津波注意報はすべて解除 フィリピンでM8.2の地震 宮崎で0.3mの津波を観測

6月8日(月)8時38分頃にフィリピン付近で発生した地震により、太平洋沿岸などに津波注意報が発表されましたが、16時50分にすべて解除されました。

この地震により、宮崎港で0.3mの津波が観測されるなど、国内でも海面変動が観測されました。
津波注意報を解除した沿岸は次の通りです。

茨城県、千葉県九十九里・外房、千葉県内房、伊豆諸島、小笠原諸島、相模湾・三浦半島、静岡県、愛知県外海、三重県南部、和歌山県、高知県、宮崎県、鹿児島県東部、種子島・屋久島地方、奄美群島・トカラ列島、沖縄本島地方、大東島地方、宮古島・八重山地方

若干の海面変動が予想されますが、被害の心配はありません。今後もしばらく海面変動が続くと思われますので、海水浴や磯釣り等を行う際は注意してください。

現在、大津波警報・津波警報・津波注意報を発表している沿岸はありません。
宮崎で0.3mの津波を観測
[各地の検潮所で観測した津波の観測値]

8日(月)16時52分までの最大波の高さ

三宅島阿古 14時58分 微弱

父島二見 13時46分 0.2m

尾鷲 16時12分 微弱

熊野市遊木 16時16分 0.1m

那智勝浦町浦神 13時31分 微弱

串本町袋港 14時12分 0.2m

高知 16時33分 微弱

日南市油津 15時17分 0.1m

宮崎港 16時46分 0.3m

南大隅町大泊 16時32分 0.1m

種子島熊野 15時49分 0.2m

奄美市小湊 16時31分 0.1m

沖縄市中城湾港 15時51分 0.1m

与那国島久部良 14時21分 微弱

石垣島石垣港 13時26分 微弱

宮古島平良 15時02分 微弱

場所によっては、観測した津波の高さよりさらに大きな津波が到達しているおそれがあります。
[海面変動の見通し]

8日(月)8時38分に発生したフィリピン付近を震源とする地震の津波注意報は、これ以上津波が大きくならないと判断し、16時50分に全て解除しました。

これらの沿岸では津波に伴う海面変動が観測されておりますので、今後1日程度は継続する可能性が高いと考えられます。

[留意事項]

津波注意報が発表されていたことや、津波が観測されていることについては、これまでの情報等により十分に認識されていると考えられます。また、これ以上津波が高くなる可能性は小さくなったと見られます。

今後1日程度は海面変動が継続すると考えられますが、そのことを十分認識した上で行動頂ければ、津波による災害のおそれはないと見られることから津波注意報を解除しました。 海に入っての作業や釣り、海水浴などに際しては十分な留意が必要です。
震源要素の速報
[震源、規模]

6月8日(月)8時38分頃地震がありました。

震源地はフィリピン付近で、地震の規模(マグニチュード)は8.2と推定されます。

[速報]鹿児島県内に津波注意報が発表

津波注意報が出ているのは、鹿児島県東部、種子島・屋久島地方、奄美群島・トカラ列島です。

津波予報が発表されているのは、鹿児島県西部です。
津波注意報が発表された沿岸では、海の中や海岸近く、川の河口付近にいる人は危険です。

海の中にいる人は、ただちに海から上がって、海岸から離れてください。

海岸近くや川の河口付近にいる人も、ただちにその場を離れて安全な場所に移動してください。

【津波注意報】静岡県含む茨城県から沖縄県までの太平洋沿岸に津波注意報(8日午後0時半現在)

【津波注意報】気象庁によりますと、8日午前8時38分ごろ、フィリピン付近で地震がありました。この地震の震源地はフィリピン付近、震源の深さについてはわかっていませんが、地震の規模はマグニチュード8.2と推定されています。この地震にともない、静岡県を含む茨城県から沖縄県までの太平洋沿岸に津波注意報が午前9時5分に発表されました。静岡県沿岸への津波予想到達時刻は午後1時で、予想される津波の高さは1メートルです。また、沼津市と富士市、松崎町の一部には避難指示が出ています。(8日午後0時半現在)

4人犠牲か、東北で相次ぐ山菜採り中のクマ被害 国が注意喚起

山菜採りに出かけてクマに襲われる被害が、東北地方で後を絶たない。クマが冬眠明けした4月以降、少なくとも4人が犠牲になったとみられる。
岩手県紫波町の山林では4月21日、県警の男性巡査部長がクマに襲われ、顔や腕を負傷した。巡査部長は山菜採りに出かけた女性(当時55歳)を捜索中で、女性は数十メートル離れた沢で遺体で見つかった。
5月に入ると、5日に山形県酒田市で男性(当時78歳)、7日に岩手県八幡平市で女性(当時69歳)、20日に同県西和賀町で男性(当時85歳)がそれぞれ遺体で見つかった。発見場所はいずれも山林。山菜採りに出かけてけがをした人も数人いる。
環境省は「夢中になると、知らないうちに、クマとの距離が縮まっているかもしれません」と注意を呼びかける政府広報を作成。5月下旬、全国紙や地方紙などに掲載した。
環境省は、クマに出合わないための6カ条として、出没情報の事前確認▽1人で行動しない▽早朝・夕方を避ける▽ラジオや鈴を鳴らし続ける▽常に周りを注意する▽痕跡を見つけたら静かに立ち去る――を挙げている。【山中宏之】

歩行者の女性(83)が車にはねられ脳内出血など重傷…横断歩道のない道路を横断していたか 福島

田村市の主要地方道郡山大越線で歩行者の女性(83)が車にはねられ、重傷を負う事故が発生しました。警察が原因を調べています。
事故があったのは、田村市船引町遠山沢の主要地方道郡山大越線です。
6月7日午後8時46分ごろ、小野町方面から郡山市方面へ進行していた普通乗用車が、横断歩道のない道路を北側から南側へ横断していた女性(83)と衝突しました。
車を運転していたのは郡山市の会社員の男性(23)で、けがはありませんでした。
女性は脳内出血のほか、首や背骨、骨盤などの骨折の重傷です。
現場は制限速度40キロ、はみ出し禁止の区間です。男性は帰宅途中だったということです。
警察は事故の原因や当時の状況を調べています。

強盗致傷疑いで14歳逮捕 60代被害女性、150メートル追走し確保

埼玉県警春日部署は7日、現金の入った財布を奪い、暴行を加えた中学生の14歳の少女を、被害者の60代女性が強盗致傷容疑で現行犯逮捕(常人逮捕)したと発表した。
逮捕容疑は、6日午後10時半ごろ、春日部市一ノ割1の市道を歩いていた帰宅途中の被害女性に少女が後方から近づき、肩掛けバック内から現金4万円が入った財布を強取。逃げる際に女性の顔面にスプレーを噴射して全治1週間のけがを負わせたとしている。
同署によると、逃げた少女を被害女性が約150メートル追いかけて取り押さえた。調べに対し少女は「お金がなく、お金がほしかった」と供述しているという。【川名壮志】

中傷動画疑惑めぐる高市首相「虚偽答弁」の“証拠”出た! 木下剛志秘書の「回答書」公開され万事休す

高市陣営が先の自民党総裁選と衆院選でライバル候補や野党を誹謗中傷する動画を作成・配信したとされる疑惑をめぐって、ブチ切れ答弁を続ける高市首相。公設第1秘書の木下剛志氏と動画作成を主導したとされる松井健氏との接点の有無がひとつの焦点になっているが、「私自身も秘書も面識がない」との高市首相の答弁が「虚偽答弁」である“証拠”が出てきた。
松井氏は物議を醸した暗号資産「サナエトークン」の設計者でもある。この問題を追いかけている「週刊現代」が、木下秘書と松井氏に接点があること、週刊文春が音声を公開した昨年12月17日のオンライン会議が存在したことを、高市事務所からの「回答書」をもとに既に報じているのだ。
5日の参院予算委員会では、野党議員がこの件についても質問したが、驚いたことに高市首相は事務所の回答書について「(秘書が)内容が事実と違うと申しておりました」と答弁。秘書と松井氏の接点も「認めません」と言い切った。
■否定できない物証
そこで、週刊現代で一連の取材を続けるジャーナリストの河野嘉誠氏がウェブメディア「現代ビジネス」で7日、木下秘書から週刊現代への回答書を公開した。それによると、高市事務所からの回答書は3月10日から5月20日までの6通があり、3月10日分では《松井氏が総裁選で高市選対のSNS戦略に携わった事実はあるか》という質問に対し、木下秘書はこう回答した。
「松井氏が勝手連で支援していただいていたことは認識していますが、選対として行っていたという事実はありません」
接点はあるとハッキリ答えている。
4月3日分では、「ご質問にいただいた12月17日のオンライン会議は、NoBorder側(松井氏らの側)からの求めに応じて行ったもの」と会議の存在を明確に認めている。
5月20日分では、「これまでの回答に相違はありません」と念押しまでしていた。
改めて河野氏に聞いた。
「(高市事務所が)中傷動画について指示したかどうかは証明が難しい話ですが、木下秘書と松井氏との接点すら認めないのにはびっくりしました。事務所が出した正式な回答を否定するとは、異次元の領域に入ったと思いました。自分で自爆しに行っている。どうも総理に厳しいことを言える人が官邸に誰もおらず、高市首相の感情的な対応だけに危機管理が任せられ、とんでもないことになっています」
サナエトークンとのつながりも…
回答書まで否定したら高市事務所は「嘘をつく」事務所となり信用を失う。高市首相はなぜそんな危うい答弁をしたのか。
河野氏の見立てはこうだ。
「松井氏は複数の投資トラブルが取り沙汰される人物。動画は手段であり、総裁選や衆院選で木下秘書との信頼関係が高まっていった中でサナエトークンの話になっていったとみています。インテリジェンス強化を進めている高市首相の事務所が、そんな怪しげな人物を使えると思って利用しようとし、結局、サナエトークンの宣伝に利用されたという構図を認めたら、説得力がなくなってしまうので、一切を否定するのだと思います」
この先、月内には衆参で予算委の集中審議が予定されている。高市首相が嫌がっても、自民はさすがに実施を拒否できないだろう。高市首相は万事休すだ。
◇ ◇ ◇
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留萌17歳殺害・内田梨瑚被告に懲役27年を求刑…検察側「被害者の生命、人格を無視しており悪質」

北海道留萌(るもい)市の女子高校生(当時17歳)を橋から転落させて殺害したとして、殺人や不同意わいせつ致死、監禁の罪に問われた旭川市の無職内田梨瑚(りこ)被告(23)の裁判員裁判の公判が8日、旭川地裁(田中結花裁判長)であった。検察側は「被害者の生命、人格を無視しており悪質」として懲役27年を求刑した。判決は22日。
起訴状では、内田被告は2024年4月18日深夜~19日未明、留萌市や旭川市内で女子高生を車に監禁して暴行、裸にして橋の欄干に座らせた後、川に転落させて溺死させたとされる。
内田被告側は監禁罪は認めているものの、「殺意はなく、橋から落下させていない」などとして殺人罪を否認。不同意わいせつ致死罪については、服を脱がせた行為と橋から落下して死亡したことに因果関係はなく、不同意わいせつ罪にとどまると主張している。

飯塚市の穂波川で乗用車が川に転落 近くでは高齢男性の遺体発見 運転手か 福岡

8日朝早く、福岡県飯塚市で乗用車が川に転落しているのが見つかりました。水中からは、高齢男性の遺体が見つかっていて、警察が関連を調べています。
8日午前5時10分ごろ、飯塚市楽市の穂波川で「車が川に落ちている、エンジンがかかったままだ」と目撃者から警察に通報がありました。
駆けつけた警察官が川に転落している乗用車を発見しましたが、車内に運転手が見当たらなかったため、周辺を捜索していました。
警察によりますと通報からおよそ3時間半後に車の近くの水中で高齢の男性が沈んでいるのが見つかり、その場で死亡が確認されたということです。
警察は、男性の身元の確認を急ぐとともに男性が運転を誤って転落したとみて当時の状況を詳しく調べています。

「8人の顔を思い出せば今でも涙が出る」…付属池田小殺傷事件から25年、当時の府警刑事部長が退官後初めて事件の詳細を語る

8人の幼い命が奪われた2001年の大阪教育大付属池田小(大阪府池田市)の児童殺傷事件から、8日で25年。大阪府警の刑事部長として捜査を指揮した松下義行さん(81)が読売新聞の取材に応じ、退官後初めて、事件の詳細について語った。「私も老い先長くない。8人のためにも、当時何があったのか、社会で共有したかった」(松田卓也)
小学校に刃物を持った男が入った。取り押さえているようだ――。
府警の旧本部庁舎3階。刑事部長室で聞いた部下からの一報では、死傷者がいるとの情報はなかった。「小学校なら、念のため行っておくか」。それぐらいの感覚だった。数十分で着くと、大量の捜査車両とパトカーが止まっていた。「これは大変な事件かもわからんな」
現場は想像を超えていた。散らばった小さな机や椅子、あちこちにある血だまり。修羅場だ。捜査1課長には「悪いけど、俺に仕切らせてくれ」と伝えた。家庭科室を臨時の指揮所にした。情報は捜査員が黒板に書き出していった。次から次に飛び込んできたのは、死傷した児童らの報告だった。
1963年に府警の警察官となり、志願して刑事畑を歩んだ。窃盗が専門の捜査3課や暴力団を取り締まる捜査4課で課長を務め、2001年、府警で初めてノンキャリアで刑事部長となった。「悪を捕まえたい」。常にその志があった。
現行犯逮捕された容疑者の宅間守元死刑囚(当時37歳、04年に死刑執行)の経歴を知り、不安がよぎった。過去の逮捕歴や精神科病院での通院歴。犯人であることに疑いはないが、責任能力の判断次第では、罪に問えないかもしれない。「ご遺族の気持ちを考えれば、不起訴なら辞めないかん」。そう覚悟した。
事件当日、亡くなった8人全員の検視に立ち会った。このうち7人の司法解剖が実施された大阪大にも、自ら足を運んだ。刑事部長が解剖に立ち会うのは極めて異例だ。全員の傷を見て、「錯乱した人間の犯行ではない」と確信した。切りつけた痕はほぼなく、急所を狙った致命傷ばかりだった。
解剖医には「7人の解剖を今日中に終わらせてほしい」と依頼した。「むちゃな」と言われたが、その場にいた捜査員にも遺体をきれいにする作業を手伝わせた。「一刻も早く、親元に帰してあげたい」。事件当日夕方に始まった解剖は、翌日午前1時頃に終了した。
校舎は長期間、捜査のためそのまま保存した。科学捜査研究所には、散乱した血痕について、DNA型鑑定で誰のものか特定するよう指示した。有罪の立証に必須ではないとわかっていた。
亡くなった一人で2年生の酒井麻希さん(当時7歳)は、教室で刺された後、よろけて壁にぶつかりながらも、玄関付近まで約59メートルを歩いた。必死に生きようとした証拠だった。判明した理由が、DNA型鑑定だった。「子どもの最期をご遺族に伝えたかった。取り戻せない命に少しでも報いたかった」
宅間元死刑囚はその後、殺人罪などで起訴された。事件から約1年半後の03年に府警を退官。危機管理を専門とする大学教授から声をかけられ、学校の安全について直接学んだ。関西国際大(兵庫県)で14~24年、客員教授などを務め、教員を志す学生らに向け学校の危機管理について教えた。
「さすまたが近くになければ机や椅子で防御する」「110番は必要だが、子どもから離れず、他の誰かに教員を呼びにいかせる」。授業では、自らが捜査で得た知見を踏まえ、実践に必要なことにこだわった。
大学を離れた今でも、危機管理に関する学会で当時の教訓を伝えている。「8人の顔を思い出せば、今でも涙が出てくる。あの現場で『あなたたちの命は無駄にしない』と誓った。生きている限り、誰かに事件のことを伝え、教訓にしてもらいたいと思っている」
「自分に何できたか」 元死刑囚弁護人 なお自問
宅間守元死刑囚の主任弁護人を務めた戸谷茂樹弁護士(80)は、四半世紀を経ても「自分にできたことは何だったのか」と自問を続ける。
宅間元死刑囚は面会時、「早く死刑にしてくれ」と言うばかり。罪の意識を持ってもらうため、遺族の調書を差し入れるなどしたが、謝罪させたいという願いはかなわなかった。
判決などによると、宅間元死刑囚は幼い頃から虐待を受け、周囲とトラブルを繰り返し、孤立を深めていた。公判では「もっと殺したかった」「世の中、全員が敵」と繰り返した。
自暴自棄の末に他者を巻き込む事件は後を絶たない。戸谷弁護士は「失敗しても絶望しない社会を目指さないと凶行は続く。だからこそ、宅間守という人物が存在していたことを忘れてはならない」と訴えた。