支援届かぬ「見えない避難者」 猛暑のガレージで暮らす夫婦…なぜ避難所に行かぬのか 熊本・八代市【news LOG】

震度6強を観測した熊本県八代市で、自治体が把握できていない「見えない避難者」が厳しい生活を送っています。被災した自宅のガレージなどで暮らす人々を取材すると、支援が届きにくい実態が見えてきました。
取材班が八代市内で出会ったのは、津田宜治さん(78歳)と春美さん(74歳)夫婦です。
地震で自宅の2階部分が崩れ、1階は完全に押し潰されていました。
津田宜治さん
「ここが玄関、私が寝ていたのはここ」
「あそこの壁が2階の壁なんです」
当時、リビングにいた宜治さんは、隙間から外に出て助かったといいます。
津田宜治さん
「この部屋にいたからよかった。隣にいたら、もういま仏様になっていたかもしれない」
その日以来、夫婦は避難所ではなく自宅横のガレージで生活しています。
津田さん夫婦は自治体が把握できていない、“数字では見えない避難者”です。
熊本県によりますと、県内の避難者は8日午後2時時点で6,355人ですが、この数字には避難所以外で車中泊をする人や在宅避難をしている人は含まれていません。
津田さん夫婦が暮らすガレージの中は、温度計で36.9度を示していました。扇風機が1人1台ずつ置かれています。
津田宜治さん
「温度計は高いけど、入っていればそんなに暑い感じはしない。慣れれば」
津田春美さん
「大丈夫。心配せんでもよかよ」
厳しい暑さの中、なぜ避難所ではなくガレージで生活しているのでしょうか。
津田さん
「あそこが、のんき(気楽)でいいから」
「ここにいると親しい人たちとか、友達がみんな訪ねてくる。向こうにいたら、訪ねてきても分からない」
また、避難所の環境についても次のように話します。
津田さん
「(避難所の)何が嫌だって、第一に床だけでしょう。何も敷物がない。床に直接寝ないといけない。エアコンが入っているだけでしょ」
ガレージでの寝床は、畳やマットなど5枚を重ねて地面の硬さを和らげているということです。
妻の春美さんは地震の際、倒れた冷蔵庫に押されて腰を圧迫骨折し、夫のコルセットを借りて生活しているといいます。
津田春美さん
「寝るときはあいたたたって、急にトイレとか行けない」
トイレは宜治さんが避難所となっているコミュニティセンターまで行く一方、春美さんはオムツを使っていると話します。
津田春美さん
「私はオムツしている」
――それは地震の後に?
津田春美さん
「そう」
避難所にいないため物資を受け取れず、オムツは近所の人からもらっているということです。食べ物や飲み物も、近所の人たちから分けてもらっています。
津田宜治さん
「あの冷蔵庫も、人が持ってきてくれた。ここにいると誰かが持ってきてくれる」
「避難所より我が家が一番」
津田春美さん
「それは我が家が一番」
2人は、自宅を解体し新しい家が建つまで、少なくとも1年間はこのガレージで生活を続けるつもりだということです。
長引く避難生活で体調が悪化する人もいます。
八代市内に住む麦田寛さん(89歳)とカズ子さん(89歳)夫婦も、同じ市内に住む義理の娘(60代)の助けを得ながら生活を送る“数字では見えない避難者”です。
地震で物が散乱した2階は手つかずのままになっています。
一度は避難所に身を寄せましたが、自宅に戻ることにしたといいます。
麦田さんの義理の娘
「避難所で皆さん助けていただいて、お互い助け合っているのですごく良かったです」
「母にもお友達がいて話せる状態だったけど、どうしてもコロナがですね…」
避難先で新型コロナの感染者が出たため、リスクを考えて自宅に戻ることにしたということです。
さらに、避難所を利用することに遠慮する気持ちもあったと話します。
麦田さんの義理の娘
「2人が目の前にいるから、何かあった時もサポートできるし、避難所にいた人たちにしてもらったんですけど、やっぱり『すみませんね』という気持ち」
食料をもらうためには、近くの避難所まで出向かなければなりません。この日の昼食は、妻のカズ子さんが避難所でもらってきたパンでした。こうした中、看護師の助けも欠かせません。
6日、看護師が麦田さん夫婦を訪れました。
看護師
「ちょっと(血圧)低めね。きょうも、点滴しようね」
以前は週に1~2回だった点滴が、現在は毎日打つ必要があるといいます。
看護師
「この状況になって、なかなか栄養・体調管理うまくいかない状況になってしまったので、毎日、点滴で補いましょうと」
お風呂もしばらく使うことができず、看護師が体を拭きます。
看護師
「熱くなか?」
麦田寛さん
「あー気持ちよかー」
麦田カズ子さん
「不自由は不自由でしたけど、でも地震だから我慢しておかないかんというのはありました」
夫の寛さんのケアを終えた訪問看護師は、在宅避難者の現状について次のように語りました。
訪問看護師
「(訪問看護利用者の)ほぼ9割以上が、在宅で過ごされています。避難はしないという選択をする方が多いです」
「慣れた環境がいいとか、遠慮、みんな大変な中で自分も避難所に行っていいのかとか」
「長い目で見ていかないといけないとなった時に、利用者さん自体も『こういうもんだって大丈夫、大丈夫』と言う方も多いので、本当に大丈夫なのか、拾い上げていくのがすごく大事になってきます」
八代市も、“数字では見えない避難者”の把握に動き始めています。
8月から市内の高齢者の家を見回る取り組みを開始し、全国から派遣された保健師らが1軒1軒たずね、健康状態を確認しています。
保健師
「体調はいかがです?眠れないとか?」
女性
「しょっちゅう、しょっちゅう揺れるから」
八代市では、市内のおよそ3,000軒を見回る予定で、8月いっぱいかかる見込みだということです。
八代市は、こうした訪問調査で実態を把握し、今後、必要な支援を受けられる避難所の拡大も検討していくとしています。
(8月8日放送『追跡取材 news LOG』より)

【速報】15年経って発覚 冷蔵庫に元夫の切断遺体”首を絞め口にタオルなど詰め込んで”殺害か 元妻を殺人容疑で逮捕「黙秘します」

神戸市のマンションの部屋の冷凍庫から男性の遺体が切断された状態で見つかった事件で、元妻で神戸市中央区の無職・望月亜紀被告(50)が殺人容疑で逮捕されました。
警察によりますと、殺人容疑で逮捕された元妻は、2011年12月頃、神戸市中央区のマンションの部屋で元夫の西口豊さんの首をひものようなもので絞め、口にタオルなどを詰め込むなどして窒息させ、死亡させた疑いがもたれています。調べに対し黙秘しているということです。
遺体の口にはバスタオルが詰め込まれていたということです。警察はまた『索状物』の詳細について、捜査を続けるということです。
元妻はすでに死体損壊・遺棄罪で起訴されていて、2011年12月ごろ、西口さんの遺体を腹部付近で切断するなどしたうえ、上半身と下半身をそれぞれ土嚢袋などに詰めて冷凍庫に入れ、今年8月20日までの間、部屋の家賃や電気料金を支払い続けるなどして西口さんの遺体を冷凍庫内に隠して遺棄したとされています。

「母を殺害していません」いすみ市で母親の首絞め殺害か 54歳の娘逮捕

いすみ市の住宅でおととし8月、当時89歳の女性の遺体がみつかった事件で、県警は8月10日、女性の首を絞めて殺害したとして、殺人の疑いで54歳の娘を逮捕しました。
捜査本部の会見 「本日、被疑者を殺人罪で逮捕いたしました」
県警は10日午後記者会見し、石上さんの娘で、茂原市茂原に住むパートの石上秀子容疑者54歳を逮捕したと発表しました。
県警によりますと、石上容疑者はおととし8月5日午後2時ごろから午後4時40分ごろまでの間、いすみ市小沢の住宅で一人暮らしをしていた母親の石上静子さん当時89歳の首を、何らかの方法で絞め殺害した疑いが持たれています。
室内に設置された見守り用のセンサーが反応せず、訪問した警備員が自宅2階の寝室で死亡している母親の静子さんを見つけて通報。県警は殺人事件として捜査本部を設置して捜査をしていました。
現場周辺の防犯カメラの解析などから石上容疑者が浮上したもので、調べに対し石上容疑者は「私は母を殺害していません」と容疑を否認しています。
県警は、事件の詳しいいきさつなどを調べています。

「人が倒れている」北陸自動車道トンネルで男性が頭から血を流し発見され死亡 身元は会社員の28歳男性と判明 死因は外傷性ショック《新潟》

9日未明、北陸自動車道の筒石トンネルの出口付近で、停まっている軽自動車と倒れた男性が発見され、男性は死亡が確認されました。男性の身元と死因が10日に判明しました。
現場は糸魚川市筒石の北陸自動車道・下り線、筒石トンネルの出口付近で、通行していた運転手から「軽自動車が停まっていて、人が倒れている」と110番通報がありました。
男性は、頭から血を流した状態で軽自動車の後ろに倒れており、死亡が確認されました。
その後の調べで、男性の身元は上越市浦川原区に住む会社員(28)と判明しました。死因は外傷性ショックでした。
警察の調べによりますと、男性は軽自動車に1人で乗って運転していたとみられます。
トンネルの左右にはぶつかったような形跡があり、軽自動車は左側と右前方が破損していて、助手席の窓が割れていました。
このため、軽自動車がトンネルの壁に衝突し男性が車外に投げ出されたとみられています。
警察は、男性が後続の車にひかれた可能性も視野に、くわしい状況を調べています。

「ラストワンマイル、届ける人いない」 熊本地震で物流課題、福岡・高島市長も指摘

熊本県で震度7を観測した地震について、福岡市の高島宗一郎市長は記者会見で、「物資は拠点まで届いても、(避難所までの)ラストワンマイルの届ける人がいないなど、前回から変わっていない問題もある」と指摘し、拠点から被災者に届くまでの最後の区間で配達が滞る課題が、平成28年の熊本地震と同様に起きているとの認識を示した。
今回の地震で福岡市は汗拭きシートや栄養補助食品などの緊急支援物資を受け入れ、段ボール約1600箱分が集まった。高島氏は「隣の県(での災害)なので思いを持つ人が非常に多い」と謝意を示し、自治体の備蓄数も以前より増えたことを評価。一方で、ラストワンマイルの問題に触れ、「今のままではあと10年たっても同じ課題にぶつかる」と強調した。10年前の熊本地震でも、熊本県庁ロビーなどに集まった物資が滞り、避難所まで届かない問題が生じた。
また高島氏は、災害対策基本法で復旧が市町村の責務とされていることについて、「被災自治体がやるのは酷であり、責任を国にすべきだ」と述べ、計画や物資の発注を国が主体的に行えるよう、災対法を見直すべきだと訴えた。

熊本地震 70年ぶりに再会した幼なじみ 長期化する避難所暮らし、励まし合い乗り切る

最大震度7を観測した熊本地震の発生から11日で2週間。自宅の倒壊などで身を寄せた避難所暮らしは長期化している。そんな時、支えになるのは友人との語らいだ。避難所には70年ぶりの再会を果たした幼なじみもいて、旧交を温め合う。先行きへの不安から眠れない夜もあるが、優しい励ましが互いの心に染み入る。
熊本県宇城市の小川防災拠点センター。1000人(9日時点)の被災者が暮らすこの避難所に、ひっそりと身を寄せ合う幼なじみがいる。上江多恵子さん(76)と藤本栄子さん(91)。15歳差だが、少女時代を共に過ごした。上江さんは自宅が全壊。時折、不安な思いが口をつく。
「寝付くまでがもう大変。自宅も壊れて帰れないし、この先どうしようって考えるとねぇ」
藤本さんは上江さんに優しいまなざしを向け、一語一語をかみしめるように慰める。「考えとったらあかんよ。余計なこと、考えたらあかん」
幼なじみとはいえ、疎遠だった2人が再会したのは7月28日の地震当日の夜だった。避難所で藤本さんが上江さんを見かけ「もしかしてさかえちゃん?」と姉の名前で呼びかけた。声をかけられた上江さんはすぐに誰か分かり「本間さん?」と旧姓で返した。「今は藤本なんですよ」との返事を皮切りに、近況に花が咲いた。昭和30年以来、約70年ぶりの再会だった。
70年前、藤本さんの実家には近所の子供が集まりラジオ体操に励んだ。当時5~6歳だった上江さんもその一人。藤本さんは20歳のお姉さんだったが、缶蹴りやコマ回しなどで一緒に遊んだ。だが、藤本さんが昭和30年に結婚し実家を出ると、関係は途絶えた。上江さんもその後、熊本市内に転居し40年以上を過ごした。
現在は2人とも宇城市内に自宅を構え、2キロしか離れていない「ご近所さん」だったことも判明した。少女時代の思い出が一気によみがえり、再会以来いつも一緒にいる。段ボールベッドも隣同士だ。足腰が弱い藤本さんの代わりに、上江さんが弁当を取りに行ったりと世話を焼く。逆に、藤本さんはお姉さんのように悩み相談にのる。
「一緒だったからこれまで心強かった」と口をそろえる2人。頼り合い、励まし合いながら、まだまだ続く避難所暮らしを乗り切ろうとしている。(大森貴弘)

自民党福岡県議団新会長に渡辺勝将議員を選出 前会長は熊本地震直後の政治資金パーティー開催で批判受け辞任

自民党福岡県議団の新しい会長を決める選挙がさきほど行われ、3期目の若手議員が選出されました。
自民党福岡県議団をめぐっては、会長を務めていた松尾統章議員が、熊本地震の直後に政治資金パーティーを開き批判を浴びたことを受けて、今月7日に会長職を辞任しました。
きょう午後、新たな会長を決める選挙を行い、3期目の若手議員が選出されました。
新会長に選出渡辺勝将議員(49) 「金銭授受の疑惑が指摘されている議員について、県議団として真摯に向き合い」
一方、金銭授受疑惑を告発した吉松源昭議員は、「表紙が変わっても中身が変わらないと意味はない」と述べ、「執行部を刷新できるかどうか、しっかり見ていきたい」と語りました。

被災者支援法、熊本全域に適用=住宅再建へ最大300万円

政府は10日、最大震度7を観測した熊本地震からの復旧・復興に向け、被災者生活再建支援法の熊本県全域への適用が決まったと発表した。住宅が全半壊した世帯に対し、建設・補修・賃借費などとして最大300万円が支給される。
高市早苗首相は首相官邸で開かれた非常災害対策本部会議で「発災から11日で2週間だ」と指摘。赤間二郎防災担当相に対し、迅速な支援金支給に向けて罹災(りさい)証明書の速やかな交付を実現するよう指示した。
首相はまた、交通網の復旧状況に触れ、11日に九州自動車道の全線で緊急車両の通行が可能となり、今月後半には一般車両も通れるようになる見込みだと説明。JR九州の鉄道の復旧見込みは月内に示される予定だと語った。 [時事通信社]

高市首相、オマーン国王と電話会談 ホルムズ海峡の安全めぐり協議

高市首相は先ほど、ホルムズ海峡の南に位置するオマーンのハイサム国王と電話会談し、海峡の安全な航行確保をめぐり協議しました。
高市首相「ホルムズ海峡における追加的費用のない形での自由で安全な航行が一刻も早く回復されることは重要であり、そのために、海峡利用国を含む国際社会ともしっかりと話し合っていただくことが必要である(という旨を述べました)」
高市首相はオマーン側に、「ホルムズ海峡のあり方について、海峡利用国と協議することを確約してもらった」とした上で「各国の意思も尊重するという旨の発言があった」と明らかにしました。
また高市首相から、アメリカとイランの覚書に沿って、核問題を含めた諸課題を着実に解決していくことが重要であり、日本としては環境醸成のために、あらゆる外交努力を重ねていく考えを改めて伝えたということです。

日本被団協、結成70年で声明「いのちの限り」 高市政権批判も

被爆者の全国組織「日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)」は10日、結成70年を迎えた。代表委員らが長崎市で記者会見し、「被爆者が願い続けてきた『核兵器も戦争もない人間社会』を築くのは、世界の市民ひとりひとり。私たちは残されたいのちの限り訴え続ける」との声明を発表した。
声明では、高市早苗政権を「非核三原則や憲法を十分な議論もなしに変えようとしている」と批判。「被爆国の歴史的責任」として核兵器禁止条約への署名、批准を日本政府に求めた。
田中重光代表委員(85)は会見で「核兵器は戦争があって落とされた。だから戦争はしてはいけないんだと、もっともっと広く訴えたい」と述べ、事務局次長の児玉三智子さん(88)は「証言をしていくことは今生きている被爆者の責任。継承の問題が重要な中で、命ある限り証言を続けていきたい」と語った。
日本被団協は1956年8月10日、長崎市であった第2回原水爆禁止世界大会で「私たちは自らを救うとともに、私たちの体験をとおして人類の危機を救おう」と決意表明して結成し、核兵器廃絶と原爆被害への国家補償を求めて運動。自らの体験から被爆の実相を訴え「核のタブーの確立に貢献した」として、2024年12月にノーベル平和賞を受賞した。【尾形有菜】