大規模冠水の千葉・大網白里市 早朝からコンビニ・飲食店などで泥水撤去など復旧作業 再開めど立たず 一部で冠水続く

千葉県を襲った豪雨では、今も一部の地域で冠水が続いています。大規模な冠水被害にあった大網白里市では、きょうも住民が復旧作業に追われています。中継です。
千葉県大網白里市です。こちらのコンビニでは先ほどまで、豪雨の影響で駐車場にたまった泥水をはき出す作業が行われていました。早朝の午前5時から30人ほどで作業をしていたということですが、作業を終える見通しはたっていないということです。
きのう、この場所を上空から撮影した映像です。画面中央に写っているのが、こちらのコンビニで、あたり一面が冠水していることが分かります。
きのうと比べると、きょうはかなりの水が引いたということで、この近くのラーメン店でも朝から復旧作業に追われていました。
ラーメン店の店主 「生樽やドリンク関係、調味料関係だったり、全部廃棄ですね」
私が話を聞いたラーメン店の店主は、「いつオープンできるのか、再開できるのかが一番心配だ」と話していました。

高市首相「反省」再封印=初の式辞、戦争主体曖昧に―終戦記念日

高市早苗首相は終戦記念日の15日、就任後初めて臨んだ全国戦没者追悼式の式辞で、先の大戦に対する「反省」に言及しなかった。石破茂前首相は昨年の式辞で「反省」の文言を13年ぶりに復活させたが、首相は第2次安倍政権から岸田政権まで続いた対応に戻した。保守層にアピールする狙いがあるとみられる。
首相は安倍晋三元首相を含めて歴代首相が使っていた「戦争の惨禍を二度と繰り返さない」との文言も修正。主体が曖昧な「戦争の惨禍を二度と繰り返させない」との表現に変えた。「アジア諸国の人々に損害と苦痛を与えた」などの表現も用いず、「(日本は)インド太平洋の輝く灯台として頼りにされる国になれる」と強調した。
「反省」の文言は、社会党の村山富市元首相が1994年の式辞で初めて使用し、それ以降の政権でも定着。しかし、安倍元首相は政権復帰後初となった2013年の式辞から一貫して使わず、菅義偉、岸田文雄両元首相も安倍氏の対応を踏襲した。 [時事通信社]

【盆休み終盤】近畿の高速道路は15日がUターンラッシュのピーク 名神高速で約25キロなど渋滞予想

お盆休みも終盤を迎え、近畿地方の高速道路は15日がUターンラッシュのピークと予想されています。
最大で9連休となった今年のお盆休み。
現在、名神高速道路上りでは大津インターチェンジ付近を先頭に約21キロ渋滞しているほか、京滋バイパス上りでは事故の影響もあり、笠取インターチェンジ付近を先頭に約8キロ渋滞しています。
NEXCO西日本によりますと、このあと15日夜にかけて、

▼名神高速道路上り 大津インターチェンジ付近を先頭に最大で約25キロ

▼阪神高速3号神戸線上り 芦屋付近を先頭に最大で約20キロ

などの渋滞が予想されています。
※8月15日正午ごろの情報です。

阪神高速で時速160キロで走行か バイクに追突し男性を死亡させる 速度超過「危険運転致死罪」適用で起訴

阪神高速で酒を飲んで車を運転し、死亡事故を起こしたとして先月(7月)、逮捕された男が危険運転致死などの罪で起訴されました。
建設作業員の丸岡航太被告(22)は、7月26日、阪神高速環状線で、基準値を超えるアルコールを飲んだ状態で指定速度60キロの区間を時速約160キロで運転したうえ、バイクに乗っていた男性(53)に追突して、死亡させたとされています。
丸岡被告は、過失運転致死などの疑いで逮捕されましたが、大阪地検は14日、「危険運転致死罪」を適用し起訴しました。危険運転致死罪には先月(7月)、新たに速度に関する数値基準が設けられていて、速度超過による適用は大阪府内では初めてです。

天皇陛下、戦没者追悼式で「平和と人々の幸せ希求し続けていくこと」願われ お言葉全文

天皇、皇后両陛下は15日、東京都千代田区の日本武道館で開かれた政府主催の全国戦没者追悼式に臨席された。式典での天皇陛下のお言葉全文は次の通り。

本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦においてかけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
終戦以来81年、人々のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき、誠に感慨深いものがあります。戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います。
ここに、戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

千葉豪雨の原因は…「モンスーンジャイア」と高気圧からの暖気、寒冷渦の冷気が衝突し積乱雲が次々発生

専門家「複数の条件重なったまれな状況」
13日に千葉県で記録的な豪雨をもたらした要因として、専門家は、温度と風向きの異なる空気が同県上空でぶつかり、線状降水帯が生まれやすい環境となったためだとみている。
三重大の立花義裕教授(気象学)によると、日本の南に発生している反時計回りの巨大な渦「モンスーンジャイア」と、北側の高気圧との相互作用で、関東地方に東から湿った暖かい空気が流れ込んだ。また、日本列島の上層には冷たい反時計回りの渦「寒冷渦」がとどまっていた。二つの空気が同県上空でぶつかり、局所的に次々と積乱雲が発生。線状降水帯となって長時間、激しい雨が降り続いたという。
モンスーンジャイアは巨大な空気の循環で、南西方向からの季節風などの影響で数年に一度、夏に発生する。
立花教授は「今回の豪雨は、複数の気象条件が重なったまれな状況だった。モンスーンジャイアの中では台風や熱帯低気圧が発生しやすく、今後も警戒が必要だ」と指摘する。

会えないまま戦死した父が「看護師に導いてくれた」…追悼式参列の81歳、今も現役で地域医療支える

終戦の日の15日、東京・日本武道館で開かれた全国戦没者追悼式に、徳島市の看護師、仁志マサエさん(81)が参列した。戦死した父を思い、看護師の道を歩み出して半世紀余り。今も現役で地域医療を支える仁志さんは「父が看護師に導いてくれた。続けられる限り頑張りたい」と改めて誓った。(高田結奈)
「唯一の宝物だから。いつも一緒やけん」。仁志さんはこの日朝、日頃から持ち歩いている父・巌さんの遺髪や写真を入れた袋を大事そうに抱え、会場の日本武道館に入った。
徳島県小松島市の大工兼農家だった巌さんは1944年3月、海軍の佐世保海兵団に入団した。同年9月21日、航空隊の整備兵としてフィリピンへ船で向かう途中、ルソン島沖で米軍潜水艦の魚雷攻撃を受けて海に沈んだ。当時32歳。仁志さんの誕生からわずか9日後のことだった。
戦地に向かう父が身重の母に宛てた最後の手紙には、女の子が生まれたら「マサエ」と名付けるよう書かれていた。母の名前は「マスエ」。「父は母が大好きやったから、よく似た名前を付けてくれたんと思う。大切な名前です」。接することすらかなわなかった父を思うと、今も涙が浮かぶ。
一家は大黒柱を失い、終戦後の暮らしは貧しかった。小学生の仁志さんもムシロを織ったり、農繁期は学校を休んで田植えや草刈りに励んだりして生計を支えた。
苦しい日々の楽しみは、貸本屋で借りた本を読むことだったという。出会ったのが、ナイチンゲールの伝記だ。従軍看護師として出向いた戦場で、敵も味方も区別なく負傷兵を手当てする献身的な姿に強くひかれた。
読み進めるうち、兵士らの姿が父に重なった。「戦場に行かざるをえなかった父のような傷ついた人たちに尽くしたい。父もきっと喜ぶはずだ」。看護の道に進もうと決意した。
中学卒業後に准看護師の資格を取り、県内の病院に勤めた。結婚・出産を経ても働き続け、勉強の末に47歳で正看護師の資格を取得した。現在も県看護協会の登録ナースとして各地に出向き、地域医療の担い手であり続ける。
会えないまま死別した父への思いは今も募る一方で、県遺族会の慰霊事業などでフィリピンを4度も訪れた。今年4月には父が乗った船が出航した台湾・高雄港を単身で訪問した。父の好物だったあんパンを持参し、4人の孫の成長ぶりなどを報告したという。
改めて父への感謝を伝え、戦争が二度と起きないよう祈ろうと、今回の追悼式への参加を決めた。もちろん、看護師として今後も尽くす決意も伝えた。「社会の役に立っている姿を、まだまだ父にも見てほしいから」

繭玉型に包んでのみ込み…コカインを体内に隠し密輸か 30歳女を逮捕

コカインを繭玉型に包んでのみ込み、密輸したとして、30歳の女が逮捕されました。
警視庁によりますと、アルゼンチン国籍のロサ・ミカエラ・キピルドル容疑者は今月9日、繭玉型に包装されたコカイン1個をのみ込んで体内に隠し、イギリスから羽田空港に営利目的で密輸した疑いがもたれています。
コカインは、黒色のゴムのような素材で包んだうえ透明のラップでくるまれ、繭玉型になっていたということです。
繭玉型のコカイン101個をのみ込んだとみられていて、総量は、およそ1.1キロ、末端価格およそ2400万円にのぼるということです。
調べに対し、キピルドル容疑者は、「生活苦の話をしたところ儲け話として密輸をもちかけられた」「7000ドルをもらう予定だった」と容疑を認めているということです。

熊本地震、被災者の心のケア担う 精神医療チーム「DPAT」

震度7の地震を観測した熊本県で、全国から派遣された「災害派遣精神医療チーム(DPAT)」が被災者らの心のケアを担っている。15日までの犠牲者は関係調査中を含め39人、避難者3千人以上に上る中、大切な人との別れや慣れない避難生活、今後への不安で体調を崩す人も。識者は「復興には前向きになるためのケアが重要」と指摘。今後の災害対応には人員が不足しているとして体制強化を訴える。
DPATは精神科医や看護師ら計3人以上で一つの隊が構成され、災害や事故の際に現地で住民らのケアや医療機関の支援に当たる。多数の死傷者が出た阪神大震災や東日本大震災で心理ケアの重要性が指摘されたことなどを受け、2013年に発足。全国から被災地に派遣される。
今回の熊本地震では県が全国に派遣を要請。DPATは避難所を回って被災者の健康状態や服薬状況を確認し、停電や断水となった医療機関で患者の転院先確保や搬送調整などを担っている。自治体職員ら支援側のケアもしている。

マンション爆発で重体の男性死亡=全身にやけど―千葉県警

千葉県市川市福栄で起きたマンションの爆発事故で、意識不明の重体となっていた住民の小嶋義一さん(52)が15日、死亡した。県警は事故の原因特定を急ぐ。
県警によると、全身をやけどし、左足など複数箇所も骨折しており、今後、司法解剖をして詳しい死因を調べる。
小嶋さんは3階建てマンションの1階に住んでおり、事故で建物の外に吹き飛ばされた。小嶋さんの部屋が最も損傷が激しく、台所のガスの元栓が開いた状態で、暖房器具につながるホースが外れていた。
爆発は1日午前6時35分ごろ発生。住民二十数人が巻き込まれ、小嶋さんら2人が病院に運ばれた。 [時事通信社]