「トイレで留置官の股間を蹴り上げ」「ショーケースを破壊しシャネルのバッグ窃盗」“ネットのヒーロー”高林輝行被告(44)公判で明らかになった「ヤバすぎる暴れぶり」

今年4月、高校生をハンマーで殴打し逮捕されて話題になった高林輝行被告(44)。その第2回公判が9月2日、東京地裁立川支部で開かれた。
騒音を起こす高校生を”制裁”したとして「ハンマーおじさん」としてネット上で祭り上げられ、情状酌量を求める減刑署名まで集まった高林被告。しかし法廷で明らかにされたのは、”制裁”案件以外にも手を染めていた犯行の数々だった。【前後編の後編。前編を読む】
入廷する「ハンマーおじさん」
9月2日の第2回公判で、高林被告は手錠を外したのち、上下官給衣とみられる鮮やかな緑色の服装で入廷した。白髪混じりの短髪で、多少緊張しているのか、第一声は上ずっていた。
前編で報じた通り、「騒音トラブルを引き起こす暴走族を制裁した」として高林被告について減刑を求める署名運動があった。しかし、警察は冒頭陳述で恐るべき余罪を明かした。
まずは前編でも触れた男子高校生をハンマーで殴った直後の一件について、現場となった高林被告の自宅での顛末が明かされた。
「令和8年4月29日午前7時55分ごろ、高林被告の身柄拘束のため自宅に到着した警察官5名に対し『入ったらやる』などとナイフを見せ脅迫した。警察官らは現場にいた高林被告の実母を安全確保のため屋外に避難させようとしたが、そこに被告人が接近しカプサイシン液を噴霧。警察官らがひるんでいるうちに自宅内へと逃走、裏口から自家用車へと乗り込み逃走を図った」(検察冒頭陳述より抜粋)
なお催涙スプレーを顔に浴びた警察官は、全治1週間の化学性結膜炎を負ったという。
そして、6月22日に再逮捕されたリサイクルショップでの窃盗行為についても、その犯行手口が読み上げられた。
「令和8年2月9日午前3時ごろ、名称不明の共謀者1名と当該店舗へ自家用車で訪れ、店舗北側の高窓をハンマーで割り店舗内へ侵入。ガラス製ショーケースを割ったうえで、保証書付きのシャネルのバッグ含む全9点、約300万円相当を盗み出した」(検察冒頭陳述より抜粋)
現場に残ったガラス片から採取された血液のDNAが高林被告のものと一致したこと、6月27日に自宅にて差し押さえられたバッグが盗み出されたものと一致したことが、犯行を裏付ける確かな証拠として挙げられた。
さらに驚くべきことに、高林被告は勾留されたのちにも暴行に手を染めていたのだ。 「令和8年6月28日、高林被告は勾留中、ケガの治療のため昭島市の病院で診察を受けた。その後、高林被告がトイレへ行きたいと申し出たため、留置担当官監視のもと病院内のトイレに行った。

自衛隊が消火活動準備=国外初、森林火災に対応―インドネシア

【ジャカルタ時事】自衛隊は近く、インドネシア・カリマンタン島西部で発生中の森林火災の消火活動を始める。消火に当たる大型ヘリコプター3機を積んだ輸送艦「くにさき」が10日に西カリマンタン州の港に到着。隊員は13日、現地当局との調整を続けた。
自衛隊が国外で消火活動を行うのは初めて。期間は1週間程度を想定している。ヘリを使い、大型のバケツにくんだ川の水を空中から投下する。当初は13日に開始する予定だったが、火災の煙による視界不良の影響で延期した。 [時事通信社]

「20年冷や飯食って狂い咲き、いつまで続く狂い咲き」赤沢経済産業相「力の限り頑張りたい」 内閣改造を前に講演 鳥取県米子市

赤沢経済産業相は9月13日、地元の会合に出席し、現在の役職である経済産業省のトップとして「力の限り頑張っていきたい」と述べました。
9月17日にも高市総理大臣によって行われるとみられる内閣改造。
13日、地元米子市で自身の後援会の会合に出席した赤沢経済産業相は、注目される自身の去就には言及せず、「20年冷や飯食って狂い咲き、いつまで続く狂い咲きということで、これからも力の限り頑張っていきたい。」と述べるにとどめました。
会合には自民党の党3役の一人、有村総務会長も出席し、赤沢氏に対して「関税という独立国家の根幹を担った」として、アメリカとの関税交渉の実績を労う場面もありました。

岐阜・火災ケーキ店主の死因判明 5人死傷、熱傷性ショックと発表

岐阜県本巣市で5人が死傷したケーキ店火災で、県警は13日、搬送後に死亡した店主曽野さとみさん(66)の死因について、司法解剖の結果、全身にやけどを負ったことによる熱傷性ショックだったと発表した。やけど以外に目立った外傷は確認されなかったという。
火災は5日午後9時ごろ発生。2階建て約300平方メートルが焼け、自営業福田達哉さん(66)とパート堀部真由美さん(65)の遺体が見つかった。死因はそれぞれ失血と急性一酸化炭素中毒だった。曽野さんは治療を受けていたが、11日に亡くなった。他に、男性(65)が重いやけどで入院している。
店舗駐車場の車の運転席では、葬祭業林寛至さん(70)が見つかり、死亡が確認された。

自民党・小林鷹之政調会長が熊本地震の被災地を視察

自民党の小林鷹之政調会長が12日に熊本入りし、熊本地震による被災状況を視察しました。
自民党の熊本地震対策本部で本部長代行を務める小林鷹之政調会長は12日、宇城市の延福寺や八代市の八代宮などを訪れました。
国の名勝、松浜軒では倒壊した建物を視察し、文化財の修復手順などを質問しました。
木村知事とも意見を交わし、文化財は地域コミュニティーの核だとしたうえで、支援について考えたいと話しました。
■自民党・熊本地震対策本部 小林鷹之 本部長代行
「既存のこの制度の中では十分に対応しきれないということがこれから出てくると思いますので、(復興)基金の設置を含めてやっていく必要性というものを強く感じました」

「もし起きていたらアンタも殺されていたよ」自宅で継父が母の首を絞めて殺害…《静岡2女性殺害事件》被害者の長女が明かした「犯行当日の違和感」(平成17年の事件)

静岡県沼津市などで女性2人が犠牲となった「静岡2女性殺害事件」。犯人の桑田一也死刑囚により実の母親を殺められた被害者長女が、事件から14年の時を経て初めて当時の記憶を語った。
犯行当日、長女が母に見た「ある違和感」とは――。ノンフィクションライターの高木瑞穂氏の文庫新刊『 殺め人 』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目)
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初めて語られる犯行日前夜
「あのとき昼寝しててよかったね。もし起きていたらアンタも殺されていたよ」
結海さんは、あるとき祖母からそう言われたと振り返る。それはなぜか。あのときとはいつのことか。それを知るのは遺族のなかでも「私ひとりだけ」と前置きして結海さんが話してくれた。結海さんの証言などから、改めて犯行日前夜を詳しくたどる。
一家はまず、その少し前に御殿場市内の自宅一軒家から、犯行現場となった静岡・東部の清水町のアパートに移り住んでいた。アパートはメゾネットタイプで、1階は居間、2階は子ども部屋と夫婦の寝室だった。
いつものように居間で髪を結んでくれていたとき、家のこと頼んだよ、と紘子さんに言われたのは、紘子さんが行方不明になる朝だった。その言葉は、いつもは会話すらないなか「そんなこと初めて言われた」から、結海さんからすればどこか違和感があった。
「何かヘンな感じでした。いま思えば、殺される予感がして、ママは妹のこととかを『頼んだよ』と言ったのかも。なんか、お願いね、みたいな口調だったので」
「あのとき昼寝しててよかったね」と祖母が語った理由
結海さんは「ヘンなの」と思いながらも、2階の子ども部屋で妹の寝顔を見たあと、いつものように徒歩で小学校へ登校した。そして15時過ぎ、夕方前には帰宅すると、家には誰もいなかった。結海さんが言う。
「その日は水泳もダンスも、何も習い事がない日だったので、家に帰ってすぐに1階の居間で昼寝しちゃっていたんです」
桑田は、結海さんが帰宅するまでの間に、2階で紘子さんから生活苦を責められ、ついには首に手をかけて絞殺したことになる。だから結海さんはその現場を見たわけでも、気づいていたのにやり過ごしたわけでもない。
中学生のときも大人になってからも、母の実家に戻ると、ことあるごとに「あのとき昼寝しててよかったね」と祖母が口にしたのは、もし何かの拍子で起きてしまっていたら桑田の魔の手が結海さんにも及んでいたと思っているからだろう。
陽が落ちてから起きた結海さんは居間の灯りをつけた。正確な時間はわからないと言う。それでも、目が覚めてから少しすると、誰もいなかった家に、保育園帰りの妹と桑田の姿があった。
桑田の姿を見たのはそのときだけで、夜から翌朝まで、結海さんは妹と二人きりだった。覚えているのは台所にあった菓子パンを食べ、2階の子ども部屋のベッドで寝たことだけで、どう過ごしたかは覚えていない。
〈 殺された母の日記には「産まなきゃよかった」の文字…《静岡2女性殺害事件》被害者長女が18歳になってようやく気づけた【母の本当の気持ち】(平成17年の事件) 〉へ続く
(高木 瑞穂/Webオリジナル(外部転載))

京都・伏見の商店街で道路が隆起、地面から水があふれ出し一部浸水…水道管が破裂か

13日午後4時頃、京都市伏見区の「伏見大手筋商店街」で、道路が隆起して地面から水があふれ出し、商店街が一部浸水した。水道管が破裂したとみられ、現場付近では警察が交通規制を行っている。
京都市上下水道局などによると、地下に埋設している水道管から水が漏れているとみられ、今後掘削して原因を調べるという。
現場は京阪電鉄伏見桃山駅の西約200メートル。

「親父と一緒に盗みました」 75歳父と48歳息子…親子で廃ホテルに侵入し銅線盗む 北海道蘭越町

北海道・倶知安警察署は2026年9月13日、小樽市に住む無職の男(75)と男の息子で無職の男(48)を建造物侵入と窃盗の疑いで逮捕しました。
2人は、9月13日午前9時過ぎから午前10時過ぎまでの間、蘭越町内の廃ホテルに侵入し配線(銅線)を盗んだ疑いが持たれています。
警察によりますと、近隣住民から「廃ホテルの前に車が駐車されています」と110番通報があり、駆けつけた警察が、廃ホテル内を捜索したところ、父親(75)を発見し現行犯逮捕。その後、敷地内にいた息子(48)も現行犯逮捕されたということです。
調べに対し、父親は「悪いことをしたと理解しています。弁解する余地はありません」 息子は「盗んだので弁解はありません。親父と一緒に盗みました」とそれぞれ容疑を認めています。
警察は2人の余罪を詳しく調べています。

【速報】沖縄知事選、42歳の古謝玄太氏が初当選確実 経済前面・辺野古容認 現職の玉城デニー氏破る

第15回沖縄県知事選は13日投開票され、新人で元那覇市副市長の古謝玄太氏(42)=自民、維新、国民、参政、保守、公明県本推薦=が当選を確実にした。3期目を目指した現職の玉城デニー氏(66)は及ばなかった。
古謝氏は沖縄県政史上最年少、1972年の沖縄の日本復帰後の生まれで初めての知事となる。
自民側は12年ぶりの沖縄県政奪還。全県選挙での勝利は約16年ぶりとなった。
沖縄タイムスなど報道7社が実施した当日出口調査では、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設に賛成が反対を上回っている。
古謝氏は辺野古移設を容認する。2014年7月の辺野古埋め立て着手以降、知事選で現行計画に容認の立場で当選したのは初めて。古謝氏は普天間の返還期日の明示を求めており、日米両政府の対応が焦点となる。
古謝氏は現県政下の労働生産性の低さや政府の沖縄関係予算が減額傾向にあることなどの課題を指摘し、経済政策の推進を前面に打ち出した。下地幹郎元衆院議員が告示直前に立候補を取りやめたことで「保守一本化」の追い風が吹いた。
辺野古新基地建設反対の「オール沖縄」が支援した玉城氏は2期8年の実績を強調したが、支持が広がらなかった。2014年の知事選で故・翁長雄志氏の当選後、3期12年にわたったオール沖縄県政は終焉を迎えた。衆院でも議席を失っており、「解党的出直し」を迫られそうだ。
選挙期間中、交流サイト(SNS)上で候補者への誹謗中傷や誤情報が飛び交い、論戦に影響を与え、公平性が問われる事態となった。
古謝氏の任期は9月30日から4年間。
このほか、いずれも新人で会社社長の兼島俊氏(48)、医療法人会長の末吉正弘氏(73)、会社社長の比嘉隆氏(49)、諸派の政治団体代表の屋良朝助氏(74)が立候補した。
古謝 玄太氏(こじゃ・げんた)1983年10月23日生まれ、那覇市出身。東京大卒。2008年総務省入省。2022年7月の参院選沖縄選挙区に立候補し落選。同12月に那覇市副市長就任、知事選に立候補するため2026年2月に辞職した。 (知事選取材班)
(次の記事を読む)古謝玄太氏「責任の重さを感じている」 沖縄知事選で初当選確実

沖縄県知事選、新人・古謝玄太氏が初当選「沖縄を前に進めていきたい」…現職・玉城デニー氏らを破る

沖縄県知事選は13日、投票が行われ、自民党などが推薦する前那覇市副市長で新人の古謝玄太氏(42)が初当選を果たした。米軍基地問題で政府と対立する「オール沖縄」勢力から支援を受け、3選を目指した現職の玉城デニー氏(66)ら5人を退けた。
沖縄県知事選で自民が県政を奪還するのは12年ぶり。現役の都道府県知事では2番目の若さとなる。沖縄県で、1972年の本土復帰後生まれの知事が誕生するのは初めて。
古謝氏の陣営は、那覇市内で投票の行方を見守った。午後8時過ぎ、報道各社が当選確実の速報を一斉に流すと、支援者からは歓声と拍手がわき起こった。
古謝氏は万歳をした後、支援者に対し、「責任の重さを痛感している。県民に寄り添う県政を必ず実現していく。沖縄を前に進めていきたい」と語った。
今回選では過去最多の6人が立候補し、古謝、玉城両氏による事実上の一騎打ちとなっていた。主要な争点は経済振興で、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設の是非を巡る論戦は低調だった。
古謝氏は自民党など5党と公明党県本部から推薦を受け、盤石の組織戦を展開した。県民所得は全国との格差が拡大し、沖縄振興予算は減額傾向が続いていると指摘。国と基地問題で対立が続く現県政を批判してきた。政府・与党とのパイプを生かし、県民所得の倍増や米軍基地跡地への産業創出、企業誘致を進めると訴えた。
立候補を表明していた元郵政改革相・下地幹郎氏(65)が告示直前に自民と政策の合意書を交わしたとして出馬を取り消し、古謝氏の支援に回ったことも追い風となった。
玉城氏は今回、オール沖縄勢力を構成する政党から推薦を受けずに支援にとどめ、教育・子育て支援や税収増など2期8年の実績を主張。米兵の父を持ち、母子家庭で育った生い立ちにも触れ、生活困窮者を支援する基金の創設などを訴えた。
「沖縄のことは県民が決める」などと、オール沖縄勢力の原点とも言える沖縄のアイデンティティーを重視する姿勢も打ち出したが支持に広がりを欠き、及ばなかった。
玉城氏は13日午後8時過ぎ、那覇市内で支援者を前にあいさつし、「これが政治の結果だということであれば、しっかりと受け止める」と述べた。
これまでの知事選で主要な争点となってきた辺野古移設について、古謝氏は容認、玉城氏は反対の立場を表明。明確な対立軸だったが、2023年に移設計画を巡る国との法廷闘争で県が敗訴して移設工事が進んでおり、争点としてはかすんだ。
今年3月には辺野古沖で、移設に抗議する団体が運航した小型船が転覆し、研修旅行中の女子高校生らが死亡する事故が発生。SNS上では、移設に反対する玉城氏を誹謗(ひぼう)中傷する投稿が拡散したことも、玉城氏の逆風となった。
沖縄県知事選は1972年の本土復帰後、基地問題を巡って保守と革新が激しく争ってきた。2014年の知事選を機に、「反辺野古」を旗印とする保革共闘のオール沖縄勢力が誕生し、22年の前回選まで同勢力が3連勝していた。だが、同勢力は今年2月の衆院選で県内全4小選挙区で自民候補に負け、市長選でも連敗するなど退潮傾向が顕著だった。今回選までの15回の知事選で、自民系は8勝、反自民系は7勝となる。