今年1月、東京・上野の路上で現金4億円あまりが奪われ、きのう、男7人が逮捕された事件で指示役とみられる男が犯行後、1000万円相当の高級車などを購入していたとみられることがわかりました。
この事件は今年1月、台東区東上野の路上で、現金およそ4億2300万円を奪い、男性(43)に催涙スプレーをかけたとして「指示役」とみられる、指定暴力団・山口組弘道会系の組幹部、狩野仁琉容疑者(21)ら男7人が逮捕されたものです。
その後の取材で狩野容疑者が犯行後、奪った現金の一部で200万円相当の「ウブロ」の高級腕時計や1000万円相当の高級車「アルファード」を購入していたとみられることがわかりました。
警視庁は家宅捜索で現金2750万円を押収していますが、残る4億円近くは見つかっておらず、調べを進めています。
「実際に避難者っているんだ」震災を知らない世代へ…福島原発事故の避難者たちが学生とともに被災地を巡る【東日本大震災から15年つなぐ、つながる】
被災地の今を見つめる、シリーズ「つなぐ、つながる」です。東日本大震災の記憶や教訓を伝えようと、福島から1000キロ以上離れた愛媛で活動を続ける避難者たちがいます。
福島第一原発事故を受け、福島から愛媛に避難している渡部寛志さん(47)。同じ立場の仲間たちとNPO法人を設立し、記憶や教訓を伝えるため、自身の経験を語ったり、学生を被災地に案内したりする活動を続けています。
福島から愛媛に避難 渡部寛志さん 「月日が流れれば流れるほど、当事者じゃない人たちにとっては自分事として考えることが難しくなってくると思う」
発生から15年、渡部さんは若い世代に現状を伝える動画を制作するため、一緒に活動する学生たちを再び被災地に連れていくことにしました。
愛媛の大学生 「最初は全然興味がなくて、(渡部さんと出会い)実際に避難者っているんだと思ってから震災や災害に興味を持つようになった」
学生たちは撮影を行いながら、岩手や宮城を巡ったのち、渡部さんのふるさと、福島へと向かいました。当時の記録や現状に触れます。
福島第一原発が立地する福島県双葉町も訪れました。NPOのメンバーで、この町から愛媛に避難している澤上幸子さん。今も避難指示が続く自宅に向かいます。
福島から愛媛に避難 澤上幸子さん 「結構、変わっている…何もない」
解体が決まり、家財道具などが全て撤去されていました。
自宅前の田んぼは、家屋の解体などで発生した廃棄物の仮置き場になっていました。
愛媛の大学生 「なんでここが仮置き場に?」
福島から愛媛に避難 澤上幸子さん 「見えない場所だからじゃない?あれがあると、みんな嫌だよね。住民は戻ってこなくなる。これが見える所には戻ってこない。最後の最後、この辺は」
愛媛の大学生 「復興が進んでいるというより“終わらせている感”」 「片付けという感じがする」
そして迎えた3月11日。制作した動画の上映会が開かれました。
「田んぼは廃棄物の保管場所になっていました。もう15年。私は15年も経っているなら、もうすこし未来に進んでいるものだと思っていました」
福島から愛媛に避難 渡部寛志さん 「あの時のことを忘れさせないと、学生たちが始めてくれているのは非常にうれしく感じる3月11日だった」
渡部さんたちは愛媛から、あの日の記憶と教訓をつなぎ続けます。
衆院選で議席半減の共産党、「重大な後退」と総括…来春の統一選での地方議員増が「反転攻勢への突破口」
共産党は15日、党本部で第8回中央委員会総会を開き、2月の衆院選結果を「重大な後退」と総括する決議を採択した。
決議は、敗因について「党の自力の不足」などと指摘した上で、比例選各ブロックの得票や議席の目標を示すのが遅れたことを反省点に挙げた。党後援会活動の推進やSNSでのショート動画の発信強化なども課題とした。
今後の国政選の比例選での得票目標に「450万票、7・5%以上」を掲げた。来春の統一地方選で地方議員を増やすことで、「国政選での反転攻勢への突破口を開く」と強調した。
共産は衆院選で4議席と公示前から半減し、比例票は約252万票にとどまった。
「外国人労働者の春闘」でデモ行進 差別にも反対 東京・上野
日本で働く外国人労働者の権利を守り、差別や排外主義に反対するデモ行進「マーチ・イン・マーチ2026」が15日、東京都台東区上野公園周辺で行われた。昨年の参院選を前後して、外国人労働者をターゲットにした批判的な言辞が増えたことに労働者や市民の間に危機感が広がり、昨年を上回る350人が参加した。
デモは、1993年に、外国人労働者の労働条件向上と権利獲得を訴える「外国人労働者の春闘」として、外国人を組織する労働組合や市民団体などが始めた。多様なルーツを持つ労働者が集まり、一斉に声を上げ、「私たちはここにいる」と訴え、共生社会の実現を目指してきた。
デモの実行委員会を構成する労組の一つ全国一般労働組合京南部の中島由美子委員長によると、昨年の参院選以降、外国籍の組合員から「電車の中などで冷たい視線を感じる」「職場で差別的な扱いを受けている」などの相談が増えたという。中島さんは「30年外国人問題に取り組んでいるが、ヘイトの広がりに危機感を感じる」と話す。今回、他の労組や市民団体に職場の実態を伝えるとデモへの参加が広がった。
デモは、サンバ隊を先頭に「ヘイトにNO」「労働者分断にNO」などのプラカードや「コンビニのお弁当を作っているのは私です」「クリーニング店でアイロンをかけているのは私」など社会の中で働く姿をアピールした。外国人労働者の男性は「この国で働き、税金を払い社会に貢献している。移住は犯罪じゃない、生きることは犯罪じゃない」と訴えた。
実行委は、よりよい多民族・多文化共生社会を求める「ヘイトにNO!全国キャンペーン」の取り組みを強めたいとしている。【東海林智】
「違法性はない」 れいわ新選組、元所属議員の週刊誌告発に反論も物議
れいわ新選組が12日に公式X(旧Twitter)を更新し、元所属議員が告発した週刊誌報道に対し反論した。
11日、「デイリー新潮」(新潮社)が報じた、れいわ新選組の「公設秘書枠を党に上納する」というシステム。超党派議員団としてイスラエルを訪問したことをきっかけに今年1月に同党を離党した多ケ谷亮前衆院議員と同党の代表である山本太郎氏の元私設秘書の証言をもとにした報道となっていた。
報道によると、れいわ新選組は、所属する国会議員に対して公設秘書の枠を党に差し出すことを求めているとのこと。多ケ谷氏は党に言われるがままに党の男性職員を第一秘書としたものの、男性は秘書としての勤務実態はなかったとのこと。
なお、国会議員の公設秘書の給与は国費から支払われることになっている。多ケ谷氏はこうした同党の指示を「党の人件費を浮かしたいから」と推測。さらに報道では、このシステムに協力した議員に報酬が入る制度もあったと報じられていた。
報道について、れいわ新選組は12日に公式Xで「記事の内容は、当方の認識する事実とは大きな相違があり、非常に問題があると考えております。党の名誉を損なう内容が多く含まれ、守秘義務にも反しており、当方としては弁護士と相談し対応を進めています」と発表。
また、公設秘書問題については、「れいわ新選組のような少数政党では、国会議員全員が党役員となり、重要な党務を担っています。そのため、議員事務所の体制についても党と各議員が相談しながら整備してきました」とし、弁護士にも相談した上で違法性はないという認識を示した。
さらに、党が多ケ谷氏に公設秘書の枠を差し出すよう求めたことについては、「事実はありません」と否定。「議員活動と党務の双方を担うことが可能な人材について、議員と相談のうえ公設秘書として採用いただくケースはありますが、いずれも党と議員との合意に基づくものであり、強制的に決めるようなものではありません」と説明。
一方、協力した議員に報酬が入る制度については支給を認めていた。
釈明に対しXからは、「『守秘義務にも反しており』とありますが、虚偽の事実なら守秘義務違反にはならないのでは?」「結局、党職員を議員秘書にあてがってたんやんけ」「苦しい言い訳にしか聞こえません」という批判が集まっていた。
衆院選で大きく議席を減らしたれいわ新選組。この問題はまだ広がりを見せそうだ。
名大関・若嶋津が死去、69歳 「南海の黒ヒョウ」で人気 みづえ夫人「親方、ありがとう」
「南海の黒ヒョウ」の愛称で人気を誇った元大関・若嶋津の日高六男(ひだか・むつお)さんが15日午前11時34分、肺炎のため千葉県鎌ケ谷市内の病院で死去した。69歳。鹿児島県出身。
夫人で元歌手のみづえさんによると昨年夏から体調を崩し同施設で入院。この日、家族らに見守られて天国へ旅立った。みづえ夫人は「親方には、ありがとうという気持ちです」と感謝の思いを口にした。
日高さんは鹿児島商工(現樟南高)から角界入り75年春場所に「土俵の鬼」と言われた第45代横綱の初代・若乃花が師匠の二子山部屋に入門し、初土俵を踏んだ。80年春場所で新十両昇進。81年初場所で新入幕。83年初場所で大関に昇進した。幕内最高優勝は2度。引退後は松ケ根部屋を興し小結・松鳳山ら関取7人を育てた。
《若嶋津年表》
▼1957年1月12日 鹿児島県種子島に生まれる。8人兄弟の末っ子で6男。
▼1974年 鹿児島商工高(現樟南高)入学と同時に相撲部に入部。3年時に県選抜チームの大将として茨城国体に出場。団体優勝に貢献。
▼1975年春 二子山部屋に入門。師匠は初代・若乃花の花田勝治氏。三月場所で「日高」のしこ名で初土俵を踏む。
▼1980年三月場所 新十両昇進と同時にしこ名を「若島津」に改名。
▼1981年一月場所 新入幕で10勝を挙げ敢闘賞を受賞。
▼同年十一月場所 横綱・北の湖を破り初金星。
▼1982年一月場所 北の湖から2場所連続金星を獲得するなど12勝を挙げ技能賞を受賞。
▼同三月場所 三役昇進(関脇)
▼同九月場所 敢闘賞・技能賞を受賞。
▼同十一月場所 技能賞を受賞。
▼1983年一月場所 大関に昇進。9月場所で「若嶋津」に改名。
▼1984年三月場所 14勝1敗で初優勝。
▼同七月場所 15戦全勝で二度目の優勝。
▼1985年9月27日 歌手の高田みづえさんと挙式。
▼1987年七月場所 場所中に引退。通算515勝330敗21休。年寄「松ケ根」を襲名。
▼1990年2月 二子山部屋より分家独立し松ケ根部屋を興す。
▼1999年三月場所 若孜(中尾)が十両昇進
▼2000年一月場所 若光翔が十両昇進
▼同五月場所 若東龍が十両昇進
▼同十一月場所 春ノ山が十両昇進
▼2010年五月場所 松谷(松鳳山)が十両昇進。
▼2014年4月 日本相撲協会の理事に。
▼同12月1日 年寄「二所ノ関」を襲名。
▼2017年10月19日 船橋市内の路上で倒れる。
▼2019年七月場所 一山本が十両昇進
▼2021年12月 元横綱・稀勢の里の荒磯親方と名跡を交換。放駒親方(元関脇・玉乃島)が旧二所ノ関部屋を継承。
▼2022年1月11日 日本相撲協会を定年。参与として協会に残る。
▼同三月場所 島津海が十両昇進。
▼2023年7月 日本相撲協会を退職。
あの日、被災した12歳は“父親”に…「繰り返してほしくない」東日本大震災を知らない世代へ 津波の記憶つなぐ 北海道
【動画】あの日、被災した12歳は“父親”に…「繰り返してほしくない」東日本大震災を知らない世代へ 津波の記憶つなぐ 北海道
あの日から15年。
東日本大震災で被災した12歳の小学生はいま、娘を持つ父親になりました。
震災を知らない世代が増えるなか、津波の記憶をつなごうと活動する男性の姿を追いました。
「亡くなった方も道端にいた」被災の経験を語り継ぐ
(渡邊滉大さん)「僕の家があった場所というのが、ちょっと坂を上った所の位置でして、津波、まあ来ないだろうなという思いでいました。僕の家の方も基礎しか残っていませんでした」
被災した経験を語るのは、渡邊滉大さん27歳。
ふるさとの宮城県で東日本大震災にあいました。
(渡邊滉大さん)「マチはこんな感じで流されてしまっているので、(流された自宅に)行く道中は倒れた家だとか、大きい魚がごろごろいるような。亡くなった方ももちろん、道端にはいました」
現在、札幌市内の会社に勤めている渡邊さん。
15年前のあの日は、まだ小学6年生でした。
(渡邊滉大さん)「3月11日。あの日は雪が降っていたので。こんな感じのうっすらの雪」
渡邊さんのふるさと・宮城県女川町。
押し寄せた津波で800人以上が犠牲となり、マチは壊滅的な被害を受けました。
(渡邊滉大さん)「パキパキパキというすごい音が鳴って、その瞬間、誰かが『津波だ』と叫んだ。その声と同時に焦って逃げるように小学校のちょっと上に総合体育館があったので、そっちの方にみんなで逃げていく」
自宅にも津波が達し、親戚や知人が犠牲になった渡邊さん。
選んだ道は、橋や道路を補修する仕事でした。
(渡邊滉大さん)「補修業界で、補修したことによって、災害が起きたときに緊急車両とかがいち早く現場に着けるような、違う角度から人の命を守る」
「災害からいのちを守りたい」。
その思いの原点が、女川に建てられた「いのちの石碑」です。
「いのちの石碑」は、渡邊さんが中学生の時に同級生と考えた防災の取り組みです。
津波が到達した地点よりも高い場所に、避難の目印となる「いのちの石碑」を設置。
費用は募金でまかない、21基の石碑が完成しました。
「千年後の命を守るために」。
石碑には中学生たちの思いが刻まれています。
震災から15年。
当時12歳の少年は“父親”に「家族を守りたい」気持ちに変化
渡邊さんにも家族ができました。
妻の琳茄さんと娘の莉陽ちゃんです。
宮城県石巻市出身の琳茄さんは自らも被災した経験があります。
(渡邊琳茄さん)「私たちが子どもの時に震災に遭って、悲しい思いだったり辛い経験をしたことを、できるだけ同じ思いはしてほしくないなと思うので」
「いのちの石碑」に取り組んだ渡邊さん。
社会人になってからも避難の教訓を伝える活動を続けています。
(渡邊滉大さん)「家族が増えて、家族を守りたい、自分の身を守ってほしい、そういう気持ちは強くなってきているかなと思います。これから震災を知らない子たちが何か起きたときに対応できるように、それをモチベーションにやっています」
甚大な被害をもたらした東日本大震災。
実は北海道太平洋沖の千島海構沿いでは、それと同じクラスの超巨大地震と津波が切迫している可能性があります。
(北海道大学 高橋浩晃教授)「大体400年に1回ぐらいのペースで(地震が)繰り返し起こってきているということが明らかになっています。そして、前回の地震が今から400年前に起こったと、これも確かめられておりますので、次の地震はもう満期に達している」
千島海溝沿いでは、陸側のプレートの下に海側のプレートが沈み込んでいますが、北海道大学などの研究チームが海底観測をした結果、海側と陸側のプレートがそれぞれ年間8センチ動いていることを確認しました。
プレートの境界付近に巨大地震を引き起こすひずみが蓄積している可能性が高くなっていると分析しています。
(北海道大学 高橋浩晃教授)「400年の間に30メートルたまったエネルギーが一気に放出して大きな地震が発生する。超巨大地震が起こりますと、東日本大震災と同じような超巨大な津波が発生して、それが太平洋沿岸を襲うということになりますので、現在の想定では高さで言うと20メートルを超えるようなところもある」
子どもたちに震災の教訓を…「いつか思いがつながれば」
この日、渡邊さんは講演のため、家族と一緒に旭川市を訪れました。
渡邊さんの同級生で、一緒に「いのちの石碑」に取り組んだ鈴木智博さんも宮城県から駆け付けました。
(渡邊滉大さん)「こういうタイミングでしか会う機会ないからね」
(鈴木智博さん)「ていうかこういうのも久々、かなり久しぶりだもんね。やっぱり15年経ってくるとなかなかちょっと少なくなってくるっていうのもあるし、お互いに引っ越したり仕事もある、少なくなってくる。呼んでもらえるのはありがたい」
(渡邊滉大さん)「本当にありがたい」
3年ぶりの再会を喜ぶ間もなく、すぐに入念な打ち合わせに入ります。
震災の教訓を語り継ぐ講演会には、地域の住民や子どもたちが集まりました。
ステージの傍らに設置されたのは、「いのちの石碑」のレプリカです。
(渡邊滉大さん)「いま私たちの故郷の女川に何ができるか考えてみようというのが一番最初の授業でした。まず1つめ・絆を深める。2つめ・高台に避難できる街をつくる。3つめ・記録に残し、未来へ伝える。まだ若い世代だと思うので、将来、例えば僕が札幌で仕事をするように、どこで仕事をするかわからないような状態で、その時にタイミングが悪くてってこともあるかもしれない。そんなときに何か僕たちのこの話が役に立っていただければ幸い」
(鈴木智博さん)「震災後に起きた大津波によってふるさとは飲み込まれ、かけがえのないたくさんの宝物が奪われました。悲しみで涙を流すひとが少しでも減り、笑顔溢れる町になるよう祈り、そして信じています」
「悲劇は2度と繰り返してほしくない」。
その思いを15年前の2人と同じくらいの子どもたちにも伝えます。
(小学生)「こんなにも大きな被害が出ているとは思っていなかった」
(小学生)「自分の身の回りのことを気にしながら、そういう(防災の)ことを考えていきたいと思います」
(小学生)「今回だけでこの話を終わらせてはいけないと思うし、友達とかにもしっかり伝えて、災害の恐ろしさをずっとずっと伝えていきたいと思いました」
(渡邊滉大さん)「15年が経つんだなっていうこと、僕も被災した当時はそのくらいの子だった。こんな話をして響くのかなって今の僕からしたらも思うんですけど、少なからずこの思いがどこかに響いて、つながってくれればいいなって思います」
「千年後の命を守るために」。
震災を知らない子どもたちに記憶をつなぐリレーはこれからも続きます。
《園遊会で「りくりゅう」と対面はあるか?》愛子さま、スケートはお得意でご学友とリンクに足を運ばれたことも 同い年の三浦璃来選手と“女子トーク”に期待
3月8日、東京ドームで行われたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の日本対オーストラリア戦を観戦された天皇皇后両陛下と愛子さま。両陛下とともに侍ジャパンの激戦を目撃された愛子さまはこの春、立て続けにお出ましを控えていらっしゃる。
【写真】愛子さまがボブヘアにイメチェン!ブルーの“リンクコーデ”でWBCを観戦される天皇ご一家。他、『桃太郎電鉄』のグッズを着用するりくりゅうペアや武豊・佐野量子夫妻と懇談される愛子さまなども
「3月下旬には、東日本大震災の被災地である岩手・宮城両県、4月上旬には福島県を両陛下とともにご訪問。そして4月中旬には、東京・港区の赤坂御苑にて春の園遊会が催され、愛子さまも客人をもてなされる予定です」(皇室ジャーナリスト)
園遊会は、毎年春と秋に天皇皇后両陛下の主催で開かれる社交の場。首相や閣僚、各国大使に加え、各界の功績者が招待され、招待客には“天皇の料理番”である宮内庁大膳課が腕によりをかけた料理が振る舞われる。間もなく開催される春の園遊会について、とある宮内庁関係者は「ミラノ・コルティナ五輪のメダリストたちが招待されるでしょう」と語る。
「オリンピックイヤーの園遊会には、メダリストが招待されるのが恒例です。今回の五輪では開催地と日本は8時間ほどの時差がありましたが、ご一家はそろって、御所のテレビで試合を観戦されていました。陛下のお誕生日には大会マスコットを手に、仲睦まじげに会話されるご一家の写真も公開されています」(宮内庁関係者)
冬季五輪では過去最多の24個のメダルを獲得した日本選手団。その中でも国民の話題をさらったのが、フィギュアスケートの「りくりゅう」こと三浦璃来(24才)・木原龍一(33才)ペアだろう。
「日本ペア史上初のメダル獲得が期待されていたりくりゅうですが、満を持して臨んだショートプログラムでは、得意のリフトでまさかのミス。5位発進となりました。しかし、一夜明けたフリーでは渾身の演技を披露し、世界歴代最高得点をマーク。大逆転で金メダルを獲得したのです。逆境を跳ね返した2人の姿は、日本中の涙と感動を誘いました。それと同時に、2人の強い信頼関係や仲のよさも注目されています」(スポーツ紙記者)
ショートでの失敗に沈む9才年上の木原を激励し、“お姉さん”ぶりを発揮していたことでも話題になった三浦。実はこの三浦、愛子さまと同い年で、誕生日も2週間ほどしか離れていない。
「テレビで感動の瞬間を目の当たりにされた愛子さまにとって、三浦選手はまさに“同期の星”でしょう。 園遊会に招待される約2000人のうち、皇族方との会話がニュースなどで報じられる招待者は毎年数人です。今回はりくりゅうが選ばれるとの呼び声が高く、同い年の三浦選手と愛子さまの会話を垣間見ることができそうです」(皇室ジャーナリスト)
得意なジャンプは何ですか?
愛子さまは幼少から、スケートに親しまれてきた。
「愛子さまは4才の頃から、元スピードスケート日本代表の長久保初枝さんから手ほどきを受けられています。雅子さまも、幼少の頃滞在されていたロシアでスケートを習っていたそうで、ご一家で一緒にスケートを楽しまれる機会が多くありました。
愛子さまは持ち前の運動神経のよさと勘のよさで、大変お上手に滑られるんだとか。初等科時代は週末にご学友と都内のスケートリンクに足を運ばれることもありました」(前出・皇室ジャーナリスト)
男子シングルで五輪連覇を果たしたレジェンドへ、メッセージを託されたこともある。
「2014年、上皇ご夫妻がソチ五輪のメダリストを皇居に招待された際、愛子さまは陛下に“羽生結弦選手(31才)に会ったら質問してきて”と伝言を託されたのです。陛下は愛子さまから預かった“得意なジャンプは何ですか?”という質問を投げかけられ、羽生選手は『“アクセルジャンプが好きです、得意です”ということをお伝えください』と陛下に伝えたそうです」(前出・皇室ジャーナリスト)
年齢、さらにスケートという共通点を持つ愛子さまと三浦。若いお二人ならではの会話に花が咲きそうだ。
「愛子さまは昨年末、映画のチャリティー上映会で隣に着席した俳優に“同い年ですよね”と声をかけられていました。ご公務でかかわるのは比較的年齢層が高い人々が多く、同世代との会話は新鮮なのでしょう。また、愛子さまは年齢の近い佳子さまにコスメの相談をされることもあるといいますから、同世代の三浦選手と愛子さまの“女子トーク”も見られるかもしれません」(前出・皇室ジャーナリスト)
国を代表して大舞台に臨んでこられたご経験も、愛子さまと三浦の共通点だ。
「天皇家の長女として、世界の首脳陣を相手に国際親善に務めてこられた愛子さまの重圧は計り知れません。愛子さまは初めての海外ご公務となったラオスご訪問でも相当なプレッシャーを感じていらっしゃったようで、ラオス伝統の儀式に臨まれる際はぎゅっとハンカチを握り締め、かなり緊張されているようにお見受けする場面もありましたが、それも乗り越え、すべてのご公務を無事にやり遂げられました。
20代前半にして、日本代表として世界の舞台に立っているのは、三浦選手も一緒です。お互いに共感する部分も多いのではないでしょうか」(前出・皇室ジャーナリスト)
園遊会へのご出席は、今回で5回目となる愛子さま。回を重ねるごとに、ご成長を遂げられているという。
「2024年の春に園遊会デビューを果たされた際は、佳子さまが愛子さまの方へさりげなく合図を送るなど、アイコンタクトでサポートされる場面もありました。しかし愛子さまは前回の園遊会では終始落ち着いたご様子で、客人と穏やかな笑顔で会話を重ねられていました。
今回、WBCでの天覧試合でも垣間見えたことですが、愛子さまはご質問がいつも鋭い。これは、事前の勉強の賜でしょう。皇族方は事前に参加者全員のプロフィールをチェックされますが、愛子さまは目下、準備に励み、メダリストたちへの質問を練っているところでしょう」(前出・宮内庁関係者)
対面する一人ひとりに、心を尽くして向き合われる愛子さま。その躍進は、間もなく迎える春、そしてその後も、確かに続いていく。
※女性セブン2026年3月26日・4月2日号
地下鉄駅で10代女性に下半身露出の男を追跡「待て!」途中から距離を保つ尾行作戦に“とっさの行動”でスピード逮捕 お手柄高校生2人に感謝状、将来の夢は…
ことし1月、札幌市内で起きた公然わいせつ事件。男子高校生2人のとっさの行動が犯人逮捕につながったとして、警察は9日、2人に感謝状を贈りました。
高校生2人が公然わいせつの容疑者逮捕に貢献
札幌中央警察署の高橋俊彦署長から感謝状を贈られたのは、札幌龍谷学園高校2年の安部掌之右(しょうのすけ)さん17歳と1年の岩本翔琉(かいり)さん16歳です。
事件が起きたのは、1月22日木曜日の午後7時半ごろ。
帰宅時間と重なり利用者で混み合う地下鉄東西線・西18丁目駅構内で、2人はその現場に居合わせました。
駅構内にある証明写真の撮影ブースにいた10代後半の女性に対し、男が突然、露出した下半身を見せつけたのです。
犯行後、男は現場から逃走し、地上へと走り去りました。
被害に遭った女性は、男を追いかけます。
現場はただならぬ雰囲気に…被害女性から話を聞き、追跡「待て!」
ただならぬ雰囲気の中、その場を通りかかったのが、安部さんと岩本さんでした。
「犯人が全力で走っていたので、何かあるなと思って」と安部さん。
女性から話を聞いた2人は、状況を察知し、女性に代わって男を追いかけました。
途中「待て!」などと静止するよう呼びかけましたが、男は無視して逃走を続けます。
途中から一定の距離を保ち“尾行”作戦に変更
2人は、男を追いかけながら110番通報し、途中からは男に気づかれないように一定の距離を保ちながら尾行する作戦に変更。
警察に電話で男の特徴や向かう方向をこと細かに伝えました。
尾行に気づかれ逆上した男に襲われる危険もあった追跡劇。
それでも岩本さんは「怖くはなかったです」と当時を振り返ります。
2人から男の居場所や特徴について報告を受けていた警察は、事件現場の西18丁目駅から約400メートル離れた路上で男を取り押さえました。
公然わいせつ容疑で逮捕されたのは、札幌市内に住む自称・無職の49歳の男でした。
2人はバスケ部のチームメイト…練習で培った判断力と意思伝達力
男の逮捕に貢献した安部さん(17)と岩本さん(16)は、バスケットボール部の先輩・後輩のチームメイト。
練習で培った体力のほか状況判断力、正確な意思疎通力が男のスピード逮捕につながりました。
感謝状を受け取った安部さんは「(犯人が捕まって)率直にうれしい気持ちです」、岩本さんは「いいことしたなあって思います」と話します。
2人の将来の夢は…
2人に将来の夢を聞くと、安部さんは「看護師です」、岩本さん「まだ決まっていません」と、リアルな答えが。
夢は「警察官」ではありませんでしたが、高校生2人の刑事さながらの機転の利いたとっさの行動が事件解決につながった逮捕劇でした。
ハメネイ師”ピンポイント攻撃”を可能に…「影の米大統領」ピーター・ティールが高市首相に接近する本当の理由
3月5日、高市早苗首相のもとへ米国のデータ解析企業の会長が表敬訪問したことが、少なからぬ波紋を呼んでいる。
1月にも小泉進次郎防衛相が米ワシントンで幹部と面会したその企業の名はパランティア・テクノロジーズ。「日米の先端技術についての現状と展望について意見交換した」(高市氏Xポスト)というピーター・ティール会長は同社の共同創業者の1人であり、イーロン・マスク氏同様、世界的フィンテック企業PayPalの共同設立者だ。
実は今、大きく変容する世界の安全保障のあり方の中心に君臨するのが同社である。彼らが米軍に提供しているAIシステムのプラットフォームが、今回のイランへの攻撃で早々にハメネイ師ら幹部を殺害し、1月にベネズエラ・マドゥロ前大統領を拉致するなど驚異的な成果を上げたといわれ、より知られるようになった。
2004年創業の同社はロッキード・マーティン、ノースロップ・グラマンなど米国の防衛産業ビッグ5に、売上高こそ及ばぬものの株式の時価総額はこれらをすでに大きく上回っており、「防衛産業のマイクロソフト」とも呼ばれる程の存在感がある。
国内SNS上では、もっぱら同社の持つ「国民監視システムへの懸念」が語られているが、長年安全保障に携わってきた筆者からすれば、ようやく日本も安全保障で世界水準に近づく第一歩を踏み出せるのではないかという期待感のほうが強い。なぜなら、現代の安全保障は高度なデータ解析力やAI技術が不可欠であり、これを欠いたままでは国際社会での競争力や自律性を失いかねないからだ。
パランティア社が提供するプラットフォームは主に4つ。まず軍・諜報機関向けの「パランティア・ゴッサム(Gotham)」だ。これは、衛星画像、通信傍受データ、財務記録、さらにはSNSの書き込みまでを一つのネットワークとして可視化する。
2つ目は最新の「パランティアAIプラットフォーム(AIP)」。LLM(大規模言語モデル)を安全なプライベートネットワーク内で運用するもので、イランやベネズエラではこれが戦術案を瞬時に生成した。
3つ目が製造業、金融、航空、医療といった民間企業向けの「パランティア・ファウンドリ(Foundry)」。例えばエアバス社は数百万個の部品供給網の管理に、BP(元ブリティッシュ・ペトロリアム)は石油掘削の最適化にこれを使っている。
4つ目は「パランティア・アポロ(Apollo)。ゴッサムやAIP、ファウンドリを支える、言わば神経系統の役割を果たすプラットフォームである。
今回イラン、ベネズエラで米軍が使ったのはメイヴン(Maven)という、これら4つの基盤技術を軍事用に特化させてパッケージ化した応用システムである。
メイヴンは軍や諜報機関などさまざまな機関が上げてくる何兆もの断片的なデータ(衛星情報、ドローン映像、電子情報、傍受通信、人的情報など)を「統合」し、1日に約1000箇所もの最適な標的を捕捉、その攻撃方法・順序を決める。以前なら処理に少なくとも数週間ないし1カ月を要した分量である。
そうして作った、例えば敵の軍事施設や人員の動きのようなデータを、直観的に理解できるよう視覚化し、軍の指揮官に提供する。言わば戦争用Googleマップとリアルタイム情報ダッシュボードを組み合わせたようなものだという。
パランティアの出自を語る上で欠かせないのが、米中央情報局(CIA)が司る戦略的ベンチャーキャピタル「インキュテル(In-Q-Tel)」だ。1999年に設立されたこの組織は、政府が直接開発するには時間がかかり過ぎる先端ITを、民間の投資スキームを使って迅速に吸い上げるための装置である。
インキュテルはパランティアの創業初期から出資を行い、この支援がその後の同社の成長を後押しした。また、創業当初から「米国の国益を最大化する」ことを理念とし、NATO諸国など、民主主義という価値観を共有する同盟国・友好国のみとビジネスを行う方針を明言している。
ピーター・ティール氏や同じ共同創業者のアレックス・カープCEOは、アップルやマイクロソフトのような「技術で世界を一つに」というリベラル的な理想をはなから受け付けない。彼らが冷戦後の地政学的な冷徹な「戦い」のただ中で産み落とされたからだ。
パランティア社の面々は政権が代わる前から、「トランプが勝ったら国防をAIでどう刷新するか、防衛調達をいかに迅速に改革するか」を緻密にシミュレーションしていた。現在は第2次トランプ政権の「ど真ん中」にいる。
ヴァンス副大統領をはじめとする政権幹部たちは、ティールの弟子筋や同調者で固められており、政策の優先順位は彼らの手によって書き換えられているとも言われる。ピーター・ティール氏が「影の大統領」と囁(ささや)かれるのはそのためだ。
彼らのような米国防衛産業幹部が高市首相や小泉防衛相と面会した目的は、単なる兵器の売り込みではない。彼らが求めているのは、日本の技術力の高い工業製品のサプライチェーンである。
パランティアと並ぶ米国の防衛産業の中枢を担う新興勢力にアンドゥリル・インダストリーズがある。2017年にパルマー・ラッキーらによって設立され、トランプ政権が進める脱中国サプライチェーンを担う「自律型兵器」配備の最も重要なパートナーの一社と見られている。
アンドゥリル社は昨年12月に日本法人を立ち上げ、秋田県の小規模な町工場のモーターを見いだして「100%日本製のドローン」のプロトタイプを作り上げている。
米国やEU諸国が製造業を軽視しオフショアリングを進めた結果、精密加工の現場を失ってしまった。いくら「脳(AI)」が優秀でも、それを載せて動くドローンや艦艇というリアルな「ボディ」がなければ戦えない。そういう高度な工業製品のサプライチェーンを残す数少ない国の一つが日本というわけだ。
これまで日本の防衛産業、例えば三菱重工業や三菱電機等は、防衛部門の稼ぎは売り上げ全体の1割以下という副業程度でしかなく、しかも競争力に疑問符がつく状態。世界情勢が一変し、需要増に加速がつくこの期に及んで明確な展望を見いだせずにいる。日本の防衛産業の再編も待ったなしである。
米トランプ政権は各国に防衛費の増額を突き付けているが、その増額分がすべて米国の国防産業に持っていかれ、血税が国内の企業にまったく還元されない――そんな事態を招くべきではない。アンドゥリル社の100%国産ドローン一つ取っても、本来なら日本の企業が行うべき案件である。
この周回遅れの状態を、ぜひとも一変させなければならない。防衛装備品を「高く売りつけられるだけ」という従来の対米関係を終わらせ、日本の優れた製造技術を切り札として、こうした先鋭的な企業と対等なディールを行うべきだ。
体制づくりは始まったばかりだ。数年ほど前から経産省などが主導して日本版インキュテル、つまり防衛テクノロジーのベンチャー等を支援する国家ファンドの立ち上げが政府内部で議論されてきた。防衛省も2024年10月に防衛イノベーション科学技術研究所を立ち上げた。高市政権下で間もなく発足する国家情報局にも安全保障と産業政策の連携強化の舵取りが期待されている。
民生技術と軍事技術を分けることが不可能となった今、日本を「防衛技術供給拠点」へと再定義すること。この冷徹なリアリズムに基づいた戦略こそが、21世紀後半の日本の立ち位置を決定し、日本経済の不可欠性と自律性を高め、私たちの民主主義を守る手段となるだろう。
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(セキュリティ会社代表 平石 積明 取材・構成=西川修一)