福島県沖で13日夜発生した地震で、負傷者が福島県で83人、宮城県で52人など、東北、関東の10県で157人に上ったことが15日、総務省消防庁のまとめで分かった。11人が重傷、146人が軽傷だった。福島や宮城などの被災地では大雨に見舞われ、土砂災害への警戒が高まっている。
震度6強を観測した福島県相馬市では、住宅の屋根瓦が落下する被害が相次いだ。市は雨に備え、ブルーシートや土のうを無料で配布。シートを受け取りにきた遠藤陽子さん(61)は「東日本大震災から10年たち、気を抜いていた部分もあった。念のための備えが必要だと感じた」と話した。
興仁寺(同市)では拝殿が倒壊した。寺の関係者は「これほど強い揺れは初めて。以前、寺の修復をしてくれた大工に連絡を取り、拝殿の撤去作業をしてもらっている。これから費用がどれだけ掛かるだろうか」と不安げに話した。
同県新地町の辺見栄子さんの自宅でも屋根瓦が大きく崩れ、15日朝から2階で雨漏りが生じた。宮城県から駆け付けた業者が補修作業をしたほか、14日に地域に住む女性がボランティアでブルーシートを張ってくれたという。辺見さんは「隣近所の助け合いがありがたい。これで少しは安心して寝られる」と笑顔を見せた。
地震は13日午後11時7分ごろ発生。相馬市や宮城県蔵王町などで震度6強の揺れを観測した。気象庁によると、震源の深さは55キロ。地震の規模(マグニチュード=M)は7.3と推定され、東日本大震災の余震と考えられる。
経済産業省によると、地震の影響で起きた被災地の停電は解消された。厚生労働省によると、福島、宮城などで一時約3万6000戸に上った断水は、9割以上解消された。
[時事通信社]
「news」カテゴリーアーカイブ
「10年たってまた被害に遭うとは」窓ガラス割れ食器散乱、落胆する被災者
13日深夜に震度6強の激しい揺れに見舞われた福島、宮城両県では、住民らが自宅の片付けに追われた。2011年3月に起きた東日本大震災の発生からまもなく10年。住民らは再び、不安な暮らしを余儀なくされている。
福島県新地町では、住宅の屋根の瓦が落ちたり、外壁がはがれ落ちたりする被害が出た。
会社員男性(63)宅では15日午前7時前から屋根の修理を開始。15日は雨の予報で、近所の人たちが屋根の上に上って、はがれかけた瓦をはめ込んだり、ブルーシートをかけたりした。男性は「足が悪いので屋根の補修はあきらめていた。助けてもらって本当にありがたい」と話した。
13日の地震は、東日本大震災の時より揺れを強く感じたといい、木造2階建ての住宅は壁にひびが入り、窓ガラスが割れて食器も散乱した。一時断水していたが、15日朝から水道が使えるようになった。
妻(62)は「東日本大震災から10年たとうとしているのに、また被害に遭うとは思いもしなかった」と落胆した様子だった。
同県相馬市の女性(45)は14日、高校3年の長男(18)と一緒に、衣類や書類、本などが散乱した自宅の片付けをしていた。大震災では、屋根瓦が落ちる程度の被害だったが、今回の地震では、天井に柱がめり込み、自宅玄関はゆがんで、扉の開け閉めがうまくできなくなった。
高校の卒業式を来月に控える長男は「ただでさえコロナで不自由だった1年。せめて卒業式は普通に行いたい」と吐露した。
地震の影響で、東北新幹線は那須塩原―盛岡間で運行を取りやめており、JR盛岡駅、仙台駅では15日朝、代わりの移動手段を探す客の姿が多く見られた。
盛岡市の高校に通う生徒(18)は16日に都内で大学受験を控えており、盛岡駅で新幹線の区間変更を行った。母親の車で那須塩原駅(栃木県)まで送ってもらい、新幹線で東京を目指すという。「地震の影響は覚悟していたが、ここまでとは」と困惑していた。
東京や横浜で強雨のピークに 神奈川県には大雨警報が発表
東京や横浜など関東南部で雨のピークとなっています。12時57分に横浜市、13時31分には藤沢市と鎌倉市に大雨警報が発表されました。14~15時頃までは局地的な激しい雨による道路冠水や中小河川の増水などに警戒してください。
14~15時頃まで強雨のおそれ
低気圧に伴う活発な雨雲が関東南部を通過中です。東京や横浜なども雨のピークとなり、13時30分までの1時間には横浜市で30.0mmの激しい雨を観測。東京都心でも23.5mmの強い雨となっています。関東南部の雨は14~15時までに峠を越える見込みです。それほど長い時間は続きませんので、雨のピーク時間の外出や移動は避けるようにしてください。その後、活発な雨雲は関東北部に移動し、雨が強まってきます。17時頃までは激しい雨の降るおそれがありますので、雨の降り方に十分な注意が必要です。
参考資料など
写真:ウェザーリポート(ウェザーニュースアプリからの投稿)
三田の死体遺棄、10年経ても身元不明 兵庫県警情報提供呼び掛け
兵庫県三田市小野の千丈寺湖(青野ダム)で男性の人骨が入ったコンクリート塊が見つかった死体遺棄事件から10年となった14日、県警捜査1課と三田署の合同捜査班が、復元した男性の顔写真が入ったチラシ約400枚をJR三田駅前で配った。
2011年2月14日、水位が減った湖の水際で、男性の頭蓋骨(ずがいこつ)などが入ったコンクリートの塊が見つかった。生前の姿を復元したところ、男性は30~40代で身長145~165センチ。血液型はAB型で歯並びが悪く、治療もあまりしていなかった。身元不明のまま、死体遺棄罪の公訴時効(3年)は成立したが、合同捜査班は時効のない殺人容疑を視野に捜査を続けている。
13日までに183件の情報が寄せられた。同署の藤浦賢一郎刑事課長は「年々情報が少なくなっている。『所在不明の人に似ている』など、どんな事でも教えてほしい」と話した。情報は三田署(079・563・0110)まで。【稲田佳代】
死亡事故の元特捜部長に有罪 「アクセル踏み込み暴走」と認定
東京都港区で車を暴走させ男性をはねて死亡させたとして、自動車運転処罰法違反(過失致死)と道交法違反の罪に問われた元東京地検特捜部長の弁護士石川達紘被告(81)に、東京地裁は15日、禁錮3年、執行猶予5年(求刑禁錮3年)の判決を言い渡した。暴走の原因について「誤ってアクセルペダルを踏み込んだため」と認定した。
弁護側は、車の不具合が原因だと無罪を主張していたが、三上潤裁判長は「事故後の車両検査で、暴走につながる可能性のある異常は認められなかった」と指摘。ペダルを踏み続けたのは「重大な過失」と述べた。一方で遺族と示談も成立しているため、刑の執行を猶予した。
宝塚の元中学教諭に有罪判決 柔道部員に体罰で重軽傷 神戸地裁
兵庫県宝塚市の市立長尾中で2020年9月、男子生徒2人に柔道技をかけて重軽傷を負わせたとして傷害罪に問われた元同中教諭、上野宝博(たかひろ)被告(50)に対し、神戸地裁は15日、懲役2年、執行猶予3年(求刑・懲役2年)の有罪判決を言い渡した。国分史子裁判官は「対話を通じて内省を促すこともできた。何ら教育的効果のない体罰にほかならない」と非難した。
判決によると、柔道部の顧問だった上野被告は20年9月25日、1年生部員2人が師範室の冷蔵庫にあったアイスクリームを無断で食べたことに立腹。「バトルするぞ」と言って武道場で、初心者の2人に投げ技や寝技をかけ、1人に背骨を折る重傷を負わせ、もう1人にも足などにけがをさせた。逃げようとした重傷の生徒を引き戻し、気絶しても平手打ちして起こし、技をかけ続けた。また、恐怖で壁にしがみついたもう1人の生徒を無理やり寝転ばせて押さえ込んだ。
国分裁判官は「被害者が謝罪したのに、怒りの感情を爆発させ執拗(しつよう)に暴行した」と指摘。前任校でも体罰で処分を受けており、「問題性は根深い」とした。一方で、20年11月に懲戒免職になっており、「社会的制裁を受けている」として執行猶予を付けた。
県教委は体罰を制止しなかった副顧問の教諭も減給処分にし、全日本柔道連盟は上野被告を除名処分にしている。【山本真也】
浜名湖2人殺害遺棄、死刑確定 被告が上告取り下げ
静岡県で2016年、男性2人を殺害し浜名湖周辺に遺棄したとして、強盗殺人などの罪に問われた川崎竜弥被告(37)が最高裁への上告を取り下げたことが15日、分かった。13日付。求刑通り死刑とした一、二審判決が確定した。最高裁は15日午後に判決を言い渡す予定だった。
18年2月の一審判決は、防犯カメラの映像や、犯行の告白を受けた知人の証言から被告が犯人と認定。19年3月の二審判決も支持していた。
一、二審判決によると、16年1月、浜松市で須藤敦司さんを殺害しキャッシュカードなどを奪った。同年7月には磐田市で出町優人さんを殺害。いずれも遺体を損壊して捨てた。
誰もが思った「津波がないんだ、よかった」……震度6強地震 現地レポート
ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(2月15日放送)にジャーナリストの須田慎一郎が出演。2月13日に発生した福島県沖を震源とする地震の影響・対応について、ラジオ福島の深野健司アナウンサーが解説・レポートした。
震度6強の揺れで天井が落ちかかった道の駅=2021年2月14日、福島県国見町 写真提供:産経新聞社
2月13日午後11時8分ごろ、宮城県南部、福島県の中通りと浜通りで発生した最大震度6強の地震で、けが人は155人に上っている。また、地震で激しい揺れを観測した東北や関東では、15日は雨が強く降る恐れもあり、気象庁は安全確保を心掛けるよう呼びかけている。
飯田)震源から近い福島県はどういう状況だったのか。ラジオ福島の深野健司アナウンサーと電話をつないで詳しく伺います。まずは13日の夜ですが、どのような揺れでしたでしょうか?
深野)夜の11時過ぎということで、福島市内の自宅にいました。最初に「ゴーッ」という地響きのような音が聞こえて、その直後に小刻みに揺れ始めました。そのあとに大きな揺れが襲って来まして、その「ゴーッ」という音から完全に揺れが収まるまで、少なくとも1分はあったかと思います。
飯田)断続的に揺れ続けたと。けっこう激しかったわけですね?
2021年2月14日、発言する菅総理~出典:首相官邸ホームページ(https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/actions/202102/14kaigi.html)
深野)東日本大震災のときは、私はラジオの生放送中に地震に遭いました。まったく違う環境だったので一概に比較できないのですが、東日本大震災のときは、長さが2分40秒ありました。それと比べると、時間としては半分以下でした。うちの家族が地震の直後に漏らした言葉が印象的だったのですが、大きな津波の心配はないという報道を聞いたときに、「津波はないんだ、よかった」と言いました。これが福島県民の、まずいちばんの大きな思いだと思います。
飯田)地震が来ると津波を想起するし、みんなそこを身構えていたという感じですね。
深野)そうですね。津波の発生によって甚大な被害が出ましたので、東京電力福島第一原子力発電所のことも含めて、福島県民は津波を心配するということが習性として身についているのだと思います。
給水を受ける親子連れ=2021年2月14日、福島県桑折町 写真提供:産経新聞社
飯田)地震の建物や構造物への影響に関しては、今回の6強でもかなり強いということがわかりましたね。
深野)被害についても東日本大震災とは違いまして、私がいるのは県北部の福島市で、ここは震度6弱なのですが、さらに北、宮城県との県境付近にある国見町、それから今回報道で取り上げられている桑折町。ここは福島市と10キロ離れているか離れていないかくらいなのですが、そのさらに北の方が被害が大きいです。ブロック塀が倒れたり、家の壁が剥がれたり、瓦が落下したり、場所によって被害の違いがありました。それと「東日本大震災より揺れは大きかった」という方が多くいらっしゃいます。
飯田)街のなかの様子、また、この週末はいかがでしたか?
深野)地震があったのが週末の土曜日ということもありまして、家のなかで被害に遭われたという方が多いです。我が家で言えば、東日本大震災のときは家のなかの被害はまったくなかったのですが、今回の地震では、加湿器が倒れて水浸しになり、植木鉢が全部倒れ、壁掛け時計が落ち、片付けるのに時間がかかる状況でした。東日本大震災のときは小物が落ちる程度で大きな被害はなく、ただ大きな家具やピアノなどが横に動いたまま止まっているという。被害の様子も、地震の大きさや規模で襲って来る形が違うのだなという印象ですね。
避難所の入り口では検温やアルコール消毒を実施。テントで区切られ、密にならない対策がとられた=2021年2月14日午前、福島県相馬市 写真提供:産経新聞社
飯田)番組に寄せられた宮城県の方からのメールには、ガソリンスタンドが混んでいたとありました。そのような、例えばものを買いに走るというようなことはありましたか?
深野)東日本大震災のときにガソリンスタンドに長蛇の列ができて、リスナーからの情報も含めて、ガソリンについては情報が錯綜しました。その後、「リスナーからいただいた情報は裏を取らなくてはいけない」となったのですが、それはガソリン問題が大きなきっかけだったのです。ガソリンを求めるために列をつくって、寒いからそこで練炭を焚いて亡くなったという方もいらっしゃいました。いまガソリンを求めるべきなのかどうかも含めて、「過剰に反応することは、考えなければいけない」というのが東日本大震災での教訓です。
東日本大震災・首相官邸献花式で標柱へ一礼する安倍晋三首相=2020年3月11日午後、首相官邸 写真提供:産経新聞社
飯田)スタジオには須田慎一郎さんもいらっしゃいます。
須田)10年前に大震災を経験されていて、それを受けていろいろな備えなどが行われていたと思うのですが、その辺り、まだ不足しているところ、また、「こういうことをやっていてよかったな」というものはありますか?
深野)私は出身が東京で、26年前に福島に来たのですけれども、福島県の置かれている環境というのは、農村地帯が多いですし、都市部と言っても東京ほどの都市部ではないので、ある程度どのような方々がラジオの放送を聴いていらっしゃるか想定できるのですが、東京の場合は、郊外の一軒家の方からビル群にいらっしゃる方もいるし、身の安全の確保の仕方が人によってさまざま違うわけです。ですので、ラジオで何を伝えればいいかということが東京の皆さんは難しいと思います。私は10年前に「身の安全を確保してください」ということを数十回と言ったのですが、家のなかだとどこが安全なのか。家のなかが心配なら外に出なくてはならないですし、繁華街であれば外は逆に危険かも知れませんし、大きな地震のときの初動はいちばん考えなくてはいけないことだと思います。
飯田)平時から想定しておかないと、とっさになかなか出て来ないですよね。
深野)何もないときに、考えておくことができるかどうかがポイントになると思います。
2021年2月14日、会見する菅総理~出典:首相官邸ホームページ(https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/actions/202102/14bura.html)
飯田)15日にかけて宮城・福島もそうですが、かなり強い雨が降ると言われていますけれど、それに対する備えは、何かされていますか?
深野)今回、気象庁の方で基準が引き下げられましたので、注意報・警報が発令されたらすぐに避難所に避難できるかなど、先に行動に移せるかどうかというところがポイントになります。ラジオでもその辺りは警報が出たらすぐに避難を呼び掛ける、そういう体制が必要になると思います。
菅首相、緊急事態「しっかり対応」=公邸未入居、批判に反論
菅義偉首相は15日の衆院予算委員会で、首相官邸に隣接する首相公邸に入居していないことを問題視され、「緊急事態に対応する体制は常日頃からしっかり取っている」と反論した。立憲民主党の野田佳彦元首相への答弁。
首相は就任以降も、東京・赤坂の衆院議員宿舎に住んでいる。13日深夜に福島県沖を震源とする地震が発生した際は、同宿舎から約20分後に官邸入りした。
野田氏は「首都直下型地震だったら道路が陥没、寸断される可能性がある。20分では到達しない」と指摘、「なぜ公邸に住まないのか」と迫った。野田氏は首相在任中、公邸に入居していた。
[時事通信社]
鳩山由紀夫氏、東京五輪に私見「多くの国民はコロナだからではなく、『政治とカネ』の産物・五輪そのものに冷めてしまい…」
鳩山由紀夫元首相(74)が15日、自身のツイッターを更新。13日深夜に福島県と宮城県で震度6強を記録した地震をめぐり、今後の東京五輪開催について私見を述べた。
まず、「東日本大震災の余震で被災された方々にお見舞い申し上げます。10年ほど経っても余震が来るのですね。驚きです。アンダーコントロールと称して招致した五輪も、地震さえ繰り返されたら、世界の人々からはやはり東京五輪には怖くて行けないと思われてしまうのではないか。復興五輪ではなく福島の復興だ」とつづった鳩山氏。
さらに連続ツイートすると「舛添要一氏が、五輪は『政治とカネ』の産物であり、それを取り仕切って来たのが森会長であると評価した。或いはその通りだろう。そのことに気付いたから、多くの国民はコロナだからではなく、五輪そのものに冷めてしまい、東京五輪は要らないという気持ちになって来てしまっているのではないか」と続けていた。