東京都新宿区より(2日7時頃の様子)今日2日(火)朝の関東は寒冷前線の接近に伴い、沿岸部を中心に強い風が吹き荒れています。これに加えて、通勤通学時間帯は雨も降っているので、横殴りの雨に注意が必要です。
千葉や横浜でも20m/s近い強風を観測
特に風が強まっているのが神奈川県や千葉県で、7時までの最大瞬間風速は千葉県勝浦市で26.2m/s、神奈川県三浦市では23.8m/sと非常に強い風を観測しました。千葉市でも19.7m/s、横浜市では19.5m/sを観測しています。この非常に強い風による影響で、房総半島を走る路線では、一部の区間で運転見合わせなどが発生していましたが、東京都心周辺の電車には7時現在ではダイヤの大きな乱れは出ていません。すでに風のピークは過ぎつつあるものの、最新の交通情報や運行情報を確認して、念のため時間に余裕を持つと良さそうです。
強雨にも注意 風と合わさり横殴りに
雨雲レーダー 2日(火)7時現在
また、前線周辺の活発な雨雲が通過中で、一部では雨も強く降っています。7時までの1時間に神奈川県三浦市で9.5mm、東京都心でも5.5mmの雨となりました。このあとも9時前後までは雨の降りやすい状況が続きます。房総半島南部や伊豆諸島などは局地的に1時間に10~20mmの土砂降りの雨となり、雷や突風を伴うおそれがあるため注意が必要です。
午後は急速に回復 花粉の飛散も
関東の天気 2月2日(火)
雨雲が抜けた後は急速に天気が回復して気温が上昇する見込みです。最高気温は東京や千葉で16℃、横浜で17℃まで上がる予想となっています。雨の後に気温が上昇することに加えて、北西の風が強めに吹くことから、スギ花粉の飛散が始まってもおかしくありません。花粉症の症状が出やすい方は、念のため対策を行っておくと良さそうです。
参考資料など
写真:ウェザーリポート(ウェザーニュースアプリからの投稿)
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緊急事態3月7日まで延長、きょう正式決定…栃木除く10都府県
政府は1日、新型コロナウイルス対策として11都府県に7日までの期限で発令している緊急事態宣言について、栃木県を除く10都府県で3月7日まで1か月延長する方針を固めた。2日の政府対策本部で正式決定し、菅首相が記者会見で説明する見通しだ。
首相は1日夜、首相官邸で西村経済再生相、田村厚生労働相、加藤官房長官、赤羽国土交通相らと延長の対象区域や期間を巡って協議した。首相は協議後、記者団に「感染者数は減少傾向にあるが、しばらくは警戒が必要な状況だ」と述べた上で、宣言の延長については「あす専門家の諮問委員会を開き、決定したい」と述べるにとどめた。
政府は、首都圏4都県と関西圏3府県では新規感染者数や医療提供体制への負荷の改善が不十分で、飲食店の営業時間短縮などの対策を続ける必要があると判断している。愛知、岐阜、福岡の3県も病床の
逼迫
( ひっぱく ) 具合などを考慮し、延長する方針だ。一方、栃木県は感染状況が落ち着いたと判断し、当初の期限の今月7日で解除する。
政府は2日午後に基本的対処方針等諮問委員会に延長を諮問し、専門家の意見を聞く。その後、首相が衆参各院の議院運営委員会で事前報告した上で、政府対策本部で決定する。同日夜に首相が記者会見を開く。
国会への事前説明は、1月7、13日の議運委では西村氏が行っており、菅首相の出席は初めて。新型コロナ対策への批判を意識したとみられる。
一方、西村氏は今月1日の衆院内閣、厚生労働両委員会の連合審査で「延長した場合に改善傾向が見られれば、延長期限の前に個別の都道府県を解除することはあり得る」と述べた。
政府は1月7日に首都圏4都県に宣言を発令し、同13日に対象を関西圏など7府県にも広げた。
あの文豪も! 昔日の東大生たちは「遊郭に入り浸り」「看護婦の見ている前で『恐怖のM検』」
江戸時代から明治のはじめにかけて、現在の東京都文京区根津に、吉原にも負けない遊郭が栄えたことをご存じだろうか。今は閑静な文教地区だが、当時は「不寝(ねず)」とも称された夜の社交場だった。『週刊ポスト』(2月1日発売号)では、「東京帝国大学『M検』の記録」と題して、昭和31年(1956年)まで行われていた「M検」の興味深い記録を報じている。「M検」が何かは後述するが、そこでも紹介された当時のエリート大学生たちの「夜の勉強」について詳しくお伝えしよう。 * * * 根津遊郭は、今も東京大学(当時は東京帝国大学)のキャンパスがある文京区本郷のすぐ北側にあった。江戸時代から続く遊郭だったが、全国から集まった若きエリート学生たちが、その誘惑に勝てるはずがなかった。東大が開学してからは、学生たちが夜な夜な通って遊郭は隆盛を極めたという。風俗史家の下川耿史氏が語る。 「根津遊郭は根津神社に続く通りにありました。すぐ南は東大のキャンパスですから、全国から集まったエリート学生たちが通ったのは当然です。しかし、当時の東大は全国から名士の子息が集まる日本一の学府ですから、国を背負って立つ金の卵たちが遊郭で放蕩三昧では、日本の近代化を急ぐという国家戦略にも大きな障害になります。 そのため、明治20年(1887年)には根津遊郭は廃止、移転されます。吉原に移る茶屋もありましたが、大半は洲崎(現在の東京都江東区東陽町)の埋立地に移転させられました。ここは戦後復興期には『洲崎パラダイス』と呼ばれ、吉原と並ぶ赤線地帯として栄えました」 東大の開学は1877年だから、学生たちがキャンパスに隣接した遊郭に入り浸って遊んだのは最初の10年だけということになる。200年近い歴史のあった遊郭としては、そのせいで移転させられて、むしろ迷惑千万な話だったのかもしれない。 根津遊郭ができたのは江戸時代前期の1706年、根津神社の社殿造営が端緒とされる。工事に従事した大工や左官職人たちを相手にする居酒屋ができ、自然と売春が行われるようになった。1842年には近くに幕府公認の吉原遊郭ができたことで、根津遊郭は何度も取り締まりを受けたが、しぶとく生き残り、明治まで賑わったのだという。 根津遊郭を知る貴重な東大生として知られるのが、『小説神髄』やシェイクスピア全集の翻訳で知られる坪内逍遥だ(1883年卒業)。ライターで医師の亜留間次郎氏が語る。
江戸時代から明治のはじめにかけて、現在の東京都文京区根津に、吉原にも負けない遊郭が栄えたことをご存じだろうか。今は閑静な文教地区だが、当時は「不寝(ねず)」とも称された夜の社交場だった。『週刊ポスト』(2月1日発売号)では、「東京帝国大学『M検』の記録」と題して、昭和31年(1956年)まで行われていた「M検」の興味深い記録を報じている。「M検」が何かは後述するが、そこでも紹介された当時のエリート大学生たちの「夜の勉強」について詳しくお伝えしよう。
* * * 根津遊郭は、今も東京大学(当時は東京帝国大学)のキャンパスがある文京区本郷のすぐ北側にあった。江戸時代から続く遊郭だったが、全国から集まった若きエリート学生たちが、その誘惑に勝てるはずがなかった。東大が開学してからは、学生たちが夜な夜な通って遊郭は隆盛を極めたという。風俗史家の下川耿史氏が語る。
「根津遊郭は根津神社に続く通りにありました。すぐ南は東大のキャンパスですから、全国から集まったエリート学生たちが通ったのは当然です。しかし、当時の東大は全国から名士の子息が集まる日本一の学府ですから、国を背負って立つ金の卵たちが遊郭で放蕩三昧では、日本の近代化を急ぐという国家戦略にも大きな障害になります。
そのため、明治20年(1887年)には根津遊郭は廃止、移転されます。吉原に移る茶屋もありましたが、大半は洲崎(現在の東京都江東区東陽町)の埋立地に移転させられました。ここは戦後復興期には『洲崎パラダイス』と呼ばれ、吉原と並ぶ赤線地帯として栄えました」
東大の開学は1877年だから、学生たちがキャンパスに隣接した遊郭に入り浸って遊んだのは最初の10年だけということになる。200年近い歴史のあった遊郭としては、そのせいで移転させられて、むしろ迷惑千万な話だったのかもしれない。
根津遊郭ができたのは江戸時代前期の1706年、根津神社の社殿造営が端緒とされる。工事に従事した大工や左官職人たちを相手にする居酒屋ができ、自然と売春が行われるようになった。1842年には近くに幕府公認の吉原遊郭ができたことで、根津遊郭は何度も取り締まりを受けたが、しぶとく生き残り、明治まで賑わったのだという。
根津遊郭を知る貴重な東大生として知られるのが、『小説神髄』やシェイクスピア全集の翻訳で知られる坪内逍遥だ(1883年卒業)。ライターで医師の亜留間次郎氏が語る。
世論は反対8割! スポンサー企業も本音は「五輪中止」だが、大手新聞社が……
今夏のオリンピック・パラリンピック開催に対する国民の反対は、ついに世論調査で8割に達した。緊急事態宣言は延長必至、新規感染者が少し減っても重症者と死者は増え続けている現状、すでに始まった医療崩壊、そして肝心要のワクチン接種は、医療従事者向けでさえ1か月後に始まる予定で、高齢者や基礎疾患のある「優先度2」の人たちへの接種は4月にずれ込む見込み――これでなお開催を強硬に主張する政府や組織委員会、IOCに対する「不支持率」だとすれば、8割は妥当な数字に思える。 まさかの「五輪に怒る国民世論」に青ざめているのがスポンサー企業だ。『週刊ポスト』(2月1日発売号)では、五輪中止になった場合、スポンサー企業がどんな損害を受けるかを詳しく報じているが、逆に強行開催されたとすれば、国民に不人気の大イベントを後援したとして批判を受けるおそれもある。実際に大会がコロナの「第4波」を招く危険も十分にある。行くも地獄、戻るも地獄のスポンサー企業のジレンマについて、経済ジャーナリストの福田俊之氏が分析した。 * * * これだけ五輪開催に批判的な声が大きいなかで、スポンサー企業は悩ましい立場にいる。ある会社の幹部は、はっきりとは言わないものの、企業イメージが悪くなるくらいなら、出資金が無駄になっても中止してほしいというのが本音のようだった。今の時代、スポンサー企業に対しても、ネット上などで批判が殺到することはよくある。五輪を支えて企業イメージが悪くなることは絶対に避けたいのは当然だ。 例えばワールドワイドスポンサーになっているトヨタ。今回の大会では、スポンサーは1業種1社という枠を取り払ったので、様々な業界でライバル企業が同時にスポンサーになっているが、自動車業界については、トヨタがワールドワイドスポンサーになっているため、スポンサーは1社のみ。報道ベースの数字だが、トヨタは2015年から2024年まで10年間のスポンサー契約をIOCと交わし、その契約額は2000億円という。本来はそれだけの宣伝効果があると見込んでいたのだろうが、ここまで五輪のイメージが悪くなってしまうと期待したような効果は望めないだろう。 トヨタは五輪で、同社初となる自動運転技術を使ったモビリティサービス専用EVを10数台提供してPRする計画だった。選手村の巡回バスや大会関係者の移動などに使って、技術力を披露する絶好の機会だったわけだが、五輪そのものが歓迎されていなければ、逆にせっかくの技術にも悪いイメージがついてしまう。菅総理がいうように、「コロナに打ち勝った証」でなければ五輪開催は難しいという考え方もあるだろう。
今夏のオリンピック・パラリンピック開催に対する国民の反対は、ついに世論調査で8割に達した。緊急事態宣言は延長必至、新規感染者が少し減っても重症者と死者は増え続けている現状、すでに始まった医療崩壊、そして肝心要のワクチン接種は、医療従事者向けでさえ1か月後に始まる予定で、高齢者や基礎疾患のある「優先度2」の人たちへの接種は4月にずれ込む見込み――これでなお開催を強硬に主張する政府や組織委員会、IOCに対する「不支持率」だとすれば、8割は妥当な数字に思える。
まさかの「五輪に怒る国民世論」に青ざめているのがスポンサー企業だ。『週刊ポスト』(2月1日発売号)では、五輪中止になった場合、スポンサー企業がどんな損害を受けるかを詳しく報じているが、逆に強行開催されたとすれば、国民に不人気の大イベントを後援したとして批判を受けるおそれもある。実際に大会がコロナの「第4波」を招く危険も十分にある。行くも地獄、戻るも地獄のスポンサー企業のジレンマについて、経済ジャーナリストの福田俊之氏が分析した。
* * * これだけ五輪開催に批判的な声が大きいなかで、スポンサー企業は悩ましい立場にいる。ある会社の幹部は、はっきりとは言わないものの、企業イメージが悪くなるくらいなら、出資金が無駄になっても中止してほしいというのが本音のようだった。今の時代、スポンサー企業に対しても、ネット上などで批判が殺到することはよくある。五輪を支えて企業イメージが悪くなることは絶対に避けたいのは当然だ。
例えばワールドワイドスポンサーになっているトヨタ。今回の大会では、スポンサーは1業種1社という枠を取り払ったので、様々な業界でライバル企業が同時にスポンサーになっているが、自動車業界については、トヨタがワールドワイドスポンサーになっているため、スポンサーは1社のみ。報道ベースの数字だが、トヨタは2015年から2024年まで10年間のスポンサー契約をIOCと交わし、その契約額は2000億円という。本来はそれだけの宣伝効果があると見込んでいたのだろうが、ここまで五輪のイメージが悪くなってしまうと期待したような効果は望めないだろう。
トヨタは五輪で、同社初となる自動運転技術を使ったモビリティサービス専用EVを10数台提供してPRする計画だった。選手村の巡回バスや大会関係者の移動などに使って、技術力を披露する絶好の機会だったわけだが、五輪そのものが歓迎されていなければ、逆にせっかくの技術にも悪いイメージがついてしまう。菅総理がいうように、「コロナに打ち勝った証」でなければ五輪開催は難しいという考え方もあるだろう。
辞職の遠山氏「党担う有望株」…公明動揺、衆院選後任は擁立困難か
公明党内で、遠山氏が議員辞職したことへの動揺が広がっている。将来の党を担う有望株で、次期衆院選で神奈川6区からの出馬も決まっていたためだ。遠山氏の出馬断念に伴う他の公認候補の擁立は困難との見方も出ている。
公明党の山口代表は1日、記者団に「強い政治不信をもたらし、深くおわび申し上げたい」と陳謝した。候補者不在となる神奈川6区への対応については「地元とよく相談しながら検討したい」と述べるにとどめた。
神奈川6区は、前回2017年衆院選で公明党が唯一取りこぼした小選挙区だ。遠山氏は参院当選2回(比例)、衆院当選4回(比例九州ブロック)。公明党は財務副大臣などを歴任し、弁舌巧みな遠山氏を投入し、議席奪還を期していた。党神奈川県本部の幹部は「後任なんて言い出せる状況ではない」と頭を抱え、次期衆院選で同区を自民党に譲る案も取りざたされている。
公明党は当初、衆院選への影響を抑えるため、遠山氏の処分は見送る方針だった。遠山氏が1月29日、不適切な支出があったとして政治資金収支報告書の訂正を発表した際も、幹事長代理の役職辞任にとどめた。
だが、支持母体の創価学会内では、選挙応援の核となる婦人部を中心に、遠山氏のコロナ禍の行動への不満は収まらなかった。地方選で立候補者全員当選を掲げる公明党だが、1月31日投開票の埼玉県戸田市議選では落選者が出た。公明党関係者は「この問題の影響が選挙に出ている。遠山氏は自ら議員辞職してけじめをつけるしかないと判断したのだろう」と推察する。
ATMで電波遮断、AIが通話警告…コロナ禍でも止まぬ特殊詐欺被害、根絶に「水際対策」強化
孫や親族のトラブル、自治体からの還付金、架空請求…巧妙な嘘で高齢者らから現金をだまし取る特殊詐欺。捜査による犯行グループの実態解明が容易ではない中、警察当局や関係機関が力を入れているのが、ATM(現金自動預払機)での携帯電話の電波遮断や人工知能(AI)を活用した通話への注意喚起といった「水際対策」だ。新型コロナウイルス禍の昨年も、全国の被害額は上半期で100億円を優に超える。警察幹部は「あらゆる手で被害を封じ込める」と力を込める。(千葉元)
ATMで「電波遮断」
「区からの還付金が受け取れますよ」。今年1月、東京23区内にある高齢者宅に、区職員を装った男から電話がかかってきた。
「キャッシュカードを持ってATMに向かってください」「着いたら手続きの方法を教えますよ」。男から電話口でせかすように畳みかけられ、この高齢者は男から言われるまま、自宅を出て近所のATMに向かった。
ATMに到着し、電話でさらなる指示を受けようと通知された電話に何度も掛け直したが、突然、電波が「圏外」に。焦ってATMのインターフォンで銀行職員に問い合わせたところ、職員から「それは詐欺ですよ」と諭され、被害を免れた-。
警視庁は昨年10月、全国に先駆けて都内5カ所のATMに携帯電話の電波妨害機器を試験的に設置。捜査関係者によると、実際、冒頭のように還付金詐欺被害を未然に防止できたケースが確認されているという。
1日で平均年収20倍
警察庁によると、令和元年の特殊詐欺の被害総額は約315億円。新型コロナの感染が全国的に拡大した昨年も、1~6月で約128億円にのぼる。
1日当たりの平均被害額は約7000万~8600万円。サラリーマンの平均年収の20倍ほどの現金が、高齢者らから毎日吸い取られている計算で、警察幹部は「穏やかに老後を過ごそうとするお年寄りらの生活をどん底に陥れる卑劣な犯罪」と憤る。
警察も手をこまねいているわけではなく、影響力のある芸能人らを起用した啓発活動を展開したり、高齢者宅に注意を促す訪問などを繰り返し実施。犯人側が集中的にだましの電話をかけているエリアを専用アプリなどを使って瞬時に伝え、注意喚起を行っている例もある。
こうした効果は数字にも表れ、年間の被害額は、平成26年のピーク時の約565億円から大きく減少してはいる。ただ、登場人物が入れ替わり登場する「劇場型」と呼ばれる手口に代表される詐欺グループの手練手管にはまる高齢者は後を絶たない。
捜査により犯行グループを摘発しようにも、詐欺グループは現金受け取り役の「受け子」や現金を引き出す「出し子」、電話をかける「架け子」、全体を統括する「番頭」、グループを金銭的に支援し犯罪収益を吸い上げる「金主」など複雑に役割が分かれており、全容解明は困難なのが現状だ。
AIが「注意喚起」
こうした状況を受けて、関係者が「打開策」として注目しているのが、冒頭で紹介したATMの電波遮断のような、ハード面での根本的な水際対策だ。
通信事業者も対応を加速させている。たとえばNTTが開発した固定電話に取り付ける「特殊詐欺対策アダプタ」。通話内容をリアルタイムでAIが解析し、《振り込み》《口座》などのキーワードから詐欺電話だと判断すれば、利用者があらかじめ登録した家族や友人にメールに《電話は詐欺の可能性があります》という警告メッセージが送信される仕組みだ。
警察幹部は「一般の方が詐欺電話を受けている人に気付いて声をかけ、防げた例もあり、意識の高まりを感じる。関係機関と連携し、引き続き手を打っていく」と話している。
小室佳代さん 激変していた!脱金髪、タクシー使わぬ堅実派に
2月23日の誕生日を前に、天皇陛下は記者会見に臨まれる。その会見では、眞子さまの結婚についても質問があるという。
「もし天皇陛下から結婚を容認される発言があれば、眞子さまと小室さんにとっては大きな後押しになるでしょう。ただ、陛下がそういった発言をされる可能性は非常に低いと思います。金銭トラブルについて、まだ小室さんから説明はなされていませんから」(皇室担当記者)
眞子さまの結婚延期の原因となったのは、小室さんの母・佳代さんの金銭トラブルだった。
「トラブル発覚から3年以上経過した今も佳代さんは沈黙を貫いたまま。しかも、そういったトラブルがあったにもかかわらず、佳代さんの金銭感覚が変わっているようには見えないのです。眞子さまは1億4千万円近い一時金を受け取ることになっています。そのお金の一部が佳代さんに渡ってしまうのではないか、という疑念は払拭できない状況です。国民が小室さんよりもさらに不安視しているのは、眞子さまの”義母”となる佳代さんのことではないでしょうか」(皇室ジャーナリスト)
佳代さんは以前から“セレブ志向”が強かった。小室さんの幼稚園の送り迎えまで、ほかの保護者が自転車を使っているなか、愛車の真っ赤なアウディで行っていた。金銭トラブルを告発していた元婚約者のX氏も、佳代さんから高級フレンチでの食事を何度もねだられたことを明かしている。
また、服装の派手さもたびたび話題になってきた。洋菓子店へサングラス姿で出勤することも多く、昨年の5月には髪を金髪にしていたことが報じられた。
そんな佳代さんは現在、どのような暮らしをしているのか――。
本誌は1月下旬、まだ日も出ていない早朝6時に自宅から最寄り駅方面に徒歩で向かう佳代さんを発見した。黒いダウンコートで口元にはマスク。「金髪」と報じられた髪色も、黒に近い落ち着いた色合いに戻っており、以前の佳代さんと比べてもかなり地味な服装だ。
電車で向かったのは、以前から勤めている都内の有名洋菓子店。到着したのは開店時刻より2時間前だった。洋菓子製造に携わっている佳代さんは、控室で白衣に着替えて持ち場へと向かう。
以前、佳代さんはマスコミを警戒してか、自宅から最寄り駅までタクシーを使っていた。だが、この日は周囲を気にする素振りこそあるものの、タクシーを利用することはなかった。
■金銭トラブル以外にも数々の“疑惑”が
上流階級への憧れを隠さなかった佳代さんが、急に堅実な生活ぶりに“路線変更”したのはなぜなのか――。
「眞子さまの“結婚宣言”によって、小室さんの結婚は一気に現実味を帯びてきました。これまでかたくなに自分のスタイルを変えてこなかった佳代さんですが、ここにきてようやく皇室の縁戚になる立場を自覚し始めたのではないでしょうか。“眞子さまの義母”として認められるように、国民の目を意識し、イメージチェンジを図っているということなのかもしれません」(前出・皇室担当記者)
佳代さんについては、もうひとつ気になることがある。本誌が1年ほど前に報じた“男性の影”だ。
一昨年の12月20日、本誌は午前5時ごろに外出しようとする佳代さんを目撃。高いヒールのブーツと大判のストールで着飾り、左手薬指にはピンクダイヤらしき宝石をあしらった指輪が光っていた。
さらにクリスマスイブの早朝午前4時、佳代さんは50代と思しき男性が運転する車で外出。夜になっても帰宅することはなかった。
当時は交際していた男性がいたと思われるが、最近の佳代さんの行動からは男性の影は見られないという。
「佳代さんは恋愛も“封印”して、小室さんの結婚のために清貧生活を演出しているのかもしれません。ただ、佳代さんについては、ほかにも数々の疑惑が取り沙汰されており、そんな付焼き刃の戦略が通用するとは思えません」(皇室ジャーナリスト)
小室さんの父・敏勝さんは’02年3月に亡くなっているが、その死因が自死であったことが明らかとなった。しかも、敏勝さんの父も後を追うようにその1週間後に自死していたのだ。
また、佳代さんが新興宗教に入れ込んでいたという情報も。本誌は、近所に住んでいた女性から次のような証言を得ている。
「私も佳代さんのお部屋に入ったことがありますが、リビングルームにたしか『〇〇光』と書かれている紙や、何か偉そうな人の写真が飾ってあって……。あきらかに宗教関係の品物だと思いました。私の視線に気がつくと、佳代さんは『これ、いいものなのよ』とか、私にはよくわからない話を始めました」
内親王の嫁ぎ先としてはあまりに不安すぎる疑惑の数々……。眞子さまの結婚の行方を左右する、佳代さんの動向に注目が集まる。
「女性自身」2021年2月16日号 掲載
天皇陛下会見で眞子さま問題の質問予定…ご発言に注目集まる
「眞子さまの結婚問題はもはや国民的関心事。皇室の頂点に立たれる天皇陛下が、この問題についてどのように考えているのかをお聞きすることも必要だと思います」
そう語るのは皇室担当記者。
2月23日の天皇誕生日を前に、天皇陛下は記者会見に臨まれる。その会見で、眞子さまと小室圭さんについての質問があるという。眞子さまが昨年11月に発表した「お気持ち」に、次のような文言がある。
《この度、私がこの文章を公表するに当たり、天皇皇后両陛下と上皇上皇后両陛下にご報告を申し上げました。天皇皇后両陛下と上皇上皇后両陛下が私の気持ちを尊重して静かにお見守りくださっていることに、深く感謝申し上げております》
眞子さまが書かれた文書によれば、天皇陛下も二人のお気持ちを尊重されているというのだ。
「陛下ご自身も、ご結婚までには非常に苦労されています。雅子さまとの結婚も一度は諦められたことがあったほど。もしかすると、小室さんとの結婚にこだわる眞子さまのお気持ちに共感する部分もおありかもしれませんが……」(前出・皇室担当記者)
もし天皇陛下からも結婚をお認めになる発言があれば、小室さんにとっても大きな追い風になる。だが、皇室ジャーナリストの見方は厳しい。
「小室さん側は要求された金銭トラブルや米国留学の経緯説明すらまだ果たせていない状況です。秋篠宮さまが結婚を『認める』と発言されてからも、小室さんに反発する国民感情は収まるどころかむしろ高まっています」
■鍵を握るのは母・佳代さんの動向
こうした状況で天皇陛下が小室さんの応援とも取れる発言をなされば、陛下ご自身まで国民から非難を浴びかねない。
はたして、天皇陛下はどういった発言をされるのか。眞子さまとの結婚に向けて、小室さんにとって大きな“正念場”となるが、鍵を握るのは小室さんの母・佳代さんだという。
「結婚延期の原因は、佳代さんの金銭トラブルでした。しかし発覚から3年以上経過した今も佳代さんは沈黙を貫いたまま。しかも、そういったトラブルがあったにもかかわらず、佳代さんの金銭感覚が変わっているようには見えないのです。眞子さまは1億4千万円近い一時金を受け取ることになっています。そのお金の一部が佳代さんに渡ってしまうのではないか、という疑念は払拭できない状況です。国民が小室さんよりもさらに不安視しているのは、眞子さまの”義母”となる佳代さんのことではないでしょうか」(前出・皇室ジャーナリスト)
皇室に詳しい歴史学者の小田部雄次・静岡福祉大学名誉教授は、眞子さまの結婚問題が起きた要因は「皇室の歴史上で初めてといっていい、まったく事前調査なしの“自由恋愛”だったからではないか」と語る。
「“ミッチー・ブーム”を起こした上皇陛下と美智子上皇后も恋愛結婚でしたが、それは綿密な調査があったうえでした。女性皇族の結婚では調査はあまり行われませんが、黒田清子さんや高円宮家の典子さんや絢子さんの場合は、両家の家族同士で交流がありました。
一方、小室さんは完全に、眞子内親王がお一人で選んだお相手です。まったくの自由恋愛による結婚という点で、眞子内親王の結婚は素晴らしい事例となるはずでしたが、小室家が多くの問題を抱えていたことは非常に残念でした」
今後の女性皇族の結婚までも左右しかねない、佳代さんの存在。天皇陛下は会見で眞子さまと小室家の縁談について、どう言及されるのだろうか――。
「女性自身」2021年2月16日号 掲載
安倍政権の“罪”を振り返る …「責任」は軽くなり「政治の言葉」は信頼を失った
歴史的な出来事の「功」と「罪」は、明確な境界線に隔てられて存在するものではない。例えば、吉田茂元首相が果たし得たサンフランシスコ平和条約締結というレガシーには、アメリカ支配からの脱却を半永久的に果たし得ないという負の遺産がつきまとう。戦争という「罪」からも、教訓を引き出せば、後世への「功」となるだろう。
つまり、「功罪」は常に表裏一体だし、後世の評価も両義的だ。したがって、「功」と一体化している「罪」の検証なくして、教訓を引き出すことは不可能なのだ。
ところが最近では権力への批判を嫌う空気が醸成されている。これが、安倍長期政権を実現した原因でもある。様々な問題も抱えるが、「最長政権」という結果だけは否定しようのない歴史として後世に残る。
もちろん、ここには大きな成果もあった。わずか1年で内閣が交替していた時期に比べれば、長期的な視野で日米同盟を強化し、いわゆる「地球儀を俯瞰する外交」を展開して、国際的なプレゼンスを回復したといっていい。
「アベノミクス」と呼ばれた経済政策が、この「長期化」を支えたことは間違いない。金融緩和で、円安、株高となり、企業業績と雇用が改善した。大企業を潤し、国民には「目先の食」を確保した。民主党政権時代は企業が円高、株安で苦しみ、雇用状況も悪化していただけに、「アベノミクス」は大きな求心力となった。
安倍政権下での官邸主導“の確立
もう1つの要因は「官邸主導」の確立だ。そもそも小選挙区制度によって、国会議員のチルドレン化が進んでいた。自民党は、2度にわたる野党転落を経験し、党内抗争、足並みの乱れに極度に臆病になっていた。沈黙する議員が増え、すでに「一強」の素地はできあがっていた。
最後の抵抗勢力となり得る存在が官僚だった。「官邸主導」の政策も官僚組織なくしては実現しない。しかし、省益、既得権を優先し、縄張り意識や前例に縛られるという弊害が、しばしばそれを阻んだ。そこに楔を打ち込もうと、安倍政権は2014年に幹部職員の人事を一元管理する「内閣人事局」を発足させた。狙い通り、人事を握られた官僚のほとんどが「安倍官邸」に逆らえなくなった。
さらに、重用された「官邸官僚」が、各省庁への意思伝達を徹底した。「仲間を決して怒らない、捨てない、裏切らない」という安倍の人柄に、この“側用人”たちは心酔していた。お互い横の関係がぎくしゃくしても、安倍との縦の関係が太いパイプとなって結束し、「安倍官邸」のガバナンスを強化していた。常に「バラバラ」と批判された民主党政権とは対照的だった。
しかし、アベノミクスには、官邸官僚の1人でさえ「怖い」と言うほどの危険性がつきまとう。正規雇用が増えた以上に、非正規が増えた。実質賃金は伸びず、新型コロナウイルスが拡大する前の7年間で、個人消費の成長率は0.04%とほぼゼロ成長。GDP成長率も平均0.9%と目標を大きく下回り、先進国の中でも低い。
日銀による金融政策は、新規需要を喚起できていないという点で限界が見えている。それでも金融緩和は止められない。出口戦略はまったく見えない。
それどころか、新型コロナウイルスへの対策が、異次元金融緩和と積極財政に拍車をかけている。消費税率を2回アップしたにもかかわらず、国債残高は増え続け、21年3月末には1000兆円に迫る見通しだ。
ハイパーインフレを起こさないためにも、日銀は国債を買い続けなければならない。これは日銀による国債の直接引き受けであり、放漫財政となる、事実上の「財政ファイナンス」だと批判されている。異次元緩和に支えられた積極財政は、もはや歴史にも、教科書にもない未知の世界に国民を導き、不測のリスクは全て将来の世代に背負わせることになるのだ。
さらに「官邸主導」が官僚たちの「悪質な忖度」につながったという不信感も広がった。安倍昭恵夫人が名誉校長をしていた森友学園への格安な国有地売却の問題をめぐって、安倍は、「私や妻が関係していれば、間違いなく総理大臣も国会議員も辞める」と断言した。その後、財務省による決裁文書の改ざんが始まったのだ。
昭恵夫人が国有地を訪問した際、「いい土地ですから、前に進めてください」と述べたという籠池泰典理事長(当時)の発言や、「安倍首相夫人が森友学園に訪問した際に、学園の教育方針に感涙した」という新聞社のインターネット記事があったという記述などが削除されたのだ。ここに安倍夫妻の関与を隠蔽しようとする「忖度」があったと思うのは、決して邪推とはいえまい。
「関係」という言葉が持つ意味
それでも安倍は、「関係」がないと言い続けた。国会で森友学園との「関係」を追及されるうちに、「関係」という言葉の意味を、「何か便宜を与える意味における関与」と矮小化した。意図的に便宜を与えていなければ、「関係」という概念にあたらないという認識だが、これは良識的な人々が考える「関係」の意味と、あまりにもかけ離れているのではないか。
この「関係」が許されるなら、「私は便宜を与える意思はなかった」と言えば、側近の忖度を利用したあらゆる利益供与が許される。これは政治の言葉の廃頽(はいたい)だ。
安倍政権において政治の言葉は軽くなり、時に意味を歪められ、信頼を失った。安倍は「拉致問題を解決する決意」を繰り返し強調してきた。これも大きな求心力となっていたわけだが、結局、成果はなかったと言っていい。北方領土問題もそうだ。「必ずや終止符を打つ」と言い続けたが進展しなかった。安倍の「決意」という言葉は、単なる努力目標に堕していた。
「できない約束はするな。約束したら必ず果たせ」とは田中角栄元首相の言葉だ。かつては、それが政治的リーダーの矜持であり、マナーだったはずだ。
また安倍政権では多くのスローガンが乱れ飛んだ。「地方創生」、「女性活躍」、「一億総活躍」、「人づくり革命」などなど、誰もが認める成果がないまま、矢継ぎ早に発信された。政治の言葉が、「やっている感」のツールになってしまったのだ。ある官邸官僚は、「やっている感が大事だ」と堂々と叫んでいたというのだから笑えない喜劇のようだ。
「責任」という言葉の軽さ
さらに安倍は、閣僚が不祥事で辞任する度に「任命責任は私にあります」と繰り返した。最後は法秩序を司る法務大臣に任命した河井克行が買収の疑いで逮捕・起訴されるという前代未聞の事態に至った。
それでも「任命したのは私であります。責任を痛感しております」で済ませてしまう安倍の「責任」はあまりにも軽い。
「責任を取って腹を切る」という、武士道の伝統的な精神はどこへ行ってしまったのか。
この美意識を失っているならば、「美しい国」や「日本を、取り戻す。」といった安倍のスローガンは鴻毛の如く軽い。そして、そうであるならば、是非、歴史から吹き飛んで消えてほしい。
なぜなら、次世代を担う子供たちに、「悪いことをしたら、責任は私にありますと言い続けろ。そのうち世間は忘れてくれる」と教育できるはずがないからだ。
行動を伴わず形骸化された言葉もある。国論を二分した特定秘密保護法について、各社の世論調査で説明不足が指摘されると、安倍は「もっともっと丁寧に時間をとって説明すべきだったと反省しております」と述べた。同じく集団的自衛権の憲法解釈を変更して安保法制を成立させた際も、「丁寧に説明する努力を続けていきたい」と述べた。
ところが、「丁寧」、「反省」、「説明」と繰り返したものの、野党との応酬になると安倍の野次はひどかった。農相への献金問題を追及された際は「日教組どうすんだ」(2015年2月19日)と事実誤認の発言。閣僚答弁の誤りを指摘されれば「まあいいじゃん。そういうことは」(同年8月21日)と投げやりな暴言。「早く質問しろよ」(同年5月28日)、「意味のない質問だよ」(20年2月12日)と品格を欠いた野次を浴びせた。国権の最高機関における言葉の品性を破壊し、「幼稚さ」を跋扈させた安倍の「罪」はあまりにも重い。
理性を尊重し、品性や教養を修得する「立派な大人」への知的鍛錬は、凡庸なる人間にとっては辛いし耐えられないものだ。
言葉に縛られたくない。論理的思考は面倒だ。責任も取りたくないし、自分を責める勢力は潰したい。そんな粗野で稚拙な人間の「負の本性」を、安倍の言葉は肯定しているように見えた。
「易き権力」との一体化による「強さ」
「人は易きに流れる」ということを、安倍は本能的に理解して利用したのか、それとも、安倍自身が自覚することなく「負の本性」に支配されていたのかはわからない。
いずれにせよ、その「易き権力」は、わかりやすい。
爽快感も漂う。「理屈を言うな。政治決断だ」という、ある意味での「強さ」を印象づける。この「易き権力」と一体化し、その「強さ」に陶酔していた人も多かったのではないか。
そうなれば、自ずと権力への警戒心はなくなる。権力の暴走で300万以上の国民が犠牲となった戦争から75年が過ぎ、戦争体験も忘却の彼方へと消え行く中で、「権力は失敗する可能性がある」という教訓が失われつつあるのだ。
「権力の失敗」に巻き込まれた「戦後」の人々は、強すぎる権力と、それによって言葉の意味が歪められることを警戒した。
なぜなら彼らは、「全滅」が「玉砕」、「戦死」が「散華」、「撤退」が「転進」とごまかされ、「批判する時ではない。進め一億火の玉だ」という「強さ」に圧(お)されているうちに国が崩壊したことを、忘れなかったからだ。戦後、「平等」や「豊かさ」、「反戦」を求めて、権力と対峙した運動の根っこはここにあった。
「戦後」の政治も、対立を和らげ調整することに軸足を置いた。
池田勇人元首相の「寛容と忍耐」という言葉や、「権力の魔性を自戒せよ」と政治家の独善を戒めた中曽根康弘元首相の言葉が象徴的だ。
その「戦後の精神」が衰退し、安倍長期政権を実現した「新たな戦後」が始まろうとしている。
そこでは「平等」や「妥協」を「偽善」、「反戦」や「抑制」を「弱腰」、「思考」や「論理」を「屁理屈」と受け止める人が増えた。彼らにとって、権力の「横暴」は「強さ」であり、「狡知」は「知恵」であり、「批判」はすべて「印象操作」となる。
価値観が倒錯し、その倒錯が常識になりつつある。だからこそ、安倍に歪められた言葉が歓迎され、差別主義的な発言を繰り返す政治家も許されるのだ。
「新たな戦後」とコロナで見えた実態
この「新たな戦後」をリードしたかに見えた安倍政権は、新型コロナウイルスという予想もしなかった敵の攻撃にさらされた。今のところ、世界的に見れば死亡率や、経済的ダメージの程度も低く抑えられている。10月に発表された新型コロナ対応・民間臨調の報告書も、「他国に恥じない結果を出した」と評価している。
一方で、「泥縄だったけど、結果オーライ」という官邸スタッフの言葉を引き合いに、多くの「危うさ」も浮き彫りになったと指摘している。
実際に、安倍政権は、入国制限や緊急事態宣言、PCR検査拡充への対応が遅れ、10万円の特別定額給付金をめぐる対応も二転三転するなど、「強いイメージ」とかけ離れた、危機管理に「弱い実態」を露呈した。
安倍が言葉を無意味化して演出した「強さ」は、その演出に太刀打ちできない野党や、陶酔する人間には効果があっても、演出の通じないウイルスには無力だったということだ。
ウイルスとの戦いはもちろん、中国や北朝鮮による危機を言うのであれば、その「弱さ」を検証し、克服し、戦略を学ばなければならない。
報告書が最後に強調した「学ぶことを学ぶ責任」は、言葉の力をもってしか果たし得ない。言葉へのこだわりと責任を取り戻すしかないということを再認識することこそが、安倍政権からの教訓であろう。
(菊池 正史/文春ムック 文藝春秋オピニオン 2021年の論点100)
《新型コロナ感染》石原伸晃議員が見せた「リアル格差」で気づいた事実 日本政界の中心は“伸晃”にあった!
自分では思ってもみなかったであろう役割を果たす人がたまにいる。それが政治家で、何度も繰り返していたらさらに興味深い。
何を言いたいかと言えば石原伸晃氏のことである。
新型コロナウイルスに感染した自民党の石原伸晃元幹事長が退院。一時悪化した症状が安定したという。石原は「心臓に既往症があるため医師の指示で入院した」とコメント(共同)。
体調が安定したということで何より。しかし今回石原の入院が話題になったのは「入院できずに亡くなる人が相次ぐ中で、無症状なのになぜ」(東京新聞「こちら特報部」1月28日)という点もあった。
《医療は本来こうあってほしいもの。(略)この際だから、「伸晃基準」をどうすれば全国民に広げることができるのか考えた。》(東京・同)
コロナに感染するのは仕方ない。しかし人によって対処の格差が生じてはいけない。石原伸晃は身をもって論点を示したのだ。またしても…。
伸晃氏が果たしてきた「役割」とは
そう書くのは石原伸晃の政治家としてのキャリアを見ると「自分では思ってもみなかったであろう役割」を果たす繰り返しなのである。ちょっと凄すぎるので振り返ってみる。
まず安倍晋三が勝利した2012年の自民党総裁選。今では多くの人が忘れているかもしれないが当初の本命は石原伸晃だった。しかし失言の連発などで失速。2位にもなれない敗北を喫した。安倍長期政権をつくったのは石原伸晃なのである。
父・慎太郎の国政復帰も後押し?
それだけではない。そのあと父親の石原慎太郎(東京都知事・当時)が国政復帰を表明した。
オヤジの慎太郎は国政復帰を噂される度に否定していたが、石原家から首相を出すには自分自身でたたないとどうしようもないと思ったのだろうか。
「たちあがれ日本」と合流して党名を「太陽の党」と名付けた。たちあがったムスコで障子を破る描写をした芥川賞作「太陽の季節」の夢よもう一度という流れに思えたが、たちあがらないムスコへの不満のようにも見えた。
伸晃がピリッとしない、それだけで政界再編の波が起きたのである。
まだある。
2012年の同選挙では俳優の山本太郎が「新党 今はひとり」を旗揚げして立候補。なんと石原伸晃の東京8区から出馬した。
「反核運動はじまりの地、杉並で闘う。石原伸晃さんの選挙区。政権交代時の逆境下でもダブルスコアで勝利した東京最強の人」(日刊スポーツ2012年12月3日)
選挙は圧倒的に強いのにピリッとしない石原伸晃が相手に選ばれたのだ。この選挙で山本は敗れたが政界進出のきっかけとなった。父親も山本太郎も動かす、恐るべき石原伸晃の政界再編力である。
思い出される小池都知事の「先制パンチ」
石原伸晃伝説の凄さはこれだけではない。
2016年の東京都知事選を思い出してほしい。
6月29日に自民党の小池百合子が立候補の意向を表明した。しかし自民党都連は別の候補を探していた。当時の自民党の東京都連会長は誰だったか?
石原伸晃である。
伸晃がオタオタして都知事選は混沌とした。小池に先制パンチを食らって最後までフラフラ。小池からすれば石原慎太郎との因縁を晴らす絶好の舞台でもあったはずだ(※このあたりは 「女帝 小池百合子」 などで確認してください)。
「都連会長・石原伸晃の指導力の欠如」
そして都連会長は石原の息子である。日刊スポーツコラム「政界地獄耳」は「自民党都連会長・石原伸晃の指導力の欠如からなかなか決定には至らない」とみんなが薄々思っていることを書いた。
ケンカ上手の小池からすればテンションが上がらないわけがない。小池は圧勝した。
ああ、石原伸晃氏の政界に与える影響力を見よ!
ここ10年近く石原伸晃が政界を動かしてきたと言ってもよい。
本人の意図していないところで。
伸晃氏が露わにしたコロナ禍での「格差問題」
そして今回である。期せずして伸晃はコロナ禍の格差問題を世間に訴えてしまった。政界へ与える影響力の大きさ。
しかも今回の件はさらに流れが酷い。というのも菅首相の「生活保護」発言を思い出してほしい。
1月27日の参院予算委員会で首相はコロナで生活困窮する人たちへの支援について「最終的には生活保護」と答弁。
「最終的に生活保護があるというのは、当たり前の話なんです。ただ国民が求めているのは、こういう答えではなかったはず。生活保護を受けないで済むための政策が必要だったのに、それがないから菅首相の答弁が投げやりに見えてしまいました」(社労士のコメント・東スポ1月30日付)
生活保護を受けないで済む政策議論も必要だと思うが、生活保護を受けるのは国民の権利でもある。それなら自民党は受給しやすくしてきたかと言えばそうではない。むしろハードルを高くしていた。
総裁選での伸晃氏の「ナマポ」発言
石原伸晃氏は先にも書いた2012年の自民党総裁選に出馬中、「報道ステーション」で生活保護のことを「ナマポ」というネットスラングを使って語った。あれも生活保護に対するバッシングを高めた一因ではなかったか?
あれから8年以上経ち、時の首相が「最終的には生活保護」と突如言いだすなか、伸晃氏はコロナに感染するとすぐに入院。リアルな格差を見せつけた。世の中に問題提起をした。またしても自分では思ってもみなかった役割を果たしたのだ。石原伸晃最強説である。
政界は石原伸晃を中心にまわっている。
本人の意図していないところで。
(プチ鹿島)