国民会議、公明が「参加検討」=中道と足並み乱れ懸念も

公明党の竹谷とし子代表は3日の記者会見で、食料品の消費税率ゼロなどの具体化を検討する超党派の「社会保障国民会議」への対応について「参加する方向で検討している」と明言した。将来の合流を見据える中道改革連合は態度を保留しており、関係者からは足並みの乱れを懸念する声も出ている。
竹谷氏によると、与党から2日に参加の呼び掛けがあった。竹谷氏は「野党の意見が(消費減税を)やらない理由にされないと判断できれば、参加する可能性もある」と述べ、高市早苗首相らの姿勢を見極めて最終判断する考えを表明。中道と対応が割れる可能性も否定しなかった。 [時事通信社]

山野死刑囚が病死 82年に会社幹部2人殺害

法務省は3日、大阪府や滋賀県で1982年に不動産会社の社長と専務を殺害し、現金などを奪ったとして強盗殺人罪などで刑が確定した山野静二郎死刑囚(87)が、多臓器不全のため死亡したと発表した。確定死刑囚は102人となった。
法務省によると山野死刑囚は2日、収容先の大阪拘置所で朝食後に腹痛を訴え、午後に腸閉塞の疑いで病院に救急搬送された。3日午後1時50分ごろに死亡が確認された。
確定判決によると、82年3月、自身の会社の資金繰りに困り、大阪府豊中市で不動産会社社長=当時(39)=を殺害して額面3千万円の小切手を奪った。4日後には滋賀県で同社専務=当時(56)=を殺害、現金2100万円を奪った。

旧統一教会への解散命令は…東京高裁あす決定へ

世界平和統一家庭連合=旧統一教会に対する解散命令請求について、東京高裁は4日、解散を命じるかどうか決定を出します。1審に続き解散命令が出た場合、教団の清算手続きが始まります。
旧統一教会の高額献金の問題をめぐっては、文部科学省が2023年に教団の解散命令を請求し、去年3月、東京地裁は「およそ40年の長期間にわたり類例のない膨大な被害を生じさせた」として、解散を命じました。
教団側は決定を不服として即時抗告し、これまで非公開の審理が行われてきましたが、東京高裁が4日、解散を命じるかどうか判断を示します。
主な争点は、教団側が2009年に出したコンプライアンス宣言以降の献金勧誘の実態です。
教団側は、宣言以降、被害の訴えは大幅に減っているとして、「解散命令の必要性はない」と主張。
一方、国側は本質的な改善はみられないなどとして、解散を命じた地裁の決定は妥当だと訴えていました。
再び解散命令が出た場合、教団側は最高裁に不服を申し立てることができますが、最高裁の判断を待つことなく、教団の財産を清算し被害者の救済にあてる清算手続きが始まります。

被爆者「原爆資料館で学んだこと忘れたのか」 仏大統領の核増強表明

世界で核兵器使用の脅威が高まる中、フランスのマクロン大統領が2日、保有する核弾頭数を増強すると表明した。2023年5月の主要7カ国首脳会議(G7サミット)で広島を訪問し、原爆資料館の遺品や被爆者の証言から核被害の実相に触れたにもかかわらず、核抑止力の強化を打ち出したことに、広島と長崎の被爆者からは怒りと落胆の声が上がった。
マクロン大統領は当時、原爆資料館の芳名録に「広島で犠牲となった方々を追悼する責務に貢献し、平和のために行動することだけが私たちに課せられた使命」と記していた。
6歳の時に広島で被爆した田中稔子さん(87)=広島市=は「資料館で学んだことを忘れたのか。もう一度訪れて、核兵器の悲惨さについて知るべきだ」と憤った。これまでに約80カ国で核兵器廃絶を訴え、08年にフランスでも被爆体験を語っている。「みんな真剣に耳を傾け、核の恐ろしさを知ってくれた。今回の表明はじくじたる思いだ」と述べた。
日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表理事の田中聡司さん(81)=広島市=も「怒りを禁じ得ない」と非難した。25年5月、フランス南東部のグルノーブル市などで被爆体験を語った。核軍縮に取り組むよう大統領に求める要望書も市長を通じて提出したという。「相次いで戦争が起きている中で、今回の表明はさらに世界を危うくする行為。阻止しなければならない」と訴えた。
長崎原爆の被爆者も警戒する。25年1月に現地の平和団体から招待を受け、フランスで被爆体験を語った日本被団協の田中重光代表委員(85)=長崎市=は「核兵器を増やしたら平和が来るということはなく、危険が増加する。核兵器の数を増やすよりも、もっと国家間で対話と協調をしなければならない」と話した。
マクロン大統領はフランスを含む欧州9カ国で連携した防衛計画を明らかにしている。被爆者の城臺(じょうだい)美弥子さん(86)=長崎市=は「フランスだけでなく他国も便乗するのが怖い。日本国民も『やっぱり核を持っておかんば危ない』と思うのではないか」と不安を募らせた。
10歳の時に被爆した松本隆さん(91)=福岡市=も危機感を示したうえで日本政府や政治家に対し、「世界情勢にのまれず、戦争被爆国として何をすべきか、腹を据えて考えなければならない」と注文した。【安徳祐、尾形有菜、日向米華】

高市首相、世界日報から5回取材=「自民党に報告した」

高市早苗首相は3日の衆院予算委員会で、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と関係が深いとされる新聞「世界日報」から過去に5回のインタビュー取材を受けていたと明らかにした。「自民党に報告した。(教団と)関係のある新聞だと知って取材を受けたわけではない」と釈明した。共産党の辰巳孝太郎氏への答弁。
首相によると、取材は1994年から2001年にかけて行われた。首相はこれまでに、教団と関係があるとされる月刊誌の取材を01年に受けたことを認めている。
首相の答弁に関し、政府高官は記者団に「自民の調査は『党所属国会議員として(取材を)受けたか』という質問だった」と説明。首相が自民に入党したのは96年12月で、それまでに受けた取材については党に報告していなかったという。高官は「首相はうそをついていたわけではない」と擁護した。 [時事通信社]

老朽化した橋、修繕も撤去もしない「使い切り」選択肢に…「橋梁トリアージ」で維持費削減も

[ニッポンクライシス]第1部「インフラ」<5>(最終回)
四国山地の中央に位置する高知県大豊町。80超の集落をつなぐ道路には、310の町管理の橋が架かる。大半は設置時期が不明で、判明している86本の4割近くが耐用年数の目安とされる「築50年」を超える。
橋の点検は、町が国や県の要領に基づき5年に1回の頻度で行っている。劣化度を4段階で判定し、緊急措置段階の「4」や5年以内の修繕が必要な「3」の橋は、1本当たり数千万~1億円程度かけて修繕または撤去してきた。
だが、「税収は減少の一途で、もはや全てを直し続ける余裕はない」と下村賢彦(やすひこ)町長(57)は話す。昨年3月末時点で劣化度4は1本、3は43本ある。一方、町の高齢化率は60%台に達し、人口は25年前の半分以下の約2800人に減少した。25年後には1000人を切るとみられる。
町は今年度、橋の老朽化対策を見直し、修繕も撤去もしない「使い切り=終活」を選択肢に加えた。「限られた予算を必要性の高いインフラに集中する」(下村町長)ためだ。劣化度4、3のうち利用頻度の低い橋を、地域住民と協議の上で「使い切り」とし、劣化具合に応じて通行車両を制限するなどして、最終的に通行止めにする。
今年度は、橋桁が一部腐食した築57年の川口橋など3本を「終活」の対象とした。下村町長は「町を持続させるには、使い切る『終活』が不可欠だ」と力を込める。
約73万本ある日本の道路橋のうち、「築50年」以上は2040年に75%に達する。トンネルは52%、上水道は41%、下水道は34%が同様に耐用年数の目安を超える。人口減、高齢化が加速する中、老朽化していくインフラをどう維持・再編し、街の未来図を描いていくかは、全国の自治体共通の課題となる。
政府は今年1月、インフラ対策の指針となる社会資本整備重点計画を改定した。重点目標に「老朽化対策と街づくりの一体化」を盛り込み、インフラの「長寿命化計画」と、都市機能を集約するコンパクトシティーの設計図となる「立地適正化計画」との連動を求める。
モデルとなるのが、コンパクトシティー先進地の富山市だ。市は16年から、約2300ある市管理の橋を劣化状況や重要度から順位付けし、必要性が高い橋に対策を集中する「橋梁(きょうりょう)トリアージ」を実施。50年間で総額730億円の維持費削減を見込む。
トリアージは住民との合意が前提となる。市の点検で劣化度4と判定された橋の撤去を巡っては、「迂回(うかい)路まで遠く、不便になる」と近隣住民らが反対。理解を得られるまで約10年を要した。高木勝人・市道路構造保全対策課長(53)は「市の独断で撤去しても住民の不信感が残るだけだ。窮迫する財政事情を含め、丁寧に説明していくことが求められる」と話す。
高知県大豊町と橋の老朽化対策を進める岩城一郎・日大教授(62)(社会基盤メンテナンス工学)は「『壊れる前に直す』という予防保全の考えを一律に適用する時代は終わった」と強調。「自治体は住民と共に10年後、20年後に残すインフラを考え、効率的な管理を実現することが求められる」と訴える。

社民党が異例の声明 「大椿裕子さんのコメントは論点のすり替え」「極めて事実に反する」

社民党が1日、党本部の社民党全国連合名で「大椿裕子(社民党副党首)さんが琉球新報の取材に答えた記事が3月1日に載りましたが、極めて事実に反する内容であるため、以下コメントを出します」と声明を発表。副党首の大椿裕子前参院議員が、沖縄県の地元紙に答えた内容が「極めて」事実に反すると異例の指摘をした。
大椿氏は2月27日、自身のX(旧ツイッター)で「1月27日衆院選第一声における沖縄2区の私の発言について、社民党全国連合常任幹事会から謝罪と撤回を求められました。ご指摘は真摯に受け止めお詫びするとともに、責任をとって、副党首を辞することを決意し、本日2026年2月27日、辞任届を提出しました」と報告していた。
社民党全国連合が出したコメントでは「2月25日、社民党全国連合常任幹事会は全国からの意見にもとづき、大椿さんの第一声(衆院選東京比例候補として)の発言について謝罪と撤回を求めました」と説明。理由について「『個人の考えは自由であるが、公の場で組織の決定に異を唱えることは副代表として問題である』以上について、27日までに大椿さんから謝罪と撤回について回答することを確認しました」とした。
さらに「また社民党は、組織決定した社民党公認候補者に否定的なメッセージを与えたことは、社民党の立候補者及び支持者に対しての背任行為であり、選挙活動のモチベーションを下げることにもなり、極めて遺憾であると考えます」と強調した。
「そして前述の確認により、27日に大椿さん本人からお詫びと辞任の申し入れがあり、幹事長預かりとしました。以上が経過であり、組織人としての有り様について指摘したにもかかわらず、今回の報道における大椿さんのコメントは論点をすり替えており、極めて遺憾です」と経緯を明かした。
大椿氏は1月26日のXで、衆院選沖縄2区に社民党が瑞慶覧長敏(ずけらん・ちょうびん)氏を擁立したことに「私は擁立・公認に反対を表明しましたが、賛成多数により反映されませんでした。社民党に対するご批判の言葉としっかり向き合います」とつづり、党の方針に反対を示していた。
(よろず~ニュース編集部)

旧宮家が皇籍復帰しても「王」では不安…見過ごされてきた皇室典範の問題点

自民党が先の総選挙で圧勝したことによって、いわゆる「旧宮家」の皇籍復帰案の実現可能性がこの上なく高まった。高市首相が目標に掲げる皇室典範改正は、そう遠からず実現することになるのではないか。ところでその現皇室典範は、第6条において次のように定めている。「嫡出の皇子及び嫡男系嫡出の皇孫は、男を親王、女を内親王とし、三世以下の嫡男系嫡出の子孫は、男を王、女を女王とする」あくまでもこの条文に従うのであれば旧宮家の男系男子は、法律によって直接復帰する場合はもちろん、養子縁組で復帰する場合でも、天皇から三世以下の「王」と位置付けられる可能性が高い。悠仁親王殿下にもしも男子がおいでにならなければ、傍系皇族である王がその次の天皇になると予想できるわけだが、王という身位は昭和22(1947)年10月以来、約80年間にわたって不在が続いている。これは皇室史上、最長の空白期間であるという。「王の不在期間の新記録は、日々、更新され続けているが、この事実を認識している人は、きわめて少ないであろう」――赤坂恒明『「王」と呼ばれた皇族:古代・中世皇統の末流』(吉川弘文館、2020年)。それゆえに現代人にとって、王を意識する機会は皆無に等しい。そこで戦後の国会議事録を読み解いてみたところ、皇室の一員としては頼りない王の立場が浮き彫りになった――。王は事実上「皇籍離脱の前段階」皇室経済法は王の歳費について、親王の「十分の七に相当する額」と定めている。同じ男性皇族間でもこのように格差があるのは、憲法改正担当大臣だった金森徳次郎氏によれば、王は即位する可能性が親王よりも低いからだという。「皇位継承の順位に非常に近接したる方に対しましては、その点を考えて金額を多からしめなければならない、しかしそれよりも非常に遠い方につきましては、みづからその経済等を自主的にお考えになり得る場面も自然多くなつて来るものと考えられまする」(衆議院皇室典範案委員会、昭和21年12月12日)一見もっともな理屈のように思えるが、親王がおらず王が皇位継承者とみなされる状況であっても、王の歳費が増額されることはない。この一点だけでも、弾力性に欠ける制度であると言わねばなるまい。なお、親王の範囲については、旧皇室典範では四世までとされていたのだが、現皇室典範では先述のように二世までと範囲が狭められた。その理由については次のように説明されている。
自民党が先の総選挙で圧勝したことによって、いわゆる「旧宮家」の皇籍復帰案の実現可能性がこの上なく高まった。高市首相が目標に掲げる皇室典範改正は、そう遠からず実現することになるのではないか。
ところでその現皇室典範は、第6条において次のように定めている。
「嫡出の皇子及び嫡男系嫡出の皇孫は、男を親王、女を内親王とし、三世以下の嫡男系嫡出の子孫は、男を王、女を女王とする」
あくまでもこの条文に従うのであれば旧宮家の男系男子は、法律によって直接復帰する場合はもちろん、養子縁組で復帰する場合でも、天皇から三世以下の「王」と位置付けられる可能性が高い。
悠仁親王殿下にもしも男子がおいでにならなければ、傍系皇族である王がその次の天皇になると予想できるわけだが、王という身位は昭和22(1947)年10月以来、約80年間にわたって不在が続いている。これは皇室史上、最長の空白期間であるという。
「王の不在期間の新記録は、日々、更新され続けているが、この事実を認識している人は、きわめて少ないであろう」――赤坂恒明『「王」と呼ばれた皇族:古代・中世皇統の末流』(吉川弘文館、2020年)。
それゆえに現代人にとって、王を意識する機会は皆無に等しい。そこで戦後の国会議事録を読み解いてみたところ、皇室の一員としては頼りない王の立場が浮き彫りになった――。
皇室経済法は王の歳費について、親王の「十分の七に相当する額」と定めている。同じ男性皇族間でもこのように格差があるのは、憲法改正担当大臣だった金森徳次郎氏によれば、王は即位する可能性が親王よりも低いからだという。
「皇位継承の順位に非常に近接したる方に対しましては、その点を考えて金額を多からしめなければならない、しかしそれよりも非常に遠い方につきましては、みづからその経済等を自主的にお考えになり得る場面も自然多くなつて来るものと考えられまする」(衆議院皇室典範案委員会、昭和21年12月12日)
一見もっともな理屈のように思えるが、親王がおらず王が皇位継承者とみなされる状況であっても、王の歳費が増額されることはない。この一点だけでも、弾力性に欠ける制度であると言わねばなるまい。
なお、親王の範囲については、旧皇室典範では四世までとされていたのだが、現皇室典範では先述のように二世までと範囲が狭められた。その理由については次のように説明されている。

「兄が死んでいる」死体遺棄の疑いで48歳男を逮捕 2月中旬ごろに死亡し、放置か 札幌市

1日、札幌市南区の住宅で48歳の男が一緒に住む兄とみられる遺体を放置した疑いで逮捕されました。
死体遺棄の疑いで逮捕されたのは札幌・南区藤野のパート伊原稔(いはら・みのる)容疑者です。
警察によりますと伊原容疑者は1日、「兄が居間で死んでいる」と警察に通報しました。
この家には伊原容疑者と兄との2人暮らしで遺体に目立った外傷などはなかったということです。
伊原容疑者の申し立てでは2月中旬くらいに亡くなったと話していて警察の調べに対し「兄を放置していた事は間違いない」と容疑を認めているということです。
警察は2日、司法解剖をして死因を調べる方針です。

「潜入取材はスパイ行為に相当するのか?」参政党を除名された潜入ジャーナリストが明かすその狙いと意義「国民の知る権利の選択肢を広げる報道の一つ」

本誌・週刊ポスト前号(2026年2月14日発売号)で報じた参政党への潜入ルポには大きな反響が寄せられた。そうしたなか、神谷宗幣代表からの反応は、”除名処分”というものだった。参政党はどのような動きを見せたのか――。党員として5か月にわたって活動したジャーナリスト・横田増生氏が、除名をめぐる全内幕を明かす。(文中敬称略)【シリーズ・第5回】
除名通告から離党完了まで5分
自宅で原稿を書いていた私が、同業者からのLINEに気づいたのは、午後5時前のこと。
LINEには参政党のX(旧・ツイッター)の公式アカウントのリンクだけが貼ってあった。リンクを踏むと、「本党に潜入した週刊誌記者に対する党員除名処分のお知らせ」と出てきた。
「A氏は、近時、潜入取材に基づき週刊誌記事を執筆公開し、YouTubeチャンネルにおいても潜入取材結果を公表致しました」「本党運営及び党員活動に重大な悪影響を与えたため、本党は令和8年2月20日付でA氏を党員から除名したことをお知らせ致します」
A氏とは、私のことであり、週刊誌記事とは、前号で書いた「参政党『神谷王国』潜入ルポ」だ。YouTubeチャンネルとは、私がゲストとして出演し、潜入取材について語った《元文春記者チャンネル》を指している。
参政党がXに投稿したタイムスタンプを見ると午後4時3分とあった。慌ててメールを開いた。
「除名通告」というメールが、午後4時ちょうどに届いており、神谷宗幣の名前が記された文書が添付されていた。
そこには、潜入記を書いたことが、「党の規律を乱す行為」であり、「その他党員としてふさわしくない行為」であるため、「ボードの議決に基づき(中略)処分を行う」という党則を適用して、除名にする、と書いてあった。
その5分後に、「離党・退会完了」というメールが届いていた。
「この度は参政党にご参加いただき、誠にありがとうございました。また、これまでの参政党の活動へのご支援やご協力に、深く感謝申し上げます。/またのご参加を心よりお待ちしております」という謎の文章まで添えられていた。
通告から除名までわずか5分だった。
とはいえ、除名処分は、初めから織り込み済みだ。同じような経験をしたのは、ちょうど10年前のこと。
私が書いた書籍『ユニクロ帝国の光と影』が、ユニクロから名誉毀損で訴えられ、2億円超の賠償を求められた。その後、裁判で完全勝訴した後も、私の取材を拒み続けるユニクロに1年間にわたる潜入取材を敢行。辞めないまま、週刊文春に潜入記を発表した。