元公明党衆院議員で初代の厚生労働相を務めた坂口力(さかぐち・ちから)氏が7日午後11時54分、老衰のため高松市内の老人ホームで死去した。92歳だった。三重県出身。葬儀は近親者のみで行った。喪主は次女の喜多廣美(きた・ひろみ)さん。同党が12日に発表した。
医師出身。1972年衆院選の旧三重1区で初当選。細川内閣で労働相として初入閣した。森内閣で省庁再編後の初代厚労相に就き、小泉内閣でも留任。2001年5月、国が被告となったハンセン病訴訟の控訴断念で、小泉純一郎首相(当時)の決断を後押しし、原告団らに謝罪した。
当選11回。党では副代表を務めた。12年衆院選に出馬せず政界を引退した。がんを患った自身の経験を踏まえ、16年に「免疫の力でがんを治す患者の会」を設立し、免疫療法の普及に努めた。
公明の竹谷とし子代表は「どこまでも民衆に寄り添い抜いた姿は後進の者が永遠に範とすべき道しるべとなっている」とのコメントを発表した。 [時事通信社]
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イオンモール熊本爆発で2人犠牲「ハビタ」、遺族への「補償を模索」 第三者委も「検討」
7月28日に最大震度7の揺れが襲った後にイオンモール熊本(熊本県嘉島町)が爆発し、従業員2人が亡くなった同施設内の雑貨店を運営する「ハビタ」が12日、産経新聞の電話取材に応じ、「遺族への補償を模索していく」との考えを明らかにした。同社は今後、第三者委員会の設置についても検討する。
同社管理部の担当者は「2人が犠牲になった責任を重く受け止め、遺族に寄り添っていく。どういった形になるかわからないが、補償を模索していく。イオンとの協力も含めて考える」と述べた。
また、外部の専門家による第三者委員会の設置について、「爆発の事実関係について社内調査し、内容に公平性を保つために第三者の目を入れることを検討中。ただ、実施についてはまだ決定段階ではない」と説明した。
同社によると7月28日の地震発生後、イオンモール外に避難した従業員に対し、売上金を金庫に移すよう指示。その後の爆発で従業員だった大竹玖瑠美さんら2人が亡くなった。
辺野古「反対の民意守り抜く」=玉城氏が政策発表―沖縄知事選
沖縄県の玉城デニー知事(66)は12日、那覇市で記者会見し、県知事選(9月13日投開票)に向けた基本政策を発表した。米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古への移設について「反対の民意を守り抜く」と改めて訴えた。
玉城氏は「辺野古(の代替施設)はいつできるのか、(費用が)いくらかかるのかを政府は明言できない」と批判。「政府との対話の場をしっかり構築するよう、これからも強く求めていきたい」と強調した。南西諸島での自衛隊増強や長距離ミサイル配備に反対する立場を明確にした。
既存の支援制度の対象とならない生活困窮者を支える基金の設置なども掲げた。
知事選には3選を目指す玉城氏のほか、自民党などが推薦する古謝玄太・前那覇市副市長(42)や下地幹郎元衆院議員(64)らが立候補を表明している。 [時事通信社]
倒壊した自宅の前でピース 新聞掲載写真を加工・拡散された被災男性、ネットで中傷被害
最大震度7を観測した7月の熊本地震で被害を受けた男性が、勝手に加工された写真をインターネット上に流布される二重被害に苦しんでいる。新聞社の取材を受け、唇をかみしめる表情を捉えた写真がネット記事に掲載された後、何者かによってピースサインをして笑ったような表情に加工された画像がSNSで拡散。本人だけでなく被災地全体を冒(ぼうとく)するようなコメントもある。
自宅倒壊、弟は生き埋めに
二重被害を受けたのは、最大震度7を観測した熊本県氷川町に住む男性(72)。「二度と同じことが起きないようにしたい」と産経新聞の取材に応じた。
男性は、母(96)と弟(69)の3人暮らし。スーパーで買い物中に地震が発生した。急いで帰宅すると、木造2階建ての1階部分が完全につぶれていた。
近所の人から弟が中にいると聞き、男性は必死に呼びかけた。「どこさえー」。中は暗く姿は見えなかったが、玄関前の廊下あたりから「ここ」と返事があった。
隙間は20センチほど。消防や警察に通報したがつながらなかった。「自分たちしか助けられない」。男性がリフトを借りてきてがれきを持ち上げると、周囲の人がチェーンソーで木材を切り隙間に立てて空間を作ってくれた。弟の右腕はタンスのようなもので挟まれ骨折し大きく変色していたが、4時間がかりで何とか救出できた。
警察に被害届
その後、男性には多くの取材依頼があり「現状を伝えて支援につなげられれば」との思いで積極的に引き受けた。
「おっちゃん、こんなのが出てるよ」。取材から数日後、近所の人から1枚の写真が載ったSNSの投稿を見せられた。写っていたのは、倒壊した自宅の前で笑顔でピースサインをする自分の姿。毎日新聞に掲載された写真が何者かによって加工されていた。人工知能(AI)を使ったとみられ、自分自身でも信じてしまうようなリアルさに衝撃を受けた。
投稿にはこんな文章も添えられていた。《もっとたくさん被害出たらいいのにな》《熊本のやつらタダで飯食ってるんじゃねーよ》。度を越した言葉に耐えかね、警察に被害届を出した。
亡くなった知人、地域を背負って戦う
男性はさらなる二次被害を生むのを恐れ、取材を断るようになった。
だが、地震で亡くなった知人の葬式で心が変わった。近くに住み、散歩時などによく言葉を交わす間柄だった。遺影を前に、投稿に書かれた言葉を思いだし、「好きで死にたい人なんかいない」と怒りが込み上げてきた。「自分ひとりの問題ではなく地域が侮辱されている。なんとか逮捕できないか」。地域を背負って戦う覚悟を決めた。
男性は「災害にあった人や地域を傷つける行為が今後は起きないようにしたい」と力を込める。そして、犯人にはこう問いただしたいという。
「あなたはここに来て、この惨状を見ても同じことができますか?」
(長谷川毬子)
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毎日新聞社は11日、産経新聞の取材に対し「問題の画像は毎日新聞デジタルに掲載された写真を改変したものである可能性が極めて高いことを確認した。当社の著作権を侵害する行為である上、被災者の尊厳を傷つけるものだ。法的措置も視野に対応を検討している」との見解を明らかにした。
相次ぐ不祥事「申し訳ない」=検事総長退任で畝本氏―後任の川原氏「信頼に応える」
検事総長を12日付で退任した畝本直美氏(64)が、東京・霞が関の最高検で記者会見した。約2年間の任期中に相次いだ不祥事について「検察運営の最終責任者として誠に遺憾であり、申し訳ない」と謝罪した。同日付で就任した川原隆司氏(61)も会見し、「国民の皆さまの信頼に応えられるよう、全力を尽くしたい」と語った。
畝本氏は、就任直後から取り調べ適正化に力を入れ、在宅事件にも録音録画を導入したと振り返り、「真実の追究と手法の公正を両立すべきだ」と指摘。検事のモラルが問われる不祥事には「徹底した研修で倫理観を意識付けていくことが大事だ」と語った。
静岡一家4人殺害事件の再審を巡り、控訴断念時に発表した総長談話については「判断のプロセスを示したもので、(袴田巌さんを)犯人視するものではない」とした。
初の女性総長としての成果を問われると「女性ならではの視点というものはない。短期的課題の対処に追われ、中長期的な課題に対応できなかった」と悔しさをにじませた。
一方、川原氏は相次ぐ不祥事への対応を問われ、「高い倫理観を持ち、適正に検察権を行使することが重要だ」と強調。匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)による凶悪事件を挙げ、「警察など関係機関と連携協力し、安全安心な社会の実現に努めたい」と抱負を語った。 [時事通信社]
焼き肉チェーン元社長らを起訴=所得税3.6億円脱税―横浜地検
自身が経営していた会社の株式売却益を申告せず、所得税約3億6700万円を脱税したとされる事件で、横浜地検特別刑事部は12日、所得税法違反罪で焼き肉チェーン「ニュールック」元社長の金重徳容疑者(55)ら男2人を起訴した。認否は明らかにしていない。
起訴状によると、金容疑者らは株式売却益をベンチャー企業に投資すれば一定額が非課税となる優遇措置「エンジェル税制」を悪用。同容疑者の2023年分の所得計約22億7600万円を隠し、所得税計約3億6700万円を脱税したとされる。 [時事通信社]
砂浜で発見の男性遺体の身元判明 近くの海水浴場で行方不明の22歳男性 魚をとりに海に潜り戻らず 京都・京丹後市
京都府京丹後市の砂浜で11日に見つかった遺体は、9日に近くの海水浴場で行方不明になった22歳の男性だったことが分かりました。
11日午前7時ごろ、京丹後市網野町の砂浜で、男性が亡くなっているのを消防隊員が見つけました。
消防隊員は、近くの琴引浜海水浴場で9日に行方不明になっていた兵庫県姫路市の自営業の男性(22)を捜索する前に、砂浜を確認していた最中でした。
警察によりますと、男性はいずれも黒色の長袖のラッシュガードに短パンを着ていて、金色の縁がある黒色のゴーグルマスクをかけ、右足には紺色のマリンシューズをはいていたということです。
男性が行方不明になった際の格好と似ていて、警察が身元の特定を進めていました。
男性は当時、仕事仲間や親類ら10数人とバーベキューをするために近くのキャンプ場に来ていて、魚をとりに海に潜ったあと戻ってこず、行方が分からなくなっていました。警察が死因について調べを進めています。
「平和丸」船長らの自宅を家宅捜索 11管海保、業務上過失致死傷容疑で 辺野古転覆事故
沖縄県名護市辺野古沖で船2隻が転覆し同志社国際高校(京都府)2年、武石知華(ともか)さん(17)ら2人が死亡した事故で、第11管区海上保安本部(那覇)が12日、遺族の刑事告訴に基づき、業務上過失致死傷などの容疑で、転覆した抗議船を運航した団体の幹部や抗議船の船長らの自宅を家宅捜索したことが関係者への取材で分かった。11管は押収した資料を分析し、安全管理体制の実態解明をさらに進める。
関係者によると、11管が家宅捜索したのは、転覆した抗議船2隻を運航した「ヘリ基地反対協議会」共同代表の浦島悦子、仲村善幸両氏や抗議船「平和丸」の男性船長と男性乗組員、海上行動チームの責任者らの自宅。
知華さんの遺族は、業務上過失致死傷罪などで浦島氏ら抗議団体の関係者計7人を中城海上保安部に刑事告訴し、7月13日に受理されていた。11管は事故4日後の3月20日にも、ヘリ基地反対協議会の関係先を家宅捜索していた。
遺族は、同罪などで同校の西田喜久夫校長と当時の学年主任、引率教員2人の計4人も刑事告訴しており、7月25日には刑事告訴にもとづき、11管が同校を家宅捜索していた。
事故をめぐっては、2隻が出航した辺野古漁港に設置された防犯カメラに事故前後の状況が写っていたことが判明。生徒が次々と搬送される中、引率教員2人とみられる人物や平和丸船長とみられる男性が、生徒の安否確認などを行った形跡がないことが明らかになっている。11管は映像の解析も進めている。
事故は3月16日午前10時10分ごろ、辺野古沖のリーフエッジ(サンゴ礁の端)付近で発生した。不屈が先に転覆し、直後に平和丸も転覆。抗議船「不屈」の金井創船長と平和丸に乗っていた知華さんが死亡し、高校生と乗組員計14人が重軽傷を負った。(大竹直樹)
【速報】埼玉・飯能市で高齢女性の遺体、事情聴いていた男を死体遺棄容疑で再逮捕 埼玉県警
埼玉県飯能市の山の中で91歳の女性の遺体が発見された事件で、ベトナム国籍の33歳の男が女性の遺体を遺棄したとして再逮捕されました。
この事件は、今月1日、埼玉県入間市に住む丸山絹子さんが、飯能市の山の中で遺体で見つかったものです。
警察は、ベトナム国籍のファム・カオ・リエン・コン容疑者を丸山さんの遺体を遺棄したとして12日、再逮捕しました。
警察によりますと、ファム容疑者は先月31日、富士見市内で丸山さんの自宅にあった車を運転しているところを警察に発見され、逃走後、他人の住宅に侵入したとして現行犯逮捕されていました。
調べに対し、「殺害した被害者の遺体を山に捨てました」と容疑を認めているということです。
警察は、ファム容疑者が丸山さんを殺害したとみて、殺人・死体遺棄事件として引き続き捜査しています。
<独自>米ボーイング、日航に謝罪 修理ミスの記述を削除「混乱招いた」 墜落事故41年
乗客乗員520人が犠牲となった日航機墜落事故をめぐる米ボーイング社の修理ミスについて、ボーイングが自社サイトで公開していたミスの原因についての記述を削除し、「混乱を招いた」として日本航空に謝罪していたことが12日、分かった。産経新聞が昨年、記述について報道したことを受け、日航はボーイングに説明を求めていた。謝罪の一方、ミスの原因の詳細の説明はなかったという。
事故原因が修理ミスであることは当時の調査で判明していたが、ミスの原因については長年不明だった。しかし昨年、米ボーイングが自社サイト上でミスの原因について言及していたことが判明。日航、国土交通省とも、詳細をボーイングに問い合わせていた。12日で事故から41年。事故の関係者はミスの背景事情の全容解明を望んでおり、今回の「謝罪」のみで終われば、真相は遠ざかることになる。
ミスは1978年発生
ミスが発生したのは、墜落事故から7年前の1978年。6月2日、機体は伊丹(大阪)空港で尻もち着陸事故を起こし、「後部圧力隔壁」という気圧を保つためのドーム状部品を含めて損傷した。
同年6月17日から7月11日にかけ、ボーイングのチームが修理を行った。問題があったのは6月26日。ドームの壊れた下半分を新品に取り換え、上半分と接合する際、作業者は、ぎ目にあてる接合板(スプライス・プレート)を本来1枚で扱うところ、2枚にして鋲止めした。ボーイングや日航の検査ではこのミスは発覚しなかった。隔壁の強度は想定の7割まで落ち、その後のフライトで金属疲労が進行。85年8月12日夕、隔壁は上空で破断し、機体は墜落した。
なぜ接合板を2枚にしたのか。87年6月にまとめられた旧運輸省航空事故調査委員会の報告書では、2枚使った理由についての記載はない。日米の法制度の違いなどが原因で、ボーイング側に聞き取りができなかったためだ。
実はホームページで公表
だが、ボーイングはその後、自社サイトに2024年9月に開設した航空関係者向けの安全教育コーナーで、接合板を2枚にした理由を「設置することが構造上困難だったため切断した」と公表した。ボーイングとしての対外的な説明は初とみられ、産経新聞が25年8月に報じた。国交省も日航も把握していない内容で、それぞれがボーイングに対し、記述の根拠となる詳細の説明を求めた。
この記述はFAA(米連邦航空局)のサイトの内容を踏襲したもので、FAAは、事故当時日本側が聴取できなかった情報を、ボーイングから聞き取っていたとみられる。
日航によるとその後、ボーイングから「FAAのサイトの表現を引用したことで混乱を招いた点」について書面、対面で謝罪があった。だが「背景を含めそれ以上の報告はない」という。一方、ボーイングは「誤解を避ける目的」で自社サイトから記述を削除。現在は、FAAのリンクを張るにとどめている。
国交省によると、ボーイングとやりとりは続けているものの、現時点で正式な回答はない。国交省ではFAAにも説明を求めている。
過去に「指示読み違え」報道も
ミスの原因を巡っては、1988年5月13日付の読売新聞朝刊は、ボーイング側の話として「作業員が指示書を読み違えた」と報じている。ボーイングが自社サイトから削除した内容とは齟齬(そご)がみられる。
産経新聞ではミスの原因の詳細、過去の報道との整合性についてボーイングに質問したが具体的な説明はなかった。ボーイングは「ご遺族の皆様には心よりの哀悼の意とお詫びを申し上げます。JAL123便を含むすべての事故から得た知見を決して忘れることがないよう、これからも努めてまいります」などとの声明を出し、回答とするとした。(織田淳嗣)
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日航機墜落事故 1985年8月12日夕、羽田発大阪行きの日本航空123便が離陸12分後に異変が生じ、制御不能となった。コックピットの懸命の努力で機体はおよそ30分にわたって飛行を維持。羽田空港への帰還を目指したが同6時56分ごろ、群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」に墜落。乗客乗員524人中、520人が亡くなった。旧運輸省航空事故調査委員会の報告書では、修理ミスで強度が弱まっていた圧力隔壁が当該フライトで破断し、機内の空気が機体後方に一気に流出、油圧全4系統と垂直尾翼などを吹き飛ばし制御不能となったと結論付けている。