滋賀県は11日、今年1月に行った新型コロナウイルスのPCR検査で、陽性の1人を陰性、陰性の1人を陽性と取り違えるミスがあったと発表した。誤って陰性とされた人からの感染拡大はなかったとしている。
県衛生科学センター(大津市)で1月21日に検査し、翌22日に陽性が判明した10人分を名簿に記載する際、取り違えた。陰性とされた人は別の感染者の濃厚接触者だったため、自宅待機を求めた。陽性とされた人は10日間、不要な宿泊療養をしたという。
陽性者の検体を国立感染症研究所へ送るため、今月4日に検体に記された氏名と名簿を照合していて誤りが判明。1月は感染者が多く、複数人でのチェックができていなかったという。
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東北新社の認定取り消しへ 衛星放送、総務省に「重大瑕疵」
武田良太総務相は12日の記者会見で、放送事業会社「東北新社」への衛星放送事業の認定を取り消す方針を明らかにした。放送法の規制に違反し、外資比率が20%以上だったにもかかわらず総務省が認定した2017年1月の手続きに「重大な瑕疵」があったと認めた。総務省は取り消しに関する聴聞を17日に非公開で行うと発表。事業承継した子会社の東北新社メディアサービスに弁明を求める。
取り消し対象はBS放送「ザ・シネマ4K」。総務省は、有価証券報告書など公開資料で外資比率20%以上となっていることを担当者が知らなかったと説明。武田氏は「重く受け止め、対応を検討する」と述べた。
元グラドル森下千里氏を自民党が担ぎ出す理由…「第2の杉田水脈」と評する声
自民党が次の衆院選に元グラビアアイドルの森下千里氏(39)を擁立するという。すでに宮城県第5選挙区の支部長に内定していて、14日にも出馬会見を開く予定で調整中と報じられた。
擁立は宮城県連主導だが、党内では「第2の杉田水脈になるんじゃないか」と評する声もあるという。
どういうことか。参考に森下氏のツイッターを見ると、政治的な発信はほとんどなかったが、今年2月に突然、<トランプ前大統領が人権問題に力を入れていたのは周知の事実>とツイート。
最近になって、政治家では杉田水脈衆院議員や足立康史衆院議員、和田政宗参院議員らをフォローしているのも分かる。ジャーナリストの桜井よしこ氏や有本香氏、ケント・ギルバート氏の名前もあった。安倍前首相を熱心に支えてきた顔ぶれだ。
「宮城県連の顧問を務める和田政宗議員が森下氏の後見役なのです。その関係で、和田議員や杉田議員に近い考え方に共感しているのかもしれません」(自民党関係者)
第2の杉田水脈を目指すのか
これまで、「LGBTは生産性がない」「男女平等は反道徳の妄想」などの発言で何度も物議を醸してきたのが杉田氏だ。8日の「国際女性デー」に発表された「政治家のジェンダー差別発言」では、国際的な問題になった森喜朗東京オリ・パラ組織委前会長の女性差別発言を抑え、堂々のワースト1位に輝いた。
昨年9月、党の非公開会議で性暴力被害者への支援をめぐり、杉田氏は「女性はいくらでもウソをつける」と発言。これが報じられると、被害女性に対する深刻な差別で、セカンドレイプだと非難が相次いだ。
元TBS記者からの性暴力被害を訴えているジャーナリストの伊藤詩織氏についても、杉田氏は英BBCの番組で「女として落ち度がある」と発言。伊藤氏から訴えられている。
ちなみに、準強姦容疑で書類送検された元TBS記者が不起訴になった件について、検察審査会が「不起訴相当」と議決した際には、和田氏と足立氏が当の元記者と一緒にネット番組に出演して祝杯を挙げていたものだ。
そういうメンメンに共感しているのなら、森下氏は「第2の杉田」になり得る素質を見込まれたということか。
淡路観光ホテル「釣りバカ社長」密着評判の深夜エステ店で無自覚なエロ行為
自ら「釣りバカ社長」を名乗る2代目御曹司は夜釣りではなく、深夜にこっそり「エステ通い」をしていた。
メンズエステ店で女性店員の下半身を触ったとして、淡路島観光ホテル社長の上村雄二郎容疑者(46)が9日、強制わいせつの疑いで兵庫県警葺合署に逮捕された。
上村容疑者は同日午前2時15分~30分ごろ、神戸市中央区のメンズエステ店で施術を担当した女性店員(25)のパンティーに手を突っ込み、指で陰部を触った。
驚いた女性店員が別の場所にいた店長に電話で助けを求め、店長が止めに入り、上村容疑者は通報で駆け付けた署員に逮捕された。
「店はマンションの一室にあり、上村容疑者は部屋で女性と2人きりやった。女性は胸の開いた色っぽいワンピース姿で、超ミニスカートやったわ。店側はあらかじめ、『風俗店ではない』と念を押しとったそうやが、その店は女性セラピストが全身を駆使して体の隅から隅まで施術をしてくれるらしいわ」(捜査事情通)
料金は120分で1万3000~2万円。朝の5時まで営業していた。
「コースは3つに分かれとって、それなりの理由があるそうや。高くなるほど普通のエステ店にはない、2人の密着度が増す施術になっとるらしい。濃厚なサービスに我慢でけへんようになって、つい手が伸びたんちゃうか。ただ社長のエステ通いは今にはじまったことやないみたいやけどな」(前出の捜査事情通)
調べに対し、上村容疑者は「間違いありません」と容疑を認めているという。
■31歳で老舗ホテルの社長に就任
上村容疑者が社長を務める淡路島観光ホテルは1962年創業。東京都出身の上村容疑者は成蹊小から中、高、大と進み、大卒後、JTBに就職。その後、祖父が経営していたホテルに転職し、31歳で2代目社長に就任。洲本ガスの代表取締役も兼任している。
「後継者だった叔父さんが病死したため、上村さんが養子に入り、後を継いだそうです。とにかく釣り好きで、ホテルの前をプライベートな釣り場に整備し、夜釣りができるよう照明設備まで完備した。『日本一のフィッシングホテル』としてメディアなどにも取り上げられ、本人も釣り専門紙でコラムを持っています。船を所有していて、釣り三昧の日々を送っていました。子供たちと楽しそうに釣りをするなど、家族思いのいいパパという印象でしたが……」(地元関係者)
新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、淡路島も観光客や宿泊客が激減。淡路島観光ホテルも1月18日から3月11日まで臨時休業となり、約110人の従業員は不安な日々を送っている。そんな中、海を渡ってわざわざ神戸まで出掛け、深夜のエステ店でエロ行為とは、「一体、何をやっているんだ」というのが従業員たちの本音だろう。
東北新社、放送事業認定取り消しへ 外資20%規制に違反
放送事業会社「東北新社」が、外国資本の出資比率が20%を上回り、放送法に違反しているとされた問題について、武田良太総務相は12日、衛星放送事業認定の取り消しに向けた手続きを進めると明らかにした。認定を申請した時点で外資比率が20%以上あり、放送法に違反していたことが判明したという。総務省によると、放送事業者が一度認められた認定を取り消されるケースは平成19年に1例あるのみだという。
同社は平成29年10月14日に衛星放送事業を子会社の「東北新社メディアサービス」に事業承継しており、認定取り消しの対象は同社となる。同社は現在計4番組を放送しているが、認定取り消しの対象となる番組は「ザ・シネマ4K」のみで約700世帯が視聴している。
総務省は同社の認定取り消しについての聴聞を17日に非公開で行い、最終的な判断を下す。認定取り消し後に、放送も中止される見通しだが時期については未定だという。同社がケーブルテレビで流している同番組については取り消しの対象外となる。
総務省が東北新社の認定を最初に行ったのは平成29年1月。当時、外資比率の基準を満たしていると申請したが、実際は20・75%だったという。総務省に対し、東北新社は1%以上を保有する株主を足し合わせて申請したミスだと説明している。総務省も基準を満たしているかのチェックが不十分で、武田氏は総務省による放送事業認定にも「重大な瑕疵(かし)があった」と話し、チェック体制の強化について検討する考えを示した。
東北新社をめぐっては、総務省幹部が国家公務員倫理規程に違反する接待を受けたとして処分を受けており、放送行政がゆがめられるようなことがなかったか、第三者による検証を行う予定。
徳島・勝浦でまた恐竜の化石発見 白亜紀前期の地層から2点
徳島県立博物館(徳島市)は11日、勝浦町にある白亜紀前期(約1億3000万年前)の地層から、獣脚類のものと見られる肢骨(しこつ)など、2点の恐竜化石が見つかったと発表した。これまでに町で見つかった恐竜化石は計16点となった。今回の化石は、4月23日から県立21世紀館(徳島市)で一般公開される。
博物館によると、化石は2020年10、11月、勝浦町のボーンベッド(恐竜化石含有層)で発見された。一つは長さ約10センチ、幅約1センチで、骨の内部が空洞になっている特徴から、獣脚類の可能性が高いという。詳細な部位は不明だが、前脚か後ろ脚の一部で、全長最大約2メートルの個体と推定される。同じ地層で見つかった獣脚類化石では、18年に見つかったすねの骨(長さ約19・5センチ)に次ぐ大きさという。
もう一つは、筋肉と骨をつなぐ腱(けん)化石(長さ約4・5センチ、幅約0・6センチ)で、イグアノドン類など、腱組織を骨質化させる特徴を持つ鳥脚類の可能性がある。個体の大きさは不明。
また、18、19年は山の斜面下部で発掘調査したが、20年に斜面上部を調査したところ、今回の2点を含む多数の化石が見つかったため、ボーンベッドが斜面上部まで広がっていることが確認された。【岩本桜】
都内住宅街の公園、遊具やトイレに大量の「こびりつくもの」…完全除去は難航
東京都稲城市東長沼の市立
吉方
( きっぽう ) 公園で7日、遊具などに木工用接着剤と見られるものが大量にまかれているのが見つかった。市は器物損壊事件として警視庁多摩中央署に被害届を出し、現場周辺に防犯カメラを設置した。
市によると、7日午前、公園利用者から市に「公園に接着剤のようなものがまかれている」との通報があった。市土木課などで確認したところ、滑り台やトイレ、水飲み場などで大量にこびりついているのが見つかった。
現場は市役所にも近い住宅街。市ではまかれたものの除去を試みたが、完全に取り除くことが難しく、作業を業者に依頼している。
入試を欠席した大学から自宅に合格通知…別の受験生、誤って欠席者の席に座る
北九州市立大は11日、2月に実施した文学部の入試で、欠席した受験生に合格を通知していたと発表した。試験の際、この欠席者の席に別の受験生が誤って座り、試験監督の確認が不十分でミスに気づかなかったことが原因としている。
同大によると、ミスがあったのは文学部比較文化学科の筆記試験。席を誤った受験生は合格点に達しており、欠席した受験生の自宅に合格通知が届くなどして発覚。同大は欠席者に謝罪し、合格通知書を回収。席を誤った受験生に対しては謝罪するとともに合格を知らせたという。
同大は「大学全体の信頼を損ねるもので、深く反省している。再発防止に向けた取り組みを強化する」としている。
首都4知事に「不協和音」生んだ小池知事の独善 軋轢の遠因となった4知事の経歴と個人的関係
コロナ禍での緊急事態宣言への対応をめぐり、小池百合子都知事を中心とする首都圏4知事の間の不協和音が表面化している。 「ワンチーム」と「ワンボイス」を旗印に、政府のコロナ対応への影響力を誇示してきた4知事の仲間割れに、菅義偉首相らの反応も複雑だ。 政界では「首都の女帝とよばれる小池氏の独善的行動に対する他3知事の不信感が原因」(自民幹部)との見方が支配的だ。その背景には宿敵とされる菅首相と小池氏の主導権争いがあるとみられており、感染リバウンドに怯える国民の不安も拡大させている。 ■黒岩知事が暴露した小池知事とのやりとり 騒ぎの発端は3月7日の神奈川県の黒岩祐治知事の発言だった。同日午前の民放報道番組に出演した黒岩氏は、緊急事態宣言再延長をめぐる小池氏とのやり取りの詳細を暴露した。 黒岩氏によると、3月1日に小池氏から「延長せざるをえない」との電話があったが、黒岩氏は「もうちょっと数字が見たい」と態度を留保した。しかし、2日に小池氏が「2週間の延長要請」を記載した文書を示して「他の知事も賛成している」と通告。千葉県の森田健作、埼玉県の大野元裕両知事に個別に電話確認したところ、「黒岩さんが賛成だからと言われて賛成した」と答えたという。 黒岩氏が3日の4知事オンライン会議で、「こういうことをやられると信頼関係が薄れる。こういうのはダメだ。おかしい」と直接抗議すると、小池氏は「ちょっと先走って、ごめんなさい」と謝罪したという。 小池氏は3日のオンライン会議後、「国としっかり連携し、1都3県で連携しながら進めていきたい」と4知事の結束を力説。8日には「私は森田知事には直接連絡はしていない」と指摘したうえで、「準備段階の中でいろいろあり、事務方も含めてやり取りをしていた。そういう中で信義則は守っていきたいと思う」などと述べ、黒岩氏を暗に批判した。 一方、埼玉県の大野氏は、2日に黒岩氏から問い合わせがあったことを認め、「『(宣言延長の要請について政府に)お話しするという話は知りません』などと答えた」と説明。小池氏が強引に、1都3県知事による2週間延長要請を決めようとしたことが浮き彫りとなった。政界では「まるで出来の悪いコントだ」(自民幹部)などと揶揄されている。 そうした中、菅首相は小池氏に先手を打つ形で、3日夜に2週間程度の緊急事態宣言の延長を明言し、そのまま5日に2週間延長を正式決定した。官邸サイドは「菅首相が小池氏の動きを事前に察知し、黒岩氏が再延長に慎重なら対応は決まらないと判断して素早く動いた結果だ」(政府高官)と明かした。
コロナ禍での緊急事態宣言への対応をめぐり、小池百合子都知事を中心とする首都圏4知事の間の不協和音が表面化している。
「ワンチーム」と「ワンボイス」を旗印に、政府のコロナ対応への影響力を誇示してきた4知事の仲間割れに、菅義偉首相らの反応も複雑だ。
政界では「首都の女帝とよばれる小池氏の独善的行動に対する他3知事の不信感が原因」(自民幹部)との見方が支配的だ。その背景には宿敵とされる菅首相と小池氏の主導権争いがあるとみられており、感染リバウンドに怯える国民の不安も拡大させている。
■黒岩知事が暴露した小池知事とのやりとり
騒ぎの発端は3月7日の神奈川県の黒岩祐治知事の発言だった。同日午前の民放報道番組に出演した黒岩氏は、緊急事態宣言再延長をめぐる小池氏とのやり取りの詳細を暴露した。
黒岩氏によると、3月1日に小池氏から「延長せざるをえない」との電話があったが、黒岩氏は「もうちょっと数字が見たい」と態度を留保した。しかし、2日に小池氏が「2週間の延長要請」を記載した文書を示して「他の知事も賛成している」と通告。千葉県の森田健作、埼玉県の大野元裕両知事に個別に電話確認したところ、「黒岩さんが賛成だからと言われて賛成した」と答えたという。
黒岩氏が3日の4知事オンライン会議で、「こういうことをやられると信頼関係が薄れる。こういうのはダメだ。おかしい」と直接抗議すると、小池氏は「ちょっと先走って、ごめんなさい」と謝罪したという。
小池氏は3日のオンライン会議後、「国としっかり連携し、1都3県で連携しながら進めていきたい」と4知事の結束を力説。8日には「私は森田知事には直接連絡はしていない」と指摘したうえで、「準備段階の中でいろいろあり、事務方も含めてやり取りをしていた。そういう中で信義則は守っていきたいと思う」などと述べ、黒岩氏を暗に批判した。
一方、埼玉県の大野氏は、2日に黒岩氏から問い合わせがあったことを認め、「『(宣言延長の要請について政府に)お話しするという話は知りません』などと答えた」と説明。小池氏が強引に、1都3県知事による2週間延長要請を決めようとしたことが浮き彫りとなった。政界では「まるで出来の悪いコントだ」(自民幹部)などと揶揄されている。
そうした中、菅首相は小池氏に先手を打つ形で、3日夜に2週間程度の緊急事態宣言の延長を明言し、そのまま5日に2週間延長を正式決定した。官邸サイドは「菅首相が小池氏の動きを事前に察知し、黒岩氏が再延長に慎重なら対応は決まらないと判断して素早く動いた結果だ」(政府高官)と明かした。
不登校から「人のために」 被災地に通い、生きる道見つけた24歳
富山市のフリーカメラマン、石原壮一郎さん(24)にとって、2011年3月11日の東日本大震災は、自ら生きる道を見定める転機となった出来事だ。学校になじめず自宅に閉じこもっていたあの日、自宅のテレビに映し出された津波の映像をどこか遠い外国のように思っていた。ボランティアとして東北の被災地へ10年間、足を運び続けるうち、「人のために生きたい」と思い至った。今は東北で知り合った人々との交流を映像に残し、富山から震災を語り継ぐ決意を新たにしている。
震災当時は富山市の中学2年。しかし家庭では親に反抗し、学校の人間関係もうまくいかず、不登校だった。10年前の午後2時46分、自宅でテレビを見ていた時、大きく長い揺れを感じた。画面はヘリコプターから撮影された被災地の映像に切り替わった。真っ黒い津波が仙台平野を襲い、空港や車などが次々と飲み込まれる様子に衝撃を受けた。「自分が住む国で、こんなことが起こるのか」。画面にくぎ付けとなり、声にならなかった。
発災直後、地元の知人に被災地ボランティアに誘われたが、当時は引きこもる自分を悲観するだけで頭がいっぱい。興味は持てず、断った。その後も声を掛けられたが「なんで自分が」と反発。しかし「1回行ったら、周りは何も言わなくなるだろう」と参加を決め、震災翌月の11年4月、宮城県石巻市に初めて足を踏み入れた。
街は津波で家の上に船が乗っていたり、車が窓に突き刺さっているなど、ほぼ壊滅状態。訪れた避難所では、家族も財産も失い「自分も流されてしまえばよかった」と悩み苦しむ女性の言葉に耳を傾けた。あまりの惨状に反応できず、掛ける言葉も見つからなかったが、「被災者の力になりたい」という思いが芽生え始めた。
その後、毎週末のように、石巻市や南三陸町へ通って、炊き出しやフリーマーケットなどの手伝いに汗を流した。南三陸では住民とも顔なじみとなり、いつしか親しみを込め「壮一郎」「壮ちゃん」と名前で呼ばれるようになった。人の役に立つ喜びを感じ、「また来たいな」と初めて思った。
周囲に閉ざした心が徐々に解きほぐされ、富山で学業に復帰。趣味のカメラを生かした撮影のアルバイトを経て、18年にフリーカメラマンとして独立。映像制作を本格的に学ぼうと米国に1年半留学し、20年12月に帰国した。
「東北に育てられた」関わり続ける決意
「壮一郎とこういう話をする時がくるとは思わなかった」。3月上旬、久々に南三陸町を訪ねた石原さんを目を細めながら迎えたのは、地元で漁業を営む阿部実さん(57)。震災直後に知り合い、父のように親しく付き合ってきた。漁業を再開した阿部さんの様子を映像に残すため、漁船に乗せてもらい、養殖ワカメの手入れ作業に同行。ドローンも使い、津波で大きな被害を受けた地元、志津川湾の現状も取材した。
海での作業を終えて漁港に戻ると、石原さんは阿部さんの自宅そばの漁具倉庫で10年を振り返るインタビューのため、向かい合った。阿部さんは当時を思い返し、静かに語り始めた。
大きな揺れを感じると、すぐ漁船に乗り込み、津波の被害から船を守ろうと全速力で沖へ逃げたこと。船上の無線機から聞こえる「4階建ての志津川病院が波に沈んだ」「警察署が水の中だ」との声に耳を疑ったこと。そして数日が過ぎても、家族を泣きながら探す人々の姿が絶えず「地獄絵図だった」と。見たまま、ありのままを石原さんに伝えた。
「被災地には10年の区切りはない。道路も海岸線もまだ元には戻らない」と現状を語る阿部さんは「これからは津波への心構えを発信する町であってほしい」と願う。「次に津波が来た時には1人も死者が出て欲しくない」と切に願うからだ。石原さんはカメラ越しに、阿部さんの話に耳を傾けていた。
何もかも悲観するように、家に閉じこもっていた10年前を振り返り「僕は東北に育てられた」と言い切る石原さん。南三陸の人々とのつながりを忘れず、ずっと関わり続ける決意だ。
石原さんが制作したドキュメンタリー映像の要約版は11日、富山市の復興支援団体「ふっこうのおと」が富山駅で開催したイベントで初上映。完全版は4月末にウェブで公開する予定という。【砂押健太】