斎藤氏、告発者の私的文書に言及 記者から指摘や批判、会見紛糾

斎藤元彦兵庫県知事が5日の定例記者会見で、自身の疑惑告発文書を作成した男性の公用パソコンに保存されていた私的文書の内容に言及する場面があった。「告発者を不必要におとしめていないか」「報告書を受け止めるなら、内容をさらす必要はないのでは」と記者から指摘や批判が相次ぎ、一時紛糾した。
発言は百条委員会報告書が議会で了承されたのを受け、男性への懲戒処分を撤回するかとの質問に答える中であった。斎藤氏は、男性が業務中に倫理上極めて不適切な文書を作成したとして中身を明かし、処分は内容、手続きともに適正だったと述べた。
男性は昨年5月に停職3カ月の処分を受け、同年7月に亡くなった。当該文書について、県のこれまでの処分理由では「業務と関係のない私的な文書を作成した」との説明にとどまっていた。
百条委報告書は、男性の公用パソコンの内容を元総務部長が県議らに漏えいしていたことを証言から認定。「告発者をおとしめることによって文書の信頼性を毀損しようとしたこともうかがわれる」と問題視している。

<独自>大津のタワマン夫婦殺傷事件 男性親族、発生直後から不明 滋賀県警が行方捜査

大津市皇子が丘のタワーマンション(38階建て)で高齢夫婦が殺傷された事件で、夫婦の50代の男性親族の所在が事件直後から分からなくなっていることが5日、捜査関係者への取材で分かった。滋賀県警大津署捜査本部はこの親族が何らかの事情を知っている可能性もあるとみて行方を追っている。
捜査本部では、犯行前後の時間帯に現場マンションの防犯カメラに写ったとみられる男性の写真を印刷したチラシを作製。近隣の飲食店などに配布し、連絡を呼びかけている。
捜査本部によると、2月25日午前11時55分ごろ、現場マンションで「女性が出血して倒れている」と110番があった。警察官が11階のエレベーターホールや同階の居室内で、無職の岩崎安三さん(78)と妻の公恵さん(74)が倒れているのをそれぞれ発見。その後、岩崎さんの死亡が確認された。
いずれも頭部や顔面に出血を伴う傷が複数あり、公恵さんも一時意識不明の重体だった。当時部屋は施錠されていた。

「爆発音が聞こえて廊下に煙が充満」 大阪市住吉区の集合住宅で火災 部屋の真ん中に倒れていた高齢女性が死亡

4日未明、大阪市住吉区の集合住宅で火事があり、女性1人が死亡しました。
4日午前1時前、住吉区苅田の集合住宅で「爆発音が聞こえて廊下に煙が充満」と住人とみられる男性から消防に通報がありました。
火は約1時間半後に消し止められましたが、鉄筋5階建て集合住宅の3階の一室が全焼しました。
警察によりますと、高齢女性が火元とみられる部屋の真ん中で倒れていて、意識不明の状態で病院に搬送されましたが、死亡が確認されたということです。
この部屋に住んでいる1人暮らしの女性と連絡が取れておらず、警察は身元の確認を急ぐとともに、詳しい原因を調査しています。

《まさかの“暴露”》国民民主・玉木氏がネット記事に反論、「悪口を書けとの依頼が」と…玉木氏が“マスゴミ批判”と“煽る手法”を使うワケ

びっくりした。まさかの“暴露”だった。
・「国民民主党の悪口を書けとの依頼が出ている」玉木雄一郎氏がネット配信記事に反論(日刊スポーツWEB2月28日)
新聞で思わず笑ってしまった記事
国民民主党の玉木代表が『「103万円の壁」自公国協議打ち切りの舞台裏』(東洋経済オンライン)という記事に対してXで次の投稿をした。
「関係者に聞くと、国民民主党の悪口を書けとの依頼が出ており、この記事もその一環だと思われますが、あまりにも事実に反する内容に呆れています」
悪口依頼を出しているのは自民党なのか、他の野党なのか? 国民民主党の「年収103万円の壁」が支持を集めていることへのやっかみなのか?
そういえば新聞で思わず笑ってしまった記事があった。先月中旬、約2カ月ぶりに「壁」引き上げを巡る議論が再開された。そこで自民党が公明党、国民民主党に示したのが2段階の所得制限を設けたものだった。数字がいろいろややこしい。私が理解できていないのかと思ったら、記事の最後に「政府関係者」の言葉が載っていた。
・「もう少し分かりやすく説明できるようにしたい。初めて聞いた時、理解不能だった」(毎日新聞2月19日)
なんだ、政府関係者でも理解不能なのか。それなら我々にわかるわけない。自民はこの時点ではもう維新と組むことを決めていて国民民主にはややこしい案を提示したのだろう。議論のフリをした政局ショーだったのか。
玉木氏はそんな状況に対して逐一SNSで発信し、熱い賛同を集めている。最近「SNSと選挙」というテーマがよく言われる。昨年だと東京都知事選での石丸伸二氏や兵庫県知事選での斎藤元彦氏が思い浮かぶ。
2人を支持する論調で顕著なのは“既得権益”に対する怒りやマスコミ不信だ。だとすると玉木氏も注視したいのである。玉木氏は「手取りを増やす」と訴えて現役世代の共感を集めた。国民民主党は見事に浮上した。
「尊厳死の法制化」と主張していた玉木氏
しかし気になる点もある。昨年の総選挙で玉木氏が現役世代の社会保険料を減らすために「尊厳死の法制化」と主張していたことだ。日本記者クラブ主催の党首討論(2024年10月12日)では「社会保障の保険料を下げるためには、高齢者医療、特に終末期医療にも踏み込んだ、尊厳死の法制化も含めて」と発言した。
さらに、
「こういったことを含めて医療給付を抑えて若い人の社会保険料を抑えることが消費を活性化して次の好循環と賃金上昇を生み出す」
つまり高齢者が長生きしているから保険料がかかる、だから尊厳死を法制化して自分から死んでもらう?
この発言が批判されると玉木氏はXで「雑な説明になったことはお詫びします」と釈明した。だが雑な説明どころか国民民主党の総選挙公約のパンフレットには尊厳死法制化は「現役世代・次世代の負担の適正化に向けた社会保障制度の確立」の項目の一つとして記載されていたのだ。現役世代の溜飲を下げたいあまりに高齢者を標的にした分断戦略にも見えた。
すると最近また玉木氏のXでの発言が注目された(2月15日)。今度は外国人に対してだ。
「外国人やその扶養家族が、わずか90日の滞在で数千万円相当の高額療養費制度を受けられる現在の仕組みは、より厳格な適用となるよう、制度を見直すべきです。 現役世代が苦労して支払う社会保険料は、原則、日本人の病気や怪我のために使われるべきです」
この言説に対しては河野太郎氏(自民党)や山添拓氏(日本共産党)らが反応した。
河野氏は「問題から目をそらすことになるだけ」と…
・「『外国人に保険医療を受けさせるな』では問題は解決しませんし、問題から目をそらすことになるだけです」(河野氏ブログ・2月16日)
「3ヶ月を超えて日本に滞在する外国人は、社会保険ないし国民健康保険への加入が義務付けられ、病院にかかる必要があろうがなかろうが保険料を支払う。それは結果的に医療制度を支えている。『現役世代』を『外国人の医療費』が圧迫しているわけではない。乏しい社会保障政策こそが問われている」(山添氏X・2月16日)
メディアでは日刊ゲンダイが『国民民主党・玉木雄一郎代表「外国人は数万円で1.6億円の治療」は“排外主義”煽るミスリード』(2月18日)と書き、東京新聞「こちら特報部」は外国人の人権擁護に取り組むNPO法人代表の以下のコメントを載せた。
「高額療養費の負担軽減を議論する場面でなぜ突然、外国人の利用の問題が出てくるのか。国政政党の代表者が根拠のない発言で問題をすり替えることで差別を呼ぶ。日本社会のさまざまな不満を特定のマイノリティーに向けようとしている」

玉木氏のSNSにはメディア批判もある。時には支持者に「マスゴミ批判」の笛を吹いているような振る舞いもある。そう、冒頭で紹介した「国民民主党の悪口を書けとの依頼が出ている」という発信も同様にみえる。
こうすることで玉木氏や国民民主に対する論評ですら「悪口」と言い換え、すべて仕組まれたものとして誘導してないだろうか。103万円の壁を人質に取り、生活を少しでも楽にしたい人々をSNSで煽っていないか?
こうした手法をどう考えればいいのか。朝日新聞に参考になるものがあったので取り上げよう。
『人を見下す態度と自尊感情、少数派への非寛容が動かした選挙結果』(朝日新聞2月10日)で注目したのは、自分たちはマジョリティとして十分な利益を享受していないのに、マイノリティはその立場を逆手にとって利益を得ていると考える一部の有権者の心理的態度だ。立教大学教授の木村忠正氏が解説している。
やり玉に挙げた「外国人」というキーワード
その一例として、
《外国人、性的少数者、障がい者、少数民族、未成年、生活保護受給者、ベビーカーを押す母親など、少数派への批判的視線、非寛容は、決してばらばらの事象ではありません。》
まさに玉木氏がやり玉に挙げた「外国人」というキーワードがある。他もネットでよく攻撃されている。
『国民民主は「令和の民社党」、「玉木総理」は非現実的 専門家が分析』(朝日新聞2月11日)では国民民主党の原動力を、SNSに加えて、リアルな知り合いからの「口コミの強さ」にあると専門家が分析している。
この分析に対して「最近の国民民主党には、右傾化の傾向が見受けられます」とコメントしているのは政治学者の中北浩爾氏だ。メディア調査を参考にすると、国民民主党の先の衆院選での躍進は「103万円の壁」に関する政策的な支持だけでなく「石破総裁になって中道化したことで自民党から離れた保守層が、国民民主党に向かった可能性がある」という。今後のシナリオの一つには自民党右派(高市早苗議員ら)との連携も浮上してくると予想し、「国民民主党はどこに向かうのでしょうか」と締めている。
いずれにしても玉木氏はSNSでもよく目立つようになった。「コツ」をつかんだようだ。現役世代に響く政策は大きな武器だ。どこと連携するのも自由。しかしその矛先がマイノリティにまで向けられ、煽る手法を見るとエッと思う。
ちなみに今回のコラムは誰かに依頼されたものではありません。悪口ではなく危惧です。ご了承ください。あと玉木さん、本日3月4日から「役職停止」が明けましておめでとうございます。
(プチ鹿島)

14歳少女のスカート内盗撮した動画を公開か 44歳男を逮捕 運営する販売サイトには約2万3千点掲載

少女のスカートの中を盗撮した動画を、自身が運営するサイトに公開したとして3月3日、男が逮捕されました。 逮捕されたのは、動画販売サイトを運営する会社の代表取締役、石田竜一容疑者(44)です。 警察によりますと石田容疑者は、名古屋市昭和区の公園で盗撮された14歳の少女のスカート内が映された動画を2024年8月、自身が運営する動画販売サイトで公開した疑いが持たれています。 警察は、盗撮した男の動画の販売先について捜査したところ、石田容疑者の運営するサイトが浮上したということです。 調べに対し、石田容疑者は「盗撮動画ということは知りませんでした」と容疑を否認していますが、サイトには盗撮とみられる動画が、およそ2万3000点掲載されていて、警察が余罪についても調べています。

筑波大学内でイスラム学者が殺害され、筑波大卒の医師が妻子3人を殺害&遺棄…つくばで起きた凄惨すぎる「2つの殺人事件」《悠仁さま4月から筑波大へ》

〈 《悠仁さまが4月から筑波大へ》星を見る少女、姉さん団地…つくば市で多くの都市伝説が生まれ、“魔境”とまで呼ばれた意外な理由 〉から続く
1991年に起きた「『悪魔の詩』翻訳者殺人事件」。筑波大学助教授だった気鋭のイスラム学者、五十嵐一(ひとし)氏(享年44)が何者かによって学内で殺害された事件である。
五十嵐氏はイギリス人作家、サルマン・ラシュディ氏(77)の小説『悪魔の詩』の翻訳者だった。同書については、その内容がイスラム教を冒涜するものであるとして、イランの最高指導者ホメイニ師が1989年、「ラシュディ、および本の出版に関与した者たちへの死刑」を宣告していた。
「これ知ってる? 今日、大学の先生が殺されたって……」
当時筑波大学の学生だった筆者は、事件があった日のことをよく覚えている。
同年7月12日、昼過ぎにアルバイト先の新聞配達店に顔を出すと、折込みバイトをしている顔なじみの主婦数人が、眉をひそめて届いたばかりの夕刊記事を開いて見せた。
「これ知ってる? 今日、大学の先生が殺されたって……」
“比文”(比較文化学類)の助教授だった五十嵐先生の講義はそれまで受けたことがなかったが、物議を醸した『悪魔の詩』の翻訳者であることは知っていた。エレベーターホールで何者かに刃物で頸動脈を切られて殺害されており、イスラム関係者による「国際テロ」を否応なく想像させた。
遺体の第一発見者は清掃員の女性で、午前8時過ぎだったという。死亡推定時刻は前日の夜8時ころから12日の午前1時。五十嵐助教授は夜間、何者かに殺害された後、そのまま発見されずに朝を迎えたことになる。
当時、筑波大学は3学期制を採用しており、7月の頭から夏休みに入っていた。現場となった人文社会学系A棟は24時間、誰でも入ることができたが、文系の学類では、夏休みの夜中にキャンパスに行くような学生はまずいなかったはずである。
なお、学内にはいまの時代では当たり前の防犯カメラも設置されておらず、実行犯の映像や写真は一切、記録に残されていなかった。
それでも、日本で起きる殺人事件が迷宮入りすることは極めて稀である。そのうち犯人が逮捕されるものと思っていたが、意外なことに1~2週間が経過しても犯人に関する有力な情報は伝わってこなかった。
事件発生から1カ月ほど経過した8月の朝、前述したバイト先の新聞店の店長から声をかけられた。
「昨日、つくば中央署の刑事が2人で来たんだ。あの事件が起きた日、配達員が不審な人を見なかったかって。Sさんの連絡先、知らない?」
大学構内の配達を担当していたSさんは工学系の学類に所属する学生だったが、お盆の時期で実家に帰省しており、連絡先は分からない。「分からないです」と言うと、店長はこう続けた。
「事件から1カ月も経って、いまさら不審者の聞き込みしてるようじゃなあ。犯人はもう外国に逃げてしまったんじゃないの」
店長も、外国人犯人説を信じ切っているようだった。そもそも、朝刊が店舗に到着するのは午前2時過ぎである。折込み広告をセットして、出発する時刻は早くて3時半。そのころには実行犯は逃亡していたはずだ。
結局、Sさんも不審人物を目撃していないことが分かり、刑事の聞き込みは空振りに終わった。9月に入り2学期が始まると、ところかまわず情報提供を呼び掛けるチラシが学内に貼られていたが、ネットやSNSがない時代のことである。事件が風化するスピードは速く、そのうち学生の間でも話題に上らなくなった。
結局、実行犯を特定できないまま、事件は2006年、公訴時効を迎えている。
一時期、短期留学生として筑波大に在籍していたバングラデシュ人が事件当日、成田空港から出国していたという報道もあった。
もっとも、もしこの留学生が犯行に関与していたとしても、国際テロ事件などほとんど扱ったことがないはずの茨城県警にとって、バングラデシュと連携して国際捜査をするというのはハードルの高すぎる難事件だったことは間違いない。
なお、『悪魔の詩』の著者であるラシュディ氏は2022年、ニューヨークで講演した際にイスラム革命防衛隊を支持する24歳の男の襲撃を受け、重傷を負っている。五十嵐助教授の殺害犯が海外に逃亡している場合、時効は成立していない可能性が高く、その意味でこの事件はまだ終わっていないのである。
筑波大学卒のエリート医師が妻、子どもを殺害する凄惨な事件も
五十嵐教授が殺害された3年後の1994年には、つくば市で母子3人が殺害される事件が発生した。「つくば母子殺人事件」と呼ばれたこの事件で逮捕されたのは、被害者の夫、父であった医師、野本岩男(当時29歳)である。
筑波大学医学専門学群を卒業したエリート医師だった野本は94年10月、自身の愛人問題などから妻(31歳)と口論になり、つくば市の自宅で妻の首を絞め殺害。その後、長女(2歳)、長男(1歳)も殺害し、遺体を横浜港に遺棄した。
野本はその後、カモフラージュのための家族捜索願を茨城県警に出す一方で、この期に及んで愛人との不倫旅行を計画するなど身勝手な行動に走っていたが、自家用車でつくば市から高速道路を経由して横浜港へ向かうNシステムの記録が決め手となり、11月25日に逮捕された。
「殺人医師」――命を救うはずの医師が、家族全員を殺害し遺棄したこの事件は、世間を震撼させた。
野本の逮捕を受け、筑波大は異例の会見を開いた。在学する学生の逮捕ならともかく、卒業生の犯行について出身大学がコメントすることは珍しいが、野本が卒業後に研修医として筑波大附属病院に勤務していたことや、社会的反響を考慮しての対応だったのだろう。
医学専門学群副学長の三井利夫教授(当時)は会見で「野本医師であってほしくない思いが強い。学生らも強烈な印象で受け止めているだろう」と語った。逮捕されてもなお、野本の犯行が信じられないという口ぶりではあったが、野本自身は早々に犯行を自供し、刑事裁判は粛々と進んだ。
医師としての野本の評判は決して悪いものではなかったとされ、裁判では医学部時代の同級生などから4000通の減刑嘆願書が集まった。無期懲役判決が確定した野本は間もなく、服役30年の節目を迎える。
「心の砂漠地帯」のイメージは払拭されているが…
90年代につくばで起きた2つの殺人事件は、都市伝説が流れた80年代のイメージとは異なる「リアル」の衝撃があった。しかし2000年代に入り、TX開業による交通インフラの強化、また新駅周辺の再開発により、殺伐とした「心の砂漠地帯」のイメージは払拭されている。
つくば市の人口は増加しており、10年後の2035年には水戸市を追い抜き、県内最大都市になる見通しだ。
この春より悠仁さまの入学を受け入れる筑波大、そして警護を担当する皇宮警察、警視庁、茨城県警は、卒業までの4年間、絶対に事件・事故を起こしてはいけないという重いミッションと向き合い続けることになる。
あえて東京から離れた筑波大を選択した悠仁さまにとっても、「試練の4年間」となることは間違いない。
(欠端 大林)

東京23区で降雪3cm予報、警報級の大雪の可能性も…きょう夕方からあす朝にかけ

気象庁によると、本州の南岸には前線が停滞していて、低気圧が5日にかけて本州の南岸を東北東へ進む見込み。このため、4日夕方から5日朝にかけて、関東地方南部の平地でも大雪となる所があり、東京23区でも積雪となる所がある見込みだという。気象庁は、積雪や路面の凍結による交通障害や着雪、なだれに注意するよう呼び掛けている。
5日午前6時までの24時間降雪量は多い所で関東地方北部の山地や甲信地方で30センチ、箱根から多摩地方や秩父地方にかけて20センチ、関東地方北部の平地や多摩西部で15センチ、関東地方南部の平地で10センチ、東京23区で3センチと見込まれている。
気温も上がらず、東京都心の4日の最高気温は8度と見込まれているが、予想より低くなれば東京でも警報級の大雪となる可能性があるという。

海外での行動との矛盾どう説明するか? 伊藤詩織監督作品アカデミー賞逃すも依然として記者会見が必須な理由

米国アカデミー賞授賞式が3月3日(日本時間)に開催され、長編ドキュメンタリー部門にノミネートされていた伊藤詩織監督作品『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』は、受賞を逃した。本作品は57の国と地域で展開されているが、日本での公開は今なお未定となっている。その理由の一つには、出演者の同意や作品内で使われている映像の無許諾使用という権利処理の問題があるとされている。本件をめぐっては多方面で日々論考が展開されているが、議論が「防犯カメラの映像の使用の是非」という点に集中しがちであり、監督を含めた制作サイドの「説明責任」という点にはあまりスポットライトが当たることがない。しかし、本件を日英二言語で注視してきた筆者は、その点は最重要の論点と考えている。そう考える理由について、本稿で解説していきたい。
【画像】映画『Black Box Diaries』ポスター
会見で伊藤詩織氏に聞きたかったこと
本作品に関する懸念事項は、2024年10月に伊藤詩織氏の民事訴訟の元代理人である西廣陽子氏らによる記者会見によって提起された。
西廣氏らは公に呼びかけることで伊藤氏に必要なアクションを取ってもらいたいと話したが、再編集がなされぬまま世界中での上映が続いている事態と、前回記者会見から西廣氏らのもとに寄せられた無断使用に関する複数の連絡(匿名を希望)を踏まえ、西廣氏らは今年2月に再度記者会見を行ない、追加論点を明らかにした。
なお、当初は2月12日を予定していたが、伊藤氏側からも説明の機会が同日に欲しいとの申し入れにより、会見は2月20日へと再調整。
変更前作品(海外上映中の作品)の上映会・西廣氏らの会見・修正後の作品の上映・伊藤氏ら(伊藤詩織監督、エリックニアリプロデューサー、弁護士2名)による会見と一日がかりのスケジュールが組まれていたが、伊藤氏にドクターストップがかかったことにより、すべての上映会と伊藤氏サイドの会見は中止となった。
代わりに伊藤詩織氏・弁護士らによるステートメントや説明資料が配布され、そのなかで伊藤氏は「承諾が抜け落ちてしまった方々に、心よりお詫び申し上げます」と記し、最新版では個人が特定できないように対処し、今後の海外での上映についても差し替えなどできる限り対応していくと述べるが、その一式の資料には、残念ながら私の聞きたかった質問への答えはなかった。
聞きたかった質問とは、伊藤氏がなぜその映画を作ったか、その映画にどのような意味を込めたのかという監督としての、あるいは性暴力サバイバーとしての「願い」の部分ではない(なお誤解のないように言っておくが、願いと想いについては伊藤氏が2025年3月号『世界』へ寄稿した文章を読めば十分に理解できるためである)。
聞きたかったことは、「すでに私たちが知っていること」ではなく、「返答されてこなかった部分」についてである。すなわち、その映画を作り、世界に流通させる過程において、どのような説明責任を果たしてきたかという点だ。
ブラックボックス化している「制作過程」と「配給過程」について
さかのぼること2021年12月、西廣弁護士は、伊藤氏から映画化の相談があったとき、「必ず内容を確認させてほしい」と伝え、伊藤氏はそれを了承したという。しかし実際には伊藤氏から映画に関する連絡はなく、西廣氏はそれから2年後の23年12月に、サンダンス映画祭で伊藤詩織さんの映画が上映されるというネット上の記事で映画が完成したことを知ったという。
驚いた元弁護団が伊藤氏に説明を求めたところ、12月19日に話し合いの場が持たれ、伊藤氏から映画内に防犯カメラの映像を使用していることを告げられたため、弁護団はホテル側の許諾を得るよう改めて要請。
弁護団は、同月25日、重ねて配給会社であるスターサンズと伊藤詩織氏に内容証明を送付し、ホテルの許諾が得られない場合、映画使用は誓約違反にあたるため、当該映像を使用しないように通知。また仮に承諾を得られぬまま使用する場合、伊藤氏の訴訟代理人であった元弁護団の顔や姿が写っている映像や画像、声等を使用することを禁ずることを伝え、回答を求めたという。
それに対し、同作品の製作会社であるスターサンズの代表取締役の四宮隆史氏から、「弊社としては、本件書面でご指摘の防犯カメラ映像を同映画において使用しない方向で、すでに対策を検討中です」と回答期限最終日の1月10日にファクスで返信があった。
西廣氏は、「スターサンズの社長でもあり弁護士でもある責任ある立場の人からの通知であったので」と当時の安堵感を振り返る。また伊藤詩織氏からもこれと異なる内容の連絡はなかったという。
しかし、その「言葉」は、守られることはなかった。その約一週間後、サンダンス映画祭で同作品は世界へのお披露目がされたわけだが、そこでは、西廣氏が懸念した防犯カメラの映像も、また「それを入れるならば使うことを禁ずる」と通達した元弁護団の映像や音声も含まれた形でワールドプレミアを迎え、そこから海外57の国と地域へと展開されていくのである。
『先生、また相談させてください』
しかし、日本に住んでいる西廣氏がその事実を知るのは、それから半年後、24年の7月、東京大学で開かれたメディア向けの試写会だった。西廣氏は伊藤氏からの招待ではなく、主催者からの連絡でそのイベントを知り、赴いた場で映画全体を初めて視聴し、衝撃を受けたと話す。
「暗闇でエンドロールが流れる中、この会場にこれ以上いることは耐えられなくなり、そそくさと会場を出ました。エレベーターが来るのを待っていると、伊藤さんが通りかかり、『先生、また相談させてください』と言ってハグをされました。私はなされるがままに彼女にハグをされ、エレベーターが来ると適当に言葉を交わしてその場を去りました。私には、彼女のハグを拒否する気力すらありませんでした」
(記者会見のコメント全文より抜粋)
経緯を知らなければ、なぜ西廣氏がそれほどの絶望感を感じたか、理解するのが難しいだろう。しかし、話し合いの場を持ち、念押しに内容証明まで送付し、「防犯カメラの映像は使用しない」と返答を受けていたうえでのその不意打ちの瞬間を思うと、会見時に語っていた「ズタズタにされた気持ち」という言葉は、決して大げさなものではないのではないだろうか。
もっとも、伊藤氏の代理人らが「本件映画に関する経緯」として記者会見を中止した際に代わりに配布した資料によれば、伊藤さんら制作側は変更点を丁寧に説明してから西廣氏への作品上映を行なうことを考えていたが、試写会の主催者からの弁護団への連絡により、そのような説明がないまま西廣氏らは映画を視聴することになったとの説明がある。
また同資料上で、伊藤詩織氏の代理人らは、ホテルの防犯カメラ映像に関するスターサンズの返答は、オリジナルの映像をそのまま使うことはないという趣旨であり、そこには「解釈の違い」があったと説明する。
「2024年1月10日付けで、本件映画の共同制作会社スターサンズから、西廣弁護士側に、CGで防犯カメラの映像を変更(ホテルのロビーの内装、ホテルの外観、タクシーの形状、山口氏の髪型・服装など)し、ホテルの防犯カメラ映像のオリジナルは使わない方向でと伝える」
(「本件映画に関する経緯」より抜粋。太字は筆者によるもの)
しかし、西廣弁護士の手元に届いたファクスには太字に該当する修飾語はなく、いたってシンプルな文言が綴られていたという。
「弊社としては、本件書面でご指摘の防犯カメラ映像を同映画において使用しない方向で、すでに対策を検討中です」
海外での行動との矛盾どう説明するか
ここまでは、『ブラック・ボックス・ダイアリーズ制作チーム』が日本国内の当事者に対して、どのように説明をしてきたかを記したが、ところで同チームが「海外に向けてしてきた行動」を同じタイムライン上に書き足すと、不思議な矛盾が浮かび上がる。
まず、米国の権威ある映画祭であるサンダンスで映画の封切りをすることがチームにとって一つの重要なマイルストーンであったことは24年10月の米国映画メディア『Hammer to Nail』上でのインタビューにて明らかだ。
伊藤氏は、サンダンスをワールドプレミアに選んだのはプロデューサーの案であり、またこの作品を日本で上映することは難しいと分かっているからこそ、世界を介して最終的に日本へ逆輸入する形で映画を持ち帰るキャンペーンを行なっていくと語っている。
ではサンダンス映画祭への出品応募期限はいつかと考えると、23年の9月なのである。サンダンス映画祭でのワールドプレミアを目指し、23年9月には上映に向けての応募提出を完了していたのであれば、そのような映画事情を知らない西廣氏が23年の12月に、サンダンスでの上映予定をネットニュースで見た後にいくら許諾を取ることの必要性を念押しし、さもなくば弁護団の映像は使わないように申し入れたところで、実はあまり意味のないものであっただろう。
ではなぜ、サンダンスの一週間前に、スターサンズの社長は「カメラ映像は使わない方向で」と返答をしたのだろうか。
そして、「西廣氏視点での空白の半年間」(使用しないと告げられ、それを信じていた期間)を含め、西廣氏が24年10月に記者会見を開くまでの10ヶ月間において海外で何があったのかを辿ると、サンダンス映画祭で波に乗った同作品は、ロンドン、スイス、オーストラリア、釜山と世界各国の映画祭で上映を重ね、アカデミー賞ノミネートへとつながる国際的な評価の足固めをしていくのである。
また、同作品が世界57の国と地域への配給を速やかに実現させた背景には彼らのグローバルセールスとしてクレジットされているDogwoof社(ロンドンの映画制作・配給会社で米アカデミー賞ノミネート作品を過去34本手がけた実績を持つ)の活躍抜きに語ることはできないだろうが、伊藤詩織氏やエリック・ニアリ氏は、23年12月上旬の時点で、同社の役員であるオリ・ハーボトル氏と強固なパートナー関係にある喜びを米雑誌『Variety』で語り、同時期には国際展開戦略に向けて盤石の体制を整えていたことも明らかである。
それらは、西廣弁護士にとっては露知らぬことであろうとも、共同制作会社であるスターサンズは、少なくともサンダンスを皮切りに始めようとしているその計画を、知っていただろう。
24年の1月10日という、その作品がサンダンス映画祭でまさにワールドプレミアを迎えようとしているわずか一週間前に、なぜ前述のような返答をスターサンズがしたのか、私は伊藤詩織氏側の記者会見で聞いてみたかった。もっとも、その記者会見には、共同制作会社であるスターサンズ側の出席者の予定は、なかったのだが。
依然、求められる説明責任
また、国内外のタイムラインのピースを埋めていくと、最も興味深いのは、西廣弁護士が「防犯カメラ映像を同映画において使用しない方向」という返答を受け取ってから、試写会で映画の全容を知った西廣弁護士が記者会見で沈黙を破るまで、いわば『ブラック・ボックス・ダイアリーズチーム』が海外で稼いだ10ヶ月間という時間である。
この10ヶ月こそが、本作品が世界的な前評判を確立するために不可欠な時間であったことは、作品の軌跡を辿れば否定すべくもない。
だがその間、伊藤詩織監督が、海外の配給パートナーやオーディエンスに作品を正しく説明していたか──すなわち、国内で上映の目処が立たないのは権利処理や許諾の問題にも関することを隠し、政治的な影響力や性暴力に関して話すことが依然としてタブーである日本の文化や国民性の問題であるとし、作品の状態に関して正しい説明責任を果たしてこなかったのではないか──は、英語圏での報道分析を通して西廣弁護士サイドの記者会見で提起された一つの追加論点であった。
2月20日に中止となった伊藤詩織氏サイドの記者会見は、アカデミー賞の授賞式が終わっても、依然として開催が待たれている。
文/蓮実里菜

大阪で男女31人が食中毒、西成の飲食店の弁当食べた愛知のグループなどからノロウイルス

大阪市は3日、同市西成区の飲食店「ぜん吉」が提供した弁当を食べた13~53歳の男女計31人が下痢や嘔吐(おうと)などの症状を訴え、複数の患者からノロウイルスが検出されたと発表した。全員快方に向かっている。
市によると、弁当は同店が2月23日に調理し、市内の会社関係者やスポーツの試合のために愛知県から来阪したグループに提供した。市が同25日に会社関係者から体調不良の届け出を受けて調査したところ、愛知県からも同様の連絡があり、食中毒と断定。同店を3月3日から営業停止3日間の処分とした。

「夏場にひとりだけ長袖を着ていたのは違和感があるなって」覚醒剤所持で“エリート元教師” 伊東和彦容疑者(52)逮捕に地元で広がる“衝撃”と“憶測”

「今回逮捕したのは三重県警じゃなく愛知県警だろ? おそらく愛知の組織から買っていて、尻尾切りにあったのかなあなんて想像しちゃうよな」──三重県内の違法薬物事情に詳しいある人物は、“エリート教師”の逮捕を受けてそう独りごちた。
愛知県警は2月26日、自宅で覚醒剤を所持していたとして、三重県津市の教育委員会教育研究支援課長の伊東和彦容疑者(52)を現行犯逮捕した。情報提供を受けて、容疑者宅を家宅捜索した愛知県警は、ベッドのマットレスの下から覚醒剤の入ったポーチを発見。ほかにも、自宅からは注射器が数百本見つかるなどしており、容疑者は容疑を認めているという。
伊東容疑者は1996年に三重県教育委員会に採用され、県内各市の小学校で教鞭を執ってキャリアを積んできた。2022~2024年には津市内の小学校で教頭を務め、昨年4月に現職へ異動。容疑者が課長を務めていた教育研究支援課は、現場の教員に対する教育のほか、児童らに薬物の危険性を啓発する指導も担っていた。
教育委員会の関係者はこう明かす。
小学校在職中に薬物乱用啓発セミナーも
「伊東さんが勤めていた小学校でも、各学年で薬物乱用啓発セミナーをやっていたのですが、それをやるように指示する教育委員会の部署のトップが伊東さんだったんです。伊東さんが小学校に在職していたときも、警察署の方を招いて、薬物乱用啓発セミナーをやっていました。もしそのとき、すでに伊東さんが薬物をやっていたとしたら……。彼はどんな気持ちでセミナーを開催したのかと考えると、本当にショックが大きいです」
容疑者を知る人物らは一様に、今回の事件への驚きを口にした。冒頭の同級生も、伊東容疑者の逮捕で受けたショックは大きいようだ。
「5年前に同窓会で再会しました。昔から変わらず、優等生って感じでしたよ。中学時代の担任の先生に代表で花束を渡したのも彼ですから。だから報道で彼の逮捕を知った時には大声をあげてしまいました。
伊東君とは小学校の5、6年生ではクラスも同じだったんです。勉強がよくできる優等生でした。みんなが異性の同級生と話すのを恥ずかしがる時期に、彼は気にせず女子に話しかけていたからか、クラスではモテていましたね。確か児童会役員もやっていました。だからまさか、と……」
大学時代、同じ学部学科で学んだという同級生も取材にこう話した。
「大学での定期試験で、鉄棒のテストがあったんです。試験前に体育館でみんなで練習したのですが、その時に彼の手があざだらけになっていたのを、覚えています。毎年、学祭では一致団結して神輿を徹夜で作って、そんなときも彼は一生懸命で、とても協力的で……。今回の事件は内容が内容だけに嘘であってほしいですし、もし本当なら、何をやっているんだって感じですよ。でも大事な仲間だから、なんとか乗り越えてほしいです」