表参道で当て逃げされたタクシーがビルに突っ込む

東京都港区の表参道交差点で、乗用車に衝突されたタクシーがビルに突っ込みました。タクシーに乗っていた運転手と客が軽いけがをしました。
【映像】衝突で激しく破損したタクシー
午前4時まえ、港区の表参道交差点で乗用車に衝突されたタクシーが交差点横のビルに突っ込みました。
警視庁によりますと、国道246号線を渋谷方面に向けて直進していた4人乗りの乗用車が交差点内でタクシーにぶつかり走り去ったということです。
乗用車に衝突されたタクシーは止まり切れずビルに突っ込んだとみられていて、タクシーの運転手と客1人が軽いけがをしました。
乗用車の運転手は少し離れた場所でみずから110番通報し、調べに対して「眠かった」などと話しているということです。
警視庁は事故の詳しい経緯を調べています。(ANNニュース)

核廃絶や平和、一日も早く=「人間の鎖」や灯籠流し―長崎

原爆投下から81年を迎えた9日、長崎市松山町の爆心地公園や周辺では、犠牲者の冥福を祈る人々の姿が見られた。一人ひとりが一日も早い核兵器廃絶を願い、平和な世界の実現を求めた。
早朝、核兵器廃絶を目指して署名活動に取り組む高校生平和大使らによる集会が開かれた。約100人が原爆落下中心地碑の周りで手を取り合って「人間の鎖」をつくり、核兵器のない世界の実現を願った。
参加者を代表し、高校3年中山実央梨さん(17)が「二度と戦争が起こってほしくないという切実な思いをしっかりと受け止め、次へ語りつないでいく責任がある」と宣言した。
集会に参加した被爆4世の高校2年中尾絢音さん(16)は「81年前の惨禍を二度と繰り返してはならないという発信をしていきたい」と語った。
祖母が爆心地から3.5キロで被爆し、現在平和教育を研究しているという大学院生の山西咲和さん(25)は「どうして戦争を学ぶのか、どうやったら平和をつくることができるのか考えられるような平和教育をつくっていきたい」と話した。
9日夜には、犠牲者を悼む「万灯流し」が行われた。市内の小中学生らが「愛と平和」などと側面に記したおよそ1000個の灯籠に明かりをともし、爆心地公園周辺の川沿いに設置したり、川に流したりした。
万灯流しに参加した被爆2世の本田美津子さん(58)は「子どもたちの未来のためにも、平和を守っていかないといけない。そんな願いを込めて灯籠を流した」と話していた。 [時事通信社]

NHK中継映像が再び高市首相の表情をとらえる 長崎平和祈念式典で鈴木市長の「平和宣言」時に

長崎は9日、米国の原爆投下から81年の「原爆の日」を迎え、市内の平和公園で長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が開かれた。その様子は、NHKで生中継された。
鈴木史朗市長が「平和宣言」を読み上げる中、6日に広島で行われた原爆死没者慰霊式・平和祈念式と同様に、市長の訴えを聴く高市早苗首相の横顔を、カメラ映像がフォーカスしてとらえる場面があった。
鈴木市長は「平和宣言」の中で、世界各国の指導者や、核保有国などの指導者に向けたメッセージを読み上げた後、日本政府へのメッセージを口にした。NHKの中継映像が高市首相の表情をとらえたのは、その場面だった。
鈴木市長は、「とりわけ日本政府は、今年初めて開催される核兵器禁止条約再検討会議に参加し、唯一の戦争被爆国としての歴史的使命を全うすべきです。不戦の決意が込められた日本国憲法の平和の理念と非核三原則を堅持し、国際社会の緊張緩和と軍縮に向けた外交を強化してください。北東アジア非核兵器地帯の実現などを通じて、核兵器に頼らない安全保障政策への転換を求めます」と述べ、「持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核三原則の堅持を訴える内容にも触れた。「さらに、平均年齢が86歳を超えた被爆者への援護の充実と、いまだ被爆者と認められていない被爆体験者の一刻も早い救済を強く要請します」とも訴えた。
中継映像では、高市首相は真剣な表情で、鈴木市長の訴えを聴いていた。
一方、その後、来賓としてあいさつした高市首相は、「81年前の長崎と広島の惨禍を決して繰り返させてはなりません」とした上で、「我が国は、非核三原則を堅持しており、『長崎を最後の被爆地に』という誓いのもと、唯一の戦争被爆国の使命として、核兵器のない世界の実現に向けた現実的かつ実践的な取り組みを推進しています」と言及。広島でのあいさつと同様に、「非核三原則」の堅持については、現状の説明をするにとどめた。
中継映像は、高市首相のほかに各国の出席者の表情もとらえた。鈴木市長は、「長崎を最後の被爆地に」と語気を強め、「この誓いを永遠の事実とするために、長崎は世界中の平和を求める人々と連帯し、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて、決してあきらめず歩み続けていくことをここに宣言します」と、訴えた。

長崎被爆者「原爆ない世界に」 日本が核廃絶主導を、鎮魂の祈り

灰色の雲が空に広がった長崎市中心部では9日、被爆者や遺族らが81年前に思いをはせて手を合わせ、鎮魂の祈りをささげた。「原爆のない世界に」。市民らは核を巡る世界情勢に危機感を強め、日本政府に核兵器廃絶に向けて主導的役割を果たすように求めた。
平和公園には犠牲者を悼む人たちが次々と訪れた。胎内被爆した長崎市の石丸一三さん(80)は、被爆体験を口にしてこなかった母が亡くなる前「恐ろしかった」とつぶやいたのが印象に残っている。「原爆はむごい。若者に思いを託したい」と静かに手を合わせた。
初めて平和公園の式典に参加した長崎県立大1年林原舜之介さん(18)は被爆した曽祖母の身体に残るやけどのような傷が記憶に残る。「自分のような世代が受け継いで、つなげていかないといけない」と語った。
浦上天主堂(浦上教会)で早朝開かれたミサには約250人が参加し、追悼した。
爆心地公園に来た長崎市の中間清孝さん(86)は「日本は唯一の被爆国として、核兵器禁止条約に参加すべきだ」と訴えた。

シカ食害でヒマワリ180万本ほぼ全滅、恒例の「高原まつり」中止…近くのコスモス畑でも食い荒らされる

福島県郡山市湖南町の「郡山布引風の高原」で23日に予定されていた恒例イベント「布引風の高原まつり」が中止になった。イベントのシンボルである約180万本のヒマワリが、シカによる食害でほぼ全滅したためだ。7日、地元商工会などでつくる実行委員会が発表した。関係者らは「地元農家と協力して準備を進めてきたのに、本当に残念」と肩を落としている。
ヒマワリは標高約1000メートルの位置にある約9ヘクタールの畑に、市から委託を受けた地元生産者が育てていた。高原から猪苗代湖を見渡せる眺望の良さが売りで、観光客は年々増加。昨年は見頃を迎えた8~9月に5万9420人が訪れた。
湖南町商工会によると、7月中旬にヒマワリの芽が食い荒らされているのを生産者が見つけた。例年通りなら8月上旬に高さ50センチほどになり、中旬には見頃を迎えるはずだった。
県が設置している監視カメラ映像には、近くのコスモス畑で植物の芽を食い荒らすシカの群れが映っていたほか、ヒマワリ畑には無数の足跡が残されていた。
映像が撮影された7月11日以降も被害は止まらず、ヒマワリ畑は今月5日までにほぼ全滅。例年9月上旬に見頃を迎えるコスモスも全滅に近い状態という。
高原でダイコンを生産する郡山市の男性(56)は「うちのヒマワリもやられた。シカは数年前から出没していたが急に数が増えた」と困惑した様子で話した。
鳥獣対策を担当する郡山市農業生産流通課によると、ニホンジカは湖南町を含む市内西部地区で生息が拡大しているという。2023年度の農作物被害は約143万円に上った。
ニホンジカの生息数は県全体で増加傾向にある。県の調査によると、24年度は1万1672頭が生息していると推定され、10年前と比べて2・6倍に増えた。
捕獲数は郡山市を含む県中地域で24年度が374頭と、10年前の11倍に急増。今年3月に策定した今後5年間の県の管理計画では、年間捕獲件数の目標を1400頭以上から3500頭以上へ大幅に引き上げた。
郡山市によると、農作物ではない観賞用のヒマワリは国の補助金を活用した電気柵設置の対象にはならない。ヒマワリ畑の周辺に爆音機を設置して野生動物を追い払っていたが、担当者は「どんな対策が効果的なのか調査研究を進め、観光資源を守るため、県と連携したい」と話している。
イベントの実行委員長で湖南町商工会長の小原博さん(67)は「開催できないか検討したが、これではどうしようもない」と落胆した。実行委は来年の開催を見据え、既に畑の整地を始めているという。

「暑いので気をつけてね」と見送った背中が最後の姿に…煙突倒壊の犠牲になった息子、突然の別れに90歳母「生きがい失った」

熊本地震で煙突が倒壊し、9人が犠牲となった熊本県八代市の日本製紙八代工場では、同社従業員の本村健(たけし)さん(59)も巻き込まれて命を失った。「先に逝ってしまうなんて……」。母親の玲子さん(90)は、最愛の息子との突然の別れを受け止めきれないでいる。(石原圭介)
「あと1年で退職の予定だった。親子でゆっくり過ごせると思っていた」。玲子さんは、声を詰まらせながら語った。
あの日は、いつもと変わらない朝だった。「グッドモーニング!」。朝7時頃、洗濯物を干していると健さんの明るい声が響いた。パンをほおばり、牛乳を流し込んだ健さんは、「じゃ、行ってくるね」と言って会社に向かった。
「行ってらっしゃい、暑いので気をつけてね」。玄関でそう声をかけ、見送った背中が最後の姿になるとは思いもしなかった。
7月28日午後4時27分頃、自宅で晩ご飯の献立を考えていた玲子さんを震度6強の激震が襲う。大きくずれ動く冷蔵庫。食器も散乱して足の踏み場がない中、命からがら外に飛び出した。恐怖で体の震えが止まらなかった。
余震が続く中、工場の方に目をやると、巨大な煙突が半分に折れていた。見たことのない光景に驚いていると、携帯電話が鳴った。「お兄ちゃんはどげんした? 電話が通じらん」。健さんを心配する次女の悲鳴にも聞こえる声に、胸がざわついた。
数時間後、会社の関係者から電話がかかってきた。「(健さんは)下敷きになっています
。今、救出しています」。涙が止まらなかった。助かるという希望は捨てなかったが、関係者の声は電話のたびに暗くなっていく。「もうだめかな……」。翌日の午前9時20分頃、助からなかったと伝えられた。「この先どうやって生きていったらいいの」とうちひしがれた。
3人きょうだいの真ん中で生まれた健さん。誰にでも優しく、頼りになる自慢の息子だった。小学3年生から野球を始め、高校では捕手として活躍。高校卒業後は日本製紙で働き、社会人野球でも活躍した。「たけちゃんは頼んだことは断らん」と職場でも人望が厚かったと聞いた。ずっと一緒に暮らし、夫が1年半前に施設に入所後は2人で過ごしてきた。
地震前日の27日、健さんは午後から休みを取り、玲子さんが服用している薬をもらうために一緒に病院に行ってくれた。玲子さんが28日に予定があったためこの日になったといい、「28日に病院に行っていれば(職場にいなくて)助かったんじゃないか」とやり場のない思いが込み上げる。
8月5日に開かれた同社の記者会見。玲子さんは長女宅でテレビ中継に目を凝らした。中央部分から折れた高さ80メートルの鉄筋コンクリート製の煙突が、近くでデスクワーク中だった健さんの命を奪ったことを知った。「どうして煙突が倒れたのか、原因が知りたい」
たわいもない日常は、かけがえのない時間だった。「手作りは良かねー! おいしかー!」と食事をほおばってくれた健さん。膝と袖口が油で汚れた息子の作業着を、たわしで一生懸命こすって洗うのが楽しみだった。玲子さんは今、思い出を胸に日々を懸命に過ごしている。「生きがいを失った。たけちゃんは、もう帰って来ない。心の中でずっと思いながら一生を送っていくと思います」

80歳母踏み付け死なせたか=長男逮捕、「日常的に暴行」―大阪府警

同居する母親(80)を踏み付けて死亡させたとして、大阪府警泉南署は9日、傷害致死容疑で、長男の無職釣野嘉樹容疑者(58)=大阪府岬町淡輪=を逮捕した。「1人で介護をしていて、日常的に暴行を繰り返していた」と容疑を認めている。
逮捕容疑は7月10日午前2時半~同45分ごろ、同居する母親の広田智津代さんを複数回踏み付ける暴行を加えて肋骨(ろっこつ)を8本骨折させ、外傷性ショックで死亡させた疑い。
同署によると、事件直後に釣野容疑者が「虐待をしてしまい息をしていない」と119番した。同容疑者は広田さんの頭などを殴ったとして同日に暴行容疑で逮捕され、同30日には腕を複数回殴ったとする別の傷害容疑で再逮捕されていた。
釣野容疑者は広田さんと2人暮らしで、警察への相談歴などは確認されていないという。 [時事通信社]

「給湯器にエラー。取り替えないと火事に」などとウソ…給湯器点検業者になりすまし工事代金だまし取ろうとしたか建築会社社長の男ら2人逮捕 東京・足立区

給湯器の点検業者を装い、「火事になる」などとウソを言って80代の女性から工事費用をだまし取ろうとしたとして、建築会社の社長の男らが逮捕されました。
逮捕された建築会社社長の鈴木宏昌容疑者(42)ら2人は、今年3月、大手給湯器メーカーの点検業者になりすまして80代の女性の自宅を訪れ、「エラーが出ている」「取り替えないと火事になる」などとウソを言い、給湯器の工事費用としておよそ18万円をだまし取ろうとした疑いがもたれています。
2人は調べに対し容疑を否認していますが、他にも同様な手口による被害の相談があるということで、警視庁は余罪を調べています。

高市首相 長崎の平和祈念式典で「非核三原則を堅持しており」 会見でも「政策上の方針として堅持している」と改めて強調

高市首相は長崎県で行われた平和祈念式典であいさつし、「非核三原則を堅持しており、『核兵器のない世界』の実現に向けた実践的な取り組みを推進している」と強調しました。
高市首相「我が国は、『非核三原則』を堅持しており、『長崎を最後の被爆地に』という誓いの下、『唯一の戦争被爆国』の使命として、『核兵器のない世界』の実現に向けた現実的かつ実践的な取り組みを推進しています」
非核三原則をめぐり高市首相は、6日の広島でのあいさつと同様に「堅持しており」と述べました。
政府・与党内の一部では、年末に予定される安全保障関連3文書の改定にあわせて、非核三原則の見直し論が浮上しています。
その後の記者会見で高市首相は、非核三原則を今後も堅持するのか問われ、「政策上の方針として堅持している」と改めて強調しましたが、安保3文書の改定については、「年末に向けて検討を進めているところだ」として、「書きぶりについて、予断することは差し控える」と述べるにとどまりました。

俳優の小川真由美さん死去 映画「復讐するは我にあり」

映画「復讐するは我にあり」など、昭和期に数々の映画やドラマで活躍した俳優の小川真由美(おがわ・まゆみ)さんが3月26日に鹿児島県で死去したことが9日分かった。86歳。東京都出身。
文学座の研究生として活動を開始。俳優の杉村春子さんと舞台で共演し注目された。確かな演技力と、あでやかな雰囲気で、映画やドラマでも人気を博した。
1977年の野村芳太郎監督の映画「八つ墓村」に出演。「復讐するは我にあり」「配達されない三通の手紙」で、80年の日本アカデミー賞最優秀助演女優賞に選ばれた。主演したドラマ「女ねずみ小僧」シリーズでも印象的な演技を見せた。
高視聴率を記録した83年放送のドラマ「積木くずし 親と子の200日戦争」では非行に走る主人公の母親役を演じた。