大阪で80代男女死亡、男逮捕 「両親を殺してしまった」息子か

大阪府東大阪市南荘町の住宅で80代女性の首を絞め殺害したとして、大阪府警は28日、殺人の疑いで、職業不詳松田健志容疑者(50)を逮捕した。現場には80代男性が倒れているのも見つかり、搬送先の病院で死亡が確認された。男女2人は松田容疑者の両親とみられ、府警は詳しい状況を調べている。
逮捕容疑は27日午後、東大阪市内のマンションで、女性の首を絞め殺害した疑い。府警によると、容疑を認めている。
府警によると、松田容疑者が「両親を殺してしまった」と110番した。現場に駆けつけた警察官が、別々の部屋で意識がない状態になった2人を発見。近くにいた松田容疑者に事情を聴いていた。同居していたとみられる。

3人重体の衝撃、1万人が宝木を奪い合う岡山・裸祭り 外国人も1割 問われる伝統と安全

「裸祭り」として知られ、岡山市東区の西大寺観音院で室町時代から続く国の重要無形民俗文化財「西大寺会陽(えよう)」で21日、祭りの参加者6人が救急搬送され、うち3人が意識不明となる事故が起きた。長野県諏訪市の諏訪大社御柱(おんばしら)祭や大阪府岸和田市のだんじり祭など勇壮な祭りには危険を伴うものも少なくないが、専門家は「そうしたスリルこそが長年にわたり祭りを維持してきた側面がある」と指摘。伝統を守ることと安全を確保することを両立していく難しさが浮かび上がる。
1万人が2本を争奪
主催する西大寺会陽奉賛会や岡山県警などによると、事故が起きたのは祭りがクライマックスに近づいた21日午後10時15分ごろ。消防警備本部に「人が倒れている」と連絡があり、42~58歳の男性3人が意識不明の状態で相次いで発見された。このうち42歳の男性はのちに意識を取り戻したが、2人は重体のままだという。
平成28年に国の重要無形民俗文化財に指定された西大寺会陽は、まわし姿の裸衆が福男を目指し、本堂2階から投げ込まれる長さ約20センチの「宝木(しんぎ)」2本を奪い合う。負傷した6人はいずれも裸衆で、宝木が投げ入れられた直後にもみ合いが生じる中、負傷したとみられる。
西大寺会陽奉賛会の大森実会長によると、今年は例年とほぼ同じ規模の約1万人の裸衆が参加したが、例年に比べ初めての参加者が多く、外国人も1割ほどいたという。警察や民間の警備会社、ボランティアら約1150人で警備していたが、事故は防げなかった。
「自己責任で」と注意喚起
西大寺会陽では平成19年にも他の裸衆の下敷きになった男性が死亡する事故が発生。これを受けて安全対策が強化され、22年からは宝木を投下する時刻を午前0時から2時間前倒しして午後10時に変更した。
参加申し込みのホームページでは「他の参加者との接触、転倒などにより事故が発生する危険性がある」と注意をうながし、眼鏡やネックレスなどの着用や酒を飲んでの参加の禁止を明記。今年は飲酒の有無をチェックする検問を2カ所に増やした。また、転倒した際は腹ばいになるなど身を守るための注意事項も記している。
そのうえで「自己責任のもと参加してください。いかなる盗難、怪我、死亡などの事故に関して、主催者は一切の責任を負いません」としている。
大森会長は「参加される方には注意喚起してきたが、事故を防げなかった。来年の開催は原因を究明したうえで、安全確保が最優先になる。なによりも、けがをされた方の一日も早い回復をお祈りしている」と話した。
宮司が告発されたケースも
各地で営まれる祭りには西大寺会陽と同様、危険を伴うものも少なくなく、事故対策に苦慮している。
福岡の夏の風物詩として知られる博多祇園山笠では令和5年、転倒した男性が重さ約1トンの山車にひかれて死亡。翌年は警戒のため山車に並走する人員を増やすなどの対策を講じたうえで行われた。
諏訪大社で6年に1度営まれる御柱祭では平成22年に2人、28年にも1人が死亡する事故が発生。28年の事故をめぐっては、事故を防止する注意義務を怠ったとして弁護士らが宮司を業務上過失致死罪で告発したが、不起訴処分となった。
こうした危険を伴う祭礼が長年にわたり営まれてきた理由について、法政大学の武田俊輔教授(社会学)は「単なる神事ではなく、祭りには『奇跡』が求められる。西大寺会陽であれば幸福を呼ぶ宝木が全員にいきわたるのではなく、2人だけだから意味がある。岸和田だんじり祭なども含め競い合いがあるからこそ熱狂を呼び、それが祭りを続けるモチベーションになってきた」と指摘する。
ただ、かつては背景を理解した人が危険も承知で参加してきたが、メディアやインターネットの普及で祭りに向けられるまなざしも変化してきた。「ローカルであれば自己責任で問題なかったことが、その祭りの文脈を理解していない人からみれば危険、となる。事故が起きれば社会問題化しやすくなった」
そのうえで、事故を防ぐには参加者を地域ごとの輪番にするなど人数に制限を設けることも考えられるとし、「環境の変化に伴い、祭りも変化していかざるを得ない。伝統と安全性の間で折り合いをつける方策を見いだしてほしい」としている。(福富正大)

だから「愛子天皇」は保守から生まれる…高市首相が踏み込む”最後の聖域”皇室典範とそれが導く女系天皇

歴史が変わろうとしている。
2月24日、女性で最初の宰相となった高市早苗首相が、衆議院本会議の代表質問で、「皇室典範改正の議論が進展し、速やかにまとまることを期待する」と答弁したからだ。高市首相は、18日の特別国会冒頭の施政方針演説でも、皇位継承の安定化のために皇室典範の改正に強い意欲を示している。かなり前のめりである。
首相の念頭にあるのは、皇族が旧宮家の男子を養子とし、皇族の数を増やすことである。それは「男系男子」での継承にこだわる保守派の主張でもある。
しかし、皇室典範の改正は、保守派が基盤としている伝統を突き崩すものであり、かえって愛子内親王の天皇即位への道を開いていくことになる。
『古事記』に記された神話では、岩戸に隠れてしまったアマテラスを引き出すために、アメノウヅメが猥雑(わいざつ)な踊りであたりをわかす場面が出てくる。高市首相は、このアメノウヅメの役割を果たすことになるかもしれない。アマテラスを祖神とする「愛子天皇」が出現するからである。
今回はそれについて、順を追って考えていきたい。
2月の総選挙で、自民党が多くの議席を占めた衆議院の森英介議長も、安定的な皇位継承の議論について「先送りは許されない喫緊の課題だ」と述べ、国会の総意を早期に取りまとめるために努力すると就任後の会見で語った。
どうやら、旧宮家の養子案実現にむけて国会は動いていきそうだ。これについては今まで、自民党と立憲民主党との間で見解の相違が見られた。だが、立憲民主党が合流した中道改革連合が大幅に議席を減らしたことがそこに影響し、自民党の主張が通りそうな気配である。
もちろん、これは多数決で決めるべき問題ではなく、幅広い合意が必要である。
高市首相は憲法の改正にも意欲を示しているが、憲法の改正になると、衆議院と参議院で3分の2以上の賛成が必要である。衆議院で自民党は3分の2以上の議席を占めるようになったが、参議院ではそうなっていない。しかも、憲法改正案は国民に示され、国民投票で過半数の賛成が得られなければ改正には至らない。かなりハードルは高い。
皇室典範には、そうしたハードルはない。皇室典範は“一般の法律”で、国会が決めれば、それで改正できる。
ただし、皇室典範が「皇室法」ではない点は無視できない。「典範」と称する法律は他に存在しない。それも、明治の時代に旧皇室典範が定められたとき、それは法律ではなかったからである。
では、何だったのか。
1889(明治22)年に旧皇室典範が定められたとき、それは天皇家の「家憲」と位置づけられた。家憲とは、それぞれの家で守るべき生活の指針である。たとえば、旧財閥の一つ、三井家には「宗竺(そうちく)遺書」という家憲がある。これは、創業者である三井高利の遺言であった。
旧皇室典範が家憲である以上、それは官報には掲載されず、同時に制定された大日本帝国憲法とともに官報号外に掲載された。旧皇室典範は法律ではないので、当時の帝国議会で審議して、改正ができるものではなかった。したがって、旧皇室典範は、その後、増補はされたものの、本文は一度も改正されないまま戦後を迎えた。
戦後になると、旧皇室典範は廃止され、1946(昭和21)年に日本国憲法が公布されると、憲法附属法として新しい皇室典範が制定された。これによって皇室典範は天皇家の家憲ではなくなり、国会で改正できる一般の法律となったのである。
その際に、皇室典範ではなく、「皇室法」といった名称が使われていたとしたら、その後の扱いは随分と違うものになっていたかもしれない。だが、「典範」という呼び方が残ったことで、戦前の伝統を引きずる形になった。内容も、旧皇室典範と大きく変わらなかった。新しい皇室典範も、今まで一度も改正されていないのである。
ただ一度だけ、皇室典範の改正が行われそうな出来事が起こった。それは、現在の上皇が譲位したときのことである。
平成の時代の最後、まだ天皇の地位にあった上皇は、高齢になり、象徴としての天皇の役割を十分に果たすことができなくなってきたとして、譲位を希望した。
現在の憲法の下で、天皇は「国政に関する権能を有しない」とされている。したがって、天皇が自らの進退について意見を述べることは、それに反する。そのため、扱いが難しい事柄になり、それについて検討する有識者会議が設置された。
皇室典範においては、その第四条において、「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」と規定されており、生前に譲位することは想定されていない。それは旧皇室典範でも同じだった。ただ、それが古来の伝統というわけではない。
明治時代以前には、天皇が生前に譲位することは当たり前に行われていた。譲位した天皇は58人で、全体の半分近くにのぼる。平安時代に、藤原摂関家に代わって上皇が「治天の君」として権力をふるったのも、譲位を利用してのことだった。
しかし、明治に時代が変わると、天皇は亡くなるまでその地位にとどまることとなった。大正天皇が病によって天皇としての役割を果たせなくなったときにも、譲位することはなかった。これは日本国にとって危機だった。
危機は、皇太子(のちの昭和天皇)が摂政となることで回避された。
平成の時代、現在の上皇が譲位の意向を示したときにも、摂政を置くアイデアが出た。だが、上皇はそれを拒否した。そうなると、皇室典範に譲位の規定がない以上、それを改正するしかなかったはずである。しかし、天皇の意思による譲位を認めると、それがくり返され、政府の圧力で譲位したり、天皇が譲位をほのめかして政権に影響を与える可能性が出てくる。そこで、皇室典範は改正されず、一代限りの特例法によって譲位が実現したのだった。
皇室典範が改正されなかったのは、いま挙げた理由もあったことだろう。だが、もともと天皇家の家憲であったという重みが、そこに加わっていた可能性がある。旧皇室典範が存在した戦前の時代には、天皇は「君主」であり、一般の国民は、それに従う「臣民」だった。臣民が君主の定めたものを改めてしまうことは畏れ多い。その感覚が、どこかで働いていたように思われるのだ。
旧皇室典範が定められたとき、同時に大日本帝国憲法が制定された。この日本で最初の近代憲法を作り上げる際に、その作業に当たった伊藤博文などは、海外では宗教、つまりはキリスト教が国家を支える「機軸」になっているが、日本の宗教はその役割を果たせないと考え、皇室に機軸の役割を求めた。長い歴史を経てきた皇室こそが、日本の伝統を支える基盤になるというわけである。
だからこそ、大日本帝国憲法の冒頭では、天皇の地位が万世一系で、神聖なものであることが強調された。日本国憲法では、そうした考えはとられなくなったものの、天皇についてはやはり冒頭で言及され、日本国の象徴、日本国民統合の象徴と定められた。その点では、依然として皇室が日本の戦後国家においても機軸の役割を果たしていると見ることもできる。
保守派は、そうした皇室の伝統の要になるのは、歴史上ずっと「男系男子」で皇位が継承されてきたことにあるという立場をとってきた。
しかし、それを規定した皇室典範を改正することは、過去における天皇の決定をくつがえすことにもなってしまう。皇位継承の安定化をめざして皇室典範を改正することは、伝統を破壊する側面を持っている。果たして、保守派の間で、そうしたことが議論になったことはあるのだろうか。
そこに決定的な矛盾があるのだが、高市首相が先導する形で皇室典範の改正がなされたとしたら、それは重大な変革である。旧皇室典範から考えれば、130年以上一度も改正されてこなかったものが変わるからである。もし左派の政権が改正に乗り出せば、保守派はそれを伝統破壊として厳しく糾弾し、なんとしても阻止したであろう。その点では、保守派しか、それはできない。高市首相はそこを突いたのだ。
高市首相は、衆議院を解散したときにも見られたように、自分だけで決断したい政治家である。
初の女性首相として大きな功績を上げたい。その点で、皇室典範の改正にこぎつけたとしたら歴史に名が残る。憲法改正まで実現したら、それはとんでもない大事件である。
ただ、旧宮家の養子が可能になったとしても、前にも述べたように、養子になる人間が現れる保証はない。また、仮に現れたとしても、男系では室町時代まで遡らなければならないわけで、現在の皇室との近さを強調するには明治天皇と女系でつながることをアピールしなければならない。
それも、「女性・女系天皇」への道を開くことになるが、養子が現れず、また、現れても国民に認められなければ、次の手を打つしかなくなる。
もう一つ国会で議論されてきたのは、女性皇族が結婚後も皇室に残る「女性宮家」の創設である。
これについては、配偶者と子どもを皇族とするかどうかで議論になってきた。ただし、養子案が不調で、皇族の数が増えないのであれば、それを認めるしかない。認めなければ、皇族の数はまったく増えないのである。
いったん皇室典範が改正されれば、その伝統としての重みは失われ、状況に対応するために次々と改正していくことが可能になっていく。
女性宮家が創設され、その配偶者や子どもが皇族になるのであれば、それは、「女系での継承」が容認されたことになる。それは、女性天皇はおろか女系天皇への道も開くことになる。
皇室典範を改正することは、これまでの伝統を破壊し、新たな伝統を生み出す方向に作用していく。それは高市首相に対する支持が高い間にしか実現できない。となると、まさにそれは喫緊の課題である。
特別国会は18日に召集され、会期は7月17日までの150日間と定められた。この長期にわたる国会が開かれている間に、皇室典範の改正も議論される。実際の改正は次の国会かもしれないが、時代は「愛子天皇」が実現される方向に、着実に動いているのである。
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(宗教学者、作家 島田 裕巳)

西村元経産相の「コネクティングルーム」報道で名誉毀損 文春側敗訴

隣室同士が行き来できる「コネクティングルーム」に女性秘書と宿泊したなどと報じた「週刊文春」の記事で名誉を毀損(きそん)されたとして、元経済産業相の西村康稔衆院議員が発行元の文芸春秋に対し、1100万円の賠償を求めた訴訟で、東京地裁は27日、文芸春秋に約300万円の賠償を命じる判決を言い渡した。堀田次郎裁判長は「記事は真実と認められず、十分な取材をしたとも言いがたい」と名誉毀損の成立を認めた。
週刊文春は2023年12月、西村議員が経産相在任中の同年11月にあったアジア太平洋経済協力会議(APEC)の閣僚会議に出席した際、女性秘書官とコネクティングルームに宿泊したと報道した。判決は、文春記者への情報提供者の説明が変遷しており、情報源として高度の信用性があるとは認めがたいと指摘した。
判決は、情報提供者はコネクティングルームが宿泊したホテルにあることは確認しているが、具体的な場所は分かっていなかったと認定。こうしたことから、西村議員と秘書官がコネクティングルームに宿泊したとの重要部分が真実と認められないとした。記事は西村議員の公務の適正さに関する社会的評価を低下させたとして、賠償額を算定した。
文芸春秋は「判決を精査し、控訴を含めて検討する」とコメントした。【安元久美子】

新任女性教員に不適切メール、執拗に電話 教員7人叱責 パワハラで大阪府立高教頭を停職

大阪府教育庁は27日、新任の女性教員に対し、不適切な内容のメールを複数回送信するなどしたとして、府立高校に勤務する男性教頭(61)を停職1カ月の懲戒処分とした。
府教育庁によると、教頭は令和7年4月から8月にかけて「非常に優秀で熱心に取り組む教員なので自ら指導する」として、女性教員に研修などを実施した。
教頭は女性教員に「これまで必死に支えようとしてきたのですが、全く伝わっていなかったことが良く分かりました」「(研修後に)連絡をしてこなかったような人は初めてです」などとメールを送ったほか、同年8月には緊急連絡網から女性教員の電話番号を無断で取得し、30回以上にわたって電話をかけた。女性教員は精神的苦痛を感じ、44日間にわたって病気休暇を取得した。
また、教頭は同校や前任校の教員7人に対しても、強い口調で叱責するなどのハラスメント行為をしていたという。被害を受けた教員らが府教育庁や管理職に相談して発覚。教頭は府教育庁の聞き取りに「指導やコミュニケーションとして行っていたことが、ハラスメントととらえられるような状況を作ってしまっていた」と話している。

東国原英夫氏が宮崎県知事選出馬へ 来月下旬会見で調整 22年敗退のリベンジ狙う

来年1月に任期満了を迎える宮崎県知事選に、元宮崎県知事の東国原英夫氏(68)が出馬する意向を固めたことが27日、分かった。来月下旬にも宮崎市内のホテルで記者会見する方向で調整している。
そのまんま東として活動していた2006年12月、出馬表明を行った時と同じホテルが会見場所の候補に挙がっており、22年の前回選挙でもこの会場を利用した。インバウンドや農産品の海外輸出が活況の中、「九州の中でも特に宮崎県が停滞している」として、現職の多選批判を軸に公約作りに着手している。
一方、河野俊嗣知事(61)は27日の県議会本会議で、来年1月の任期満了に伴う知事選に5選を目指して立候補する意向を表明した。河野氏は東国原氏が1期で退任した後、10年12月の知事選で初当選した。前回選は東国原氏と河野氏による「元知事VS現職」という異例の構図となったが、河野氏が約2万3000票差で逃げ切った。

高市首相、皇位継承「男系男子限定が適切」=木原官房長官、養子縁組念頭と釈明

高市早苗首相は27日の衆院予算委員会で、安定的な皇位継承の在り方を巡り、2021年に有識者会議がまとめた報告書に触れ、「男系男子に限ることが適切とされている。私としても尊重している」と述べた。ただ、報告書は皇位継承資格と切り離し、皇族数確保策をまとめたもの。木原稔官房長官は記者会見で、皇族の養子縁組を念頭に置いた発言だったと釈明した。
自民党の小林鷹之政調会長は予算委で、安定的な皇位継承のための皇室典範改正に関し、「男系継承を前提としなければならない」と主張。首相は「過去に男系の女性天皇がいたことは歴史的な事実だ。過去の女性天皇を否定してしまうことは不敬に当たる」としつつ、「皇位が女系で継承されたことは一度もない」と強調した。
皇位継承について、報告書は「悠仁親王殿下の次代以降については、将来において議論を深めるべきではないか」と指摘。「皇位継承問題と切り離し、皇族数確保を図ることが喫緊の課題だ」とした上で(1)女性皇族が結婚後も身分を保持(2)旧宮家の男系男子が養子縁組で皇籍復帰―の2案を提起した。
首相答弁を受け、木原氏は会見で「報告書は、養子となり皇族となるものは、皇統に属する男系男子に限ることが適切だとなっている」と説明。「答弁はこれを踏まえたものだ」と述べた。 [時事通信社]

首相「私に恥かかせるな」 関税交渉担う赤沢経産相に

高市早苗首相は27日の衆院予算委員会で、米国の新たな関税措置を巡り、交渉を担当する赤沢亮正経済産業相に「『私に恥をかかせるな』と言ったよね」と迫る一幕があった。3月に予定するトランプ米大統領との首脳会談を念頭に「私がトランプ氏と堂々と渡り合えるように働くのが赤沢氏の仕事だ」とも述べた。
首相は、答弁する演壇から閣僚席に座る赤沢氏を見つつ「赤沢氏に申し渡した」と語った。米国との交渉に関し「日本も約束を守るわけだから、向こうにも守ってもらわなければいけない」と強調した。中道改革連合の後藤祐一氏への答弁。

消費税減税「国民会議」参政党は”門前払い”…自民党のずさんな対応に「一党独裁」の指摘

高市早苗首相が選挙時に突如掲げた、食品消費税の減税についての検討を加速するという公約。「社会保障国民会議」の初会合が2月26日、総理官邸で実施された。開催に際して各政党に参加を呼びかけたとのことだが、野党から参加したのは「チームみらい」のみ。高市首相は「与野党の垣根を超え、思い切ってやろう」と強調したものの、初会合はわずか10分程度で終了してしまった。
参政党は「門前払い」
尾崎正直官房副長官は「(参加を)粘り強く呼びかける」と述べているが、今回不参加となった野党側はどういった心づもりなのだろうか。
「国民民主党と中道改革連合は、会合直前に相次いで不参加を表明しました。どうやら、自民党側の“本気度”に不信感があるようですね。消費税減税が実現しなかった場合に、野党に責任を負わせるつもりなのではとの懸念を抱いています」(政治ジャーナリスト)
国民民主と中道に対しては、今後も引き続き参加を呼びかけていくとのことだが、そもそも呼ばれなかった政党もある。参政党の神谷宗幣代表は20日、会見で「小さな声をしっかり聴くとか言いながら、我々は呼ばれていないので」と明かした。
神谷代表が自民党役員になぜ呼ばれないのかを聞くと、「食品の消費税の減税に反対しているから」だと返答があったという。では、“こういうことは言うな”といった条件付きでもいいと提案もしたが、それでも「入れる気はない」と門前払いだったそうだ。一連の対応を受けて神谷代表は、「ある程度下打ち合わせができる党だけ呼んでですね、“やった”というアリバイを作るということになるんではないかと思います」と推測する。
こうした自民党の姿勢に対して、国民民主党の玉木雄一郎代表は「賛成しているところだけを入れるんじゃなくて、慎重な人も入れて丁寧な合意を形成するということが、議論をやっていく上では筋かなと思います」と主張。中道の重徳和彦国対委員長も「『国民会議』に値する会議にするには幅広く各党の参加を求めるべき」と苦言を呈している。
「26日の参院本会議でも、立憲民主党の斎藤嘉隆議員が国民会議への参加を要請されていないことを高市首相に追求しています。首相は“今日の正午の段階で御党にもお声がけをしている”と回答したのですが、後に“御党にはお声がけしていませんでした”“他党にお声がけしたことで誤認をした”と訂正。ずさんな対応に、“なんだよそれは!”などとヤジが飛び交っていました」(前出・政党関係者)
呼ばれていない党や門前払いされた党があるなど、なんともモヤモヤ感が拭えない今回の国民会議。世間からも、「そもそも何で国会でやらないのか。ただ“議論しました”パフォーマンスをやりたいだけだろ」「この件で自民党の一党独裁が方向づけられた」「反対する党を入れないって、要するに自民党がやりたいようにしたいからだよね?」「あくまで任意の検討会なのに、国民会議って名称がそもそもおかしい」「本気で減税する気がないんだろうことが、この対応でよく分かる」といった声が上がっている。
次回の出席者は一体どうなるのか。ただのパフォーマンスにならないよう、今後の「国民会議」を注目し続けたい。

ライターで自室に火をつけ飛び降り自殺か… 死亡した38歳男性を放火容疑で書類送検 京都・伏見区の市営住宅で去年8月発生の火災

去年8月に京都市伏見区の集合住宅で発生した火災をめぐり、自室に火をつけた後に飛び降り自殺した疑いが強まったとして、京都府警は、死亡した住人男性(38)を放火の疑いで書類送検しました。

去年8月26日夜、京都市伏見区向島清水町の市営住宅で火災が発生し、火元となった7階の1部屋が全焼。同じ階や上の階の隣接する部屋にも延焼しました。

この火災の際、建物の東側地面に住人男性(38)が倒れているのが見つかり、搬送先の病院で死亡が確認されていました。他にけが人はいませんでした。

京都府警伏見署は、2月19日付けでこの男性を現住建造物等放火容疑で書類送検しました。ライターのような物で7階の自室に火をつけて施錠し、その後、建物の外階段の10階部分から飛び降りた疑いが強まったということです。