“遺体預かり民泊”トラブルの真相「家の前にはドライアイス、庭先に遺体も」《「多死社会」の前兆か》

大阪市住吉区の、一軒家やマンションが建ち並ぶ閑静な住宅街。20分ほど歩けば、全国でも有数の人出を誇る住吉大社がある。どこにでもありそうな住宅街だが、この地で前代未聞のある不気味なトラブルが起きているのだ。
トラブルの渦中にあるのは、地区の中心に建つ一軒家。今時珍しい瓦ぶきの古風な家で、周囲は人の背丈ほどの塀に囲われている。地元関係者の1人が語る。
「時には庭先に遺体が置かれていたことも」
「ここには普段誰も住んでいなくて、しばらく空き家やってん。それがな、近くの住民が言うには、ある日、黒塗りの車が家の前にやってきてスーッと停まったんやて。それで何かをストレッチャーに乗せて、家に運び込んでいたと。ストレッチャーには白い布が被せられていたらしいんやけど、それが人の形をしていたもんやからえらいびっくりして! あ、これは遺体を運んでいるんやなとピンときたらしいねん」
一体、何が起きていたのか。全国紙の社会部記者が解説する。
「2年程まえにこの住宅に住んでいた方がいなくなり、その後に民泊として届けが出されているんです。経営者は50代の外国人男性で、しばらくは旅行客向けの民泊として貸し出していました。しかし新型コロナの影響で外国人観光客が激減。困った男性が、葬儀が行われるまでの間に遺体を一時保管する場所として提供するようになったといいます」
経営者の男性が遺体の受け入れを開始したのは2020年12月頃。1カ月に2体から3体ほど遺体を受け入れていたというが、程なくして、事態を察知した住民から「怖い」などの声が相次いだのだ。
「家の前には大きいドライアイスの箱が置かれていてね。時には庭先に遺体が置かれていたこともあって、外からも見える状態やったみたいやねん。数日間、民家の中に遺体が放置されていることもあったようで、正直、気持ちがいいものではないわな」(前出・地元関係者)
そして今年1月、近隣住民から区役所に「民泊で遺体を安置している」という苦情が寄せられる事態に発展したというわけだ。区役所でも対応を検討したというが、遺体の一時預かりを規制する法律などはなく、民泊事業をめぐる法令にも違反していないという。
「法律や条例の規制がないため、最終的には、当事者同士の話し合いで解決するほかないのが実態です。民泊を経営する男性は、『普段は棺桶やドライアイスを販売していた。葬儀業者から遺体を一時的に預かって、棺桶に納めてドライアイスを入れることはあったが、悪いことはしていない』と説明しています。一方で、『住宅が売れるまでは、遺体の搬入は続けたい』とも話していたのですが、近隣住民からの反発を受けて預かりを中止することにしたようです」(前出・社会部記者)
コロナ禍で家族葬や直葬を選ぶ人が急増
そもそも、なぜ、葬儀業者は民泊に遺体の預かりを依頼していたのか。業界関係者は、現代特有のやむを得ない事情があったのではないかと指摘する。
「大手の葬儀業者は自前の遺体安置所を持っていますが、小規模の葬儀業者は持っていないことが多いんです。しかも最近は親戚や会社の同僚など大人数の参列者を集める昔ながらのお葬式よりも簡素な家族葬や直葬を選ぶ人が増え、小規模葬儀業者へ依頼が急増している。自前の安置所を持たない葬儀業者は、何とかして遺体の保管場所を確保しなければならない。規制がない民泊に遺体の預かりを依頼するのも、やむを得ない一面があるのかもしれません」(葬儀業関係者)
本格的に多死社会が到来すると…
また、前出の社会部記者は「この状況は『多死社会』の到来を予感させるトラブルだ」とも語っている。
「2016年、厚労省が『新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会 第1回』で作成した資料に、『多死社会の到来』という項目がありました。多死社会というのは、高齢化社会が進行した後にやってくると言われていて、人口の大部分を占める高齢者が寿命で亡くなり、人口減が急速に進む社会の形態のことです。日本では2040年頃に年間死亡者数が最大になると言われています。
本格的に多死社会が到来すると火葬場が不足する。つまり亡くなってから火葬するまでの“順番待ち”の期間が生まれるということです。“遺体一時預かり民泊”は今後も増えていくかもしれません」
前出の地元関係者はこうも語っていた。
「こんな時代やし、法律に違反しているわけでもないから、民泊業者もちょっと不憫ではあるわな」
今後、日本は迫りくる多死社会とどう向き合っていくのだろうか。
(長岡 薫/Webオリジナル(特集班))

「なぜ犯罪者を守るのか」刑事弁護人に対する“批判”に弁護士・亀石倫子が導き出した“答え”とは

ドラマや映画における刑事弁護人は、冤罪を押し付けられている被告人の無罪を獲得するために奔走する“正義の象徴”として描かれることがほとんどだ。しかし、現実には被告人が既に罪を認めており、その弁護を担当するというケースも決して珍しくない。それだけに「刑事弁護人はなぜ犯罪者を守るのか」といった批判や疑義を投げかける人も現れる。
そうした声を当の刑事弁護人はどのように考えているのだろうか。ここでは大阪府警GPS捜査違法事件や風営法ダンス営業規制事件、タトゥー彫り師医師法違反事件など、さまざまな事件で弁護人を担当してきた弁護士の亀石倫子氏、ライターの新田匡央氏による共著『 刑事弁護人 』(講談社現代新書)の一部を抜粋。“刑事弁護人”としての彼女の矜持を詳らかにする。
◇◇◇
刑事弁護人として
1974年6月に北海道小樽市に生まれた亀石は、小説家で翻訳家の伊藤整、映画監督の小林正樹、お笑いコンビ「極楽とんぼ」の加藤浩次などを輩出した小樽潮陵高校を卒業した。都会に憧れて東京女子大学文理学部に進学する。だが、そこからの4年間は「暗黒時代」だった。都会育ちの裕福な家庭で育った「お嬢様」たちに囲まれて怖気づき、何かに挑戦する勇気が持てなかった。親しい友人もほとんどできず、孤独だった。
大学の4年間で手にしたのは、自分に自信が持てず、田舎者が東京に負けた敗北感──そんな思いを抱えて小樽に戻る。就職は、大手通信会社の札幌支店に決めた。小樽から長距離バスで通勤する毎日を送るが、ここでも環境になじめなかった。
総合職で採用されたのに、女性だけ制服があった。入社してそれを見たとき「辞めたい」と思った。大人になってまで、人に決められた服を着るのが我慢できなかった。しかも、20代の若手と50代のベテランが同じ制服を着ている。自分が50代になったときに制服を着て仕事をする姿が想像できなかった。
「どうしてあなたはみんながやっているのにやらないの?」
毎朝、職場の社員全員で行うラジオ体操も意味がわからなかった。上司に呼ばれ、「どうしてあなたはみんながやっているのにやらないの? どうして職場の和を乱すの?」と怒られた。周囲はみな、文句を言いながら従っていた。会社にいたら、おかしいと思っても黙って従う人間になりそうで怖くなった。2000年12月、同僚との結婚を機に3年8ヵ月の会社員生活を離脱。年内には、夫の勤務する大阪に移った。
亀石は、仕事そのものは好きだった。望んで退職したものの、無職になる気はなかった。リクルートなど数社に中途採用の履歴書を送ったが、面接すらしてもらえない。少しは名の知れた東京の大学を出て、大手企業に3年8ヵ月勤務したところで、即戦力にもならなければ、第二新卒として期待もされない。
目標を、資格取得に切り替えた。大きな組織の中で、いてもいなくてもいい歯車の一つになるのではなく、自分の仕事が社会の役に立ったり、人に何かを伝えられたりする仕事に関わりたいと考えるようになったからだ。
一生続けられる仕事を探して
いくつかの資格を検討した。だが、少し勉強するだけで取れるような資格は、すぐに役に立たなくなると思った。一生働きたいと願う亀石には、そんな資格が通用し続けるとは思えなかった。
小さいころから「何者かになりたい」と思って生きてきた。誰ともなじめなくても「どこかに自分がいるべき場所があるはずだ」と思い続けてきた。その願望と、一生続けられる仕事という条件に合致したのが弁護士だった。亀石が弁護士に目標を定めたのは、会社を辞めてから3ヵ月後のことだ。
2001年4月から司法試験予備校で学び、2年間猛勉強を重ねた。2003年の旧司法試験で「択一式試験」に合格。しかし、論文試験はまったく歯が立たなかった。2年間必死に勉強すれば、マークシート式の試験には合格できる。でも、論文試験に受かるほどの法的思考力はほとんど身につかなかった。
このままでは受からない。悩んだ末、法科大学院で勉強する道を選択する。
刑事弁護人にしか明らかにできない“真実”
2004年に法科大学院を受験、公立・私立などいくつかの合格証書を手にした。学費のことも考え、公立の大阪市立大学の法科大学院を選んだ。2年間の法律既習者コースで学び、2007年の新司法試験を受験する。不合格。翌年ふたたびチャレンジ、合格者2000人余りのなかで1800番台というギリギリのラインで合格。2008年12月から司法修習生として1年間の研修を受け、2009年12月に修了し弁護士登録を果たす。弁護士を志してから、9年が経とうとしていた。
法科大学院時代に有能な刑事弁護人に出会った亀石は、彼らにしか明らかにできない真実があることを知る。以降、刑事弁護人になることを目標に定めた。男社会の弁護士業界、若くもない、司法修習生としての成績も悪い。とても採用されるスペックではなかったが、刑事弁護人になりたいという熱意を買ってくれた大阪パブリックに採用された。こうして2010年1月、亀石は弁護士としてのキャリアをスタートさせた。
“イソ弁”としてキャリアを始動
亀石は、事務所に雇われる「居候弁護士」──通称「イソ弁」である。イソ弁は、事務所
に来る事件、所長に来る事件、先輩に来る事件を手伝いながら仕事を覚えていく。
最初は、戦場に赴く兵士のような気持ちで事務所に通った。男も女も関係ない。先輩に「接見行ける?」と聞かれれば、どんなに遠い警察署でも引き受けた。おかげで大量の事件を経験し、少しずつ刑事弁護人としての「勘」のようなものが培われた。
残虐な事件を起こしたと疑われている被疑者と会っても、いつしか驚きも、恐れることもなくなった。被疑者や被告人に偏見を持つと真実が見えてこない。どんなに極悪非道と思える事件でも、累々と積み上げられた前科があっても、ひとまずそれは脇に置いてフラットな気持ちで話を聞く必要がある。彼ら、被疑者や被告人は、最初から弁護人を自分の味方だと思っているわけではない。まずは仲間だと思ってもらえなければ、何も始まらない。偏見や先入観を排し、被疑者や被告人と同じ目線に立つ。刑事弁護人として必要不可欠な資質だと亀石は考えている。
弁護士は被害者・遺族の敵なのか
「刑事弁護人は、なぜ犯罪者を守るのか」
「どうして刑事弁護人は、悪いことをしたヤツらの弁護ができるのか」
「被害者や遺族の心情を、刑事弁護人は少しでも考えたことがあるのか」
「刑事弁護人は犯罪者の味方。だから、被害者や遺族は弁護人の敵だ」
「刑事弁護人は犯罪者の刑期を短縮することで、再犯罪が起こるのを助長している」
被疑者・被告人の弁護活動を行う刑事弁護人に対して、しばしばこのような疑義・批判の視線が向けられることがある。亀石もまた、こうした問いかけを何度も受けてきた。
被害者や遺族の側からすれば、そのように思われるのは無理のないことだし、理解できる。ただ、「刑事弁護人」という仕事の本質が、あまりにも社会から理解されていないようにも感じている。
彼女の考え方にもっとも近いのは次の言葉だ。
罪を犯したと疑われている人の権利を守ることは、自分を守ることでもある。
自分が弁護をしている被疑者・被告人は、もしかしたら自分だったかもしれないという感覚がある。
正当な手続きで裁判を受けるために…
犯罪をしたと疑われて自分が逮捕され、起訴され、裁判にかけられたとする。その過程で、自分の行為が必要以上に捻じ曲げられるかもしれない。実態よりも過度に悪質だと判断されるかもしれない。いくら「真実」を語っても、聞く耳を持ってもらえないかもしれない。さまざまな方法で自白を迫られ、ありもしない「事実」を言わされるかもしれない。いちど被疑者・被告人の立場に置かれれば、どんな有名人だろうと、有力な政治家だろうと、裕福であろうとも、たった一人で国家権力と対峙する、一人の無力な人間なのだ。刑事弁護人がそばにいなければ、正当な手続きで裁判を受けられないかもしれない。
被疑者・被告人と捜査機関との間には、アリと象ほどの歴然とした力の差が存在する。捜査機関は強大な国家権力であり、強力な捜査権限に基づいて証拠を集められる。だが被疑者・被告人は身体を拘束され、自己に有利な証拠を集める手段も権限も資金も極めて限られている。
この圧倒的な力の差を無視して、公平・公正な裁判などできない。そこで、憲法は被疑者・被告人に適正な手続きを受ける権利(第31条)、弁護人を依頼する権利(第37条)、黙秘権(第38条)を保障することで、両者を対等な当事者と位置づけようとする。対等な当事者として公平・公正な裁判が行われなければ、被告人に刑罰を科す判決の正当性が担保されないからだ。
被疑者・被告人と弁護士の自分は無関係な世界の人間ではない
こうした手続きのなかで、刑事弁護人は被疑者・被告人に与えられた正当な権利に基づいて依頼される。被疑者・被告人に与えられた権利を最大限行使し、強大な国家権力である捜査機関と対峙する役割を担う。国家権力が適切に行使されているのかをチェックする──それが刑事弁護人の重要な役割なのだ。
亀石は、被疑者・被告人が自分とは無関係の世界の人だとは思っていない。彼らも自分も同じ社会に生きている。彼らに起きることは、いつ自分の身に起こってもおかしくないと思うと、傍観者ではいられない。
罪を犯した疑いのある者の権利さえも守られるのが法治国家
「GPSを勝手に車につけられた」と黒田から聞けば、勝手に自分の車につけられる事態を想像する。自分が知らない間に、警察によって自分の行動が洗いざらい把握されるかもしれない。黒田の権利が侵害される事態は、いつか自分たちの権利が侵害される前触れかもしれないのだ。
「黒田は悪質な窃盗犯だ。悪い奴なんだから、警察から勝手にGPSをつけられて行動を確認されたって文句を言えるような人間ではない」
そのように考えるのは簡単だ。だが、結局、令状を取得せずに行ったGPS捜査は、黒田のような被疑者や被告人だけの問題ではなく、自分たち国民の問題でもあるのだ。「罪を犯すヤツの権利など守らなくていい」という考え方は、いずれ、罪を犯していない人間の権利さえも守られない社会を受け入れることになる。
それを法治国家と呼べるか。
罪を犯した疑いのある者の権利さえも守られる。それが、法治国家ではないか──亀石はそう思うのだ。
犯罪のきっかけは誰にでも起こりうるようなこと
これらの理屈は、刑事事件とは無縁の市井の人々には理解しにくいかもしれない。実際は、被疑者・被告人の立場に立ってみなければ、なかなか現実味が湧かないだろう。
多くの人々は、自分は犯罪とは無関係であり、生涯罪を犯すことなどないと思っている。だが、これまで250件以上の刑事弁護を経験し、あらゆる犯罪の被疑者・被告人に話を聞いている亀石からすれば、自分が犯罪者にならない可能性がゼロだとは到底思えない。
なぜなら犯罪のきっかけは、誰にでも起こりうるようなことだからだ。
たとえば、ある40代後半の女性は精神的な病によって職を失い、あまりにも金がなくて老女の買い物袋をひったくった。ある20代の女性は、食べては吐くという過度なダイエットが原因で摂食障害になり、食料を盗むようになった。ある80代の男性は、一人で認知症の妻を介護するなかで将来を悲観するようになり、無理心中を図った。ある30代の女性は、孤独な育児で産後うつになり、わが子に障碍を負わせてしまった。
自分が「そちら側」に行くはずがないとは、絶対に言い切れない。彼らが自分かもしれないという危機感は、心のどこかにいつもある。
だからこそ、亀石は刑事弁護人として被疑者・被告人の弁護を続けている。
(亀石 倫子,新田 匡央)

「ただ、女性の首相が誕生したとき…」野田聖子が凍り付いた二階幹事長・誕生会での“ひと言”

2月中旬の自民党本部。幹事長代行の野田聖子など、自民党幹事長室の主要メンバーらが集まり、幹事長・二階俊博の誕生日を祝う会合が開かれていた。時節柄ケーキなどの食べ物はなく質素なあつらえだったが、普段は寡黙な二階がこの日ばかりはご機嫌な表情で、出席者からのあいさつや問いかけに積極的に応じていたという。
会合の終盤、ある質問が二階に飛んだ。
「女性の首相誕生の可能性をどう見ているか」
二階の脇に“側近”よろしく陣取る野田聖子を横目に、二階は答えた。
「男とか女とか、そんなことはあまり関係ない。ただ、女性の首相が誕生したときに、それを支える体制が女性議員の側に整っているかだ」
野田聖子を支えようという人がいない
それまで努めて明るく振舞い、お祝いムードを演出していた野田だったが、二階の言葉を聞くと、凍った表情になったという。
さすがに政治経験を重ねた老練な二階の分析である。日本の政治史上、いまだ女性首相が誕生しない背景を「女性議員が女性議員を支えられないからだ」と喝破したのだ。
野田聖子は自他ともに認める、女性首相を目指す政治家の1人だ。しかし、過去2度出馬を目指した自民党総裁選では、出馬に必要な20人を集められたためしがなかった。
30代で郵政相として初入閣して以来、内閣府特命相、総務相などの閣僚を歴任し、党においても総務会長という党三役を務め、経歴や知名度に申し分はない。しかし、彼女を支えようという「集団」はいまだ存在せず、総裁選への出馬は実現していない。
「言いがかりをつけられた」稲田朋美との不仲
自民党には現在40人近い女性国会議員がおり、仮にこれをまとめることができれば、総裁選の立候補は容易だ。しかし、二階は名指ししたわけではないが、その指摘通り、女性議員をまとめられていないのが野田の現状だ。
野田が女性議員をまとめられていない象徴といえるのが稲田朋美との不仲だ。野田の前任の幹事長代行であり、野田と同じく女性首相を目指すことを口にして憚らない稲田朋美は、野田について「信用できない」とことあるごとに口外し、敵視している。
それは、稲田が主宰する女性議員グループ「女性議員飛躍の会」が、自民党本部の会議室の一つを専用部屋として使うことに対し、野田が異議を申し立てたことに端を発している。野田は「党内には女性局という正規の組織があるのだから」と主張していたようだが、稲田は「言いがかりをつけられた」と強く思っていて、このときの恨みを拭い去れないでいる。
高市早苗、佐藤ゆかりとも不仲…野田の周りに「融和」はない
稲田は、2005年、当時の首相・小泉純一郎による「郵政選挙」で初当選した。保守思想で共鳴する安倍晋三の後ろ盾を得て、2012年に内閣府特命相で初入閣したのを皮切りに、党政調会長、防衛相など重要ポストを歴任し、いまや野田と対をなす自民党女性議員の筆頭格だ。
とはいっても、野田は前首相・安倍晋三と同期、1993年の初当選。稲田と比べれば10年以上のキャリアの差がある。本来なら野田は、稲田の行動など軽くいなせばいいのだが、自らの立場を脅かすという危機感なのか、会議室の使用という大学のサークルレベルの些細な問題で関係をこじらせた状態が続く。
稲田との関係以外にも、野田は夫婦別姓をめぐる考え方の違いから、古くは高市早苗との対立も囁かれた。野田が郵政民営化に反対し、離党せざるをえなかった郵政選挙で、小泉が野田の選挙区である岐阜1区に自民党公認候補、いわゆる刺客として放った佐藤ゆかりとの不仲は語るまでもない。
それだけではない。女性議員との関係以外でも、地元「岐阜県連のドン」と言われる猫田孝県議との不仲は永田町では有名で、野田の周りで「融和」や「融合」といったキーワードを聞くことがない。
森喜朗の女性差別発言には抗議ナシ「不思議な寛容さ」
もちろん、野田の側だけに問題があるのではない。会議室の利用問題一つで積年の恨みのごとく語る稲田にも、本来の保守政治家が持つべき「寛容さ」が欠如している。高市との不仲も、高市が歩み寄ったという話も寡聞にして知らない。不仲という問題は、当事者双方に原因があるのであり、双方に「寛容さ」が欠けているからこそ起こる問題なのだ。
その一方で不思議に思うのは、女性議員の間の問題では互いを批判する鋭さを持ちながら、一転、男性の大物議員の問題にはあまりにも「寛容さ」が過ぎるのではないかということだ。
東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長(当時)の森喜朗が、女性差別発言をした際、自民党の女性議員から抗議の声はあがらなかった。むしろ、党内では、男性議員の後藤田正純政調会長代理や、元新潟県知事の泉田裕彦議員が批判の声をあげたくらいだ。
なぜ女性の立場から、この問題を鋭く指摘する声がないのか。当時不思議に思ったのは、筆者だけではないだろう。
このほかにも、緊急事態宣言中に深夜銀座のクラブをはしごした松本純議員らの問題にも、女性議員から批判の声があがったとは聞かない。
自民党女性議員は「ときの体制に刃向かわない」
しかし、こうしたことを自民党女性議員に求めるのは酷なのかもしれない。なぜならば、自民党の歴代執行部が、閣僚などの重要ポストに引き上げてきた女性議員は、田中真紀子という究極の例外を除けば、「女性としての華やかさを持ちつつも、ときの体制に刃向かわない」という都合の良い者たちばかりだからだ。
野党時代に「愚か者めが!」と民主党に叫んだことくらいしか政治家としての実績がない丸川珠代が、環境相や五輪担当相で幾度も入閣するあたり、自民党執行部の女性大臣観が透けて見える。「この政策を実現したいから、この女性議員を大臣にしたのだ」こんな説明を、ときの首相から聞いたことはほぼない。
野田聖子が30代で郵政相として初入閣した背景も、ときの権力者である野中広務や古賀誠にかわいがられていたからにすぎない。政策的な期待を背負った初入閣ではなく、男性議員ばかりの閣僚名簿のなかにおける一服の清涼剤に過ぎなかった。
小池百合子も二階を後ろ盾にするあたり…
当代女性議員の出世頭ともいえる小池百合子も同じだ。彼女も国会議員時代には、細川護熙、小沢一郎、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三と後ろ盾を替えつつも、基本的には、ときの後ろ盾には刃向かわずに立身出世を図ってきたのだ。現在も、菅政権を批判する半面、自民党幹事長・二階俊博を自らの後ろ盾にしているあたり、根本的なビジネスモデルは変わっていない。
ただ、こうしたことは自民党だけの問題ではない。野党側にも、蓮舫議員と辻元清美議員、森ゆうこ議員の不仲、森ゆうこ議員と福島みずほ議員の不仲など、主要な女性議員の間の分裂は枚挙にいとまがない。自らの党に問題が起こった時に、声をあげる姿は野党女性議員にもあまり見られない。
もちろん、国会議員を男性、女性で分けて論じることが時代錯誤だとの指摘は甘受するつもりだ。しかしながら、女性初として、中山マサが1960年に閣僚(厚労相)に、1993年に土井たか子が衆院議長に、2000年に太田房江が知事(大阪府知事)に、2004年に扇千景が参院議長に就任し、女性の政治進出は一定程度進んだ。だが、女性首相はいまだ誕生していないのが厳然たる事実なのだ。
もし与党のなかで、また野党のなかで女性議員が一つにまとまり、政策的な発信をすることができれば、強制的に女性議員を割り当てるという「クオータ制」など採用せずとも、国民の期待は自然と女性議員に向くのではないか。
女性政策を語るとき、議員のクオータ制が論じられるあたり、女性議員は自らその力不足を恥じるべきだ。「自らの価値が低いので、下駄をはかせてもらえませんか」と自白しているようなものだからだ。女性議員へのエールを込めて、あえてその点を指摘したい。(敬称略)
(赤坂 春鷹/Webオリジナル(特集班))

小池百合子都知事「大変恥ずかしい」五輪開閉会式不適切提案の佐々木宏氏にあきれた

東京五輪・パラリンピックの開閉会式を巡り、クリエイティブディレクターの佐々木宏氏(66)がタレントの渡辺直美(33)の容姿を侮辱する演出を提案した問題で、渡辺は18日、所属の吉本興業を通じて「私自身はこの体型で幸せです」などとするコメントを発表した。一方、東京都の小池百合子知事(68)は「大変恥ずかしい」と不快感をあらわにした。
「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言して職を辞した森喜朗前組織委員会会長に続く、佐々木氏のLINEでの不適切提案。またも女性を侮辱する内容に、小池氏もあきれ果てるしかなかった。
この日、都庁で取材陣に囲まれると「一言で言って大変恥ずかしい」と不快感を示した上で、「新型コロナウイルスが発生し、世界が変わっている中で、東京から、日本から何を発信するかがポイントなのに、ネガティブな発信をしてどうするのか」と批判。佐々木氏は大会の「顔」として最も注目される開会式の演出を担当する立場なだけに、イメージ低下は避けられないとした。
また、当日に向けて演出の内容を詰める作業が佳境に入っていく中での辞任については「既に準備しているものもあるので、しっかりしたコンセプトをまとめて進めていかないと、時間的にも費用的にもこれ以上の余裕はない」と指摘。“待ったなし”の状態であることを不安視した。
小池氏だけでなく、丸川珠代五輪相も、参院予算委員会で佐々木氏に苦言を呈した。立憲民主党の白真勲氏の質問に対し、「(提案は)全く不適切なものでありまして、あってはならない発言だと思います」と答弁。佐々木氏が組織委を通じて提出した謝罪文を読み「初めて知ったことがたくさんあった」そうで、辞任に関しては「ことの経緯からして、当然のことと思います」と指弾した。

都、時短営業拒否の27店に命令 改正特措法で全国初

東京都は18日、新型コロナウイルスの緊急事態宣言下で午後8時までの営業時間短縮を拒否していた飲食店27店舗に対し、改正特別措置法45条に基づく時短営業の命令を出した。法改正で新設された命令が出されたのは全国で初めて。
改正特措法上、命令の対象期間は緊急事態宣言の発令中のため、期限の21日までで終了する。命令も拒否した場合は行政罰として30万円以下の過料となる。罰則付きの命令には強い私権制限を伴うとの批判も出ており、宣言解除直前での発令には疑問の声も出そうだ。

小池都知事、宣言解除も「現状は依然厳しい」…卒業旅行、花見宴会ナシ呼び掛け

東京都の小池百合子知事(68)は18日、首都圏1都3県に発令中の緊急事態宣言について政府が21日で解除すると表明したことを受けて臨時記者会見を開いた。
小池氏は都内感染状況について「東京都の現状は依然として厳しい。(緊急事態宣言は)解除されますけれども、感染はまだ収まっていない」との現状認識を示し、卒業旅行や歓送迎会、花見での宴会“ナシ”を呼び掛けた。
1都3県では「段階的緩和期間」を今月22日から31日まで設定し、都民や県民に向けて不要不急の外出自粛や、飲食店などに午後9時まで営業時間短縮を要請する。小池氏は「感染を抑えリバウンドをいかに防ぐか、その期間であることを意識していただきたい。改めて気を引き締めて欲しい」と求めた。
また、感染の再拡大を防ぐために感染力が強いとされている変異株への対策として、現在新規感染者のうち約10%に行っている変異株PCR検査を、4月上旬までに約25%に、その後40%まで早期に拡大する方針を発表した。
東京都は18日、新型コロナウイルスの感染者が新たに323人確認されたと発表した。9日から前週の同じ曜日の感染者数を上回っていたが、10日ぶりに前週の感染者を下回った。新規感染者数の直近7日間平均は297・1人で、前週(273・1人)の108・8%となり増加に転じた。重症者数は前日から3人増の44人だった。

安西正弘さん死去=「うる星やつら」竜之介の父の声

安西 正弘さん(あんざい・まさひろ、俳優・声優)15日午前11時22分、急性心不全のため東京都内の病院で死去、66歳。東京都出身。葬儀は近親者と関係者のみで行う。
劇団「テアトル・エコー」に所属し、ミュージカル「ラ・マンチャの男」、宮本亞門さん演出の「エニシング・ゴーズ」など外部公演にも出演。声優としては「うる星やつら」で竜之介の父役の強い印象を与える演技で親しまれ、NHK教育(現Eテレ)の幼児番組「おーい!はに丸」で馬のひんべえなどを担当した。
糖尿病で97年から休業したが、足や視力に障害を負いながら07年に復帰していた。
[時事通信社]

再び緊急宣言出さないことが責務 訪米後の解散、全く考えず=菅首相

[東京 18日 ロイター] – 菅義偉首相は18日、飲食を通じた感染防止や変異ウイルスの監視強化などを徹底することで「再び緊急事態宣言を出さないよう(新型コロナウイルス感染症対策本部で決定した)5つの対策をしっかりやるのが私の責務」と強調した。4月前半に想定される訪米後の衆院解散観測については「全く考えていない」と否定した。緊急事態宣言の全面解除決定後に、官邸で記者会見した。
菅首相は会見の冒頭で「これまで飲食店の時間短縮を中心に行ってきた対策は大きな成果をあげた」とし、解除判断の目安となった病床使用率について「基準を安定して満たしている」ことを全面解除の理由に挙げた。
一方、新規感染者数の動向に関しては「横ばいや微増の傾向が見られ、リバウンドが懸念されている。変異株の広がりも警戒する必要があり、宣言が解除される今が大事な時期」との認識も併せて示し、「国と自治体が協力しながら、感染対策を続ける」と述べた。
感染再拡大を回避するための総合対策では、1)飲食を通じた感染防止、2)変異株の監視体制の強化、3)感染拡大の予兆をつかむための戦略的な検査の実施、4)安全・迅速なワクチン接種、5)次の感染拡大に備えた医療提供体制の強化――を掲げ、「世界でもコロナとの戦いは続いており、できることはすべてやり抜く。自ら先頭に立ち、国民の命と暮らしを守り抜く覚悟で全力で取り組む」と語った。
コロナ収束に向けて「必要なものには、しっかりと財政を付けていく」との考えも示した。
首相は「新型コロナの影響で厳しい状況に置かれた家庭や、非正規(雇用労働者)などの弱い人に対してさまざまな支援策を行っているところ。思い切った財政出動で財政が厳しくなっているのも事実だが、政府としてはできる限り対応することが大事」とした。飲食業の事業継続で「金融面での対応策を早急に取りまとめたい」との方針も明らかにした。
改正特別措置法で新たに設けた「まん延防止措置」を適用するかについては、「今やる、やらないではなく、感染状況を見ながら必要であれば実行に移す」と述べるにとどめた。
4月前半に想定される日米首脳会談では「(バイデン米大統領と)個人的な信頼関係を深めつつ、日米同盟のさらなる強化につなげていきたい」と抱負を語った。新型コロナ対応や中国を巡る諸課題、北朝鮮による拉致問題に加え、気候変動対応でも「日米が互いに連携することを確認する会談としたい」と述べた。
与党内で取りざたされる訪米後の衆院解散観測に関しては「全く考えていない」と否定するとともに、「9月までが(自民党総裁としての)任期なので、その中で考えていくのは事実だが、優先すべきはコロナの収束」と強調した。今夏の東京五輪・パラリンピックにも触れ、首相は「開催する方向で準備しているのが実状。しっかり応援していきたい」と述べた。

(山口貴也 編集:山川薫)

外国人新規入国停止を継続=五輪関係者らは例外―政府

政府は18日、緊急事態宣言に伴う外国人の新規入国の全面停止措置について、21日の宣言解除後も「当分の間」、継続することを決めた。新型コロナウイルスの変異株の拡大などで感染収束が見通せないため。「高い公益性」や「緊急性」がある場合は例外とし、日本人帰国者や再入国する在留資格保持者と合わせ、1日計2000人程度を上限に入国を認める。
菅義偉首相は18日の記者会見で、「航空便の搭乗者数を抑制し、入国者の総数を管理する」と述べ、水際対策を徹底する考えを強調した。
同日の衆院議院運営委員会で、首相は水際対策の緩和について、「国内外の感染状況などを踏まえ、慎重に判断する必要がある」と指摘。一方、「緊急性がある場合には、十分な防疫措置を前提に個別に入国を検討していく」とも語り、東京五輪・パラリンピック関係者らは例外になるとの見方を示した。
[時事通信社]

隠れクラスター「後ろ向き」調査 誰から感染、行動履歴で遡り 発症前2週間対象

新型コロナウイルスの感染防止対策の今後の柱の一つとして、見えない感染源やクラスター(感染者集団)をあぶり出す感染者の「後ろ向き」調査が注目されている。濃厚接触者を特定する従来の「前向き」調査と違い、調査対象期間が長い上、行動履歴の聞き取りも難しい。調査の強化はなかなか進んでおらず、現場では体制の拡充を進める動きも始まっている。(荒船清太)
「後ろ向き」調査は積極的疫学調査の一つで「深掘り調査」とも呼ばれる。西村康稔経済再生担当相も17日の会見で強化策を自治体と協議中と明らかにした。
感染者が発生すると、保健所は感染後の行動履歴を確認し、感染者が誰に感染させたか、濃厚接触者を調べる。これが前向き調査だが、それと並行し、その感染者の感染前の行動履歴を調べ、感染者が誰から感染したかを遡(さかのぼ)る調査も行う。これが後ろ向き調査だ。
宣言下の4都県では経路不明の感染が5割近くを占めており、政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長も15日に「見えない感染源がある」と言及。後ろ向き調査は、この見えない感染源やそこから広がる見えないクラスターの特定が期待される。
宣言直後に比べて感染者数が落ち着いてきた今、専門家は前向き調査に割いていた労力を後ろ向き調査に振り向けるべきだとしている。
ただ、後ろ向き調査は困難も伴う。
前向き調査は発症2日前から入院・療養までの数日間が対象だが、後ろ向き調査は潜伏期間も考慮し、発症前2週間(重点は発症前1週間)が対象だ。
都の担当者は「2週間前は何を食べたかすら思い出してもらうのが難しい。食中毒などと違い、本人がリスクのある行動を取った自覚がなく、聞き取った履歴に本来なら重要な履歴が抜け落ちていることもある」と指摘。後ろ向き調査で感染源が判明した例はほとんどないと打ち明ける。
都は積極的疫学調査を拡充するため、9月時点で8人だった「トレーサー(追跡)班」を60人以上に拡充。100人体制を目指し、保健師らに広く募集をかけている。都関係者は「3密(密集、密接、密閉)以外にも隠れたリスク要因があるかもしれない。ビッグデータを活用し、そうした要因を明らかにするなど、従来と違う調査も必要だ」としている。