車中泊、熊本でガソリン需要増 応援配送、不足回復の傾向

最大震度7の地震を観測した熊本県は、深刻なガソリンの供給不足に陥った。ガソリンスタンド(GS)では長蛇の列ができ、改善に向けて国は、石油元売り各社に応援配送を要請。隣県拠点からの融通などにより、1日までに通常時の最大4倍の供給力を確保できる見通しとなった。猛暑の中、車中泊を続ける被災者からは安堵の声も聞かれるが、営業再開に至っていないGSもある。
被災地では、車中泊でのエアコン使用を理由にガソリン需要が急増。営業中のGSに被災者が殺到した。
7月28日の地震発生後、石油製品を貯蔵する八代油槽所(八代市)周辺の道路が液状化し、ENEOS(エネオス)ホールディングスは出荷を一時停止。その後再開した。
木原稔官房長官は29日の記者会見で、石油元売り各社が福岡県や大分県から、停電地域に対して重点的に出荷を進めていると明らかにした。
資源エネルギー庁によると、震度7の宇城市と氷川町、震度6強の八代市にあるGS計76カ所のうち、31日昼頃には少なくとも計21カ所のGSが営業を停止した。

【速報】熊本地震の死者34人の年代・性別 判明分を熊本県が公表

熊本県は8月1日午前、熊本地震で亡くなった34人(災害起因死者)の方の年代や性別などについて、判明している情報を公表しました。
情報は8月1日午前7時半時点です。
◆宇城市(死者3人)
・20代男性 1人
・60代男性 1人
・70代男性 1人
◆嘉島町(死者7人)
・年代、性別いずれも調査中
◆八代市(死者20人)
・30代男性 2人
・40代男性 3人
・50代男性 4人
・60代男性 3人
・70代女性 1人
・80代男性 2人
・80代女性 3人
・90代男性 1人
・90代女性 1人
◆氷川町(死者4人)
・50代女性 1人
・60代女性 1人
・80代男性 1人
・90代女性 1人

千葉県市川市のマンションで爆発、3人重軽傷…住人「前日深夜からガスのような臭いがした」

1日午前6時35分頃、千葉県市川市福栄の3階建てマンションで爆発があり、男性3人が救急搬送された。県警行徳署や市消防局によると、住人とみられる1人が全身やけどの重傷で、2人が割れたガラスで背中を切るなどの軽傷を負った。捜査関係者によると、マンション住人が「前日深夜からガスのような臭いがした」と証言しており、県警はガスに引火した可能性があるとみて調べている。
県警によると、マンションで最も損傷が激しかった1階の1室で爆発があったとみられる。1階はコンクリート片が周囲に飛び散るなどし、2、3階は窓ガラスが割れた。近くの市立福栄中学校の教室の窓ガラスも破損するなどマンションから半径約40メートル圏内に被害が及んでおり、県警と市消防局で確認を進めている。
現場は東京メトロ東西線南行徳駅から東に約750メートルの住宅街。爆発があったマンションの3階に住む60歳代女性は「ドンと振動がきて地震かと思った。けがはなかったが、窓ガラスが全て割れ、玄関ドアも変形した」と話した。

「周囲の音が気になったらイヤホンで」地震で自宅が被災、避難所で勉強続ける高3受験生

熊本県で最大震度7を観測した地震は、受験生の生活も一変させた。宇城市で被災し、同市豊野防災拠点センターに7月30日から身を寄せる高校3年の男子生徒(17)は大学受験に向けて、センター内の机があるスペースで勉強を続けている。
同市内にある自宅は、壁にひびが入ったり窓が割れたりして足の踏み場もない状態に。10年前の地震でも一時避難したがすぐに帰宅できたため、初めての避難所生活だ。食料などの配布を受けながら勉強を続け、「周囲の音が気になってきたらイヤホンをしています」という。
スポーツが好きで、中学生のときはサッカー、高校では野球に打ち込んだ。「涼しくなるころには元に戻って、友達とサッカーや野球ができるようになるとうれしい」と話していた。

青森県東方沖でM5.8の地震 北海道や青森県、岩手県で震度4 津波の心配なし

8月1日(土)11時48分頃、北海道と東北地方で最大震度4を観測する地震がありました。この地震による津波の心配はありません。

震源地:青森県東方沖

マグニチュード:5.8

震源の深さ:約80km
震度3以上を観測した地点
震度4:

【道南】

函館市泊町 函館市新浜町

【青森県】

平内町小湊 外ヶ浜町蟹田 野辺地町田狭沢 野辺地町野辺地 七戸町森ノ上 横浜町林ノ脇 東北町上北南 階上町道仏 東通村砂子又蒲谷地 東通村砂子又沢内

【岩手県】

二戸市浄法寺町

震度3:

【道央】

千歳市北栄 新千歳空港 千歳市若草

【道南】

函館市美原 函館市大森町 函館市日ノ浜町 七飯町桜町 七飯町本町 壮瞥町滝之町 室蘭市寿町 苫小牧市旭町 白老町竹浦 安平町早来北進 むかわ町松風

【道東】

浦幌町桜町

【青森県】

平内町東田沢 青森市花園 青森市中央 青森市浪岡 五所川原市栄町 五所川原市敷島町 五所川原市相内 五所川原市金木町 つがる市稲垣町 つがる市車力町 今別町今別 蓬田村阿弥陀川 板柳町板柳 中泊町中里 七戸町七戸 横浜町寺下 八戸市湊町 八戸市内丸 八戸市南郷 十和田市西二番町 十和田市西十二番町 十和田市奥瀬 三沢市桜町 六戸町犬落瀬 六ヶ所村尾駮 六ヶ所村出戸 おいらせ町中下田 おいらせ町上明堂 三戸町在府小路町 五戸町古舘 五戸町倉石中市 青森南部町沖田面 青森南部町苫米地 青森南部町平 東通村尻屋 東通村白糠 むつ市金曲 むつ市金谷 むつ市大畑町中島 むつ市川内町 むつ市脇野沢 弘前市弥生 弘前市城東中央 黒石市市ノ町 平川市猿賀 藤崎町西豊田 藤崎町水木 田舎館村田舎館

【岩手県】

軽米町軽米 一戸町高善寺 宮古市田老 久慈市枝成沢 岩手洋野町種市

信濃川で身元不明の女性の遺体 ボート部の大学生が110番通報《新潟》

新潟市中央区の信濃川で身元不明の女性の遺体が見つかりました。
警察によりますと、遺体は新潟市中央区一番堀通町付近の信濃川内、昭和大橋のあたりで見つかったということです。
1日午前6時23分ごろ、ボートの練習のために川に来ていたボート部の大学生から「人の足が水面に出ている。橋にひっかかっている」と110番通報があり、午前6時48分に救急隊によって遺体が引き上げられたということです。
遺体は女性で、損傷が激しく年齢はわかっていません。死後相当時間経過しているとみられ、上はポロシャツのようなもの、下はズボンに黒色のようなスニーカーを着用していたといいます。
警察は身元の特定を急ぐとともに、死因や事件性の有無など詳しく調べています。

恐怖忘れてがれきの下へ潜り込み 「自分がやらないと」 高齢女性を救った19歳の使命感

激震に見舞われた熊本県八代(やつしろ)市で、1人の若者が倒壊家屋の下敷きとなっていた高齢者2人の命を救った。頻繁に余震が起き、救助隊の手も回らない状況下。知識はあっても実際に誰かを救ったことはない。でも「自分がやらないと」―。使命感がただ体を動かした。
熊本市に住む安齊俊聖(しゅんせい)さん(19)は建築現場での仕事を終え、同僚と車で帰宅中、車体が大きく左右に揺さぶられたことに気づいた。外に出て辺りを見渡すと、住宅が次々と屋根から崩れ落ち、土煙が舞い上がっていた。
救助隊もさすがにまだ来ない。以前から自衛隊出身の友人から防災技術を学んでいた安齊さんは、救助に関する知識は人より詳しいとの自負があった。ただ現場での活動経験はなかった。
そんな中、あちこちで助けを求める声が聞こえる。「このままじゃ助かる命も助からない」。躊躇(ちゅうちょ)はなかった。
1階部分がつぶれた木造住宅を中心に一軒ずつ確認して歩いた。すると、高齢女性が足をがれきに挟まれ、取り残されているのを見つけた。近くに住むとみられるベトナム人グループが救出を試みていたが、焦りからか、女性をがれきから引っ張ろうとしていた。
長時間の圧迫を受けた筋肉が壊死(えし)し、解放後に毒素が全身に回る「クラッシュ症候群」を引き起こせば、ショック死に至る恐れもあった。足の変色具合や状態を見極め、周囲のがれきを一つ一つ取り除き、安齊さんを中心に慎重に女性を救い出した。近隣住民によると、女性は病院へ搬送されたが、命に別条はなかったという。
別の木造民家では、崩れ落ちた家屋の中に80代女性が生き埋めになっていた。目の前には助けを求める親族がいた。発災から数時間が経過し、すでに消防や警察も駆け付けていたが、救助の手が回っていない状況だった。
安齊さんはがれきの中に潜り込んだ。「ここにいます…」。女性のかすかな声を頼りに暗闇の中を進んだ。「巻き込まれれば(自分が)死んでしまう可能性もあったが、自然と体が動いた」。使命感が恐怖を忘れさせた。
奥まって外からは見えないような場所で女性は机の下に潜り込み、わずかな空間で命をつないでいた。「水が欲しい」。そう求めた女性の口元に、安齊さんは水を含ませた脱脂綿を運んだ。
余震でさらなる倒壊の危険も残る中、借りたチェーンソーで散らばった支柱を切り出し、崩れた屋根との隙間に補強用の新たな支柱を入れ込んだ。安全を確保した上で女性を救出。この女性も病院へ搬送されたが、目立ったけがはなく、翌日には退院したと親族から感謝の電話があった。
大規模災害の発生時には、その道のプロである救助隊でさえも全ての現場を迅速に対応できるわけではない。だからこそ、地域住民らの自発的な助け合いが命を救う最大のカギとなる。
ガラス片が散乱する家屋へ何度も潜り込んだその両腕には、多くの生傷が残ったまま。地震発生から4日が経過した今も、支援物資を詰め込んだリュックサックを背に、被害が大きい街を見回っては物資の供給に汗を流している。「多くの尊い命を助けるために『命を懸けろ』とまでは到底言えない。ただ、自分にもできることが何かあるという気持ちを持ってもらえれば」(鈴木源也)

迫る天井、がれきに挟まる顔 「もう死ぬかも」 過酷な5時間

地震で落ちてきた天井が目の前に迫る。身動きを取ろうとしても、顔はがれきに挟まれている。
その後も続く揺れで、徐々に天井がずり落ちてくる。「まだ自分は生きている。誰か、助け出してくれ」。過酷な5時間だった。
2階部分がゆっくり落ち…
熊本県八代市役所の近くで、清村浩二さん(62)は東南アジアの雑貨販売店を営んでいる。7月28日夕はいつも通り、3階建てビル1階の店にあるカウンターで、椅子に座っていた。
「ドン」。強い衝撃と揺れが襲った。座ったまま身動きが取れずにいると、2階部分がゆっくり落ちてくるのが目に入った。
最初の揺れが落ち着くと、天井は50センチ先にあった。顔の周りにはコンクリートや鉄骨が押し寄せている。
頭を必死に動かすも、10センチほどの隙間(すきま)しかなく、抜け出せる気配がない。
「お父さん!」。ほどなくして駆けつけた長女優子さん(17)の声が聞こえた。必死に叫んだ。「大丈夫だ。救助隊を呼んでくれ。俺はカウンターのところにいる」
優子さんは、近くを通ったパトカーに父が閉じ込められていると伝えた。ただ、救助隊はすぐにはやってこない。
押し寄せる暗闇と不安
家族が励ましてくれた。「頑張って」。それに応えることで心細さを紛らわせた。
夜になると、暗闇が押し寄せてきた。不安が募ってくる。すると、ライトの光が届いた。救助隊だった。
「大丈夫ですか」と声を掛けられた。がれきをかき分ける音が響く。足元には屋外に脱出するルートが作られ、右足をトントンとたたかれた。
その頃、度重なる揺れで徐々に天井は近づき、5センチ先にあった。顔の圧迫も強まり、首が横にねじれていった。底知れぬ恐怖が襲ってくる。「もう、死んでしまうかもしれない」
救助隊は、はいつくばって自身に近づいてくる。もう、残された時間は少ない。顔を挟むがれきはジャッキで取り除かれた。体を抱きかかえられ、椅子の脚は切断された。
生死の説明ないまま病院へ
閉じ込められてから約5時間がたっていた。
ブルーシートで覆われた現場で、優子さんからは救助活動の様子がよく見えなかった。そこから1台の救急車が走り出した。
優子さんは絶望した。「死んでしまったのかな」。救助隊から生死の説明がないまま、告げられた病院に急いで向かった。
病室に入ると、ベッドで点滴を受けながら笑顔で手を上げる父がいた。けがは、右のひじを擦った程度で済んだ。
家族4人が顔を見合わせて言い合った。「生きてて良かった」
清村さんはすぐに退院し、店舗とは別にある自宅に家族で帰った。倒壊は免れたが、室内は足の踏み場がほぼなかった。台所に布団を敷き、4人で眠りについた。
「家族全員が生きていた。これ以上、いい未来はない」と語る清村さん。何度も「救助隊のおかげで命がある。感謝しかない」と口にする。
暗闇だった現場では、救助隊の顔も分からなければ、名前も分からなかった。
いつか伝えよう。「ありがとう。あなたのおかげで生き延びました」と。【川畑岳志】

熊本地震で自宅が火事に それでも患者のために診療続ける医師 病院にも爪痕

熊本県八代市の総合病院で働く医師。実は地震直後に自宅アパートが火災に見舞われました。ただ家を失っても患者のために休まず診療を続けています。
【画像】地震で家財道具が倒れた医師の自宅アパート室内
患者のため診療続ける医師
熊本総合病院 島本将希医師(29)

「かなり強い揺れで、手術台もろとも動いてしまうような状態で、なんとか患者さんを抑えながら周りは手術中なので危険な器具もあるんですけれども、看護師や麻酔科医師が患者さんに被害が及ばないようになんとか押さえて、揺れている時間を耐えたというような感じです」
八代市にある熊本総合病院の外科医・島本さんは患者の手術が終わったまさにその時、地震に遭いました。手術室を出るといつもの景色が一変していたといいます。
「震災の揺れで物は全部倒れてしまった。これでもかなり片付けた方ではあるんですけれど」
この1時間後、自衛隊が捉えた八代市上空からの映像です。火の手が上がる建物があります。実はここ、島本さんが住んでいるアパートだったのです。
仕事の合間をぬって、自宅に戻る島本さんに同行しました。
「ちょっと着替えが足りないので、まだ無事な着替えがあれば取りに行こうかと思ってます」
3階建てのアパートの1階に妻と住んでいた島本さん。燃えたのは3階でしたが、この建物は取り壊されることが決まりました。
「燃えてしまったアパートを見て、その散乱した部屋の状況を実際に目の当たりにすると、急に現実味が帯びてくるというか、これからどうしようかなという不安な気持ちが出てきましたね」

「やばいっすね。家財道具が全部倒れちゃっているのと、部屋自体がすすのにおいというか、煙のにおいで気分悪くなりますね。そもそもここは住み続けるのがダメということで(管理会社から)連絡をいただいているので、どこか別の所を、住む所をまた探さないとですね。仕事もありますので、診療をしながらというところでも家のことはなかなか今は考えられないですね」
アパートに帰ろうにも、住むところがなくなってしまいました。
「もう家がない状態なので、病院の自分の医局、医者の部屋であったりとか、あとは救急外来の空いているベッドがあったらそこで仮眠を取ってというような形で働いています」
病院にも残る地震の爪痕
ただ、その病院にも地震の爪痕が大きく残っています。副院長の堀野さんが案内してくれました。
熊本総合病院 堀野敬副院長

「救急外来の入り口なんですけど、ちょうど入り口前が全部落ちちゃって」
水などの支援物資を運ぶことも難しいといいます。
「資材の搬送もできない。水が来ても上まで上げられない。今人力で上げているんですけど、上の方の階まではなかなかつらい」
水に関してはこんな問題も…。
「昨晩元栓を開けたら結構な漏水が見つかったので、今その対策をやっているところ。今、水が出る所はこの館にはないです。本館しか入院患者はいないので、手術室も本館にあるので。その辺に水を使えないというのがかなり大きい。手術が回らない」
地震から数日たつと、外来の患者の症状も変わってきたといいます。
「今までは外傷の患者さんが多かった。骨折であったりとかも多かったんですが、やはり熱中症(患者)が少しずつ混ざりだした感じがあった」
復旧まで時間がかかるなか、医療に携わるスタッフへの心配も募ります。
「(スタッフの家の)電気やガスが戻っていない所があるので、その辺は病院としてシャワーとかを浴びられるような状況にしたいが、うちがまだ水が戻ってないですから。手厚くはしてあげたいところも山々ですが、できないというのが現状」
医師でもあり、被災者でもある島本さん。限られた環境のなか、自ら志願して仕事を続けています。
島本医師

「一番不安なのはやはりけがをしたりとか、病気になっている患者さんだと思うので、その人たちに少しでも救いになればと思って。本当に無我夢中で働いている感じなんですけれども、それでも頼りにしてくれる患者さんがいるので何とか助けたいというその一心で、その一心を原動力に頑張ってます」
(2026年8月1日放送分より)

八代名物「日奈久ちくわ」を無料で提供、店主「困っている人に届けたい」…普段手がけない弁当販売も

震度6強の揺れに見舞われた熊本県八代市の日奈久(ひなぐ)温泉で、名物の「日奈久ちくわ」を製造する「片山蒲鉾(かまぼこ)店」が普段は作っていない弁当の販売と、ちくわの無料提供を始めた。店を経営する片山新一郎さん(61)は「困っている人の手に届けることができれば」と話している。
今回の地震で、自宅兼店舗も激しい揺れに襲われ、家具が倒れるなどした。断水していて、ちくわなどは新たに製造できない。
こうした中、近くのコンビニでは弁当が売り切れることもあると聞き、すり身の揚げ物などを詰め込んだ弁当を作り、7月31日から店頭に並べ始めた。地震直前に製造した500本のちくわも1人1本無料で振る舞っている。
弁当を購入した市内の男性(57)は「閉まっているスーパーも多いし、品切れもあるのでありがたい」と笑顔を見せ、片山さんは「食料を必要な人に届けることができて良かった」と話した。(石原圭介)