バックしてきたパトカーにはねられ 60代女性が大けが 警察官「後方の安全確認を怠った」 秋田市

16日朝、秋田市で、バックしてきたパトカーに60代の女性がはねられる事故がありました。
この事故で、女性が脚の付け根の骨を折る大けがをしています。
山﨑愛子 記者
「事故があったのは、こちらのグレーの建物の奥に見える駐車スペースです。警察官が運転するパトカーが、女性と接触しました」
事故があったのは、JR秋田駅にほど近い、秋田市中通にある駐車場です。
秋田中央警察署の調べによりますと、16日午前8時半ごろ、秋田中央警察署の地域課に所属する36歳の男性警察官の運転するパトカーがバックした際、歩いていた秋田市に住む60代の女性をはねました。
この事故で、女性は、左脚の付け根の骨を折る大けがをしています。
パトカーを運転していた警察官は、交番勤務を終えて警察署に戻る途中で、助手席に乗っていた同僚の警察官がごみを捨てようと車から降りた際、方向転換しようとパトカーをバックさせ、女性をはねたということです。
調べに対し、警察官は「右の方向に気を取られて、後方の安全確認を怠った」と話していて、警察が事故の詳しい原因を調べています。

国士舘大 複数の柔道部員に大麻使用疑い 寮を家宅捜索 東京・町田

国士舘大の複数の男子柔道部員が大麻を使用した疑いがあるとして、警視庁が16日、同大町田キャンパス(東京都町田市)内にある学生寮を麻薬取締法違反(使用)の疑いで家宅捜索したことが捜査関係者への取材で判明した。大学は男子柔道部を14日付で活動停止にしている。
捜査関係者によると、14日に大学側から「複数の柔道部員が大麻の使用に関わっている」と警視庁に相談があった。警視庁は複数の部員から事情を聴いており、16日には寮内の複数の部屋を捜索した。押収物の鑑定や部員の事情聴取を進める。
大学広報課によると、13日に情報提供を受けて事案を把握。14日に部員への聞き取りを実施した。同課は「事案が事実であるならば大変遺憾。事態を重く受け止め、再発防止に向けた具体的な検討を進める」としている。複数の部員が寮内で大麻を使用した疑いがあるといい、田原淳子学長は「警察の捜査に全面的に協力するとともに、学内調査を実施し事実に基づき厳正に対処する」とのコメントを出した。
男子柔道部は1929年創部で、部員93人(寮生90人)。2024年のパリ・オリンピック日本男子の鈴木桂治監督やロサンゼルス、ソウル五輪の95キロ超級で連覇した故斉藤仁氏ら五輪金メダリストを輩出した名門とされる。【山本康介、長屋美乃里】

7年前に行方不明の女性殺害疑い 31歳容疑者「合意の上で」と供述

さいたま市の自宅マンションで2018年1月ごろ、交流サイト(SNS)で知り合った女性を殺害したとして、埼玉県警は16日、同市大宮区寿能町2、無職、斎藤純容疑者(31)を殺人の疑いで再逮捕した。「合意の上で殺した。小さい頃から殺人願望のようなものを抱いていた。動機は単純な殺意そのもので、他に何の理由もありません」と容疑を認めている。
県警によると、斎藤容疑者は大宮区内で歩行者からスマートフォンを盗んだとして5月15日に窃盗容疑で逮捕された。同日、県警が自宅を捜索し、容疑者の部屋で女性の頭蓋骨(ずがいこつ)や足の骨が見つかった。DNA型鑑定で身元を特定したという。
部屋では他にも二つの頭蓋骨が見つかり、うち一つは木製、残る一つは20~30代の別の女性の人骨とみられるものだった。容疑者は「インターネットで購入した」と供述しており、県警は標本として入手したとみている。頭蓋骨はいずれも棚に飾られていた。
再逮捕容疑は、18年1月4日ごろ、大宮区の自宅マンションで宮本果歩さん(当時21歳)=茨城県在住=の首を絞めるなどして殺害したとしている。「自宅に招いて首を絞めて殺害し、遺体を自宅で解体した」と供述している。県警は、解体に使ったとみられるナイフやのこぎり、多数の工具類も押収した。
斎藤容疑者はこのマンションで両親と同居していた。17年11月上旬、SNSを通じて宮本さんと知り合った。宮本さんは18年1月4日、「住み込みのアルバイトに行く」と書いた手紙を残して外出し、茨城県土浦市のJR土浦駅から大宮駅へ電車で移動。家族は同日、茨城県警牛久署に行方不明届を出していた。斎藤容疑者は宮本さんに対し、居場所が特定されないようにスマホのSIMカードを抜き取るよう指示していた。
宮本さんの家族は「信じられない、信じたくない気持ちでいっぱいです。まじめで周りの人の気持ちを思いやる優しい子でした。今は、家族で静かに娘を偲(しの)びたいと思います」とのコメントを公表した。
宮本さんの自宅近くに住む女性は「今日のニュースで初めて(行方不明だったという)状況を知った。(宮本さんが)中学生ぐらいの頃、元気に学校に行く様子を見ていた。何とも言えない気持ち」と話した。【板鼻歳也、田原拓郎、鈴木美穂】

「嘘つき」「うんざり」石破茂首相の2万円給付案に批判殺到「こんなの選挙前の票集め」

石破茂首相は13日に、物価高対策の一環として国民1人当たり一律2万円の給付を夏の参院選公約に盛り込むよう自民党に指示した。
これに対してSNS上では、国会議員や知事、著名人が複数反応し、その多くが、選挙対策の「バラマキ」との指摘や、自治体の事務作業の負担を訴えるなど、批判的な内容となっている。
国民民主党の玉木雄一郎代表は「石破総理、やっぱり配るんですか。わずか2日前の党首討論で『単年度であっても税収の上振れを国民に還元するような財政状況にはない』と明言しておきながら、都議会議員選挙の告示日、参院選告示の3週間前に現金給付を発表する。矛盾している。失礼な言い方になるが、嘘つきだ。税収の上振れは『財源』ではないと言いながら、自分たちの選挙対策のためには、いきなり税収の上振れが『財源』になる。ご都合主義が過ぎるのではないか。上振れた税収は納税者に『減税』でお戻しするのが筋であって、間違っても、自民党や公明党が選挙対策として好き勝手使っていいお金ではない。党首討論でのやり取りはなんだったんだ。党首同士が渾身の思いでぶつかる党首討論で、一国の総理が平気で嘘をつくようなら、まともな議論など成り立つはずもない。税金で票を買うようなことを許すな」と訴えた。
立憲民主党の小沢一郎衆院議員は、「『一票2万円で』『小泉コメ劇場を楽しんで、消費税減税のことなどさっさと忘れるように』ということ。この令和の時代に『パンと見世物』。本質を見るべき政治が『まやかし』に。自民党は末期。自民党に鉄槌を」と記した。さらに「パンと見世物。ローマ帝国では、皇帝が市民にパンを与え、剣闘士試合などの娯楽を提供することで、政治腐敗やスキャンダルから目を逸らさせた。令和版ではパンの代わりに二万円。主役剣闘士は小泉大臣、悪役は農林族だろう。しかも全部八百長。皆がパンと見世物に騙されたら、この国は滅亡する」と強い語調で警鐘を鳴らした。
鳩山由紀夫元首相は「自民党は参議院選挙に国民一人当たり2万円、子どもと住民税非課税世帯の大人には更に2万円上乗せして給付することを公約に掲げるようだ。何故国民全員に配るのか。あからさまに票を金で買おうと言うことだ。そして金で裏金問題を忘れさせようと言うのか。それは無理だ。日本人を馬鹿にしてはいけない」と指摘した。
千葉県の熊谷俊人知事は「また、政府が現金給付を検討。それを実施するのは全国の市町村公務員。『どうせ今後も選挙の度に現金給付するんだから、国で一元的に給付作業をする効率的な仕組みを作りましょう』と何度も何度も提案しているのですが、いつまでも自治体任せです」と不満をあらわにし「全市町村の職員が説明会に駆り出され、『いついつまでに給付しろ』と言われて、全く同じ作業をそれぞれの自治体がバラバラに行い、バラバラに業者に発注し、本来の市民福祉等に充てるべき職員稼働と、国民の税金が膨大に奪われます。『マイナポータルの公金届け出口座に振り込めば市町村の負担が軽くなりますよね?』と言った国会議員がいらっしゃったので、『公金届け出口座を登録した国民にだけ給付する、ということであれば負担は軽減されますが、そんな度胸はないでしょう? そうすると公金届け出口座の人の消し込み処理をした上で、残りの全員に給付するから、作業量は減らず、むしろ手間が増えるだけです』と申し上げたこともあります。全国民への給付自体にも賛否があるでしょうが、それ以前になぜもっと合理的・効率的な仕組みを普段から作らないのか、自分の金だったら、自分が給付作業をするのなら、もっと真剣に考えるのではないでしょうか。せめて現金給付を発案した国会議員と国家公務員は全員、地方自治体に来て、この給付事務に従事してみてはいかがかと思います。国を批判したいわけではなく、何度も繰り返す、この無駄で、自治体を疲弊させる話にうんざりしています」と、自治体の苦悩を明かした。
大阪府の吉村洋文知事(49)も「全国民に2万円配る事務は、自治体がやる。自治体に人件費も労力もかかる。必要な財源は、国民一人2万円+経費。それなら最初から取らなければいい。給料天引きされる社会保険料を下げた方がいい。社会保険料は今後も右肩上がりで上がっていく。国は人口減少化の社会保障制度を真剣に考えてもらいたい」と訴えた。
幻冬舎の編集者、箕輪厚介氏は「有権者にお茶とかお菓子とかあげただけで買収だって言われて公職選挙法に引っかかるのに、自民党は選挙のために税金ばら撒いて全国民を買収しても問題ないの?」と私見を示した。
元「青汁王子」こと実業家の三崎優太氏は「やりたい放題の重税、外国人へ金をばら撒き、裏金汚職のオンパレード、それなのに急に国民負担を減らすために2万円を配ります?こんなの選挙前の票集めでしかないだろーが。そしてその2万円も税金で回収するんだろ、ふざけるのもいい加減にしろ」と激しく糾弾した。
ロックバンド「BOOWY」のドラマーとして知られる高橋まことは「舐め切ってますな!! 自分達は裏金!! 官房機密費でウハウハ!!おまけに税金で溜め込んだ備蓄米を5キロ2千円!? ばら撒き4万円ったって1日にしたらたかだか109円!! だよ!! ふざけてんのか!?せめて時給換算の50万出せよ」「自民党の選挙前パフォーマンス!!!? 国民一人当たり2~4万円ってなんで選挙前なのよ!? コロナで苦しんでる時ほとんどほったらかしにしてやがったのに、政権党なんだからやれる時にやれたよな!?票欲しさの餌かよ!?国民舐めるのも大概にせいよ!!。誰が入れるか!!」と憤った。

<独自>万博ネパール館 月内にも開館 駐日大使インタビュー 工事費支払い「ほぼ完了」

大阪・関西万博が開幕して2カ月が過ぎる中、海外パビリオンで唯一、一度も開館できていないネパール館について、同国のドゥルガ・バハドゥール・スベディ駐日大使は14日、「早ければ6月中、遅くとも7月上旬」に開館すると、産経新聞の単独インタビューに明らかにした。5月31日に開催できなかった同国のナショナルデーの代わりに、7月28日に「ネパールデー」を会場で開催することも表明した。
スベディ氏は、パビリオンの建設が止まったのは「事業を受注したネパールのマネジメント会社が財政難に陥ったことや、工事開始がそもそも遅かったこと」などが原因だったと説明。マネジメント会社から、日本の建設会社への資金支払いが滞ったとみられる。
スベディ氏によれば、ネパール側はマネジメント会社と覚書を結び直しており、同社から建設会社側への支払いもほぼ完了したという。内装工事が残っており、6月16日夜にも再開される。スベディ氏は「ネパールは小さいが文化、自然が豊かな国。開くのは最後だが、ベストのパビリオンになる」と訴えた。(黒川信雄)

沖縄・西表島でシュノーケリング中、東京の67歳男性が死亡 一緒に溺れた68歳女性は命に別条なし

14日午前11時半ごろ、沖縄県竹富町の西表島にある月が浜ビーチで、シュノーケリング中の60代の男女2人が溺れた。石垣海上保安部によると、東京都の男性(67)はスタンドアップパドルボード(サップ)中の男性に救助されたが、搬送先の病院で死亡が確認された。女性(68)は浜から泳いで来た女性に救助され、病院に搬送されたが、命に別条ないという。
同保安部によると2人でシュノーケリングをしていたところ波が速いため、浜に戻ろうとして溺れた。2人はライフジャケットを着用していなかったという。

サリンと原発の放射線…見えない敵と戦った元自衛官 「あの日、私も怖かった」 退官後に語る現場のリアル

7年前に退官した元自衛官・宮澤重夫さんには、1年に1度、特別な日がある。「あの日、私も怖かった」という、3月20日だ。サリンがまかれた地下鉄のホームに突入した日。そして、その16年後は、爆発した福島第一原発の建屋への放水を命じられた日だった。命をかけて緊急事態と向き合った自衛官は、何を支えに任務と向き合ったのか。
陸上自衛隊・大宮駐屯地には、化学兵器などに対処する「中央特殊武器防護隊」が配置されている。宮澤重夫さん(60)は、その前身である第101化学防護隊に所属。1995年3月20日、30歳のときに出動したのが、地下鉄サリン事件だ。
事件を主導したのはオウム真理教の教祖、麻原彰晃こと松本智津夫・元死刑囚だった。教団幹部らに指示して猛毒サリンを車内にまき14人が死亡、6000人以上が負傷した。
宮澤さんは「実はその数日前、極秘で動いていた」と明かす。教団がサリンを製造しているとみた警視庁が強制捜査の準備を進め、化学防護隊に協力を求めたのだ。事件前日、宮澤さんたちは、警視庁の機動隊員たちに防護マスクの使い方などを教えていた。
そして翌日、実際に起きた事件―。陸上自衛隊に災害派遣命令が下され、化学科部隊や都内に配置されている部隊が集められた。宮澤さんが派遣されたのは日比谷線・築地駅。課せられた任務は、車両や駅構内を除染し、安全な状況に戻すことだった。実際に化学兵器に対処するのは、陸上自衛隊にとって初めてのことだった。
「緊張と不安。どうなるんだろう、本当にできるんだろうか」「これはもう実戦だと。本番がきてしまったという気持ちでしたね」。
現場で、ほかの隊員2名と地下鉄構内の除染をするよう指示された宮澤さん。専門の教育を受けているからこそ、どれだけ危険な任務なのかはわかっていた。
いざ構内に入ろうとした時、隊員の1人の様子がおかしいことに気づいた。防護マスクをかぶる瞬間、その隊員は「すみません、怖くて入りたくありません」と訴えたのだ。宮澤さんは困惑した。ただ、実際に“怖くて入りたくない”という気持ちは、自身も一緒だった。
怖い。その思いは同じ。どうすべきなのか。自分自身に問いかけると、浮かんだのは「迷ったときには任務に立ち返れ」という言葉だった。
宮澤さんは隊員に、「おまえの任務はなんだ?」と強く問いかけた。ただの除染ではない。有毒化学剤のサリンの除染。一歩間違えれば死ぬかもしれない。「警察がやるのか?消防がやるのか?俺たち自衛隊しかやる人はいないだろう」
宮澤さん自身も、このやりとりで覚悟が決まった。先頭になり、地下鉄構内へと入る。がらんとしたホーム。とまったままの無人の車両。車内を確認すると、床の上に広がった液体が目に入った。
戦場で使われる濃度のサリンであれば無色無臭で、水と同じような感じのはずだが、電車の床の色のせいか、薄黄緑色に見えた。目の前に現れたサリン。宮澤さんたちは、ゆっくり除染剤をふきつけていった。
宮澤重夫さん
「除染作業を始めたら、意外と気持ちが落ち着いてきた。普段訓練でやっている動作を、体が覚えているんですけど、やっているとまわりが良くみえてきた」
深夜にまで及んだ自衛隊の作業。翌朝、都内の地下鉄は平常運転に戻った。
“見えない敵”サリンと戦った宮澤さん。その16年後の2011年、同じ3月20日に、新たな敵と対峙(たいじ)する。巨大津波によって制御不能になった原発の放射線だ。
東日本大震災の発生時、中央特殊武器防護隊に所属していた宮澤さん。揺れがおさまるとすぐ、災害派遣の準備を始めた。行き先は、福島第一原発。発災から3日後の3月14日、政府の現地対策本部に到着すると、除染所の開設と、冷却機能を失った原発への注水作業という、2つの作業が始まった。
宮澤さんたちが担ったのは除染所の開設。3号機の注水作業へは、隊長以下、6人の隊員が向かった。
ところがその直後、3号機で水素爆発が起きた。作業に向かった6人はなんとか戻ってきたが、みな高い放射線を浴び4人は重軽傷。ドライバーは血まみれだった。それを見た若い隊員のなかには半分パニック状態になっている人もいた。この時の光景は「まるで戦場のような状態だった」と宮澤さんは振り返る。
宮澤さんたちは発災してから3日間、ほとんど寝ていなかった。この夜、宿泊する予定だった近くの公民館で「ようやく休める」と思ったとき、「2号機が今にも爆発する」と緊急の連絡が入った。
「ここにいたら、みんな被ばくしてしまう」
連絡に来た上官からは「荷物も持つな、そのまま逃げろ」と命じられた。悪化の一途をたどる状況。「生きた心地がしないというか…。本当、生きるか死ぬか、どうなっちゃうんだという気持ちでした」
3月19日、宮澤さんは原発建屋の最上階にある燃料プールへの放水部隊の隊長を命じられる。「地上放水冷却活動をする、と。“お前が隊長だ!”といきなり言われました」
特殊消防車を指揮し、建屋に空いた穴から燃料プールに放水せよとの命令。自衛隊が4号機に地上から放水を試みるのは初めてのことだった。翌日の作業に備え準備を行うと、時計の針は24時をすぎ、3月20日になっていた。
宮澤重夫さん
「そういえば地下鉄サリン事件の時も3月20日だったな、あぁ、またかという心境でした。なぜか分かりません。運命的なものがあるのかもしれないですけど」
宮澤さんが原発に向かう際に乗っていたのは放射線防護能力を持つ化学防護車だったが、建屋に近づくにつれて、線量計の数値が上がり、警報音が高くなる。胸に募る不安と、そして、任務に対する使命感。葛藤のなかで放水を始めると、一気に水蒸気があがった。
宮澤重夫さん
「私がいたところからも、水蒸気があがるのが見えた。それを見て、自分の持っている線量計が一気にあがる。水蒸気と一緒に放射線が出ているのがわかりました」
放水活動を無事終えた宮澤さん。その後も放水活動は続けられ、4号機は危機的状況を脱した。だが、宮澤さんが2日間にわたる任務で浴びた放射線量は20ミリシーベルト。一般の人の被ばく限度の約20年分にあたる量だった。その後も災害派遣任務は続き、宮澤さんが家族のもとに帰ったのは、発災から4ヶ月後のことだった。
サリンと放射線という2つの見えない敵と戦ったストレスは、陸上自衛官を退官して7年経った今も、宮澤さんの体調に影響を及ぼしているという。
宮澤重夫さん
「地下鉄サリン事件の2年後くらいに、急に夜中に目が覚めて、息苦しくてベランダで深呼吸する、そんな症状が出て」
原因不明の下痢にも悩まされ、現在も自衛隊中央病院に通院している。
退官後、家族と過ごす時間が増えたという宮澤さん。そして、お気に入りの川辺のほとりでこれまでの経験を振り返るようにもなった。「ここで鳥を見ながらふと、これまで経験してきたことが何かの役に立てばいいなと思って」。そんな思いが芽生え、3年前から、これまでの体験をブログで発信している。
「命に係わることもある」「自衛官である以上逃げるわけにはいかない」「内心、私も恐怖」。そこには現場で感じた生々しい心情をつづっている。
宮澤さんの娘
「最近、インスタグラムとかXとか言っているなと思って」
宮澤さんが伝えたいこと。それは家族を思いながらも、任務を第一に考え恐怖に震えても一歩を踏み出す。そんな自衛官のリアルな姿だ。

まさか自分が…増え続ける危険な自転車事故の盲点 “死を招く”衝撃的な事故から命守るヘルメット SNSや動画…ながらスマホも急増

電動アシストなどの普及で今増えている自転車。しかしその自転車が原因の事故も増えています。実態を取材しました。
これはドライブレコーダーが捉えた映像。街中を走る1台の乗用車。
交差点を左折しようとした瞬間…
(運転手)「あぶない。あーやっぱり、危ないと思ったんだよな」
横断歩道を渡ろうとした自転車がはねられました。乗用車側の確認不足。
ヘルメットをかぶっていませんでしたが、軽いけがで済みました。
普及台数は約6870万台と、いまや国民の2人に1台以上ある「自転車」。楽に移動ができて、特にここ数年は電動アシストの普及や健康ブームを背景に街中を走る姿が目立っています。
危ない!「対人」と「車両単独」の事故が増加傾向
こうした中で問題になっているのが交通事故。ながらスマホや…傘をさして運転する人。危ない自転車も少なくありません。
(主婦は) 「タイヤが太くて大きい自転車が歩道を走っているのを見て、結構スピードが速くて歩行者的にはヒヤッとして怖かった」 「信号のない交差点で車が出てきて、ふらついて転びそうになったことが何回もある」
事故全体は減少傾向ですが、そのなかで目立って増えているのが「対人」と「車両単独」の事故。それぞれ1.2倍、2.4倍となっています。つまり「自転車の乗り方」が原因の事故が増えているのです。
その衝撃はどれほどなのか。JAFによる衝突実験です。親子3人と男性1人のダミー人形。頭部には衝撃を測定するセンサーが組み込まれています。
ヘルメットの有無…事故実験の結果は?
まずはヘルメットを装着して実験開始。時速20キロに加速すると…
後ろの子どもダミーが左右に大きく振られ、頭が激しく地面に打ち付けられます。センサーの数値(HIC)は、母親が「243」、後ろの子どもは「900」を超えました。数値が“1000”を超えると、脳障害を起こす危険があると言います。
●HIC…頭部への衝撃を表す数値。
そしてヘルメットが無い場合だと…
(JAF 広報担当 吉田英治さん)「後ろの子どもはヘルメットがないと(HICは)『15000』という大きな数字になった。即死状態ですね」
警察の調べでは、去年自転車に乗っていて事故で亡くなったのは327人。死因の半数は、頭部のケガでした。ヘルメットの着用はこの2年で4倍以上に増えましたが、それでも17%程度と低いままです。
更にこんな危ない乗り方も。
(JAF 愛知支部吉田英治さん)「傘が必要になる人が自転車に差し込んで、車輪に(傘を)巻き込んで、突然急ブレーキがかかり横転する」
前輪付近にむりやり取り付けた傘が車輪に巻き込まれ、転倒する事故。過去6年で33件起きていて、重傷者も出ています。
そして最近急増しているのが…
手軽で便利な“自転車”事故の危険性も念頭に
(記者)「あちらの男性、スマホを触りながら片手で運転してます。危険です」
この「ながらスマホ」。
この4年の死亡・重傷事故は114件。半数以上が19歳以下の若年層で、ほとんどがSNSや動画を見ている際の事故でした。その実験映像がこちら。
ブレーキなしで障害物に激突し、体が激しく地面に打ち付けられました。
自転車の乗り方が原因の事故。それは整備不良でも起きています。
車輪の付け外しができるスポーツ車両で、取り付けがあまいと…前輪を持ち上げようとすると車輪が外れ、体が投げ出されます。
最近増えている幼児向けのペダルなし自転車・キックバイクの事故も。
これがその再現実験。
約10度の坂道で10メートル進むと、すぐに時速16キロに達し柵に激しく衝突しました。国民生活センターによりますと、キックバイクの事故はこの5年で100件以上にのぼり、去年は死亡事故も起きていました。
電動アシストや軽量化などで、レジャーやファッションとしても街に増え続けている自転車。しかしその手軽さが事故の危険と隣り合わせであることを忘れてはなりません。

台風1号(ウーティップ)が熱帯低気圧に 明日は対馬などで強雨に注意

6月15日(日)3時、台風1号(ウーティップ)は中国で勢力を落とし熱帯低気圧に変わりました。
▼台風1号から変わった熱帯低気圧 6月15日(日)3時
中心位置 華南
移動 北北東 20 km/h
中心気圧 994 hPa
梅雨前線上の温帯低気圧となって北東進
熱帯低気圧は明日までに梅雨前線上の温帯低気圧となって、東シナ海を進む見通しです。その後は前線上を北東進して対馬海峡方面に進むものの、低気圧としての構造は不明瞭化する見込みです。
ただ、上空の気圧の谷との作用で発達した雨雲が対馬や五島列島などにかかる可能性があります。これらの地域では、16日(月)は一時的な強雨に注意してください。
また、週明けからは太平洋高気圧の勢力が強まることで、日本付近には真夏の暖気が流れ込む予想です。気温が上昇するとともに湿度も高めで、梅雨入り前の暑さとは違った厳しい蒸し暑さになる見込みです。
台風の直接の影響ではないものの、暑さへの備えも必要です。
台風1号 5月までに発生しなかったのは2016年以来9年ぶり
平年の台風発生数
台風の発生は、昨年12月23日に発生した台風26号以来で、およそ半年ぶりとなります。
台風1号が5月までに発生しなかったのは2016年以来9年ぶりで、台風1号の発生時期としては1951年からの統計で5番目に遅い記録となりました。
台風発生数の平年値を見ると、5月以降は台風の発生が増え始める時期ということがわかります。7月にかけては梅雨前線の活動も活発になる時期ですので、台風対策・大雨対策を整えておくようにしてください。
台風の名前
北西太平洋や南シナ海で発生した台風の名前は、国際機関「台風委員会」の加盟国などが提案した名称があらかじめ140個用意されていて、発生順につけられます。
台風1号の名前「ウーティップ(Wutip/蝴蝶)」はマカオが提案した名称で、ちょう(蝶)を意味する広東語からとられています。

熱中症で中1死亡、両親が娘の名つけた対策手引…友人は「あなたのおかげで幸せな日」胸に刻む

山形県米沢市で2023年夏に熱中症で亡くなった島扇乙葉さん(当時13歳)の両親と市教育委員会が作成した、熱中症対策の手引「乙葉リーフレット」。乙葉さんは何事にも一生懸命で、優しく頼りがいがあった。両親は再発防止への願いを込めて、手引に娘の名前を加えた。(岩峪諒)

両親は、乙葉さんが亡くなってからしばらくは「そっとしておいてほしい」として、娘の氏名を取材などで明かさなかった。だが、その後「娘のことを知ってもらい、同じことが二度と起こらないように」との思いを強くし、乙葉さんの名前を付けた手引の作成を決意した。
乙葉リーフレットはA3判の二つ折りで、両面フルカラー。市教委が作成した教職員向けの指針を基に、両親と市教委が協議を重ねて作成した。熱中症予防のためにするべきことを簡潔にまとめたほか、熱中症の症状を具体的に紹介し、子どもが自分で異変に気づけるようにした。乙葉さんの同級生・後輩や母・郁美さん(39)らが描いたイラストもつけ、小中学生でも理解できる内容に仕上げていった。
市教委は18日以降、市内の小中学校の児童・生徒などに配布する予定だ。
手引を作る際に参考にしたのは、AED(自動体外式除細動器)使用の手引「ASUKAモデル」だ。さいたま市の小学校で11年、桐田明日香さん(当時11歳)が駅伝練習後に亡くなる事故が発生。AEDが使われなかった反省を生かし、明日香さんの名前にちなんだ同モデルが作成された。乙葉さんの両親、直人さん(41)と郁美さんは、明日香さんの母親にも会い、手引を作るアドバイスをもらった。

米沢市立第三中学校の1年生だった乙葉さんは、23年7月28日午前、夏休みの剣道部の練習を終え、自転車で帰宅途中、市内の国道121号の歩道脇で倒れた。のり面に倒れているのを通行人が見つけ、乙葉さんは病院に搬送された。
郁美さんは当時のことを「熱中症といっても、病院で点滴を打ち、時間がたてば回復するものだと思っていた」と振り返る。だが、乙葉さんは多臓器不全を引き起こし、内臓から出血して亡くなった。現実を受け入れられず、同時に熱中症の恐ろしさを知ったという。
乙葉さんは小学6年生の時に、地元の自然を学ぶ「緑の少年団」の活動で、樹木を供養するために建てられた石塔「草木塔」など地元文化の学習・発信に取り組み、全国育樹祭の大会で国内最高賞を受賞。将来、地元の自然に関わる仕事に就きたいと夢を抱いていた。直人さんは「本当にすごい子だった。これからの子だったのに」と悔しさを語る。
中学校の3年生の教室には、今も乙葉さんの机があり、机には好きだったキャラクターのぬいぐるみが置かれている。クラスメートは、乙葉さんのお気に入りのTシャツに書かれていた「You made my day(あなたのおかげで幸せな日になったよ)」という言葉を大切にしているという。「乙葉の魂は今も学校にあると思う」。郁美さんはそう語る。