7日午前11時20分頃、山梨県山梨市三富上釜口の西沢渓谷の「貞泉の滝」で、東京都渋谷区の女性(59)が滝つぼに転落した。女性は消防隊員らによって約4時間後に救助されたが、その場で死亡が確認された。
県警日下部署の発表によると、女性は飼い犬と登山仲間2人でハイキングをしていたが、犬が滝付近にあったチェーンを超えて滝に落ち、助けようとして誤って転落した。犬はまだ見つかっていないといい、同署が詳しい状況などを調べている。
検察官抗告への強い反発、背景に再審請求審の長期化 海外では判断分かれる
再審制度を見直す刑事訴訟法の改正案を巡り、法務省が7日、自民党に示した再修正案は、再審開始決定に対する検察官の不服申し立て(抗告)を「原則禁止」としたが、規定を刑訴法の本体である「本則」ではなく、「付則」に盛り込んだことに一部議員が反発するなどして了承に至らなかった。
検察官抗告の全面禁止を求める声が根強い背景には、過去の再審請求審における審理の長期化がある。袴田巌さん(90)の再審無罪が確定した昭和41年の静岡県一家4人殺害事件では、平成26年3月、静岡地裁が最初の再審開始の決定を出したが、検察が抗告するなどし、再審開始が確定するまでに約9年かかった。事件発生から再審無罪が確定するまでには60年近くを要している。
滋賀県日野町で昭和59年、酒店経営の女性=当時(69)=が殺害され、金庫が奪われた「日野町事件」でも、大津地裁が平成30年7月に再審開始を認めたものの、検察が2度にわたり抗告。再審開始の確定までに7年7カ月かかった。
再審開始決定が、検察官抗告で覆る例も珍しくない。昭和54年に鹿児島県で男性の遺体が見つかった「大崎事件」では、平成14年3月と29年6月に鹿児島地裁で再審開始決定が出たが、いずれも検察官抗告により上級審で取り消された。弁護団は現在、第5次再審請求を行っている。
袴田さんを長年支えてきた姉のひで子さん(93)は3月の自民党の会議で長期化の影響を訴え、検察官抗告の禁止を求めた。会議では、再審開始までの期間が長引くことで関係者の記憶が薄れたり、証拠の劣化を招いたりすることを懸念する声が相次いだ。
海外では、再審手続きにおける検察の抗告を禁止している国もある。日本の再審法制のルーツとされるドイツは、1960年代の法改正で検察の不服申し立てを禁じた。一方、フランスは検察の抗告と同時に、請求棄却に対する請求人側の不服申し立ても禁じている。韓国は禁止規定がなく、日本と同様に抗告が可能となっている。
磐越道バス事故、運転の68歳を容疑で逮捕「速度の見極め甘かった」…「白バス行為」か調査も
福島県郡山市の磐越自動車道上り線で6日、高校生20人を乗せたマイクロバスがガードレールなどに突っ込み、男子生徒1人が死亡した事故で、福島県警は7日、バスを運転していた新潟県胎内市、無職の男(68)を自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死傷)の疑いで逮捕した。容疑を認めているという。現場付近に目立ったブレーキ痕はなく、県警は減速することなく衝突した可能性があるとみて調べている。
死亡の生徒は最後尾に座る
発表などによると、男は6日午前7時40分頃、郡山市内の磐越道上り線でマイクロバスを運転し、道路左側のクッションドラムとガードレールなどに衝突させ、生徒1人を死亡、17人に重軽傷を負わせた疑い。「速度の見極めが甘かったのが原因。(制限速度が時速80キロの区間で)90~100キロ出ていた」と話しているという。
バスには新潟市中央区の私立北越高校の1~3年生の男子ソフトテニス部員が乗っており、新潟市西区の高校3年稲垣尋斗さん(17)が反対車線まで投げ出されて死亡した。ほかの生徒5人が重傷、12人が軽傷となり、後続のワゴン車の2人が軽傷を負った。
稲垣さんはバス最後尾の4人掛けシートの右から2人目の位置に座っており、県警は、稲垣さんが前方部からバス車体に突き刺さったガードレールの直撃を受けて車体後部から車外に投げ出されたとみている。ガードレールが貫いた方向の座席に座っていた生徒たちが重傷を負ったという。
書面かわさずにバス会社に手配
バスはバス会社「蒲原鉄道」(新潟県五泉市)が手配したレンタカーだった。同社によると、営業担当者が高校側から「貸し切りバスを使わずにレンタカーを使って送迎をしたい」「安いものを探して」と依頼を受け、自身の免許証を示してレンタカーを借りたという。高校側からレンタカー代を預かったが、運行料金や紹介手数料は受け取っていないとしている。「知り合いの知り合い」の男を運転手として学校側に紹介した。運転歴などは確認しなかったという。
茂野一弘社長は6日夜、取材に「会社の業務としてやっているわけでなく、お付き合いの中でお手伝いをした」と話した。
これに対し、同校の灰野正宏校長は顧問が同社に行き先や人数を伝えてバスの運行を依頼したとし、レンタカーの手配は依頼していないと主張。一方で、顧問が同社と書面を取り交わさずにバスの手配を依頼したことを明らかにし、「一般の商慣習ではありえない行為。見直していきたい」と話した。
国土交通省北陸信越運輸局は7日、同社に立ち入り調査を行った。有償の送迎を無許可で行う「白バス行為」にあたるかどうかを含め道路運送法に違反するか調べる。福島県警も同法違反の疑いも視野に調べる。
「運動神経が抜群だった」
事故で亡くなった稲垣さんの遺族は7日、新潟県警を通じて「大切な存在である息子を思いがけない出来事で失い、深い悲しみの中にいる。この状況をまだ受け止めきれずにいる」とのコメントを出した。
娘が中学校の同級生だったという女性によると、稲垣さんは部活動の部長などを務めていたといい、「運動神経が抜群で元気で明るい子。娘も信じられないとショックを受けている」と話した。
稲垣さんの通っていた北越高校では同日午前に全校生徒への説明が行われ、夜には保護者説明会が実施された。灰野校長は終了後に記者会見し、「痛恨の思いでいっぱいだ。今後は亡くなられた方、ご遺族の方、けがをされた方、そのご家族に誠意をもって対応していく」と陳謝した。
法務省、証拠開示「消極的」と反省 再審無罪の福井中3殺害で
1986年に福井市で中学3年の女子生徒(当時15歳)が殺害された事件で、法務省は7日、再審無罪が確定した前川彰司さん(60)を巡る検察当局の対応の反省点をまとめた文書を明らかにした。名古屋高裁金沢支部の再審無罪判決(2025年7月)は前川さんに有利な証拠を把握しながら開示しなかった検察側の対応を「罪深い不正」と断じており、法務省は「消極的ともとれる対応だった。厳粛に受け止める」と記した。
文書はA4判で15ページ。再審制度の見直しを議論している自民党の部会で示された。名古屋高検は1日、これとは別に公判に関与した検察官への聞き取りなど追加調査を始めたと発表している。
事件では前川さんの関与を直接示す証拠はなく、検察側は「事件当日夜に血の付いた前川さんを迎えに行った」という知人男性の供述を有罪立証の支えとした。男性は事件当日の出来事として、テレビで見た音楽番組の具体的な場面を証言したが、実際に放送された日は別日だった。検察側はこの事実を記した捜査報告書の存在を把握しながら、2回目の再審請求審まで開示しなかった。
法務省は文書で、捜査報告書を保管しながら事実と異なる主張を続けた点について「従前の主張を維持しようとして修正などをしなかったと判断せざるを得ない」と指摘。捜査報告書を1回目の再審請求審で開示しなかったことも「現在の視点から見れば消極的ともとれる対応と言わざるを得ない」とした。
前川さんは87年に逮捕され、1審・福井地裁判決は無罪だったが、2審・名古屋高裁金沢支部は懲役7年の逆転有罪とした。22年に申し立てた2度目の再審請求審で再審開始が確定し、25年8月に再審無罪が確定した。【五十嵐隆浩】
小泉防衛大臣 フィリピンへの護衛艦輸出に向け協議体を設置
小泉防衛大臣はフィリピンとの間で、日本の護衛艦などの輸出に向け、協議体を設置することで合意しました。
小泉防衛大臣 「フィリピンへのあぶくま型護衛艦を含む防衛装備品の移転の実現に向けて、具体的な議論を開始していくことで一致しました」
小泉大臣は、きのう、フィリピンのテオドロ国防相と会談し、海上自衛隊の中古の護衛艦などの輸出に向け、新たな協議体を設置することで合意したと明らかにしました。
日本政府は先月、防衛装備移転三原則などを改定し、長年規制してきた殺傷能力のある武器の輸出を可能としていて、輸出が正式に決まれば初めての武器輸出案件となる可能性があります。
日本から防衛装備品を無償もしくは安価で譲渡するには法改正が必要とされますが、小泉大臣は「法改正が必要なのかについても、具体的な議論の中で判断していくことになる」と述べるにとどめました。
愛媛県に住む自衛官の男(19歳)を逮捕 交際関係にある女性の顔を足蹴りするなどした疑い 鳥取県
交際関係にある女性の顔を足で蹴り、けがを負わせたとして傷害の容疑で愛媛県に住む自衛官の男(19歳)が5月4日に逮捕されました。男は容疑を認めています。
傷害の容疑で逮捕されたのは、愛媛県松山市に住む陸上自衛隊の自衛官の男(19歳)です。
倉吉警察署によりますと、5月4日午後3時半頃、男と交際関係にあった鳥取県中部に住む10代の女性の家で女性の顔面を足蹴りするなどの暴行を加えた疑いがもたれています。
同居していた女性の親族が「家族が交際者に顔をけられた」と110番通報したことで発覚しました。
女性は顔が腫れるなどのけがを負ったということです。
男は警察の調べに対し「けがをさせたことに間違いない」と容疑を認めています。
警察が動機などについて詳しく調べています。
「父が戻ってきた」ビルマで戦死した日本兵の懐中時計 80年の時を経て息子の元に
こちらの懐中時計は、太平洋戦争で「ビルマ」現在のミャンマーに出兵し、命を落とした福岡県飯塚市出身の男性が身につけていました。この懐中時計が去年12月、80年の時を経て奇跡的に息子の元に戻りました。
■小山英機さん(83)
「父が戻ってきたような感じで、偶然も偶然ですね。」
さびついた時計を見つめながら父への思いを語るのは、福岡県飯塚市の小山英機さん(83)です。
英機さんの父、正人さんは1942年、陸軍から臨時招集を受け「ビルマ」、現在のミャンマーに出征しました。
■小山英機さん
「遺言状では、ちゃんと記録に残っています。もう亡くなるけれど、あとは頼むと。覚悟していたと思うんですよね。」
父・正人さんが遺言状を残して向かった「ビルマ」は、日本軍がアメリカやイギリスなどの連合軍と戦った太平洋戦争の激戦地でした。
終戦翌年の1946年、正人さんが亡くなったという知らせが家族に届きました。遺骨は戻ってきませんでした。
正人さんの入隊後に生まれた英機さんに、父の記憶はありません。
その父との唯一のつながりは、戦地から送られた60通を超える手紙です。
■小山英機さん
「進路を決めたり、相談がある時には、父がいたらアドバイスをくれるのではないかと思って(手紙を読んで)いました。」
1年半ほど前から、英機さんの娘、愛子さんが「手紙をこのままにしておくのはもったいない」と、内容の読み解きを始めました。
手紙につづられていたのは、日本に残した家族、そして息子の英機さんへの愛情でした。
『男子の場合は英機、女子の場合は民子と命名してほしい。英機も文子(英機さんの姉)も皆すこやかに成長する様を写真で見て安心致しました』
正人さんの生きた証を追っていた親子のもとに去年11月、厚生労働省から突然、知らせがありました。
■小山英機さん
「遺留品が見つかりましたと来たので、うそだろうという感じでした。」
戦没者の遺骨収集などを行う厚生労働省の派遣団が、ミャンマー中部で懐中時計を発見しました。
一緒にあった認識票の番号から、正人さんの持ち物であったことが特定されたということでした。
■小山英機さん
「信じられなかったですよ。父が戻ってきたような感じで。」
「ビルマ戦線」で命を落とした日本兵は、18万人に上るといわれています。
正人さんのように戦地で亡くなった日本兵の遺品や遺骨が、家族に戻ることは多くはありません。
厚生労働省の記録では、現在も3000以上の遺品が様々な理由で、遺族の元に届けることができない状況だということです。
■小山英機さん
「戦友がたくさん亡くなっていて、その人たちの代表みたいな感じで。発見されてうれしいですが、戦争をしたらいかんということが今でもずっとあるんですよ。」
英機さんはこの日、父、正人さんゆかりの神社を訪れました。
入隊前の正人さんがよく足を運んでいたという、飯塚市の神社、天照大神宮です。
正人さんは神社に灯籠(とうろう)を寄付していて、灯籠には正人さんの名前が刻まれています。
今回、ミャンマーで見つかった懐中時計のそばで、正人さんとみられる遺骨が見つかりました。
■小山英機さん
「遺留品は受け取ったよ。DNA鑑定で(父である)確率が高いらしいから、ぜひそうだったらいいねと。」
DNA鑑定の結果が出るには1年以上かかるといいます。
その英機さんが思いをめぐらせるのは、今も戦地に残る多くの日本兵の遺骨です。
■小山英機さん
「戦争がいかに残酷なことか、つくづく思う。行方不明者がたくさんいて、海に沈んだ人は引きあげられない。戦争は絶対にしたらいかんと思いますね。」
長い時間を経ても消えることのない、戦争の現実。
時を刻むことのなくなった時計は、80年の時を越えて、平和の意味を私たちに問いかけています。
※FBS福岡放送めんたいワイド2026年3月3日午後5時すぎ放送
【ロッキード事件発覚から50年】田中角栄の秘書官を務めた側近・小長啓一氏「失脚していなければ今の日本社会の姿は違っていた」 半世紀前から地方創生に取り組んた「列島改造」の先見性
“戦後最大の疑獄”と呼ばれたロッキード事件の発覚から今年で50年が経つ。なぜ田中角栄元首相は逮捕されたのか。もし、事件がなければ日本はどうなっていたのか。
「田中さんは総理復帰の意欲を強く持っていた」
角栄の国家ビジョンをまとめた『日本列島改造論』の執筆者の1人として知られる小長啓一・元通産事務次官(95才)は、角栄の通産大臣秘書官、総理大臣秘書官を務め、最も身近で田中政治を支えた。
「あの事件が始まった時に、田中さんの政治家としての力をなくそうという別の力が働いたのではないかと直感的に思いました。当時の田中さんはオールマイティというか、国内に逆らえる人はいなかった。そこにアメリカから矢が飛んできた。裏があるのではないか。本当に飛ばした人は誰なんだろうと。今でも疑問を持っています」
マスコミも反田中の論陣を大々的に張り、世論の評価も一変した。
「田中さんは総理復帰の意欲を強く持っていました。周辺もみんなそう考えていた。総理時代に内政では列島改造を進め、外政では日中国交正常化を成し遂げた。国民の人気も高く、総理に復帰すれば長期政権になったと思います。だから、『田中さんが再登板したら自分の出番がなくなる』と思った人たちがいたのかもしれません」
小長氏は首相秘書官当時、毎朝、目白の田中邸に通っていたという。
「毎朝、陳情が1日20件、1組3分でめまぐるしく来るけれど、丸紅幹部の陳情は記憶にあるが、ロッキード社の陳情は聞いたことがなかった。官邸では運輸省関連の(航空機などの)調達で役所を呼ぶ時は秘書官を通していましたが、私は運輸大臣に連絡を取ったり文書を用意したことはない。そもそも全日空とロッキード社の民間の取引でしたから」
事件がなければ日本社会の姿は今と違っていた
事件は結果的に日本の政治や司法を大きく歪めたともいわれる。小長氏は事件がなければ日本社会の姿は今と違っていたかもしれないと語る。
「田中さんが失脚していなければ、総理に復帰して日本列島改造を強力に推進し、もっと早く全国に展開していったと思います。高速道路や新幹線などのインフラを整備して工業を全国に再配置し、東京一極集中から地方に人を戻す。田中さんは『全国どこに住んでいても、一定以上の生活ができるようにする』とビジョンをよく語っていた。
現在、地方の衰退は著しく、地方創生が政治の大きな課題になっていますが、田中さんは半世紀も前にその是正に取り組んだ。もし、ロッキード事件がなく、田中さんのビジョンが実現していれば、地方の姿も、日本社会の少子化や高齢化も現在とは違っていたかも知れません」
取材・文/武冨薫
※週刊ポスト2026年5月8・15日号
京都・男児遺体遺棄 父親を殺人の疑いできょう再逮捕へ
京都府南丹市で、小学生の息子の遺体を遺棄したとして父親が逮捕された事件で、警察は6日、父親を殺人の疑いで再逮捕する方針を固めたことが分かりました。
京都府南丹市の安達優季容疑者は、息子の結希くんの遺体を市内の山林など複数の場所に遺棄したとして、先月16日に逮捕されました。
安達容疑者は逮捕前の任意の聞き取りに、車で結希くんを小学校まで送ったあと、南丹市内の別の場所に連れて行って殺害したという内容の供述をしていたことが明らかになっています。
その後の捜査関係者への取材で、警察は、安達容疑者の勾留期限となる6日、結希くんを自宅近くの公衆トイレで殺害した疑いで、再逮捕する方針を固めたことがわかりました。
警察は先月、公衆トイレや結希くんの遺体が見つかった現場などで、安達容疑者を立ち会わせ状況の確認を行っていて、供述の裏付けなどを進めていたとみられます。また、安達容疑者は逮捕前、「首を絞めて殺した」という趣旨の供述もしていたということで、警察は、詳しい経緯や犯行動機を調べるものとみられます。
「謝罪したくて入った…」 知人宅に無断侵入した疑い 自称・無職の男(43)を逮捕 新潟・上越市
新潟県警上越市で6日、知人宅に侵入したとして自称・無職の男(43)が逮捕されました。
住居侵入の疑いで逮捕されたのは上越市頸城区に住む自称・無職の男(43)です。 警察の調べによりますと男は5日午後6時ごろ、正当な理由がないのに、上越市内に住む知人の家に無断で侵入した疑いが持たれています。
被害者の家族から「知り合いが勝手に家に入ってきた」と警察に通報があり、事件が発覚しました。男と被害者は面識があり、事件当時、男は自身の自宅外にいたということです。
警察の調べに対し、男は「知人に謝罪したくて家に入りました」と供述し、容疑を認めているということです。