北アルプスで大学生男女3人が遭難、1人低体温症で動けず…テントが風で飛ばされる

31日午後2時35分頃、長野県大町市の北アルプス・爺ヶ岳の東尾根付近(標高約2500メートル)で、神奈川県小田原市の女子大学生(20)が低体温症で動けなくなったと、一緒に登山をしていた男子大学生(23)から110番があった。県警によると、登山をしていたのは大学生の男女3人。テントは風で飛ばされたといい、県警は雪に穴を掘ってビバークするよう指示した。1日朝にも捜索に乗り出す。
3人は12月26日に入山した。通報時、女子大学生に意識はあり、ほかの2人も会話ができる状態だったという。

各地で初日の出、万博会場も富士山も赤く染まる…良い年になりますように

2025年最初の朝を迎えた1日、各地で初日の出が見られた。
大阪・関西万博会場の人工島・夢洲(大阪市此花区)でも午前7時過ぎ、日が昇ると空が曙色に染まった。

昨年8月に一つにつながった万博会場の大屋根(リング)は、1周約2キロ、幅30メートル、高さ12~20メートルの世界最大級の木造建築物で、万博会場のシンボル。海外パビリオンや国内企業などのパビリオンなども整備が進み、今年4月13日に開幕する万博の全体像が浮かび上がる。

また、東京都内も好天に恵まれ、東京都台東区からは初日の出でオレンジ色に染まる富士山の姿が見られた。

縁起良く「だるま初日の出」登場 蜃気楼の一種

2025年元旦、関東~西日本の太平洋沿岸では、縁起の良さそうな「だるま初日の出」が見られたところがありました。
だるま朝日は蜃気楼の一種で、気温や海水温の条件に加えて、遠い水平線まで雲がないことが必要で、観測できる時間も一瞬の現象です。
空気の温度差により出現する一瞬の現象
太陽が水平線から顔を出した後、太陽がΩ状に見えたり伸びたように見えるこの現象は、一般的に「だるま太陽」や「だるま朝日」と呼ばれるもので、冬に時折見られる現象です。
空気の温度が高さ方向に急激に変化している状態の時に風景が歪んで見える「下位蜃気楼」現象によるもので、陸上で十分に冷やされた空気の層と、海面で暖められた空気の層とで温度差が大きくなり、下側にニセの朝日が見えることで、Ω状…つまり「だるま型」になるとされます。
見える時間は数分もない、一瞬の現象です。
水平線の遠くまで雲がない場所でしかみられない
これが見られるためには、蜃気楼が発生するための強い冷え込みに加えて、東南東方向の遠い水平線まで雲がないことが必要です。
上空は晴れていても洋上で雲が発生することも多いため、初日の出のタイミングで目撃できればかなりラッキーといえそうです。
写真:ウェザーリポート(ウェザーニュースアプリからの投稿)

「誰も褒めてくれないし、ネットを見ると悲しい」“末期状態”で漏れ出た石破茂首相の本音

石破茂首相が12月27日、東京都内で講演したのだが、その発言が波紋を呼んでいる。
就任から約3か月。報じている記事によると、首相は激務に追われる日々について「普通の大臣の何倍もしんどい。なんせしんどい」と吐露。さらに自身の置かれた境遇について「新聞読んだら誰も褒めてくれないし、ネット見たら何だか本当、悲しくなるし。寝る時間はほとんどないし…」とボヤき連発。「会場の笑いを誘った」とつづられている。
9月27日に行われた自民党総裁選挙で新総裁となった石破首相。「できるだけ首相は続けたほうが国家のためになる場合が多い。しょっちゅう代わることがあってはならない」と強調したうえで、「みんなで選んだ首相であれば、それぞれがどれだけ首相の負担を減らせるかを考えることは大事だ」と語っていたという。
《褒めるところが一切無い》
「今回の首相の講演会は、内外情勢調査会の中でおこなわれたものです。この調査会は時事通信社の関連団体。全国の企業経営者などに向けて、内閣総理大臣をはじめとする政財官界首脳や各界有識者による講演会を企画しています。いわば首相にとっては同志というか“味方”のような存在。そんなフランクな場で、つい弱音が出てしまったのでしょう」(政治に詳しい記者)
ところがこの首相の一連のボヤきに対して、ネットからは猛反発が。
《どの部分が褒められると思ったのか、詳しく聞きたい》 《褒めるところが一切無い》 《悲しくなってるのは国民の方だよ》
などなど、怒りとも悲痛な叫びともとれる、辛らつな意見が飛び交う事態となってしまった。それもそのはず、首相になってから聞こえてくる評判といえば、食事マナーや人に対する態度といった、政治家以前の“人としてのあり方”ばかり。
「街頭演説先と思われる場所で大口を開けておにぎりを無造作にほおばる姿から始まり、焼き魚をほぐす際の箸の持ち方、茶碗の持ち方、またカップ麺の食べ方に至るまで食事マナーにツッコミが殺到。11月のAPEC首脳会議では、各国の首脳がお互いあいさつを交わす中、首相はポツンと席に座り、ひとりスマホを操作したり、腕組み。さらに各国首脳があいさつに訪れる中、立ち上がらず座ったまま握手するなど、品性、礼節に欠けると国民から日々厳しい目が注がれています」(前出・政治に詳しい記者)
そんな石破茂内閣の支持率は?
「12月の世論調査では、国内の主要な報道機関8社のうち、支持率は6社で下落。また6社が4割にも届きませんでした。時事通信は石破内閣の支持率を『末期状態』と指摘しています」(前出・政治に詳しい記者)
自分の頑張りを国民が認めてくれないと嘆く首相。一国を引っ張るリーダーがそれでいいのだろうか?

ビルが倒壊し朝市が燃えた能登半島地震から1年 いまだ500戸断水、復興への道のり遠く

最大震度7を観測し、建物の倒壊だけでなく海岸線の隆起や津波、大規模火災など多大な被害をもたらした能登半島地震から1年。9月に被災地を襲った記録的豪雨も追い打ちをかけ、いまだ避難所で暮らす人もいる。水道はおおむね復旧したが、石川県輪島市と珠洲市では地震や豪雨による土砂災害などの影響で、500戸が断水した状態だ。同県内の倒壊した家屋などの公費解体は12月22日時点で申請棟数の39・3%にとどまる。道のりは長いが、被災地は復興に向けて一歩ずつ進んでいる。

天皇陛下「希望を持って歩んでいくことのできる年に」…新年メッセージ、戦後80年「慰霊の旅」へ

天皇陛下は1日付で、新年を迎える感想を文書で公表された。今年は戦後80年の節目にあたり、「終戦以来、人々のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられた」と振り返り、平和な世界の大切さを強調された。今年は皇后さまとともに沖縄、広島、長崎を巡る国内の「慰霊の旅」に臨まれる方向で検討が進んでいる。
感想の冒頭、陛下は能登半島地震などの災害や物価上昇で、「多くの人にとって御(ご)苦労の多い年であったことと思います」と昨年を回顧された。困難を抱えている人々を案じ、「今年も、人々がお互いを思いやり、支え合いながら、様々な困難を乗り越えていく」ことを願われた。
続いて、戦後80年に触れ、現在も戦争や紛争により、世界で多くの人命が失われていることに「深い悲しみを覚えます」とつづられた。その上で、平和な世界を築くため「人々が違いを認め合い、共に手を携えて力を合わせていくことの大切さを感じます」と記された。
そして、「新しい年が、希望を持って歩んでいくことのできる年となることを祈ります」と結ばれた。
天皇、皇后両陛下は今年も各地を訪ねられる。慰霊などで訪れる沖縄、広島、長崎の3県以外にも、5月には全国植樹祭で埼玉県、9月には国民スポーツ大会で滋賀県、11月には全国豊かな海づくり大会で三重県をそれぞれ訪問される。
1日は皇居・宮殿で「新年祝賀の儀」に臨み、皇族方や三権の長、外国大使らから祝賀を受けられる。
2日の新年一般参賀では、両陛下と皇族方が午前10時10分、同11時、同11時50分、午後1時半、同2時20分頃の計5回、皇居・宮殿のベランダに立たれる。参賀者は、午前9時半から午後2時10分の間に皇居正門(二重橋)から参入する。
天皇陛下の感想全文

天皇陛下の新年に当たっての感想は以下の通り。

昨年は、年初の能登半島地震を始め、台風や豪雨などによる災害が各地で発生したほか、物価の上昇などもあり、多くの人にとって御苦労の多い年であったことと思います。困難を抱えている人々のことを案じると同時に、そのような人々のため、また、社会のために地道に活動に取り組んでいる人も多いことをうれしく思っています。今年も、人々がお互いを思いやり、支え合いながら、様々な困難を乗り越えていくことができるよう願っています。
今年は、戦後80年の節目を迎えます。終戦以来、人々のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられた一方で、現在も戦争や紛争により、世界各地で多くの人の命が失われていることに深い悲しみを覚えます。平和な世界を築いていくために、人々がお互いの違いを認め合い、共に手を携えて力を合わせていくことの大切さを感じます。
新しい年が、我が国と世界の人々にとって、希望を持って歩んでいくことのできる年となることを祈ります。

観測船「しらせ」昭和基地に接岸 雪上車使い物資燃料輸送へ

【昭和基地=南極観測隊同行記者】南極観測船「しらせ」が31日、昭和基地に接岸した。日本を2024年11月20日に出た。天候を見ながら雪上車などを使った基地への物資・燃料輸送が本格的に始まる。
「しらせ」は現地時間の午前9時44分(日本時間午後3時44分)、基地がある東オングル島沖約120mに停船した。12月28日に「しらせ」からヘリコプターで基地入りした第66次南極地域観測隊や、第65次越冬隊が接岸場所近くで出迎え、「おかえり」などと声をかけた。
第66次隊の森田康さん(36)は「無事に接岸して良かった。輸送や観測も順調に進んでほしい」と話した。

東京・墨田区の火災、住宅10棟燃える 2人死亡

31日午後5時過ぎ、東京都墨田区押上3の住宅街で火が上がっていると119番があった。捜査関係者によると、午後9時までに住宅10棟が燃え、延べ約300平方メートルを焼いた。このうち木造平屋建ての住宅から性別不明の2人が救助されたが、いずれも死亡が確認された。東京消防庁や警視庁が、他にも逃げ遅れた人がいないかを確認している。
現場は、東京メトロ・押上駅から東に約600メートルの住宅街。近くに区立小学校があり、付近では消防車が列をなして消火活動にあたった。近くに住む男性(70)は「家族からの連絡で急いで帰ってきた。年末にこんな火災が起きて、驚いています」と話した。【菅健吾、長屋美乃里】

東京・押上で10棟の住宅火災、2人死亡…付近住民は公園に避難「大みそかゆっくり過ごしていたのに」

31日午後5時頃、東京都墨田区押上の2階建て住宅から出火し、周辺の住宅を含め計10棟約400平方メートルを焼いた。警視庁向島署によると、住宅の焼け跡から2人の遺体が見つかり、同署が身元を調べるとともに、出火原因を調べている。
現場は東京メトロ押上駅から東に約500メートルの住宅街で、東京スカイツリーも近い。周辺は煙に包まれ、付近の住民は近くの公園などに避難した。近所の会社員男性(38)は「火の粉が飛び、爆発音が響いて怖かった。大みそかでゆっくり過ごしていたのに……」と話していた。

村上知彦さん死去、73歳=漫画評論家、編集者

村上 知彦さん(むらかみ・ともひこ=漫画評論家、編集者)22日午後0時47分、間質性肺炎のため兵庫県西宮市の自宅で死去、73歳。同県出身。葬儀は近親者で営んだ。喪主は妻裕子(ゆうこ)さん。後日、お別れの会を開く予定。
関西学院大在学中の70年代から、自身でミニコミ誌を発行するなどして漫画評論を始めた。80年に漫画家いしいひさいちさんらと漫画雑誌「漫金超」を創刊。書籍の編集も手掛け、情報誌「プレイガイドジャーナル」編集長や日本マンガ学会理事、神戸松蔭女子学院大教授などを歴任した。著書に「まんが解体新書」など。収集した同人誌などの資料は京都市の京都国際マンガミュージアムに寄贈し、コレクションされている。
[時事通信社]