解散現実味…野党は準備急ぐ 立憲が公明に選挙協力要請 国民民主「経済後回しだ」

1月解散が現実味を帯びる中、野党は候補者の擁立や選挙協力などの準備を加速させています。先月、年収の壁引き上げなどで自民党と合意文書を交わした国民民主党は、「経済後回し解散」だと批判を強めています。
【画像】「大義がない」立憲民主・野田代表が批判
国民民主「経済後回しだ」
派手な音楽がかかる中、国民民主党の玉木雄一郎代表は駆け足でステージに上がりました。
国民民主党 榛葉賀津也幹事長

「おい玉木!おい玉木!皆さんに心配ばっかかけるんじゃないよ」
プロレス風の演出で、自身の政治資金パーティーを盛り上げました。
国民民主党 玉木代表

「もう一度より大きく日本の政治を変えていきたい。そう思っているんです。そのためには、我々はもっと強く大きくなっていかなければなりません。と言っていたら、どうやら選挙になりそうです。タイミングいいんですよ。ここで選対会議できますからね」
通常国会冒頭で解散が検討されていることについて、玉木代表は「経済後回し解散」と批判しています。
「与党が有利な時に解散する仕組みが良いのかどうか、考えていかないといけない。実際、前回の衆院選挙からまだ1年と3カ月ですから」
去年12月に自民党と合意した「年収の壁」の引き上げについても、早期の実施を求めました。
「年度内に予算や法案が通ることによって、国民の皆さんに早く政策の効果が届く。国民のためにも、両党間の合意が守られることを期待をしています」
立憲が公明に選挙協力要請
12日、立憲民主党の野田佳彦代表と公明党の斉藤鉄夫代表は、都内のホテルで会談し、選挙協力に向けた意見交換を行いました。
野田代表から「中道改革で一致する両党で選挙でも協力ができないか」と呼び掛けたのに対し、斉藤代表は、「これまでよりも高いレベルでの連携をしていく」と応じました。
立憲民主党 野田代表

「経済や物価高対策と言いながら、それとは違う政治空白を作る動きがあったということは、何か心配なことがあって解散せざるを得なくなっているのではないか。大義がないんですよね」
去年7月の参議院選挙で躍進した参政党の神谷宗幣代表は、1月解散に前向きです。
参政党 神谷代表

「高市総理がやりたい政策を実現するためには、参政党が飛躍した方が良いと我々考えているので、我々の飛躍が実は高市政権を後支えするのではないかという感覚」
れいわ新選組や共産党、日本保守党も選挙準備を急ぐ考えを示しています。
(「グッド!モーニング」2026年1月13日放送分より)

早大が大学院生5人の入学取り消し 中国人による組織的不正事件でTOEIC結果が無効に

英語能力試験「TOEIC」を巡る不正事件に関連して、早稲田大は大学院生5人の入学を取り消したと発表した。大学院入試の際に提出されたTOEIC試験結果が無効になったことが確認されたとしている。昨年または一昨年の入学者とみられる。
このほか、大学院に合格して入学しなかった3人の合格を取り消した。また、合格しなかった学部入試の3人、大学院入試の41人について不正行為と認定した。うち1人は学部在籍者で、無期停学処分とした。
所属や出願先、国籍などは公表していない。入学取り消しは除籍と違い、入学そのものがなかったことになる。
TOEIC不正事件を巡っては、筑波大や東京理科大も入学や合格の取り消しを発表している。
不正事件は、昨年5月に東京都板橋区のTOEIC試験会場で中国籍の京都大大学院生が現行犯逮捕されたことで発覚。この大学院生は繰り返し受験し、小型無線マイクを通じて会場内の他の中国人受験者に解答を伝えていたとされる。TOEIC運営側は、令和5年5月~昨年6月に受験し、不正が疑われる803人の試験結果を無効にしていた。

市営葬祭センターに喫煙所を新設へ…火葬の心的ストレスで「喫煙欲求は理解できる」

「親族等の火葬による心的ストレスで喫煙欲求が生じることに一定の理解ができる」――。長野県松本市は、受動喫煙防止条例の区域に指定する市営葬祭センターの敷地内に、指定喫煙所を設ける。敷地外で喫煙する利用者がいて、周辺住民から苦情が寄せられていた。
葬祭センターは、松本駅から約2キロの市中心部の小高い場所にある。1997年に使われ始めた際は、建物内に喫煙所があった。2019年7月の条例施行に合わせ喫煙所を廃止し、敷地内を全面禁煙にした。
市営霊園も隣接し、利便性が高いことから、利用件数は年々増加。23年になると付近の施設から、利用者の敷地外喫煙への苦情が寄せられるようになった。苦情件数は23~25年度に延べ18件に及び、監視カメラを設置する施設も現れた。
苦情を受け市も、禁煙を呼びかける看板を置き、チラシを配るなどして利用者の啓発を図ってきた。しかし、敷地内外の吸い殻は減らず、苦情は、敷地内の喫煙所設置を求める陳情へと発展する事態となった。
市環境保全課によると、24年度の利用件数は約3000件に上る。団塊世代が75歳以上の後期高齢者に入ったことから、件数の右肩上がりは当面続くと判断。市健康づくり推進協議会で協議し、敷地屋外に指定喫煙所を設けることにした。
高さ2・1メートル、縦2メートル、横3メートルの囲いで、5人程度の利用を想定。設置費用の数百万円を26年度当初予算に盛り込む予定。同課は「心的ストレスに加え、数時間の待機が必要な状況により、喫煙欲求が生じることに一定の理解ができる。指定喫煙所の設置により、無秩序な喫煙と火災リスクを低減できる」としている。

警察官にバイクが減速せず突っ込む 運転手の男がバイク乗り捨て逃走 警察は殺人未遂事件として捜査 大阪・堺市

1月12日、堺市の路上で、交通事故の処理をしていた警察官にバイクが突っ込み、警察官が軽傷を負いました。運転手の男はバイクを乗り捨て逃走したということです。

警察によりますと、12日午後5時すぎ、堺市南区美木多上の路上で、ヘルメットをせずにバイクを運転していた男を、別の交通事故の処理をしていた男性巡査長(44)が発見しました。

巡査長が停止させようとしたものの、男は減速せずに巡査長に衝突。巡査長は左ひざを打撲し、全治1週間の軽傷を負ったということです。

男はその後、スクータータイプのバイクを乗り捨て南に逃走したということですが、バイクにはナンバープレートが付いていなかったということです。

男は黒っぽい上着に灰色っぽいズボンを履いていて、若い男だということで、警察は殺人未遂などの疑いで男の行方を追っています。

「フリーズ」留学中の息子奪った銃弾、帰りの機内で母に聞こえた「使命」…「泣いてばっかおらんと何かやってくれ」

大統領に「銃社会NO」
米国から日本へ帰る飛行機の機内。薄暗がりの中、気づけば起きているのは自分だけだ。ふと、声がした。「泣いてばっかおらんと、何かやってくれ」。服部美恵子さん(78)=当時44歳=の耳元で、確かに息子がそう語りかけてきた。
息子の剛丈(よしひろ)さん=同16歳=を米国留学に送り出したのは1992年8月。2か月後の10月17日夜、息子はハロウィーンパーティーの訪問先を間違え、「フリーズ(動くな)」と警告してきた住人の男に射殺された。
引き取った遺体は今、飛行機の貨物室にある。だがその声に、「剛丈の死をこのまま終わらせてはいけない」と直感した。ノートとペンを取り出し、銃規制を訴える文章を無我夢中で書き記した。宛名は米国大統領。撃った男への憎しみはなくなっていた。(社会部 浜田萌)
その場所がどこだったのか、はっきりとは覚えていない。ただ、広々とした空間に、剛丈(よしひろ)さんが穏やかな顔で横たわっていたことは記憶している。体に触れると彫刻のように冷たく、硬い。まだ16歳の剛丈に留学を勧めたのはこの私だ。「許して!」。服部美恵子さん(78)は息子の遺体に取りすがり、叫び声をあげた。
名古屋市の自宅で小さな英語塾を営み、1975年、自動車部品会社の技術職だった夫の政一(まさいち)さん(78)との間に、長男の剛丈さんをもうけた。姉と弟に挟まれてひょうきんな子に育った剛丈さんに留学を提案したのは、「自由の国アメリカを見て、差別意識や偏見を持たない人間になってほしい」と考えたから。92年8月、「アメリカを第二の故郷にしたい」と希望に胸を膨らませる息子を笑顔で見送った。
事件は同年10月17日夜に起きた。その日、剛丈さんは米南部ルイジアナ州バトンルージュで、ホームステイ先であるヘイメイカー家の長男ウェブさん(当時16歳)と一緒に、別の留学生の滞在先で開かれるハロウィーンパーティーに招待されていた。民家の呼び鈴を鳴らした2人。が、そこは違う家だった。訪問先を間違えたのだ。
「フリーズ(動くな)」。開いた扉の向こうで住人の男が警告した。その意味を理解できなかったのか、剛丈さんは歩みを止めない。次の瞬間、男が放った1発の銃弾がその左胸を撃ち抜いた。
帰国の機内、「剛丈の声」聞き無心で請願書
信じがたい知らせを受け、美恵子さんは政一さんと米国に向かった。遺体との対面、急きょ開いた記者会見、教会での追悼式。嵐のような5日間が過ぎ、剛丈さんの遺体を引き取って日本へ帰る飛行機に乗り込んだ。
様々な思いが駆け巡る。もしもあの子が「フリーズ」の意味を分かっていたら。銃がちゃんと見えていれば……。「たられば」ばかりが浮かんでは消える。
こうも思った。そもそも銃がなければ、息子が死ぬことはなかったはずだ。一般市民が銃を所持しているという事実の異常さ、怖さ。撃った男も銃社会の犠牲者の一人なのかもしれない。16歳の子どもを銃で殺すことができる社会など、絶対におかしい――。
その時、確かに聞こえた「何かやってくれ」という息子の声。まさに「天から降ってきた」感覚だった。「剛丈がこの世に生きた証しとして、何か仕事をさせてやりたい」。撃った男を責めても、問題は解決しない。日本人から見た、銃社会の異常さを変えたい。自分でも驚くほど冷静に、今やるべきことを見定めていた。
機内で、「アメリカの家庭から銃の撤去を求める請願書」を書き上げ、帰国翌日の通夜で、清書した請願書を弔問客に配って署名を集め始めた。ごく普通の一般人である私が、こんな大それたことをするなんて。「剛丈に動かされている」。そう感じた。
ホスト夫妻と絆、署名180万筆集め…規制訴える
共に署名運動に動き出した人がいた。ほかでもない、剛丈さんのホームステイ先だったヘイメイカーさん夫妻だ。
「預かっていたヨシを死なせてしまった」。事件後、妻のホリーさん(81)は罪悪感に打ちのめされていた。申し訳なさで、服部さん夫妻と目を合わせることすら怖い。それなのに、日本から駆けつけた美恵子さんと政一さんが最初に発した言葉は「ウェブ君は大丈夫?」「息子を世話してくれてありがとう」。胸が張り裂けそうだった。
最初に行動を起こしたのは、夫のリチャードさん(85)だった。米国では当初、ヨシが射殺されたニュースは地元紙が小さく扱っただけ。「銃は狩猟用に限定されるべきだ」とニューヨーク・タイムズに寄稿し、自ら署名集めを始めた。全米各地の銃規制団体にも呼びかけ、それまでバラバラだった団体の活動を一つの大きなうねりにつなげた。
海をまたいだ二つの家族の願いは、93年11月、クリントン米大統領(当時)との面会という形で結実する。服部さん、ヘイメイカーさんの両夫妻らがホワイトハウスに招かれ、日米で集めた計約180万筆の署名の一部を大統領に手渡した。大統領は「銃暴力はなくさなくてはならない」と力強く語り、直後に、米議会で銃購入希望者の犯罪歴確認を義務づける法律が成立した。
この年、服部さん夫妻は「銃がなくても安心して暮らせることを知ってもらいたい」と、剛丈さんの死亡保険金などを原資に、米国からの留学生を支援する「YOSHI基金」を設立。夫妻は度々米国に赴いて銃規制を訴える集会に参加し、日本でも講演を重ねた。息子を失った悲しみ、苦悩、後悔は消えない。美恵子さんは活動に打ち込むことで、なんとか心のバランスを保っていた。
一方で、家族の間には微妙な溝が生まれていた。
自分は活動にすべてをささげているのに、政一さんは相変わらず仕事で忙しくしている。「どうして親なのに、務めを果たさないのか」と責める気持ちが募り、ささいなことで夫婦げんかが増えた。長女と次男に対しても、「なぜこんなに平気な顔をして普通の生活を送れるんだろう」となじる思いさえ抱くようになっていた。
家族が無関心だったわけではない。次男の朗さん(47)は事件当時、中学3年生。母の精力的な活動に「自分は何もやっていない」と引け目を感じつつ、受験を控え、「自分の人生を生きたい」という気持ちも交錯していた。
自宅には、「米国への内政干渉では」と批判したり、毅然(きぜん)とした態度の美恵子さんを「なぜ泣かないのか」ととがめたりする匿名電話もかかってきた。活動の裏で、美恵子さんの心には孤独感が膨らんでいった。
留学生招く基金、安心な日本知ってもらう
「Always with you(いつも共にいます)」。そんな時支えてくれたのが、ヘイメイカーさん夫妻だった。お互いの近況をファクスでやりとりし、米国にも日本人留学生の悲劇を悼み、銃規制を求める声が多くあることを折に触れて伝えてくれた。
救いはほかにもあった。剛丈さんを撃った男は刑事裁判で無罪となったが、民事裁判では正当防衛が認められず、全面敗訴した。
YOSHI基金で米国から受け入れた若者たちも育ってきた。2007年にバトンルージュから日本に留学したマシュー・プルッツさん(35)は「銃を持たない日本社会に触れ、身を守るために銃を持つアメリカ人に、銃はむしろ危険を増やしていると伝えていくべきだと学んだ」。
月日がたち、必死に活動にひた走ってきた美恵子さんの心にも余裕が生まれ始めた。「親としてやるべきことをやる」との決意で、時には仕事を休んで講演や集会に一緒に参加してくれた政一さん。署名集めに奔走した剛丈さんのクラスメートたち。孤独を感じていたけれど、振り返れば、味方はたくさんいた。
小さな声、上げ続ければ「きっと変わる」
事件から30年を迎えた22年秋、美恵子さんと政一さんは活動に一区切りをつけた。夫婦ともに古希を過ぎ、「そろそろ休もうかな」と心の中でつぶやくと、「よく頑張ったね」と、剛丈さんのあの声がまた聞こえた気がしたからだ。活動団体の代表者を、米国史を研究する名古屋市立大学准教授の平田雅己さん(57)に引き継ぎ、自分たちは次世代を支える側に回った。
これまでYOSHI基金で受け入れた留学生は34人。剛丈さんが通っていた愛知県立旭丘高校では、同校の生徒と留学生が銃規制について議論する交流会が15回を超えた。平田さんは「主張を押しつけるのではなく、相手の意見を尊重しながら自分の意見を伝える。分断社会が懸念される現代にあって、服部さん夫妻の対話の仕方から学ぶべきことは多い」と感じている。
25年11月、美恵子さんと政一さんは4年ぶりにオンラインでヘイメイカーさん夫妻と顔を合わせた。美恵子さんの趣味である絵や野菜づくり、ホリーさんとリチャードさんの孫の成長など、たわいもない会話に花が咲く。
実は、ヘイメイカーさん夫妻にも4年ほど前に悲劇があった。目の前で剛丈さんが撃たれるのを見たウェブさんが46歳で自ら命を絶ったのだ。心理療法士として働いてきたが、事件後ずっと心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんでいた。
お互いにあの1発の銃弾に息子を奪われ、「銃なき世界」を求めて活動してきた二つの家族。米国では現在も毎年のように銃の乱射事件が起き、23年の銃による死者は自殺者も含め4万6000人以上に達する。「身を守るために銃を持つという意識は根強く、それは簡単に変わらないと私も分かっている」。息子が「第二の故郷に」と夢見た米国が、間違った方向に進んでいるようにも感じる。
それでも美恵子さんには一つの信念がある。米国社会の現状を嘆くヘイメイカーさん夫妻に、画面越しにこう語りかけた。
「剛丈が死んで33年。息子のおかげで学びました。『私たちの声は小さくても、言い続ければきっと変えられる』。それをあなたに伝えたい」
はまだ・もえ 2010年に入社し、現在は東京社会部に所属。米国での取材の際、ヘイメイカーさん夫妻に服部さん夫妻とのオンライン通話を提案した。悲劇を絆に変えた、二つの家族の強さと優しさを見た。38歳。

菊間千乃弁護士「ラブホテル問題は一生ついて回る」再選の小川晶前橋市長に注文とエール

元フジテレビアナウンサーの菊間千乃弁護士は13日、テレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」(月~金曜午前8時)に出演。市職員(すでに退職)とのラブホテル面会問題が発覚した小川晶前市長(43)の辞職に伴う12日の投開票の群馬県前橋市長選で、小川氏が再選されたことをめぐり、「ラブホテル問題というのは(小川氏に)一生ついて回るワードになってしまった。その中でやっていくのは大変だと思うが、市民が選んだわけですから、頑張っていただきたい」と述べた。
出直し市長選には5人が立候補したが、小川氏は、投票締め切りと同時にNHKで当確が出る、「ゼロ打ち」で再選確実になった。ただ、票数は6万2893票で、次点となった弁護士の丸山彬氏(40)の5万2706票とは約1万票差。最終的には「迫られた」形の票差となった。
番組では、再選を決めた小川氏のコメントを報じた上で、再選には市民から賛否の声があることを伝えた。見解を問われた菊間氏は「今回のこと(ラブホテル問題)があって、小川さんお話を聴いて、納得した方もいただろうし、市長としての実績を評価して市政を進めて欲しいと言う方もいての勝利になったと思う」と指摘した上で、「丸山さん(の票数に)3位、4位の候補者の票を足すと、小川さんと同じくらいの票数になる。市民の半分くらいの方は納得していない」と、票差に表れた「民意」に触れた。
菊間氏は「元々の政策の違いだけではなく、今回のことも、という方もいるだろうと思う」と、市民の間で小川氏への評価が事実上二分されている実態にも触れた上で、「(小川氏はこれからも)説明していくとおっしゃっていたが、これからの市政によって、きちんと示していくことですよね」と口にした。

国際ロマンス詐欺の標的になった75歳・認知症の母。300万円を送金したことも忘れ…「そんな話、知らない」

’25年10月までにSNS型投資・ロマンス詐欺の被害総額は約1370億円に上る(警察庁発表)。その“標的”として急増しているのが認知症高齢者だ。長寿大国に生まれた新たな社会的危機。あなたの両親は、大丈夫か?◆子供より「詐欺師」の言葉を信じてしまう親たち 厚生労働省の推計によれば、65歳以上の認知症患者はすでに約700万人。そんな中、今、静かに広がっているのが、認知症高齢者の判断力の低下と孤独につけ込み、「恋心」を餌に老後資金を吸い上げる国際ロマンス詐欺だ。 ’25年のお盆、仙台の実家に帰省した会社員・高島大地さん(仮名・43歳)は、75歳になる母の異変に背筋が凍ったと打ち明ける。「実家に帰るなり、母が『ウクライナに困っている人がいるの』『助けないと命が危ない』と、同じ話を何度も繰り返すんです。相手の職業を聞くと、ある時は医師、ある時は国連職員。話の辻褄が合わない。でも同居している親父は『母さんは昔から天然ボケだから』と、深刻には受け止めてなくて……」 母は2年前、物忘れ外来で軽度認知症の初期段階と診断されていた。家事は問題なくこなせていたため、家族の警戒心は次第に薄れていった。 その“隙間”に入り込んだのが、母のインスタグラムに届いた一通のメッセージだった。「ガーデニングが趣味で写真を投稿していた母に、『あなたの花が戦場の希望だ』という外国人男性からDMが届いたそうです。母はそこから、一気にのめり込んでいきました」◆送金した記憶すら抜け落ちる 後になって振り返ると、詐欺師は「普通なら気づく違和感」を、母が見逃してしまう状態を正確に見抜いていたように思えるという。「肩書がコロコロ変わるとか、話が少しずつズレていくとか、普通なら一度は疑うはずなのに……違和感を覚え続ける力が、認知症で少しずつ弱っていたんだと思います」 やりとりを重ねるうち、母の中には恋愛感情が刷り込まれていった。「ある日、通帳を見て血の気が引きました。親父が定年まで勤め上げて貯めた退職金口座から、合計で300万円が送金されていたんです。慌てて父に知られないよう自分の貯金で穴埋めし、母に『これは詐欺だよ』と問い詰めました。でも母は『助けてあげただけよ』と」 送金の事実は、記憶からごっそり抜け落ちていた。「具体的な日時や金額を示しても、しばらくすると『そんな話、知らない』に戻ってしまう。騙されたという自覚そのものが、消えていました」

さいたまスーパーアリーナ、大規模改修で最大1年半の休館へ…エレベーターや音響設備の更新で139億円計上

スポーツや音楽など、幅広い用途で活用されてきたさいたまスーパーアリーナ(さいたま市中央区)が大規模改修工事のため、13日から最大で1年半休館する。老朽化に伴う音響設備などの更新を行うためで、2000年の開館以降、長期休館は初めて。
スーパーアリーナは最大3万7000人を収容できる県有施設。県はエレベーターやエスカレーター、音響設備などの更新費用として、139億円を計上している。
大規模イベント向けの「スタジアム」や「メインアリーナ」などは、壁や床が可動することで、客席数を増減できる作りだ。これまで多くの展覧会やスポーツ、音楽イベントなどで親しまれており、東京五輪ではバスケットボールの会場にもなった。11年の東日本大震災直後には、福島県双葉町の町民約1200人を受け入れ、避難所としても機能した。
さいたま市の成人式(二十歳の集い)も、02年からスーパーアリーナで行われてきた。市は休館にあたって、27年の二十歳の集いを埼玉スタジアム(同市緑区)で開くことを検討している。
現在、県はスーパーアリーナの命名権(ネーミングライツ)を公募中だ。希望契約額は年5億円以上で、3月末までの契約締結を目指している。締結されれば、休館明けには愛称の使用が始まりそうだ。
休館中でも、中・小規模イベント向けの「展示ホール」や隣接する「けやきひろば」などは使用できる。

のぞき穴から冬眠するクマ観察、相次ぐ出没で例年以上の注目…寝室の隅で丸くなる姿「寝息でも聞こえるかと」

盛岡市動物公園「ZOO(ズー)MO(モ)」で、飼育員が冬眠するクマの生態などを解説する「ニホンツキノワグマの冬眠ガイド」が開催されている。同園によると、冬眠中のクマを観察できる動物園は全国的にも珍しく、人里に相次ぐクマの出没で例年より注目が集まっているという。2月15日まで。
同園では、できる限り野生の生態に近い形で暮らしてもらおうと、1989年の開園当初からクマを冬眠させている。飼育されているのはツキノワグマの成獣で雌の「姫」と「リオ」。2頭は昨年12月中旬に冬眠に入ったという。
11日は、県内外から5組が参加。飼育担当から説明を受けながら、寝室ののぞき穴からライトをかざし、真っ暗な寝室の隅で丸くなって冬眠しているクマの様子を観察した。
参加した盛岡市の団体職員(53)は「寝息でも聞こえるかと思ったが、微動だにしない。飲まず食わずで冬眠する動物のすごさに驚いた」と目を丸くした。
冬眠ガイドは1組15分程度で、料金は1組1000円(税込み)。土日・祝日の開催で、1月は満員の日もあるが、2月は空きがあるという。

万博閉幕3か月、衰えぬ「ミャクミャク」人気…記念撮影の倍率100倍超「あの興奮よみがえる」

大阪・関西万博の閉幕から13日で3か月となる。公式キャラクター「ミャクミャク」の人気は衰えず、各地で行われるグッズ販売には行列ができている。話題になった各国グルメを提供する店も登場しており、万博の余韻を楽しみたい人たちを引きつけている。(藤本将揮、福井支局 加藤優衣)
JR福井駅(福井市)の土産物店で10日、万博のオフィシャルグッズを売るコーナーが、25日までの期間限定でオープンした。北陸新幹線で東京からもファンが駆けつけ、開店前には約150人が列を作った。
店にはキーホルダーや菓子など約50種類が並び、黒とグレーの「黒ミャクミャク」のぬいぐるみなどは午前中に完売した。10日未明から並んだという兵庫県西宮市の会社員女性(43)は「ずっと買えなかった商品を入手でき、福井まで来たかいがあった」と笑顔で話した。
期間限定のショップは今月18日から富山市で、2月には金沢市でも開店する。一方、今月18日に閉店する大丸梅田店(大阪市)のショップは駆け込みの客でにぎわっており、品定めしていた大阪府豊中市の派遣社員の女性(49)は「まだまだグッズを集めたい」と話していた。
関西電力本店ビル(大阪市)で10日に行われたミャクミャクとの記念撮影は、90組の応募枠に9329組から申し込みがあり、倍率は100倍超に。大阪府門真市のパート従業員の女性(43)は「万博へは32回行った。こうしてミャクミャクに会うと、あの興奮がよみがえる」と話し、長女(4)と記念写真に納まっていた。
各国の食文化を伝えたメニューを継承する飲食店も現れている。
クウェート館のレストランで腕を振るったシェフは昨年12月、羊肉料理など万博の味を持ち帰れるテイクアウト専門店「エキスポ・クウェート・キッチン」を大阪市中央区に開店した。
神戸市中央区のルーマニア料理店「Conte」では、ルーマニア館にあったレストランから移したテーブルや椅子を置き、万博で提供した郷土料理を味わえる。
フランス館に出店したパリ発祥のパン店「メゾンカイザー」は、万博会場で約15万個を売り上げた特別レシピのパンのうち3種をルクア大阪店(大阪市)とJR京都伊勢丹店(京都市)の2店で販売している。手間や時間がかかり、各店とも製造は1日50~60個が限界だが、反響は大きく、今月末だった終了期間の延長を検討しているという。
大阪・うめきたにあるレストラン「A dining」は、マレーシア館で話題を呼んだ国民食「ロティチャナイ」を10月下旬から提供している。現地人スタッフが生地を空中で回して作るパフォーマンスが人気になった薄焼きのパンで、カレーをつけて食べる。1日50食限定で、2月まで予約が埋まっているという。
店を運営するヤスミン・ビンティ・アブドゥラさん(33)は「タイやベトナムの料理のように、マレーシア料理の知名度をあげていきたい」と意気込む。