7月5日午前6時29分ごろ、鹿児島県・トカラ列島近海を震源とするマグニチュード5.3の地震が発生しました。震源の深さは約20kmで、鹿児島県十島村の悪石島では震度5強を観測。小宝島や奄美市などでも震度3~1の揺れが確認されました。気象庁によると、この地震による津波の心配はないとのことです。
※7月5日午前6時29分ごろ鹿児島県・トカラ列島近海を震源とした地震のマグニチュードは5.4に修正されました
震度5強
鹿児島十島村悪石島*
震度3
鹿児島十島村小宝島* 奄美市笠利町里*
震度2
鹿児島十島村平島* 鹿児島十島村諏訪之瀬島* 瀬戸内町請島*
喜界町滝川
震度1
鹿児島十島村中之島徳之尾 鹿児島十島村宝島*
鹿児島十島村口之島出張所* 鹿児島十島村中之島出張所*
奄美市名瀬矢之脇町 奄美市住用町西仲間* 奄美市名瀬幸町*
瀬戸内町西古見 瀬戸内町加計呂麻島* 瀬戸内町与路島*
大和村思勝* 宇検村湯湾* 龍郷町屋入 龍郷町浦*
トカラ列島では先月から群発地震が続いており、今回の地震もその一環とみられています。悪石島ではすでに一部住民が島外へ避難しており、地震活動の収束が見通せない状況が続いています。専門家は、過去の群発地震と比べても活動期間が長く、今後も警戒が必要だと指摘しています。
気象庁は、今後も震度6弱程度の地震が発生する可能性があるとして、引き続き注意を呼びかけています。
「何とか助けよう」と入水したら深みに 河川での相次ぐ救助死と〝飛び込まない勇気〟
溺れた人を救助しようと川に入り、命を落とす救助死が後を絶たない。6月には岡山市で、女子中学生を助けようとした男性が亡くなった。流れや深さが急激に変化する川には危険な場所が多く、専門的な知識がないと救助するのは極めて難しい。1人が深みにはまると、一緒にいた人が次々に溺れる「後追い沈水」のリスクもある。夏は水難事故が増える時期。専門家は「溺れている人を見つけても飛び込まない勇気を持つことも大切だ」と呼びかけている。
岡山市の事故は6月11日夕、一級河川の旭川で発生。遊んでいた中学2年の女子生徒2人が流され、発見した通行人の男性(69)が救助しようと川に入った。1人を川岸に引き上げたが、もう1人も助けようとして流されたという。男性と女子生徒1人が死亡。岡山県警によると、女子生徒が溺れたのは水深約3メートルの場所だったという。
こうした救助死は過去にも起きている。大阪府茨木市で平成24年、川遊びをしていた小中学生が流され、ジョギングで通りかかった男性会社員(34)が川に飛び込んだ。小学生は助かったものの中学生と男性は死亡。令和3年には兵庫県たつの市で、川で溺れていた女児を助けようとした男性=当時(73)=が命を落とした。
福岡県宮若市では5年、夏休みに川遊びをしていた小学6年の女子児童3人が溺れて死亡。1人目が川などの深みにはまった後、真後ろにいる2人目、3人目が同じように足を踏み入れ、溺れてしまう「後追い沈水」の可能性が指摘されている。
穏やかな流れは危険
溺れている人を助けたい-。その思いは否定されるべきではないが、水難学会理事で長岡技術科学大大学院の斎藤秀俊教授は「人が溺れている危険な場所は、助けようとする人にとっても危険な場所に変わりはない。『何とか助けよう』と深さを確認せずに入水してしまうことでさらなる事故につながる」と指摘する。
斎藤氏は川の危険性を生じさせる要因として、「洗掘(せんくつ)」と呼ばれる現象を挙げる。雨で水かさが増し、流れが激しくなることで川底が深く削られるというもので、大きな岩の近くや落差がある場所で起きやすい。水が引いた後に近づくと、普段は浅いはずの川底が深くなっており、その深みにはまって溺れる例が多いという。
川底の深さは水流と関係している。河川での水難事故を研究する公益財団法人「河川財団」によると、川では水の流れが速い場所は水深が浅く、流れが緩やかなほど水深が深くなる傾向にある。緩やかな流れの見た目に油断すると、深みにはまってしまう危険がある。
「浮いて待て」が命を守る
水難事故が起きたらどうすべきなのか。
水中での救助活動には着衣のまま浮き具なしに体をコントロールする必要があり、体力や泳力に加え、高い救助の専門知識が求められる。斎藤氏は水難救助員の指導にも携わるが、講習を受けて「最高級の技術」を身に付けて初めて救助できるようになるといい、そうした訓練を積んでいない人は「決して飛び込まず、救助に行かない勇気を持つことも大事だ」と訴える。
斎藤氏が強調するのは「浮いて待て」の考え方だ。呼吸を確保することで生存率が高まるといい、溺れている人を見つけたときは浮き具として使える空のペットボトルを投げ込むなどし、自身が溺れたときは、手を大の字に広げて浮きやすい状況を作ることが重要だと呼びかける。
その上で、まず溺れないように「自分が遊ぶ川はどのような川なのか、その構造を知ることが大切だ」と話している。(木下倫太朗)
「恥を知りなさい」が大ブーメラン!三原じゅん子議員、国会抜け出し“顔面アップデート”
《国会審議中、三原じゅん子大臣は、顔面アップデートに…本当に直すべきなのは政治の姿勢のほうでしょ?》
《国会をさぼり、美容整形するとは、国民を馬鹿にするのもいい加減にしろ》
《こども家庭庁も結果を出さず少子化進行待った無し。このような方に国政を任せられないと一国民として強く思いました》
国民生活に関わる審議中に美容整形を優先
ネット上で怒りの声が止まないのは、自民党の三原じゅん子参議院議員。
三原氏は’24年10月に発足した第1次石破内閣で、内閣府特命担当大臣(こども政策、少子化対策、若者活躍、男女共同参画、共生・共助)、女性活躍担当大臣、共生社会担当大臣として初入閣。
11月に成立した第2次石破内閣においても留任し、こども家庭庁のトップに君臨している。ガソリン税の暫定税率廃止案をめぐって、国会周辺で待機命令が出ている中、三原氏が国会を抜け出して美容整形クリニックに行っていたと『週刊新潮』が報じた。
「約30分以内に本会議場まで戻れるところに待機していなければいけないのに、三原氏は西新宿の『湘南美容外科クリニック』で美容施術を受け、すぐ戻れる状態ではなかったといいます。国民の血税で暮らしていながら、国民生活に関わる審議中に美容整形を優先するなど言語道断。大臣どころか国会議員として失格でしょう」(全国紙記者)
1979年の『3年B組金八先生』(TBS系)のツッパリ少女役が当たり役となり、絶大な人気を博した三原氏。だが、’87年には写真週刊誌『FRIDAY』のカメラマン2人に馬乗りになって暴行し、現行犯逮捕された過去があり、素行も“ツッパリ”顔負け。
三原氏が2010年に参議院議員になってから特に注目を集めたのは’19年に参院本会議で、安倍晋三元首相の問責決議案を提出した野党に対し、
「愚か者の所業」 「恥を知りなさい」 「テレビ映りだけを意識して」
と、野党非難の演説を行ったこと。
「完全にブーメランですよね。元女優ということで、美意識が人一倍高いのは分かりますが、仕事中に美容整形とは“テレビ映りだけを意識して”の“愚か者の所業”であり、“恥を知りなさい”と国民が怒るのも至極当然です」(前出・全国紙記者、以下同)
’23年4月に発足したこども家庭庁だが、約7.3兆円の予算を持ちながら、’24年の出生数は統計以来初めて70万人を下回るなど少子化対策に有効な政策を何も出していない。
それどころか少子化に歯止めをかけることを目的とした「子ども・子育て支援金制度」がこども家庭庁の主導のもと、医療保険制度加入者は’26年4月より新たな課税がされる。
「児童手当などの財源の一部になる税のため、子どもを持たない独身者にとっては『子育てをしない自分には負担しかない』という意見があり、ネット上では『子ども・子育て支援金制度』は“独身税”だと言われています」
これに対し、三原氏は6月10日に 「“独身税”と言い換えることは間違っている」と発言。
《「独身税ではない」と言い張る割には、説明不足・制度の中身も不透明で、なぜ“みんなで負担”なのか納得できません》
と、ネット上では国民から理解は得られていないうえでの国会を抜け出して美容クリニック通い。
「少子化対策で実績を出していないのに、『子ども・子育て支援金制度』が課されることで国民の不満が募っているなかでの騒動で、自民党のイメージは間違いなく下がったでしょう。ただ、三原氏は’22年の参議院選挙で比例ではなく、神奈川選挙区からの当選。国民が決めた人選であることは忘れてはいけません」
参議院は与党が過半数の議席を占めている。7月20日に参議院選挙が迫っているが、現在の政治を良しとするのか、変えるのかは有権者の一票にかかっていることは間違いない。
田久保眞紀市長の学歴詐称疑惑 伊東市民から出る怒りと呆れ「高卒だっていい、嘘つかなきゃいいんだよ」「これ以上地元が笑いものにされるのは勘弁」
5月25日の選挙で当選し、29日に静岡・伊東市長に当選したばかりの田久保眞紀氏に6月末から浮上した学歴詐称疑惑をめぐり、ネットもリアルもざわざわと騒がしい。人々の生活と社会の変化を記録する作家の日野百草氏が、新市長の学歴詐称疑惑で揺れる伊東市で、市民の本音を聞いた。
* * * 卒業証明書を発行してもらうだけでよかった。
端緒はただ、それだけの話であった。極めてシンプルな話であった。
それなのに、静岡県伊東市の田久保眞紀市長はいたるところで〈東洋大学法学部卒業〉としていた。疑惑発覚後も卒業だと抗弁した。
市の広報誌「広報いとう」2ページ目にも〈新市長 田久保眞紀 就任!〉〈東洋大学法学部卒業〉と書いてある。いまとなっては「自分の知らないところで勝手に書かれた」とでも言うのか。
「あれは嘘、そういうこと」
「嘘つきでしょう。嘘ですよ、誰だってわかりますよ」
温泉街や伊豆シャボテン動物公園など観光地として知られる静岡県伊東市。伊東駅すぐの商店街、湯の花通りの60代男性はあきれたようにこう語る。
「私だって大昔だけど大学出てるからわかる。それでも卒業証明書なんて古くたって時間はかかるがとれる。だからあれは嘘、そういうことですよ」
彼は数年前、とくに用はなかったが思い立って「母校の記念に」と卒業証明書をとったことがあるそうだが、とくに難しいこともなく郵送でとれたという。大学にもよるが多くの大学は卒業20年以内などの基準はあるが学位授与・卒業証明書、成績・単位修得証明書を郵送やWebで申請することができる。20年以上など古くの卒業生は卒業証明書のみ取得可能であったり、古い記録簿を参照するため時間が掛かったりするが原則、とることができる。
一般的な昼間の通学部だろうと夜間学部(第二部あるいはイブニングコースとも)だろうと、通信制大学だろうと関係なくとれる。国の学校設置基準を満たし文部科学省の認可を受けた大学ならどこを出ようが学位は学位、日本国の学校教育法における学位規則に基づいたカリキュラムと卒業(修了)審査を経て学位が授与されたものは残る。
中退だって他大編入や再入学のために必要となるので成績証明書などとることは可能だし、除籍であっても除籍の記録はあるので知ることはできる。
これ、あたりまえの話をしているだけなのだが、このあたりまえが通用しないどころか田久保市長、7月2日の市民集会でこのように説明した。
【MEGA地震予測・異常変動全国MAP】「箱根で見られた“急激に隆起”の兆候」「根室半島から釧路を含む広範囲で大きく沈降」…5つの警戒ゾーン
6月に入り、北は北海道、南は九州まで全国で小~中規模の地震が頻発しており、改めて大地震への不安が高まっている。そんななか、数々の地震予測を的中させてきた地震科学探査機構(JESEA)の「MEGA地震予測」は、新たな大地震の前兆が見られると警鐘を鳴らす。
7月2日午前4時32分頃、トカラ列島近海を震源とする地震が発生し、鹿児島県十島村悪石島で最大震度5弱を観測した。ほかにも6月以降、最大震度4の根室半島南東沖地震や茨城県沖地震が相次いで起きている。
実はこれらの地震を発生直前に予測し、警戒を呼びかけていた人物がいる。JESEA主席研究員兼最高技術責任者で中国人研究者の郭広猛博士である。
村井俊治・東大名誉教授が立ち上げたメルマガ「MEGA地震予測」は、6月に入って後述する「ピンポイント予測」で、「北海道」「関東」「九州」などのエリアを名指しして、M6クラスの地震への警戒を促していた。郭博士が語る。
「6月初めに複数の指標から1か月以内に80%の確率でM6以上、または震度5弱以上の地震が発生する可能性のある兆候を確認しました。その後、全国各地で地震が起きましたが、まだエネルギーは放出され切っていないと考えています。今後、さらに大きな地震が起きる可能性は高い」(以下、「」内の発言は郭博士)
MEGA地震予測は、国土地理院が全国約1300か所に設置する電子基準点のGPSデータを使って地表の動きを捉え、1週間ごとの上下動の「異常変動」、長期的な「隆起・沈降」などの指標を総合的に分析している。
近年は地表の動きの分析に加え、衛星画像データの解析などを組み合わせた「ピンポイント予測」を実用化し、地震発生の切迫度がより高い時に限って発出している。2024年の同予測の的中率は80%に迫るという。
最近の地震のなかで、特に多くの人が不安になっているのが、鹿児島県のトカラ列島近海を震源とする群発地震だ。7月2日までの11日間で800回を超える大小の揺れが観測され、SNS上では群発地震の後に大地震が発生するという俗説「トカラの法則」が拡散されている。
「その法則の因果関係は不明ですが、我々の科学的な分析でも全国的な前兆が確認されています」
その1つが「異常変動」による地震の前触れだ。
「4月下旬から6月上旬にかけて、全国で1点も『異常変動』が確認されない週が複数回、ありました。これは非常に珍しいことですが、2016年4月の熊本地震の前にも同じような全国的な静穏状態が見られています」
「年間約100人が懲戒処分」盗撮教師がはびこる闇
教員による盗撮事件が大きな波紋を広げている。事件を受けて文部科学省は7月1日、教員の服務規律の確保を徹底し、性暴力に関する研修をはじめ必要な防止策を講じることを求める通知を出した。
【写真を見る】児童生徒への性暴力防止のためポスターをつくって啓発に取り組む教育委員会も
しかし教員による性暴力は今回が初めてというわけではなく、文科省の通知だけで根本的な解決に向かうとは思えない。
文科相は「当該教員は名乗り出て」と呼びかけ
今回の事件は、6月24日に愛知県警少年課が名古屋市立小坂小の教員(42)と横浜市立本郷台小の教員(37)を性的姿態撮影処罰法違反容疑で逮捕したことで発覚した。女子児童の盗撮画像を交流サイト(SNS)のグループチャットで共有していたという。
このグループには10人ほどの教員が参加していたといわれるが、全員の氏名は不明で、7月1日の記者会見で阿部俊子文科相は「当該教員がいれば子どもたちの前からすぐ離れて一刻も早く名乗り出てほしい」と述べている。しかし、そんな文科相の呼びかけで名乗りでてくるとは到底思えない。
この逮捕発覚から数日後の6月30日、盗撮での逮捕者を出した名古屋市の教育委員会(教委)は、複数のわいせつ事案を起こして不同意わいせつ罪で逮捕・起訴されていた市立小学校の教員(34)を同日付で懲戒免職にしたと発表している。この教員は名古屋市内の駅構内で15歳の少女のリュックサックに体液をかけたとして、3月に器物損壊容疑で逮捕されている。
その後にも、児童2人の楽器に体液を付着させたほか、給食の食器内に体液を混入させたとして追起訴もされた。さらに、2人の教員が逮捕されている盗撮画像交流グループにも参加していたという。そして、ようやく名古屋市教委も処分に踏み切ったわけだ。
こうした教員による性暴力(わいせつ)事件が発覚したことに、「驚いた」という保護者などの反応をマスコミは報じている。阿部文科相も、その1人だったのかもしれない。6月27日の記者会見で盗撮事件に関して質問され、「こうしたことにより教師への信頼、これが損なわれるような状況が生じていることにつきまして極めて遺憾に思います」と述べ、「断じて許せません」と怒りをあらわにしている。
盗撮事件のような教員による性暴力事件が初めてのことなら、それに対する怒りを示すことで足りるかもしれない。しかし、これが初めてでなく、頻発している問題であれば、それを防ぐことのできなかった文科相としての反省の一言もなければならないはずだ。
ある小学校に掲示されていた掲示物とは…
平和の尊さ、写真で次世代に感じてほしい ベトナム戦争「安全への逃避」兄妹訴え
カメラマン沢田教一(1936~70年)が撮影した「安全への逃避」は、4月末に終戦50年を迎えたベトナム戦争を象徴する写真として知られる。中部ビンディン省ロクチュアン村で、恐怖や不安を顔に浮かべた兄妹が必死の形相の母親と川を渡る様子を捉えた。被写体の兄妹は「多くの命が失われる戦争の悲劇を忘れてはいけない」とし、次世代に写真を見てもらい平和の尊さを感じてほしいと訴える。(共同通信ハノイ支局 松下圭吾)
1965年9月6日、当時14歳のグエン・バン・アンさん(73)や8歳の妹グエン・ティ・キム・リエンさん(68)は米軍側の爆撃を受け、母らと防空壕に避難した。その後、村内に押し寄せた米兵に銃を突きつけられ「殺される」と死を覚悟した。だが米兵からは避難するよう命じられた。
爆撃音が響く中、アンさんは目の前の川に母や妹と入った。10メートルほど先の対岸には兵士らの一団が見え、男が銃のようなものを構えていた。「撃たれる」。恐怖が頭をよぎり、目がくぎ付けになった。
近づくと男はカメラで撮影していると気付いた。沢田だった。岸に上がって安全な場所に避難し、米軍が引き揚げるのを息を殺して待ち、村に戻った。
沢田との再会は1966年ごろで「家を訪ねてくれた」(アンさん)。ピュリツァー賞を受賞した「安全への逃避」の写真やお金を贈られ、カメラマンだと知った。
当時、アンさんは母親と妹のリエンさんと3人暮らし。一緒に川を渡った当時2歳のグエン・ティ・フエさん(62)とその母親も近所に住んでいた。アンさんが幼い頃に父親は家族の元を離れて別の女性と暮らしたため、母親が女手一つで苦労して育ててくれた。アンさんは川を渡った時のことを「母は子どもを助けようと必死だった」と振り返った。
母親は終戦後、亡くなったが、沢田の写真は国内各地の博物館に飾られている。アンさんは、写真を見る人たちが子どもを守る母親の勇敢さを感じてくれたらうれしいと話す。沢田については、戦争の悲惨さを世界に伝えようと情熱をもって写真を撮影してくれたと涙をにじませた。
アンさんらは故郷ロクチュアン村で農家として暮らす。アンさんは子ども6人、孫14人。リエンさんは子ども6人、孫9人に囲まれ生活している。兄妹は沢田の写真を孫によく見せ「青春時代は食べ物も十分ない戦争と荒廃の時代だった」と伝えている。
ベトナム戦争終結から50年を経た今も世界で戦火は続く。2人はウクライナやパレスチナ自治区ガザの惨状に胸を痛める。「戦争は悲惨だ。人が亡くなるのはつらい。世界の争いが終わることを願う」と話した。
トカラ列島、当分の間は最大震度6弱程度の地震に注意 気象庁
地震活動が活発になっている鹿児島県トカラ列島の悪石島では、5日午前6時半ごろ、震度5強の揺れを観測する地震がありました。気象庁は、当分の間は最大震度6弱程度の地震に注意するよう呼びかけています。
気象庁によりますと、5日午前6時29分ごろ、十島村の悪石島で震度5強を観測する地震がありました。さらに、小宝島と奄美市でも震度3を観測しています。
当初、地震の規模を示すマグニチュードは5.3、震源の深さは20キロと発表されていましたが、その後の精査で、マグニチュードは5.4、震源の深さは19キロに、それぞれ修正されました。
悪石島では今月3日にも震度6弱を観測する地震が発生するなど、地震活動が非常に活発な状態が続いています。
気象庁は午前8時半から会見を開き、揺れの強かった地域では家屋の倒壊や土砂災害などの危険が高まっているとして、注意を呼びかけました。
また、SNSなどで“7月5日に大きな地震が起きる”という噂が広まっていることについて、「全くの偶然だ」とした上で、日本は多いときには震度1以上の地震が一日10回以上発生する地震国で、「予言がたまたま当たる時はあるが、因果関係はない」と強調しました。
トカラ列島では先月21日以降から地震が活発になり、5日午前7時までに震度1以上の揺れを1303回観測しています。これまでの群発地震活動に比べても地震の回数が多くなっていますが、気象庁は、要因は分からないとしています。
「強制的に動員」の看板を市が隠した…戦争末期の極秘計画跡地で起きたこと 住民と朝鮮人が掘った長野・松代大本営【戦後80年連載・向き合う負の歴史(10)】
長野市の中心部から南へ約10キロ、住宅や田畑が点在する地域の山腹に、今も入り口が黒い穴を開けている。太平洋戦争末期、日本は本土決戦に備え、皇居や政府機関の移転先として極秘裏に大規模地下壕の建設を進めた。その名は「松代大本営(まつしろ・だいほんえい)」。ここで歴史論争が起きたのは、2014年のことだった。
長野市は、入り口付近の案内看板で、朝鮮人労働者が強制動員され建設に従事したと説明していた部分の「強制的に」と記した部分をテープで覆い隠した。その後、強制だったかどうかを両論併記に改めた看板に付け替えた。 地元市民団体は、市に「一方的な事実の変更は許されない」などと批判するが、表記は今もそのままだ。(共同通信=奈良幸成)
▽10キロの地下壕
松代大本営の象山地下壕入り口の看板。「強制的に」と記された部分にテープが貼られている=2014年8月8日、長野市
長野市松代地区は、武家屋敷などの古い町並みが残る観光地だ。かつては養蚕業で栄え、製糸工場があった。
長野市誌(2000年発行)によると、松代大本営は1944年11月11日に着工。米軍からの空襲に耐えるよう、海岸からの遠さや岩盤の固さなどから選ばれた。終戦となった1945年8月までの約9カ月間で、三つの山に総延長約10キロに及ぶ地下壕が堀られた。
市誌第6巻「歴史編近代2」には、最大7千人の朝鮮人労働者が動員され、数は不明だが犠牲者も出たと記されている。
松代地区の三つの山に掘られた地下壕を総称して松代大本営と呼んだ
「看板事件」が発覚したのは2014年8月のことだ。看板は長野市が管理・公開している松代大本営「象山(ぞうざん)地下壕」入り口付近にあり、朝鮮人が連行された経緯などを説明していた。
▽白いテープ
長野市が朝鮮人労働者の強制動員に関する表記を変更した看板=2025年3月、松代大本営象山地下壕付近
看板にはこうあった。「…当時の金額で2億円の巨費と延べ300万人の住民及び朝鮮人の人々が労働者として強制的に動員され、…」 このうち、市は「強制的に」の部分に白いテープを貼って隠した。
このことが判明すると、市民団体や在日韓国人団体などから異論が噴出した。市は、見学者らから「強制ではなかったのでは」との指摘が複数回あったと説明。研究者に意見を求めると、一部の朝鮮人は収入を得るため工事に参加していたとのことで、テープを貼ったと弁解した。
市は2014年10月、新たな看板の表記を発表。動員の強制性について「多くの朝鮮や日本の人々が強制的に動員されたと言われています」と伝聞調で説明。さらに、当時の関係資料が残っていないとして「必ずしも全てが強制的ではなかったなど、さまざまな見解があります」と両論併記の形を取った。
▽目をそらすな
朝鮮人労働者の犠牲者追悼式であいさつする「松代大本営追悼碑を守る会」の表秀孝会長=2024年11月11日、長野市
松代大本営着工から80年の節目となった2024年11月11日、看板事件の舞台となった象山地下壕で、市民団体「松代大本営追悼碑を守る会」が朝鮮人犠牲者の追悼式を開いた。工事に使うダイナマイトが初めて発破された午前11時11分に黙祷をささげた。
「守る会」は、韓国で当時を知る人に聞き取りを実施したり、地下壕付近に追悼碑を建立したりするなど、歴史を掘り起こし、語り継いできた。 式典後、取材に応じた表秀孝(おもて・ひでたか)会長(84)は看板事件に関し、こう語った。 「起きたことから目をそらすのではなく、そこから何を考えるかが大切だ」
▽トロッコもろともペシャンコに
一般に公開されている長野市の松代大本営・象山地下壕=2020年6月
当時、朝鮮人はどのように松代大本営にたどり着き、どんな作業に携わったのだろうか。 守る会元事務局長の故・原山茂夫さんがまとめた書籍「松代大本営工事労働」によると、工事は西松組が請け負い、「配下」と呼ばれる親方を含め4次受けの構造になっていた。賃金や食料の配給は末端の労働者ほど少なかった。
書籍には、工事に従事した朝鮮人労働者の証言が載っている。 「野郎ども(村役人たち)が来て、有無を言わさずに家から連行されたんだ。25歳の時だった」 「何ていったって新婚早々に妻との間を引き裂かれたのが、一番つらかった」
松代大本営・象山地下壕の内部=2025年3月、長野市
山を掘削する工事の過程で、朝鮮人が死亡したとの証言も記載されている。 「ズリ(掘削で生じた岩石)をスコップでトロッコに積んでいる時に、天井から大きな岩がドシャッと落ちてきて、徴用されていた1人がトロッコもろともぺしゃんこになって死んでしまった」
日本にいる親族を頼って海を渡ったと証言する元労働者もいた。「配下」(親方)の中には朝鮮人もいたとされ、複雑な上下関係があったことがうかがえる。
▽住民も被害者
政府の機関を移す予定だった地下壕(中央付近)がある象山=2020年7月、長野市(小型無人機から)
地元住民も軍部から工事への協力を強いられ、苦しんでいた。重要施設が集まるため、長野市誌は、1945年4月に付近の村民124世帯600人超が村内外に疎開させられたと指摘。
地元住民でつくる「西条地区を考える会」がまとめた書籍「松代でなにがあったか!」によると、国民学校の生徒は勤労奉仕の名目で、岩石の搬出作業に従事させられていた。この作業に参加した住民は、当時をこう振り返っている。 「戦争が終わってみれば、地元の人たち、労働に従事した人、また私たち学生でありながら学業を顧みず勤労奉仕に従事した全ての人たちは皆犠牲者であり、被害者であったのです」
終戦翌日の1945年8月16日、松代大本営は未完成のまま、全ての工事が中断された。 ▽絆と差別
工事当時の周辺住民から証言を聞き取る原昭己さん=2024年12月、長野県中川村
松代大本営の歴史を次世代に伝えようと、地元住民の証言を集め始めた人もいる。象山地下壕のそばに立つ資料館「もうひとつの歴史館・松代」のスタッフを務める原昭己さん(72)だ。2024年10月から当時の様子の聞き取りを始めた。
原さんの聞き取りに応じ、工事当時の様子を証言する堀内正夫さん=2025年1月、長野市
2025年1月、原さんは工事開始当初に小学1年生だった堀内正夫さん(91)を訪ねた。堀内さんも工事中、軍から疎開を命じられた住民の1人。戦後、しばらく残っていた朝鮮人と交流があったという。 「父は朝鮮人と物々交換をしていた。終戦後に疎開先から自宅に引き揚げる際、労働者2~3人が荷物を運ぶのを手伝ってくれた」
原さんの聞き取りに応じ、工事当時の様子を証言する上原新さん=2025年1月、長野市
地元に暮らす子どもの間では、工事開始後に転校してきた朝鮮人児童を差別することもあったという。当時小学3年生だった上原新さん(93)は、原さんにこう証言した。「学校では、朝鮮人というだけで本当にばかにされていた」
原さんはこうした証言を地元住民と共有し、松代大本営の歴史が持つ意味を改めて考えたいと考えている。戦後80年となる2025年8月、地元住民と集会を開き、証言を基に議論する計画だ。 「朝鮮人と住民の間には、絆もあれば差別もあった。様々な角度から歴史を振り返り、工事に関わった人々に思いをはせたい」
【戦後80年連載・向き合う負の歴史(11)】に続く × × × これまでの連載【(1)県が撤去した朝鮮人労働者追悼碑は「加害の歴史」伝えるシンボルだった】【(2)フェミニズムを入り口に慰安婦問題を学ぶ若者たち―東京、5千人学ぶカフェ】【(3)集団自決の傷痕撮る沖縄の写真家「真実伝え、戦争なくしたい」】【(4)うそつき呼ばわりされても、731部隊の「本当のことを語る」―94歳の元少年隊員】【(5)神奈川の人造湖を造った朝鮮人、中国人。碑が傷つけられても地域ぐるみで語り継ぐ】【(6)戦争経験継承は未来に向けた責任、「否定論」は実証積み重ね欠く】【(7)南京大虐殺を武勇伝のように語った元兵士。聞き取った神戸の老華僑が感じたことは】【(8)「歴史修正主義」と批判されるが、自分は極めて誠実な立場だ―当事者証言の検証欠かせない】【(9)ホロコースト否定が犯罪?!ヨーロッパが禁じる歴史修正主義から見る日本】
石破首相「舐めない方がいいですよ」キリトリ動画が“恫喝”の勘違い拡散、終始苛立ちのTV討論
未曾有の物価高の中でスタートした参議院の選挙戦。それに先立ち、各党党首を集めた討論会もいくつか開かれたがその中の1シーンがSNSで拡散され、物議を醸している。
総理、自民党総裁の石破茂氏が「あまり舐めない方がいいですよ。今50代の人達ね」と言い放つシーンだ。
憮然とした表情、半ば脅すような口調。このシーンだけ見た人はまるで「俺を舐めるな」とか「今50代の人は俺を舐めるな」と捉えてしまってもおかしくはない。
そのためSNSのコメント欄などでは
《あまり舐めない方がいいのはお前だよ》
《顔が怖い》
《破れかぶれか》
などの投稿が相次いだ。
石破氏の「舐めない方がいい」の本当の意味
しかし、このシーンは明確に切り取りで、実際の発言の真意は違う。
7月1日に放送された『news every.』(日テレ系)の8党党首討論で同局がYouTubeで公開したCM中シーンだったが、発言の全体は、「団塊のジュニアが高齢化するっていうのをあんまり舐めない方がいいですよ。今50代の人たち」というものだった。
「現在50代くらいで、人口ボリュームのある団塊ジュニアが高齢化するにあたって年金をはじめとする社会保障費も膨らむ、その状況を舐めない方がいい、という意図ではないでしょうか。ちょうどこの日テレの討論会では直前に各党の減税・給付公約が議論されていました。与党の自民公明は一時的な給付金(1人あたり2万円、18歳以下の子どもと住民税非課税世帯の大人は2万円加算)のみ掲げていますが、野党はほとんどが消費税の減税を掲げています。石破首相としては、そんな風に社会保障財源としての消費税に手をつけると後々大変なことになるという意味で『舐めない方がいい』と言ったと思われます」(全国紙記者)
ある意味まっとうな発言が切り取られ、恫喝的な意味にとられ、可哀想な状況ではあった。
しかし、この日の石破首相は全体的にムスッとしており、笑顔もほとんど見られなかった。YouTubeで公開されたCM中のシーンは特にそうだった。
この「舐めない方がいい」発言の後も司会の鈴江奈々アナらに「次(のテーマ)はどうくるんですか?」と問いかけ、「消費減税や給付の財源について」と返答されると小声で「そんなこと言ってないし」とまたしても憮然とした物言い。
「自民党は消費減税なんて言ってないし」と言いたかったのだろうか。
『news23』小川彩佳アナとも一悶着
石破首相、2日放送の『news23』(TBS系)の党首討論でも、気になるシーンがあった。
「米価格高騰」がテーマになり、各党党首に「米の適正価格」が質問されたが、首相は「生産者も消費者も納得する価格」とし、具体的金額を聞かれると「それはいくらかとは言えません」との答え。
その後首相は米問題についての持論を語ったが、司会の小川彩佳アナが「なるべく簡潔にお答えいただけたら、ありがたいんですけども」とやんわり注意すると「そんな簡単な話じゃないですよ!これ!」と返し、小川アナを睨むシーンも。
7月20日投開票の参議院選挙は自民党の苦戦が伝えられ、一部では自民公明の与党過半数割れの観測も出る中、焦りを強めているのかもしれない。