新型コロナへの過剰反応をいつまで続けるのか 感染者や死者が少ない日本で弊害のほうが拡大

■対面型サービス業の苦境は続く 2021年1月に再発令された緊急事態宣言の影響は、2020年4~5月の緊急事態宣言時と異なり一部の分野にとどまった。日銀短観2021年3月調査では、輸出の増加を背景に製造業は大きく改善し、対面型サービス以外の非製造業も多くの業種で改善した。ところが、対面型サービス業 (運輸・郵便、宿泊・飲食サービス、対個人サービス)の景況感は悪化した。 また、法人企業統計の経常利益を見ると、2020年4~6月期に前年比マイナス46.6%と急速に落ち込んだ後、10~12月期には同マイナス0.7%まで減少幅が縮小した。対面型サービス業(運輸、宿泊、飲食サービス、生活関連サービス、娯楽)は大幅な減少が続いているが、製造業や対面型サービスを除く非製造業は前年比でプラスに転じている。 2020年4月の緊急事態宣言の影響で急速に落ち込んだ雇用者数はその後の持ち直しも緩やかにとどまっている。下押し要因となっているのは、やはり対面型サービス(運輸、宿泊・飲食サービス、生活関連サービス・娯楽)でそれ以外の業種では比較的順調に回復している。対面型サービスを除いた雇用者数はすでにコロナ前の水準に戻っている。 つまり、日本経済は全体としては新型コロナウイルスの打撃から立ち直りつつあるが、営業時間短縮要請や外出自粛などの影響を強く受ける対面型サービス業が完全に取り残されている。今後も、緊急事態宣言は解除されたものの、「まん延防止等重点措置」が適用されるなど、環境は依然として厳しい。 日本は諸外国に比べてワクチン接種が遅れており、接種が本格化すれば、外食、旅行などの対面型サービス消費が急回復するとの見方がある。だが、過度の期待は禁物だ。今回のワクチンは極めて短期間で開発されたため、有効性や副反応が未知数である。また、日本は欧米と比べて感染者数、死亡者数が圧倒的に少ないため、ワクチン接種によって受けることのできる恩恵が相対的に小さいということを認識しておく必要がある。 ■効果と副反応を冷静に比較考量すべき 2021年4月5日時点で、人口100万人当たりの新型コロナウイルスの累積感染者数はアメリカの9.3万人に対して日本は0.4万人、人口100万人当たりの累積死亡者数はアメリカの1679人に対し、日本は73人である。累積感染者数、累積死亡者数ともにアメリカの約4%にすぎない。話を単純化するために、ワクチンの有効性と副反応を死亡率に限定して考えると、有効性が90%の場合、ワクチンによって救われる命はアメリカの1511人(1679×0.9)に対して、日本は66人(73×0.9)となる。(※スマホではグラフを画面を横にして見てください)

■対面型サービス業の苦境は続く
2021年1月に再発令された緊急事態宣言の影響は、2020年4~5月の緊急事態宣言時と異なり一部の分野にとどまった。日銀短観2021年3月調査では、輸出の増加を背景に製造業は大きく改善し、対面型サービス以外の非製造業も多くの業種で改善した。ところが、対面型サービス業 (運輸・郵便、宿泊・飲食サービス、対個人サービス)の景況感は悪化した。

また、法人企業統計の経常利益を見ると、2020年4~6月期に前年比マイナス46.6%と急速に落ち込んだ後、10~12月期には同マイナス0.7%まで減少幅が縮小した。対面型サービス業(運輸、宿泊、飲食サービス、生活関連サービス、娯楽)は大幅な減少が続いているが、製造業や対面型サービスを除く非製造業は前年比でプラスに転じている。
2020年4月の緊急事態宣言の影響で急速に落ち込んだ雇用者数はその後の持ち直しも緩やかにとどまっている。下押し要因となっているのは、やはり対面型サービス(運輸、宿泊・飲食サービス、生活関連サービス・娯楽)でそれ以外の業種では比較的順調に回復している。対面型サービスを除いた雇用者数はすでにコロナ前の水準に戻っている。

つまり、日本経済は全体としては新型コロナウイルスの打撃から立ち直りつつあるが、営業時間短縮要請や外出自粛などの影響を強く受ける対面型サービス業が完全に取り残されている。今後も、緊急事態宣言は解除されたものの、「まん延防止等重点措置」が適用されるなど、環境は依然として厳しい。
日本は諸外国に比べてワクチン接種が遅れており、接種が本格化すれば、外食、旅行などの対面型サービス消費が急回復するとの見方がある。だが、過度の期待は禁物だ。今回のワクチンは極めて短期間で開発されたため、有効性や副反応が未知数である。また、日本は欧米と比べて感染者数、死亡者数が圧倒的に少ないため、ワクチン接種によって受けることのできる恩恵が相対的に小さいということを認識しておく必要がある。
■効果と副反応を冷静に比較考量すべき
2021年4月5日時点で、人口100万人当たりの新型コロナウイルスの累積感染者数はアメリカの9.3万人に対して日本は0.4万人、人口100万人当たりの累積死亡者数はアメリカの1679人に対し、日本は73人である。累積感染者数、累積死亡者数ともにアメリカの約4%にすぎない。話を単純化するために、ワクチンの有効性と副反応を死亡率に限定して考えると、有効性が90%の場合、ワクチンによって救われる命はアメリカの1511人(1679×0.9)に対して、日本は66人(73×0.9)となる。(※スマホではグラフを画面を横にして見てください)

「自衛隊は便利屋にあらず」元陸自トップに聞く 災害派遣の流れと最近の課題

熊本地震から5年。いまでは毎年のように自衛隊が災害派遣で活動しています。しかし自衛隊が活動するためには法的な裏付けと出動までの定められたスキームがあります。元陸自トップに災害派遣の流れと課題について話を聞きました。
自衛隊の災害派遣は3種類
2021年4月14日は「熊本地震」の発災から5年の節目の年です。2016(平成28)年4月14日21時過ぎに熊本県東部を震源として起きた巨大地震は、その28時間後の4月16日1時過ぎにより大きな本震も発生し、最終的に死者273人、負傷者2809人という甚大な被害をもたらしました。
自衛隊は4月14日に最初の地震が起きた直後、初動対部隊「ファスト・フォース」を派遣するとともに、各種航空機を飛ばして情報収集を開始しています。一方で、4月14日21時26分に熊本県知事より、16日1時25分には大分県知事より、それぞれ陸上自衛他の地元部隊に対して人命救助に係る災害派遣要請が出されています。
自衛隊の災害派遣はどのように行われるのか、そのプロセスを元陸上幕僚長の火箱芳文(ひばこ よしふみ)さんに聞きました。
――火箱さんは第10師団長時代には能登半島地震(2007年3月)に、そして陸上幕僚長在任時には東日本大震災(2011年3月)と、過去さまざまな災害派遣に対処した経験をお持ちです。まず基本的なところで、自衛隊の「災害派遣」の法的根拠について教えてください。
自衛隊の災害派遣は「公共の秩序の維持」としての活動の一環であり、「災害により人命または財産に損害が及ぶ場合にこれらを保護する場合の自衛隊の応急的な救援活動」です。
自衛隊が災害派遣で動くにあたり根拠となる関係法令は「災害対策基本法」「大規模地震対策特別措置法」「原子力災害対策特別措置法」と、それを受けての「自衛隊法83条」です。そして派遣の種類には「災害派遣」「地震防災派遣」「原子力災害派遣」の3つある、これがポイントです。
ひとつ目の「災害派遣」は、自衛隊法第83条に基づくもので、都道府県知事などの要請を受け、防衛大臣またはその指定する者が部隊等を派遣する「要請による派遣」と要請を待ついとまがないことが認められる場合に部隊等を派遣する「自主派遣」があり、自然災害以外の急患輸送や行方不明者捜索、山林火災、渇水時の給水支援、そして医療支援なども含まれます。
対して、ふたつ目の「地震防災派遣」は自衛隊法第83条の2に基づくもので、これは内閣総理大臣からの要請を受け防衛大臣が部隊等を派遣するものになります。
そして3つ目の「原子力災害派遣」は、自衛隊法第83条の3に基づくもので、「地震防災派遣」と同じく内閣総理大臣の要請を受けて防衛大臣が部隊等を派遣するものです。
自衛隊が活動するための3原則とは
――では実際に自衛隊が災害で派遣されるには、どのような流れで出動に至るのでしょうか?
まず市区町村長などが、「要請権者」と呼ばれる都道府県知事や海上保安庁長官(ほかには管区海上保安本部長や空港事務所長)などに対して「自衛隊へ派遣要請を出してほしい」という要求を出します。
これを受け、今度は要請権者が「被要請権者」である防衛大臣またはその指定する者、すなわち陸上総隊司令官や方面総監、師団長などに派遣要請を行うことで、「要請があり、事態やむを得ないと認める場合」において防衛省・自衛隊は部隊を派遣することとなります。これが「要請に基づく派遣」であり、災害派遣の原則です。
なお「事態やむを得ないと認める場合」の基準は「公共性」「緊急性」「非代替性」の3つの原則から判断することになっています。
ただ、法律には要請を待ついとまがないと認められる場合も明記されています。そのときに用いられるのが「自主派遣」と呼ばれるものになります。これは、事態に照らし特に緊急を要し、「要請権者」からの連絡を待っていては時機を逸してしまうような場合、要請がなくても災害派遣を命ずることが可能な者が、例外的に部隊等を派遣できるものです。
また、このほかに自衛隊の駐屯地や基地などの近くで火災その他の災害が起きた際、部隊長等の一存で派遣・活動できるものとして「近傍派遣」というのもあります。これは、簡単にいえば“近所付き合い”に類するものといえるでしょう。
――その「公共性」「緊急性」「非代替性」の3つの原則について詳しく教えてもらえますでしょうか?
「公共性」とは、公共の秩序を維持するという観点において妥当性があるかどうか、ということです。「緊急性」とは、状況的に差し迫った必要性があるかということ、そして「非代替性」とは自衛隊の部隊を派遣する以外、ほかに適切な手段はないのか、ということです。
この3点は、すなわち「自衛隊でないと対処できない」のか否かという判断の基準になります。
なお、「緊急性」と「非代替性」の2点については、人命に関わるような場合は直ちに出動すべきですが、緊急性はあっても他で替えが利くような場合には要請権者の要請を安易に受けることは慎まなければならないと思います。
最近、豚コレラや鳥インフルエンザの殺処分などで自衛隊が便利屋の如く安易に派遣されているのは、元自衛官としてはあまり歓迎しません。
46都道府県398市町村に元自衛官が在籍
――そうした安易な自衛隊派遣を避けるためにも、地方自治体との連携は重要になると思いますが、自治体との連絡調整はどのような形で行われるのでしょうか?
ひとつの転機となったのは、1995(平成7)年1月の阪神淡路大震災です。のちに、このときの教訓を踏まえて派遣態勢の改善が図られました。具体的には災害派遣活動の円滑な実施のために必要な権限の付与、災害派遣に係る装備品の充実、地方自治体からの災害派遣要請手続きの円滑化、自主派遣に係る判断基準の規定、地方公共団体との連携強化がなされてきました。
また地方自治体と連携を強化する一環として、「退職自衛官等の地方公共団体防災関係部局への採用」も進められました。その結果、地方自治体の防災部局には2020年3月末時点で、46都道府県に102名、398市区町村に473名、合計575名の退職自衛官が危機管理監などとして在職しています。
これは、地方自治体との連携を強化するとともに、防災を始めとする危機管理への対処能力の向上につながることから大変意義あることです。
――自衛隊が災害派遣で動く意義について、火箱さんはどのようにお考えですか?
自衛隊は過去、大規模震災を始めとして、噴火(雲仙普賢岳や御嶽山など)や風水害(台風や豪雨など)、特殊災害(地下鉄サリン事件や福島第一原発事故など)など多くの災害派遣を実施してきました。またそれ以外にも急患輸送や海難救助、鳥インフルエンザなどへの対処、記憶に新しいところでは新型コロナの感染拡大に対する医療機関への要員派遣などもありました。
災害派遣は、「公共の秩序の維持」という観点で自衛隊が行う応急的な救援活動であり、隊員にとっては困っている地域の人たちを助け、郷土部隊の自衛官としての誇りと自信が芽生えるという、やりがいのある活動だと考えます。
一方、部隊長にとっては訓練では達成できない実オペレーションであり、それを通じて地域との信頼関係強化につながるという側面もあります。
――実際、東日本大震災以降、自衛隊の好感度は上がっています。内閣府の発表では自衛隊に対して良い印象を持つと答えた人は約9割とのことですが、自衛隊の災害派遣で課題はありますか?
繰り返しになりますが、やはり派遣要件である「公共性」「緊急性」「非代替性」のしっかりとした検討は必要と考えます。緊急性が最優先し非代替性の検討がなされないまま、地方自治体の要請に基づいて派遣に応じている場合もあるのでは、と心配しています。
要は「最後の砦」ではなく、「すべての砦」的発想で災害派遣に応じている傾向があると見受けられるのです。自衛隊は便利屋ではありません。あくまでも国家国民を防衛するための組織であり、災害派遣で部隊が拘束されることは必要不可欠な部隊訓練の練度が低下することに繋がり、ひいては防衛任務に支障が及ぶことになりかねないことを、多くの人に認識してもらいたいと思います。

「こいつ大丈夫かいな」窃盗の再犯で勘当された男性を引き受けると… “元受刑者支援プロジェクト”のリアル

全身に「ゾゾゾゾゾっ」と立った鳥肌… 妹を殺された過去を持つ男が“犯罪者支援”を始めた理由とは から続く
大切な妹を殺されたという壮絶な過去を持ちながらも、元受刑者を雇い入れ、就労支援を行う「職親プロジェクト」に携わり始めた草刈健太郎氏。彼が雇い入れる受刑者はどのような人物で、どのような働きをしているのだろうか。
同氏による著書『 お前の親になったる 被害者と加害者のドキュメント 』(小学館集英社プロダクション)を引用し、窃盗の再犯で逮捕されていた元受刑者のエピソードを紹介する。(全2回の2回目/ 前編 を読む)
◆◆◆
マツオタダアキ(仮名)は、『職親プロジェクト』3年目の春に社会復帰促進センターから引き受けた。面接した当時、彼はすでに20代の後半で、少年院ではなく、刑務所に入っていた。最初の印象は、「こいつ大丈夫かいな」だった。
自信のない「頑張ります」の返事
「犯罪者」と聞いてイメージするような、目つきがヤバい、顔色が悪いといった類のものではなく、声が弱々しく、なよなよして頼りなかったからだ。パッと見の印象は、地味なタイプ。いじめっ子ではなく、いじめられっ子といった感じだ。こんな男がなぜ刑務所にいるのか、頭に血がのぼり見境がなくなって罪を犯してしまったのだろうかなどと想像を巡らせていると、彼の口から出たのは、「窃盗」の二文字だった。理由は「金がなかったから」。何か深い事情があるのか、それともないのか? 面接の終わりに私が彼に言ったのは、「いまのお前を見ていると、仕事が務まるのか不安や」だった。マツオの自信のない「頑張ります」の返事で面接は終わった。
個人情報保護の問題で、刑務所からは、受刑者の罪状や生い立ちなどは何も教えてもらえない。事前知識もなしに、2時間の面接でわかり合おうなんて無理な話である。なんとかならないかとお願いすると、女性の刑務官が、彼の罪状や生い立ちを紙に書いて持ってきてくれた。その紙を受け取ろうと手を出したら、「これを渡したら、私はクビになってしまいます」と、口頭で読み上げてくれた。
マツオは、ごく一般的な家庭に生まれ育った。私が少年院や刑務所でよく聞いた、親が蒸発したとか、DVを受けていたなどといった、問題のある家庭に育ったわけではなく、特にグレていたというようなこともないようだ。高校卒業後、造船会社に就職し、同僚からパシリのように使われる。ストレスからか、たまたま友人に誘われたパチンコにハマり、次第に仕事そっちのけでパチンコばかりするようになる。朝9時から夕方5時まで毎日入り浸った。そんな生活を5年にわたり続けていた。
「ギャンブル依存症」なのでは?
やがてお金が底をつき、悪い友人にそそのかされて盗みに手を出すようになり、警察の御用となった。出所後も仕事を転々とし、結局、パチンコ→窃盗の流れは断ち切れず、二度目の御用。その際に、新聞で報道されたことで、彼の罪が地元で広く知られてしまい、平穏な生活を送りたい兄妹から拒否され、今回の出所では家族が身元引受人になってくれなかった。マツオは典型的な再犯パターンであり、このまま放っておけば、さらにエスカレートしていくのは、火を見るより明らかだった。
この生い立ちを聞いて、「ギャンブル依存症」という言葉が真っ先に私の頭に浮かんだ。たまたま1カ月ほど前に、『職親プロジェクト』の会合で、『ギャンブル依存症問題を考える会』の代表を務める田中紀子さんの講演を聞いたばかりだったからだ。
「依存症」には大きく分けて、「物質依存」と「プロセス依存」の2種類があるらしい。「物質依存」と聞けば、麻薬・覚せい剤などが思い浮かぶが、アルコール依存やタバコ依存もこれにあたる。「プロセス依存」は、ギャンブル依存、買い物依存、性依存などがあり、最近よく耳にする、ネット依存などもこれにあたる。「物質依存」は、本人も自覚していることが多いが、「プロセス依存」は、なかなか本人含め、周囲の人間も認知していることが少ない。ゆえに「治療」という発想になかなかたどり着かない。
マツオは、この「プロセス依存」にあたる「ギャンブル依存症」ではないかと、私は考えた。「プロセス依存」は本人が自覚していることが少ない。自覚することが克服への第一歩であることは知っているが、専門家でもない私が「お前はギャンブル依存症だ」と言えるわけもない。私は専門家に頼ることにした。
パチンコについて生き生きと話すマツオ
新大阪で出所したマツオと会った。
「どうや、外の空気は?」
「やっぱりおいしいです」
それからさまざまなことを話し、マツオに「お前、ギャンブル、パチンコやりたいか?」と聞くと、「やりたいです」と返ってきた。
5年前、朝から晩までパチンコをやってきたことを生き生きと話すマツオに、恐る恐る「この前、ギャンブル依存症のやつがいて、依存症の怖さと、その治療のやり方についての講演を聞いたんや。その講演をしていた人と話してみたいか?」と聞いた。すると、マツオは「話したい」と答えた。
あなたをギャンブル依存症と認定します
以前に『ギャンブル依存症問題を考える会』の田中さんと話をしたことがあった。田中さんは、ギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持ち、いまはその経験を活かして、依存症に苦しむ人たちの助けになろうと活動している。電話で相談したところ、「ぜひ一度直接マツオに会って話がしたい」と、わざわざ東京から来てくれることになった。マツオのほうも一度会ってみたいとのことだった。
田中さんが来て、マツオと食事をしながら話してもらった。私と会長も同席した。やはり、マツオはギャンブルが好きなんだろう。本当に楽しそうに話をする。田中さんとの話もものすごく盛り上がっていた。まったくギャンブルをしない私にしたら、パチンコやスロットの用語が出てきてもまったくチンプンカンプンだったが、マツオは、出会って初めて心から楽しんでいる表情をしていた。
話を聞いて、私もまた「依存症」に対する考えを改めることとなった。それまで自分なりに勉強はしていたが、それでも心のどこかでは、「依存症なんか大袈裟にゆうて。ほんまに止めたいんやったら、気合いと根性で止めれるやろ」という思いがあった。しかし、どうやらそうではないらしい。「依存症」はれっきとした病気であり、「治療」が必要なのだ。そもそも気合と根性で治るものに、病名はつかない。
田中さんが最後に「あなたをギャンブル依存症と認定します」と言ったら、マツオは「俺って、依存症だったんですか」と背中をイナバウアーのように反らして驚いた。ギャンブルから抜け出せない生活を5年も繰り返していたにもかかわらず、その自覚がなかったのである。
「ギャンブル依存症」から「ギャンブル恐怖症」へ
わずか2時間あまりの面談で、マツオは自分の問題と初めて向き合い、はっきりと自分が「ギャンブル依存症」だと自覚したのだった。
「プロセス依存は、自分が依存していると自覚することが、回復への第一歩」だと言われている。しかし、マツオの場合は、その第一歩がそのまま回復につながったようだ。彼はそもそも気が弱く、真面目な性格だ。田中さんに会いたいと思ったのも、パチンコを我慢する方法を教えてもらえると思ったからだった。「したい」という気持ちと「してはいけない」という気持ちの間で戦っていたのだ。それまでは「してはいけない」と必死に気持ちを抑え込んでいたが、「病気」だと診断されることによって、「したい」という気持ちに恐怖を感じるようになった。「してはいけない」が「するのが怖い」となった。「ギャンブル依存症」から「ギャンブル恐怖症」に変わったのだ。
就労して5年、いまは仕事の鬼
「ギャンブル依存症」を克服したマツオは、その真面目な性格で、仕事に熱心に取り組んだ。働き出してからは、無遅刻無欠勤。8カ月後には保護観察期間が無事に終了、その半年後には、日之出塗装工業の正社員として採用した。保護司からの「毎月5万円積み立てするように」という指示を忠実に守ったうえに、実家へも仕送りをしている。ほぼ勘当状態だった実家から、帰宅も許されたのだ。マツオのことを心配し、ひそかに出口さんに様子を聞いていた母親は、さぞかし喜んだことだろう。
まもなく就労して5年が過ぎようとしている。マツオはギャンブルをいっさいしていない。とはいえ、どうもマツオは一つのことに集中しすぎるタイプらしい。いまは「仕事依存症」になってしまった……と、冗談で言われるくらい、仕事の鬼みたいになっている。生活費以外、ほとんどお金を使わないので、貯金額がすごいことになっていた。その額を見て驚いた私が「仕事ばっかりじゃなくて、もっと遊べよ。気分転換も必要やで」と心配すると、「どうやって遊んだらいいかわかりません」という返事が返ってきた。「パチンコでもやったらええやん」とは、冗談でも言えなかった。
マツオは、現在、少年院内での職業訓練も手伝ってくれている。入院者の前で塗装を実演して見せたり、少年たちを熱心に手ほどきする様子を見て、彼も『職親プロジェクト』を支える一人になったような気がした。
「ギャンブル依存症」の得体の知れない怖さ
これまで紹介したように、マツオの性格は非常に真面目である。そしてやさしく、気が弱いところがある。決して犯罪をするようなタイプではない。それでも罪を犯し刑務所に入った。二度も。私はマツオの勤勉な姿を見るたびに「ギャンブル依存症」の得体の知れない怖さを感じる。「ギャンブル」がしたいがために、人のものを盗む。押し寄せる欲望と、お金がないという現実に勝てず、犯罪に手を染めてしまう。
この「依存症」という病気は、一般的に理解や関心が低く、認知されていない。以前、私が考えていたように、「意志が弱いからだ」「気合いと根性で治る」なんて言葉で、片付けられてしまいがちだ。しかし、本人も、その周囲の人々も、病気のことをきちんと知り、「病気」として「治療」を施せば、必ず回復する。再犯どころか、初犯を起こさせないで済む。逆に言えば、「治療」という根本的解決をしない限り、再犯を繰り返し、やがて凶悪犯罪につながっていくのだ。
元受刑者を預かる職長に特別手当を
マツオを受け入れた頃から、私は、元受刑者を預かる職長に特別手当を出すようにした。『職親プロジェクト』はそもそも私の独断で参加を決めた。最初は「軽い気持ち」だったことから、ろくに社員に説明もしていなかったのだ。だから、なかなか現場の理解も得られなかった。もちろん、職長に無理やり預けるわけではなく、ちゃんと話し合い、理解を得てはいたが、それでも日々、一緒に過ごしていれば不満や苦労が積もっていくことだろう。それに、職長がいくら頑張ってくれても、彼らが逃げ出したり、相性が合わずにドロップアウトしたりしてしまうと、それがどんなに仕方のない理由であっても、職長の心が折れてしまう。そこで、元受刑者を引き受けてくれた職長には特別手当を出し、完全に「仕事化」することにした。
マツオは熊谷(くまがい)職長に預けた。彼は、マツオの面倒をしっかりと見てくれた。マツオが朝が弱いと聞いて、毎朝迎えに行った。仕事中も気にかけてくれ、マツオをしっかりと育ててくれた。また、真面目なマツオもそれにしっかりと応えた。出所時には刑務官に「2週間も持たないと思います」と言われたマツオが、無遅刻無欠勤で働き続け、正社員にまでなれたのは、熊谷職長の支えがあったからだ。のちにマツオは「熊谷職長じゃなかったら、僕は続いていなかったと思います」と言っていた。
そうしてマツオは、熊谷職長からの愛情に応えるように、一生懸命頑張り、めきめきと力をつけた。そして、熊谷職長が率いる班は、大幅に業績をアップさせた。我が社では、業績アップに対して報奨金を出し、班に還元することにしている。熊谷班は、見事、報奨金を得た。マツオが戦力になることで、班のメンバー全員が潤ったのだ。
この成功例は、職長ら社員たちの『職親プロジェクト』に対する考え方や取り組む姿勢を変えた。それまでは、「やっかいごとを押し付けられる」と考える職長もいただろう。しかし、いまは手当も出る。しっかり育てれば、大きな戦力になる。
「ダメでもともと、しかし成功すれば大きなリターンが得られる」という考えが一気に広がった。「社長、俺に任せてくれたら面倒見ますよ」と自分から名乗り出てくれる職長も出てきた。ちょうどヤマモトも、現場で戦力になりつつある頃だった。
マツオがいい流れを作ってくれた。
【前編を読む】全身に「ゾゾゾゾゾっ」と立った鳥肌… 妹を殺された過去を持つ男が“犯罪者支援”を始めた理由とは
(草刈 健太郎)

全身に「ゾゾゾゾゾっ」と立った鳥肌… 妹を殺された過去を持つ男が“犯罪者支援”を始めた理由とは

元受刑者を雇い入れ、就労支援を行う「職親プロジェクト」に携わることになった草刈健太郎氏。彼には大切な妹を殺されたという悲しい過去があった。社会復帰の手助けとはいえ、元受刑者を前に冷静な気持ちでいられるのか、あの地獄のような日々を思い出し、再び犯罪者への憎悪に支配されてしまうのか……。
ここでは、同氏が「職親プロジェクト」を通じて得た経験、そして活動を通じての葛藤をまとめた著書『 お前の親になったる 被害者と加害者のドキュメント 』(小学館集英社プロダクション)を引用。初めて犯罪者と対峙した瞬間の思いを紹介する。(全2回の1回目/ 後編 を読む)
◆◆◆
中井さんが私を誘い入れた『職親プロジェクト』は、もともと「日本財団」の企画だった。日本財団とは、自らがソーシャルイノベーションのハブとなり、「みんながみんなを支える社会」の実現を目指している公益財団法人だ。競艇の収益金をもとに、子ども支援、障害者支援、災害復興支援などを行っている。
少年院の出院者、刑務所の出所者がまた罪を犯してしまう「再犯率」が上昇傾向にあるため、日本財団は2010年頃から、元受刑者の就労支援を新たな事業にできないか検討を始めていた。そこで、元受刑者を雇用して更生につなげた実績のある、「千房」の中井さんに協力を仰いだ。そのことが発端となり、中井さんを発起人として『職親プロジェクト』が立ち上がったのだ。
中井さんが、知り合いの経営者数人に声をかけようとなったときに、幸か不幸か私の名前が真っ先に浮かんだという。
再犯を防止することが犯罪全体を減らすカギ
草刈家の教えとJC(編集部注:日本青年会議所)での教えをミックスして得た私の信条は「よいと思ったことを頼まれたら、『ハイ! 喜んで!』と受ける」である。この信条でやってきたからこそ、多くの人と強いつながりを持つことができたと思っている。そんな私の口から、中井さんへ「できません」なんて言葉は、出せなかった。
『職親プロジェクト』の参加企業が集まって、何度か会合が開かれた。立ち上げ当初の2012年、法務省の『犯罪白書』によると、1年間の刑法犯の検挙人数は約28万7000人。うち再犯者数は約13万人。検挙人数全体の45%を占めている。つまり、いまの日本では再犯を防止することが犯罪全体を減らす大きなカギとなる。この取り組みは、社会貢献として意義のあることだと思った。そう思いはしたが、やはり「加害者支援」という言葉には、どこか釈然としないものがつきまとっていた。
人手不足の解消にもなるし、社会貢献にもなるし、ビジネスチャンスにつながるかも、というポジティブな言い訳を用意して、“とりあえず”参加することにした。
中井さんの電話から約3カ月後の2013年2月28日、『職親プロジェクト』は、中井さん、私の他、「串かつ だるま」(株式会社一門会[いちもんかい])、焼き肉「但馬屋(たじまや)」(株式会社牛心[ぎゅうしん])など計7社と日本財団が協定書を交わすという形で正式に始まった。5年間で100人の社会復帰を支援する目標を掲げた。大阪市内のホテルで行った調印式には、マスコミ関係者も来てテレビや新聞で報道され、当時の谷垣禎一(たにがきさだかず)法務大臣は「法務省としても積極的に協力する」との見解を表明した。『職親プロジェクト』が大々的に注目され、私は、「こんな派手にやられてもうたら、辞めにくいやないか。しっかりとした理由考えな」などと、「いかに後腐れなく辞めるか」ばかり考えていた。
調印式の翌週、プロジェクトのメンバーは、山口県美祢(みね)市にある「美祢社会復帰促進センター」を訪ねた。ここは、刑務所に入るのが初めての、いわゆる「初犯」の受刑者が服役している。『職親プロジェクト』は、こうした刑の軽い受刑者を収容する刑務所や少年院で、募集、採用することにしていた。初犯の受刑者や少年院の入院者は刑事政策の世界では「犯罪傾向が進んでいない」という言い方をする。要するに、まだ凶悪犯とか極悪人とか言われるようなワルのレベルにはなっていないので、更生の余地が大きいということだ。
暗いイメージとはほど遠い小綺麗な施設
行ってみて驚いたのは「刑務所」という暗いイメージとはほど遠い小綺麗な施設だったことだ。居室スペースはいわゆる雑居房ではなく個室。机にベッドにテレビまである。このセンターは「コンクリート塀や鉄格子のない刑事施設」というコンセプトで建てられており、受刑者の生活を一般社会と近い環境にしているのだ。
昼間は職業訓練を兼ねた労働をしている。民間企業と違ってブラック残業などないし、やることも基本的な単純作業で、かつ安全は確保されている。贅沢ではないものの栄養バランスのとれた食事が1日3回、必ず提供される。私たちが見学に訪れた際も、マスクの着用が指示された。理由は「風邪の菌を持ち込まないように」だ。
自由こそないが、反対に飢え死にや、凍死、熱中症の心配もないし、残業による過労死リスクもない。こんな快適な生活が保障されていたら、刑期を終えて出所しても
「もう二度と刑務所に入りたくない」という心境になるわけがない。
「えらいええ生活してるやないか」「こんな楽な生活をしていて、職業訓練なんか、真剣にやるか?」「なぜ刑務所で罰を与えて更生させないんや。本末転倒やないか」、これが私の抱いた率直な感想だ。
再認識させられた心の大きな傷
どうしても妹を殺したチェイス(編集部注:筆者の妹福子さんを殺害した男性。現在はアメリカで服役している)と、目の前で労働している受刑者たちが重なってしまう。あいつも、こんな感じで日々の生活を送っているのだろうか。私は心底腹が立ってきた。この受刑者たちは知っているのだろうか? 自分たちが生み出した被害者とその家族たちが、心の傷に苦しみながら生活していることを。
一方、被害者たちは知っているのだろうか? 自分を苦しめる元凶である犯罪者たちが、こんな恵まれた環境で生活していることを。
私はトイレで悔し涙を流した。そして、妹の事件が、いまだに私の心に大きな傷として残っていることを再認識した。
本意だろうが、不本意だろうがプロジェクトに名を連ねている以上、少年院や刑務所見学会には参加しないといけないし、面接、採用、その後の働く場や住む家の段取りなどを整えておかないといけない。
所内を一通り見て回ったあと、講堂にて受刑者への会社説明会が行われた。各参加企業が、会社や業務内容を説明し、受刑者からの質問に答えた。その後、各自が自社の仕事を希望した受刑者と面接を行うという流れになっていた。ちなみに、この面接で条件が合えば内定を出し、出所後、会社で用意した部屋に住まわせ、まずは契約社員として働いてもらうことになる。
私の経営するカンサイ建装工業の場合、建設管理の業態なので、一級建築士などの資格が必要となる。一方、塗装会社の日之出塗装工業であれば、資格は必要なく、「O・J・T(オンザジョブトレーニング)」で働きながら職人の技術を身につける業態なので、こちらのほうが何かと都合がいいと考え、日之出塗装工業で採用することにしていた。
犯罪者と初めて対峙
ここで私が面接したのは二人。考えてみると、犯罪者と対峙して話すのは初めてだ。このときは、テレビの取材カメラが入っていたので、平静を装ってはいたが、実は心中穏やかではなかった。どんなやつが来るのだろう……。
面接した印象としては、二人とも覇気がない。なんというか、エネルギーというか、パワフルさを感じなかった。出所して働き出すまでまだ間があるが、大丈夫だろうか。働き出しても、すぐに音(ね)を上げてしまうのではないか。そんなことを思った。刑務所にいるやつなんて、みんな目つきの悪いギラギラしたやつばっかりだろうと思っていたので、拍子抜けだ。
そんなことを、『職親プロジェクト』の仲間たちと話していると、みんな同じような印象を持ったらしい。そこで、以前から就労支援をしている中井さんや日本財団のスタッフ、施設の人などと話していると、いまの時代の受刑者たちの姿が見えてきた。
「心が子どものまま」の受刑者
「心が育っていない」
『職親プロジェクト』に関わった人間の多くが元受刑者に対して抱く印象だ。しかし、そのときはまだこの言葉の本当の意味が、私にはピンときていなかった。社会環境の変化によって、核家族が増え、社会とのつながりが希薄となったいま、問題のある家庭で育った子どもの多くが、見た目は成長していても、「心が子どものまま」だというのだ。おそらく、そんな状態のまま、罪を犯し、保護施設に隔離されているので、「社会に出て自立しよう!」「世間を見返してやる!」「いまに見てろ!」なんて気概も湧いてこないのだろう。
その後、少年院の加古川学園で一人と面接をし、採用することにした。それから、先に美祢で面接をした二人にも合格を伝えた。ちなみに、今回採用を決定した3人には、ともに刑務所から出たあとの身元引受人がいなかった。誰も身元引受人になってくれないということは、社会的に孤立した状態にあることを意味する。親兄弟がいなかったり、いても絶縁状態だったりする。こうしたケースでは、私たち『職親プロジェクト』のメンバーが身元引受人になって、雇用するのだ。
“犯罪者”のためではない
私は、「働きたい」と希望してきたやつらは、更生したい気持ちがあるから希望しているのだろうから、仕事と住む部屋さえ与えれば、あとは勝手に更生するだろうと考えていた。その「心が育ってない」という問題も、働く中で自然に育つだろう。とにかく、周りに迷惑をかけずに真面目に働いてくれさえすればいい。いや、極端な話、こちらに損害が出なければいい。私はそう考えて、希望してきた受刑者は、形だけの面接はするが、原則全員雇ってやろうと考えていた。
このプロジェクトは、社会貢献にもなるし、人手不足解消にもつながる。頑張って働いてくれさえすれば、“犯罪者”でも関係ない。今回、内定を出したのは、会社のため、社会のためであり、“犯罪者”のためではない、それに、何人か雇っておけば、その後、『職親プロジェクト』からも身を引きやすくなるだろう。断じて「犯罪者の支援」なんかじゃないんだ、という言い訳を、自分に対してしていた。ただ私は、性分から、この言い訳だらけの中途半端な状態に、居心地の悪さも感じてもいた。
2013年8月のことだった。大阪市内のホテルで『職親プロジェクト』の2カ月に一度の会合が終わったあと、喫茶店でメンバーとお茶を飲んでいた。私は少し前からテレビ局の取材を受けていて、この日はその番組の放送日だった。私たちは携帯電話のワンセグを使って放送を観た。
番組では裁判の映像が流れ、『職親プロジェクト』の加害者支援に、被害者遺族でありながら参加しているということが、大きく取り上げられていた。ロサンゼルスで妹が夫に殺されたこと、裁判で大変な苦労をして有罪を勝ち取ったこと、そしていまは『職親プロジェクト』に参加して元受刑者らの就労支援活動をしていることがまとめられていた。
全身にゾゾゾゾゾっと鳥肌が…
すると、一緒に放送を見ていた中井さんが、驚いたように目を丸くしながら、ポツリと言った。
「……草刈君、そんなことがあったんか!」
「え? 中井さん、知らんかったんですか?」
「ごめん。まったく知らんかった……」
妹の事件は、友人・知人はみんな知っていた。だから、当然、中井さんも知っていると思っていた。ところが、中井さんは知らなかったらしい。知らずに私を『職親プロジェクト』に誘ったのだ。
「知らなかったとはいえ、ごめんな。受刑者と話したり刑務所を訪問したりなんか、辛かったんちゃうか? 無理にお願いしたから、断れんかったんちゃうか?」
全身にゾゾゾゾゾっと鳥肌が立った。
もしかして中井社長が事件のことを知っていたら、俺は『職親プロジェクト』に誘われてなかったんちゃうか? 犯罪者について、何も知らないまま、ただ憎む対象としてしか考えずにいたんとちゃうか? 「被害者を救う方法」ばっかり考えて、「被害者を減らす方法」なんて、考えもせんかったんちゃうか?
平和に日常生活を送っている誰かを「守る」
偶然と偶然が重なって、つながりがつながりを生んで、気づけば、被害者遺族である自分が、加害者を支援する立場に立っている。被害者のことだけではなく、加害者についても考えている。なんや、この巡り合わせは? なんでや? と、考えたとき、また一つの考えが頭をよぎった。
「福子が導いたんちゃうか? 福子が、やれ!って言ってるんとちゃうか?」
カンボジア、東日本大震災のことが頭の中を走馬灯(そうまとう)のように巡り、うまく説明できないが、何か果てしない、「命のつながり」を感じた。そしてこのときもまた、近くに福子の存在を感じた。福子の「私のような被害者を一人でも減らすように頑張って」というメッセージなのか。
私は思い出す。福子が殺されて、「なぜ、守ってやれなかったのか」と悔やんだ日々を。そう、私は知っている。残された人たちが、「なぜ、守れなかったのか」という辛い後悔に囚われることを。
“犯罪者”を更生させて、再犯を防止する。凶悪事件が起こる前に、悲劇を未然に防ぐ。少なくとも、可能性を少しでも減らす。平和に日常生活を送っている誰かを「守る」。それが私の「使命」、いや、「担い」なのだ!
私の心は決まった。
【続きを読む】「こいつ大丈夫かいな」窃盗の再犯で勘当された男性を引き受けると… “元受刑者支援プロジェクト”のリアル
「こいつ大丈夫かいな」窃盗の再犯で勘当された男性を引き受けると… “元受刑者支援プロジェクト”のリアル へ続く
(草刈 健太郎)

小池百合子都知事、2月以来729人感染に「通勤も含め東京来ないで」

小池百合子東京都知事(68)は15日、新型コロナウイルスの感染状況を分析する都のモニタリング会議後に会見し、感染拡大防止のために「通勤も含め、東京に来ないで」と訴えた。
この日、東京の新規感染者は2月4日以来の700人台となる729人を確認。都の直近7日間を平均した1日当たりの感染者数は前週比120%前後の増加傾向で連日推移している。この日の会議では、感染力が強いとされる変異株の割合が今月4日時点で前週比の約5倍に増えたとする調査結果が発表された。
小池氏は、都内を出入りする首都圏の人流が1日約300万人と指摘した上で「今は通勤も含め、エッセンシャルワーカー以外はどうしても出勤が必要な方以外は可能な限り東京に来ないでいただきたい」と述べた。千葉、埼玉、神奈川の3県の知事には直接連絡を取り、連携を取りたいと伝えたという。
同時に、都民に対しては都県境を越える外出の自粛や変異株が多く見つかっている大都市圏との往来を控えること、ゴールデンウィーク中の旅行の延期、中止を要請。「ワクチンが来るまでの時間を稼ぐために、行動変容のご協力をお願いしたい」と声を大にした。

【独自】SNSで精子取引が急増…不妊夫婦ら利用、規制なく無法状態

SNSを通じ、個人間で精子がやりとりされている。不妊に悩む夫婦や同性カップルらが、人工授精に使うためだ。人工授精を規制する法律はなく、日本産科婦人科学会の指針に沿って特定の医療機関で不妊治療として行われてきた。ただ、個人間で精子が取引される事態は想定されておらず、専門家からは「何らかの法整備が必要」との指摘が出ている。(川崎陽子)
「費用なし、秘密厳守で個人情報のやりとりはありません」――。ツイッターには「#精子提供」「#精子ドナー」などのハッシュタグ(検索ワード)が付いたアカウントが300件以上並び、こんな投稿があふれている。ここ数年で急激に増えた。
東日本に住む会社員女性(31)は、SNSを通じて精子提供を受け、最近女児を出産した。
結婚して間もなく、夫が無精子症で子どもができないと分かった。医師からは、「第三者の精子で行う人工授精(AID)」や養子縁組を提案された。夫は、生まれてくる子が妻とだけでも血がつながっていることを望み、AID治療を決心した。
だが、医療機関の順番待ちは1年。「妊娠は時間との闘い」と、並行してSNSで提供者(ドナー)を探した。昨春、コロナ禍で待っていたAID治療が無期延期となったため、SNSで提供を受けることにした。
血液型が夫と同じの男性1人と数回面会。感染症の検査結果を見せてくれるなど、信頼できる人となりで決めた。男性の名前は今も知らない。女性は「将来娘に明かすべきか、葛藤はある。でも精子をもらったおかげで、この子に会えた」と話した。
医療機関では長年、AID治療で使う精子は医学生らから匿名で提供を受けてきた。しかし近年、生まれた子が出生の経緯や遺伝上の親を知る権利が注目され始めたため、匿名性が保てずにトラブルになる懸念があるとして、提供者が減少。治療を休止する医療機関が相次ぐ。海外のような精子バンクも国内にはない。
一方、晩婚化などを背景に、AID以外を含む不妊治療や検査を受ける夫婦は年々増加。5・5組に1組に上り、不妊の半分は男性側に問題があるとされる。また、子を望む同性カップルや、結婚せずに子を産み育てる「選択的シングルマザー」もおり、提供精子への需要は高まっている。
その隙間を埋めているのが、SNSなどネットを通じた個人間取引だ。ボランティア感覚で提供を呼びかけ、受け取るのは交通費などの実費のみというドナーも少なくない。
100人以上に精子を提供したという東京都の会社経営男性(30歳代)は、「頼まれるので、子を持つ手伝いだと思って続けてきた」と語る。受ける側にとっては、AID治療より安上がりで待ち時間も少ないなどハードルは低い。

「虚偽」情報で訴訟例

リスクもある。AID治療では、精子を一度凍結保存してエイズなどの感染症を調べるが、個人間取引ではほぼ不可能だ。提供時に性行為を

執拗
( しつよう ) に求めるドナーもいるという。
また、学歴などドナー情報の真偽は確かめようがなく、実際、「関西の国立大卒」とされたドナーの精子で出産後、国籍や学歴が虚偽だったとして訴訟になった例もある。
国会では昨年12月、人工授精などで生まれた子の親子関係を明確にする民法の特例法が成立。その付則で、2年をめどに精子提供のあり方などを検討し、必要な措置を講じるとした。
入沢仁美・順天堂大助教(生命倫理)は「不妊に悩む人たちはわらをもつかむ思いでドナーを探している。ただ、今のような無法状態は問題だ。認知や相続に関するトラブルを避けるためには、『ドナーは法的な親ではない』と担保する法律も必要だ」と指摘している。
◆AID(artificial insemination with donor’s semen)=国内では1948年に慶応大病院で始まり、これまでに1万人以上の子が生まれたとされる。学会の指針は法的に結婚した夫婦にのみ認め、全国12医療機関を実施施設に登録。2018年の治療実績は3380件だが、多数を占めてきた慶大病院が同年、新規の受け付けを休止し、現在実施しているのは5施設前後。

10億円横領で懲役10年判決 「1300回着服し悪質」

名古屋市の自動車用品卸売会社の預金約10億5千万円を着服したとして、業務上横領罪に問われた元経理担当古井寿志被告(43)に、名古屋地裁は15日、懲役10年(求刑懲役12年)の判決を言い渡した。
板津正道裁判長は判決理由で「被害額が極めて巨額で、約6年間にわたり約1300回着服し悪質だ」と非難。被告は約117万円を会社に弁償したが、「被害の回復には遠く及ばず、売り上げが年間60億円前後の会社に与えた影響は大きい」と述べた。
板津裁判長は「損をしても会社資金でギャンブルを続け、得た金を会社のために用いていない」とした。

人とサルの細胞混在「キメラ胚」を長期培養…生命倫理の面で懸念の声

サルの受精卵に人のiPS細胞(人工多能性幹細胞)を加え、受精後19日目まで培養することに成功したと、米中の研究チームが16日、米科学誌セルで発表した。人とサルの細胞が混在する「キメラ胚」を長期間成長させたのは初めてという。人間の尊厳を巡って議論が起こる可能性がある。
実験したのは、米ソーク研究所や中国昆明理工大などのチーム。受精後6日目の胚盤胞と呼ばれる段階になったサルの受精卵に、人のiPS細胞を加え、キメラ胚132個を作製した。胚は13日目まで約半数が生存したが、その後急速に死滅し、19日目では3個に減った。
チームは、研究の目的として、将来移植用の臓器などを動物で作らせるための基礎研究を挙げている。これまで、ブタやネズミと人の細胞を使ったキメラ胚の作製研究が行われている。今回の実験は、米中両国で倫理委員会の承認などを得たうえで行ったとしている。作製したキメラ胚は、子宮には移植していない。
人とサルのキメラ胚が作製されたことに、日本の研究者からは、生命倫理の面で懸念の声が上がっている。
日本でも、移植用臓器の確保を目的に、人とブタなどのキメラ胚の作製研究が行われている。しかし、長嶋比呂志・明治大専任教授(発生工学)は「人に近く、倫理面などで問題が大きいサルを使うのは禁じ手ではないか」と疑問を呈する。
中内

啓光
( ひろみつ ) ・東京大特任教授(幹細胞生物学)も「動物同士を使った研究を経るなど段階的に行うべきだ。生命科学研究に逆風が吹かないか心配だ」と語る。
人とサルのキメラ胚を作製する基礎研究は文部科学省の指針で容認されているが、沢井努・京都大特定助教(生命倫理学)は「どういう基準で認められるのか不明確で、議論自体が足りていない」と指摘する。

岩国爆音訴訟、7億3540万円の賠償確定 住民側の上告棄却

米軍と海上自衛隊が共同使用する岩国基地(山口県岩国市)の周辺住民ら約650人が、国に米軍機と自衛隊機の飛行差し止めや騒音被害への損害賠償を求めた訴訟の上告審で、最高裁第3小法廷(林道晴裁判長)は13日付で住民側の上告を棄却する決定を出した。過去の騒音被害への賠償責任のみを認め、国に計約7億3540万円を支払うよう命じた2審・広島高裁判決が確定した。
裁判官4人全員一致の意見。米軍や自衛隊機の騒音訴訟では、飛行差し止めや将来の騒音被害への賠償責任は認めない司法判断が続いている。
原告は、航空機の騒音基準「うるささ指数」(W値)が我慢の限度とされる75以上の地域の住民や元住民。2015年10月の1審・山口地裁岩国支部判決は、W値75以上の地域を4区分し、住民1人当たり月4000~1万6000円の賠償基準を示した。ただ、1キロ沖合に移設した新滑走路の運用が10年5月に始まったことで騒音が緩和されたとし、一部を基準から減額して計約5億5800万円の賠償を国に命じた。
高裁は19年10月、地域の区分を五つに増やし、W値95以上の地域の賠償基準を1審より4000円増額するなどしていた。【近松仁太郎】

「たたき上げ」「甘党」…共通点多いヨシとジョー、首脳会談へ

米ワシントンで16日に行われる菅首相(72)とバイデン米大統領(78)の会談では、首脳間の個人的な信頼関係を築けるかどうかも焦点の一つだ。ともに世襲政治家ではないたたき上げで、政権中枢でトップを支えた経験など、共通点も多い。
首相とバイデン氏は年齢も近く、それぞれ地方政界で政治家として歩み始めた。秋田出身の首相は、国会議員秘書を経て1987年に横浜市議に初当選した。バイデン氏は、弁護士を経て70年に東部デラウェア州ニューキャッスル郡議会議員選挙で初当選している。
自身より若いトップを支えた点も同じだ。首相は約7年8か月続いた第2次安倍政権で官房長官を務めた。バイデン氏も2009~17年に、オバマ大統領の下で副大統領の地位にあった。首脳の近くで実績を重ねた経歴は、実務者が議論を積み上げる「ボトムアップ型」の政治手法につながっていると見る向きも多い。
甘党の点も似通う。首相はパンケーキや大福を好み、バイデン氏はアイスクリームに目がない。酒、たばこをたしなまない主義も共通している。
首相とバイデン氏は、これまで2回の電話会談を行ったほか、3月にオンライン形式で開かれた日米豪印4か国首脳会談にも参加した。首相が1月の電話会談で提案して以降、互いに「ヨシ」「ジョー」と呼び合う。対面を前に、日本政府関係者は「電話などでのやり取りはかみ合っており、相性は良いのではないか」と指摘する。
安倍前首相はトランプ前大統領と蜜月関係を築き、日米関係を強化した。首相は6日のBS日テレの番組で「会談を通じて個人的な関係をまず構築していきたい」と意気込みを語っており、両首脳がいかに距離を縮められるか注目される。