「いつまでも与党にいても埒が明かない」揺れる石破政権、自民党内から噴出する「下野論」の真意

参院選では敗北したものの、石破首相は続投を表明。しかし、それは石破首相にとって取るべき道だったのか。永田町のインサイド情報を、月刊文藝春秋の名物政治コラム「 赤坂太郎 」から一部を紹介します。
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森山幹事長の入れ知恵
投開票日の翌日、石破茂首相は「比較第一党としての責任」「明日にも起きるかもしれない首都直下型地震」と手前みその屁理屈を並べて、続投を正当化した。「比較第一党」は幹事長の森山裕の入れ知恵で、石破は「そんな言い方もできるのですね」とすぐに飛びついた。「首都直下型地震」は防災に熱心な石破が自分で付け加えた。ピント外れの開き直りは、その思惑とは裏腹に、自らへの往復ビンタとなって返ってきた。
国民の反発を買ったばかりか、全国の自民党県連から辞任を求める声が相次いだ。だが、昨年の総裁選で争った茂木敏充や高市早苗の息のかかった県連が辞任を要求してきたため、石破は態度を硬化させた。
かくして、関税交渉の妥結後も、振り上げた続投のこぶしを降ろせなくなり、辞意表明のタイミングを完全に見失ってしまったのだ。
振り返れば、参院選で石破は誤算の連続だった。
物価対策の一律給付金に、石破はバラマキだと批判されると危惧していた。だが、公明党・創価学会の強い意向を受けた自民党選対委員長の木原誠二が譲らなかった。国民1人2万円に、子どもや住民税非課税世帯には2万円を追加して、「バラマキではない」と強弁したところで、その迷走ぶりは明らかだった。
野党は一斉に消費税減税を訴え、「日本人ファースト」を掲げてナショナリズムを扇動する参政党が自民党の支持層を削って足元を揺さぶる。そんな挟撃される展開も、想像さえしていなかった。
過半数維持への秘策
「48議席に届けば、(過半数を維持できる)50までは何とか埋められるかもしれません」
参院選での自公過半数割れが現実味を帯びてくると、森山は石破にこう囁いた。残る2議席をどう埋めるのか。
それは参院静岡選挙区選出で非改選の無所属、平山佐知子と、今回和歌山選挙区から無所属で出馬した望月良男の2人だった。
平山は民主党だったが、今は自民党に移った細野豪志と行動を共にして、民進党を経て無所属に。細野の引きで自民党会派に引き込めるとの感触を得ていた。望月は自民党公認の二階伸康に対抗し、世耕弘成の支援で立候補して当選した。
だが結果は自公合わせて47。1議席足りない。そこで比例代表で1議席を得た「チームみらい」党首のAIエンジニア、安野貴博に触手を伸ばしたが、一顧だにされなかった。
「いつまでも与党にいても、埒が明かない。ケジメをつけて、自民党は下野すべきだ」
「一度、野党にやってもらおうじゃないか」
参院選惨敗から2日後の7月22日正午過ぎ、首相官邸裏手のザ・キャピトルホテル東急の中国料理店「星ヶ岡」の個室に「六人組」が集まった。自民党の佐藤勉、古川禎久、木原(この日は欠席)、齋藤健、御法川信英、萩生田光一だ。それぞれ旧派閥やグループなどで要となる面々で、党内の大半を意見集約できる立場にある。小泉進次郎もメンバーだったが、農水大臣に就任したため、一時的に外れている。「比較第一党としての責任」などと勝手にハードルを下げて居座る石破への非難では収まらず、下野論まで話は及んだ。
だが、この下野論は野党への牽制が主眼である。総理の座を失えば、自民党は自壊する。首班指名選挙で野党が結束できない以上、次の自民党総裁が首相となる。しかし、野党の言い分を聞かざるをえない少数与党。にもかかわらず、国民の批判の矛先は自民党だ。ならば、日本維新の会であれ、国民民主党であれ、野党の方から自民党に協力を求めてくるべし、と野党にボールを投げ込んだのだ。
この会合の直後、佐藤が自民党本部の幹事長室に森山を訪ねて、石破は無論、執行部もケジメをつけて下野することを要求した。
「私もケジメをつけたいとの思いはありましたが、自分の口からは言えなかったのです……」
森山は下野論には答えず、自らの進退について、こう漏らした。だが、額面通りには受け取れない。石破は常々「私は森山さんに助けられている」と言って憚らない。自分が幹事長として支えなければ政権がもたない現実を誰よりも知っている。その本音は「石破が私を切れるわけがない」だろう。
ただ、石破にせよ、森山にせよ、いつまでも続投できると考えていたわけではない。
※本記事の全文(約5000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2025年9月号に掲載されています(「 ポスト石破は『三次方程式』で決まる〈赤坂太郎 特別編〉 」)。
(赤坂 太郎/文藝春秋 2025年9月号)

「血液の代わりに海水を注射」アメリカ軍捕虜に“人体実験”が行われ…帝大医師らが起こした“事件”の真相とは

〈 アメリカ兵8名が手術後に死亡、「野蛮極まる虐殺」と…名門大医学部教授が手を染めた“凄絶な実験”《1945年・九大生体解剖事件》 〉から続く
80年前、日本の敗北で終わったあの戦争の間、日本の軍人や医師による生体解剖が行われた。公になったのは戦争犯罪として裁かれたわずかなケースだが、実際にはほかにも知られていないいくつかの例があったといわれる。
どのような状況で、どのような人々がどのような思いで手を下したのか。そこから見えるものは何なのか。当時の新聞記事は見出しはそのまま、本文は適宜書き換え、要約する。文中いまは使われない差別語、不快用語が登場するほか、敬称は省略する。人名は適宜実名を外した。軍人の肩書きは戦後「元」が付くが、煩雑なので新聞の見出し以外は現職の肩書きで記す。(全3回の2回目/ つづきを読む )
◇◇◇
1948(昭和23)年2月、前前年から続いていた極東軍事裁判(東京裁判)は弁護側の反証が大詰めの段階に入っていた。社会面は前月末に起きた 帝銀事件(東京の銀行で行員ら12人が毒殺され、現金などが奪われた事件) 関連のニュースで持ち切りだった。
2月26日には九州帝国大学(当時/以下九大)医学部でおきた「生体解剖」事件で28人が起訴されたことが各紙で報じられ、生体解剖は4回で、殺害されたアメリカ人捕虜は8人だったことなどが公表された。起訴状による事件の概要を最も控えめな毎日で見よう。
解剖後、「宴会で肝臓を食べた」?
〈 昭和20年5~6月の間に4回にわたり、医学実験用としてB29乗員8名の捕虜が九大に移され、試験のため投薬された後、九大病院手術室(引用者注:解剖実習室の誤り)に運ばれた。手術は医学実験のためのみでなく、むしろ捕虜に対する復讐と、医師に生体解剖の機会を与えるためだった。

解剖は捕虜の肺、脳、肝臓、胃、心臓の各部について行われ、1人の捕虜に1つ以上の解剖実験を合わせ行った。この実験中に海水が血漿の代用となるか否かを試す注射も試みられた。これにより捕虜は全員死亡した。実験で摘出された肝臓は九大医学部職員(引用者注:偕行社病院の誤り)食堂での宴会の席上、料理され酒のさかなに供された。〉
記事には第8軍法務部長カーペンター大佐の「これまで数々の事件の調査に当たってきたが、人道を無視した本事件の野蛮さ、冷酷さは類例がないものである」との談話が付されている。
「今日まで起訴した事件のうち最も戦慄すべき事件」
裁判が始まったのは3月11日。生体解剖だけでも十分衝撃的だが、「食肉」まで加わったことで、血なまぐさいことに慣れていた戦争直後の国民にとってもショッキングだっただろう。12日付読売は初公判記事を抑えて、社会面トップに「正視せよ残虐」の見出しで、アメリカの通信社INS(のちUPと合併してUPIに)の記者の署名記事を載せた。
「総司令部法務当局でも、今日まで起訴した事件のうち最も戦慄すべき事件だとみている。これは戦闘の真っただ中で行われた他の事件のように、全日本人が『おのれの知ったことではない』とうそぶくわけにはいかないものだ」
「今回の事件関係者は優秀な頭脳の持ち主であり、医学の専門家であった。しかも、事件は前線からはるかに遠い所で起こったのである」
被告30人が無罪を主張
同紙の初公判の記事も「ずらり丗(三十)被告 世界の注目あびて出廷」(九大関係者2人が加わり被告は30人になっていた)の見出し。本文はこうだ。
〈 戦慄すべき数々の残虐性を示した本事件の審理には、さすがに全世界の耳目が集中し、開廷前から廷内には内外の傍聴者、カメラマン、新聞記者らが詰め掛け、緊張の中に被告の長男や妻ら二十余名の被告関係者の不安げな姿も。皆、沈鬱な表情だった。

開廷30分前、初の日本人女性被告、九大第一外科看護婦長(32)がカーキ色に紺が混じった上着、水色のスカートで案外元気な姿を見せれば、続いて横山、稲田両元中将以下の全被告が定めの被告席に着く。しばらくは煌々(こうこう)たる明光の下にカメラマンの動きが慌ただしく、大裁判開廷の興奮がみなぎった。

かくて定刻9時半、ジョイス軍法委員長のおごそかな開廷宣言があり、サイデル主任弁護人が日本人弁護人11人を紹介。フォン・バーゲン主任検事によって起訴状が朗読され、ここに秘密のベールに包まれた事件の審理が開幕した。〉
「不当に8人を殺害」「捕虜の虐待死体を冒涜」
読売を含めた各紙によれば、弁護側は「人肉嗜食を戦争犯罪とする戦争法規や慣習はない」としてこの部分の削除を要求。却下されると、生体解剖事件との分離を求めたが、これも却下された。罪状認否では被告30人全員が無罪を主張した。罪状については読売が詳しかった。
〈▽生体解剖 西部軍11人、九大13人
1.被告らは昭和21年6月、故意かつ不当にも米飛行士12人のうち8人を殺害
2.8人を生体解剖に付した
3.捕虜の虐待死体を冒涜した
4.埋葬の怠慢
5.軍法会議にかけずに処刑した
6.捕虜8人を九大に不法拉致した
7.正式な捕虜取り扱い規定を無視した
8.捕虜逮捕とその生死に関し、米政府になすべき情報提供を怠った
9.捕虜は昭和20年1月30日の空襲で死亡したと虚偽の報告をした

▽人体試食 軍医、歯科技術者ら6人
被告らは西部軍将校クラブ(偕行社病院食堂)で捕虜8人(1人の誤り)の肝臓を醤油で味をつけて試食した〉
横浜BC級裁判は東京裁判と違って司法的な裁判ではなく、裁判の主体は各国の軍事委員会で、判事は全員軍人。読売も含め、各紙の記事が「軍法委員長」としているのはそのためだ。軍の司法機関ではなく行政機関なので、司令官の命令で審判結果が執行されるが、一方で減刑されることもあった。
法廷はその後、連日のように、取り調べ段階で聴取した被告の口供書の朗読、証人の証言が続けられた。当時の新聞は4ページ程度でスペースが限られていたうえ、生体解剖・人肉食という深刻な問題にためらいもあったのか、報道は断片的で、記事で事件の詳細をつかむのは不可能。
国立公文書館に所蔵されている裁判記録に加えて事件関係者がつづった手記などもあるが、自己弁護も混じり、微妙に食い違っている。上坂冬子『生体解剖―九州大学医学部事件』(1980年、以下『生体解剖』)、生体解剖を実見した東野利夫の『真相―「九大生体解剖」最後の目撃証人の実証記録』(2019年、以下『真相』)など資料を突き合わせ、妥当と思われる事実を確認していくしかない。
生体解剖はなぜ行われたのか?
事件の端緒が、石山外科出身で、召集されて西部軍司令部脇の偕行社病院に勤務していた小森卓という見習士官軍医だったのは間違いないようだ。同病院の副院長格で、九大医学部助教授の話もあったといわれる優秀な医師だった。交通事故で同病院に入院した西部軍防空担当参謀、佐藤吉直大佐の治療に当たったことから大佐と親しくなった。
1945年4月、病院内で話しているうち、撃墜されたB29の乗員で西部軍に捕らえられている捕虜の話題になり、佐藤大佐が持て余していることを漏らすと、どうせ処刑されるのだったら自分に任せてもらえないかと持ち掛けた。大佐は承諾した。この時点で両者の間では実験手術を名目にした生体解剖が了解されていたとみられる。
小森見習士官は石山外科で同僚だった開業医に「手術」を持ちかけたが断られ、“恩師”の石山福二郎教授に頼み込んだ。
5月18日に法廷に提出された石山教授の口供書は、1945年5月12日に小森見習士官から電話で「負傷した外国人の治療に関して来てほしい」と言われたが、「大学に規定がない」として断った。しかし、注射に関する問題だったので行ったが、患者は死亡。遺体を解剖した、としていた。
石山教授は胸部外科の権威だったが、当時輸血用の血液が不足していたことから、海水で代用できないかと考え、医学部内で研究会を作って研究を進めていた。他の被告や証人の証言からは石山が「実験手術」が生体解剖であることを認識したうえで積極的だったことがうかがえる。
「時がそうさせるんです」
西部軍に捕虜収容所はなかったが、司令部近くに仮設の収容施設があり、1945年5月5日、大分県竹田市で日本軍戦闘機の体当たり攻撃で撃墜されたB29の搭乗員10人が収容されていた。
この年、3月10日の東京大空襲以降、B29の空襲は大都市を標的に激化していた。水谷鋼一・織田三乗『日本列島空襲戦災誌』(1975年)の5月5日の項には「(午前7時すぎより)別働約20機は大分県に侵入。同地航空施設を攻撃して、佐伯付近より脱去した」とあり、別行動の10機と合わせ、日本側の「総合戦果」は「撃墜3機(うち不確実1機)」と書かれている。「手術」を受けたのはこのうちの1機の乗員で、死亡者1人を除く10人が福岡に運ばれ、機長だけは「情報に価値あり」として東京に移送されていた。
「文藝春秋」1957年12月号に載った平光教授の「戦争医学の汚辱にふれて―生体解剖事件始末記」では、石山教授から電話で「あす、西部軍の依頼命令で負傷した米軍飛行士の手術をしたいから、大きい解剖(実習)室を貸してもらいたい」と依頼があった。平光教授が事情を聴き返すと、石山教授は「時がそうさせるんです」と答えた。しかし、翌日は来ず、来たのはそれから4~5日たってからだったという。
1945年5月17日、西部軍の所要の手続きを踏み、米軍飛行士2人をのせたトラックが九大に到着。石山教授と2人の助教授、講師が出迎えた。解剖実習室に運ばれた捕虜1人はけがをしており、治療を受けると思っていたようだ。
教室には看護婦長ら看護師3人、記録係ら十数人がおり、捕虜と同じトラックで到着した佐藤大佐ら西部軍幹部も見守った。執刀は石山教授、第一助手は小森見習士官で、麻酔注射で眠っている2人からそれぞれ肺の片方を摘出。海水を注射し、2人は“手術”の途中で死亡した。
肺、胃、心臓、肝臓……次々と
2人の助教授と講師は1人目の途中から尋常の手術でないのに気づいたが、何も言わず、そのまま従った。途中で外出先から帰った平光教授が入ってきたが、しばらく見て出て行った。終了後、解剖学教室の助教授らが胃、肝臓、腎臓、心臓などを切除して持ち去った。彼らはのちに「平光教授の命令だった」と供述した。
2回目は5月22日。捕虜2人に対して、1人からは胃全部と心臓を摘出し、もう1人からは肝臓を切除した。この時、小森見習士官が肝臓を持ち帰ったことが「食肉事件」に結び付く。3回目は5月25日に1人の脳を切開。最後となった4回目は6月2日で、捕虜は3人だった。1人は代用血液としての海水注射、1人は胸腔内の縦隔の手術、残る1人は肝臓の半分の摘出だった。
一部で不満が出ていたが、表立った抗議などはなかった
1回目の後、助教授2人は「軍が手術を望むなら軍病院でやるべきで、九大でやるのは筋違い」などと訴えたが、石山教授は「軍の命令だ」と跳ねつけた。そのため、石山教授の“一番弟子”とされた助教授は3回目から不参加。他のメンバーの間でも「必要がない実験」「こんなこと嫌」などと不満が出ていたが、表立った抗議などはなかった。石山教授は医学界の権威で、学内では「独裁者」と呼ばれており、その威光には逆らえなかったのだろう。
『生体解剖』によれば、4回の中間に開かれた学会で、石山教授は代用血液としての海水の有効性について発表しており、同書は「自ら最も関心の深い研究テーマに沿って生体解剖を行っている」と書いている。
小森見習士官が焼夷弾の直撃により死亡
最後の「実験」の約半月後、福岡は大規模な空襲に見舞われる。『日本列島空襲戦災誌」掲載の「西部軍管区司令部発表(6月)20日6時」は、B29約60機が19日22時半ごろから20日0時半ごろまでの間、福岡市に主として焼夷弾攻撃を実施したと記している。「死者213人、負傷者565人、焼失家屋1万3309戸、罹災者5万7883人」(同書)。実際はもっと多かったといわれる「福岡大空襲」だった。
そのさなか、出先から偕行社病院に戻った小森見習士官は焼夷弾(しょういだん)の直撃を受け、九大第一外科に担ぎ込まれた。駆けつけた石山教授が右足を切断。いったんは命を取り留めたが、佐賀県の陸軍病院に移ってから破傷風にかかり、九大に戻された後、7月9日に死亡した。
約3年後に獄中で自殺した石山福二郎教授は数通の遺書を残していた――。
〈 「当時の精神状態に戦慄する」捕虜8名が犠牲になった“実験手術”、“人肉食疑惑”まで報じられ…医師たちを異常行為へと踏み込ませたものとは 〉へ続く
(小池 新)

“外国人”と生きる保守王国・群馬で聞いた参政党「日本人ファースト」への思い 取材で見えた“共生の現在地”

最近、20歳前後の学生、数十人と話をする機会があった。「今、気になっているニュースは何ですか?」と尋ねると、口を揃えて「この間の参議院選挙です」という答えが返ってきた。
若い世代がこんなに政治に関心を持つという社会の空気を、私はこれまで感じたことがない。「どの部分に関心を持ちますか?」と聞くと、「外国人を巡る議論」「排外主義」「参政党の躍進」だという。
分析で見えた・・・保守王国・群馬で起きた“異変”
この夏の参議院選挙。 選挙結果を分析していると、少し不思議な現象が起きている街があることに気付いた。
全国有数の保守王国・群馬。参議院・群馬選挙区は自民党が長く議席を獲得してきた。
今回も自民党の清水真人さんが当選したのだが、いつもと違ったのは参政党の青木ひとみさんが、約2万8000票差にまで迫ったことだ。
さらに、参政党の青木さんの得票数が、自民党の清水さんを上回った自治体が複数あった。
そのなかでも【伊勢崎市】【太田市】【前橋市】…この3つの自治体は、群馬県内で外国人の住民が多い自治体トップ3だ。いずれの街もここ最近、急速に外国人の数が増加している。
伊勢崎市には1万7000人ほどの外国人が暮らす。これは市民の約8%に当たる。この街に住む日本人は、外国人は、今何を思うのか。取材に向かった。
「『外国の人だ、悪いことしているな』と思われているかも・・・」
伊勢崎市内。 英語だけでなく、ベトナム語やポルトガル語、タイ語など、様々な言語の看板が目に入ってくる。
街をさらに進むと、イスラム教の礼拝堂「モスク」があった。
20年ほど前にできた「伊勢崎モスク」。 管理人によると、インドネシア人やパキスタン人が多く訪れ、金曜日の礼拝には、多い時で200人ほどが集まるという。礼拝に訪れる人が多い日は建物内に人が入りきれず、路上でお祈りする人もいるそうだ。
伊勢崎モスクに通うひとり、リズワン・ウル・ハックさんに出会った。28年前にパキスタンから来日し、今はカレー店を営んでいる。
日本に来てからは、漬物の製造や建設業など、様々な仕事に就いてきたリズワンさん。この国に馴染もうと、日本の文化や慣習に必死に対応してきたと話す。
サラームカレー リズワン・ウル・ハックさん 「8時半から仕事だったら8時20分までにと思って行かないとだめ。これは日本だから。仕事が5時に終わるなら、5時5分まで仕事ちゃんとやらないとだめ」 「(外国人の自分に対する)日本人のイメージが大事。イメージが崩れちゃうと仕事もできないし、イメージが悪い人は嫌われちゃうし…」
“日本人ファースト”という考え方をどう思うか?と尋ねてみた。すると…
サラームカレー リズワン・ウル・ハックさん 「selfish。自分のことだけ考えている。周りは関係ないということかな」 「日本人は仲良くなると友達みたいに助けてくれるし、問題が起きた時もすぐに電話をかけてくれる。でも、『外国の人かな、何やっているのかな、悪いことしているのかな』と思っている人もいるかもしれない」
日本のルールを守り、馴染もうとしてきたという自負のあるリズワンさん。
サラームカレー リズワン・ウル・ハックさん 「ちょっとイライラするけど、しょうがない」
複雑な感情を抱いてるようだった。
“肩身の狭い思い” 『日本人ファースト』への共感
それでは、伊勢崎を生活のベースとする日本人は、どう考えているのか。
30代女性(伊勢崎市民) 「やはり皆さん、あるんじゃないでしょうかね・・・外国人に対する思いというか。今まで日本に来てくださっていた外国人とは違うな、というのを感じてるのかな。なんか日本語が通じなくなった」
確かに、声をかけた外国人から「私あんまり日本語わからない」「日本語がちょっとわからない」と返される場面が多々あった。
10代男性2人組(伊勢崎市民) 「外国人が多い地域だからこそ、外国人に対しての不満は溜まっていって…で、外国人が多い地域の日本人は、一層“日本人ファースト”の参政党を選んで、また結束が高まってじゃないですけど」
隣町から伊勢崎市に通勤をしているという男性にも話を聞いた。
――伊勢崎では“日本人ファースト”は響きやすいんでしょうか?
30代男性(みどり市在住・仕事で伊勢崎市へ) 「私は、めちゃめちゃ正しいって感じますけどね。他の地域の人たちよりも“日本人ファースト”の気持ちを身近に感じているからこそ参政党が強いのかなと」
外国人が増えたことで、日本人が肩身の狭い思いをしているんだ、と話す。
30代男性(みどり市在住・仕事で伊勢崎市へ) 「お店に行っても、私が1人で外国人の方が大勢だと、どんちゃん騒ぎしていたり、こっちは別に悪いことしているわけじゃないけど、こっちが逆に肩すぼめながら『すみません』ってよけたりとか。外国人の方の比重が多くなってきちゃうと “郷に入っては郷に従え”みたいなのがちょっとずつ崩れてきて外国人の人たちのメインの庭みたいな感じになってきちゃってる感覚があるんじゃないかと個人的には思います」
この男性は、“日本人ファースト”に共感していると話した。
外国人の同僚がいるという男性にも出会った。
男性2人(高崎市民と前橋市民) 「同じ会社にカタカナの名前が入っている人っていうのはもちろんいます。言葉悪いですけど、どちらかというと労働力という扱いっていうか。プライベートでは会わないです」
外国籍の人たちの間で独自のコミュニティができていて、プライベートな関わりはほとんどないそう。
男性2人(高崎市民と前橋市民) 「外国籍の人が住んでいるってだけで、日本人は正直、『共生している』っていう認識はないです。やっぱ“日本人ファースト”と言われるとああそうだな、っていうのはあるかもしれない」 「もしかしたらプライベートで会ったら良いところも見えたりっていうのがあるかもしれないですけど、文化の違いもあるんで、そういうのは難しいかも」
小学校クラスの3分の1外国人「みんな一緒」
逆に、外国人との“共生”をポジティブ捉えている人もいた。
県内の高校に通う女子高校生。ブラジル人やフィリピン人の同級生が多くいるという。
女子高校生(16・伊勢崎市民) 「外国人はフレンドリーな人が多いじゃないですか。けっこう楽しい」 「外国人だから、というのはない。みんな一緒みたいな。小学校から、外国人がクラスの3分の1くらいいたんで、多分環境で慣れている」
銭湯で外国人に接する機会が多いという60代の女性は、ある変化を感じていた。
60代女性(伊勢崎市民) 「よく風呂やサウナに行くんですけど、外国の方がすごく多くて。前はもう好き勝手やってたのが、段々気を遣って譲るようになったりとか、入り方もキレイになってきました。以前と違います」 「外国人も早く日本に溶け込みたい、日本人も外国人を受け入れようという姿勢がなんとなく出てきたかなって感じ。これだけ外国人が増えてきたから、そういった傾向に進んでいるような感じがします」
伊勢崎市で建設業を営む男性は、7~8年前から、外国人を従業員として受け入れるようになったという。
今は、必要不可欠な存在だと話す。
50代男性(伊勢崎市で建設業営む/太田市民) 「建設業に応募する日本人が少なくなってきた。来ても仕事が続かない。もう何十年も前から」 「外国人を受け入れないとやっていけないです、やっていけない」
家族のなかでも「外国人」と「日本人」?
ブラジル食品を扱う大型スーパーに入ると、ブラジルの特産品・コーヒーや、ブラジル料理でよく使われる豆などが店内に並んでいた。
スーパーTAKARA ルイーザさん 「牛肉。ステーキにしたり…。これはイチボ。外国人にすごく人気!」
店長のルイーザさんは、18歳の時、初めてブラジルから来日したという。日本とブラジルを行き来し、のべ30年、日本で暮らしている。
スーパーTAKARA ルイーザさん 「言葉が通じないということで『やっぱり外国人だからダメだ』とか言われて。自分も少しは喋れるんですけど・・・寂しいですけどね、やっぱり寂しい」
ルイーザさんの国籍はブラジル。 ルイーザさんの32歳と29歳になる2人の子どもの国籍は日本。つまり日本人だ。日本で育った2人が話せるのは日本語だけ。家族の会話は日本語だ。
日本人の子ども2人を持つ、ブラジル人のルイーザさんに最後に聞いた。
――“日本人ファースト”は正しいと思うか?
スーパーTAKARA ルイーザさん 「いや~、それは違うと思うんですね。外国の方も違って面白いし、日本の方も違って面白い。この2つが一緒になればすごく良い街になったり、良い日本になっていったりすると思う」
日本人から見ると、ルイーザさんの家族は、“外国人家族”なのか?“日本人家族”なのか?そして、“外国人家族/日本人家族”、と、国籍でカテゴライズする必要はあるのか。
少なくとも、この街に、“外国人/日本人”と、国籍だけで簡単には割り切れない思いを抱えている人もいることがわかった。ただ、まだ何か答えを見つけたわけではない。今後も“共に生きる街”の声を取材したい。
TBSテレビ報道局 宮嵜仁美

“コメ”を脅かす最強級外来種「オオバナミズキンバイ」除草剤が効かない 小さな破片からも再生する脅威の繁殖力

見た目はキレイでも恐るべき繁殖を見せる外来植物が、今じわじわと全国に広がっています。三重県ではついに田んぼに入り込んだと聞いて、現場を取材しました。
一面に広がる鮮やかな黄色い花。一見花畑ですが…所々に見えるのは稲穂。ここは、もともと田んぼです。
三重県桑名市で起きている深刻な環境問題。田んぼをこの黄色い花が覆い尽くそうとしています。道を境に、右側はごく普通の田んぼ、左側は田んぼのほぼ半分近くまで、黄色い花が広がっていたのです。
農家によると、初めて見つかったのは3年ほど前ですが、最初は誰も気に留めていませんでした。しかし、気付いたときには農業にも支障が出るように。
(被害にあったコメ農家) 「『どうするんやこれ』みたいな感じで、皆さん知っているのは知ってるので『何やあれ、見たことない草が入ってきとんぞ』みたいな」
(被害にあった別のコメ農家) 「これはすごいことですね、やっぱり駆除しないと駄目。水路で水が出入りするんだけど、水が全然出入りできない」
この植物の正体は、南アメリカ原産の外来種『オオバナミズキンバイ』。最大の特徴は恐るべき“生命力”。
あっという間に繁殖して元の環境や生態系を脅かす上、ほんの少しの破片からでも再生するため、駆除も極めて難しく2014年に国から特定外来生物に指定されました。
除草剤で枯らしたはずの茎から“新しい葉っぱ”が
ここに繁殖するオオバナミズキンバイへの警戒をいち早く呼びかけてきたのが、「なごや生物多様性保全活動協議会」の小菅崇之さん。
(なごや生物多様性保全活動協議会 小菅崇之副会長) 「水草が好きで水草を見て、いろいろな田んぼを巡っているが、ここ(三重・桑名市)に来たときに、まず日本のミズキンバイっていう貴重な水草があるのですが、そちらを見つけたと最初は喜んだが、よくよく見てみたら本当に危険なオオバナミズキンバイだった」
「去年はここ、全くこの水路は生えていなかった。なのに、ことし来たらここまで広がってるっていうのは本当に驚きで、どうしようって感じです」
(被害にあったコメ農家) 「繁殖率がすごくて、除草剤ふったり草刈りしても、ちょっとした断面からばーって広がっていって、穂の高さまで来るんですよ」
除草剤で枯らしたはずの茎からは、新しい葉っぱが生えていました。さらに、この植物の適応能力も駆除を難しくしています。
水上でも陸上でも…「形」を変えて繁殖
(小菅さん) 「水の近くにあるときは(葉が)丸いが、陸地にあるものは若干細くなったりする。水陸両用という感じで、水に浮くときに葉っぱが丸い方が安定感が出るのでしょうね」
水上でも陸上でも形を変えて繁殖し続ける。それが、この侵略植物の脅威を一層高めています。
(被害にあったコメ農家) 「重機とか使ったりしてやらないことには、とても人の手だけじゃ追いつかないですよね。取るのもすごい重たいので、こんなちょこっとでも根っこからしっかりしているので、持ってくるとなったら重たいです」
重機を使うことにも問題が。オオバナミズキンバイは、根や茎の切れ端からでも完全に再生できるため、重機で大がかりに撤去したり、田んぼや畑に生えているのを知らずにトラクターなどの農業機械を使ったりすると、他の場所に広がる恐れがあると言います。
(小菅さん) 「トラクターのタイヤの隙間にちょっとだけ破片が付いただけでも、そのトラクターが移動することで、次の田んぼへと広がっていってしまう」
(被害にあったコメ農家) 「トラクター使ったときにこの田んぼで洗って、次の田んぼに入っていくことは無理です。本当はやりたいんだけど、作業上無理です」
今まで以上に深刻な状況…
一旦広がれば完全駆除は極めて難しく、普段の農作業も出来なくなるという、農家にとってまさに悪夢のような状態。コメの収穫にも影響が心配されています。
(被害にあったコメ農家) 「減収になります、お米が悪いし。(お金の面で)マイナスですね、プラスには絶対ならない」
外来種の特別展を開いている、豊橋市の自然史博物館。ここでもオオバナミズキンバイは“最強”扱い。その研究では第一人者の学芸員・稗田真也さんは、桑名市で田んぼに広がった事例は今まで以上に深刻だと話します。
(豊橋市自然史博物館 稗田真也学芸員) 「これまで水路とか池とか湖という水辺に侵入してるということは、よく見られていた。水田の中、田んぼの中に侵入して生い茂っているという事例は、実は多くはない。その点において侵入のステージが進行しているのではないか」
今回の特別展向けに、稗田さんが作った侵略的外来種のトレーディングカード。オオバナミズキンバイは「愛知県では確認されていない」とありますが…
「すごく驚きました…」
(前川智彦記者) 「愛知県豊田市の住宅街の近くを流れる西中山川では、オオバナミズキンバイが大量に繁殖しています」
豊田市の御船町を流れる西中山川と御船川で見つかったのです。稗田さんが、オオバナミズキンバイだと特定しました。
(稗田さん) 「すごく驚きましたが、入ってくる可能性はあるかなと以前から思っていました。ある程度、入ってくることを前提にして、早く見つけて早く対処するという心構えが大事」
稗田さんの助言を受け、豊田市はすぐに駆除作業を実施。手作業で抜いた後、水面に浮かぶ小さな葉や茎の切れ端に至るまで、残らず網ですくい上げました。
(豊田市環境政策課 弘中陽介さん) 「初期の段階なので、現状であればまだ駆除も可能と専門家の意見もありましたので、今回緊急で駆除作業を実施しました」
しかし、相手は恐るべき生命力のオオバナミズキンバイ。実際少し離れたところへ行ってみると…
(記者) 「先ほどの駆除作業の現場から車で2分ほど下流に来た場所です。こちらでもオオバナミズキンバイの繁殖が確認できます」
水害リスク・生態系への影響も…
(稗田さん) 「豊田市で今侵入してる場所の下流に矢作川があるので、その流域などでも例えば水田に侵入して田んぼを覆い尽くしてしまったり、水路や排水施設を詰まらせて水害リスクになる可能性が懸念されます。生態系への被害も想定されます」
三重県桑名市では水田に広がり、コメ作りの妨げにもなっているオオバナミズキンバイ。このような水田での被害が、他の地域でも起きたらどうなってしまうのか。自治体や農協も駆除に向け動き出しています。
(稗田さん) 「実は外来水草の駆除はシンプルなことで、植物を除去することに尽きます。侵入初期の段階の方が(駆除が)容易であると、皆さんもそういう心づもりになっていけばいいのかなと思います」
猛スピードで繁殖し、日本固有の生態系を脅かす黄色い花の侵略植物。
ちょっと注意して見回してみると、あなたの周りにも見つかるかもしれません。
CBCテレビ「ニュースクロス」2025年8月7日放送より

発砲判断は「自治体」市街地で銃を使った駆除可能に 第一優先は安全確保 訓練で見えた課題 北海道

クマについて9月1日から、一定の条件を満たせば市街地で銃を使った駆除が可能になります。
ただ、発砲の判断と責任を負うのは「自治体」です。
ハンターや警察との連携を確認する訓練が札幌で行われました。
(山本記者)「いまあちらにクマが出没した想定でハンターらが対応訓練を行っています」
札幌市西区の公園で実施されたクマ駆除の訓練の様子です。
公園の周辺で断続的にクマが出没している想定で行われました。
しかし、市街地では原則発砲が禁止されています。
そこで発砲を許可したのは、警察やハンターでもなく札幌市の職員。
(札幌市の職員)「準備整い次第、撃っていただいて構いません」
許可を受け、ハンターらが模擬銃を構えます。
訓練では「ヒグマ緊急銃猟」という腕章を身に着けた担当の市職員の許可で発砲するという駆除が実施されました。
(山本記者)「銃声が響き渡っています」
7月に道南の福島町で男性を襲い死亡させたクマが駆除されたのも、発砲が原則禁止されている住宅街の中の茂みでした。
このときは警察が法令に基づいて発砲を命令しましたが、9月1日からは改正鳥獣保護管理法が施行されます。
これによって住民の安全が確保できるなどの条件を満たしていれば、自治体がハンターに対し、市街地での発砲いわゆる「緊急銃猟」を委託できます。
この緊急銃猟の運用にあたり、自治体はどのような対応が必要なのでしょうか。
(山本記者)「なぜここで発砲できたのか?」
(札幌市環境局 清尾崇さん)「要件を満たしている中で、安全確保の一つに射線の確保とバックストップが確保できているかどうかがポイント。銃をこっちから狙った時に銃弾が突き抜けたとしても、斜面のところで止まって奥の住宅地にの中にいかないという地形だから、ここで発砲することができた」
(山本記者)「仮に平坦なら? 」
(札幌市環境局 清尾崇さん)「平坦だったり下がっている場合は、向こうの住宅地の方に飛んでいく場合があるので、ここでは発砲することはできない」
第一に優先しなければならないのは安全の確保。
自治体はこれまで以上に難しい判断が求められ、発砲の責任も負うことになります。
(札幌市環境局 坂田一人さん)「やはり制度の中でも、かなり手順や安全確認が必要。実際に速やかに捕獲までつなげるパターンは限定的なのかな。壁面がコンクリートだったり住宅街のど真ん中にクマが出没した場面になった時に、果たしてこの制度が使えるのかどうか。課題が色々見えてきた」
(山本記者)「緊急銃猟が実施可能になるまで1か月を切った今、市町村と警察そして猟友会のより密接な連携が必要です」

今日は関東から西日本で猛烈な残暑 内陸部で体温並みの危険な暑さも

今日17日(日)は、強い日差しが照りつける東北南部から西日本で厳しい残暑が続きます。
昼は最高気温が35℃以上の猛暑日となる地点が続出し、内陸部では36~38℃の体温並みの暑さになる所がある見込みです。引き続き、万全の熱中症対策を心がけてください。
各地で猛暑日予想 内陸部は体温並みの気温も
今日も本州付近は太平洋高気圧に覆われる予想です。今日も西日本や東海では晴れて、関東では昨日16日(土)よりも日差しがしっかりと届きます。
東海から西日本にかけては猛烈な残暑が続く見込みで、各地で最高気温が35℃以上の猛暑日となりそうです。大阪は34℃、京都や高松は35℃、名古屋は36℃の予想です。
東日本でも厳しい暑さとなり、東京や福島の最高気温は35℃の予想。内陸部ではさらに気温が上昇し、体温並みの暑さとなるところも出てきそうです。前橋では38℃が予想されています。
外出の際は、帽子や日傘などでの日差し対策、屋外での長時間の活動を避け涼しい場所で休憩するなど、熱中症に十分に注意してください。
一方、北海道は雨が降り昨日よりもだいぶ涼しくなりそうです。昨日よりも10℃近く気温が下がる所もあるため、体感差にお気をつけください。札幌の予想最高気温は25℃です。
休み明けも残暑は継続 名古屋は明日38℃予想
上空1,500m付近に+18℃以上の暖気が流れ込む日が続くため、西日本や東日本では猛暑となる日が多くなりそうです。
特に、名古屋では1週間以上猛暑日が続き、明日18日(月)は最高気温38℃が予想されています。東京都心でも週前半は猛暑日が続く見込みです。
こまめな水分補給や塩分補給、睡眠をしっかりととるなど、熱中症対策を万全にお過ごしください。

石破おろしか、続投か…大役を一任された自民党総裁選選管委員長・逢沢一郎の皮算用

【永田町番外地】#39
自民党内の石破おろしの動きは、週明けから再び活発になるのだろうか。当面の関心事は、総裁選実施の可否判断、そしてやるとなればその実施の時期だ。そこでにわかに注目を集めるのが、総裁選挙管理委員会の逢沢一郎委員長の存在である。
今回のような総裁選の前倒しは前例がなく、地方組織の意思確認のやり方や総裁選の実施時期など、今後の段取りはすべてが逢沢委員長に一任されたからだ。
「(総裁選管として)議員の皆さん、党員に対して公正な選挙でなくてはならないので、きちんとした仕組みをつくり上げることが必要」
逢沢委員長は8日、自民党両院議員総会後に記者団にこう語った。
もっとも「公正な」といっても、すんなりとは受けとってもらえない。
党内の反石破勢力からは、逢沢委員長が昨年9月の総裁選で1回目、決選投票ともに石破首相に一票を投じていることから、選挙の公正な運営を疑問視する声が聞こえてもくる。
総裁選の前倒しは参院選の結果責任を問うものであれば、常識的には秋の臨時国会前にも石破退陣、新体制発足となるはずだが、「たとえば逢沢さんが、総裁選実施の地方組織の可否判断について党員投票で決めると言い出せば、丁寧だけれども、それは同時に石破延命に手を貸すことにもなる」と指摘するのは旧安倍派の中堅議員だ。極端な話、逢沢委員長のサジ加減で総裁選の先送りが可能になるわけだ。
逢沢委員長は1954年生まれの71歳。当選13回を数えるベテラン議員ながら、政治家後半生は安倍-麻生ラインに疎まれ長く不遇をかこち、自民党内では一度の閣僚経験もない稀有な存在である。ちなみに石破首相とは当選同期であり、立憲民主党の野田佳彦代表とは、松下政経塾第1期の同窓であり、肝胆相照らす仲でもある。
「逢沢さんからすれば、石破首相は最後のよすが。今さら初入閣には興味ないようですが、国対や議運の委員長経験者ですし、議会人としての自負はあります。石破-野田の大連立政権で額賀(福志郎)衆院議長の後釜狙いでしょうから、体を張ってでも石破を守るでしょうよ」(前出の安倍派中堅議員)
先々のことは見守るしかないが、確かに衆院議長ポストは逢沢委員長にとっては魅力的な誘いであろう。 (特命記者X)

知床・羅臼岳の海岸線にクマ1頭目撃 体長2メートル…山に消える 男性襲われ死亡後も目撃続く

【速報】クマに襲われた26歳男性 死因は「全身多発外傷による失血」と判明 北海道・羅臼岳
北海道羅臼町岬町付近でクマの目撃がありました。
警察によりますと、2025年8月17日午前4時10分ごろ、「海岸線に2メートルくらいのクマがいる」と通報がありました。
クマを目撃したのは付近に住む住民で、家の中から300メートルほど先のモセカルベツ川下流の海岸線でクマ1頭を目撃したということです。
クマは、天狗岩トンネル方向の山の中へいなくなったということです。
この付近では、8月14日、羅臼町と斜里町にまたがる羅臼岳で、登山中の男性(26)がクマに襲われ、死亡する事故が発生しています。

“家庭内トラブル”で110番通報 包丁など4本所持していた疑いで29歳の男を現行犯逮捕 新潟・五泉市

新潟県五泉市の駐車場で、包丁など4本を携帯していたとして、29歳の男が現行犯逮捕されました。
銃刀法違反の疑いで現行犯逮捕されたのは、五泉市南本町の無職の男(29)です。 警察によりますと、男は16日午後11時半ころ、正当な理由がないにもかかわらず、五泉市の駐車場で刃体の長さ17.1メートルの包丁など4本を携帯していた疑いがもたれています。 「家庭内トラブル」として男の家族から110番通報があったということです。けがをした人はいません。 男は警察の調べに対し「包丁を持ち出したことは間違いありません」と容疑を認めているということです。警察がいきさつなどを詳しく調べています。

学歴詐称疑惑の伊東市長、Xで意味深投稿「騒動の全容がやっと…」 真意明かさぬ投稿に波紋

学歴詐称疑惑が問題となっている静岡市伊東市の田久保真紀市長が2025年8月16日、Xを更新し問題に関する意味深な投稿を行い、ネットの注目を集めている。
13日には「約19.2秒ほど見ていただいた」主張
田久保氏をめぐっては、市の広報誌に平成4年(1993年)に東洋大学法学部を卒業したと記載していたが、卒業していないとする投書が市議会に寄せられたとして問題になった。その後、田久保氏は大学を除籍となっていたことが明らかになった。
市議会ではこの問題に関し百条委員会を設置し、田久保氏が「卒業証書」だとしているものの提出を求めたが、田久保氏はこれを拒否する状況が続いている。
田久保氏は7月中に辞任し出直し選挙に臨む姿勢を明らかにしていたものの、7月31日にこれを撤回。「改革への道はまだ本当に始まったばかり」などとして、続投の意思を明らかにしていた。
その後、8月13日の百条委員会で、田久保氏は「事実関係といたしましては、私が卒業していない、そして除籍であるという事実を知りましたのは6月28日に大学に出向いたときになります」と、以前からの主張を繰り返した。
その上で、「報道であるような『チラ見せ』といった事実はありません」と一部報道を否定した上で、「約19.2秒ほど見ていただいたと記憶しております」などと強調していた。
「事実関係に基づいてその目的を明らかにしてきます」
疑惑の目が深まる中、田久保氏は16日にXを更新。
「今回の騒動の全容がやっと見えてきました。事実関係に基づいてその目的を明らかにしてきます」と意味慎重な投稿を行った。
一方で、投稿から丸1日が経った17日現在も、詳細については明らかにしていない。
SNSでは、「騒動の全容? 告発者の思惑がどうであれ、この人が悪手過ぎて信用失ってるだけじゃ…… 目的を明らかにする前に卒業証書らしきものについて明らかにしなさいよ」「事実関係というなら、まず、卒業証書を公開しろよ」など、困惑の声が相次いだ。

今回の騒動の全容がやっと見えてきました。事実関係に基づいてその目的を明らかにしてきます。