、役人の裁量で電波の割り当てを決めるという利権構造にこそ問題の本質がある」
電波行政に詳しい山田肇・東洋大学名誉教授もこう指摘する。
「日本の放送や通信事業などの電波ビジネスは、欧米のようなオークションを導入すれば、2兆円の国庫収入を生むとも言われています。これは、事業者が毎年支払う電波利用料(2019年度は約690億円)とは別の収入です。
総務官僚はそれほどの価値を生む電波を、いわば無料で割り当てることで、放送局や通信事業者に睨みを利かせてきたわけです」
その頂点に立つのが菅首相だ。総務大臣時代から放送・通信行政の制度改革を進め、逆らう官僚は飛ばし、自分に従う官僚を抜擢することで“電波のドン”として大きな影響力を持つ。
菅政権が「携帯料金4割値下げ」を打ち出せばNTTドコモをはじめ携帯各社が横並びで値下げプランを発表し、「家計負担軽減のためNHK受信料を下げるべき」と言えばNHKが従う姿勢を示しているのは、菅側近官僚に「電波割り当て」の権限を握られているからに他ならない。
接待問題の舞台となった東北新社の衛星放送も総務省の裁量行政で恩恵を受けてきた。さらに今回、東北新社の事業認定が取り消されるのは衛星8チャンネルの1つで契約数が約700世帯しかない「ザ・シネマ4K」だけであり、正剛氏が役員を務めていた「囲碁・将棋チャンネル」などは取り消しの対象ではない。
そのことからも、菅政権が放送法違反に問われた東北新社に経営的ダメージが小さい“形だけの処分”を下して幕引きを図ろうとしていることがわかる。
※週刊ポスト2021年4月2日号
メーガン騒動の余波 宮内庁が危惧する“眞子さまの真相告発”
「生まれてくる子供の肌が、どのくらい濃いのかという懸念や会話があった」
ハリー王子とメーガン妃の爆弾発言が英国王室を揺るがしている。
ハリー夫妻は3月7日に放送された、アメリカのテレビ局・CBSのインタビューで、王室で差別的な発言を聞いたと告発したのだ。
英国王室に詳しいジャーナリストの多賀幹子さんに話を聞いた。
「人種差別があったとにおわせたメーガンさんですが、ヘンリー王子は妊娠前の出来事だったと語る一方、メーガンさんは妊娠中のことだったと話しており、微妙に食い違っています。イギリスのデイリー・メール紙は、メーガンさんの話には17もの矛盾があると指摘しています。
たとえばメーガンさんは正式な結婚式の3日前に極秘で結婚式を挙げていたと告白しましたが、当事者とされた大司教は否定しています。イギリスのマスコミからは、ヘンリー王子とメーガン妃を支持する論調はほとんどありません。ただアメリカでは、勇気あるチャレンジだと評価を受けています。イギリスでも、若い世代にはメーガン支持の声が少なくありません」
日本では、小室圭さんとメーガン妃を重ねる見方も少なくない。
「ヘンリー王子とメーガンさんはインタビューの第2弾を予定しているという話もあります。結婚後にアメリカ生活を送る可能性も取り沙汰されている眞子さまと小室圭さんですが、ヘンリー夫妻をインタビューしたオプラさんが虎視眈々と取材を狙っていても不思議ではありません。小室さんは英語が得意ということですから、通訳なしでインタビューも受けられるでしょう」(多賀さん)
■皇室にとって「対岸の火事」ではない
英国王室にとっては大きなダメージになりかねない“メーガンショック”だが、対岸の火事ではないと皇室担当記者は語る。
「エリザベス女王は『記憶の相違があるかもしれない』としつつも、人種をめぐる問題については『深刻に受け止め家庭内で対応する』との声明をすぐに発表しました。女王はダイアナ元妃が亡くなった際に弔意を示さなかったことで国民からの支持を失った経験があり、批判の声にもしっかりと向き合う姿勢を持っているのです。一方で、日本の皇室は情報発信やトラブルへの対処がうまいとはいえません。
たとえば天皇陛下が『雅子の人格を否定する動きがあった』と会見で発言された際も、真相が究明されることはなく、雅子さまへの理不尽なバッシングが消えることはありませんでした。小室さんがメーガン妃の例にならって何らかの告発を行ったとして、宮内庁が適切に対処できるとは思えません」
そもそも、メーガン妃はなぜこのような告発に踏み切ったのか。インタビューでは、アメリカ移住を機に、王室からの資金援助は完全に打ち切られ、さらに警備もつかなくなったと明かした。
また、長男アーチーくんに王子の称号が与えられなかったことにも不満をあらわにした。
「称号については、そもそも敬称の運用ルールに沿ったもの。王室から離脱した以上、資金援助が打ち切られるのも当然です。“逆恨み”のような告発をされてしまった英国王室は気の毒といえます。
ただ、そういった訴えが王室の制度や文化に詳しくないアメリカ人には少なからず支持されているのも事実です。眞子さまが小室さんとの結婚で皇室を離れなければならないこと、小室さんもお二人の子供も皇族にはなれないことも、アメリカ人にとっては疑問に感じる点かもしれません。小室さんが“不当に扱われている”と訴えれば、支持する声が上がる可能性もあります」
■謎に包まれた眞子さま「体調不良の真相」
小室さんは眞子さまと結婚目前にもかかわらず、皇室に受け入れられていない。約1億4千万円といわれる一時金や結婚後の警備、住居も不透明だ。しかし今後、“告発”という切り札をほのめかして小室さんが自身の待遇改善を求めてきたらどうなるだろうか。
「皇族の親戚として丁重に扱ってほしい、皇族の誕生日などの行事に呼んでほしい、などと“準皇族”ともいえる待遇を要求する可能性もあるでしょう」(宮内庁関係者)
メーガン妃が、王室に入ってから自死を考えた時期があったと告白したことも反響を呼んでいる。実は眞子さまも体調を崩し“激やせ”していた時期があった。
紀子さまは’18年11月の記者会見で「昨年(’17年)の暮れから、だんだん寒くなっていく中で、長女の体調が優れないことが多くなりました」と、金銭トラブル報道のころから体調不良が始まったと明かされたうえで「私は、大変心配でした」と語られている。
「ただ、これはあくまで紀子さまからの見方です。体調不良の原因は小室家の金銭トラブルにあるかのように表現されていますが、眞子さまの小室さんへの好意はこの時期もまったく揺らいでいないと思われます。すなわち、秋篠宮ご夫妻に結婚を反対され、自分の意思に反して結婚を延期させられたことが、眞子さまの体調不良の原因だと考えるほうが自然です。
秋篠宮ご夫妻が会見などで小室さんに苦言を呈する一方、眞子さまの発言の機会は限られてきました。結婚延期の真相を明らかにすれば、眞子さまと小室さんが一気に形勢を逆転する可能性もあるのです。秋篠宮ご夫妻はそうしたリスクを念頭に置いて、小室さんへの対応を考えなければなりません」(前出・宮内庁関係者)
メーガンショックを超える“小室さんショック”が起こってしまうのか――。
「女性自身」2021年4月6日号 掲載
震度6弱の芸予地震から今日で20年 同様の地震は今後も繰り返し発生か
今日3月24日(水)で、平成13年(2001年)芸予地震の発生からちょうど20年となります。広島県を中心に大きな被害となった地震について振り返ります。平成13年(2001年)芸予地震は3月24日15時27分に発生しました。震源は安芸灘、地震を規模を示すマグニチュードは6.7、震源の深さは51kmで、地震のメカニズムは西南西ー東北東方向に張力軸を持つ正断層型と解析されています。
広島県内で震度6弱の強い揺れに
芸予地震発生時の広島市(写真:時事)
この地震によって広島県河内町、大崎町、熊野町で最大震度6弱、広島県広島市や呉市、廿日市市、山口県岩国市、柳井市、愛媛県今治市、松山市などの広い範囲で震度5強の強い揺れに見舞われました。消防庁による被害のまとめによると、死者が2人、重傷者が43人、全壊家屋は70棟に及んでいます。芸予地震では広島県を中心に擁壁や斜面の崩壊が見られました。比較的短い周期の揺れが卓越したことや、地盤の特性などからこうした被害が目立ったと考えられています。
今後30年での発生確率は40%程度
安芸灘~伊予灘~豊後水道で発生した強いプレート内地震
芸予地震の震源となった安芸灘~伊予灘~豊後水道では、沈み込んでいるフィリピン海プレート内部の地震が比較的短い周期で発生しています。17世紀以降だけで見ても、マグニチュード7クラスの地震が6回確認されています。1905年にはマグニチュード7.2と推定される芸予地震が起きて、広島県広島市や呉市を中心に大きな被害となりました。この期間を平均すると、大きな地震の発生間隔は約67年となりますが、1854年と1857年に相次いで発生しているように、必ずしも一定の間隔ではありません。地震調査研究推進本部はこの領域で30年以内に、マグニチュード6.7~7.4の地震が発生する確率を40%程度としています。発生から20年が経って、当時の記憶が忘れられている部分も増えているかと思われます。西日本で大きな被害が懸念されている南海トラフ巨大地震のみならず、こうした局地的な強い地震に対する備えもしっかりと行うことが重要です。
柔道・古賀稔彦さんが死去 バルセロナ金メダリスト
「平成の三四郎」と称されたバルセロナ五輪の柔道男子71キロ級・金メダリストの古賀稔彦さんが24日、亡くなったことがわかった。53歳だった。
古賀 稔彦(こが・としひこ) 1967年(昭42)11月21日、佐賀県生まれ。世田谷学園から日体大に進学。88年ソウル五輪男子71キロ級では3回戦で敗退したが、92年バルセロナ五輪で左ひざに大けがを負いながらも同級金メダルを獲得。96年アトランタ五輪では78キロ級で銀メダルを獲得。世界選手権も3度優勝。00年4月に現役を引退。全日本女子強化コーチや日体大助手などを経て4月から環太平洋大女子柔道部総監督を務めていた。