【独自】容疑者の知人「運転マナー悪かった」 富山市の親子死亡事故

今月、富山市の国道交差点で親子2人が死亡した事故で、危険運転致死の疑いで逮捕された男の知人がKNBの取材に応じました。知人は「これまでにも法定速度を超えるスピードで走る姿を見るなど、運転マナーが悪かった」と話しています。
杉林容疑者の知人
「今回の事故は許せないことなので、正直がっかり。反省してほしい」
こう話すのは、危険運転致死の疑いで逮捕された杉林 凌容疑者を以前から知る県内の男性です。
6年ほど前、杉林容疑者から男性の車を運転させてほしいと頼まれ、助手席に乗って運転の様子を見ていたといいます。
杉林容疑者の知人
「(運転は)10分もないくらい。(法定速度を超える)スピードを出したり、バーンアウトという後輪を空転させて、タイヤを温めるような行為をいきなりやられた。やるとしてもサーキット場とか。公道では絶対にやらない。その時はさすがに『なにをしている』と言った。常識を守れないのかなと思った」
「それをやられて、もう会いたくないし、会っても貸したくないと思った」
杉林容疑者は今月7日、富山市八町の国道交差点で赤信号を無視して事故を起こし、相手の車に乗っていた富山市の38歳の女性と中学2年生の息子を死亡させたとして、逮捕されました。
時速140キロを超えるスピードを出していたとみられます。
調べに対し「赤信号でも行ってやろうと思った」と話し、「ほかの車と一方的に競い引き離そうとしていた」という趣旨の話をしているということです。
杉林容疑者の知人
「スピードを出しても信号は守ると思っていたので、今回、信号を無視したと見たのでびっくりした」
警察は今月13日に容疑者立ち会いで実況見分を行うなど、当時の状況を詳しく調べています。
知人の男性は、杉林容疑者に数年ぶりに会った際に、初めて自分の車を運転させたということですが、男性が知っていた「物静かな性格」から変化を感じたとも話しました。

ホルムズ海峡めぐりアメリカが各国に支援要請 日本は?

16日に撮影されたホルムズ海峡の映像。今も多くのタンカーが停泊を余儀なくされています。こうしたなか、アメリカは各国に支援を要請。日本は応じるのでしょうか。
【画像】艦船派遣 各国の反応
日本どうする?迫る首脳会談
イランが事実上封鎖しているホルムズ海峡を巡って、アメリカのトランプ大統領、日本を名指しして協力を求めました。
アメリカ トランプ大統領

「我々がホルムズ海峡を経由して輸入する原油は1%未満だが、他の国々にとってその比重は大きい。日本は95%、中国は90%。多くのヨーロッパ諸国もかなりの量を輸入しているし、韓国も35%だ。だから彼らにはホルムズ海峡の問題に協力してほしい」
トランプ大統領は14日にも自身のSNSで日本、中国、フランス、韓国、イギリスを名指しして、ホルムズ海峡に艦船を派遣することを求めています。
公明党 西田実仁幹事長

「今回訪米されて、アメリカから日本は中東の原油に依存しているのに、何もしないのかと言われた場合にどう対応するのか」
小泉防衛大臣

「現時点で正式な派遣要請などは来ておりません。現時点で自衛隊の派遣について決まっていることはありません」
高市総理大臣

「法的に可能な範囲で何ができるかと、精力的に政府内で検討をしております。ことによっては国会の承認が必要なミッションもあるわけでございますが、そういう場合にはできるだけ幅広く各党・各会派の代表の方に丁寧にお話をしたいと考えております」
18日に日本を出発し、現地時間19日にトランプ大統領との首脳会談に臨む高市総理大臣。現状、ホルムズ海峡への自衛隊派遣には否定的です。
「例えば日本がテロの標的になるリスクもあります。高市内閣はしたたかな外交を、そして国益第一の外交を展開してまいります」
政府関係者

「こんな戦争状態の所に自衛隊を出すなんて議論は1ミリもしていない」
中国を除く国々と協議中
トランプ大統領はホルムズ海峡への艦船派遣を求めたのは7カ国程度に上ると発言。SNSで名指しされた日本を含む5カ国のほかに、ドイツとオーストラリアとみられていますが、現状派遣に前向きなのはフランスだけです。
トランプ大統領

「フランスのマクロン大統領と話をした。10段階の評価は8だ。完璧ではないが、フランスだから完璧は期待していない。イギリスには少し驚かされた。『艦船を派遣してくれないか』と言ったらあまり乗り気ではなかった」
イギリスのスターマー首相は、ホルムズ海峡の再開に向けて同盟国と「実行可能な共同計画」に取り組んでいると発言。
日本の政府高官も、中国を除く国々と話し合っていることを認めています。
政府高官

「イギリスが先頭に立って進めてくれている。今はいろんな選択肢がある」
現行の法律ではハードルが高い自衛隊の派遣。問題はどうやってトランプ大統領を納得させるかです。
総理側近

「何かしらの結論を持っていかないといけない。後手後手になるより、日本から貢献の形を申し出るのも一つの選択肢だ」
政府関係者によると、ホルムズ海峡の安全な航行の重要性を強調する声明を、有志連合で出す案が検討されていることが分かりました。これはアメリカ側の意向を受けてのことですが、日本政府は有志連合による共同声明であれば「一つの選択肢だ」と捉えています。
(2026年3月17日放送分より)

【同志社国際高・辺野古で船転覆】救命胴衣着用でも生徒死亡、悲劇の原因は…海難事故の専門家が指摘する「サンゴ礁付近の複雑な海底地形」と「うねり」、小型船舶の弱点とは【解説】

3月16日、沖縄県名護市辺野古の沖合でボートが転覆した事故。
当時、船には修学旅行中で訪れていた同志社国際高校の生徒18人を含む21人が乗船。全員が海に投げ出され、女子生徒(17)と「不屈」の船長・金井創さん(71)の2人が死亡したほか、14人が骨折などのけがをしました。
事故当時、現場では一体何が起きていたのでしょうか。最新情報をもとに神戸大学大学院・若林伸和教授が解説します。
◎若林伸和:神戸大学大学院・教授 海難事故の調査や原因究明を行う 神戸海難防止研究会委員 自身も一級小型船舶操縦士として船上で学生を指導
高校側が会見 辺野古見学は『平和学習』の一環として実施
事故から一夜明けた17日、会見を行った同志社国際高校。
学校によると、修学旅行は3月14日から3泊4日の日程でした。同校では創立時から沖縄への修学旅行を平和学習の一環として実施。2015年頃から、辺野古を陸から見学していましたが、2023年からはボート乗船を開始していたといいます。
16日の活動は、生徒が7つのコースから選ぶ形でした。事故に遭った生徒らは「午前中に辺野古を海側から船で見学→午後は美ら海水族館」という予定のコースだったということです。
「抗議活動への参加ではない」と強調 24日に保護者説明会を実施へ
転覆した船が一部で「辺野古移設工事の抗議船」と報じられている点について、学校側は「抗議活動に生徒たちを参加させてはいないし、立ち合わせてもいない。あくまで平和学習の一環としての研修だった」と強調しました。
また、事故が発生した船に引率教員がいなかった点については、見学コースに参加した生徒37人を先発組/後発組の2グループに分けて乗船させていて、教員は「後発組」の生徒19人とともに港に残っていたと説明しています。
学校側は24日に全校生徒の保護者を対象にした説明会を開くほか、3月中にも学校法人内に第三者委員会を設置し、経緯を検証する方針です。
「風は強くないが…」 専門家が指摘する「うねり」の影響
事故は、辺野古の漁港を出発し、長島の間を通って大浦湾をUターンして戻る途中で発生。2隻のうち「不屈」が最初に転覆し、その後「平和丸」も転覆したということです。
当時、現場の海域では約4mの風が吹いていて、波浪注意報も発表されていました。海上保安本部は事故原因について調査中としていますが、転覆した場所がリーフ(サンゴ礁)に近く、波が大きくなりやすい状況にあり、船が大きな波にあおられて転覆したとみて調べています。
若林教授は、当時の風速は「強くない」としつつ、1.5~2mという波浪予測があったことから、「風による波ではなく、遠く(の海域)から来る『うねり』が複雑に入り込んでいたのではないか」と分析します。
サンゴ礁付近の複雑な地形も関係?「急に波が高くなることも」
また、現場の海底形状について、「リーフ(サンゴ礁)がある海域はおそらく水深が2mもない。(水深が)深いところから浅いところへ行くと水が盛り上がり、急に波が高くなることがある」と若林教授は分析します。
地元の人によれば、今の時期は天候が急変しやすい一方で、海面が穏やかに見えて熟練の漁師ですら判断が難しいこともあるとのこと。転覆した船の船長経験者も、「このあたりは流れが変わりやすく、毎回緊張して通る難しい場所だ」などと証言しています。
「横波に弱い」小型船舶特有の“安定性の低さ”
若林教授が強調するのが、小型船舶が持つ構造上の弱点、特に「横波」への脆弱性です。
「船はある程度の速力を持って走っていれば安定しますが、真横から波を受けると、航行中でも非常に危険です。もし停止している場合は、船体の安定性は著しく低下し、転覆の危険性がかなり高まります」(若林教授)
さらに、今回の船の形状についても懸念を示します。小型船は「舷(げん:船の側面)」が低く設計されているため、横から波を受けると、少し傾いただけで水をすくってしまい、転覆しやすいということです。
救命胴衣を着用していたのに…なぜ悲劇を防げなかった?
事故当時、生徒は全員救命胴衣を着用していましたが、死者が出る事態となりました。若林教授はその理由として、
▼「救命胴衣のすっぽ抜け」
▼「頭部を強く打って気を失った」
といった可能性を指摘。さらに、「ひっくり返った船の下に入り込んでしまうと、小さな船なので呼吸に必要な空気が十分になかった可能性がある」ともいいます。
学校行事における安全の担保が改めて問われる中、詳細な原因究明が待たれます。
(2026年3月17日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」より)

外務省、和平調停へ新部署=実効性に疑問の声

茂木敏充外相は17日の記者会見で、外務省に新部署「国際和平調停ユニット」を同日付で設置したと発表した。自民党と日本維新の会の連立政権合意に盛り込まれたもので、第三国間の和平調停に積極的に関与し、紛争の未然防止や早期収束に貢献する狙いだ。ただ、日本は経験が乏しい分野で、実効性のある活動ができるか疑問の声もある。
ユニットは総合外交政策局に置かれ、国連政策室を中心に国際協力局や各地域局の担当者25人前後が併任。茂木氏は「世界各地で日本は信頼される存在だ。知見やノウハウを生かせる」と述べた。
ただ、活動内容は手探りで、担当者は「これから知識を得て人を育てることから始める」と説明。政府関係者は「歴史的背景で関われない紛争もある。正直、何をどこまでできるのか」と話した。 [時事通信社]

サイバー攻撃の無害化 政府が10月開始を閣議決定 「能動的サイバー防御」全面導入に向け準備加速

政府は17日、サイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的サイバー防御」の導入をめぐり、攻撃元のサーバーにアクセスし、無害化する措置を10月1日から可能とすることを閣議決定しました。
木原稔官房長官 「警察や自衛隊はサイバー攻撃がある場合など一定の要件に該当する場合に、攻撃サーバ等へのアクセス無害化措置を行うことが可能となったものであり、これによって、サイバー脅威に対する能動的な防御・抑止等を図ることとしております」
政府は17日の閣議で、サイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的サイバー防御」の導入をめぐり、攻撃元のサーバーにアクセスし無害化する措置を10月1日から可能とすることを決定しました。
急速に発達するAI=人工知能を利用した攻撃が新たなリスクとして深刻さを増す中、2027年の「能動的サイバー防御」全面導入に向け、準備を加速させる方針です。
木原官房長官は17日の記者会見で、「サイバー脅威は国民生活や経済活動に多大な影響を与えるものであり、国家安全保障上の大きな懸念にもなっている」と指摘。
また、プライバシーの侵害などの懸念が出ていることについては、▼通信情報の利用は、重大なサイバー攻撃に関係がある機械的な情報のみを選別し分析するとした他、▼独立性の高い「サイバー通信情報監理委員会」が審査や検査を行うなどと説明し、「通信の秘密やプライバシーに十分配慮した制度になっている」と強調しました。

定数削減、今国会成立目指す=自維党首、副首都・国旗損壊罪も

高市早苗首相(自民党総裁)と日本維新の会の吉村洋文代表(大阪府知事)は17日、国会内で会談した。衆院議員定数の1割削減と「副首都構想」実現、「日本国旗損壊罪」創設に関する法案について、いずれも議員立法で今国会中の成立を目指す方針で一致した。
党首会談は、今国会で扱う重要法案に関して与党の姿勢を再確認するために行われた。
定数削減を巡り、両党は昨年の臨時国会に、与野党協議が1年以内にまとまらなければ小選挙区25、比例代表20を自動削減する法案を提出。今年1月の衆院解散で廃案になった。選挙後、維新は削減対象を比例のみとする案を主張しているが、自民には慎重論が根強い。
維新の吉村氏は会談後の記者会見で、45議席を削減する法案の提出で改めて合意し、具体的な内容は今後詰めることになったと説明。「定数削減を自民も衆院選公約に掲げた。やらなければ公約破りだ」とけん制した。
会談に同席した自民の鈴木俊一幹事長は記者団に「早期に与党案を取りまとめて議員立法として提出し、成立を目指すことを確認した」と述べた。
首相と吉村氏は、旧姓の通称使用拡大に関する法案の早期成立に努めることでも合意した。吉村氏は「できる限り今国会での成立を目指す方向性は確認したが、たどり着くかは難しい」との見方を示した。企業・団体献金の見直しは話題に上らなかったという。 [時事通信社]

「裸祭り」新たに1人死亡 死者2人に、岡山

岡山市東区の西大寺観音院で2月に開かれた「裸祭り」で参加者3人が意識不明の重体となり、うち1人が死亡した事故で、岡山県警は17日、意識不明だった男性(58)が同日死亡したと明らかにした。死者は2人となった。
県警によると、亡くなったのは自営業公文敬也さん=倉敷市福島。死因は多臓器不全だった。意識不明になった参加者3人のうち岡山市東区の男性会社員(48)は低酸素脳症で死亡し、岡山県美作市の男性(42)はその後意識が回復した。
裸祭りとして知られる「西大寺会陽」は2月21日夜に開かれ、延べ1万人が参加(主催者発表)。3人は群衆の中で意識不明の状態で見つかったという。県警は参加者同士で「宝木」を取り合う際のけがとみて、詳しい状況を調べている。

統一選で「中道」への合流見送った公明、立民との連携は限定的…参院の合流は前向きも立民に慎重論根強く不透明

公明党は来年春の統一地方選で中道改革連合への合流を見送り、立憲民主党とは競合しない選挙区での限定的な連携にとどめる。公明、立民の地方組織で慎重論が根強いことが背景にある。参院議員の合流についても、公明は前向きな姿勢を示すが、立民内には慎重論が根強く、先行きは不透明だ。(服部菜摘、原新)
地方組織 根強い慎重論
「中道の固まりを国政、地方で大きくしていく方針に変わりはない」
公明の竹谷代表は14日の臨時党大会後の記者会見でこう強調した。
公明は約2850人の地方議員を抱え、生活に密着した課題を解決することで党勢を維持してきた。立民の地方議員(約1200人)の2・3倍に上り、地方に張り巡らせたネットワークが「党の最大の強み」(竹谷氏)となっている。
地方議会では、公明と立民が与野党に分かれ、対立してきた経緯があり、選挙区でも競合するケースが少なくない。竹谷氏は、統一選で自民党との協力は「基本的に行わない」と表明したものの、自民や保守系団体などと関係を維持している地域もある。関西地方の公明地方議員は「合流しても得られるメリットが少ない」と語る。
立民の地方議員も合流に否定的だ。2月の衆院選では、衆院議員が公明と中道改革を結成して臨んだが、惨敗を喫した。立民執行部が衆院選後に地方議員らとの意見交換を重ねたところ、「結党の原点に立ち返り、再生の営みを進めるべきだ」との声が相次いだ。
一方、公明は、参院議員の中道改革への合流には前向きな姿勢を見せる。竹谷氏は党大会でのあいさつで「参院公明は中道(改革)への合流を前提に、立民と基本政策の一致や参院選の選挙戦略で合意できるように丁寧に交渉を進めている」と明らかにした。竹谷氏が参院議員の合流に踏み込んだ発言をしたのは初めてだ。
ただ、立民内では、参院議員の合流にも慎重な意見が出ている。29日に開かれる党大会で決定する2026年度の活動方針の原案では、合流是非の判断について「27年6月をめどに結論を得る」との表現にとどめた。来賓としてあいさつした同党の水岡代表は「3党四脚でこの苦境を乗り切っていこう」と述べたが、合流に向けた発言はなかった。
▽代表
竹谷とし子氏(たけや・としこ)参院東京。復興副大臣。創価大。当選3回。56歳。

ホテルのチェックアウト時間が過ぎても居座る アメリカ国籍の女を逮捕 「質問には答えません」

ホテルのチェックアウト時間が過ぎても居座る アメリカ国籍の女を逮捕 「質問には答えません」
札幌・中央警察署は2026年3月15日、不退去の疑いで、アメリカ国籍の女(56)を現行犯逮捕しました。
女は15日午前11時すぎから午後0時半ごろまでの間、札幌市中央区南2条西11丁目のホテルで、従業員から退去するよう命じられたにも関わらず、午後2時半ごろまで退去しなかった疑いが持たれています。
警察によりますと、女はホテルの宿泊客で、15日午前2時ごろから宿泊し、午前11時にチェックアウトするはずでしたが、部屋から退出しなかったということです。従業員は女に対し、午前11時すぎから午後0時半ごろまでの間あわせて4回ほど退出を促しましたが、女は従わず居座りました。
午後0時半ごろ、ホテルの警備員が「宿泊客がチェックアウトしない」と110番通報し、駆け付けた警察官が現行犯逮捕しました。
調べに対し女は「質問には答えません」と容疑を否認しています。

「空襲で生産設備が壊滅」「徴兵で労働力不足」もはや“ドン底”と言っても過言ではない…1945年の日本人が直面した『永久的奴隷化の恐れ』

1945年8月、日本は敗戦を迎えた。空襲で都市と生産設備は壊滅し、労働力は徴兵で不足。さらに植民地を失い、賠償の重圧がのしかかる。日本人の多くが思い描いたのは、「永久的奴隷化」という最悪の未来だった。
終戦直後の混乱のなか、日本経済はいったい何を考え、どのように動いたのか。防衛研究所主任研究官・小野圭司氏の著書『 太平洋戦争と銀行――なぜ日本は「無謀な戦争」ができたのか 』(講談社)より一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/ 続きを読む )
◆◆◆
日本が負けた日
昭和20(1945)年8月15日の正午、ラジオからの時報が終わると放送員(敵性語排斥によるアナウンサーの言い換え)が聴取者に起立を求めた。下村宏情報局総裁が、「天皇陛下におかせられましては、全国民に対し、畏くもおんみずから大詔を宣(の)らせ給うことになりました。これより謹みて玉音をお送り申します」と説明する。
「君が代」に続いて、詔書を読み上げる玉音が拡声器から流れる。水を打ったような4分半だった。
その日の午後、首相の鈴木貫太郎は内閣総辞職を決める。
通貨・金融体制に関わる者たちも、それぞれの場で8月15日の正午を迎え、放送を拝聴した。しかし戦争が終わっても、彼らには新たな使命が待っていた。むしろ玉音放送は、「新たな使命」が始まる号砲だった。
土壇場の債務清算
米英中3ヵ国によるポツダム宣言発表の4日後となる昭和20(1945)年7月30日、大東亜省から金の時価売却で債務を清算する考えが示され、この方針は8月10日に閣議決定を得た。
外資金庫は特殊銀行(横浜正金銀行、朝鮮銀行)と、そしてこれら特殊銀行は中国親日政権の中央銀行(中国聯合準備銀行と中央儲備銀行)との間で、相互に帳簿の上で相手に貸し付けを行い、相手側はそれを預金として受け入れていた(預け合い勘定:図4-1)。
この取引を清算するためには、受け入れている相手の預金と相手に対する貸し付けを相殺すればよい。
しかし中国聯合準備銀行(聯銀)と中央儲備銀行(儲備銀)の特殊銀行に対する貸し付けが残っている。一方で聯銀・儲備銀に特殊銀行が預けている預金は、現地通貨(聯銀券・儲備券)の形で「戦費として」引き出して現地軍に渡された。
この関係を清算するためには、特殊銀行経由で聯銀と儲備銀に現地通貨を返済しないといけない。手っ取り早いのは、政府が保有する金を時価売却することだ。
政府保有の金を聯銀・儲備銀に売却することに決まり、手続きは正金銀行が担当することになった。正金銀行の上海支店と天津支店に保管されていた、政府名義の金塊約17トンがこれに使われた。聯銀には8月18日に3トン、儲備銀には8月14日から9月3日にかけて14トンが売却され預け合い勘定は清算された。
この清算を急いだのは、各銀行が連合国軍側に接収されると金銀の売却が自由にできなくなるためだ。実際に昭和20年9月13日に儲備銀総行(本店)、10月17日には聯銀総行が蒋介石国民政府に接収され、その後は各分行(大型支店)・支行(支店)に接収は広がった。
金価格は1年で「45倍」
これに加えて、金の市場価格が急騰していたことも金売却を急がせた。表4-1に見る通り、中国での金の市場価格は終戦前の約1年で45倍以上に膨れ上がっていた。
預け合い勘定清算の責任者である大蔵省外資局長の久保文蔵にとって、これは「千載一遇の好機」だった。
実際に、終戦の翌月には金の市場価格は5月に比べて約20分の1に急落した。もちろん、終戦直後の日本による金塊売却が市場価格の低下を促したに違いない。結果的に久保は、金の価格高騰を捉えて売り抜けることに成功した。
外資金庫は日本の戦費として5228億円を支払ったが、この殆どが特殊銀行2行を経由して、聯銀と儲備銀から借りた形となっていた。これに対して、8~9月にかけて行われた金売却の代金は4978億円だった。外資金庫を通じて借りていた日本の戦費の、実に95%が金の売却で瞬時に清算された。その他の資金も含めると、最終的に外資金庫の借り入れ返済に充当された金額は5026億円に上った。
昭和20年の値は無いが、昭和19年の日本の国民総生産(GNP)が745億円である。この7倍に迫る金額が戦費として占領地の親日政権中央銀行から借り入れられ、そして終戦に際して即座に返済された。
17トンの金塊がどれ位のものかというと、終戦時(昭和20年8月25日現在)の日本銀行が保有していた金地金は105トンだった。また当時のドイツは日本以上に金に不足しており、1944年末のドイツ帝国銀行(中央銀行)の金保有残高は30トンであった。このためドイツは戦争中、日本に対する軍事技術供与の対価として金の現送を要求し、昭和18年に4トン、19年には2トンの金塊が潜水艦でドイツに運ばれた。ただし19年の2トンは輸送を担当した「伊五二」潜水艦が大西洋で撃沈されて海没した。
参考までに1945年末の米国の金保有高は1万7831トン、英国が2418トン、フランスが1886トン、イタリアが77トン、ドイツに至っては6トンに過ぎなかった。
戦争中、日本は採算を度外視して産金に努め、昭和15~20年の間に189トンを産出した(表2-4)。
もっとも昭和18年以降は、労働力不足から産出量は大きく低下した。
永久的奴隷化の恐れ
古来より、戦争における敗者の末路は悲惨であった。ポエニ戦争(紀元前264~同146年)でローマ帝国と地中海の覇権を争った海洋商業都市カルタゴは、敗北後には物は掠奪され人々は奴隷にされた。
「神殿を包んで燃えあがる火の中に身を投げ、奴隷よりも死を選んだカルタゴ人も少なくなかった」「陥落後のカルタゴは、城壁も神殿も家も市場の建物も、ことごとくが破壊された」(塩野七生『ハンニバル戦記 ローマ人の物語Ⅱ』)。
1453年にオスマン帝国を率いるメフメト二世に対して徹底抗戦の後に陥落したコンスタンチノープル(現:イスタンブール)は、三日三晩にわたってこれもオスマン兵士たちによる暴行と掠奪のほしいままとなった。
20世紀に入ってからも第一次大戦では、敗れたドイツは天文学的な金額の賠償金を課せられ戦後復興どころではなかった。この時の余りにも過酷な賠償要求を、英国の経済学者ジョン・メイナード・ケインズは「クレマンソー氏(引用者註:フランス首相)のカルタゴの平和」と表現している(ケインズ『平和の経済的帰結』)。
日本の歴史においても、源平の合戦、戦国時代、そしてつい80年ほど前の戊辰戦争でも、敗者の扱いは罪人同様であった。
日本も同じ目に遭うのであろうか。
ようやく戦争が終わったという安堵感も、そう長くは続かない。戦いに敗れた日本は、どのような扱いを受けることになるのか。思い浮かぶのは戊辰戦争時の江戸城無血開城ではなく、大坂夏の陣での大坂落城後の狼藉と掠奪でしかない。終戦、そして敗戦という現実に直面した人々の胸の内は、安堵から間もなく深い懸念へと変わっていった。
日銀の調査部は玉音放送から6日後の8月21日に、「ポツダム宣言を前提とせる日本経済の将来構図」という調査報告をまとめている。
ポツダム宣言には軍国主義の永久的除去、日本の領土は北海道・本州・四国・九州と諸小島に限定、賠償負担が可能な水準の経済力維持、これら条件が達成されるまで連合国軍が保障占領を行う、などが記されている。
ただでさえ空襲で生産設備が大きく傷ついたうえに、労働力は多くが徴兵に取られて減少したままだ。さらに植民地・外地の割譲で領土は4割以上減少する。軍需産業の民生産業への転換には時間を要するだろうし、そもそも民生品の需要も終戦の混乱で見通せない。
「日本民族の永久的奴隷化」への危惧
この満身創痍の日本経済に、どれほどの賠償が果たされるのか。そして弱り切った日本企業は顧みられることもなく、日本は欧米資本の草刈り場になってしまうのではないか。神武以来、これほど悲観的にならざるを得ない状況はなかった。
日銀の報告書では、「現在のドン底生活を永続せしめ、将来苟も生ずる余裕は挙げて之を賠償に振向けしむるが如きことあらば、それは日本民族の永久的奴隷化」であると述べている(日本銀行調査局編『日本金融史資料 昭和続編 第7巻』)。この報告書を取りまとめた担当者の心境は察するに余りある。
程度の差はあれ、多くの日本人が「日本民族の永久的奴隷化」への危惧を抱いていた。
〈 「避難民に銃を向けようとする軍人の姿も…」日本人が忘れた「満州難民」の命がけの逃避行【早く逃げないとソ連軍が…】 〉へ続く
(小野 圭司/Webオリジナル(外部転載))