高市首相は5日、先の特別国会で成立した改正皇室典範について「皇族数の確保を図るのが改正目的だ」と説明した。「女性天皇を認めるかどうかは皇位継承のあり方に関する論点であり、皇族数の確保には含まれていない論点だ」とも指摘した。自身のX(旧ツイッター)に書き込んだ。
改正皇室典範は、女性皇族の結婚後の身分保持と、旧宮家の男系男子を養子として皇族にする制度の創設が柱だ。首相は「女性天皇への道を閉ざしたといった様々な声をもらっている」とした上で、改正の経緯や中身を解説し、皇族数確保のための「大変重要な方策だ」と理解を求めた。
秋篠宮家の長男悠仁さまの次の代以降の皇位継承については、将来的に議論を深めるべきだと結論づけた政府の有識者会議の報告書を引用した。
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待ち望んだ再出発 地震被害の熊本・氷川町、仮設住宅入居始まる
熊本地震で最大震度7を観測した熊本県氷川町で応急仮設住宅20戸が完成し、5日に入居が始まった。仮設住宅への入居は今回が初めて。被災者は1カ月あまり続いた避難生活から仮住まい生活に移り、生活再建への一歩を踏み出した。
氷川町では全壊527棟を含む3000棟以上の建物が被害を受け、町内4カ所で計82戸の仮設住宅の建設が進められている。この日入居が始まったのは「吉本仮設団地」。軽量鉄骨造り平屋建てで間取りは2Kと3K。町によると47件の応募から選ばれた20世帯43人が順次入居するという。
仮設住宅の鍵を受け取ったサービス業の宮川高弘さん(73)は「妻と2人で過ごすにはちょうどいい広さで、足を伸ばしてゆっくりと過ごせそうです」と喜んだ。自宅は全壊判定を受けて親戚宅に身を寄せていたといい、「これから再出発かな」と前を向いた。
5日午前に開かれた鍵の引き渡し式で、藤本一臣町長は「先の見えない不安を抱えていると思うが、新しい住まいで、少しでも心が休まる穏やかな日常を取り戻していただきたい」と述べた。
県によると、県内の家屋被害は4日時点で6万4903棟、全壊家屋は1748棟に上り、1970人が避難生活を送っている。仮設住宅は宇城市や八代市など4市3町に計553戸が整備される予定。【日向米華】
小林氏を重要閣僚に起用検討 小泉、片山両氏の続投有力
9月後半に実施される方向の内閣改造・自民党役員人事で、自民の小林鷹之政調会長を重要閣僚に起用する案が検討されていることが分かった。小泉進次郎防衛相、片山さつき財務相の続投が有力になっているとも判明。高市早苗首相(党総裁)は経済や安全保障分野での政策実現と継続性を重視する姿勢を示す意向とみられる。政権幹部が5日、明らかにした。
小林氏は政権発足以来、首相と頻繁に面会。飲食料品の消費税減税を巡り、衆院選政権公約を踏まえて党内の意見集約に尽力した。首相は説明能力が高い小林氏を主要な閣僚に据えたい意向とみられ、ポストは経済財政担当相や経済産業相などが取り沙汰されている。
10月上旬の召集を調整している臨時国会では、消費税減税関連法案など政権が重視する法案の審議が控える。政権幹部は法案を深く理解し、国会審議で十分に答弁できる人材の登用が不可欠だとの見方を示した。年内に安保関連3文書改定を控えていることから「外交、防衛担当閣僚の継続性は重要になる」とも指摘した。茂木敏充外相も留任の方向となっている。
【全文】悠仁さま20歳誕生日に当たってのご様子 「皇室の役割をしっかりと果たしていきたい」 学業優先しつつ公的な活動に取り組んだ1年
秋篠宮ご夫妻の長男・悠仁さまは、20歳の誕生日を迎えられました。成年式に関する一連行事をすべて終え、「皇室の一員としての役割をしっかり果たしていきたい」との思いを新たにされているようだということです。この1年は、宮中晩さん会への初出席や公的行事での初めてのお言葉など、学業を優先しつつ公的な活動などに取り組み、「健やかに充実した時間」を過ごされました。宮内庁皇嗣職が公表した悠仁さまのご様子や活動について全文紹介します。(表記は宮内庁公表のまま)
【悠仁親王殿下20歳のお誕生日に当たり】令和8年9月6日 宮内庁皇嗣職
悠仁親王殿下は、20歳のお誕生日を迎えられました。この1年をお健やかに過ごされました。
【筑波大学でのご様子】
本年4月から筑波大学生命環境学群生物学類の2年生となられました。引き続き、対面授業のある日には、キャンパスに登校され、授業を受けられています。
必修の授業では、生物の論文を読むための英語の授業や体育の授業を受けられています。また、生物分野の座学の授業や実験では、昨年よりもさらに専門的な分野を取り扱う授業を受講されています。夏の時期には野外で行われる実習にも参加されました。
実験や実習などを含め、生物の分野について広い視野で学びを深められているようです。
悠仁親王殿下は、大学生としてご学業を優先されつつ、昨年9月からの1年間、成年式関連行事等や公的なご活動などにも心を込めて取り組まれました。
【成年式】
悠仁親王殿下は、昨年9月6日に成年式の中心的な儀式である加冠の儀、賢所皇霊殿神殿に謁するの儀、朝見の儀などをお済ませになりました。
9月7日から8日には三重県及び奈良県をお訪ねになり、神宮並びに神武天皇山陵をご参拝になり、成年式が滞りなく終了したことを報告されました。9月9日には、同じく成年式をお済ませにつき昭和天皇山陵をご参拝、また、悠仁親王殿下のお考えにより大正天皇山陵、貞明皇后山陵並びに香淳皇后山陵をご参拝になりました。翌10日には、秋篠宮皇嗣同妃両殿下お招きの三権の長を始めとする諸員との午餐に臨まれました。
また、本年2月26日から27日まで京都府をお訪ねになり、26日には、親王殿下のお考えで明治天皇山陵、昭憲皇太后山陵をご参拝、引き続き皇室の香華院である泉涌寺を訪問されて霊明殿でご焼香、隣接する孝明天皇山陵、英照皇太后山陵をご参拝になりました。翌27日には、この機会を利用されて、京都市内の能装束の織元で機織りの様子をご覧になり、実際に織機を操作されるとともに、霞会館京都支所をお訪ねになり、雅楽や蹴鞠などの伝統文化について、演奏を聞かれ、体験をされました。
本年2月28日には、赤坂東邸において茶会が催され、秋篠宮皇嗣同妃両殿下とご一緒に出席されました。この茶会をもって、成年式に関連する儀式、行事はすべて執り行われたことになります。悠仁親王殿下は一連の行事を終えられ、成年皇族としての自覚を持ち、皇室の一員としての役割をしっかりと果たしていきたいという思いを新たにされたようです。
【宮中行事等】
悠仁親王殿下は、昨年9月6日に成年式をお済ませになり、また、筑波大学にご在学中であることから、宮中における儀式、行事等には、ご学業に差し支えのない範囲でご参列になっています。
昨年12月の皇后陛下お誕生日祝賀を最初に、上皇陛下お誕生日祝賀、新年祝賀の儀、上皇上皇后両陛下への新年の祝賀、新年一般参賀、講書始の儀、歌会始の儀、天皇誕生日祝賀の儀などに、成年皇族のお立場でお臨みになりました。歌会始の儀には、「明」というお題のもと、ある夏の黄昏時の薄明かりの中で、ご幼少の頃からご興味をお持ちになってきたトンボ、特に悠仁親王殿下のお好きなマルタンヤンマを間近にご覧になることができた嬉しさを詠まれたお歌を初めて詠進されています。また、本年5月には、天皇皇后両陛下が催された国賓フィリピン共和国大統領フェルディナンド・ロムアルデス・マルコス・ジュニア閣下及びルイーズ・アラネタ・マルコス大統領令夫人をお迎えしての宮中晩餐に初めてご陪席になりました。
宮中祭祀についても同様に、ご学業に差し支えのない範囲でご参列になっており、昨年9月の秋季皇霊祭の儀、秋季神殿祭の儀を最初に、新嘗祭神嘉殿の儀(夕の儀、暁の儀)、元始祭の儀、昭和天皇祭皇霊殿の儀、春季皇霊祭の儀、春季神殿祭の儀、神武天皇祭皇霊殿の儀において、それぞれ幄舎に参列され、庭上にて拝礼されました。
【公的なご活動など】
(戦争・平和に関するもの)
昨年9月には、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、佳子内親王殿下とご一緒に、「琉球舞踊 真木の会」をご覧になりました。戦後80年の節目に、琉球舞踊のいのちの輝きを未来に紡いでいきたいという主催者の思いを受け止められながら、鑑賞されました。
昨年12月には、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、佳子内親王殿下とご一緒に、板橋区立美術館で開催された展覧会「戦後80年 戦争と子どもたち」をご覧になりました。防火水槽を取り囲むように防空頭巾をかぶった子どもたちが描かれている絵画「防空演習」など、戦時中から終戦直後にかけて制作された、子どもを主題とする作品や、子どもたちに向けて大人が提供した絵本や教科書、紙芝居などの印刷物、さらには子どもたち自身が戦時中に描いた作品などが紹介されており、戦時下の子どもたちの気持ちを想像しながらご覧になったものと伺っております。
8月に広島をご訪問になった際に、広島市の広島平和記念公園にて広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑)に供花、拝礼され、原爆で亡くなった方々に心からの哀悼の意を表されました。続いて、同市の本川小学校平和資料館入口にある慰霊碑に供花された後、同資料館をご視察になり、被爆時の広島の様子を再現した模型などについて説明を受けられました。爆心地からわずか410mであり、2人を除き全員が亡くなったこの小学校で、亡くなられた方々をお悼みになり、原爆の悲惨さを改めてお感じになったと伺いました。また、そのうちのお1人が平和への強い思いを持って語り部活動をされていたということに、深い敬意をお持ちになったとのことです。
(国際的なイベント)
昨年から今年にかけて、多くの国際的なイベントがあり、お出ましになりました。
昨年9月中旬には、佳子内親王殿下とご一緒に、「東京2025世界陸上選手権大会」の白熱した競技をご覧になりました。
昨年9月下旬には、「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)」をご視察になりました。悠仁親王殿下ご単独で「日本館」、「ベルギー館」をご視察になり、「大屋根リング」をお歩きになった後、「関西パビリオン」、「いのち動的平衡館」をご視察になりました。また秋篠宮皇嗣殿下と合流され、ご一緒に「オランダ館」、「タイ館」、「コモンズ-D」をご視察になりました。コモンズ-Dでは、ブータン王国、ラオス人民民主共和国、マダガスカル共和国の展示をご覧になりました。この機会に、関係各国の方々と交流され、様々な文化などについての関心を深められました。
昨年11月には、きこえない選手、きこえにくい選手が出場する4年に一度のスポーツの世界大会である「第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025」が日本で初めて開催されました。悠仁親王殿下は、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、佳子内親王殿下とご一緒に開会式にご臨席になるとともに、昨年12月、宮邸にて同様にご家族で日本選手団の代表をご接見になり、選手一人ひとりと、デフリンピックを終えての感想や今後の抱負、世界の選手との交流などについて、手話を交えながら和やかに懇談されました。
また、大会期間中、秋篠宮皇嗣妃殿下とご一緒に、伊豆大島で開催されたオリエンテーリング競技をご覧になりました。地元の子どもたちが声援を送る中で競技がスタートし、悠仁親王殿下は妃殿下とご一緒に選手がゴールするたびに手話でエールを送られていました。デフリンピック期間を通じて、選手の力強い活躍に魅了されるとともに、少し覚えられた手話で日本の選手や海外から参加された選手とコミュニケーションをとることができ嬉しく思われたそうです。
伊豆大島をお訪ねになった機会には、大島町長から島内事情をお聴きになった後、平成25(2013)年の台風に伴う豪雨による土砂災害の被災体験を語り継いでいる語り部の方などのお話に静かに耳を傾けられ、大島町メモリアル公園の慰霊碑にご供花、ご拝礼になりました。その後、島内の高齢者施設を訪ねられ、皆さんと一緒に玉入れなどをして和やかに交流されました。また、椿油製油所や伊豆大島ミュージアムジオノスをご視察になり、三原山噴火後の植生の移り変わりを観察することができる道を歩かれた後、島内の農産物直売所「ぶらっとハウス」をご視察になりました。
本年3月には、秋篠宮皇嗣妃殿下とご一緒に、「世界スキーオリエンテーリング選手権大会2026」の競技をご覧になり、表彰式、閉会式にご臨席になるため、北海道の留寿都村をお訪ねになりました。大会を支えるスタッフや競技で全力を尽くされた日本の代表選手等と懇談されました。この機会に訪問された子育て拠点施設では、認定こども園の園児らとかるたで交流され、読み手をつとめられたり園児たちの輪の中に入られてお話をされたりしました。また、子どもたちに世界選手権で実際に使用されたコースにチャレンジしてもらう体験会にも参加されました。
(外国王室とのご交流)
国際的なイベントなどに訪日された折に宮邸を訪れられた外国の王室の方々とお会いになる機会がありました。
昨年9月には、秋篠宮皇嗣同妃両殿下が、バーレーンのサルマン・ビン・ハマド・アール・ハリーファ皇太子殿下並びにイーサ・ビン・サルマン・ビン・ハマド・アール・ハリーファ殿下と、また、英国のエディンバラ公同妃両殿下と懇談された際に、悠仁親王殿下もご挨拶をなさいました。
本年2月には、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、佳子内親王殿下とご一緒に、トンガの皇太子同妃両殿下とご懇談になりました。
(様々な公的ご活動)
本年2月、秋篠宮皇嗣殿下とご一緒に、「全国学校・園庭ビオトープコンクール2025」発表大会にご臨席になりました。多様な生き物が生息する「ビオトープ」を作って自然体験や環境学習を行う活動についての発表をご関心を持たれながらお聴きになり、上位5賞に選ばれた幼稚園から高校までの教員や生徒とご懇談になりました。
3月、秋篠宮皇嗣殿下とご一緒に、令和7年度富士スカウト章受章代表スカウトを初めてご接見になりました。富士スカウト章は、中学3年生9月以降から18歳までのスカウトを対象とした部門であるベンチャースカウトの中で、難易度の高い様々な課題を達成した者に授与される最高位の章です。参加した代表スカウトから、それぞれが行っているプロジェクトについてお話をお聞きになり、和やかに懇談される中で、それぞれの取り組みの大切さや、スカウトの皆さんが熱意をもって活動されていることをお感じになったそうです。
5月、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、佳子内親王殿下とご一緒に、日本人のパラグアイ移住90周年・パラグアイ独立215周年を記念した「パラグアイ・ハープ(アルパ)デュオコンサート」にご臨席になり、アルパや筝の演奏、パラグアイ舞踊を鑑賞されました。パラグアイには、日本人の同国移住70周年である平成18(2006)年に秋篠宮殿下(当時)が、移住80周年である平成28(2016)年に眞子内親王殿下(当時)が、移住90周年である本(2026)年8月に秋篠宮皇嗣同妃両殿下がそれぞれ公式訪問されています。秋篠宮家の皆様は、日系有識者が主体となって設立され、日本語や日本文化の授業が行われている日本パラグアイ学院が研修旅行で日本を訪問した折には、生徒等とお会いになっており、悠仁親王殿下も平成24(2012)年及び令和5(2023)年にお会いになっています。
同じく5月、佳子内親王殿下とご一緒に、特別展「日本ベルギー修好160周年記念-美と知の交流の軌跡-」をご覧になり、両国関係を象徴する工芸品や、1866年に日本とベルギーとの間で締結された日白修好通商航海条約の条約書などの展示について、担当者の説明をご関心をお持ちになってご覧になりました。
前述の8月の広島ご訪問では、神石高原町で開催中の「第19回日本スカウトジャンボリー」にお成りになりました。初日は、成年スカウトとご一緒に親しく会話をされながら、宿泊されるテントを設営され、代表スカウトと懇談されました。その夜には、大集会にご臨席になって、初めてのお言葉を述べられ、スカウトによるパフォーマンスなどをご覧になりました。2日目は、成年スカウトとご一緒に朝食づくりをされたり、コースターづくりをされたりしました。他に、防災関係などスカウトが参加するいくつかのプログラムに参加された後、ジャンボリー会場を後にされ、午後には福山市の広島県立歴史博物館をご視察になりました。
大学の授業でつくば市に行かれていることも多く、宮邸にいらっしゃる時間にも限りがありますが、今年も合間を見ながら、野菜や稲の栽培をされています。また、トンボ類をはじめとする生き物やそれらが暮らす生息環境の観察についても継続されています。
このように大学でのご活動や、公的な行事への出席など様々なことをされながら、お健やかに充実した時間をお過ごしでいらっしゃいます。
悠仁親王殿下は、この1年間を通してお会いになった方々、様々な形で支えてくださった方々や心を寄せてくださった方々へ感謝の気持ちをお持ちになっていらっしゃいます。
また、地震や大雨などの災害が続いており、亡くなられた方々をお悼みになるとともに、被災された方々にお見舞の気持ちをお持ちになっていらっしゃいます。
北海道地震8年で追悼式=犠牲者に祈りささげる―厚真町
最大震度7を観測し、44人が犠牲となった北海道地震は6日、発生から8年を迎えた。37人が亡くなった厚真町では5日午前、追悼式が行われ、犠牲者に祈りをささげ、参列者が献花台に花を供えた。
式典では黙とうの後、宮坂尚市朗町長が7月の熊本地震など繰り返される自然災害に触れつつ、「震災から得た教訓を、命を守る備えと支え合うコミュニティーの再生に生かす」と誓った。鈴木直道知事も追悼の言葉を述べ、「安心して暮らせる北海道を目指して力を尽くす」と語った。 [時事通信社]
「高市vs麻生」の最終決戦が始まった…9月の内閣改造・党役員人事で「真の勝者」を左右する政治家の名前
9月は政治決戦の1カ月になる。国際的に見れば、9月24日に予定される米中首脳会談だ。
アメリカのトランプ大統領(80)が、イランのみならず、イランと取引がある国にも制裁を加えると発表したのも、中国からの輸入品に7.5%の追加関税を課す検討に着手したのも、中国の習近平国家主席(73)との会談を有利に運ぶための手段にほかならない。
国内的に見れば、9月16日~18日、高市早苗首相(65)が実施する内閣改造と自民党役員人事である。
人事の日程に関しては、与党で飲食料品の消費税減税を含めた税制改正大綱をまとめ、減税で「踏み絵」を踏ませたあとの9月下旬になるとの見方もなくはない。
いずれにしても、今回の人事を見れば、高市氏が、今や自民党の最高権力者となっている麻生太郎副総裁(85)に「この先もすがる」のか、それとも「関係を断つ」のかが鮮明になる。もっと言えば、両者の勝ち負けが明確になるからである。
「確かに麻生さんは、先の国会で事実上、皇室典範改正を主導し、一方で、高市氏と日本維新の会の吉村洋文大阪府知事(51)との間で握ってきた衆議院の議員定数削減法案を先送りさせるように動いたかもしれません。でもね……」
ある自民党麻生派の衆議院議員は、各メディアが報じている「高市vs麻生」の構図に否定的な見方を示す。
「麻生さんの政治家としての総仕上げは憲法改正なんですよ。それを実現させるには、保守派である高市さんのままのほうがいい。高市さんだって、来年秋の自民党総裁選挙で再選を目指すなら、麻生さんの力が絶対に必要」
つまり、高市氏と麻生氏は、私的な感情を曲げてでも「Win-Win」の関係を維持したほうが、それぞれの政治目標を達成するうえで得だと言うのだ。
確かにそうだ。ただ、それだけではない。
高市氏は、8月27日、読売新聞の単独インタビューで、「成長なくして財政の持続可能性は維持できない」と述べ、持論である「責任ある積極財政」を通じて国内投資を喚起し、「成長と財政規律」の両立を目指すと強調した。
消費税減税に慎重で財務省の意向を代弁してきた麻生氏にすがっていては、「サナエノミクス」は実現できない。
6月30日、経済財政運営に関する「骨太の方針」を発表して以降、ますます円安・債券安・長期金利上昇が進んでしまった後始末、さらには、飲食料品の消費税率引き下げに伴う財源確保といった課題も、高市氏主導で解決してこそ、支持率も回復するというものである。
その意味では、「X(旧twitter)で『寝てません』アピールをするよりも、麻生氏頼みから決別したことを人事で示したほうがいい」(自民党・旧安倍派衆議院議員)とも言えるのだ。
高市氏が麻生氏に「すがる」か「関係を断つか」、あるいはどちらが勝者となるのかを見極めるポストがいくつか存在する。
現時点で、筆者が衆参両院の国会議員や東京・永田町で常駐取材をしているジャーナリストから聞き取りをした内容から列記してみる。
麻生氏の義弟で財務相経験者の鈴木俊一幹事長(73)が留任なら麻生氏の勝利。現状ではその方向。高市氏が鈴木氏より信頼し、旧安倍派を束ねることもできる萩生田光一幹事長代行(63)が昇格なら引き分けだ。萩生田氏は麻生氏にも接近し、「国民民主党を与党に」との考えでも一致している。
一部に、幹事長経験者の茂木敏充外相(70)を起用するのではという見方もあるが、鈴木氏を副総理や財務相として閣内入りさせ、幹事長には、麻生氏と近い茂木氏や麻生派の有村治子総務会長(55)を抜擢するようなら麻生氏の勝利となる。
ほかに、「麻生氏と対立してきた武田良太元総務相(58)を抜擢するのでは?」との声もあるが、そうなれば麻生氏との全面戦争が避けられなくなる。
8月25日、高市氏と麻生氏が首相官邸でランチをしたことを考えると、現時点で高市氏に麻生氏と完全に決別する考えはなく、武田氏起用はないと見る。
普通に考えれば、女性初の財務相で、「責任ある積極財政」の中核を担う片山さつき氏(67)は留任濃厚。ただ、先の財務事務次官人事をめぐり、片山氏が、高市氏が考えていた青木孝徳主税局長(60)ではなく宇波弘貴主計局長(61)を昇格させたことで亀裂が生じたとの話もある。
ただ、片山氏は高市氏と並ぶ政権の2枚看板。もし交代なら「官房長官か幹事長に横滑りさせちゃうんじゃないの?」(前述の旧安倍派衆議院議員)との声もある。片山氏留任、もしくは消費税減税で汗をかいてきた小野寺五典税調会長(66)あたりを起用するなら高市氏の勝利。鈴木氏の復帰や小林鷹之政調会長(51)のような財務省出身者が就くなら麻生氏の勝利。
これも常識で考えれば木原稔官房長官(57)の留任。しかし、木原氏では国民受けが芳しくない。注目度と発信力強化のため、一時は、前述したように片山氏横滑りに加え、「小泉進次郎防衛相(45)の抜擢も」という噂も流れた。
確率は低いが、近畿大学の理事長を務め、高市氏が落選中、教授に招聘した世耕弘成元参議院幹事長(63)が組閣時までに自民党に復党できれば、まさかの抜擢もあり得た。
そうなれば高市氏勝利だが、先々、世耕氏を重用すれば、旧安倍派で5人組と言われた萩生田氏や西村康稔選挙対策委員長(63)は反発し、麻生氏だけでなく旧安倍派の支持が得られにくくなるリスクが生じる。
地方自治や情報通信を所管する総務省。現在の林芳正総務相(65)は、来年秋の総裁選挙に備え閣外に去るとの見方が有力。
その場合、自民党と連立を組み、「大阪を副首都に」を目指す維新からの入閣が濃厚。政治キャリアから言えば、コックから政治家に転身した馬場信幸元代表(61)か藤田文武共同代表(45)あたりが最有力。
ただ、政治の世界には、体操で言えば「ウルトラC」どころか「E難度」の技も存在する。維新の協力が命綱の高市氏は、「心の友」でもある吉村氏に大阪府知事との兼務で入閣を要請する可能性もある。これが実現すれば高市氏の勝利ではあるが、自民党内はもとより維新の中でも、「大阪を二の次にする気か?」と反発が拡がるのは必至。
もっと高難度だが、先頃、再選不出馬を表明したばかりの福岡市長、高島宗一郎氏(51)が抜擢される、と言えば先走りすぎか。高島氏は麻生氏の支援を得て市長に就任した人物で、地元の評判も良い。電撃的な不出馬宣言が「次が見えているから」によるものだとすれば、国政への転身、あるいは麻生氏の強い押しで閣僚に、もゼロとは言えない。
これまで述べてきたポスト以外にも、現在の自民党役員や閣僚の中で去就が気になる人物が何人か存在する。
○小林鷹之政調会長(51)
“ポスト高市”を狙い、麻生氏への接近が顕著。ただ、高市氏と政策面で近く、「どの立場でも政権を支えたい」と語っていることから、前述した財務相ではないにせよ、重要閣僚に起用される可能性あり。城内実氏(61)が務めている成長戦略担当相を小林氏に代えるというのでは軽量すぎるため、政調会長留任の可能性もある。
○小泉進次郎防衛相(45)
「防衛相になって覚醒した。適任」(自衛隊関係者)との声があるほか、年末に安保3文書の改定を控えているため、基本線は留任。
○交代が濃厚な閣僚、入閣の可能性が高い女性議員
既婚女性と関係を持ち、議員会館でも面会していた松本洋平文部科学相(53)は、これまで更迭されなかったのが不思議。鈴木憲和農水相(44)も交代か。
女性閣僚候補としては、茂木氏の側近で鈴木宗男氏の長女、鈴木貴子広報本部長(40)が広報戦略の実績を買われ、また、かつて視察先のパリでエッフェル塔の写真が物議を醸した松川るい参議院議員(55)が、語学力や外務省時代の実績を買われ入閣するのでは、と見ている。
本稿ではここまで「高市vs麻生」という構図を軸に、迫る内閣改造と自民党役員人事について述べてきたが、高市氏に麻生氏と全面戦争するだけの力はない。
麻生氏もまた「自民党」「中央省庁」「皇室」の3つに加え、かつては古賀誠氏(86)や山崎拓氏(89)と三つ巴の政争を繰り広げ、近頃は前述の武田氏や福岡県議会のドンと呼ばれてきた藏内勇夫氏(72)と争ってきた福岡を「統一」するという4冠達成のために、万が一にも失脚は許されない立場にある。
人事と選挙は最後まで予断を許さないが、今のところ、「麻生氏やや勝ち」「高市氏やや負け」で終わるのではないかと筆者は見ている。
その麻生氏は9月20日、86歳の誕生日を迎える。人事が終わり、どんな表情でシャンパンを口にするのか、見てみたいものである。
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(政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授 清水 克彦)
「成仏させられずごめん」89歳母の遺体3か月放置した女性の困窮…8050問題「地域から孤立」どう防ぐ
「成仏させられず、ごめん」――。母親(当時89歳)の遺体を自宅に約3か月間放置したとして死体遺棄罪に問われた元被告の女性は法廷ですすり泣き、亡き母にわびた。中高年になった子どもを高齢の親が支える「8050問題」。背景の一つには、地域社会とのつながりの希薄化がある。孤立をどう防ぐのか、いま改めて問われている。(内間木蓮)
福島地裁は6月23日、福島市の50歳代女性に拘禁刑1年、執行猶予3年(求刑・拘禁刑1年)の有罪判決を言い渡した。
公判や近隣住民らへの取材で浮かび上がったのは、女性の経済的な不安定さと地域社会からの孤立だった。
女性は短大卒業後、職を転々とし、20歳代から無職だった。母親との2人暮らし。買い物などは母親に依存しており、女性はひきこもり状態だったとみられる。近所の女性は「昔はあいさつを積極的にしていたが、2、3年前から外で見かけなくなった」と話す。
市によると、2025年7月から月1回、地域包括支援センターの職員が母親を見守りに訪れていた。女性の疾患やひきこもり状態も関係機関で共有していた。
しかし、女性から相談は寄せられず、高齢の母親への支援にとどまった。母親は昨年12月末に亡くなったが、自宅を訪れたセンター職員や地域住民に対し、女性は「母は元気です」などと説明した。「最近お変わりないですか」という職員の声かけには「頼んでいない」と突き放した。
女性は経済的に困窮し、健康面にも不安を抱えていた。母親が亡くなった後の生活費は、財布に残ったわずかな金と母のタンス預金90万円ほど。公判では「葬儀代に大きな金がかかり、払ってしまえば生活ができなくなる」と話していたことが明かされた。
さらに、統合失調症による幻覚・幻聴の症状があったほか、歩行も難しく通院や買い物にも行くことができなかった。地域から孤立し、「近所にも嫌われていると思い、誰にも言えずつらかった」と振り返った。
3月、自宅を訪れたセンター職員らが一部が白骨化した母親の遺体を見つけた。「ちゃんと葬式をあげてあげればよかったと後悔した」。被告人質問でそう答えた女性は判決言い渡し直前、「皆様に大変な迷惑をかけて申し訳ない」と消え入りそうな声で謝罪した。
ひきこもりの相談支援や居場所作りなどを行う「県ひきこもり相談支援センター」によると、25年度の相談件数は1047件で、240世帯から相談があった。うち214世帯が10歳代~40歳代で、50歳代以上の相談は全体の8%に相当する20世帯だった。センター長の桜井龍太郎さん(34)は「ひきこもりが長期化すると相談するエネルギーを失い、諦めてしまう場合もある」と説明する。
自身もひきこもりの経験があるNPO法人「こおりやま子ども若者ネットワーク」理事の荻野亮太さん(40)は「(母が亡くなる前に)自治体職員や支援団体で何回も顔を合わせている人がいたら、女性から伝えるハードルは下がったかもしれない」と話す。
「8050問題」について研究している文京学院大人間学部の山崎幸子教授(老年心理学)は「ひきこもり人口は高齢化していく。家族の孤立や生活上の困難、経済的な困窮は増えていくだろう」と指摘する。
当事者や関係者への支援には、経済的に困窮している場合は仕事や住まい、家計の立て直しを手助けする「生活困窮者自立支援制度」や生活保護の利用を挙げる。健康状態に問題がある場合は、医療機関や障害福祉につなぎ、必要に応じて訪問看護やリハビリを利用することも勧める。
山崎教授は「当事者が援助要請の声を上げやすくするための情報発信が必要」と強調。8050問題が持つ複合的な課題への対応については「世帯全体を見て、医療や介護、生活困窮、ひきこもり支援などをつなぐ調整役の存在が重要になる」と話す。
台風と秋雨前線 九州や四国を中心に非常に激しい雨も 線状降水帯発生のおそれも 西~東日本は週明けにかけて大雨長引くおそれ
台風24号と秋雨前線の影響で、きょうは西日本で激しい雨が降り大雨のおそれがあります。九州や四国を中心に発達した雨雲が流れ込みそうです。大雨による土砂災害などに警戒が必要です。
【九州や四国で線状降水帯発生のおそれも】 台風24号はこのあと動きが遅くなり、しばらく沖縄や奄美付近にとどまる予想です。本州付近には秋雨前線が停滞して、台風周辺の湿った空気が流れ込むため、きょうは西日本の太平洋側を中心に発達した雨雲がかかりそうです。奄美地方を含む鹿児島県、宮崎県、大分県、高知県では今夜にかけて線状降水帯が発生するおそれがあります。同じような場所で非常に激しい雨が続き、災害発生の危険度が急激に高まるおそれがあります。
あす朝にかけて予想される雨の量は、四国で300ミリ、九州南部で250ミリなどとなっています。これまでの大雨で地盤の緩んでいる地域では、少しの雨でも土砂災害の危険度が高まるおそれがあります。土砂災害、低い土地の浸水、川の増水、氾濫に警戒が必要です。北海道は午前中を中心に雨や雷雨になりそうです。東日本も雨の降る所があるでしょう。
【雨で暑さ和らぐ気温の変化に注意】 日中の気温は関東から西できのうより低く、26℃前後の所が多いでしょう。きのうより5℃くらい低くなる所もあり、9月下旬から10月上旬並みの涼しさとなりそうです。気温の変化にもお気をつけください。晴れる仙台は29℃の予想です。
きょうの各地の予想最高気温です。 札幌 :21℃ 釧路:18℃ 青森 :26℃ 盛岡:27℃ 仙台 :29℃ 新潟:28℃ 長野 :25℃ 金沢:27℃ 名古屋:25℃ 東京:26℃ 大阪 :25℃ 岡山:25℃ 広島 :27℃ 松江:27℃ 高知 :27℃ 福岡:27℃ 鹿児島:29℃ 那覇:31℃
【大雨長引く日曜日以降は東海・関東も大雨】 週末も動きの遅い台風と本州付近の前線の影響で、西日本や東日本は雨が降りやすく、東海や関東は日曜日から雨が強まりそうです。月曜日ごろにかけても雨が長引き、大雨となるおそれがあります。今後も最新の情報をご確認ください。
連続不審火に関与か 老人ホームに火をつけ塀を焼損させた疑いで58歳女を逮捕 札幌市東区
札幌市東区の老人ホームに火を放ち、コンクリート塀を焼損させたとして58歳の女が逮捕されました。
現場付近では不審火が相次いでいて、女は関与をほのめかしているということです。
器物損壊の疑いで逮捕されたのは、札幌市東区の無職、石川亜紀子容疑者・58歳です。
石川容疑者は8月28日午後11時50分ごろ、札幌市東区の老人ホームに何らかの方法で火を放ち、コンクリート塀の一部を焼損させた疑いが持たれています。
付近の防犯カメラの映像などから石川容疑者が浮上し、逮捕に至りました。
施設の担当者によりますと、現場からは灯油のにおいがする木片が見つかったということです。
調べに対し、石川容疑者は容疑を認めています。
また現場付近では8月29日と9月1日、屋外にあった角材やリサイクル会社が燃える不審火がありました。
石川容疑者は一連の不審火についても関与をほのめかしているということで、警察が関連を詳しく調べています。
「フタバスズキリュウ」の化石発掘、古生物学者の長谷川善和さん死去…96歳
首長竜フタバスズキリュウの化石を発掘した古生物学者で、横浜国立大名誉教授の長谷川善和(はせがわ・よしかず)さんが2日、死去した。96歳だった。告別式は8日午前10時30分、神奈川県鎌倉市大船2の17の15鎌倉ファミリーホール。喪主は長男、真一氏。
長野県飯田市生まれ。国立科学博物館の研究者だった1968年、福島県いわき市で当時高校生だった鈴木直さんの発見した化石に基づく発掘調査を実施。詳しく調べ、国内初の首長竜の化石だと突き止めた。この成果は、日本では恐竜や首長竜の化石は見つからないという考えを覆した。
2006年、フタバスズキリュウは新属・新種と認められ、フタバサウルス・スズキイと学名がついた。
1979年からは横浜国立大教授として後進の指導にあたり、国内での恐竜研究の発展に尽力した。96年に開館した群馬県立自然史博物館の創立にも関わり、初代館長に就任。2010年からは名誉館長として講演活動を続けていた。