高市首相、睡眠は2~4時間=「お肌に悪い」とぼやく

高市早苗首相は13日の参院予算委員会で、最近の睡眠は「大体2時間から長い日で4時間だ」と明かした。「お肌にも悪いと思っている」とぼやいた。就任後初の衆院予算委員会に臨んだ7日は午前3時すぎから答弁準備に当たっており、改めて首相の働き方が議論を呼びそうだ。
共産党の小池晃書記局長は首相が意欲を示す労働時間規制の緩和に関し、睡眠や家事、育児の時間を確保するためにもむしろ労働時間を短縮すべきだと主張。首相は「希望に応じて育児や介護と両立できるような働き方を実現していくことは必要だ」と強調した。 [時事通信社]

山上被告の母親、多額献金は「夢にも思わず」 安倍元首相銃撃

安倍晋三元首相銃撃事件で起訴された山上徹也被告(45)の裁判員裁判が13日、奈良地裁(田中伸一裁判長)であり、弁護側証人として出廷した被告の母親は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に入信したきっかけとして、「夫が自殺し、(被告の兄の)長男の失明と手術で非常に心を痛めていた」と述べた。
母親は入信する際、教団に対して2000万円、その翌年には3000万円を献金したと説明。亡くなった夫の生命保険金を充てたと明らかにした。
立て続けに献金したことを振り返った母親は「そんなことをするとは夢にも思わなかった。非常に恐れや震えることがあった」と語った。
持病のあった長男について弁護側から「献金すれば助かるかもしれないと考えたのか」と問われると、母親は「はい」と答え、「あの子の命を守りたかった」と語った。
この日、母親は証人尋問の冒頭で「徹也が大変な事件を起こし、首相、(安倍氏の妻)昭恵さんと遺族に心よりおわび申し上げます」と述べた。【林みづき、木谷郁佳】

林真須美死刑囚の再審認めず=第2次請求の特別抗告棄却―最高裁

和歌山市で1998年に4人が死亡した毒物カレー事件の第2次再審請求で、殺人罪などで死刑が確定した林真須美死刑囚(64)側の特別抗告について、最高裁第2小法廷(岡村和美裁判長)は棄却する決定をした。11日付。再審開始を認めない判断が確定した。
林死刑囚側は2021年5月に申し立てた第2次請求で、「毒物としてヒ素だけでなく青酸化合物が用いられた」として第三者による犯行を主張したが、和歌山地裁は23年1月に棄却。大阪高裁も今年1月、死刑囚側の即時抗告を退けていた。
林死刑囚は昨年2月、同地裁に3回目の再審請求をしている。
林死刑囚は公判で無罪を主張したが、09年に最高裁で死刑が確定。第1次再審請求は21年6月に認めない判断が確定している。 [時事通信社]

警察のクマ駆除チームが出動式 ライフル銃で人里出没に対応へ

人里に現れたクマを警察官がライフル銃を使って駆除する任務が可能となった13日、秋田、岩手各県警が駆除対応チームの出動式をそれぞれ開いた。
秋田県警本部では、他の警察から派遣された銃器対策部隊の警察官を含むチームのメンバーに小林稔本部長が訓示。「関係機関との連携を密にし、速やかかつ確実な対応を行い、県民の安全確保を図ってほしい」と述べた。
岩手県では、県警の増田武志本部長が県庁で八重樫幸治副知事と面会。「県民の生活圏へのクマの出没が相次ぎ、安全や安心を脅かす深刻な事態になっている」としたうえで、ライフル銃による駆除について「的確に運用する」と説明した。
終了後、取材に応じた増田本部長は「県、市町村、猟友会と連携し、県民の安全確保を最優先に対応する。クマ出没の不安解消に努める」と述べた。ライフル銃の使用は「現場で的確に対処できるように指導し、訓練を通じて習熟を図り、任務を遂行する」とした。
ライフル銃を使った警察官による駆除は、人里でのクマの出没情報を受けて、警察官職務執行法に基づいて実施される。【工藤哲、山田英之】

従来の健康保険証、期限切れでも10割負担にならず 26年3月まで

12月2日以降に使えなくなる従来の健康保険証について、厚生労働省は、期限切れの保険証を持参した場合でも保険資格を確認できれば、患者に10割負担を求めない措置を講じるよう、医療機関に通知した。マイナ保険証への移行に伴う暫定措置で、期間は2026年3月末まで。
通知は12日付。政府は昨年12月に従来の保険証の新規発行を停止し、「最長で1年間は有効」という経過措置を設けていたが、12月1日に終了する。
後期高齢者医療制度の保険証や、自治体が運営する国民健康保険証の多くは今年7月末に有効期限を迎えており、厚労省は6月に同様の措置を講じるよう通知していた。
今回は、新たに会社員や公務員らが措置の対象に加わることになる。厚労省は、マイナ保険証や従来の保険証と同じように利用できる「資格確認書」を次回以降持参するよう呼びかけることも求めた。【肥沼直寛】

山上被告の母親「心よりおわび」 声を震わせ謝罪 安倍元首相銃撃

安倍晋三元首相銃撃事件で起訴された山上徹也被告(45)の裁判員裁判が13日、奈良地裁(田中伸一裁判長)であり、弁護側証人として出廷した被告の母親は冒頭、「今ここで、謝罪をしたいと思います。徹也が大変な事件を起こしたこと、心よりおわび申し上げます」と震える声で述べた。
母親は弁護側から信仰している宗教について問われると、「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)です」と答えた。
母は「本来は事件が起きた時にすぐに謝罪をしなければいけないと思っていましたが、なかなかできませんでした。首相、(安倍氏の妻)昭恵さんと遺族に心よりおわび申し上げます」と述べた。
この日の法廷では遮蔽(しゃへい)措置が取られ、母親の姿は傍聴席から確認できなかった。
母親は被告が小学生だった1991年、旧統一教会に入信。被告の生い立ちに大きく影響を与えたとされる。
裁判員裁判の初公判で検察側は、母親が教団中心の生活になったことから家族同士の衝突が起きるようになったと指摘。「被告が思い描いた人生を送れないのは教団が原因だと考えるようになった」と述べた。
弁護側は母親の教団への献金額は総額1億円と明らかにし、「被告は自分や家族が教団に翻弄(ほんろう)された人生だと強く思うようになった」と主張している。【岩崎歩、田辺泰裕】

山上徹也被告の母が出廷 証言台で何を語るのか 安倍元首相銃撃

安倍晋三元首相銃撃事件で起訴された山上徹也被告(45)の裁判員裁判が13日、奈良地裁(田中伸一裁判長)であり、被告の母親が弁護側の証人として出廷した。母親が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)にのめり込んだことで、被告が教団への恨みを募らせたとされている。母親が何を語るのか注目される。
母親は被告が小学生だった1991年に教団に入信しており、今も信仰を続けているとされる。
裁判員裁判の初公判で検察側は、母親が教団中心の生活になったことから家族同士の衝突が起きるようになったと指摘。「被告が思い描いた人生を送れないのは教団が原因だと考えるようになった」と述べた。
弁護側は母親の教団への献金額は総額1億円と明らかにし、「被告は自分や家族が教団に翻弄(ほんろう)された人生だと強く思うようになった」と主張している。
被告は事件前、ツイッター(現X)で「オレは努力した。母の為(ため)に」「母を信じたかった」などと投稿していたことが明らかになっている。
検察側、弁護側の主張で、教団最高幹部の襲撃を断念した被告が、教団と関わりがあると考えた安倍氏を標的としたことに争いはない。ただ、被告の生い立ちをどれほど考慮していくかで対立がある。
検察側は「被告の不遇な生い立ちは被害者と関係ない」と指摘。弁護側は「生まれ育った環境が児童虐待に当たり、十分に考慮されるべきだ」と訴えている。【岩崎歩、田辺泰裕】

田久保前市長、市長選出馬の意向=学歴詐称問題で失職―静岡・伊東市

静岡県伊東市の田久保真紀前市長(55)が、自身の失職に伴う市長選(12月7日告示、14日投開票)に出馬する意向を固めたことが13日、関係者への取材で分かった。18日にも出馬会見を開く。学歴詐称が指摘された田久保氏に対し、市議会は10月31日、2度目の不信任決議を可決し、田久保氏は同日付で失職していた。
市長選にはこれまでに元市長の小野達也氏(62)と、新人4人が出馬を表明。立候補の意向を示していた政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志容疑者(58)は今月9日、兵庫県警に名誉毀損(きそん)容疑で逮捕された。
田久保氏はこれまで、市長選への対応について「支援頂いている皆さんとよく話し合って決めたい」と明言を避けていた。 [時事通信社]

【速報】安倍元総理銃撃事件の裁判 山上被告が母親に「また韓国へ行くつもりか金をどうするつもりか」などとメール

安倍元総理の銃撃事件で殺人などの罪に問われている山上徹也被告(45)の裁判で、13日、山上被告が母親や兄、妹とやりとりしたメールが示されました。
2012年4月に母親に送ったメールでは、「いくら私たち兄弟がだめであっても、親がまともなら3人でもやっていける」「なんならお前を殺して保険金を兄にあげようか」などと記載されていたといいます。
また山上被告から「また韓国へ行くつもりか金をどうするつもりか」などと送ると、母親から「ごめんね韓国に行くつもりです」と返信があり、被告がさらに「金をどうするつもりかと聞いている」と問い詰めるような返信をしています。
このあと母親が証人として証言台に立ちます。

耳元で「晋ちゃん…」 安倍昭恵さんの書面読み上げ 元首相銃撃公判

安倍晋三元首相銃撃事件で起訴された山上徹也被告(45)の裁判員裁判が13日、奈良地裁(田中伸一裁判長)であり、検察側は安倍氏の妻昭恵さんの心情をまとめた書面を読み上げた。昭恵さんは「ただ、生きていてほしかった。長生きしてほしかった」とつづった。
事件から1年後となる2023年8月付の書面によると、昭恵さんは事件当日の朝、いつも通りに夫を送り出した。午前11時半過ぎに「撃たれた」と事務所から連絡を受けたという。「あまりに衝撃的だった。世界中の友人から夫の無事を祈るメッセージが届いた」と振り返った。
夫が搬送された病院に向かうと「やっと会えた」。笑っているような顔をしていた夫。その手を握り、耳元で「晋ちゃん、晋ちゃん」と声を掛けた。
「夫の手はまだ温かく、私のことを待ってくれていた」と感じたという。蘇生措置をする医師に対し、「もう結構です」と告げ、永遠の別れとなった。「全てが夢のようで、涙も出ませんでした」
真面目で優しく、努力家。そして、母思いの夫だった。首相を退任してからは家族で過ごす時間も増え、飼い犬とよく散歩に出かけたという。「もっと、もっと続くと思っていました」
家を出てわずか3時間半後に突然、亡くなった夫。昭恵さんは「気を張ってなんとか1年を過ごしてきた」。一周忌で家族や友人が集まると、「なんで、ここにいないのだろう」と涙があふれたという。
最後に妻としての思いを訴えた。「ただ、生きていてほしかった。長生きしてほしかった」【林みづき】