厳しい指摘相次ぐ NUMOが核のごみ最終処分場建設に向けた文献調査について札幌で質疑応答の場設ける

NUMO=原子力発電環境整備機構は、核のごみ最終処分場建設に向けた文献調査に関する質疑応答の場を札幌で開きました。
これまでNUMOは北海道内各地で25回にわたり、最終処分場建設に向けた寿都町・神恵内村の文献調査の説明会を開いています。
各会場で質問が多く寄せられたことや関心の高い質問について直接説明するため、16日改めて質疑応答の場が設けられましたが、参加者からは厳しい指摘が相次ぎました。
参加者:「慎重派の先生を呼んでくれといってもなかなか呼んでもらえなかったり、最初からやり直してほしいです」
「矮小化した評価では今の自然界を理解できないんだと思います」
今後、次のステップとなる概要調査へ移るには北海道知事と寿都町長、神恵内村長の同意が必要となります。

「今の服が一張羅…」 家失った住民ら生活再建へ 大船渡山林火災

岩手県大船渡市で起きた大規模山林火災で被災し、家などを失った住民らの生活再建に向けた行政の支援が動き出した。14日には損壊した住宅や倉庫などの罹災(りさい)証明書の発行手続きが始まったほか、一部地域で続いていた断水も復旧。避難所では21日期限の応急仮設住宅などの住まいの意向調査も行われ、住民らは生活再建に向けて一歩を踏み出した。
14日は同市役所本庁舎(盛町)と綾里地域振興出張所(三陸町綾里)の2カ所で、被災者が公的支援を受けるために必要な罹災証明書の発行が始まり、同日午後3時までに綾里・赤崎両地区の住民計71人が足を運んだ。
本庁舎では訪れた住民が書類を書き込んだ後、1組ずつ窓口に案内され、罹災証明書を受け取った。市の調査では、建物被害は住宅や空き家、作業場など計210棟。それ以外の市が把握していない被害が申請された場合、現地調査後に発行されるという。
全壊した自宅の罹災証明書発行を済ませた三陸町綾里の炭釜(すみがま)茂さん(71)は「2011年の東日本大震災で罹災証明書が役に立ったので、今回はすぐ来た。(申請の手間は)そんなでもない」と笑顔を見せた。一方で「(住宅も家財も)全部無くなってしまい、今着ている服が一張羅。火事は恐ろしい」とも話した。
市は14日夜、避難所2カ所で住宅について説明会を開催。綾里・赤崎地区の住民計75人が参加した。建設型仮設住宅は5月上旬ごろ▽公営住宅は4月中旬ごろ▽民間の賃貸住宅を活用した「みなし仮設住宅」は4月上旬ごろ――という入居開始時期の予定が示された。21日に締め切る住民の意向調査から、各世帯のニーズを把握し対応するという。
市住宅管理課によると、仮設住宅は県と調整中だが、工期が短い長屋形の建設を予定している。公営住宅については「早い者順ではなく、まず優先入居者を決め、決まらなければ抽選となる」。みなし仮設は「不動産業者から自力で探してもらい、県と貸主、入居者の3者契約となる。(住まいの確保手段としては)一番早い」と説明している。
14日には水質検査の結果安全が確認されたとして、市は綾里地区全域と赤崎町合足で続いていた断水を解除。また、空中からのヘリコプターによる大規模な消火活動の必要がなくなったとして同日、岩手県に自衛隊撤収を要請した。今後は県の防災ヘリコプターなどで対応するという。
市内では9日に鎮圧が宣言されて以降も、白煙の目撃情報や山中に残る火災による熱源への放水が続いている。市は「広範囲のため、一つずつつぶしていくのに時間が掛かっている」と説明、鎮火の見通しは現時点で立っていないという。【西本紗保美】

千葉知事に熊谷氏再選=共産系、N党党首ら新人破る

任期満了に伴う千葉県知事選は16日投開票され、無所属で現職の熊谷俊人氏(47)が、元衆院議員秘書の小倉正行氏(72)=共産推薦、政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏(57)ら新人3人を破り、再選を果たした。投票率は31.93%で、前回(38.99%)を下回った。
熊谷氏は自民、立憲民主、国民民主、公明各党と日本維新の会の5党の県組織から支持を受け、1期目の実績をアピール。成田空港機能強化を見据えた企業誘致や防災対策の強化を訴え、幅広い支持を得た。
小倉氏は県の水道料金値上げ中止を掲げ、政治団体「つばさの党」代表の黒川敦彦氏(46)は経済活性化を主張。立花氏は兵庫県を中心に選挙活動し、斎藤元彦知事のパワハラ疑惑などを巡る告発文書問題で持論を展開したが、いずれも及ばなかった。
[時事通信社]

石破首相の商品券配布「歴代首相の慣例」…自民の舞立昇治参院議員、常態化うかがわせる発言

自民党の舞立昇治参院議員(鳥取・島根選挙区選出、当選2回)は16日、鳥取市内で開かれた自民県連会合のあいさつで石破首相の商品券配布について、「歴代の首相が慣例として普通にやっていたことが、ここまで問題になる」と述べた。
自民で配布が常態化していたことをうかがわせる発言で、今後論議を呼ぶ可能性がある。舞立氏は「物価高の厳しい状況で一般常識とかけ離れているという指摘は、真摯(しんし)に受け止めないといけない」とも語った。
舞立氏は首相と同じ鳥取県連に所属し、首相に近いことで知られる。

【独自】国葬黒塗りの不服審査請求を棄却 政府、招待者名簿「中傷の恐れ」

安倍晋三元首相の国葬の招待者名簿が黒塗りで開示されたことに対する共同通信の行政不服審査請求について、政府は16日までに、棄却すると裁決した。諮問した第三者機関「情報公開・個人情報保護審査会」が、参列が明らかになれば「誹謗中傷を受ける恐れがないとは言えない」との見解を示したのを踏まえた。内閣府は2023年の情報公開請求を受け、黒塗りが74%を占める名簿を開示し、共同通信が不服を申し立てていた。
政府は安倍氏の国葬を22年9月に主催し、経費約12億円を全額支出した。参列者を非公表とする対応は公益性や検証の観点で課題が残りそうだ。
国葬の案内状は6175人に送付された。政府が23年7月に開示した招待者名簿は4626人の氏名が黒塗り。このうち安倍氏と交流があった著名人らが含まれる「遺族・遺族関係者」は96%相当の1132人が不開示で、「元国会議員」は1104人全員の氏名が伏せられた。
情報公開・個人情報保護審査会の答申を受けた内閣府の裁決は先月19日付。

自衛隊は導入まもなく? 謎の「日の丸水陸両用車」とは 売り込みかける造船系メーカーを東南アジアで直撃!

ベトナムで開催された防衛装備イベントに日本から防衛装備庁と企業もブースを出展。そこで「多目的水陸両用車」なる車両を見つけました。作ったのは造船メーカーJMUの関連会社。海外輸出を考えているのか、色々聞きました。
ベトナムの防衛展示会になぜ展示?
2024年12月にベトナムのハノイで開催された、国際的な防衛装備の展示会「ベトナムディフェンスエキスポ2024」。ここへは日本の防衛装備庁もブースを出展し、さまざまな国内防衛関連企業が自社製品をアピールしていました。その中で、護衛艦建造などで実績のあるJMUディフェンスシステムズは、「多目的水陸両用車(Multipurpose Amphibious Vehicle)」という名称の車両を、模型で展示していました。
実はこの車両、陸上自衛隊が運用している94式水際地雷敷設装置から派生したモデルです。この装備品は海岸線に機雷を敷設して上陸してくる敵部隊を阻止するのが任務で、陸上から発進して海上で敷設作業を行うために水陸両用車として設計されています。
装置は、「敷設車」とよばれる車体部と、その荷台部に搭載される敷設装置の双方で構成されます。敷設車の寸法は全長11.8m、全幅4m(水上航行時)、全高3.5m。水上では最大速度11km/h(約6ノット)で船のように航行でき、車体下部に車輪があるためそのまま海岸と陸上を行き来することが可能で、路上では最大50km/hでクルマのように走れます。
94式水際地雷敷設装置は、その名の通り1994(平成6)年に制式化された古い装備で、採用からすでに30年以上が経過しています。ゆえに、2025年現在は更新するために新設計の試作車が造られており、陸上自衛隊の装備実験隊において試験が実施されています。
試作車はエンジンなどの内部機器が最新型に更新され、水上航行時に推力を生み出すスクリュープロペラも、ウォータージェットポンプに置き換えられています。今回出展された「多目的水陸両用車」も、この陸上自衛隊向けの新設計車両をベースに想定しているそうです。
用途などを鑑みるに、前出の試作車など島国である日本の防衛に特化した装備だといえますが、なぜそのような車両をベトナムの防衛展示会に出展したのでしょうか。
機雷敷設じゃなくて水陸両用トラックとして提案
JMUディフェンスシステムズでは、この「多目的水陸両用車」を陸上自衛隊が使う機雷敷設任務ではなく、より汎用性の高い水陸両用の輸送車両として、現地では提案していました。
94式水際地雷敷設装置では、車体の後方に機雷と敷設機器を搭載するスペースがあることから、ここをトラックの荷台と同じように使うことで、人員や物資の輸送任務に転用することが可能です。
実際、各地で行われている防災訓練ではそうした使用を想定して人員輸送の訓練を行っているほか、2011(平成23)年に起きた東日本大震災では、ダイバーを載せて行方不明者の海中捜索を行うための水上プラットフォームとして重用されていました。こういった実績に基づいて着想された「多目的水陸両用車」は、いわば水陸両用トラックともいえる存在です。
今回出展したベトナムは国土の東側が外洋に面しており、日本と同じように島嶼部も多い国です。そのため、このような水陸両用車は軍事だけでなく、被災地支援や民間でも一定のニーズがあると考えたのでしょう。
展示ブースのJMUディフェンスシステムズ担当者は、会場での来場者の反応について次のように説明してくれました。
「ベトナムは海岸線が長くて島も多いので、このような外洋を航行できる水陸両用車に興味を持つ方も多かったですね。ベトナム政府のチン首相閣下も展示会初日にこちらのブースに立ち寄ってくださいまして、我々の説明を聞いて『このような乗り物はわが国にも必要だと思う』とおっしゃって下さいました」。
簡単には売れず 今後を見据えての動きが肝要
会場で一定の注目を集めた「多目的水陸両用車」ですが、これがすぐに海外へ輸出(防衛装備庁では「装備品移転」と表現)されるわけではありません。
一番の障害はこの車両の価格です。現時点では開発・試験中の車両であるため正確な価格は不明ですが、94式水際地雷敷設装置では1両の値段が約5億円で、機雷敷設装置などを抜きにしても車両としては割高であるのは間違いないでしょう。
JMUディフェンスシステムズも、そのあたりの事情は認識しているようで、今回の出展の一番の目的は同社の技術力のアピールと、アジア地域のマーケットをリサーチすることだったと説明していました。
現在、防衛装備庁は欧州やアジア地域の防衛見本市で積極的にブース出展しており、参加企業も既製品の輸出だけでなく、会場での来場者の反応や海外の動向を探るリサーチも合わせて行っています。
営業する際に、ユーザーニーズや顧客情報を把握し、市場調査などを行うのはどの業界でも同じことです。その点で、現地にブースを出して実際に趣くというのは、契約に結び付かなくとも必須のことだと言えるようです。
出展回数を重ねていることから、ひょっとしたら今後は海外ニーズに合わせた新しい装備品が出展されるかもしれません。

万博前売り券販売不振まねいた協会の「利用者目線」欠如 要領悪いプライシング・広報戦略

4月13日の開幕が迫る2025年大阪・関西万博。予約を前提としたチケット販売を展開していたが、前売り券販売の伸び悩みから、入場ゲート前で購入できる「当日券」の導入が開幕まで47日というタイミングで決まった。右往左往する日本国際博覧会協会のチケット販売方針に、消費者行動に詳しい専門家からは〝利用者目線〟の欠如が指摘されている。
当日券を後から追加
まず協会はチケット販売でどういう展開をしているのか。
「並ばない万博」を掲げて混雑対策を重視し、インターネットを通じた販売を基本とした。「万博ID」の登録、入場日時予約などを経て、スマートフォンにQRコードを表示する電子チケットとして購入できる。このほか、コンビニ端末や旅行代理店で入場ゲート前で交換する「チケット引き換え券」の購入が可能だ。
券種では、割引がある前売り券を開幕前日の4月12日まで売り出す。3月時点で期限が異なる3種類を扱い、開幕後は入場する日時で異なる3種類に切り替わる。最も高いのが会期中の一日券で、18歳以上の大人で7500円だ。有効期間中なら何度も入場可能なパスも用意している。
前売り券販売は1400万枚が目標だが、3月12日時点で約820万枚と6割に満たない。販売不振を受け、協会は2月25日、入場ゲート前で買える当日券を追加すると発表した。
万博IDに登録せずにネット購入できる「簡単来場予約チケット」も準備。協会幹部は「開幕後のニーズには間に合った」との認識を示した。
見えない値付け戦略
選んでほしい側にさりげなく誘導するナッジと呼ばれる手法があるが、「万博入場券はナッジ性が少なかった」と指摘するのが嘉悦大経営経済学部の國田圭作教授(行動デザイン)だ。
國田氏は「選択肢を提示して初めて、買い手はどちらがいいか考える。当日券は予約状況で販売枚数が限定されているなら、買えない人が出るかもしれない。そうすると『前売りを買おう』となる」と説明。だが協会は当初、当日券販売を予定していなかった。「初めから当日券がないのなら、前売り券への誘導ではなく、強制になっており、ナッジ性が少なかった」と強調した。
また、「プライシング(値付け)戦略が見えない。混雑緩和を目指すなら、ダイナミックプライシングが有効だった」とも強調。ダイナミックプライシングとは、繁忙期には高く、閑散期は安くする、航空会社やテーマパークで一般的になっている価格戦略だ。パビリオン優先入場権などのプレミアム付きといった、あえて高額チケットを期間限定で販売する方法もあり得るとする。
ただ、一気に券種や購入方法を示したことで、買い手側に、選ぶことを負担に感じさせる「選択過負荷」が生じていたとみる。國田氏は「選択肢が増えては逆効果。整理してシンプルにした方がよかった」として、最初に示す券種は3種類ほどに絞り、後から追加料金や割引が生じるオプションを加えられる仕組みを提案した。
予約自体にハードル
関西大総合情報学部の羽藤雅彦教授(消費者行動)は「万博自体の魅力が広がっていけば、予約や手続きが手間だったとしても行こうとする。消費者は不確かなものにお金を出したくはない」として、周知、広報戦略の不足を挙げる。
混雑緩和策としての細かな入場日時の予約についても、「なぜ必要なのか納得感はほしい」と説明不足を指摘。その上で「旅行などで事前に日時を決めることは負担を感じ、ハードルが高い行為だ」として、細かな予約を求める前売り券販売は難しいとした。
協会に向けては「期限までに間に合わせ、成功させるという義務感が強く出て、来場者をワクワクさせようという視点が欠けていたのかも」と注意を促した。
今後の巻き返しは可能なのか。羽藤氏はSNS(交流サイト)に注目する。「SNSでは同じ興味関心を持つ人でつながっていて、楽しいと思った感想がフォロワーの心に刺さる傾向がある。今からでも挽回できる」と強調した。
価格、広報いずれをとっても、協会に〝利用者目線〟が足りなかったのは間違いない。(藤谷茂樹)

道路標識に大量ステッカー 観光客マナー違反か、長野

野沢温泉スキー場(長野県野沢温泉村)のゲレンデ付近にある県道の道路標識が雪に埋まり、手が届く高さで記念撮影ができると、インバウンド(訪日客)らに人気の写真スポットになっている。一方、大量のステッカーが貼られたり、傷つけられたりする被害が相次ぎ、県は近づけないよう対策に踏み切った。
標識は高さ約5メートルで、標高約1400メートルにあり冬は積雪で道路は通行止めとなる。スキー場運営会社などによると、数年ごとに約4メートルまで埋まるが、雪が多かった今季に入り交流サイト(SNS)を通じて外国人らの間で話題となった。20~30人が撮影待ちで列を作ることもあったという。
県が5日に確認すると、ステッカー約170枚が貼られ、スキーのストックで擦ったような傷も複数あった。県職員がステッカーをはがしたほか、標識をロープで囲い、日本語と英語で「道路標識にさわらないで!」と記した看板も設置した。
県は、標識を傷つけるのは違法行為となる可能性があるとして「多くの人が訪れてくれるのはありがたいが、マナーを守って楽しんでほしい」と注意を促している。

東京大空襲“無差別爆撃”はなぜ行われたのか 米司令官の肉声から内幕に迫る『every.特集』

1945年3月10日、東京に約300機のB29爆撃機が飛来し、「焼夷弾」32万発を投下。街を焼き尽くし、10万人を超える市民が犠牲となった東京大空襲。なぜアメリカは“無差別爆撃”を行ったのか。司令官の肉声から、その内幕が見えてきました。
80年前の3月10日、東京はまさに廃墟と化していました。深夜、わずか2時間半の空襲で、10万人を超えるとされる市民の命が奪われたのです。
大久保房子さん(94)
「『私はこんな所で死にたくないよ、私の人生何だったんだ』と言って、壁をかきむしる。みんなの上をのぼったり、もう大変な阿鼻叫喚なんです」
濵田嘉一さん(87)
「ターンターンと音がするわけです。すると何人かが燃えるんですよ」
地上に広がっていた惨劇。空襲を指揮した司令官の音声テープが残されていました。東京大空襲の作戦司令官による、なまなましい肉声。
「日本を侵攻した時に、日本人を皆殺しにしなければならなかった」
なぜアメリカは、市民を犠牲にする無差別爆撃を行ったのか。その謎を解く手がかりが司令官の肉声から明らかになりました。
私たちが向かったのは、アメリカ空軍士官学校。
厳重なセキュリティチェックを終えて、案内されたのは特別資料室。ここにアメリカ空軍に関する資料が保管されています。
今回、私たちは空軍の許可をえて、撮影が可能になりました。
箱いっぱいに詰めこまれたカセットテープに記録されていたのは、およそ250人にのぼる軍関係者らの肉声。戦後20年ほどたってから、歴史研究者がインタビューした際に録音したものです。
アメリカ空軍士官学校・ヘバート特別コレクション主任
「これが1970年に行われたカーチス・ルメイのインタビュー記録です」
声の主はカーチス・ルメイ少将。東京大空襲の作戦司令官です。日本への空爆を指揮する現場のトップで、就任したときは38歳。
「前任者がうまくいかなかったから、私は何かを期待されて任命されたとわかっていた」
その肉声から、東京大空襲にいたるアメリカ軍の内幕が見えてきました。
日本本土に本格的な空襲が始まったのは、1944年11月。当初は1万メートルを超える高度から、軍需工場などをピンポイントでねらっていました。
しかし、こうした空爆は気象条件が障害となり、ターゲットを正確に爆撃する事ができませんでした。ピンポイント爆撃は失敗とみなされ、前任者は更迭。そこにルメイが抜てきされたのです。
カーチス・ルメイ
「私は何かをしなければならなかった」
前任者の失敗をうけ、作戦の方針転換を迫られたルメイ。
カーチス・ルメイ
「日本に焼夷弾を使う事は常に検討されていた」
最終的にルメイが、検討を実行に移します。焼夷弾とは、油を詰めこみ、あたり一帯を焼き尽くす事を目的とした爆弾です。
なぜ、そんな焼夷弾攻撃を大勢の市民に対し行ったのか。その理由が軍トップの日記に記されていました。
「日本は工場が小さく分散しており、民家から近い」
「市民に被害を出さずに軍事施設を破壊するのは、事実上、不可能だ」
“町にある工場と、そばに住む人々を区別して空爆する事はできない”。こうして無差別爆撃への道を進んでいったのです。
実はアメリカ軍はそれまでにも焼夷弾攻撃を想定し、着々と準備をしていました。
アメリカ南部にあるマクスウェル空軍基地。ここに焼夷弾攻撃につながる資料が保管されています。
記者
「日本、焼夷弾攻撃データと書かれています」
そこに焼夷弾攻撃を計画立案した資料がありました。
マクスウェル空軍基地・アーカイビストのスピンク氏
「東京の『ゾーンワン』はまさに、ここです。米軍が最も破壊したかったエリアです」
赤く塗られたゾーンワンは、第一にねらうべきターゲットとされた場所。現在の墨田区、台東区、中央区、江東区を中心とする地域です。
そこは、町工場と燃えやすい木造家屋が隣り合う人口密集地でした。焼夷弾による攻撃は、無差別爆撃となることを意味しました。
この映像は、アメリカ軍による焼夷弾の燃焼実験を撮影したもの。日本の町を再現し、布団や障子、路地の道幅まで作りこんでいました。当時の日本と同じ消火設備を使った場合、消火が可能か、など緻密な実験を繰り返していたのです。
そして1945年、今からちょうど80年前の3月10日午前0時すぎ、大空襲が始まりました。およそ300機のB29から投下された焼夷弾は、32万発。
あの日、そこにいて奇跡的に生き延びた一人、濵田嘉一さん。焼夷弾のすさまじさが目に焼きついています。
濵田嘉一さん(87)
「シュルシュルって音がするんです、焼夷弾が。これコンクリでしょ。ターンターンと音がするわけです。すると何人かが燃えるんですよ。焼夷弾ですから、爆発する事はあまりないんですね。人間の体が粉々に散っちゃう事ではない。だいたい火がついて5、6歩走ってバタって倒れて終わりです」
濵田さんは母と祖母の3人で水を求め、庭園まで逃げてきました。
しかし、人があふれて中に入れず、死を覚悟した祖母の言葉が忘れられません。
濵田嘉一さん(87)
「おばあちゃんが『次はお前の番だよ』。その現場はここです。次はお前の番だから、お題目(お経)あげなさいと」
「もうその時は覚悟決まりました。俺もああなるんだ…」
偶然ハシゴをみつけて庭園に入ることができ、難を逃れました。
もう一人、あの夜を生き抜いた大久保房子さん、当時15歳。
大久保房子さん(94)
「もう雨あられと火の粉が飛んでいくんで、火の粉にやられて亡くなってるんですよ。体について衣料が燃えて、その場でもだえ死んでるんですね」
焼夷弾は人々を燃やし、工場、木造家屋、都市のすべてを焼き尽くしました。大久保さんは、その時の情景を鮮明に記憶しています。
大久保房子さん(94)
「焼夷弾っていうのは、油をまいて火を落とすんです。ですから、ブワーッて油がまかれて火を落とされたから、ボッと燃えるわけです。ですから1軒2軒の火災じゃないんです」
せまってくる炎を逃れて、母と二人で鉄筋コンクリートづくりの明治座に逃げこみます。
しかし…。
大久保房子さん(94)
「もう大変な阿鼻叫喚なんです。それを見て、これはもうだめだなと」
「私の上に一人二人と倒れ込んできたんです。死ぬんだと思いましたね。その時ですよ、こんなところで死ぬものかー、こんなところで死ぬものかー、(思いが)もくもくと出てくるんですよ」
「はらいのけて、30センチの所からはい出したんだから」
これは、東京大空襲を計画する様子を再現した映像です。
ルメイは、空軍トップにのぼりつめます。その後のベトナム戦争でも、アメリカ軍は無差別爆撃を進めました。
東京大空襲から22年後。ルメイが士官学校の学生に向けて、自身の戦争観を語る映像が残されていました。
カーチス・ルメイ
「若いインテリたちが『戦争は恐ろしい』『特に核戦争は恐ろしくて考えられない』『戦争は愚かなものだ』と非難する。この点については私も同意するが、私たちは解決策を見つける事ができなかった。人間はまだそこまで進歩していないのだろう」
大久保房子さん(94)
「私の人生なんだったんだーと言いながら死んでいったんですよ。だから、みんな生きたい生きたいと思って死んでるんです」
濵田嘉一さん(87)
「戦争というのは、その時代に生きていた人全体の問題です。たまたま流されて戦争だったからこうなったんじゃなくて。これから生きていく若い人たちは、いつでもそういう気持ちで人間というのは大事なんだと」
「自分の生き方を、戦争は嫌だと。絶対に敏感でいてほしい」
(3月10日『news every.』より)

高岡市で未明に火災 納屋から性別不明の遺体見つかる

きょう未明、高岡市で納屋が焼ける火事があり、焼け跡から性別不明の遺体が見つかりました。
火元の家の男性1人と連絡が取れておらず、警察が身元の確認を急いでいます。
高岡警察署によりますときょう午前0時17分頃、高岡市戸出光明寺で火事を目撃した近くに住む人から119番通報がありました。
火が出たのは無職の澤田章治さん(73)宅の納屋で、消防がおよそ1時間半後に火を消し止めましたが、焼け跡から性別が分からない1人の遺体が見つかりました。
また、火事のあと澤田さんと連絡が取れていないということです。
警察は遺体の身元の確認を急ぐと共に、きょう消防と合同で実況見分をして火事の原因を調べることにしています。