気候変動を否定しながら自然保護を訴える矛盾の正体…参政党も採用する世にも奇妙な「極右エコロジー」思想の源流

〈自国民ファースト、権威主義、反エリート…「極右」に共通する3つの要素…フランスから見た極右政党の世界的台頭と日本への波及〉から続く
参政党が「日本の自然環境を守る」と主張しながら、気候変動対策には消極的であるのはなぜか。一見矛盾するこの姿勢は、実は欧米の極右が培ってきた「極右エコロジー」という思想的潮流と深く結びついている。その奇妙な両義性の正体とは、いったい何なのか。
【写真】フランスの右翼政党「国民連合(RN)」のマリーヌ・ル・ペン
フランスの大学院で哲学を学ぶ森野咲が、ナショナリズムや伝統主義、反移民などと結びついた、「極右エコロジー」思想について解説する。
極右の奇妙なエコロジー
2025年の参議院選で参政党が躍進したことは、気候危機対策を重視する人たちにとっては憂慮すべき結果だったに違いない。海外の多くの極右政党と同様、参政党は典型的な気候変動懐疑の立場をとっていたからである。
参政党は「地球温暖化には科学的な議論の余地がある」と言いながら国際的な気候変動対策の枠組みからの離脱を訴え、メガソーラーによる自然破壊や電気料金の負担を強調することで脱炭素や再生可能エネルギー政策を後退させようとしていた。神谷代表が「CO2で気候変動、言っているのは日本だけ」と発言したことも記憶に新しい。
しかし不思議なことに、そこには一見すると「反エコロジー」とは矛盾するような主張も含まれている。参政党はあらゆる気候変動対策に消極的な一方で、「日本の恵まれた自然環境や生態系を守る」と主張しているのだ。
さらに、脱炭素や国際的な気候政策に反対する一方で、ローカルな食や土地、農業に関しては「地球との調和的な共存」を訴えてもいる。つまり、そこには気候変動懐疑主義をオーガニックの語彙で包むような両義性があるのだ。
この「奇妙さ」を理解するには、極右エコロジーの世界観を知る必要があるだろう。現代の極右は、環境問題をただ否定しているわけではない。もちろん、その主流を占めるのは今なお、化石燃料に依存した生活様式を守ろうとする気候変動懐疑主義である。
しかし、極右の内部には、環境問題を独自のやり方で「真剣に」取り込もうとする少数派も存在する。この二つの潮流が結びつくことで、参政党の環境言説に見られるような「奇妙さ」が生まれるのだ。極右のエコロジーを検討することは、その環境政策がもつ両義性を正確に捉えるために欠かせない。
極右=反エコロジーという定説
極右は反エコロジー的である――直感的にこう感じる人は少なくないだろう。トランプ政権が行った政策を思い出してみよう。同政権は気候変動を否定し、パリ協定からの離脱やグリーン政策への攻撃を進め、電気自動車や再生可能エネルギーに反発し、化石燃料産業を支援した。
さらにストローなどのプラスチック製品の使用再開を象徴的にかかげることで、「環境規制からこれまでの消費生活や産業利益を守る」姿勢をアピールした。トランプ政権のもとでは、環境政策は未来のための公共政策というよりも、「普通の人々の生活や自由を脅かすもの」として描かれていた。
フランスの極右も同様に、長い間「反エコロジー」であった。国民戦線(現国民連合)は、移民や治安、国民的アイデンティティを主要な争点とし、環境問題に対しては無関心であるか、しばしば攻撃的でさえあった。
2010年に国民戦線が開催した気候変動に関するシンポジウムでは、「気候変動は社会主義者や環境主義者によって作り出された詐欺である」と主張された。こうした陰謀論的世界観において、気候危機は左翼が増税を正当化し、国境開放を進めて気候難民の受け入れを促進し、白人や先進国を世界の不幸の責任者として描き出すための口実にすぎない、とされていた。
こうした極右の「反エコロジー」的態度は、21世紀初頭にひろく見られた。フランスに限らず、気候変動を疑うこと、あるいは否定することは、極右においてほとんど標準的な立場であった。
極右が環境問題にかかわるとき、それはしばしば気候変動懐疑論とともに、「化石燃料資本主義の擁護」というかたちをとる。なぜなら、極右にとって重要なのは化石燃料に支えられてきた西洋的生活様式を守ることであり、化石資本にとって重要なのは石油・ガス・石炭から得られる経済的利益を守ることだからだ。
このように、極右と化石資本の利害が結びつく現象は「カーボファシズム」と呼ばれる。こうしたカーボファシズム的傾向は、ブラジルのボルソナロ政権やハンガリーのオルバン政権にも現れていた。極右は環境政策を「懲罰的」「エリート主義的」「普通の生活を脅かすもの」として描き、「エコロジストから車や芝生、バーベキューのある生活を守る」と訴えることで有権者を動員してきたのだった。
気候変動懐疑主義2.0
しかし今日、「極右=反エコロジー」という従来の単純な図式が崩れ始めている。かつての大きな対立軸は、世界が気候変動に直面していることを認めるか否かであった。ところが気候危機が深刻化し、環境問題が政治全体の中心的テーマとして定着したことで、この争点は変化した。現在では、危機の存在を前提にしたうえで、それにどのように対応するのかが争われるようになっているのである。
こうした変化を受けて、フランスの極右もまた、単なる「反エコロジー」政党ではいられなくなった。2010年代末頃から、フランス極右は、気候変動否定を主たる戦術とすることを放棄し、綱領のなかに環境やエコロジーに関する項目を盛り込むようになった。国民連合が政権獲得を目指す以上、環境、エネルギー、農業、気候といった問題に対して、何らかの立場を示さなければならなくなったのである。
こうした極右の変化の具体例として、国民戦線が「愛国的エコロジーのために」というスローガンのもと、2014年に立ち上げた「新しいエコロジー(Nouvelle cologie)」という団体が挙げられる。
これは極右が自分たちを「環境に配慮する政党」として、環境問題に関心を持つ一部の有権者に向けてアピールするグリーンウォッシング的な試みのはじまりであった。さらに、2017年の大統領選では、マリーヌ・ルペンは、「国内生産を重視する保護主義こそが温室効果ガスの削減になる」と語るようになった。彼女は、父ジャン=マリー・ルペンの時代のように温暖化否定を前面に出すのではなく、「グローバリゼーションからフランス経済を切り離すことが、環境保護にもなる」という論理へと移行しているのだ。
このような極右の言説の変化をどのように捉えるべきだろうか。重要なのは、極右の立場が気候変動に対する「単純な否定」から「対策の妨害」――すなわち「気候変動懐疑主義2.0」に変化しているということだ。
つまり、それは温暖化そのものを完全に否定するのではなく、環境規制、税制、科学的合意、国際協力、気候適応策といった具体的な対策を個別に攻撃することで、気候変動への対策を骨抜きにしていくかたちの否定である。
しかも、そこで科学は単に否定されるだけではない。「気候変動懐疑主義2.0」において、極右は時に「科学的理性」を守るふりをしながら気候学者を攻撃するなど、科学を偽装的に利用することもある。その上で、論点をずらし、気候問題を細かな技術論へと分解することで、極右は気候変動に関する政治的決定を先送りさせるのである。
現代の気候変動否認は、科学を正面から拒絶する言説というよりも、科学の権威を選択的に利用しながら、そこから導かれる政治的帰結を無効化する言説として捉える必要がある。
さらに、極右は「懐疑主義2.0」にとどまらず、ナショナリズムや伝統主義、反移民など、極右と親和性の高いテーマとエコロジーを巧みに結びつけ、独自の「極右エコロジー」思想を生み出している。一般的には左派的なテーマだと思われているエコロジーだが、なぜこのような思想上の操作が可能になるのだろうか。そして、その思想的源流はどこにあるのだろうか。
エコロジーは「自然に左翼」ではない
エコロジーは、しばしば左派の独占領域であるかのように思われている。事実、フランス語圏におけるエコロジー運動は、1968年5月以後の社会運動、軍事演習場の拡大に反対した1970年代のラルザック闘争、非党派的なアソシエーション、ソ連に批判的な非正統派のマルクス主義などと結びつきながら形成され、歴史的に左派的、社会主義的、反資本主義的な色彩を強く帯びていた。
フランス語圏の初期エコロジー思想の特徴は、いわゆる資本主義社会だけでなく、ソ連型の共産主義国家による環境破壊にも批判的であった点にある。彼らは生産手段の所有関係にとどまらず、生産の拡大を進歩とみなし、人間による自然の支配を当然視する発想そのものを問題視した。フランスのエコロジー運動は、人間社会内部の支配関係の解消という問題意識を、自然環境を含む生命全体へと拡張した。つまり、人間集団どうしの支配をなくすことと、自然への支配を問い直すことは、切り離せないものとして考えられたのである。
しかし、こうした歴史的背景だけを根拠にして「エコロジーは本質的に左派である」と考えてしまうと、緑の資本主義や極右エコロジーのような、左派とは異なる政治的エコロジーの存在を覆い隠してしまう。たしかに、エコロジーは左派政党によって多く担われてきた。しかし、その思想的源泉や展開は左派だけに限定されない。
たとえば、フランス緑の党の初期の中心人物であったアントワーヌ・ヴェシュテルは、「エコロジーは右でも左でもない」という立場から、エコロジーを環境との関係や生産様式を根本的に変えるための新しい政治哲学と位置づけていた。
また、イギリスの保守思想家ロジャー・スクルートンは、環境保護を国際主義や国家管理にもとづくものとしてではなく、故郷、地域、風景、共同体への愛着、つまり「郷土愛」にもとづくものとして考えていた。
つまり、自然を守ることは、進歩や解放の政治というより、自分たちの身近な場所や暮らしを守ることとして語られていた。このように、エコロジー思想のなかには、進歩主義的な系譜だけでなく、ロマン主義、保守主義、反近代主義の系譜に位置づけられる「保守エコロジー」も存在するのである。
保守エコロジーには、多様な思想的系譜がある。そのルーツの一つに、第一次世界大戦後のワイマール期ドイツにおける「保守革命」と呼ばれる一連の右派思想がある。さらに、1970年代の左派エコロジー思想や、人間中心主義を批判し自然そのものの価値を重視する北米のディープエコロジー、バイオリージョナリズム(生態地域主義、詳細は後述)なども取り込まれてきた。
こうした多様なルーツをもつ思想を、極右エコロジー思想として体系化した重要な思想家が、新右翼のアラン・ド・ブノワである。新右翼は、1970年代以降、左派知識人の語彙や参照先も取り込みながら、1980年代以降にはエコロジー思想を体系化し、それをほかの極右潮流へと広める媒介役を果たした。以下では、フランスの「新右翼」によって体系化された「極右エコロジー」思想をひもといていく。
極右エコロジーの三つの柱:民族・土地・自然
前述のように、フランス極右において、エコロジーを本格的に理論化したのは、国民戦線や国民連合ではなく、新右翼、とくにアラン・ド・ブノワである。その最大の特徴は、エコロジーを、リベラルな環境保護や普遍主義的な自然保護として考えるのではなく、文化的・民族的・地域的多様性の保存までを含むものとして捉える点にある。
つまり、地域言語、生活様式、文化的固有性、社会的つながりの喪失をも「自然環境の破壊」と捉えるのである。これは、極右のレイシズムの「リベラル転換」において重要な役割を果たしている「民族多元主義」を、エコロジーに応用したものと考えることができる。
では、この「エコ差異主義」とも言える極右エコロジー思想は、具体的にどのようなものなのか。それは、民族・土地・自然という三つの柱を軸にすると見えてくる。以下では、この三つの柱を順に見ていこう。
①民族
極右エコロジーは、文化的・民族的な差異を、生態系の差異のように扱う点に特徴がある。それぞれの文化や民族は固有の土地に根ざしており、それらが混ざり合えば壊れる、と考えるのである。こうした発想の根底には、新右翼の民族多元主義がある。この民族多元主義がエコロジーと結びつくと、文化は生物多様性の一部のように語られるようになる。
つまり、生物多様性を守るように文化的多様性も守らなければならず、各文化や各民族はそれぞれ固有の土地に根ざしているのだから、移民、混血、同化によってそれらが混ざりあうことはその固有性を壊すことになる、という論理が成立するのだ。ここでいう「多様性」は、多文化共生のことではない。それは、「それぞれの民族や文化を、それぞれの土地に分けて保存する」という分離の思想である。
こうした「エコ差異主義」は、近年の国民連合の言説にもあらわれている。2023年に、国民連合党首のジョルダン・バルデラは「国境は環境にとって最良の味方である」と述べた。ここでは、国境が単に治安や移民管理のためのものではなく、環境を守るためのものとして語られている。つまり、移民を止め、さらには送還・再移住させることこそが、環境保護の核心であると考えられているのだ。
こうした「エコ国境主義」の論理のなかでは、非ヨーロッパ系移民は、たとえ明示的にそう呼ばれない場合でも、「侵略的外来種」のように想像される。こうして移民排斥は、アイデンティティの防衛であると同時に、生態学的な防衛であるかのように正当化されるのである。
②土地
極右エコロジーにおいて、土地は単なる自然環境ではない。それは同時に、民族、祖先、文化といった共同体秩序やアイデンティティの根拠として位置づけられる。ここで重要になるのが、「根づき」という概念だ。
「根づき」とは、人間集団と土地のあいだに、切り離すことのできない本質的な結びつきがあると考える発想である。左派的、あるいはリベラル的な土地思想が「この土地で、どのように共に生きていくのか」を問うのに対して、極右的な土地思想は「誰がこの土地に本来属するのか」を問う。つまり、土地は共生の場というよりも、帰属を判定する場になる。土地に「根づいていない」と見なされる人々は、外部から来た存在として排除されるのだ。
したがって、極右的ローカリズムは、たんなる地域自治の思想ではない。それは、地域をアイデンティティ防衛の単位にする「閉鎖のローカリズム」として機能する。本来、バイオリージョナリズム(生態地域主義)とは、地域の自然生態系や生活圏を重視する思想であった。
しかし、それが新右翼に取り込まれると、地域の生態系は、文化共同体や民族的帰属と結びつけられるようになる。これと同じことは、コモンという概念にも言えるだろう。コモンとは本来、左派的な文脈において、土地や水、エネルギーといった開かれた共有財を指すが、新右翼はそれを「民族共同体に属するもの」といった意味へと転用するのである。
③自然
極右にとって自然とは、単なる生態系や自然環境ではない。それは、何が「自然」で、何が「反自然」なのかを判断するための道徳的・政治的な基準でもある。極右はこの「自然な秩序」という言葉によって、家父長制や男性中心主義、人種・階層・性別にもとづくヒエラルキーを正当化してきた。
ここで重要になるのが、「限界」という語である。エコロジーにおける「限界」とは、人間活動が越えてはならないプラネタリー・バウンダリー、すなわち地球の居住可能性を維持するための惑星的限界を指す。
しかし、科学的に限界が存在するという事実だけで、そこから導かれる政治の方向が決まるわけではない。左派のエコロジー政治は、地球の限界が存在するという事実から、地球規模での分かち合いや協力、気候正義の必要性を導き出す。しかし極右はこの「限界」を、フェミニズム、LGBTQ+の権利運動、反差別運動などが越えてはならない「社会的・道徳的な境界」へと読み替えてきた。
つまり、エコロジー的な意味で守られるべきものが、地球環境そのものから、「自然な秩序」の名の下で語られる伝統的な家族、性別役割、民族的秩序に置き換えられるのである。 このように、極右がいう「自然」はきわめて選択的なものである。たとえば国民連合は、「自然の景観を守る」ことを理由に風力発電や太陽光発電に反対するが、原子力発電所のような別の環境負荷については問題にしない。つまり、彼らの「自然保護」は、科学的な気候変動対策と必ずしも一致しないのである。
極右エコロジーの反近代思想
極右エコロジーの根底にある大きなテーマが、「反近代」である。極右は気候危機を、近代文明が土地や共同体、精神性を含む自然秩序を壊してきた結果として語る。つまり、極右エコロジーは、なぜ人間が自然を支配し、管理し、利用する対象として見るようになったのか、という近代的な存在論そのものを批判するのだ。そのため、合理主義、技術信仰、進歩主義、自由主義といったあらゆる近代的な価値観が、自然破壊の原因として語られるようになる。
ただし、新右翼が最初から近代に批判的だったわけではない。1970年代には、むしろ技術やヨーロッパ文明の力をたたえる傾向が強かった。しかし1980年代から1990年代にかけて、新右翼はテクノロジー批判や反啓蒙思想、農村共同体を重んじる思想などを取り込みながら、反近代的なエコロジー思想を組み立てていった。極右はエコロジーを、リベラリズムや啓蒙思想に近いものとしてではなく、ロマン主義的な土着の共同体を賛美する思想として取り込む。彼らにとって「自然を守る」ことは、未来へ進むことではなく、近代によって失われた土地や共同体、精神性を取り戻すことなのである。
新右翼のエコロジー思想は、キリスト教的一神教や近代合理主義こそが、自然を支配し、そこから「神聖さ」を奪った原因であると考えるため、これらに対して批判的だ。そして、多神教的・自然崇拝的なネオペイガニズム(*1)や、ヨーロッパ的精神性、さらには北米ディープエコロジー思想なども取り込みながら、自然と人間の神秘的な結びつきを取り戻そうとするのである。
*1 ネオペイガニズムとは、キリスト教以前のヨーロッパに存在した多神教的・土着的な宗教伝統を現代に復興・再構成しようとする宗教運動の総称である。自然崇拝や汎神論、反一神教的志向を特徴とするが、その政治的位置付けは一様ではなく、新右翼や極右と結びつく場合もあれば、エコロジーやフェミニズム、反権威主義的な対抗文化と結びつく場合もある。
反資本主義の極右?
極右エコロジーの近代批判は、時に資本主義批判にも接続される。極右は、左派のように階級支配や格差を中心に批判するのではなく、資本主義が世界を均質化し、人々を根なし草にしてしまうことを批判する。極右エコロジーにとって資本主義は、土地から人々を引きはがし、共同体を解体し、伝統や文化的差異を壊すものとして問題なのである。
そのため、極右エコロジーの反資本主義は、「根づいた共同体」への回帰をめざす。この発想には、すでにいくつかの前例がある。たとえば、ナチ党の指導者で、反資本主義的思想を持っていたグレゴール・シュトラッサーは、産業社会を解体して都市人口を農村へ移し、労働者、知識人、兵士を農民的な存在へと変える社会構想をもっていた。
また、フランス緑の党の創立に関わった哲学者エドワード・ゴールドスミスも、資本主義批判や自主管理思想を、土地への愛や失われた純粋性への郷愁と結びつけたことで、その思想は極右からも参照されるようになった。そこでは、巨大都市や工業的農業、アメリカ的消費主義などが批判される一方で、地域経済、伝統的農村共同体、倹約的で半自給的な生活が称揚される。
ここで注目すべきなのは、極右エコロジーは資本主義を批判する際に、左派エコロジーとよく似た語彙を用いるようになるということである。地域主義、ローカリズム、反消費社会、反グローバリズム、脱成長といった言葉は、左派エコロジーにも極右エコロジーにも共通してあらわれる。
このように、両者が近代批判や資本主義批判を共有することで、左派エコロジーと極右エコロジーのあいだに、ある種の思想的な「収斂」が生じることがある。そして、この重なりは、エコロジーの側から極右へと合流する回路を開く。すなわち、「極右のエコロジー化」とは反対の方向から、「エコロジーの極右化」という問題が生じるのである。
文/森野咲

北陸~九州・沖縄の22府県に熱中症警戒アラート 危険な暑さに警戒

今日8月4日(火)、環境省と気象庁は熱中症警戒アラートを北陸~九州・沖縄の22府県に発表しました。

対象地域では特に熱中症のリスクが高くなります。こまめな水分補給を心がけるとともに、屋外での長時間の行動を避けて室内でエアコンを使用するなど、積極的に熱中症予防を行ってください。
気温だけでなく暑さ指数も上昇
■熱中症警戒アラートの対象地域(22府県)

富山県 石川県 福井県 京都府 大阪府 兵庫県 和歌山県 岡山県 広島県 島根県 鳥取県 香川県 愛媛県 山口県 福岡県 大分県 長崎県 佐賀県 熊本県 宮崎県 鹿児島県 沖縄県(大東島地方、八重山地方)

熱中症警戒アラートの対象地域では、気温だけでなく暑さ指数(WBGT)も上昇し、熱中症のリスクが高まります。エアコンをつけたり、こまめな水分補給・塩分補給を行うなどの対策をしっかりと行ってください。

特に高齢者の方は危険性が高いため、周囲からの声がけを積極的に行ってください。

十分な睡眠と栄養補給も熱中症予防の基本です。
熱中症警戒アラートとは
熱中症警戒アラートは、予想される暑さ指数(WBGT)に応じて発表される情報で、以前発表されていた高温注意情報を置き換えたものです。2021年から全国で本運用が始まりました。

環境省と気象庁は、暑さ指数が「危険」ランクの中でもさらに重要度の高い暑さ(WBGT:33以上)が予想される場合に「熱中症警戒アラート」を発表することを決めています。
暑さ指数(WBGT)とは
暑さ指数(WBGT)は国際的に用いられる指標で、人体と外気との熱のやりとり(熱収支)に着目し、気温、湿度、日射・ 輻射、風の要素から算出されます。

熱中症患者発生率との相関が気温よりも良好で、暑さ指数が「厳重警戒」ランク以上だと熱中症患者が著しく増加することがわかっています。また、暑さ指数が「危険」ランクの場合は運動は原則中止すべきとされています。
環境省からのメッセージ
熱中症警戒情報対象地域の皆様へ

○熱中症警戒アラートが発表された地域において、気温が著しく高くなることにより熱中症による人の健康に係る被害が生ずるおそれがあるので、他人事と考えず、暑さから、自分の身を守りましょう!!

○まずは、室内等のエアコン等により涼しい環境にて過ごしましょう。

○その上で、こまめな休憩や水分補給・塩分補給をしましょう。

○高齢者、乳幼児等の方は熱中症にかかりやすいので特に注意し、周囲の方も声かけをしましょう。

○皆で、身近な場所での暑さ指数(WBGT)を確認し、涼しい環境以外では、運動等を中止しましょう(皆で熱中症対策を積極的に取りやすい環境づくりをしましょう。)!!

明日(水)の天気をチェック
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那覇

首相判断にあらがえず議論幕引き…消費税減税巡り自民、「円の信用失う」「進め方が乱暴」反対派に不満残る

消費税減税を巡り、3日に開かれた自民党の税制調査会などの合同会議は、小野寺五典税調会長の一任取り付けで、幕引きとなった。党内議論の前に高市首相(自民総裁)が方針を示したことで、反対派はあらがうことが難しくなり、党内には不満を残した。(井美奈子)
「2年後に大きな影響が出てくる。大事な社会保障財源をどう戻すのか。ツケは次世代に回ってくる」
小渕優子・元経済産業相は会議後、党本部で記者団にこう強調し、食料品の消費税率を2年間限定で1%に引き下げる方針に反対を表明した。
小渕氏は党税調の幹部会合(インナー)のメンバーを辞任した理由について、「1%案に大変大きな懸念を持っている。まとめ役として、役割を果たすことができないと思った」と説明した。
石破前首相の盟友として知られる村上誠一郎・前総務相も会議で「消費税減税をやったら円の信用を失う」などと述べ、「もう一度再検討すべきだ」と批判した。
反対派はこの日、会場の前方に陣取って異論を唱えたが、それぞれの発言を終えると、続々と退席した。
一方、賛成派は、首相に近い山田宏参院議員が「首相が決断したものを、ここでひっくり返すのはない」とけん制した。鈴木宗男参院議員も「消費税減税は公約だ」と語気を強めた。賛成派は前回の合同会議に続き、保守系や積極財政派の議員を中心に動員がかかった。
会議開始から約2時間半で意見が出尽くし、最後はほぼ賛成派で埋め尽くされる中、拍手で一任が決まった。
小野寺氏は会議後、記者団に対し、反対意見について「貴重な意見だ」と述べたうえで、「懸念をしっかり乗り越えられるか、新たな努力が必要だ」と語った。
政府は5日にも消費税減税の方針を閣議決定したい考えで、自民は同日に臨時総務会や政調審議会で党内手続きを終えることを想定している。総務会には反対派のベテランもいるが、周囲に欠席する意向を示している議員もいる。
党内議論は、首相が想定する日程で進んでいる。党幹部によると、小林政調会長は首相が方針を示した先月30日の臨時役員会に先立ち、役員らに反対表明しないよう水面下で念押ししたという。党内からは「進め方が乱暴だ」「言うだけのことは言ったが首相方針ありきで決まってしまう」などと、不満の声が漏れている。
野党「2年限定1%」批判…減税主張から軌道修正
野党各党は、高市首相が食料品の消費税率を来年春から2年間限定で1%に引き下げる方針を示したことについて、批判を強めている。選挙公約で減税を掲げたものの、経済情勢の変化などを理由に軌道修正を図っている。
立憲民主党の水岡代表は3日の記者会見で「物価高の状況で、消費税減税がすぐ国民生活に寄与することはなかなか望めない」と述べ、首相の対応を批判した。
立民は昨年7月の参院選で、食料品の消費税率を原則1年間ゼロに引き下げる案を公約に掲げたが、現在は円安や金利上昇などを理由に、来年春を待たずに低所得者らへの支援策の実施を訴える。水岡氏は「政策の見直しを議論している。我々の考えに少し変化があったことは事実だ」と語った。
中道改革連合の小川代表も財源確保や2年後に再増税となるなどの課題があることから「簡易な給付措置の方が効果的ではないか」と訴えている。同党は今年2月の衆院選公約で、恒久的な食料品の消費税率ゼロを掲げた。小川氏は7月31日の記者会見で「あらゆることをタブー視せず、広く見直したい」と述べ、公約の修正があり得るとの認識を示している。
国民民主党の玉木代表は3日のユーチューブ番組で、「飲食料品だけ1%で2年限定は弊害が大きい」と指摘した。同党は衆院選公約で、賃金上昇率が物価上昇率プラス2%に安定するまで消費税を5%に減税すると掲げた。すでにこの水準に到達したことから、玉木氏は見直し検討を表明済みだ。

床に血痕、天井からはぶら下った資材…救助活動にあたった広島県警緊急援助隊大隊長「いつ崩落してもおかしくなかった」

熊本県で最大震度7を観測した「令和8年熊本地震」を受け、7月28~30日に現地へ派遣された広島県警・広域緊急援助隊の関本淳一大隊長(53)(警備課管理官)が3日、報道各社の取材に応じ、被災地の状況や捜索活動について語った。(小山舞)
広域緊急援助隊は、県警機動隊に所属する警察官らで構成され、災害時に活動する部隊。今回は28日の地震発生直後に派遣が決まり、同日夜には66人が出発。爆発が起こった熊本県嘉島町の商業施設「イオンモール熊本」で24時間態勢で行方不明者の救助や捜索を行った。
イオンモール内部の光景に、関本大隊長は衝撃を受けたという。床に血痕が残り、天井からは資材がぶら下がっていた。「いつ崩落してもおかしくないような状況だった」。福岡、佐賀両県の消防や、熊本県警と合同で活動し、「がれきの隙間に助けを待っている人が必ずいる。絶対に救出するという強い気持ちで捜索した」と振り返った。
活動中、無線から別の場所で崩落音がしたという情報が入ったこともあり、「非常に緊張感があった」という。暑さのため、熱中症対策にも気を配り、「(隊員には)しっかりと休憩を取り、水分や塩分の補給も行うよう指示をした」と説明した。
緊急援助隊が被災者の発見・救助をする機会はなかったが、関本大隊長は「災害はいつどこで起こるか分からない。部隊として、しっかり準備し、訓練しておく」と強調した。

【高田馬場・路上刺殺事件】「痛い、やめて…」法廷で公開された“生々しい音声”…懲役16年判決までに明らかになった“犯行の一部始終”

昨年3月、東京・高田馬場の路上で動画配信中だった女性を刺殺したとして、殺人罪などに問われた高野健一被告(44)に対して、今年7月15日に東京地裁(井戸俊一裁判長)は懲役16年(求刑:同20年)の実刑判決を言い渡した。この判決を不服として控訴していたことがわかった。 残忍な犯行の背景にちらついた、被害者との歪んだ関係に社会が注目したこの事件。法廷で、高野被告自らの口で語られた事件の詳細を振り返る。◆「殺すつもりはなかった」謝罪直後に語られた高野被告の弁明「間違ったことをしてしまい、痛い思いをさせて、怖い思いをさせて、命を奪ってしまったことを本当に申し訳なく思っています」 被告人質問の冒頭で、このように謝罪した高野被告。判決によると、2025年3月11日の午前9時50分頃、東京・高田馬場の路上で佐藤愛里さん(当時22歳)の顔面や首などを、ナイフ(刃体の長さ約12.4センチ)で刺して殺害するなどした。 司法解剖の結果、佐藤さんは「多発刺切創による出血性ショック」で死亡したとされる。高野被告からの攻撃は、頭部や顔面、頸部などにわたり、合計で「55か所」もの刺し傷が認められた。致命傷は、深さ約9センチで「首を貫通していた」と所見されている。 まさにメッタ刺し状態。苛烈な犯行だが、当初は殺意がなかったと高野被告は供述した。「大けがをさせようと思っていませんでした」「事件になって、佐藤さんが裁判に出るとか、取り調べを受けて(佐藤さんとの金銭トラブルを)社会に明るみに出すつもりで、殺すつもりはありませんでした」(被告人質問から・以下同)◆「彼氏みたい」配信者と古参リスナーが親密になった経緯「社会に明るみに出すつもり」と高野被告が表現した、佐藤さんとの問題。それは事件の発端ともされる金銭トラブルだった。はじめに、二人の関係性から解説する。 佐藤さんは自身を「最上あい」と名乗り、動画配信サイト「ふわっち」の配信者として活動していた。投げ銭などに応じて決まるランクでは、「プラチナプラス(最上位クラス)」になったこともあった。 一方の高野被告は、佐藤さんが配信を始めた頃から視聴していた古参のリスナー。二人はSNS上のDMを通じてLINEを交換すると、佐藤さんの方から「大好き」や、「タカノ選んでいい人」「大きな出会いした」「彼氏みたい」「タカノいなかったら配信できない」などのメッセージがあったようだ。

大阪地検特捜部内のパワハラ訴える手記 女性検事が公表

大阪地検特捜部の主任検事からパワハラを受けたなどと訴える元検事の男性の手記が公表されました。
【映像】会見で手記を読み上げる女性検事
手記を読み上げる女性検事「私は誇りを持って懸命に検事の仕事をやってきた。検事の仕事が大好きだった。なのに、一連の被害で辞職に追い込まれたのは無念でならなかった」
準強制性交の罪で起訴された元大阪地検検事正の北川健太郎被告(66)からの被害を訴える女性検事は3日に会見を開き、元検事の男性から寄せられた手記を公表しました。
手記は、2023年に大阪地検特捜部が捜査した脱税事件に研修として関わった男性が、主任検事から「お前が被疑者からなめられているから否認されるんだ」「お前ポンコツだな」などと言われたうえ、自白調書の作成などの違法捜査を指示されたとしてハラスメント被害を打ち明けるものです。
手記によりますと、男性は被害を申告し、大阪高検からハラスメントがあったと認められましたが、主任検事の処分はなかったということです。
手記を公表した女性検事は、検察内のハラスメントに対する第三者委員会の設置を求めています。
大阪高検や大阪地検はいずれも「手記の内容を把握しておらず、現時点ではコメントできません」としています。(ANNニュース)

熊本地震、なお7500人超避難=酷暑の被災地、住宅被害1.3万棟―断水は月内解消見込み・発生1週間

熊本で最大震度7を観測した地震は、4日で発生から1週間が経過した。連日の過酷な暑さの中、なお7500人以上が避難所に身を寄せ、被災者の不安に終わりが見えない。被害実態も徐々に判明。広範囲に及ぶ断水に加え、これまでに1万3000棟以上の住宅被害が確認された。一方、断水は月内に解消する見込みとなった。
県災害対策本部によると、4日午後6時時点の死者は38人。うち熱中症による災害関連死の疑いが1人、関連調査中が1人となっている。商業施設「イオンモール熊本」(嘉島町)の爆発事故で7人、煙突が倒壊した日本製紙八代工場(八代市)で9人の死者が出た。
避難者数は先月30日が最大で、415カ所の避難所に1万467人が避難していた。4日午後6時時点で140カ所、7538人に減ったが、車中泊など自主避難者は把握されていない。
これまでに判明した住宅被害は1万3690棟で、内訳は全半壊1744棟、一部破損6068棟など。特に被害が大きかった宇城市で4600棟、八代市で2500棟、氷川町で1261棟などだが、さらに増える可能性がある。
断水は八代市、宇城市を中心に4市町の約4万4380戸で続いているが、8月初旬~末をめどに各地区で解消する見込みが示された。熊本市は3日に復旧した。
気象庁は4日午後、「地震活動は依然活発であり、今後1週間は最大震度5強程度以上の地震に注意してほしい」と呼び掛けた。熊本県は11日にかけて台風13号の影響で曇りや雨の日が多くなるが、最高気温は35度前後で熱帯夜も続く見込み。熱中症に十分注意が必要という。
災害関連死を防ごうと、県などは避難環境の改善に向けた取り組みを進めている。3日には、被災者をホテルなどの宿泊施設へ移す「ホテル避難」の受け付けを始めたほか、宇城市、氷川町では応急仮設住宅の建設にも着手した。
県内の宿泊施設キャンセルも相次ぐ。県の調査によると、先月28~31日に受け付けたキャンセル数は延べ約6万5500人、これに伴う損失は約9億円に上るという。
一方、被災地へのふるさと納税の寄付額が計7億3000万円に上ったことが明らかになった。東京都内のアンテナショップにも多くの人が詰めかけるなど、支援の輪が広がっている。 [時事通信社]

「ボーンと音がして…」複数のマンホールから水噴き出す 大雨の影響か…市が排気管整備へ 大阪・生野区

8月3日、大雨の影響で、大阪市生野区のマンホールから水が噴き出しました。
3日午後4時半ごろ、大阪市生野区の今里筋で複数のマンホールから水が噴き出しました。
市内では当時1時間に36ミリの大雨が降っていて、市は下水管内に一気に入った雨水に圧縮された空気が、水を押し出したとみています。
(付近の飲食店店主)「“ボーン”と音がして、一気に4階くらいまで(水柱が)上がっていた」
けが人はいませんでしたが、周辺では道路のアスファルトが浮き上がりました。
現場では今年6月の大雨でも水が噴き出していて、市は今年度中に排気管を整備する方針です。

埼玉・久喜市長「財政再建」宣言へ…4年後に「貯金」が底尽く状況、全事業をゼロベースで見直し

埼玉県久喜市の貴志信智市長は、市の財政が厳しい状況にあるとして、近く財政再建を推進するための「宣言」を出す方針を固めた。読売新聞の取材に複数の市幹部が明らかにした。大型の建設事業が集中する中、現状の財政運営では2030年度に貯金にあたる財政調整基金が底を尽くことなどを根拠としている。全事業をゼロベースで見直す方針といい、廃止や縮小が相次げば市政が混乱する可能性もある。(河合正人)
市は小中学校3校を統合した市内初の義務教育学校を4月に開校したほか、来年度には新ごみ処理施設の供用が始まる。その後も公共施設の老朽化対策などが控えており、多大な費用が必要となる。
関係者によると、こうした状況を受け、4月に行財政改革を公約に掲げて初当選した貴志市長が、前市長時代の25年度に改訂された中期財政計画を検証した。その結果、人件費や資材費高騰分などが実際より少なく試算されていたことが判明した。
30年度の財政見通しは、借金にあたる市債残高が中期計画では約680億円なのに対し、見直し後は約770億円に膨らんだ。貯金にあたる財政調整基金も、中期計画では30年度に約14億円だったが、取り崩しが増えるとみられることから、検証後はゼロになる見通しとなった。このため、貴志市長は抜本的な改革に着手すべきだと結論づけたという。
貴志市長は既に、前市長時代に方針が示されていた市庁舎の新築方針を廃止し、防災公園管理棟整備を再検討するなどハード事業を大幅に見直す考えを示している。また、来春の行政事務職員採用を募集開始前日に、財政逼迫(ひっぱく)を理由に中止した。
9月市議会では宣言を機に、改革姿勢を一層強めるとみられる。市長を支持する市議は少数にとどまっているため、市長と議会の対立が深まる可能性も出ている。
貴志市長は2日、読売新聞の取材に「現時点では何も言えない」と話した。

ギタリスト・高田慶二さん死去 71歳 病気を公表せず闘病「またステージへ」最後まで諦めず

ギタリストの高田慶二さんが7月29日、71歳で死去したことが4日、本人のSNSを通じて発表された。本人の意向を尊重し、生前は病気を公表しておらず、今年1月に病気が見つかってから約半年間、闘病を続けていたという。

本人のXやインスタグラムを通じ「高田慶二は、2026年7月29日(水)16時17分、71歳で旅立ちました。生前賜りました温かいご厚情、ご声援に、心より感謝申し上げます」と訃報を伝えた。

生前に病気を公表しなかった理由については、「本人の意向を尊重し、生前は病気について公表を控えておりました」と説明。「このご報告で初めて病気のことを知り、驚かれた方や、『会いたかった』『何かできることがあったのではないか』と思われた方も多くいらっしゃることと思います。そのようなお気持ちにさせてしまいましたことを、心よりお詫び申し上げます」とつづった。

葬儀・火葬は7月31日に、本人と家族の意向により近親者のみで執り行われた。今後は「関係者の皆さまとともに、高田さんを偲ぶ音楽葬を予定しております」とし、さらに「高田さんを大切に想ってくださるファンの皆さまとともに偲ぶ機会につきましても、ご縁がありましたら、改めてご案内させていただければと思っております」とした。

闘病中の様子について「今年1月に病が見つかってから約半年。高田さんは苦しい病と向き合いながらも、最後まで『またギターを弾いてステージに立つ』その夢を諦めることはありませんでした」と説明。「『みんなに心配をかけたくない』その想いを胸に、最後まで笑顔で生き抜きました」と振り返った。

さらに、「『53年間ギターを弾き続けてこられたことは、奇跡なんだ』と話しながら、出会ってくださった皆さま、支えてくださった皆さまへ、いつも心から感謝していました」という。「皆さまの心に浮かぶ高田さんは、きっとあの優しい笑顔ではないでしょうか」「皆さまと出会えたことが、高田さんにとって何より幸せな人生でした。本当に、本当にありがとうございました」と感謝の言葉で締めくくった

高田さんは、三山ひろしとのタッグが多くツアーを伴奏していた。