6日午後4時ごろ、福岡市博多区博多駅前3の「ANAクラウンプラザホテル福岡」の関係者から「ホテルの中2階の中華レストランの厨房(ちゅうぼう)から火が出た」と119番があった。
消防によると、15階建ての2階が燃え、約1時間後に消し止められた。40代男性と10代女性が「煙を吸って気分が悪い」と話し、病院に運ばれ軽傷。
現場はJR博多駅近くのオフィスやホテルが建ち並ぶ一角。火災を受け、多くのホテル利用者が避難するなど現場周辺は一時騒然となった。【川畑岳志】
投稿者「F.Krueger」のアーカイブ
「食べログ」側の逆転勝訴が確定 サイト内の評価をめぐる訴訟で焼き肉チェーン店側の上告を棄却 最高裁
グルメサイト「食べログ」で不当に評価を下げられたとして、焼き肉チェーン店の運営会社が「食べログ」側を訴えた裁判で、最高裁は5日付で、店側の上告を退ける決定をしました。これにより、「食べログ」側を逆転勝訴とした2審の判決が確定しました。
焼き肉チェーン店「KollaBo」の運営会社「韓流村」は、「食べログ」での評価がチェーン店であることを理由に不当に下げられ、売り上げが減ったとして、「食べログ」の運営会社「カカクコム」に損害賠償などを求めていました。
1審の東京地裁は2022年、「食べログ」側が評価を算出するためのアルゴリズムを変更し、チェーン点の評価が下がったことは、「あらかじめ計算できない不利益を与えるもの」で、独占禁止法上の優越的地位の乱用にあたるとして「食べログ」側に3840万円の賠償を命じました。
しかし、2審の東京高裁は2024年「変更は評価に対する一般消費者の感覚とのずれを是正するために行われたもので合理性がある」と指摘。「結果として評価が下がったとしても、不当に行われたものとまでは言えない」として、「食べログ」側を逆転勝訴としていました。
永田町で遅刻が相次ぐ…小野田大臣が閣議に遅刻、委員長の遅刻で委員会の開催見送りに 野党は強く反発 自民党内からも緊張感求める声
永田町ではきょう、大臣や委員長の遅刻が相次ぎました。小野田大臣が閣議に遅刻したほか、国会では委員長の遅刻が原因で委員会が開かれない事態が発生し、与野党双方から批判の声が上がっています。
小野田大臣が閣議に遅刻 駆け足で官邸に
けさ、駆け足で官邸に姿を見せた小野田経済安全保障担当大臣。そのワケは…
小野田紀美経済安全保障担当大臣 「本日の閣議に5分間遅刻をいたしました。予期せぬ事故渋滞に巻き込まれ、身動きが取れなくなったものではありますが、そういった不測の事態にも対応できるようにさらに気を引き締めてまいりたいと思います。誠に申し訳ございませんでした」
事故渋滞のため、閣議に遅刻したとして謝罪しました。
けさの閣議では、災害対策の司令塔となる「防災庁」の設置法案などが決定しましたが、遅刻による影響はありませんでした。
文部科学委員会に自民党の委員長が遅刻 開催見送りに
一方、影響があったのはもうひとつの遅刻です。午前8時50分からおこなわれた衆議院・文部科学委員会の理事会に、自民党の斎藤委員長が遅刻し、協議の結果、委員会の開催は見送られました。
斎藤洋明衆院文科委員長 「私の緊張感を欠く不手際によって影響が出てしまったことは大変申し訳ないと思ってますし、今後も日程に影響が出ないように、私とすれば一生懸命努めていくしかないと思います」
自民党内からも緊張感を求める声「一昔前なら野党の追及で更迭案件」
野党は強く反発しています。
中道改革連合 小川淳也代表 「与党側の緩みとおごり、万能感。これは目に余るということをひしひしと感じています」
自民党内からも、「一昔前なら野党の追及で更迭案件だった」などと、巨大与党に緊張感を求める声が上がっています。
「お母さんは火事で…」44人が死亡「歌舞伎町ビル火災」後の“壮絶な25年”「あんな場所にいたほうが悪い」と誹謗中傷も…
2001年、新宿歌舞伎町の雑居ビルで火災が発生。44人が亡くなった。警視庁は放火の疑いがあるとみて捜査したが、今も犯人は特定されてない。未曾有の大火災から25年となる中、NHK総合テレビで夜10時から放送中の「未解決事件」File.13では「新宿歌舞伎町ビル火災」に迫った(2月28日放送)。取材班は、4か月にわたる取材期間に、事件で家族を亡くした人々へ話を聞いた。遺族たちはいま、どのような思いを抱えているのか。(取材・文:NHK「未解決事件」取材班/全2回の1回目、 後編 に続く)
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知られざる遺族の25年
25年前(2001年9月1日)に起きた「新宿歌舞伎町ビル火災」。金曜の深夜、仕事を終えた人たちでにぎわう街の中心部で、1軒の雑居ビルから突然、黒煙が噴き出した。3階のマージャンゲーム店・4階の飲食店に居合わせた客と従業員、44人の命が奪われ、東京消防庁創設以来、未曾有の大惨事となった。
しかし今、一体どれほどの人が、あの火災のことを覚えているだろうか。
現場のビルはすでに取り壊され、火災を思い起こさせるものは何も残されていない。若者や外国人観光客は何事もなかったかのように素通りしていくのが現実だ。
ご遺族の25年を知りたい
取材のきっかけは7年前。駆け出しの警視庁担当記者だった取材班のメンバーは、「歌舞伎町ビル火災」発生日の9月1日に向けてリポートを出すため、娘を失った母親への取材を行った。「放火犯を捕まえてほしい」という強い気持ちを言葉にしてくれた一方で、「娘が亡くなった場所が、歌舞伎町だった」ということについては、細かく触れられたくないような、どこか割り切れない思いを抱えている様子も感じられた。ご遺族の心の傷は、こちらの想像をはるかに超えた深さがあるのかもしれない。放火の可能性が高いと指摘されながらも特定されていない現実に加え、ご遺族の中に決して癒えることのない痛みがあるとしたら、 その双方の“未解決”に向き合う取材ができないか。そうした思いが、今回の番組の出発点だった。
亡くなった44人は地方出身者も多く、ご遺族とひと言で言っても、その立場は様々だ。息子や娘を失った親、親を失った子、夫を失った女性……。どのような思いを抱えながら、ご遺族はこの25年を生きてきたのか。
4か月の取材期間で連絡がとれたご遺族は、32人。しかしそのほとんどの反応は、「どうして今更。思い出させないで」「その話はもう聞きたくない」という非常に厳しいものだった。
「もし、あの時…」後悔を背負い続ける遺族
しかし、そうした中でも、取材に応じてくれた方々がいた。
3階のマージャンゲーム店の従業員だった井上正仁さん(当時30歳)は京都で生まれ育ち、「俳優になりたい」という夢を追って、高校卒業と同時に上京。俳優が主宰する劇団に所属し、CMやドラマなど、活動の場を少しずつ広げていた。生活費を工面するため、新聞配達や百貨店での配送業務、警備員、マージャンゲーム店の従業員など、複数のアルバイトをしていたという。
父親の正さん(84)が今も大切にしているのは、正仁さんから届いたメッセージカード。アルバイト先の百貨店の包装紙できれいに包まれたお菓子が時折実家に届き、そこには毎回、手書きのメッセージが添えられていた。「必ずビッグになる」。まっすぐに夢を目指す息子の姿が誇らしかったと、正さんは当時を振り返る。
「会ってもらいたい女性がいるから、今度、連れて帰る」。息子からの電話に、正さんと妻は胸を膨らませた。2人分の布団を準備して帰りを待っていたものの、正仁さんから「仕事の都合で、どうしても帰れなくなった」という連絡が入り、夫婦は肩を落とした。
そしてある時期を境に、正仁さんは電話にも出なくなった。正さんは心配しながらも、自身の体調が悪く、様子を見に東京へ行くことは叶わなかった。息子はきっと元気でやっているはずだと、信じるしかなかった。
正仁さんは、上京して以来、一度も故郷に戻れないまま、帰らぬ人となった。
正さんが、遺品整理のために正仁さんのアパートを訪れたとき、ポストは郵便物であふれ返っていたという。アルバイト先などで寝泊まりするような生活を送っていたのかもしれなかった。部屋の中には、著名な俳優が名を連ねる映画の台本が1冊、残されていた。
息子が電話に出なくなったのは、何か都合の悪いことでもあったのか。道半ばだった俳優業はどのような状況だったのか。あの時もし東京に行って確かめることができていたら、息子が命を落とすことはなかったかもしれない。その後悔は一生背負っていくものだと、正さんは静かに語った。
「お母さんは火事で死んじゃったんだよ」と…
ビル4階の飲食店に勤めていた多田千帆さん(当時23歳)。新潟・佐渡で生まれ育ち、18歳のときに結婚。その後、長女を出産した。幼い頃から猫が好きで、動物病院で働きたいという夢をもっていた千帆さん。専門学校への進学を目指し、家族3人で東京へと移り住んだ。しかし東京での暮らしは決して楽ではなく、夫ともすれ違うことが増え、別居。千帆さんは幼い娘をひとりで育てながら、歌舞伎町で働くようになった。
千帆さんの娘・香織さん(仮名・29歳)が話を聞かせてくれた。捨て猫を見つけてはアパートに連れて帰って育てていた母の姿、香織さんが寝ている布団の中に猫たちが入ってきたぬくもりが、今も記憶に残っているという。千帆さんが亡くなったとき、香織さんは4歳。周囲の大人から「お母さんは火事で死んじゃったんだよ」と聞かされて育った。歌舞伎町というのも耳にしていたが、具体的に母がどういった経緯で、どのような亡くなり方をしたのかまでは知らなかった。「どうして私には、母も父もいないんだろう」と精神的に苦しくなった時期もあった。
みずから調べようと心に決めたのは20歳を過ぎたころ。「44人が亡くなった火災」というのを手がかりに調べると、すぐにヒットした。母が働いていたのは、女性が接客する夜間営業の飲食店だったことを知るとともに、“防火扉”や“一酸化炭素中毒”など、初めて触れる言葉の数々があった。たったひとりで幼い子どもを育てながら夢を追い、少しでも早く必要なお金を得ようとしたらそうなるだろうなと、納得する自分がいた。一方で、母の仕事やその亡くなり方については、誰にも知られたくないという思いもわきあがり、亡き母への思いは揺れ動いた。
今、香織さんも、2人の子どもを育てる母親となった。子育てをしながらお金を稼ぐ大変さは身に染みているという。
「母なりに当時、一生懸命だったことはわかる。どんな仕事であったとしても、育ててくれたことには感謝したい。自分が親になり、そう思えるようになった」。そう語る香織さんの声には、芯の強さが感じられた。
「遺族が声をあげにくいということが、事件の風化にもつながる」
番組では最終的に、カメラ撮影に応じてくださったご遺族や、直筆でお気持ちをお寄せくださったご遺族の声を中心にお伝えすることになった。しかし取材者として日頃から感じているのは、放送では伝えきれなかった方々の声ひとつひとつに、大切な意味が込められているということだ。
火災に巻き込まれて亡くなった女性の友人への取材で、はっとさせられた言葉がある。
「遺族が声をあげにくいということが、事件の風化にもつながるのではないか」
当時は亡くなった方々に対し、「あんな場所にいたほうが悪い」という心ない言葉も向けられた。ご遺族も被害者であるのに、後ろめたさなどから声をあげられない、身を隠さざるを得ないということは、二重の苦しみをもたらすものだったと想像する。一方、今回取材に応じてくれたご遺族からは、「事件を無かったことにはしないでほしい」という悲痛な思いも、数多く寄せられた。
報じることがかえって被害者の尊厳やご遺族の心を傷つけることにつながってしまわないか、常にそのジレンマと向き合い続けた取材だった。その明確な答えはいまも見いだせていない。それでも私たちは、あの火災で44人の命が奪われた現実が社会の記憶から消え去ることのないよう、今を生きる人たちの心に届く形を模索しながら、伝え続けなくてはならないと思っている。
◆
最終的に「放火の可能性が高い」とされながらも、事件の捜査を阻んだものは何だったのか。「犯人が見つかったら、ひと言、『どういう気持ちで生きてたの?』って聞けたら…」と語る遺族の思いとは。 後編 に続く。
〈 遺族は犯人に「どういう気持ちで生きてたの?」と聞きたいと…「放火の可能性が高い」→「それでも“未解決”」捜査のジレンマ 〉へ続く
(NHK「未解決事件」取材班)
ガソリンを下水道に廃棄か=4人逮捕、爆発で発覚―警視庁
解体中のガソリンスタンド(GS)で貯蔵タンクに残っていたガソリンなどを下水道に廃棄したとして、警視庁生活環境課は6日までに、廃棄物処理法違反容疑で、土木建築会社「アーク・プランニング」(東京都立川市)常務の岩下誠容疑者(38)ら社員4人を逮捕した。同容疑者は「下水に流せば処理費用を払わなくていいと思った」などと話しており、4人は容疑を認めている。同課は同日、法人としての同社を書類送検した。
逮捕容疑は昨年9月6~17日ごろ、国分寺市のGS解体工事現場で、ガソリンや軽油などを含む汚泥約4万4480リットルを廃棄した疑い。
同課によると、同月30日、貯蔵タンクの切断中に爆発事故が発生。男性作業員1人が重傷を負い、同庁が捜査する過程で発覚した。
同社は解体工事を請け負い、タンクに残された中和済みのガソリンなどを処理する必要があったが、費用が約200万円かかるため、そのまま廃棄。ビニールシートで作業を目隠しするなどしていたという。 [時事通信社]
知人に熱湯かけて死なせたか 強盗致死疑いで56歳逮捕 東京
知人男性に熱湯をかけて死なせたうえ現金を奪ったとして、警視庁捜査1課は6日、東京都世田谷区若林5、職業不詳、宝田耕司容疑者(56)を強盗致死容疑で逮捕した。「金を返してもらっただけで、強盗ではない」と供述しているという。
逮捕容疑は2025年9月14~17日ごろ、自宅マンションで、狛江市岩戸北3の無職、高橋賢治さん(当時58歳)に熱湯をかけて死なせ、現金1万9000円を奪ったとしている。
警視庁によると、2人は同居状態で、高橋さんは9月17日、マンション外階段で倒れて救急搬送されたが病院で死亡した。体の半分にやけどがあり、死因は熱傷だった。宝田容疑者は当初、警視庁の聞き取りに「ヤミ金業者にやられたのではないか」と説明した。
繰り返し熱湯をかけられたとみられ、付近の防犯カメラに高橋さんが負ったやけどの範囲が日ごとに広がっていく様子が映っていたという。
宝田容疑者は既に覚醒剤取締法違反(使用)容疑などで逮捕・起訴されている。【菅健吾、朝比奈由佳、松本ゆう雅】
旭川市の保育施設で園児ら14人がノロウイルス集団感染 園児の便からノロウイルス検出
北海道旭川市内の保育施設で、園児ら14人がノロウイルスによる感染性胃腸炎を発症していたことがわかりました。
旭川市保健所によりますと、3月4日、市内の保育施設から複数の園児がおう吐や下痢などの症状を訴えていると報告がありました。
この保育施設では、2月25日から園児がおう吐や下痢などをしたため、保健所が4人の便を検査した結果、このうち3人の園児の便からノロウイルスが確認されました。
旭川市保健所は、園児13人と職員1人の計14人に同じような症状があることから、全員がノロウイルスによる感染性胃腸炎を発症していると判断しました。
6日時点で、全員の症状は回復または快方に向かっているということです。
毎年11月から3月はノロウイルスの感染が広がる時期で、保健所は保育施設に対して手洗いの徹底や施設内の清潔保持などの感染予防対策の指導を行っています。
インフルエンザ、3週連続の減少 前週比0.66倍
厚生労働省は6日、全国約3千の定点医療機関から2月23日~3月1日の1週間に報告されたインフルエンザの感染者数は計8万6175人で、1機関当たり22.66人だったと発表した。前週比0.66倍で、3週連続の減少。警報レベルとされる1機関当たり30人を下回った。
今季は当初、A香港型(AH3型)ウイルスの新たな変異株が流行した。感染者数はいったん減少したが、昨年末以降、B型の検出割合が増加。A型にかかった人が、B型に再び感染することもあり、警報レベルを超える感染が広がっていた。
都道府県別で1機関当たりの感染者数が最も多かったのは長野の37.16人。石川34.40人、岩手32.95人と続いた。
NHK職員逮捕、20代女性への卑劣な犯行は《欲望むき出しの獣》怒りの声は“受信料に飛び火”
3月6日、NHK報道局スポーツセンタースポーツ情報番組部に所属する中元健介容疑者(50)が不同意性交等容疑で逮捕された。中元容疑者は同局のチーフディレクターを務めている。
NHKチーフディレクターが逮捕
「中元容疑者は今年1月に東京都渋谷区で面識のない20代の女性に対し、性的暴行を加えた疑いが持たれています。
女性に路上で声をかけ、近くのビルに連れ込み、犯行に及んだとのこと。警視庁の調査によると、“俺危ないもの持っているから”などと脅したうえで、性的暴行を行い、その後、自転車で逃走したといいます。本人は“強制して無理やりさせたということはない”と主張し、容疑を一部否認しているそうです」(全国紙社会部記者、以下同)
中元容疑者は今回の事件だけでなく、ほかの余罪もあると見られている。
「これまでに同様の被害が複数寄せられているそうで、中元容疑者の携帯電話から事件に関連する可能性がある動画や画像が見つかったとのこと。こうした状況から、余罪についても調べを進めているそうです。
NHKは職員の逮捕に関し公式サイトで《職員が逮捕されたことは誠に遺憾であり、被害に遭われた方、視聴者の皆様に深くお詫び申し上げます。事実関係を早急に確認し、厳正に対処します》とコメントしています」
中元容疑者は『NHKスペシャル』の取材班の一員として、多くの国際大会を含むスポーツ取材をしてきた人物だという。
前出の記者が続ける。
「2020年には『幻のオリンピック 戦争とアスリートの知られざる闘い』という本を小学館から出しています。著者はNHKスペシャル取材班となっていますが、著者紹介の欄には中元健介(NHK報道局スポーツ情報番組部 チーフ・ディレクター)と、堂々と著者名として載っています。日本を代表するアスリートたちも、容疑者のことを認識しているのではないでしょうか」
やはり出た「受信料返せ」の声
公共放送局職員の悪質な事件。ネット上では、
《危ないもので脅して連れ込む時点で一発アウト。 肩書きなんて関係ない。重く償え》 《今時そんなんやってん?コンプラ学べや》 《公共放送の看板背負って、やってることは路上での暴力。結局どんな立派な肩書きや服を着とったかて、皮一枚めくったら欲望むき出しの獣や》
など、批判の声が上がる一方で、
《受信料返金してほしい これに尽きる》 《複数件やってるのか これがNHKの幹部かよ 受信料返せレベル》
と、NHKに対する意見も複数見られた。
「NHKは1月28日に、受信料未払いの人に向けて行う『支払督促』を“強化”すると発表。今年からすべての都道府県で《全国あわせて年間2000件を超える過去最多の規模に拡大する予定》としています。この発表の際にも、“いらない人たちにまで押し付けないで”などの声が上がりました。
今回の事件と受信料制度が直接関係するわけではありませんが、反対意見を強める要因になる可能性はあるでしょうね」(前出・全国紙社会部記者)
NHKは会見を開く予定だが、何を語るのだろうか――。
「防災庁」設置法案を閣議決定 トップは首相、補佐の防災相には「勧告権」
政府は、災害対応の司令塔として新たに設置する「防災庁」に関する法案を6日朝、閣議決定しました。
木原官房長官
「一貫した災害対応の司令塔となる防災庁を設置することにより、 人命・人権最優先の防災立国を実現するものであります」
法案では、防災庁のトップを内閣総理大臣とした上で、その補佐として防災大臣を置くとしています。防災大臣には「勧告権」が与えられ、関係省庁の取り組みが不十分な場合には、各省庁はその勧告を尊重することが義務づけられています。
また、木原長官は、会見で、東日本大震災から15年の節目となる11日に、福島市で開かれる追悼式に高市首相が出席すると明らかにしました。これに先立ち、高市首相は、「これまでの復興を通じて蓄積してきた知見をいかし、切迫する大規模自然災害に対し災害対応の司令塔となる『防災庁』を今年中に設置すべく準備を加速する」とメッセージを出しています。
政府は、今国会での法案成立を目指していて、政府関係者によりますと、早ければ11月に防災庁を設置する方向で調整しているということです。