12日未明、兵庫県豊岡市の城崎温泉街で、女性が男から声をかけられ、抱きつかれたりキスをされたりするなどのわいせつな行為をされたとして警察に通報しました。警察は不同意わいせつ事件として男の行方を追っています。
警察によりますと、12日午前0時45分ごろ、兵庫県豊岡市城崎町の温泉街で、女性(20代)が男から「お姉さんきれいですね」と声をかけられたということです。
雨が降ってきたため、女性は男から「雨宿りをしよう」と言われて軒下で雨宿りをしていると、突然男が女性に抱きついたり頬や口にキスをしたりするわいせつな行為をしたということです。
女性は現場を離れようとしましたが男が付いてきたため、「警察に通報しますよ」と言うと、男は付いてこなくなり、その後女性は被害に遭ったと警察に通報しました。
女性は温泉街の旅館の従業員で、買い物の後に散歩していたということです。
男は黒のサングラスをかけ、髪は茶色で、浴衣を着ていたことから、温泉街の客で、年齢は20代とみられています。
警察は不同意わいせつ事件として、防犯カメラを解析するなどして男の行方を追っています。
「news」カテゴリーアーカイブ
「大手ほどユルいんだよ」“あまりのビッグネーム”に逃げだす地面師も…《被害額55億円》「積水ハウス地面師詐欺事件」を手掛けた「主犯格の胆力」
「大手ほどユルいんだよ」――被害額55億円に上る「積水ハウス地面師詐欺事件」。ビッグネームを前に逃げ出す仲間も出る中、なぜ主犯格・カミンスカスは堂々と本名で突っ込み、大手企業を騙し切ることができたのか。
地面師のパシリとして現場に立ち続けた実行犯・カトウの告白から、事件の舞台裏と主犯格の異様な「胆力」の正体に迫る。ジャーナリストの河合桃子氏の新刊『 地面師連絡役カトウ: 積水ハウス55億円詐欺事件、ある実行犯の告白 』(小学館)より一部抜粋してお届けする。(全3回の1回目/ 続きを読む )
◆◆◆
偽名と本名
ここに至ってなお、メンバーの一員であるカトウは詐欺が成功するとは信じられずにいた。その感覚とは裏腹に、積水ハウス社内では海喜館の土地を購入するための準備が進み、「不動産稟議書」が作成されて、各部署への確認も異様なスピードで進んでいた。
17年4月13日には中間業者のIKUTAオーナーであるAを介して、カミンスカスが積水ハウスの東京マンション事業部のC営業次長らと初対面した。場所はその当時、積水ハウスが販売を開始していたマンション「グランドメゾン江古田の杜」の販売所があった代々木だった。午前中にAが積水ハウスに「海喜館の土地を70億円で買い取ってほしい」と話を持ちかけ、同日午後、海喜館の地主側代理人としてカミンスカスが打ち合わせに合流したのである。
カミンスカスは「合同会社B3303」という会社の「代表取締役 小山操」と書かれた名刺を渡し、「不動産業者です。海老澤さんから相談を受けています」と挨拶をした。
この時、「今回は仲介には入らず海老澤さんからコンサル報酬をもらいます」といった説明をしていたようだ。カミンスカスの知人はこの会社名についてこう解説してくれた。
「B3303っていう文字並びには意味があります。BはブルーのB。小山(カミンスカス)さんは青が好きで、特に夜の水商売などの女性に自分のことを“ブルー”と呼ばせてました。数字の3303は『ミサオサン』って意味です(笑)」
登記情報を見ると実在する会社で代表はカミンスカス(小山操)になっているが、その言葉遊びのような社名の意味は積水ハウスやAに説明されたのだろうか。
そもそも、カトウほか少なからぬ地面師が偽名を使うのに対して、なぜカミンスカスだけは本名で臨むのかという疑問が浮かぶ。カトウは言う。
「前周りは、不動産のやり取りにおける“仲介”の役割。不都合な情報は『売主から聞かされてない』『知らなかった』と言って通せば、仲介が罰されることはない。前周りは『地主が偽者と知らなかった』と言って逃げられるから、堂々と本名で突っ込むんです。
とはいえ、実名を出すわけだからやっぱり詐欺師はやりたがらない。その絶対やりたくないことを平気でやったのが小山さんというわけです」
積水ハウスが前のめりに
私は服役中のカミンスカスと手紙のやり取りをしているが、初めて対面した時の積水ハウス・C営業次長の様子をこう記している。
《C営業次長は「セキスイのCが買うと言ったら買います。」と言って買う気まんまんでした。》(2025年6月19日消印)
C営業次長の言葉の通り、17年4月18日には、当時の阿部俊則社長も海喜館を視察。積水ハウスサイドの動きが前のめりになってきていた。
「大手ほどユルいんだよ」
この日、カトウは土井の指示で午前11時に新橋駅のSL広場でなりすまし地主の長谷川と待ち合わせた。商談を行う際はだいたいこの広場が待ち合わせ場所となり、カトウは浅川に「汽車ポッポのところだからね」と伝え、浅川が長谷川に連絡を入れていた。この日は海喜館の土地をめぐる商談で千代田区の弁護士事務所に向かったそうだが、「相手がどんなかは覚えてない」と言う。
午後にも商談があると聞かされていた。午前の商談を終え、長谷川を連れて戻ってきたカミンスカスは午後の打ち合わせ先をこう告げたという。
「西新宿の積水ハウスの東京事業部に向かって。住所はここ」
カトウ自身が積水ハウスの名を聞いたのは、その時が初めてだった。これまで何度か商談があったが、相手が誰かは聞かされないことのほうが多かった。自分の役割は長谷川と道具の管理であり、商談相手が誰だろうと関係なかったからだ。しかし、いきなり飛び出たビッグネームにカトウは驚きを隠せなかった。
「そんな大手に話を持っていって大丈夫なんですか?」
「大手ほどユルいんだよ」
カミンスカスは、大手の会社ほど騙しやすいと説明したという。その根拠は示されなかったが、堂々と言い放たれた言葉をカトウははっきりと記憶していた。
打ち合わせは午後3時、積水ハウスの東京マンション事業部があった西新宿のホウライビル5階(後に別ビルに移転)で行われた。臨席したのは積水ハウスのC営業次長らと中間業者のA、B、そして積水ハウスとA双方の司法書士、さらにカミンスカスと長谷川が参加した。なりすましの長谷川は積水ハウスと初めての顔合わせとなった。
面談の場では本人確認書類としての偽造パスポート、改印して出した本物の印鑑登録証明書、住民票の元本及び偽造の権利証のコピーなどが提示された。実はこの日の面談には、事前に「地主と内縁関係のマエノ(宮田)も来る」と伝えていたが、本人は姿を見せず、長谷川は「喧嘩をした」と苦しい言い訳を強いられた。
実際のところ、宮田は商談相手が大きくなっていくことに恐れをなし、数日前に「前周りから抜けたい」と自身の上司である橋田に訴え、これ以降は後方支援という形で関わることになっていったのだ。
積水ハウスほどの大手との面談になってもチームに一体感はなく、共有されたのは「大手は騙しやすい」という軽薄でアバウトな認識であり、そのなかで途中離脱するメンバーもいたわけだ。
しかも、面談の席で長谷川は現住所を直筆する際にミスを犯した。
〈 「名前を一文字でいいから変えて」地面師グループが「偽名」を使っていた理由は「積水ハウス側」にあった…《地面師55億詐欺事件》で見えた積水ハウス“驚きの社風” 〉へ続く
(河合 桃子/Webオリジナル(外部転載))
大同特殊鋼の工場敷地内で火事 鉄くずなど廃材を保管するスペースで… 鎮火のめど立たず 愛知・東海市
11日夜、愛知県東海市の大同特殊鋼の工場敷地内で火事があり、現在も消火活動が続いています。今のところけが人はいないということです。
火事があったのは、東海市の大同特殊鋼知多工場の敷地内にある「スクラップエリア」と呼ばれる鉄くずなどの廃材を保管するスペースです。
けが人などの情報は?
消防や警察によりますと、11日午後10時半ごろに会社から火事があったとの119番通報がありました。
これまでに消防車18台が出動し、現在も消火活動が続いていて、鎮火のめどはたっていません。
また、今のところけが人や逃げ遅れた人などはおらず、工場敷地内の建物には燃え広がっていないということです。
【台風情報】15号は熱帯低気圧に 新たに大型の台風17号発生
新潟地方気象台によりますと台風15号から変わった熱帯低気圧が、山陰沖を西へ進んでいます。北陸地方は、熱帯低気圧や湿った空気の影響を受けています。
新潟県は、おおむね晴れとなっていて12日は、湿った空気や上空の寒気の影響を受ける見込みで、くもりや、晴れのち曇りで、昼過ぎから雨の降る所があるでしょう。
13日は、高気圧に緩やかに覆われますが、湿った空気や上空の寒気の影響を受ける見込みで、晴れ時々曇りと予想されています。
また12日午前9時、小笠原近海において、熱帯低気圧が台風17号になりました。台風は大型でゆっくりした速さで東北東へ進んでいます。中心の気圧は994ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は18メートル、最大瞬間風速は25メートルで中心の南側650キロ以内と北側390キロ以内では風速15メートル以上の強い風が吹いています。
13日には小笠原近海、14日には南鳥島近海、15日には日本の東へ進むとみられていますが今後の進路に注意が必要です。最新の気象情報を確認するようにしてください。
※画像:気象庁HPより(12日午前9時発表)
イオンモール社長が爆発事故遺族に謝罪、複数のイオン社員が再入館認める…「原因解明待たず対応する」
熊本地震の発生後に起きた商業施設「イオンモール熊本」(熊本県嘉島町)の爆発事故で、イオン(千葉市)は11日、地震後に施設外に避難した一部の専門店従業員に対し、同社側が「一時入館を認めた事実があった」と発表した。施設内に残した車の鍵や貴重品の回収などを理由に従業員から再入館の要望があり、イオン側の社員が現場の判断で個別に応じたという。
施設を運営するイオンモール(同)の大野恵司社長らは11日、事故の遺族のもとを訪ねて経緯を説明し、謝罪した。イオンは「補償の内容は差し控えるが、原因解明を待たず、早期に対応していく」としている。
当時、施設内には来店客約3000人がいたが、客や従業員は地震後、約30分で屋外に避難。爆発はその約50分後に起き、専門店の従業員7人が死亡した。
イオンの吉田昭夫社長は事故翌日の7月29日に開いた記者会見で、今回の地震による避難の際、従業員らに施設内に戻ってよいとするアナウンスや許可を出したかとの問いに、「一切ない」と否定していた。
その後、「イオン側に確認して店に戻った」とする従業員の証言が相次ぎ、イオンが社員らに聞き取りを進めた結果、複数の社員が現場判断で一時入館を認めていたことが判明した。
イオンのマニュアルや避難訓練では、避難後の私物回収の要望などへの具体的な対応を想定しておらず、同社は「現場に判断を委ねる結果につながったものと重く受け止めている」とした。事故の原因究明や再発防止策は外部の専門家による事故調査委員会で調査を進めるとしている。
【前編】“地上の楽園”は地獄だった…「お母さん ほんとうに さいごのたのみです」実家に送ったSOS 北朝鮮に渡った“日本人妻”60年の闘い
在日朝鮮人の夫らと共に北朝鮮に渡った日本人妻・斎藤博子さん(85)。“地上の楽園”と聞かされていた場所で待ち受けていたのは、地獄のような日々でした。※後編は8月13日13:00に配信予定です。
1941年、現在の福井県鯖江市に生まれた斎藤博子さん。3人姉妹の長女で、中学卒業後は繊維メーカーに就職し、18歳のときに、眼鏡工場で働く在日朝鮮人の正二さんと結婚しました。両親の反対にあったといいますが、長女の弥生さんが生まれ、幸せで穏やかな日々を送っていました。
ところが、そんな博子さんの人生を大きく変える出来事が起こります。それが、北朝鮮への帰還事業です。
1959年~1984年にかけて、北朝鮮は、在日朝鮮人の祖国への帰還を奨励。約9万3000人が海を渡り、その中には、博子さんのような日本人妻も1800人ほどいたとされています。
(斎藤博子さん)
「朝鮮総連の方が来て、夫のお父さんとお母さんに話をしていた。『朝鮮に行ったら、地上の楽園だ。生活は苦しくないし、何から何までみんなある。仕事も家もみんなくれる。何の心配もないから行ったらいいよ』と言われた」
夫の正二さんとその両親・きょうだいは、一家そろって北朝鮮に渡ることを決意しました。しかし博子さんは、ふるさとである日本を離れることに抵抗があったといいます。
このとき、博子さんは19歳。日本を離れたくないが、最愛の娘と離れることもできない―。揺れる博子さんの背中を押したのは、『3年たてば日本に帰国できる』という言葉でした。
博子さんはその言葉を信じ、北朝鮮へ行くことを決心。そして、1961年6月、博子さんは、夫の正二さん、娘の弥生さん、そして夫の両親やきょうだいと共に新潟港から船に乗り、北朝鮮へ向かいました。船内は新天地への希望を抱いた人々の楽しげな声であふれていたといいます。
ところが、北朝鮮の港が近づいたとき、その状況は一変します。
(博子さん)
「私が見たのは、5~6歳の男の子が、上は着ているけど、下は何にもはいてない。日本でいくら苦労しても、パンツをはいてない子どもはいない。これはちょっとおかしいって大騒ぎになった」
さらに、船を降りる直前、船内のスピーカーから聞こえてきたのは「腕章を着けていない人には、荷物を絶対に渡さないでください」という、荷物の盗難に注意を促すアナウンスでした。
(博子さん)
「みんな大騒ぎになった。『降りない!降りない!』と言って…。朝鮮って食べ物から何まで苦労しないと言われていたのに、なんで、こんな子どもたちがいるの。『地上の楽園だ』と言われて行ったのが、『地獄の楽園だ』と、みんな言い出した」
その後、帰国者たちはそれぞれ指定された居住地へ送られることとなり、博子さん一家は、中朝国境の町、恵山(ヘサン)へ。夫の正二さんは、日本時代と同じように、眼鏡工場で働くこととなりました。
一家には、アパートの一室があてがわれましたが、聞いていた楽園の暮らしとはほど遠いものでした。月に2回、コメや小麦粉などの配給がありましたが、1週間もすれば、底をつく量だったといいます。仕方なく、日本から持ってきた衣服や日用品を、物々交換で食べ物に換えて、しのいでいましたが、それも1年ほどで品物が尽きてしまいました。
(博子さん)
「一日一日の食べ物のことしか頭になかった。(配給が)15日に1回だけだから、それを15日間で食べないといけないから本当に苦労して…。1日3回、みんな食べられることはない。子どもたちになんにもしてあげられなかったのが、一番心残り」
多くの子どもを産み育てることが奨励されていた時代。博子さんは北朝鮮に渡ってから5人の子どもを出産し、2男4女の母として、懸命に生きる日々でした。一方で、夫婦の間では、ケンカが絶えず、ときには、暴力を振るわれることもあったといいます。
そして1980年代中頃、夫・正二さんは結核を患ってしまいます。薬もろくに手に入らず、満足な治療を受けられませんでした。博子さんは、仕事ができなくなった夫の代わりに働きに出ましたが、生活はますます苦しくなっていきました。
そんな博子さんの当時の状況を示す、1通の手紙。1990年ごろに、福井県の実家に宛てて書いた手紙です。
(実家に宛てた手紙)
「お母さん ほんとうに おゆるし下さい。10万円だけ なんとかして下さい。お母さん ほんとうに さいごのたのみです。なんべんも さいごのたのみといっては、なんべんも ほんとうにすみません。こちらは日本とちがって ほんとうに くるしい生活です」
何度も何度も謝りながら、お金を送ってほしいと訴える手紙。実家からの送金でなんとか食いつないでいたといいますが、1993年に実家の父親が死去。そのころを境に、送金も途絶えてしまいました。
そして、さらなる不幸が―。
1994年、正二さんは、結核のため57歳の若さで帰らぬ人に…。博子さんが53歳のときでした。正二さんという大黒柱を失って以降、博子さんたちの生活は急速に悪化していきます。
この年、北朝鮮では、金日成(キム・イルソン)主席が死去し、金正日(キム・ジョンイル)総書記の体制に移行しました。しかし、その後、経済政策の失敗や自然災害などにより、『苦難の行軍』と呼ばれる深刻な飢饉(ききん)が発生。最大で約300万人の人が亡くなったとされています。
(博子さん)
「道で飢え死にする人がたくさんいるし、駅で親を待っている人もたくさんいる。お母さんとお父さんが1週間に食べる物を置いて出稼ぎで家を出る。1週間が過ぎても帰ってこず、子どもたちが駅で待っていて、そこで亡くなって…。1週間に1度ぐらい、トラックが街中を回って、亡くなった人をトラックにいっぱい積んでいく。そして海へ行って、浜辺を掘って、そこへみんな埋める。だから自分の子どもが、どこで亡くなっているのか、分からない。子どもたちに苦労させるのもダメだし、自分で何とかして生きていかないとダメだと思った」
食糧事情が極端に悪化していく中、仕入れた銅線を闇市で売りさばくことで、なんとか食いつないでいた博子さん。あるとき、列車に乗り銅線を運んでいると、泣き声ひとつあげない赤ん坊を抱いた若い母親と乗り合わせます。そこで見たショッキングな光景とは…。
後編は8月13日13:00に配信予定です。
(読売テレビ「情報ライブミヤネ屋」2026年7月15日放送)
熊本・長崎で震度4 津波の心配なし
気象庁によりますと12日午後1時5分ごろ、熊本・長崎で地震がありました。この地震による津波の心配はありません。
震度4を観測したのは、諫早市、雲仙市、八代市、上天草市、宇城市、天草市、熊本美里町、芦北町、
震度3を観測したのは、島原市、大村市、南島原市、熊本西区、熊本南区、人吉市、水俣市、宇土市、大津町、西原村、御船町、嘉島町、益城町、甲佐町、山都町、氷川町、津奈木町、多良木町、五木村、山江村、球磨村、あさぎり町、苓北町、宮崎市、小林市、椎葉村、鹿児島出水市、薩摩川内市、長島町となっています。
震源地は熊本県天草・芦北地方。震源の深さは10キロ。地震の規模を示すマグニチュードは4.9と推定されます。
【続報】900m沖に流された6歳男児と33歳父親 浮き輪につかまった状態で2人とも意識あり 新潟海上保安部のヘリコプターが救助 新潟・西蒲区
新潟市西蒲区間瀬で12日午前10時45分に、33歳の父親と6歳の男児が沖に流されました。その後、午前11時45分には男児が、11時50分には父親が、それぞれ新潟海上保安部のヘリコプターによって救助されました。
海保によりますと、2人は浮き輪につかまっている状態で、約900m沖合で救助されました。男児が寒気を訴えていたということですが、2人ともけがはなく、意識もある状態だということです。
旦那と子どもが… と通報
この事故は、12日午前10時45分に母親が「西蒲区間瀬沖で旦那と子どもが浮き輪に乗って流されている」と第九管区海上保安本部に通報したもので、巡視船やヘリコプターで捜索していました。
親子がいた場所は新潟市指定の海水浴場ではなく、監視員はいませんでした。
新潟海上保安部によりますと、正午過ぎの現地は晴れで気温は29℃・海水温は27℃。5mの北西の風が吹いていて1mのうねりをともなう高さ50cmの波があったということです。
【速報】「車が落ちた」高齢女性2人を病院に搬送 お参りに来て駐車場から転落か 福岡
警察と消防によりますと、12日午前10時40分ごろ、福岡県みやま市高田町亀谷で「車が落ちた」と、119番通報がありました。納骨堂にお参りに来ていて、誤って駐車場から転落したとみられています。
運転していた70代女性と、同乗の80代女性が病院に搬送されました。2人のケガの程度は分かっていませんが、搬送時は意識があったということです。
現場では、ひっくり返った状態の車が確認できます。
そばにある寺の駐車場から、のり面を転落したとみられています。寺によりますと、2人は納骨堂にお参りに来ていたということです。
運転していた女性は、駆けつけた救急隊に「アクセルとブレーキを踏み違えた」と話していたということです。
警察が当時の状況を調べています。
沖縄・玉城知事が「極左暴力集団の支持」を否定 知事選の政策発表、自民県議の発言に言及
任期満了に伴う9月の沖縄県知事選で3選を目指す現職の玉城デニー氏(66)が12日、那覇市内で記者会見を開き、循環型経済の構築や鉄軌道の導入などを柱とする政策を発表した。米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設関連の文言は7項目にわたる「政策の柱」に盛り込まれなかったが、玉城氏は「辺野古『新基地』建設反対の県民の民意を守り抜く」と述べ、反対姿勢に変わりはないとした。
政策の柱に「鉄軌道」
玉城氏は会見で、「玉城氏を支えているのは『極左暴力集団』などだ」と自民党県議が発言したことに言及し、「私たちの中には、その『極左暴力集団』といわれる人間は参加していない」と明確に否定。会場では「そうだ!」という声も上がった。
発表された政策では、公共交通の抜本的改革を「戦後100年に向けた最重要課題」と位置づけ、沖縄本島を南北に貫く鉄軌道導入に向けた取り組みを進める考えを強調した。令和9年度に「交通・まちづくり部」(仮称)を新設し、鉄軌道が敷設される沿線市町村との連携を強化するという。
反対運動のあり方に言及せず
那覇市中心部に位置する米軍那覇港湾施設(那覇軍港)の浦添沖移設については容認の立場を取ってきたが、この日の会見では移設計画の検証に取り組む考えを示し、「検討次第だが、(判断には)反対の可能性も含まれている」と話した。
名護市辺野古沖で3月、船2隻が転覆し同志社国際高(京都府)2年の女子生徒ら2人が死亡した事故をめぐっては、記者から「基地反対運動のあり方への批判も高まっている」として再発防止のあり方を問われたが、「常日頃から教育委員会、沖縄観光コンベンションビューロー、旅行関係の各団体などと意見交換を行い、二度とこのような痛ましい事故がないよう再発防止に積極的かつ全力で取り組んでいく」と述べるのみで、反対運動のあり方には触れなかった。
知事選には、辺野古移設の現行計画を容認する元那覇市副市長の新人、古謝玄太氏(42)や現行計画の見直しを主張する元郵政民営化担当相の新人、下地幹郎氏(64)らも立候補を表明している。(大竹直樹)