◆官僚のモラル崩壊
―― 菅政権の不祥事が止まりません。週刊文春の報道により、放送事業会社「東北新社」に勤務する菅首相の長男・菅正剛氏たちから複数の総務官僚幹部が接待を受けていたことが明らかになりました。郷原さんはコンプライアンス問題の専門家で、かつて総務省の「顧問・コンプライアンス室長」を務めていましたが、この不祥事の原因はどこにあると見ていますか。
郷原信郎氏(以下、郷原) 官僚のモラルが崩壊してしまったことが大きいと思います。中央省庁の中核を担うはずの総務省幹部たちが利害関係者から度重なる高額接待を受け、贈答品やタクシーチケットまで受領していた。ここには官僚としてのモラルは微塵も感じられません。多くの国民が呆れ返っていると思います。
しかも、彼らは自らの責任を認めようとせず、虚偽答弁まで行っていました。菅正剛氏との会食を報じられた情報流通行政局長の秋本芳徳氏は、2月17日の衆議院予算委員会で、会食の際に同局が所管する放送業界の話題が出たかどうか質問され、「記憶にない」と答弁しました。これを受けて、文春が会食時のやりとりとされる音声データを公開し、所管業務が話題になっていたことを突きつけましたが、秋本氏はその音声が「自分の声だ」と認めながらも、放送業界に絡む話題については「記憶にない」と繰り返しました。
文春の記事を見る限り、放送業界の話は秋本氏と菅正剛氏たちの会食のメインテーマだったはずです。その会合から2か月ほどしか経っていないのに、記憶がなくなるはずがありません。「記憶にない」は明らかに虚偽答弁です。
ここまで官僚のモラルが低下してしまった原因は、8年近く続いた安倍前政権にあります。安倍氏は「桜を見る会」前夜祭をめぐる問題で虚偽答弁を続け、検察の捜査によってその虚偽が明らかになったあとも、国会で説明にもならない説明を繰り返すだけでした。彼はいまだに合理的な説明をしていません。
行政の長たる総理大臣がこういう姿勢では、配下の官僚たちに「自分にとって都合の悪いことでもしっかり答弁しろ」と求めても、本当のことを言うはずがありません。その結果、官僚のモラルは完全に崩壊してしまったのです。
現在の菅政権は安倍政権の継承を掲げて成立しました。そのため、総理大臣や官僚たちの姿勢も、安倍政権からそのまま引き継がれています。安倍政権が長期化したことによって、日本政府全体が虚偽答弁に汚染されてしまったということです。
◆なぜ旧郵政省出身者ばかりだったのか
―― 接待を受けていた総務省幹部たちは、旧郵政省出身者ばかりでした。なぜ旧郵政省に不祥事が集中したのでしょうか。
郷原 それには郵政省の歴史的背景が関係しています。郵政省は2001年の省庁再編によって自治省・総務庁と統合され、総務省になりましたが、もとをたどれば郵政事業を取り扱う官庁で、平たく言えば郵便屋さんです。郵政省の本庁舎は当初、他の省庁が集まる霞が関ではなく、現在の港区麻布台にありました。そのため、中央省庁の中でも格下と見られ、「三流官庁」「四流官庁」と揶揄されていました。
しかし、のちに総理大臣までのぼりつめた田中角栄氏が郵政大臣に就任したことで、状況が大きく変化します。田中氏の政治力を背景に、郵政省は地位を向上させていったのです。
つまり、郵政省には政治にすり寄り、政治権力に依存する体質があるということです。
彼らの姿勢は総務省に統合されたあとも変わりませんでした。私はかつて「日本郵政ガバナンス検証委員会」の委員長を務め、西川善文日本郵政社長時代に起きた「かんぽの宿」問題などの解明にあたったことがあります。一連の不祥事の原因は、政治情勢が激変する中で、日本郵政が郵政民営化を後戻りさせないという政治的意図から拙速に業務執行に取り組んだことにありました。彼らはそれほど政治の意向を忖度していたのです。
これは日本郵政だけでなく、それを監督している旧郵政省系の部局にも言えることです。私は総務省の顧問・コンプライアンス室長を務めていたころ、今回処分された情報流通行政局長の秋本芳徳氏や内閣広報官の山田真貴子氏をはじめ、旧郵政官僚たちの振る舞いを目にする機会がありましたが、彼らは総じて権力に従順でした。民主党政権時代でもそうだったわけですから、安倍一強時代になって彼らがどれほど権力にすり寄ったか、容易に想像できます。
また、今回の接待問題の背景として、旧郵政官僚の権限と能力のアンバランスさという点も見落とせません。デジタル化・IT化の流れの中で旧郵政省の担当分野は急速に拡大し、社会的重要性も高まっていきました。しかし、「三流官庁」「四流官庁」と揶揄された旧郵政官僚たちには、それに見合った能力が欠如していました。それを補うため、彼らはより一層政治権力にすり寄るようになり、ついには総理の息子である菅正剛氏との癒着にまで発展したということでしょう。
◆顧問・コンプライアンス室長の重要性
―― 総務官僚幹部の接待問題などを受けて、菅首相は再発防止のために国家公務員倫理法を徹底すると述べています。
郷原 それでは再発防止につながりません。国家公務員倫理法では利害関係者から供応接待を受けることなどが明確に禁止されており、国家公務員であれば誰でもそのことを知っています。しかし、それが歯止めになっていないからこそ、今回の不祥事が起こったのです。
先ほど述べたように、この問題の背景には、官僚が政治にすり寄り、政治に迎合していく構図があります。こうした事態を防ぐには、政治と官僚の間に「緩衝材」を入れるしかありません。
そこで重要になるのが顧問・コンプライアンス室長なのです。大臣から直接任命された顧問・コンプライアンス室長が、政治からも官僚からも独立した監視機能を果たすことで、初めてコンプライアンス問題の発生やその深刻化を防止することができるのです。
私が総務省顧問・コンプライアンス室長のころ、ICT(情報通信技術)に関する不適切な予算執行が発覚しました。民主党政権発足直後の第2次補正予算で、NPO法人などに対して60億円もの補助金交付を行ったという案件でした。
私たちはすぐに調査を開始し、弁護士やICTシステム専門家、公認会計士などの外部有識者で構成する「ICT補助金等調査・検討プロジェクトチーム」を立ち上げました。そして、不適切な予算執行の実態・問題を解明し、概算払いされていた補助金を大幅に減額しました。その後、調査結果に基づき、制度・運営に関する改善や職員の意識改革を提言しました。
この問題の原因も、総務官僚たちが政権の意向を過剰に忖度し、形だけの審査で杜撰極まりない補助金の採択をしてしまったことにありました。当時の民主党政権に不適切な予算を執行する意図はなかったと思いますが、総選挙で圧勝した民主党政権による肝いりの補助金事業だったため、総務省としては異を唱えることができなかったのでしょう。
現在でも多くの中央省庁にコンプライアンス室が設置されており、外部弁護士が室長に委嘱されているところもあります。しかし、そのほとんどが単なる内部通報の窓口としてしか機能していません。コンプライアンス機能をうまく働かせるには、大臣が直接、顧問・コンプライアンス室長を任命し、それ相応の権限を持たせなければなりません。
コンプライアンス室は専任として取り組むほどの仕事量がなく、非常勤にすると単なる通報窓口になってしまうという難しい問題もありますが、いかにコンプライアンス室の役割を拡大していけるかが不祥事を食い止める鍵になります。
◆贈収賄罪は成り立つか
―― 総務官僚たちの接待問題が刑事事件にまで発展する可能性はありますか。
郷原 刑法の定める贈収賄は、請託・便宜供与のない単純収賄も処罰の対象としています。そのため、接待が職務と関連性があり、社交的な儀礼の範囲内と言えない限り、賄賂と認められ、贈収賄罪が成立します。
それでは今回の問題はどうか。まず職務との関連性を見ると、菅正剛氏の勤める東北新社は総務省の許認可を受けて衛星放送を運営する会社で、彼らは会食の場で明らかに総務省の電波行政に関連する話をしていました。そのため、職務との関連性を否定することは難しいでしょう。
次に今回の接待が社交的な儀礼の範囲内かどうかを見ると、これを判断する上で一つの基準になるのは、接待額が国家公務員倫理法で報告を義務づけられている5000円を超えているかどうかです。総務官僚たちの接待総額は5000円を優に超えているので、とうてい社交的な儀礼の範囲内とは言えません。これらを踏まえれば、贈収賄罪の成立は否定できないと思います。
もっとも、贈収賄罪の成立要件を満たしているからといって、検察が実際に起訴に踏み切るかどうかは別の話です。過去の例からすると、20万円、30万円という金額では検察の起訴基準になりません。また、週刊文春の取材で詳細が明らかになっているのは昨年12月10日の接待だけで、他の接待の賄賂性は不明です。数万円の接待1回で贈収賄罪に問われた例は、これまで聞いたことがありません。
しかし、週刊文春の記事に基づいて告発がなされれば、検察捜査では過去の接待も問題にされるでしょう。それによって賄賂の金額が増える可能性もあります。仮に検察が不起訴処分にしても、国民から怒りの声が上がり、検察審査会への申し立てが行われるはずです。そうなれば、黒川弘務元検事長の賭け麻雀賭博事件のように起訴相当の議決が出ることは十分考えられます。
現在の世論の状況を見ると、この問題を裁判にかけることが良いかどうかはともかく、検察が不起訴処分にすることは受け入れられないと思います。検察が不起訴処分にすれば、国民の怒りは検察にも向かうはずです。安倍政権時代と同じように、この問題でも検察の対応が問われているのです。
◆広島県民をなめるな
―― 安倍政権に続き菅政権でも不祥事が頻発し、政治の信頼は地に堕ちています。どうすればこうした状況を変えることができますか。
郷原 とにかく菅政権を倒すしかありません。この政権は完全に腐りきっており、自浄作用が全く働いていません。だから常識では考えられないようなことが次々に起こるのです。
特に私が腹立たしいのは、参議院広島選挙区の再選挙です。自民党は経産省課長補佐だった西田秀範氏を公認候補として擁立し、選対本部を発足させました。自民党県連が開いた会合には、国会議員や首長、地方議員など70人が集まったと報じられています。マスコミ関係者によると、ここには河井克行・案里夫妻から多額の現金を受けとった地方政治家が多数参加し、再選挙に向けてのろしを上げていたそうです。
しかし、彼らは本来、選挙に関わる資格のない人たちです。彼らの多くは河井夫妻から現金を授受し、しかもそれが買収の金であったことを認めています。選挙買収事件では通常、買収者と被買収者が同時に刑事処分されます。現金を配った案里氏が公選法違反によって有罪になったのだから、現金を受けとった彼らも本当ならば刑事処分されなければならないのです。
公選法違反で起訴され、少なくとも罰金刑を受ければ、公民権が停止されます。公民権停止になれば、一定期間選挙権を失い、選挙運動に関われません。しかし、検察が本来行うべき被買収者の刑事処分に手をつけていないので、それを良いことに、彼らは堂々と選挙に関わっているわけです。
この選挙はもともと、案里氏の有罪が確定したことに伴って行われる「やり直しの選挙」だったはずです。その選挙に、案里氏の選挙で選挙違反を犯した人たちが関わるなど、いったい何を考えているのか。これではとても公正な選挙とは言えません。それこそ「不正選挙」です。選挙運動を行う資格のない者が選挙に関わっていること自体が「不正」ですし、そのような者が関われば、また「不正」が繰り返されるのは必至です。
これほど広島県民をなめた話があるでしょうか。いや、広島県民だけでなく、国民を馬鹿にしているとしか言いようがない。こんなやり方を許してよいのかと、私は怒りが抑えられません。
こうした状況を変えるには、政権交代を実現する以外に方法はありません。それが難しいなら、石破茂氏のように安倍政権に批判だった自民党議員が自民党を割るしかない。それによって政治を一度リセットするしかない。私はそう考えています。
<聞き手・構成/中村友哉 記事初出/月刊日本2021年4月号より>
【月刊日本】
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